レモン   作:木炭

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 売店はクズだったけれど、食堂のラインナップは充実していた。

 緊張や初体験の連続で忘れていたが、食堂に一歩踏み入れた途端、猛烈に空腹を覚える。

 そういえば、昨日の朝に口にしたステーキ以来、まともな食べ物を口にしていない。

 

「ゴン、その顔のキズどうした?」

「あー、これ?」

 

 額に手をあて答えるゴン。

 レオリオの質問には額の傷以外も含まれているっぽい。

 痛みに鈍感なゴンは額の傷の原因や昨夜のネテロ氏との遊びについて語り始める。

 

「──ぜってーこいつ変! あの爺さんもとんだ食わせ者だったけどさ、フツー朝までやる? 一応、試験中なんだぜ? 今」

「むぅ……」

「ま、ゴンが変だっつーのは、今にはじまったこっちゃねーがな」

 

 既に食事を摂り始めているレオリオ。

 和え物のトマトにフォークを刺したまま、キルアに同調する。

 そうこうしている内に、テーブルには注文した料理が並べられていく。

 

「それ、一人で食う気か……」

「うん。(うち)じゃいつもこれくらい食べさせられてたから」

「うぇ。マジかよ」

 

 テーブルに並べられた魚介、肉類、スープにサラダ、パンにライスの量を見て、ゴン以外が引いている。

 手持ちの目減りを心配したが、食堂は基本的に無料サービスであるらしく助かった。

 

「……その体型でこれを全て食べるのか……二次試験の試験官といい……いや、まさか──」

 

 クラピカが食事する手を止め、何やら考え込んでいる。

 ゴンはそそくさと何やら小さなノートを取り出し、つらつらとペンを走らせている。

 隠そうともしないので、内容がここからでも見える。

 

「オイ……まさか、それってババァの──」

「うん。何食べたか記録してって、エッダさんに頼まれたから」

 

 ユダめ。

 ミミズが這ったような字でメニューと日付を書き記す番記者ゴン。

 せめて隠せ、俺には。

 

「何々? ナップが何食ったか記録してんの?」

「うん。エッダさん、ナップの母さんなんだけどね、ナップの食事に関しては厳しくってね」

「うわー……もしかして、ナップん()ってすげー過保護?」

 

 器用にフォークを指の間に挟んだ手を、口にあててドン引きの眼差しを向けてくるキルア。

 その目が言っている。

 大変だなと。

 

「俺、体が弱かったからさ。とにかく食べろってのが教育方針なんだよ」

「へぇー……」

「基本、食べろの次は走れ走れ、本なんて読むな、食べろ走れ。そんな母親」

 

 居るはずもないが、エッダに関して悪態を吐きつつも周囲を窺ってしまう。

 そんな自分の特性に少しゲンナリする。

 

「なんつーか……ナップも苦労してんだな。家、出たいとか思った事ないの?」

「ハッ……何度も逃げ出そうとしたさ──」

 

 思い出すと涙が零れ落ちそうになる。

 誰にも見せないようにしていたし、中身は大人なんだから我慢しようとしていた。

 それでも、今こうしてエッダの魔の手から離れてみて実感する。

 

 辛かった。

 ただただ、辛かった。

 

「ま、みんなそれぞれ事情やらあるってこったな……だがよ、ハンターになりゃ自分の思う道を進めるんだぜ? 前向きに考えようぜ、今はよ」

「うむ。たまには良い事を言うじゃないか。レオリオ」

「うるせぇ! テメェこそ一言多いんだっつーの!」

 

 レオリオが俺の吐露した思いを汲み取り励ましてくれる。

 クラピカ、キルアも言葉にはせずとも頷き、レオリオの言葉に同調を示す。

 一方でゴンはその手を止めず、ノートにメニューを書き込んでいる。

 

 こいつは悪魔か。

 

 

 

 

 

 朝食を摂り終え、身支度を整えていると不意にアナウンスが流れる。

 天候不良の為に予定した時間よりも少し遅れ、到着は八時ではなく九時半頃となるそうだ。

 

「ゴン、寝とく?」

「……うん、そうする」

「あまり動かない方が良いだろう。私もここで読書でもして到着を待つ」

「じゃ、オレもそうすっかな」

 

 ゴンは毛布にくるまりポテンと横になる。

 クラピカは難しそうな本をカバンから取り出し、開き読む。

 レオリオはエロ本を堂々と開く。

 

 手持ち無沙汰となった俺とキルア。

 

「ナップ、ちょっといい?」

「あ、うん。クラピカ、レオリオ、ゴン見ててくれる?」

「ああ、わかった」

「おう」

 

 たぶん、面貸せやという意味だろう。

 キルアが反対側のデッキの方を目線で差し、口にする。

 ゴンの事はクラピカとレオリオに任せ、既に歩き始めているキルアの後に続く。

 

──ガコン

 

「……ナップってさ、ハンターになったら何かしたい事ってあんの?」

 

 食堂と同様、無駄に充実した自販機。

 手にしたラベルがハンサムを台無しにしているが、表情はいたって真剣なキルア。

 何故に食後であるのに、コーンポタージュを選んだ、お前。

 

──ガコン

 

「そりゃー、ニガッるよ」

 

 ハンサムの手本を見せようと、ブラックコーヒーを無理して口にしてみて後悔。

 やはり、この体には苦味は天敵なようだ。

 自分に正直になって、甘さ不足で値段に不釣合いなおしるこにすべきだったか。

 

「やっぱゴンの親父探しを手伝うとか?」

「あー、それはゴンの目標だからなぁ……俺のやりたい事とは違うよ」

「フーン……じゃあ、何が目標なの?」

 

 アツアツであろうコーンポタージュをゴクゴクと喉を鳴らしてあおるキルア。

 どんな食道してんだ。

 

(カネ)

「金?」

「うん。一生、好きなだけお菓子を食べていけるだけの金を稼ぐ。金が無くてもお菓子を食っていけるなら、金そのものはどうでもいいけどさ」

 

 フフフ。

 驚きつつも、この目標に共感し、羨ましく思っているのだろう。

 目を見開くキルアの表情が、そう物語っている。

 

「……えっと、それマジで言ってんの?」

「うん」

「プッ……アハハハハ……ブッ、マジかよ! 何その目標! ブッハハハハハ」

 

 何だこいつ。

 ものすごくバカにされているような、いやバカにして笑ってやがる。

 シマウマじゃなきゃぶん殴っている所だ。

 

「失礼な奴だな」

「いや、ワリーワリー……いやー、さ……ナップならゴンみたいに結構マジメに考えて、ハンター試験受けてたのかと思っててさ。さっき家の事も聞いて、余計さ。だから、それとのギャップというか、マジでふざけた──」

「──ふざけた?」

 

 ダメだ。

 本格的にバカにされている。

 手にしたコーヒーをぐびっとして苦味で怒りを抑える。

 

 クソ!

 ニガイ、マズイ!

 

「──んでも、それ面白そうだな。俺もそれにすっかな」

「すんなよ。かぶる」

「えー、いいじゃん別に」

 

 ヤダワー。

 すごくヤダワー。

 

「キルアってやりたい事とか、欲しいものとかないの?」

「……あるっちゃ、ある。でも、そっちは、なんつーか、アレだアレ」

 

 歯切れの悪いキルア。

 このごまかし方はもしや……エロ関連と見た。

 

「アレ? 尻のデカイ女を裸にして壁に並べるとか、そうゆうの?」

「ハァ? んだよ、その恥ずかしい目標は!」

 

 いや、恥ずかしくはないだろ。

 俺は絶対、この体が大人になればやるつもりだし、恥ずかしいとも思わない。

 

「ま、俺みたいなガキが言っても説得力はないけどさ、真似しても達成感はないと思うよ。目標なんてのは、自分に正直になって定めるもんだと思うしな」

「……自分に、正直、ね」

「うん」

 

 まだまだ残っている缶の中身。

 口をつけてしまった以上、処分に困る。

 勿体無いお化け信仰がこの肉体にも宿っているので、捨てるに捨てられない。

 

 あとでゴンにでも飲ませよう。

 

「よし、決めた!」

「ん?」

「やりたい事、ハンターになって探す!」

「うん。頑張れ」

「おう、サンキューなナップ」

 

 空であろう缶を綺麗なフォームでゴミ箱へと投げ入れるキルア。

 背に朝日を浴びたその姿は、まさに絵に描いたように決まっている。

 口の端には二粒の黄色。

 全てが台無しだ。

 

 

 

 

 飛行船が巨大な円塔の上に着陸する。

 アナウンスが流れ、受験生は下船するよう通達される。

 ゴンを急いで起して、有無を言わさずコーヒーを飲ませて下船する。

 

 受験生全員が降り立った場所。

 そこは巨大な円塔の頂上。

 眼下に広がる雲の海を見て、綿菓子を懐かしく思う。

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。そして、ここが三次試験のスタート地点になります。さて、試験内容ですが……試験官からの伝言です──生きて下まで降りてくる事。制限時間は72時間」

 

 ペコリと頭を下げる丸い人。

 三次試験では開始前に試験官自らは姿を見せないようだ。

 丸い人が伝える事は伝えたと、足早に飛行船へと乗り込む。

 

 すぐに飛行船が離陸し、ゴオンゴオンと音を鳴らして飛び去っていく。

 

──それではスタート! 頑張って下さいね

 

 開始の合図を飛行船から拡声器か何かを通して伝えてくる、おそらく丸い人。

 律儀だな、あの人。

 

「なーんもねーな」

「ん?」

 

 レオリオの率直な感想を遮るようにして、受験生の一画が賑わいを見せる。

 皆がそちらへと意識を向け、様子を窺える距離へと移動する。

 

「うわ。すげー」

「もうあんなに降りてる──あ」

「ん?」

「アレ」

 

 塔の外壁沿いをつたって降りていく男。

 受験生が賑わいを見せていたのは、彼が原因であったらしい。

 ゴンが指差すは、大きな翼を羽ばたかせる群れ。

 

 人間のような顔を持つ鳥っぽい何かが、外壁をつたう男へと大口を開けて襲い掛かる。

 

「外壁をつたうのは無理みてーだな」

「きっとどこかに下に通じる扉があるはずだ」

 

 クラピカの分析を聞き、自分の記憶に間違いがない事を確信する。

 外壁をつたっていった男の事は覚えていなかったが、大丈夫そうだ。

 ここ、トリックタワーでの試験ならば、開始時点の一連の流れならばちゃんと覚えている。

 

 隠された扉から内部へと入り、只管に階下を目指すのみ。

 道中には数々の罠が張り巡らされていたはずだが、ゴン達に同行すれば楽勝のはず!

 フフフフ、これは貰った。

 

 何せ、あのお邪魔おじさんは存在しないのだ。

 記憶が確かならば、あのおじさんがゴン達に同行していたはずで、その枠に俺が入り込めば良いのだ。

 楽勝過ぎて笑いが込み上がってくる。

 

「扉はそこかしこにあるはずだよ。受験生の一部はもう扉を見つけて塔の中に消えてる」

「……確かに、人数が減っている。既に約半数がここから塔の中へと……」

「ハァ? クソッ! いつの間に、俺達も急がねーと、扉の数が限られてるかもしれねーぜ」

 

 そう焦るでない、クラピカにレオリオ。

 ゴンとキルアが既に他の受験生が塔内部へと消えていく場面を目撃している。

 冷静な俺は動かない。

 

 何故なら、動いてしまうと隠し扉を踏み抜いてゴン達とはぐれる恐れがあるからだ。

 

「オーイ、そこで隠し扉を見つけたよ」

「お!」

「でも、今迷ってるんだ」

 

 ゴン曰く、扉を複数集まった場所を発見したようだ。

 なので、どの扉を使うべきかと云う事らしい。

 

──これだな

 

「とりあえず、その扉がたくさんある場所まで行ってみよう」

「そうだな」

「うん。こっちだよ」

 

 ゴンの案内に慎重に歩を進めて着いていく。

 前を進むゴンの足跡を辿るようにして、隠し扉を踏み抜かないよう移動する。

 

「ここと、ここ。あとこっちにも三つ」

「五つの隠し扉……こんな近くに密集しているのが、いかにもうさん臭いぜ」

「おそらく、このうちのいくつかは罠……」

「だろうな」

 

 ゴンが指差す方を確認。

 レオリオとクラピカは罠を懸念して真剣な顔付きだ。

 

「つまり扉は一人に一つずつ。みんなバラバラの道を行かなきゃいけないって事」

「確かにこの幅じゃ、一回につき一人が潜るので精一杯だな」

「ナップはどう思う?」

 

 へ?

 このまま皆でさぁ飛び込もうって流れじゃないの?

 細部の記憶は一切ないけども、これはたぶん全員が同じ部屋に落ちるはずだよね?

 

 難しい顔をしたクラピカは何か引っ掛かりでも覚えているのだろうか。

 

「んー……キルアが言った通り、バラバラになるにしろ罠があるにしろ、飛び込んでみない事には進まないだろうし、俺は行くよ」

「ふむ……そうか。ならば私もそうしよう」

「決まりだな」

 

 ゴン、キルア、レオリオ、クラピカが円を作るようにして立つ。

 出遅れた俺は円の中心へと進む。

 四人の視線が集中しているような気がして、もじもじしそうになるが堪える。

 

「1・2の3で行こうぜ」

「ここで一旦、お別れだ」

「地上でまた会おうぜ」

「ああ」

 

 いやいや、ちょっとアンタ達待ちなさい。

 ここほんとに大丈夫?

 真ん中って何となく危なくない?

 

「1」

「2の」

「3!」

 

 俺の逡巡なんて置き去りに、カウントが進む。

 四方に立っていた四人が一斉に扉の下へと消えていく。

 一人、取り残された俺。

 

「ふぅー……大丈夫、大丈夫」

 

──ガコン

 

「お!」

「ナップ!」

 

 良かった。

 再び四人に囲まれる形で合流出来たようだ。

 感動のあまり声にならない。

 

「おせーよ。カウントに合わせろよなー」

「……ごめんごめん」

 

 キルアが少し口を尖らせ、咎めてくる。

 

「いや、まあ短い別れだったがまた一緒になれたんだ、結果オーライだな」

 

 肩をぽんぽんと叩いて来るレオリオがまとめを口にする。

 うんうん、結果オーライだ。

 

「この部屋……出口がない」

 

 ゴンがいち早く頭を切り替えていたようで、ここが密室である事を口にする。

 確かに、周囲に目を向ければ密室であるようだが、何もない訳ではないようだ。

 石造りの壁の一角、何やら試験に関しての指示が書かれたボードと五つの腕時計のようなものが置かれた台座がある。

 

『多数決の道』

 

──君達五人は、ここからゴールまでの道のりを多数決で乗り越えなければならない

 

 壁に掛けられたボードに書かれていた文面を読み解き、ほっと一息つく。

 目にしてみて記憶が少し蘇ってくる。

 ここ、三次試験のトリックタワーでは多数決云々がキーとなるんだったはずだ。

 

「タイマーも五つ用意してあるぜ──〇と×のボタンがついてるな」

「ふむ。これを付けろと云う事か」

 

 ほぼノータイムで台座の上の腕時計のようなものを装着するクラピカ。

 レオリオも続き、キルアとゴンも何の躊躇も見せずに装着していく。

 いやはや、大胆というか怖いもの知らずというか……。

 

「はい。ナップ」

「うん」

 

 ゴンに手渡された腕時計のようなものには残りの制限時間が表示され、〇と×のボタンも備わっている。

 これって試験が終わった後に記念に貰えるんだろうか。

 使い道はゼロではあるが、ちょっと欲しい。

 

──ゴゴゴ

 

 俺がタイマーを装着するのと同時、背後の壁の一角に切れ目が入り、せり上がっていく。

 

「五人がタイマーを装着すると──」

「──ドアが現れる仕掛けか」

 

 お。

 またクラピカとレオリオが言葉のリレーを行っている。

 ちらりとゴンを見る。

 

 ダメだ。

 

 ならば、キルアに振ってみよう。

 視線を一瞬、キルアへと飛ばす。

 現れた重厚な扉へと向け言葉を紡ぐ。

 

「これが始まりの扉──」

「──終わりへと繋がる扉でもあるな」

 

 バッっと首を回してキルアを見やる。

 ニヤリと口元を曲げたキルアに向けて、俺もニヤリと口元を曲げる。

 ミサワ感に包まれつつ、三次試験が今、開始される。

 

 

 

 


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