レモン   作:木炭

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第1章


 この島には学校というものがない。

 島民の子は皆がそれぞれ自宅にて通信制の形で学習する。

 この事からも判るとおり、島民人口はかなり少なく、子供の数も少ない。

 

 島の主な産業は漁業であり、朝は早く我が家も例外ではない。

 陽が登る前にはゴリラのような父がノッシノッシと動き始め、俺が起床する頃には海上でウホウホしている。

 母も父の支度と港での作業を手伝うので、起床は早い。

 

 我が家では、まだまだ幼い俺は一番最後に起床する。

 一人っ子な上に祖父や祖母も俺が生まれる前には亡くなっている。

 台風でも来なければ、朝から家族と顔を合わせる事はない。

 

 いつも通りの時間に起床して、顔を洗ってリビングへと向かう。

 寝床から出て、裸足のままで移動していたので、四季の移ろいを感じる。

 過ごしやすかった季節も晩秋に差し掛かり、床暖房なんてない我が家の床はかなり冷たい。

 

 それでも蒸し暑く、食が進まない夏よりはマシだ。

 目の前には食卓に並ぶというより、積まれた朝食群。

 背の高いイスを引き、テーブルにつき、手を合わせる。

 

 当初は、ご飯とお味噌汁が恋しくなった。

 これも随分前には忘れてしまった感覚だ。

 魚介中心の朝食にも随分と慣れた。

 

 独特な味付けも今やお袋の味となっている。

 それでも馴染めない感覚というのも存在はする。

 

「ハァ……何だってここだよ、まったく……」

 

 島に一人きりの同年の少年の名はゴン=フリークス。

 彼の父は失踪中のジンであり、ミトという女性が母代わりである。

 この事実を知ったのは、今が八歳だから五年前くらいだ。

 

 その時、確信した。

 ここはHUNTER×HUNTERの世界。

 

 何がどうなってるのやら。

 原作では彼には同性で同年代の子供は存在しなかったはずだ。

 存在しなかったはずの同世代の子供、それが自分。

 

 加えて両親の存在。

 彼らも変だ。

 父サップは寡黙なゴリラで害はない。

 だが、母エッダは違う。

 

 この体が二歳くらいの時に俺は自我に目覚めた。

 当初は歩く事はおろか、呼吸するだけでも苦しかったのを覚えている。

 そんな俺の体を彼女は壊れ物でも扱うかのように、大切に育ててくれた。

 ここまではいい。

 普通かどうかは置いておいて、母親の範疇だ。

 

 だが、三歳を迎え、四歳を迎えと年を重ねていくうちにそれは変化した。

 発育の過程なのか、弱々しかった俺は走れるようになった。

 これが切欠となり母は壊れた。

 

──走る

 

 ただ、それだけの行動を見て彼女、母エッダは声を上げて泣いた。

 喜びもあったのだろう。

 虚弱で碌に呼吸すら出来なかった子供が、ただ走るだけでも。

 涙を見たのはその一度きりだ。

 

──そうしてエッダは本格的にアニマルの本性を覗かせた

 

 その日を境に、俺の名前を連呼するアニマルエッダ。

 たまに名前の似た父サップも連呼されている。

 彼の名が呼ばれる場合は勧告や呼び出しである。

 

 ナップナップナップナップ。

 走れ走れ走れ走れ走れ。

 食べろ食べろ食べろ食べろ食べろ。

 

 誇張でも何でもなく、アニマルとの生活は辛く過酷だ。

 この時、知った。

 京子の偉大さに。

 

 知る術がもはやないが、彼女が無事、リオだリオだと連呼するアニマルを打倒する事を切に願う。

 加えて、彼女がどうか幸福なる女性としての生涯を送れる事も願うものである。

 正直、俺は京子がわりとタイプでもあるのだ。

 

 彼女には幸せになって欲しい。

 

 

 

 

 

 偉大なる先人の事はひとまず置いておこう。

 ここは危険な世界観を有するアニマルワールド。

 許されるのであれば、全力で現実に目を背けて引き篭もりたい。

 

 だが、そうも言ってられない。

 エッダ、あの母親が厄介な存在なのだ。

 彼女はゴンの父親ジンの父の父の妹の息子の娘という存在であるらしい。

 

 少しややこしいが所謂フリークスの血を受け継いでいる。

 ゴンやジンと俺は遠い親戚であるらしい。

 フリークスの血が原因なのか、彼女は父サップと比べてまともではない。

 

 彼女はとにかく荒いのだ。

 例えるなら、サンデーサイレンス並に荒い。

 前に走る馬あれば、噛み付きそうなほど、とにかく荒い。

 

 食事を少しでも残せば、次からは量が増える。

 走ればお腹が空くと言われ、暗くなるまで走らされる。

 とにかく、走れ、食べよ。

 

 こんな競走馬スタイルの生活が今も続いている。

 時折、反抗的な言動を取ったが倫理なんてものは置き去りにした暴力が降って来た。

 教育ではなく調教生活。

 

 見かねた父サップは助けの手を何度となく差し伸べてくれた。

 だが、彼は俺以上に泣かされていた。

 我が家の頂点は母エッダ。

 

 母であり、女王。

 絶対的強者たる女王の前に、デビュー前の若駒は逆らえない。

 体格の良い父ですら、女王の前ではオープン未満の駄馬。

 

「──やっべ」

 

 カチリと鳴った時計の針の音で気付く。

 口も手も停止させ、思考に沈んでいた自分に。

 早くこのお魚天国を片付けなければ、馬にまた噛みつかれてしまう。

 

 山盛りの魚介とパンを口の中に放り込む。

 相変わらず不味い。

 

 

 

 

 

 食後に庭先まで足を運ぶ。

 ポストに入っている新聞を手に、リビングへと戻り広げ読む。

 さすがはHUNTR×HUNTERの世界。

 

 片田舎のこの島に届けられる新聞であっても、特徴が明確に示されている。

 切り取られた一部であっても、そこから社会が見えてくる。

 この世界は荒れ馬が優しく映るほど、悪意に満ち満ちている。

 

 前の世界と事件や事故の内容に大差はない。

 しかし、犯罪を防止するという意識が極めて低いのが特徴的だ。

 警察や稀に字面に出て来るプロアマ問わずハンター達。

 彼らが社会から求められている役割は犯罪者に対する報復でしかない。

 

 今日も一面を飾るのは、そんな記事だ。

 ヨークシン郊外のビルを占拠した過激派宗教団体が、一夜にして皆殺しにされたそうな。

 解決にあたったのが地元警察ではなく、雇われのハンター集団だと記事にある。

 

 こんな顛末を辿る記事が毎日のように、一面を飾る。

 芸能人や著名人関連のゴシップは皆無に近い。

 四コマはあったりするが、内容は毎日バイオレンスだ。

 

 どこぞの経済学者が寄稿した記事によると、命の価値は新卒の高卒で15万6千ジェニー。

 大卒だと19万8千ジェニー、未就学者の子供であれば10万ジェニーを下回るそうな。

 冗談抜きで命の価値は極めて低い。

 

 さて、そろそろだろうか。

 時計の針は既に九時を少し過ぎている。

 一応、今は新聞も読み終えやる事もない状態。

 

 それでもこのまま家を出るわけにはいかない。

 玄関の辺りに気配を感じるのと同時、扉の開く音がする。

 今日はいつもより少し遅いが、エッダが帰宅したようだ。

 

「おかえり」

「ただいま。ちゃんと食べた?」

「うん」

 

 いつも通りのやり取り。

 すぐさま洗い場へと確認しに行くエッダ。

 続いて便所の方へと足を向ける。

 

 便所に食事を廃棄した可能性を考えての事だろう。

 確認しても破棄したかどうかは、おそらくわからない。

 それでもこちらへの圧力にはなる。

 

 仕草や視線を見て判断しているのだろう。

 気性が荒く怒りっぽいが、勘は鋭い。

 本当に食事を廃棄したら、すぐにバレる。

 

 一連の確認を終え、エッダが戻って来る。

 帰宅後から今まで無表情であったその顔に、ようやく人間らしさが戻る。

 

「はい、お土産」

「え? 何?」

「最近、ちゃんと言い付けを守れているようだし、もう大丈夫でしょ? ゴンと二人で分けなさい」

「……うん」

「それと、お昼もちゃんと食べなきゃダメよ? なるべく野菜もちゃんとね。わかった?」

「……あ、うん」

 

 頭をぽんぽんとされつつ、手渡されたそれを凝視する。

 茶色の包装の中身は、おそらく棒状の菓子。

 記載されている文字からして、チョコ系。

 

 これを分けろ、だと?

 何故?

 分ける必要がどこにある?

 

 二つあるなら、二つとも食べるべき。

 この手には今、その二つがある。

 

「──ちゃんとゴンと分けるのよ? いい? 母さんの目をちゃんと見なさい! ナップ!」

「……う、うる、うるせぇ! クソババァ!」

 

 つい、思っていた事が口から零れる。

 慌て、手元から目を離し見上げてみれば、能面のように表情を消したエッダの顔がある。

 恐怖の源泉たるその顔を見て、死が過ぎる。

 

 ハハッ……関係ない。

 だから、どうした。

 

「これは俺んだ!」

 

 止まれるわけがない。

 突き進む事以外を考えるな、走り抜けろ。

 スナックを手にした俺を何人(なんぴと)も止められやしない。

 

 熱を帯びる体。

 高鳴る鼓動に併せて、力が(みなぎ)る。

 

 今ならエッダにも勝て──

 ──迫り来る、拳

 

 避けようとすると同時に肉体に衝撃が走る。

 どこを殴られたなんてわかりやしない。

 

 一瞬にして視界がブレる。

 衝撃が走る肉体に遅れて、徐々に痛みがやって来る。

 それでも大切なものだけは離さない。

 

 絶対に食べてやる。

 死んでも。

 

 

 

 

 

 殴られ、奪われ、心を折られた。

 途中、強烈な眠気に襲われ意識を手放した気もしないでもないが、記憶が曖昧だ。

 連続した時間であったという体感の方が強いので、気の所為だと思いたい。

 

 それに森で遊んで来いと家を放り出された訳だから、大丈夫だと思いたい。

 さすがにエッダもそこまでの畜生ではない。

 そう信じたい。

 

 よし、頭のてっぺんに出来たコブ以外に目立った外傷はない。

 概ね手足を可動させるのに問題もない。

 泣くものか。

 

 溢れ出そうな涙を堪え、森へと続く道をとぼとぼと歩く。

 舗装された道が終わる頃、森の入り口が見えてくる。

 道端に座る少年が顔を上げ、手を振って来る。

 

「あれ? それ、どうしたの?」

「いや、まあ……察しろよ」

「また怒られたんだ」

「……」

 

 む、泣いていた事がバレたんだろうか。

 ゴンが俺の顔を指差し、聞いてくる。

 そこは察しろよ、子供とはいえ男同士なんだからさ。

 

「今日は何したの?」

「何って、そりゃ、アレだアレ」

「お菓子?」

「……うん」

 

 ゴンと遊ぶようになってもう四年くらいになる。

 さすがにこちらの事情に関してもすぐに当たりを付けてくる。

 バカではあるが勘は良い。

 それに頭の回転は子供にしては早い。

 

「ほんと昔からお菓子の事になると変になるよね。エッダさんに何度も怒られてるのにさ、どうして?」

「んー……それを自覚出来りゃ苦労しないっつーか、さ……こっちが聞きたいな」

「うーん……」

 

 前は、というか前の世界での俺はそうでもなかったとは思う。

 特別、お菓子が好きだったという記憶もない。

 思えば子供の頃から、お菓子よりもシールや付録に目が行く方だった。

 

 だから、この変化には戸惑いしか覚えない。

 お菓子を前にすると正常な判断が取れなくなる。

 その原因はおそらく肉体の違いによる趣向の変化。

 

「体質、かなぁ……お菓子を前にするとさ、独り占めしたくなって周りが見えなくなるっていうかさ。それに力が漲ってくるというか、これが諸悪の根源だなー」

「へぇー、それってほんとに強くなってたりするの?」

「うーん、いやー、そうでもないと思う。いつも通り飛んでくる拳骨は避けられないし、すぐに心が折れる」

 

 隣を歩くゴンの表情は苦い。

 その表情は幼い彼には似合わない。

 

「変なの。わかってるんなら欲張らなきゃ良いのに」

「俺もそう思う。でも抑えきれないんだよ、目の前に出されるとさ。ゴンにもそういうのない?」

 

 もしかすると、俺だけではないのかもしれない。

 この世界の人間は大なり小なり、趣向する対象物を前にすると狂う可能性がある。

 犯罪率の異常さからして、欲望を抑えきれない衝動を皆が持っているのかもしれない。

 

「うーん……特にないかな」

「えー、あるだろ。よく考えろ」

「……あ、ナップみたいにはならないけ──」

「──何!? あるの!?」

 

 あるんかい。

 

「……やっぱり親父の事になると、どうしても知りたくなるよ。ミトさんは嫌な顔するけど」

 

 そっちか。

 

「いや、ほら、食べ物とか遊びとか、趣味でさ。我を忘れるくらい突き進みたくなる事ってない?」

「んー、ない」

「……そう」

「ナップ、大丈夫だよ。大人になるとお菓子よりお酒が好きになるって、婆ちゃんが言ってた」

「あ、うん。そうだね。そうだ、そうだ。酒と女と薬を決めてるおじさんに比べたら、全然健全だよな! うんうん、大丈夫!」

 

 ゴンは相変わらず苦い顔をしている。

 それでも構わない。

 女や酒に狂うより、お菓子に狂う方が何となく健全な気がする。

 

 糖尿と虫歯には気を付けよう。

 

 

 

 

 

 森へと足を踏み入れる場所はいつもと同じ。

 背の低い木の枝にぶら下げられた籠を、俺もゴンも手にして、森へと入る。

 まだ日は登り切ってはいないが、昼食の準備はすぐに始める必要がありそうだ。

 

 昼食を抜いた場合や、少量しか摂らなかった場合はゴンからエッダへと報告される可能性がある。

 なので手は抜けない。

 表向きは。

 

 まあ、ゴンにはしっかりと口止めすれば報告はされないとは思う。

 しかし、まだまだ幼いゴンは嘘を吐くのが上手とは言えない。

 加えて、たまにゴンの上司たるミトさんが偵察に訪れるようなので、危険である。

 

 結果としてエッダにバレるという公算が高い。

 

「ゴン、どっちがモリタケをたくさん摂れるか競争な」

「いいよ!」

「まずは一つ目っと」

「あ! ずるい!」

 

 くっくっく。

 計算通り。

 傘の大きなモリタケを摘み上げ、ゴンへと不敵に笑ってみせる。

 

「あ、わかってるとは思うけど、間違ってもヘビブナの群生地には入るなよ」

「うん!」

「二つ目っと」

「あ! クッソー!」

 

 少し煽ってみれば、顔を左右に振り必死にモリタケを探し始めるゴン。

 勘の良いゴンにはバレないよう、一応探すフリを続ける。

 時折、腰をトントンしつつもその後は適当に森を歩き回り、ゴンから距離を取っていく。

 

「ふぅー……ここら辺なら大丈夫か」

 

 川辺にある大きな岩の上に座り、しばしの休息。

 腰にぶら提げた花柄のポーチを開けて、お気に入りの本を取り出す。

 本はお気に入りではあるが、この乙女なポーチはお気に入りではない。

 

 本といえばこの島には本当に娯楽が少ない。

 一応テレビもラジオも我が家にはあるが、チャンネル数は馬鹿らしくなるほど少ない。

 放送時間も夕方から夜の九時までという次第で、放送内容もN〇Kを劣化させたようなものだ。

 ここの住民にとってはニュースなんかは新聞で十分だし、この島では今も本が娯楽の王様なのだ。

 

 だが、我が家では部屋に篭り本を読むのは難しい。

 しかし、通信学習の課題を片付ける振りをしつつ、読書に興じる事は可能ではある。

 それではまるで親に隠れて如何わしい読書に興じているようで、落ち着かない。

 

 落ち着かない理由というのも、父サップは特に何も言わないが、エッダは良い顔をしないからだ。

 取り上げられたりする訳ではないが、彼女はものすごく不機嫌になるのだ。

 結果、不機嫌になると父サップが理不尽な目にあったりもする上に、食事の量が増加する。

 

 読みたい本の入手はサップにこっそりと強請り買って来てもらっている。

 加えて、扶養されている身でもある上に、サップに迷惑を掛けたくもないので、家での読書は控えている。

 だから、こうして森での遊びの時間に本を開くというのが常になっている。

 

 しかし、もう一つの問題。

 森ではゴンがほぼ常に同行している。

 毎日毎日、本を読みふけっていると彼が不機嫌になるので控える必要があったりする。

 

 不機嫌になるだけであれば問題はないが、エッダに告げられた場合、確実に死ぬ。

 それを思えば、やはりゴンの前で読書に興じるにはリスクがある。

 ゴンの性格からして、告げ口をするような真似はしないと当初は考えていたが、おそらくされる。

 

 まだまだお互いに幼かった頃、ゴンが興味を示す本でもあればと勧めてみたりもした事がある。

 結果、ふくれっ面となり断固として拒否された。

 よくわからないフリークス共である。

 

 さてと、貴重な時間を有意義に使わねば。

 岩の上で倒れこみ、川のせせらぎをバックミュージックにして、手にした本のページを捲る。

 小難しい世界の流通事情に関する内容を、読み解くうちに胸がざわつき始める。

 

 

 

 

 

※ゴン視点

 

 ナップがいつもより遅れて姿を見せた。

 家まで迎えに行こうかと思っていた所だったけど、ナップの顔を見て納得。

 片手を上げ、こちらへと近づいて来るナップ。

 

 もう一方の手で頭のてっぺんを摩っているから、またゲンコツを落とされたっぽい。

 あれ?

 おでこの辺りに何か描かれている。

 

 ちょっと鳥っぽい目。

 どうして、鳥なんだろ?

 エッダさんが描いたのかのかな?

 

「あれ? それ、どうしたの?」

「いや、まあ……察しろよ」

 

 たぶん、エッダさんの仕業なんだろうけど、言った方がいいのかな。

 オレがナップに目の事を言うと、また怒られるかもしれない。

 でも、どうしてかは知りたい。

 

「また怒られたんだ」

「……」

 

 ナップは少し困った顔で押し黙る。

 

「今日は何したの?」

「何って、そりゃ、アレだアレ」

「お菓子?」

「……うん」

 

 やっぱり。

 こうして一緒に遊べるようになる前、もっと小さかった頃からナップはお菓子を見ると変になる。

 ベッドから出るのも辛そうにしてた頃なのに、エッダさんが手にするお菓子を奪おうと、床を這って向かっていく姿はちょっと怖かった。

 

「ほんと昔からお菓子の事になると変になるよね。エッダさんに何度も怒られてるのにさ、どうして?」

「んー……それを自覚出来りゃ苦労しないっつーか、さ……こっちが聞きたいな」

「うーん……」

 

 ナップにわかんないなら、オレにもわかんないかも。

 腕組みして考え込むナップ。

 ついつい、おでこの目を見てしまう。

 

「体質、かなぁ……お菓子を前にするとさ、独り占めしたくなって周りが見えなくなるっていうかさ。それに力が漲ってくるというか、これが諸悪の根源だなー」

「へぇー、それってほんとに強くなってたりするの?」

「うーん、いやー、そうでもないと思う。いつも通り飛んでくる拳骨は避けられないし、すぐに心が折れる」

 

 そうなんだ。

 ちょっと羨ましいと思ったけど、違うみたい。

 

「……変なの。わかってるんなら欲張らなきゃ良いのに」

「俺もそう思う。でも抑えきれないんだよ、目の前に出されるとさ。ゴンにもそういうのない?」

 

 どうだろ。

 考えてみても思い浮かばないや。

 

「うーん……特にないかな」

「えー、あるだろ。よく考えろ」

「……あ、ナップみたいにはならないけ──」

「──何!? あるの!?」

 

 心なし、ナップのおでこの目が見開かれたような気がする。

 それ、エッダさんの落書きだよね?

 こっちを睨みつけてるようで、ちょっと怖い。

 

「……やっぱり親父の事になると、どうしても知りたくなるよ。ミトさんは嫌な顔するけど」

 

 前はお酒を飲んだ時なんかに、少しは話してくれたんだけどなぁ、ミトさん。

 最近のミトさんはお酒を飲んでても親父の事になると話を逸らすようになった。

 どうしてかはわかんないけど、ナップならわかるのかな?

 

「いや、ほら、食べ物とか遊びとか、趣味でさ、我を忘れるくらい突き進みたくなる事ってない?」

「んー、ない」

「……そう」

「ナップ、大丈夫だよ。大人になるとお菓子よりお酒が好きになるって、婆ちゃんが言ってた」

「あ、うん。そうだね。そうだ、そうだ。酒と女と薬を決めてるおじさんに比べたら、全然健全だよな! うんうん、大丈夫!」

 

 女と薬?

 たぶん、あまり良くない意味で言ってるのかな。

 それに、何が大丈夫なんだろう?

 

 何だかナップの目が悪巧みしているような気がする。

 ちょっと心配。

 

 


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