今、杏と兄が向き合っている。
ただ、向き合っているわけではない。
杏は兄に向かって土下座をしている。
「お願いします」
「ダメだ。母さんの言い分は正論だ」
「杏、どうしても欲しいです。ご協力お願いします」
「はぁ……」
どうしてこうなったのか、兄は記憶は遡る。
◆
「ねえ、お母さん」
「なーに」
和やかな食卓の風景に、杏と母は対峙する。
「スマートフォン。欲しい」
「だめよー」
「えっ!?な、なんで!!」
「あなたに持たせたら、ますます家から出ないじゃない」
「で、でも、杏の同期みんな持ってるし……」
「それで持たせて、ゲームやSNSに嵌ったら、母さん泣くわ」
杏は顔をひきつる。
なぜなら、杏は気軽にゲームをしたいからだ
杏は兄に目線を送り、援護を頼もうとする。
(おにぃ、援護、求む)
(お断りだ)
(な、なぜ!?」
(お前、ゲーム、するだろ)
(や、やらないよ)
(ほんとかー?)
(ネットを少々)
(ネットって、なんだよ)
(…………)
◆
「あ、杏ちゃん。どうしたんですか?」
「ちょっとね……」
同期の卯月が黄昏れている杏に声をかける。
「何か悩みがあるなら相談にのりますよ?」
杏はこれ以上一人では無理と諦め、一筋の望みを卯月に託す。
「お母さんがね、スマートフォン買ってくれないの」
「杏ちゃん、携帯持ってますよね?それではダメなんですか?」
至極当然の正論に、杏は顔をひきつらせる。
たしかに杏はガラケーと呼ばれるものは所持している。
しかし、杏の欲しいのはスマートフォンである。
「そんな正論は期待してない。何か、何か知恵を……」
「うーん。GPSで押したらどうですか?」
「GPS?」
「普通の携帯にもある機能ですけど、スマートフォンには更に高性能なGPSで、例えば親のスマートフォンから杏ちゃんの居場所がわかったりと、杏ちゃんのお母さんも安心するんじゃないですか?」
「GPS……。それだ!!地の利を得たぞ!!」
「杏ちゃん?」
ドヤ顔で高笑いしている杏。
果たして彼女はスマートフォンを手に入れることができるのだろうか。
◆
そして、時間は最初に戻る。
「杏、どうしても欲しいです。ご協力お願いします」
「はぁ……。何か俺を納得させるものはないのか?俺も母さん達を説得させるのに武器がいるから」
どうやら兄は杏が切り札を使う前にほぼ折れたと見ていいみたいだ。
そこで杏は切り札を兄に教えてみる。
「実はね、おにぃ。杏、心配なの」
「何がだ?」
「アイドルとしてね、活動してくじゃない?それで変なファンとかついて、何か事件に巻き込まれるかもしれないし、スマートフォンで杏の位置を見ていて欲しいの。そう、G・P・Sで(ドヤァ」
「な、なるほど。たしかに杏がこれから人気がでたら、帰る時とか見ておかなきゃ心配だな」
そして、完全に味方に引き込んだ兄はかなりのチートで。
母親と父親にいかにGPS機能が近年に置いて重要なのか事前にリサーチした内容で熱弁し、GPSと犯罪というタイトルで更に話を広げようとしたところでストップがかかり、若干引いた親が首を縦にふり、ようやく杏はスマートフォンを手にする権利を貰った。
◆
「で、どれがいいのか決めてるのか?」
母親から受け取ったスマートフォン代を財布に入れ、やって来た二人。
杏は目をキラキラ光らせ、さっきから唸っている。
「おー、これもいい。これもいい。こっちもいい」
そうして、悩みすぎて知恵熱を出した杏を寝かせ、兄が適当に選ぶことになった
◆
帰り道、さっきからスマートフォンを触りっきりな杏を背に乗せて歩く。
「帰ってから触ったら?」
「待って、今やってるから」
兄の言葉を半分聞き流し、再び没頭する。
「はぁ……大切にしろよ」
兄のスマートフォンのバイブが鳴る。
「なんだ?」
兄は片手にスマートフォンをタッチする。
そこには杏と表示されている。
「杏の最初の発信履歴はおにぃ!!うらやまだろ?」
「そっか。ありがとな」
「うん」
杏は兄の背に体重を預け、兄の背中でこっそりと笑った。