2月某日。
双葉杏がアイドルになって、それなりに日が経つ。
今日もだらけている杏の傍に諸星きらりがやって来る。
「杏ちゃん。杏ちゃんわぁ~誰にチョコ渡すのかなぁ~?」
「んーチョコ?なにそれ」
杏はそう言い寝返りをうつ。
「またまたぁ~杏ちゃんもぉ~誰かにチョコ渡すんでしょうぉ?プロデューサーかなぁ?」
「だから、なにそれ。チョコって言われても……」
どうやら杏は今日が何の日か知らないらしい。
それに気づいたきらりは優しく杏に教える。
「今日わね。バレンタイン!!だよ」
「バレンタイン?あぁーなんだ。チョコ貰う日じゃん。ラッキー」
「え?」
きらりから出たとは思えない低い声を出す。
「え?いつも、お…兄がくれるんだけど?」
「それわぁ~おかしいぞ。この日はねぇ、女の子がぁ、気になる男の子にぃ、チョコを渡す日だぞぉ。わかったぁ?」
「へー。家帰ったらチョコ貰えるんだぁー。おにぃ何くれるかなー」
しかし、杏はきらりの言葉など聞こえず、帰ったらどんなチョコを貰えるのか妄想を膨らませている。
「もぉー杏ちゃん、メッだぞ~」
「よぉし」
「チョコ、渡す気になった?」
「帰る」
ズコーっと倒れるきらり。
「杏ちゃん~!!今からレッスンだよ!!」
◆
今日も疲れたと思う杏。
しかし、周りからはそんな疲れるほど動いたかなぁと首をかしげるレベルでレッスンをしてきた杏。
間に齟齬があるが、とにかく無事帰宅した杏は、早速兄の元へと向かう。
しかし、階建を登ろとしたところで、母親が降りてくる。
「あら、おかえり杏」
「ただいま」
「杏、お兄ちゃんの部屋は行ったらダメだからね」
「え?なんで?」
首をかしげる杏に母親は言う。
「お兄ちゃん、風邪ひいちゃって。熱あるのよねぇ。だから、感染っちゃうといけないから、あなたは部屋で大人しくしてなさい」
「う、うん」
母親はそれだけ言うと部屋の中へ入っていく。
「おにぃ……」
◆
翌朝。兄の熱は下がらず、母親と父親は親戚の結婚式に行くため、出て行ってしまう。
母親と父親は兄も大人だから大丈夫だろうと思っているが、心配だったので、兄に何かあれば隣の山中さんに言うように杏に言い残していく。つまるところ、杏はまったく当てにされていなかった。
◆
昼。いつもなら、だらだらとした生活を送る杏だが、今日はそんな気分にならないみたいだ。
そこにチャイムが鳴る。
時計を見ると、十二時だ。
杏が出るとお隣の山中さんだった。
「杏ちゃん、こんにちは。お兄ちゃん大丈夫?おかゆ作りに来たから」
「う、うん」
山中さんが家にあがり、台所に立つ。
食材を並べ、おかゆを作ろうとする寸前。
杏は山中さんに言う。
「あの……」
「どうしたの?」
「杏が作りたい」
「あら。そう、じゃあ教えるから、一緒に作りましょう」
そうして杏はおかゆ作りに挑戦する。
◆
「おにぃ、大丈夫?」
「んー?ああ、杏。大丈夫だよ。もう熱下がってきてるし」
兄は身体を起こし、ベッドから出る。
そのまま、部屋の真ん中にある小さい丸机の前に腰を下ろす。
「ど、どうぞ」
「これ山中さんが作ってくれたんだろ?後でお礼言わなきゃな」
「ち、違う」
「え?」
「杏が作った……」
「これ?杏が?」
「うん」
「そっか、見た目はいいよな」
そう言い、兄はおかゆを口に運ぶ。
ドキドキする心臓を押え、杏は兄の感想を待つ。
「うん、美味しいよ。よく出来てる。杏はすごいなぁ」
「ほ、ほんと!?」
「ああ、美味しい」
杏は喜びの舞を踊り疲れたので、その場に倒れる。
「大丈夫か、杏?」
「うん。ちょっと興奮しすぎた」
そうして、兄は翌日には完全回復し、朝の食卓にいる。
杏が二度寝するため、二階へ上がる寸前、兄が呼び止める。
「杏!!」
「ふわぁ~なにー?」
「これ。当日渡せなかったけど、バレンタインのチョコと昨日のお礼も込めて。ありがとな、杏」
杏はそれをジーと見てから、受け取る。
その時、杏の脳裏に流し聞きしていたきらりの言葉が過る。
「来年は杏もあげるから……」
照れくさそうにしながら、そう言い残し、二階へ駆け上がる。
兄は呆然としていたが、慌てて二階へ駆け上がった杏に向かって言う。
「期待してるぞー!!」
二階で座り込みながら、それを聞いていた杏は、誰も見てない中で、にっこりと笑顔を見せたのであった。
杏「やっぱりチョコは苦い方がいいよね。カカオとコーヒー豆とゴーヤ入れよ。あ、でも杏は甘いのがいいから、砂糖も入れなきゃね。後は杏のチョコってわかりやすいようにアメも入れよう」
兄「杏……誰に食わせるのかな?」
杏「あ、おにぃ。楽しみにしててね!」
兄「うん(血の涙を流しながらのスマイル)」