すやすやと今日も寝ている双葉杏。
しかし、その場所はいつもの自宅ではなく、346プロの一室である。
「あ~杏ちゃんみぃつけた!!」
「ん~」
「杏ちゃん、レッスンの時間だよぉ」
「あと三時間」
「それじゃあ、レッスン終わっちゃうよ~。杏ちゃんも、早くキラッキラッの舞台に立ちたいでしょう?」
「ん~別にー」
なかなか動かない杏に痺れを切らした諸星きらりは杏を抱きかかえる。
「もーう、めっ!!だよ」
杏を脇に抱え、レッスン場へと移動するきらり。
レッスン場へ入るとすでに同じ同期のアイドル達が集まっていた。
「あ、杏ちゃん来ました」
同期で、同じ年齢の島村卯月が杏の元へ来る。
その体型は杏とは比較にならないほど、女性らしさが出ていた。
杏が顔を引きつりながら、準備をする。
「あ、それめちゃくちゃいいシューズじゃん!!う~ずるい!!みくにゃんも欲しい!!」
前川みくは杏のシューズを見ると、突然悔しがる。
みくにとって、アイドルを目指すにあたり、周りから固めたいのだろう。
「なに?このシューズって変なの?」
「うわ、それオーダメイドのMIZUMOのシューズじゃない?そのロックなエンブレム間違いないよ」
「え?これオーダメイドなの?」
「なんだ~杏ちゃんも~すっごーくやる気があるんだね!!きらり嬉しい」
杏は自分のシューズを見る。
そう言えばこのシューズは……。
◆
「杏、必要なものは何か聞いてきたか?」
「うん。プロデューサーが紙渡してくれた」
「ふーん。どれどれ」
兄は杏がプロデューサーなんて言うから、こいつもアイドルとしての自覚が芽生えてきたかと、同時に少し寂しい気持ちが湧き上がる。
「スポーツウェアかぁ。ん?シューズもいるのか……よし!!」
「杏、ちょっと出かけよう」
「えー杏、今から昼寝なんだけど」
現在朝の十時。とても昼とは言えない時間に昼寝という理解し難い言葉を言ってくるが、兄は手慣れたもの。
「好きなもの買ってやるぞ」
「なんでも?」
「……ま、まぁ、そんなに高くないなら」
「まったく、おにぃは妹離れができないんだから、しょうがないなぁ」
お前に言われたくないと思う兄だったが、ここは我慢。
杏がたっぷり時間をかけ支度をしたせいで、現地に到着したのは十二時だった。
「先にお昼ごはん食うか、何食べたい?」
「えーなんでもいいよ。もう動きたくないから近場で」
「じゃあ、あそこのフレンチレストランに入ろうか」
「あ、フリードリンクあるところね」
「う、うん。たぶん、あるんじゃないか?」
「あ、コーラあるところね」
「あると思う」
「デザートもいる」
「あると思うって、もういいから行くぞ」
杏のわがままをこれ以上聞けないと思い。
たぶんあるだろうと思い、店に入る。
「いらっしゃいませー、何名様ですか?」
「二人です」
案内された席に座り、メニューを見る。
昼ランチはスパゲッティをメインに選べるコースでフリードリンクがついていた。
「良かったな、フリードリンクあるぞ」
と言う前にドリンクバーのところへ行こうとする杏を捕まえる。
「何する」
「お前こそ何してる。こういうのは注文してから行くのがマナーだろ」
「へっ」
なんだその顔はと思う兄だが、なんとか椅子に座らせてから注文を頼む。
頼み終えると杏は急いでドリンクバーの方へと行く。
「あいつそんなに喉乾いてたのか」
戻ってきた杏はグラスを二つ持っていた。
「おにぃの分」
「お、なんだ優しいなぁ杏」
「まぁね」
ドヤ顔で言う杏に苦笑しつつ、兄はドリンクを飲む。
「うげぇ、なんだこの味?」
ドリンクを見ると、色はそこらへんにありそうな普通のドリンクだが、味がおかしい。
杏は顔を伏せ必死に笑いを堪えている
とそこに料理が運ばれてくる。
しかし、兄は再び追求する。
「お前、混ぜたな」
「杏は知らないよ」
どうみても知ってますと言った風だが、兄は大きくため息をつき。
一気に飲み干す。
「杏、兄ちゃんの根性を見たか!!」
しかし、杏はそんな兄の勇姿を見ず、料理を口に運んでいる。
「おにぃ、食べないの?」
「…………」
兄は心の涙を拭きながら黙って食事をすることしかできなかった。
◆
「よし、食べたし行くか」
「えーもう疲れたよ」
「いや、食べただけだろ。まだ、全然動いてないぞ」
兄は杏の手をひいて、目的の靴屋さんへと行く。
兄は店員さんと何か話し込む。
杏はというと、見つけた椅子に座り込み、寝ようとする。
「おい、杏。起きろ。足測るぞ」
「う~うん。勝手にやって」
杏がうとうとしてる間に足を測る店員さん。
「はい、わかりました。では、出来次第、発送させてもらいますので」
「わかりました。できるだけ、早くお願いします」
兄は杏を起こし店から出る。
「あと少しで熟睡できたのに」
「あんなところで寝られたら困るわ!!次は、ウェアか」
そうして、二人の買い物は進み、杏の限界が頂点に達したため、帰ることに。
「杏、欲しいものなにかあったか?」
「んーそんなことより早く帰りたい」
その時杏の視界に一つのぬいぐるみが目に入る。
立ち止まる杏を見て、兄は杏が見ている方を見る。
そこにはディスプレイに飾られたうさぎのぬいぐるみがあった。
「欲しいのか?」
「杏、お子様じゃないし」
そう強がる杏だが、一向に視線を外さない。
兄は素直じゃない杏に苦笑し、店の中に入る。
そして、数分後でてきた兄の手には杏の身体半分くらいのうさぎのぬいぐるみがあった。
「ほら、これだろ?」
「ふんっ」
「そんな態度取るなら、返品してこよ」
「あー待ってごめんなさい。嘘です、冗談です」
敬語で必死に兄の手からぬいぐるみを取ろうと飛び跳ねる杏。
「ほら」
「うはー」
「よし、帰るか」
「うん!!」
◆
「…………」
そして、杏は今、思い出す。
あの時自分の足を測っていたのはこのシューズのためだったことを。
「おにぃ……」
「あ、杏ちゃん。そのぬいぐるみ可愛いですよね。さっきから気になってたんですよ」
卯月が杏のうさぎのぬいぐるみを指して言う。
「ちょっと触らしてくださ──」
しかし、杏はうさぎのぬいぐるみを背に隠し、まるで敵から守るように。
「触らせねぇ」
「え?う、うん。ごめんね」
その時、兄の言葉が頭を過る。
『いい仲間、見つけてこいよ』
「やっぱりちょっとだけ」
そう言い、卯月にぬいぐるみを渡す。
「え?ありがとう、杏ちゃん!!うわー可愛い。ふさふさだぁ。これどこで買ったんですか?」
「んー。内緒っ」
「えー。そんなぁ」
「ふふっ」
「あ、杏ちゃん笑った!!」「え?ほんと?」「どれどれ?」
「うわー、杏ちゃんのぉ、笑顔見たかったなぁ、もう一回、笑って~」
「杏、笑って、笑って!!」「笑って、笑って!!」
「うがー!!やーめーろー!!」
杏「おにぃ…」
兄「んー」
杏「あ……」
兄「あ?」
杏「アメちょうだい」
兄「しょうがないな」
ありがとうが言えない杏だった。
◆
次の更新は土日のどちらかを考えています。