「おにぃ……開けるよ」
「おう」
二人は夕日が差し込む部屋で向かい合う。
間にある机の上には茶色い封筒が置かれている。
杏の緊張で震える手で開け放たれた中身は──
「お、おおおお、印税キターーーー!!!!」
どんな喜び方だと兄は肩を竦めるが、まぁ、そういうことなんだろうと察する。
「よし、お祝いのケーキを買いに行こう。杏の好きなもの買っていいぞ」
「うん。じゃあ、よろしく」
そう言い残すと、杏は二階へと駆け上がる。
「待て、杏!!面接行ってからほとんど外に行ってないだろ!!たまには外に出ろ!!」
兄は部屋に入る寸前の杏の首根っこを掴む。
「わかったよ、おにぃ」
「お、行く気になったか?」
「じゃあ、着替えるから外に出てて」
「わかった」
兄は閉め出され、外で待つ。
しかし、いくらたっても、杏は出て来ない。
「おい、まだかー?」
「まだー」
「そうか」
兄は再び、待つ。
女の子の着替えは長いからな、と納得し五分ほど待ってみる。
「杏まだかー」
「うーもうちょっと」
もうちょっと、と不思議な返しに疑問を持つ兄。
もうちょっとかかるという意味だろう。
そう納得しもう少しだけと待つ事に決める。
しかし、いくらたっても出てこない杏に痺れを切らした兄は、ノックをしてから突入する。
「おい、杏いいかげんに──」
そこにいたのは、何も着替えず、ベッドの上で腹を出しながら寝ている杏がいた。
つまり、杏の言うもうちょっととは、熟睡できるまでもうちょっと、と言う意味だったんだろう。
兄は大きくため息をつき、杏のシャツ直し、布団をかける。
「まぁ、今日だけは、な。おめでとう杏」
兄はそれだけ言い、部屋をあとにする。
◆
帰ってきた母親と父親が吉報を聞き、家族で外食しに行こうとしたら、杏が二度寝したのは別の話。
◆
「杏、いつから346プロに行くんだ?レッスンとかあるのか?」
「えー知らない」
「なんか送られて来なかったか?」
「んーそう言えば、なんか来た」
杏はゆっくりとした動作で部屋へ行き、封筒を取ってくる。
しかし、途中で力尽きたのか階段で倒れてる杏から封筒を取る。
「おい、これ開いてないぞ。見てないのか?」
「だって、めんどくさい」
兄はやれやれといった感じで封筒を開けるが、すぐにその表情は一変する。
「お前!!これ、今日じゃねぇか!!」
「へー」
「へーじゃないよ!!今すぐ着替えろ!!」
「へっ」
「なんだその顔!!!!」
嫌そうな顔をしながら渋々着替える杏。
杏を連れ、急いで346プロへと赴く。
受付の人に杏のことを言うと、伺っておりますと返され、部屋の場所を教えられた二人。
杏は覚える気はないみたいで、仕方なく事情を説明し、兄も一緒に同行する。
そして、教えられた部屋の前までやって来る。
「よし、杏。頑張ってこいよ」
「え?おにぃも一緒に来てよ」
「俺は一般人だ。そもそもここまで来たのも、受付の人がIDを発行しくれたからだ。俺の役目は終わりだ」
「えー」
「いい仲間、見つけてこいよ」
「まぁ」
杏は兄に背を向けドアノブに手をかける。
「そこそこ少し時々頑張るよ」
「ああ、行って来い」
そうして、杏はアイドルの世界へと飛び込んだ。