杏ちゃんのお兄ちゃんは今日も大変です   作:わか

1 / 9
杏ちゃんのお兄ちゃんは大変です

「えー働きたくないなー」

 

「なぁ、家にいても楽しくないだろ?」

 

杏はだらだらと亀のような動きで徐ろにパソコンに縋りつく。

 

「杏にはネットがあるからさー」

 

「でも、友達いないだろ?」

 

カチャカチャとマウスを動かし、兄にパソコンの画面を見せる。

 

「友達」

 

そこにはただの電子の文字が大量に流れていた。

それはチャットと呼ばれるもので、とても友達とは言い難い。

 

「いや、この人達と会ったことないのに、友達って言われても」

 

「はぁ……。おにぃはわかってないなぁー」

 

再びパソコンをいじりだす杏だが、兄はこれ以上パソコンの話をされても困る。

兄は杏を抱きかかえ、居間に連れて行く。

 

しかし、杏はソファーに寝転がると、寝始める。

 

「おい、家族会議だ!!起きろ!!」

 

兄は杏を起こし、飴玉を口の中に入れる。

さすがに飴玉を入れられたら、そう安々と寝転がれないだろと思ったら、杏は背もたれに全身を預け、どこぞの社長のようなふんぞり方をしている。

 

「で、家族会議ってなに?」

 

「杏は外の空気に触れるべきだ。家にいても何も進まない」

 

「えー、大丈夫だよ」

 

「その根拠は?」

 

「遺産?」

 

ダメだこいつ、と諦めにも似た、いやもう諦めたくなる、気持ちになる兄。

だが、なんとか奮い立ち、杏を説得しようとしたその時。

つけっぱなしだった、テレビから杏を外に引きずり出す、天命が降りる。

 

「シンデレラプロジェクト!!三月末締め切り!!みんなトッププロのアイドル目指して、一緒に頑張りましょう!!」

 

シンデレラ、アイドルとそして、何より兄には三月末締めりという言葉が頭を揺さぶる。

杏を見て兄は思う。

 

(こいつ、可愛いよな。そのボサボサの髪を梳かして、少し薄めの化粧をして、おお!?おおおおお!?これは!?)

 

「杏!!」

 

兄はドンっと机を思いっきり叩き、杏に迫る。

 

「ひゃい!?」

 

それにびっくりして、飛び退く杏。

 

「アイドルになろう」

 

「いや、そんなドヤ顔で言われても」

 

「よし、今すぐ応募だ!!」

 

「ちょ、おにぃ!!」

 

 

「ねぇー帰ろ」

 

「ダメだ。何のために俺がついてきたと思ってる。お前を逃がさないためだ」

 

「でも、杏アイドルなんて、やだなー」

 

「正確には働きたくないんだろ?それは何度も聞いた」

 

「わかってるなら帰ろー」

 

現在の杏は普段のシャツと短パンという姿だけでなく。

兄が雑誌を見て、研究し、母親と父親との幾度とにも及ぶ協議の末決めた服装だ。

杏の雰囲気、体型に合う、少し派手目な、でも十七歳という年齢を考慮して、大人の部分も出した、渾身のコーディネートだ。

 

「杏!!」

 

「う、うん?」

 

「お前、めちゃくちゃ可愛いぞ」

 

「う~そんなこと言われても、杏は嬉しくないし、帰りたい気持ちは変わらない」

 

「杏は何がほしいんだ」

 

「金」

 

一瞬で返ってきた返答に、兄は苦笑しつつ、最後まで取っておいた必殺技を言う。

 

「印税。がっぽがっぽだぞ」

 

杏の耳がぴくぴくと反応する。

 

「印税あったら、何億いくだろうなー」

 

「億!?」

 

「一生遊んで暮らせるだろうなーそれこそ、寝て起きて寝てゲームしてお菓子食って、もう一回寝て」

 

「それが可能なのですか!?」

 

なぜか敬語になる杏。

そして、背景にゴゴゴゴと聞こえてきそうなほどやる気が漲ってくる杏。

 

「やるよ、おにぃ!!」

 

「そのいきだ、杏!!」

 

「いんぜ~い、おー!!」

 

「え、え、おー!」

 

明らかにおかしいテンションで、初めて見る妹の姿に兄は心が暖かくなる。

ああやって、何かに熱中して、そこで友達ができたら理想なんだけど。

 

「いーんーぜい!!いーんーぜい!!」

 

「おい、そろそろ落ち着こうな」

 

さっきから印税印税うるさい杏を黙らして、346プロの門を叩く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。