「えー働きたくないなー」
「なぁ、家にいても楽しくないだろ?」
杏はだらだらと亀のような動きで徐ろにパソコンに縋りつく。
「杏にはネットがあるからさー」
「でも、友達いないだろ?」
カチャカチャとマウスを動かし、兄にパソコンの画面を見せる。
「友達」
そこにはただの電子の文字が大量に流れていた。
それはチャットと呼ばれるもので、とても友達とは言い難い。
「いや、この人達と会ったことないのに、友達って言われても」
「はぁ……。おにぃはわかってないなぁー」
再びパソコンをいじりだす杏だが、兄はこれ以上パソコンの話をされても困る。
兄は杏を抱きかかえ、居間に連れて行く。
しかし、杏はソファーに寝転がると、寝始める。
「おい、家族会議だ!!起きろ!!」
兄は杏を起こし、飴玉を口の中に入れる。
さすがに飴玉を入れられたら、そう安々と寝転がれないだろと思ったら、杏は背もたれに全身を預け、どこぞの社長のようなふんぞり方をしている。
「で、家族会議ってなに?」
「杏は外の空気に触れるべきだ。家にいても何も進まない」
「えー、大丈夫だよ」
「その根拠は?」
「遺産?」
ダメだこいつ、と諦めにも似た、いやもう諦めたくなる、気持ちになる兄。
だが、なんとか奮い立ち、杏を説得しようとしたその時。
つけっぱなしだった、テレビから杏を外に引きずり出す、天命が降りる。
「シンデレラプロジェクト!!三月末締め切り!!みんなトッププロのアイドル目指して、一緒に頑張りましょう!!」
シンデレラ、アイドルとそして、何より兄には三月末締めりという言葉が頭を揺さぶる。
杏を見て兄は思う。
(こいつ、可愛いよな。そのボサボサの髪を梳かして、少し薄めの化粧をして、おお!?おおおおお!?これは!?)
「杏!!」
兄はドンっと机を思いっきり叩き、杏に迫る。
「ひゃい!?」
それにびっくりして、飛び退く杏。
「アイドルになろう」
「いや、そんなドヤ顔で言われても」
「よし、今すぐ応募だ!!」
「ちょ、おにぃ!!」
◆
「ねぇー帰ろ」
「ダメだ。何のために俺がついてきたと思ってる。お前を逃がさないためだ」
「でも、杏アイドルなんて、やだなー」
「正確には働きたくないんだろ?それは何度も聞いた」
「わかってるなら帰ろー」
現在の杏は普段のシャツと短パンという姿だけでなく。
兄が雑誌を見て、研究し、母親と父親との幾度とにも及ぶ協議の末決めた服装だ。
杏の雰囲気、体型に合う、少し派手目な、でも十七歳という年齢を考慮して、大人の部分も出した、渾身のコーディネートだ。
「杏!!」
「う、うん?」
「お前、めちゃくちゃ可愛いぞ」
「う~そんなこと言われても、杏は嬉しくないし、帰りたい気持ちは変わらない」
「杏は何がほしいんだ」
「金」
一瞬で返ってきた返答に、兄は苦笑しつつ、最後まで取っておいた必殺技を言う。
「印税。がっぽがっぽだぞ」
杏の耳がぴくぴくと反応する。
「印税あったら、何億いくだろうなー」
「億!?」
「一生遊んで暮らせるだろうなーそれこそ、寝て起きて寝てゲームしてお菓子食って、もう一回寝て」
「それが可能なのですか!?」
なぜか敬語になる杏。
そして、背景にゴゴゴゴと聞こえてきそうなほどやる気が漲ってくる杏。
「やるよ、おにぃ!!」
「そのいきだ、杏!!」
「いんぜ~い、おー!!」
「え、え、おー!」
明らかにおかしいテンションで、初めて見る妹の姿に兄は心が暖かくなる。
ああやって、何かに熱中して、そこで友達ができたら理想なんだけど。
「いーんーぜい!!いーんーぜい!!」
「おい、そろそろ落ち着こうな」
さっきから印税印税うるさい杏を黙らして、346プロの門を叩く。