NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

94 / 121
今回は閑話集的な話になります。


第90話

 最近、うずまき兄ちゃんが一回り大きくなった気がします。

 こう、人間的に厚みを増した、と言うか。

 ちょっと話を聞いてみた所、

「オレさ、心ん中で父ちゃんに会ったんだってばよ!」

 と、嬉しそうに言うんですよ。

 どう言う事なんでしょうね、と思ってちょっと調べてみたら、どうやら封印術の影響みたいですね。

 チャクラって人格のコピーもできるんだな、とか思ったんだけど、良く考えたら影分身ってそのまんまですよね。

 言ってしまえば、4代目火影・波風ミナトさまの影分身を九尾さんを封じる際に一緒に封じてる、って感じですかね。

 そんな事を、家で寛ぎながら考えてみたりして。

 …お家でのんびりなんてホントに久し振りです。

 どんだけ仕事人間なんでしょうか、僕は。

 

 ええっと、実はショックな出来事がありました。

 妹のフクちゃんですが、見事に僕の事覚えていませんでしたorz。

 泣きたい。

 覚えているのって準省エネモードの時の僕の尻尾だけでしたともさ。

「うー、だー!」

 あ、はいはい、尻尾ね。

「きゃー! しぽしぽ~!」

 さっきから尻尾を握りしめて離しませんよ。

 もうかわゆーてかわゆーて。

 おかげで今日1日家でごろごろですともさ。

「ぅああ~、仕事したくなーい、ゴロゴロして暮らしたーい、ホントに狸になっちゃおうかしらん…」

 さすがにここんとこ働きっ詰めだったしね、これっ位良いよね。

 おっとうもおっかあも苦笑いしながなら見逃してくれてるし。

 …とは言っても、3日もすると仕事が恋しくなるんだろうなあ。

 すっかりワーカホリックに育った気がする。

 誰のせいだろう。

 まあ、ダンゾウさまのせいだろうなあ。

 あの方もいい加減仕事人間だし。

 一度油女トルネさんと山中フーさんと図って、休みを取らせた方が良いんじゃないだろうか。

 …むりだなー、どうあがいても陥れられる気がしない。

 そんなことをつらつら考えながら視線をふっと家の奥へと送る。

 奥の仏間、そこにあったご先祖様の変じた食器が、若干減っている。

 僕の無茶を肩代わりして頂いてしまったのだ。

 こうやってうちの一族は年若いものを生き延びさせ、老いた者がそれを肩代わりするという形で、「火の意志」を継いでいく。

 いつかは僕も誰かの子どもたちのためにそうして肩代わりをするのだろう。

 それが予想できるなあ。

 …ここは火の国木の葉隠れの里だ。

 大きな国に支援された戦闘集団。

 大国のエゴを押し通す為の暴力装置。

 それから僕らの世代でそれをどこまで変えることが出来るのか。

 普通なら、まあ3代4代と掛かる仕事だと思うんですよね。

 でも、なんかどうにでもなる様な、そんな気がします。

 一番大きいのは「変えようとする意志と、それに向かって動くきっかけ」が存在する事だと思うんですよね。

 そう、うずまき兄ちゃんです。

 兄ちゃんは、この何年かで木の葉隠れの里を大きく変えています。

 この流れ(ムーブメント)が火の国や、その周辺に広がるなら、みんなの意識を大きく動かすきっかけになると思うんだよね。

 そうなれば、僕みたいな裏方が動く事でそれを加速させることが可能だと思う。

 …さて、この流れ、ダンゾウさまの言う「介入者」にとってはどうなんだろうか。

 今までの世界は確かに忍術の発展と言う点においては有効だったんだろう。

 どんどん新しい戦闘用忍術が開発されてったのだから。

 でも、そろそろ頭打ちじゃない?

 結局の所、今編み出されている忍術って、元々ある術の焼き直しみたいなバリエーションでしかない場合が多いし。

 そろそろ新機軸(イノベーション)って奴が必要なんじゃないかなと!

 なんて拳を突き上げながら言ってみたりして。

「…何やってんだおい」

 …おや?

 キバさんお久し振りなのです。

「わふっ!」

 赤丸くんもお久し振りー。

 あ、フクちゃんの目の色が変わった。

「あ~、しぽしぽ~!」

 フクちゃん赤丸くんの尻尾大好きなんだよねえ。

「わふん」

 赤丸くんもまんざらでもない様子でフクちゃんを自分の尻尾にじゃれつかせている。

「…ちょっと良いか?」

 なんでしょうかね?

 

「5代目ってなどんな人なんだ?」

 …どうやら、うちは兄ちゃんへの殺害許可が5代目火影・志村ダンゾウさまへの不信感へと繋がった様子。

 うちは兄ちゃんは実の所、同世代の皆と上手くやっていた訳ではないみたい。

 それでもこうも皆が気に賭けるのはやっぱりカリスマなんだろうなあ。

 こう、みんなが意識してしまうような。

 この辺り、うずまき兄ちゃんとも共通するとこだよねえ。

 とは言え、話せる事は少ない訳で。

「…サイさんからはどう聞いてる?」

 僕はそう聞き返してみた。

「…やり方は強引だけど、里を愛する意志は間違いないって言ってたな」

 うん、そう。

 あの方は3代目火影・猿飛ヒルゼンさまが太陽であるならば、自分はその影になる北風であろうとする人だから。

 だからなんだよなあ。

「正直、今はきついと思う。

 影から正面表に引っ張り出されちゃったからね。

 元々は6代目みたいに正道を以って政治を行う人の裏方である事を任じてきた人だから。

 どうしても裏のやり方をまず考えちゃうみたいで、その為に動きが鈍くなってる所があると思う。

 う、ちはサスケさんの件についてもそう。

 ホントならうちはイタチさんを討ち取った時点でこの里に帰って来ると思ってたんだよね、5代目さまとしては」

 僕のその言葉に首を捻るキバさん。

「何でサスケがイタチを仕留めたら里に戻って来るって考えたんだ?」

「そりゃそうでしょ。

 そう言う風に粉かけてたんだから。

 多分だけど、サスケさんが死んでイタチさんが生き残ってたら、イタチさんが木の葉隠れの里に復帰してたと思うよ」

 政治って言うのは綺麗事じゃない。

「根」は、うちはを囲い込むためにいろいろやっているはず。

 うちはの名前とその血筋にはそれだけの価値がある。

 僕の情報を元に、音隠れとも様々な交渉をしていたろう。

 僕のその言葉に、眉を顰めるキバさん。

「うわ、それ引くぜ、おい」

「何言ってんだか。

 火影を目指すんならこれくらい飲みほして貰わないと」

 まあ兄ちゃんなら、「そんなんしなくて良いような世界を作る!!」とか言いそうだけど。

 兄ちゃんのいいとこって理想と現実があるのが分かっていても、それでも理想を追う姿勢のある所だと思う。

 そうでなけりゃ、いじめられてた子供時代にとっくに里を逃げ出してるだろうしね。

 兄ちゃんは結局の所人が好きなんだと思う。

 どんだけ裏切られても、信じることを止めない。

 だからこそ兄ちゃんは最終的にみんなから好かれるんだと思う、無論、僕も含めて。

「今回の事だけど、真面目な話、今のう、ちはサスケさんに関しては里長かそれと同等クラスの忍でないと殺すの無理だってのが分かってるからね。

 実際、雲隠れの方でも下手に少人数でちょっかい掛けると殲滅されるのがオチだってわかってるみたいだし。

 問題があるとすれば、岩かなあ…」

 岩隠れの里の忍に関してはまだ話を通してないし、直接戦ってないから実感もないだろうなあ。

 雲隠れの場合、キラービーさんと言うどえらい強い人が負けたってことになってるから、ビーさんを倒せるくらいの戦力が用意できないと手を出さないだろう。

「…なあ、その『キラービー』って強いのか?」

 …あのねえ。

「キバさん、兄ちゃんの戦い、この前見てるっしょ?」

「ああ、あれなあ。

 すっげえ力だったなあ、アレ」

 キバさんは兄ちゃんとペイン六道との戦いを見ているはず。

 正確に言うなら、暴走して巨大な岩の塊に封印されてなおその封印を破壊し出てきた「九尾の尾獣」の力を、だ。

「あれが友好的になって、いっつも力を貸してくれる感じ」

「…どうせえっつんだ、そんなもん」

「そうだよねえ。

 でも、公式にはそれに勝ってるのよ、う、ちはサスケさん」

「どんなバケモンに育ったんだよ! サスケの奴!!」

「でしょ?

 で、九尾の尾獣と五分の力を持ってるって認識すれば、木の葉としては手を出したくないじゃない?

 それから、その尾獣と五分の存在を『生け捕り』にしたってなれば、尾獣を持ってた里としては強さを想像して手を出し辛い。

 でも、封印術ってぴんきりでさ、最初に来た時の砂隠れの我愛羅さんみたいに暴走しやすいけど力は凄い、とか、暴走はほぼしないけど力は限定的、とかね。

 んだらか、もしかしたら岩隠れ辺りは手を出すんじゃないかな、と心配してるんだよね。

 手を出されたらう、ちはサスケさんならあっさり殲滅しそうだし、そうなると岩隠れも黙ってないだろうしね」

 あそこの長は確かダンゾウ様より年上だったはず。

 陰謀とかもお手の物なはずなので、下手をするとちょっかい掛けちゃいそうなんだよなあ。

 ま、どうせダンゾウさまが釘を刺してると思うけどね。

「ま、って事は、サスケに関しちゃ里の方針としては『殺害を認めつつ、その実力を説明して下手なちょっかいを掛けさせない』と。

 そして、『イタチと戦った後にサスケに何が起きたのかを調査』ってとこか」

 おお、キバさんパーフェクト。

「まあなあ、お前の造った事例集、未だに読んでっからなあ。

 あれ、ホントに大変だったてえの…」

 キバさん、何か遠い目をしてらっしゃる。

 まあ、キバさんてばうずまき兄ちゃんとおんなじで感性よりの人だからなあ。

 理論って苦手な方だからして、勉強の反復はしんどかったらしい。

 でも、その反復練習が完成により磨きを掛ける、ってこともある訳で。

 今のキバさんは中隊や大隊といった大きめの部隊の指揮なんかも出来る筈。

 優秀な指揮官に育ってる。

 おかげでシカマルさんみたいな参謀としては大助かりだろう。

 今の忍って小隊(フォーマンセル)を動かすのが得意な人たちばっかだからねえ。

「でよ、さっきからお前変じゃね?」

 ? なにがです?

 なんか妙な事ありましたっけ?

「…気付いてねえならまずいかもな。

 さっきからお前、サスケの事言う時に妙な突っかかりがあるぞ」

 ありゃ。

 やっぱりか。

 どうもうちは兄ちゃんに関しては僕にとっても色々思う所があるんだけど、だからと言って表に出せないしねえ。

「まあ、音隠れに潜入してた時には色々あったもんで。

 サスケさんには好意的な部分と否定的な部分が混じり合ってるんですよ、僕としては」

 僕の玉虫色の発言に、

「…相変わらずめんどくせえ奴」

 と、キバさんは苦笑いをしながら流してくれた。

 だんだんキバさんって苦労人の感じが出てきたねえ。

 前は兄ちゃんと同じトラブルメーカー系だったのに。

「やかましいわ!」

 

 

 

「やれやれ、なあんかすかされた感じだな、なあ赤丸」

「うぉん!」

 キバは茶釜の家から帰りがけ、赤丸にそう声を掛けた。

 里に帰って来てから、ブンブクの表情に何か気がかりなものを感じていたキバは、それを聞きだすつもりでブンブクの家に行った。

 ブンブクとしては誤魔化したつもりなのだろうが、付き合いの長いキバにはお見通しである。

「しっかし、あいつもサスケ関係、かあ。

 めんどくせえこった」

 サスケを気にしているのは元7班、はたけカカシ班のナルト、サクラ、猪鹿蝶のいの、そしてブンブク。

 サスケには奇妙なカリスマがある。

 そう中が良かった訳でもないのに、キバとて彼に殺害許可が出たと聞いた時は動揺したものだ。

 ナルトとサスケ、双方に関わっているサクラやブンブクの精神的負担が気になり、遊びに行きがてらにブンブクの様子を見てみると。

「まあ、大丈夫そうだな、ありゃ」

 サスケとの間に何かあったのであろう事は予想が出来た。

 だが、同時にある程度はブンブク自身で納得し、自分なりに消化できている事も見て取れた。

 さすが狸、雑食性だ。

 そんな事を考えながら、キバはうちへの帰途についた。

 

「はっ! 狸じゃないよ!!」

「あ~う~?」

 

 

 

 閑話 光と闇

 

 木の葉隠れの里から、1人の青年が旅立とうとしていた。

 薬の行商人の行李を担いだ、服装こそ地味なものの、なかなかに端正な顔立ちをした青年だ。

 青年は行商の途中で「第二次木の葉崩し」に巻き込まれた。

 幸い怪我などはなかったものの、雨隠れのペイン襲撃により、大量に出た怪我人、その治療のために青年の持つ薬と医療技術は重要だった。

 本来であれば買い付けを終え、さっさと木の葉隠れの里を出るはずだった青年は、1月近くもこの里に残り、怪我人の治療に尽力していた。

 このお人よしの青年は、今日、この里を離れ、故郷の湯隠れに戻る、という()()()()()()()()

 青年の名は「シロウ」、またの名を「聖杯八使徒が1人、復讐者・天草四郎時貞」と言う。

 

 里にある巨大な門、「あ」と「ん」と言う巨大な文字の書かれた門を見据え、時貞は歩き出そうとしていた。

 それに、

「先生!」

 そう声を掛ける者がいた。

「シロウ先生!」

 時貞が振り向くと、そこには。

「ああ、うみのさん」

 そこには、忍術学校の教師であるうみのイルカがいた。

 

「そうですか、お帰りになるんですか…」

 イルカは残念そうにそう言う。

 イルカはペインの襲撃を受けた後、里の民の避難誘導を買って出ていた。

 その際に、ペインの襲撃と合わせて少々の負傷を追ってしまっていた。

 それを治療してくれたのが彼、時貞だった。

 年も比較的近く、気安く話せるようになるのには時間はそれほどいらなかった。

 今、彼らは門の近辺の茶屋で団子と茶を食しながら別れを惜しんでいる所だった。

「先生がいてくれて助かった者達も多いんです。

 出来ればみんなに声を掛けていってほしかったんですけどね…」

「いやいや!

 そんな立派なもんじゃないんですって!

 僕としてはほんの少し皆さんのお手伝いが出来れば、と思っただけなんですから」

 イルカの称賛に、慌てて手を振り否定する時貞。

「うみのさんこそ聞きましたよ?

 彼、ええっとうずまきさんでしたっけ?

 彼を教えた師匠じゃないですか。

 そんなに凄い人だと思ってなかったからびっくりしましたよ」

 持ち上げる時貞に、イルカは鼻の頭をかきつつ、

「いや、そんな立派なもんじゃないんですよ。

 忍術学校であいつの担任を受け持ったってだけで」

 そう謙遜する。

 いや、イルカにとっては謙遜ではなく事実なのだろう。

 うずまきナルトは己の才覚とその心意気で里の英雄へとのし上がったのだと。

「そうですか?

 この前ラーメン屋の親父さんに聞きましたよ、良く一緒にラーメン食べてるって」

「それだけですよ。

 忍術学校の時の教師だから覚えていてくれる訳ですし、今はどちらかっていうと年の若干離れた友人って感じですからね」

 そう照れながら言うイルカ。

「…それでも、です。

 多分あなたは、あの里の英雄の心の支えですよ。

 それを誇りなさいな」

 イルカを見ながら時貞はそう言う。

「…おっと、すいません。

 そろそろ出ないと本格的にまずい。

 出来れば今日中に次の宿場につきたいですからね」

「おや! もうそんな時間でしたか。

 すいません先生、引きとめちゃって!」

「良いんですよ、うみのさん。

 じゃあ、また」

「…そうですね、じゃあ、また」

 そう言って、2人の男は別れていった。

 …次に会うのは何時の事か。

 

「しかし、うみのイルカ、か…。

 もしかしたら、ボクの本当の敵は、あのような人なのかもしれませんね…」

 

 

 

 閑話 月の女神様

 

 鬼子母一族の五馬ヒメとジンベエは木の葉隠れの里とペインとの戦いが終わって後、木の葉隠れに引っ越しをしてきた。

 ヒメは少々人見知りであったが、茶釜ブンブクによって里の子どもたちに紹介され、今ではうちに連れてきて一緒に遊ぶほどになっていた。

 一方、ジンベエも予想に反して子どもたちの人気者だった。

 ジンベエは鬼子母一族の長老として、一族に伝わる様々な伝説伝承や物語を知っていた。

 それが予想以上に子ども達に受けた。

 時折、子ども達が集まってはジンベエの物語をねだるようになっていた。

 

「じいさま、今日は何の話をしてくれる?」

 子ども達の先頭でヒメが薄い表情ながらもワクワクしながらジンベエにそう聞いた。

 ジンベエは少し考えて、

「んじゃあのう、『兎の神様』の話しでもするかのう…」

 ジンベエは、子ども達に話し始めた。

 

 遠い昔、大地には立った一本の木しかないくらい遠い昔。

 ある日、空に浮かぶ月から神様が降りてきました。

 お腹のすいていた神様は、木に成っていた果実をとって食べると、この世に様々な動物、植物を作りました。

 

「その時にワシらヒトも作られたんじゃよ」

 

 神様は大地にたくさんの生き物が増えていくのを見て嬉しくなりました。

 そこで、自分の子どもである生き物たちに、「何か足りないものはない? 今どうしていたい?」と聞いて歩いて回りました。

 砂漠にすむ狸は「とっても良い風が吹いてます、ありがとう神様」と言いました。

 火の山に住む猫は「とってもあったくて幸せです、ありがとう神様」と言いました。

 海にすむ大きな魚は「こんな大きな海があって幸せです、ありがとう神様」と言いました。

 森にすむ猿は「大きな森にはたっくさん果物があります、ありがとう神様」と言いました。

 草原を走る馬は「広くてたくさん走れる草原が嬉しいです、ありがとう神様」と言いました。

 花畑に住む虫は「花の蜜がたくさんあって嬉しいです、ありがとう神様」と言いました。

 牧草地に住む牛は「おいしい草がたくさんあって満たされています、ありがとう神様」と言いました。

 山に住む狐は「のんびりと暮せて幸せです、ありがとう神様」と言いました。

 神様は嬉しかったのですが、ちょっともの足りませんでした。

 もっといろいろな事をして、みんなからありがとうと言われたかったのです。

 

「神様、神様、僕はもっとたくさんの田んぼが欲しいです」

 そう言ったのは1人の人の男の子でした。

 彼はものすごく働き者で、今ある田んぼでは小さい、もっと働きたいと思っていました。

 神様は働き者の男の子に、今までの10倍の田んぼを作ってあげました。

 男の子は喜んで一生懸命働きました。

 男の子はその年、10倍のお米を手に入れました。

 それを見ていた隣の男は、神様に「オレにも田んぼをくれろ」と頼みました。

 神様は喜んで男の田んぼを10倍にしました。

 ところが、男は怠け者でしたので、次の年10倍どころか普段の半分もお米を取ることが出来ませんでした。

 男は神様に、「もっと簡単に田んぼを耕したい」とお願いしました。

 神様は男に「命令すると田んぼを1人で二耕してくれる鍬」をあげました。

 男は次の年、10倍のお米を手に入れました。

 そうしたところ、オレにもおくれ、ワタシにもおくれ、とみんなが神様にお願いしました。

 神様は嬉しそうに鍬をみんなにあげました。

 みんなはたくさんのお米がとれてうれしそうでした。

 

 怠け者の男は自分だけたくさんとれたはずなのに、みんながお米をたくさん持っているのが気に入りません。

「オレが頼んだから神様は鍬をくれたんだ。

 だから、鍬で耕した畑はみんなオレのもんだ!」

 男はそう言い始めました。

 男は隣の男の子の畑を取り上げようとします。

 男の子の畑は鍬を使っていません。

 そんな事も男は知りませんでした。

 男の子は働き者でしたが喧嘩では大人に勝てません。

 畑を取られた男の子は泣きながら神様に、「悪い男が僕の畑をとっちゃった」と訴えました。

 神様は男を叱りました。

 でも、いっぺんたくさんのお米を手に入れる事の出来た男はその後もいろんな人の畑を取り上げようとしました。

 その度に訴えられる神様は、困り果てました。

 神様は1人しかいないからです。

 神様の目は2つしかなく、神様の手も2つしかないからです。

 そこで神様は、みんなを見守る為に「神様の目」をたくさん作りました。

 そして何時でもみんなを手伝えるように「神様の手」をたくさん作りました。

 

 田んぼが大きくなって、たくさんの米がとれるようになると、人はたくさん増えるようになりました。

 昔のように、村が1つだけだはなく、100も、1000も、村があります。

 神の目は、たくさん増えた人の子を見守りました。

 神の手はたくさんの人の子のお手伝いをしました。

 それでも神様へのお願いは後を絶ちません。

 100の村に100にん、1000の村に1000人。

 どんどん人は増えていきました。

 それでも神様はみんながだいすきだったので、みんなのお願いを叶え続けました。

 病気の人にはお薬を。

 歩くのが大変な人には車を。

 狩りをする人には弓矢と槍を。

 神様は願いを叶え続けました。

 

 ある日、村と村が喧嘩をしました。

 片方の村と仲の良い村が、手助けしました。

 もう片方の村と仲が良い村が、それを見て手助けしました。

 そしてその村と仲が良い村が、更に手助けしました。

 またたく間に喧嘩は大きくなりました。

 神様はその喧嘩を仲裁しました。

 神様の目がどっちが悪いか見ていたのです。

 でも、それで喧嘩は収まりませんでした。

 また喧嘩が起きました。

 神様は仲裁しました。

 またまた喧嘩が起きました。

 神様は仲裁しました。

 またまたまた喧嘩が起きました。

 神様は仲裁しました。

 神様はだんだん嫌になってきました。

 

 神様の目は、たくさん見て、覚えなければならないので、覚えているのが大変得意でした。

 そこで神様は嫌なことを神様の目に覚えていてもらって、神様は嫌なことを忘れる事にしました。

 そうして、神様は嫌なことを忘れました。

 

 でも、嫌なことを忘れても、嫌だという気持ちは忘れることが出来ませんでした。

 

 嫌なことを忘れても、嫌な気持ちを忘れることが出来ませんでした。

 そして。

 何度もあった喧嘩で、とうとう村が無くなってしまったのです。

 大好きだった人たちがいなくなってしまった村で、神様は悲しくなりました。

 悲しくて、悲しくて、神様はとうとうお月さまに帰ってしまったのです。

 そして、お月さまにある岩の扉をばったんとしめると、その中でしくしくと泣き始めたのです。

 

 驚いたのは人々です。

 今までいてくれた神様がいなくなってしまったのです。

 人々は口々に神様の目と手に神様に帰って来てくれるようお願いしました。

 目と手はとっても困りました。

 今まで神様のお話を聞いて、その通りにしていれば良かったからです。

 でも、神様が大好きだった目と手は神様に帰って来てもらうために一生懸命考えました。

 神様の目は思いました。

 神様が人を大好きだった事を思い出してもらおう。

 神様の目はそれから人々に見えないようになりました。

 みんなが楽しそうにしているところや、うれしそうにしているところを目は見ています。

 それを神様にお伝えしているのです。

 神様の手は神様に出てきてもらうために扉の前で一生懸命おどけたり、楽しいお話をしたりしています。

 でも、まだ神様は出てきてくれません。

 いつか神様が出てきてくれたら、みんなはどうしますか?

 神様に嫌な思いをさせますか?

 神様に楽しい思い出を見せてあげられますか?

 

「…と言う話じゃなあ。

 お前さんたちはどうかのう?」

 子どもの1人が言う。

「オレ悪いことしねえもん!

 きっと神様と仲良くすんだ!」

「僕も!」

「私も!」

 子ども達は口々にそう言った。

 

「おおもうこんな時間かい…。

 そろそろ帰らんと、晩御飯に間に合わんぞ…」

 それなりに時間が経ち、子ども達は帰っていった。

 後に残ったのはヒメとジンベエ。

「…じいさま、前に聞いた話とはちょっと違ってた」

「そうじゃな。

 あっちは鬼子母一族の秘伝じゃて、話して良いもんじゃあないからの」

「そう」

 ジンベエがヒメに語った話は、先ほどのものとは終りの部分が違っていた。

 

 神様はみんながあまりにも争うものだから、悲しくなりました。

 そして、神様の目に、悲しい事を預けました。

 でも、悲しい気持ちを忘れることが出来なかった神様は、「悲しい気持ち」を神の目に預ける事にしたのです。

 そして神の目に悲しい気持ちを預けた神様は、悲しい気持ちを持つ事が無くなりました。

 でもそれは、悲しい気持ちと対になる、「嬉しい気持ち」も忘れる事になったのです。

 嬉しい事も、悲しい事も感じる事の無くなった神様は、今でも月にポツンと1人。

 いつか元の優しい神様に戻ってくれることを信じて、神様の目は人を見続け、神の手は神様に話しかけているのです。

 おしまい。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。