NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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第6話

 はい、どうもでしゅ!、…かんじゃった。

 茶釜ブンブクです。

 ここしばらく、僕の放課後は自主訓練とお見舞いに費やされている。

 自主訓練はおもに飛行訓練と口寄せの経験に使っている。

 ぼてぼてと落っこちたりしていた甲斐もあり、なんとか風に乗って舞い上がるところまではできるようになってきた。

 自由に空を飛ぶ、というのは無理だけど。

 口寄せの方は、兵糧丸を使うことで、岩室兄弟を3人までは同時に召喚できるようになった。

 岩室兄弟の五郎坊くんを一番口寄せしているのだが、飛行訓練をするのには彼の風遁が必要だから。

 まあ、年、というか精神年齢も一番近いってのもあるんだけどね。

 性格は、よく「別にお前の為じゃない」とか言うのが口癖のクールタイプの様子。

 長男の太郎坊くん、というかさん、だね、どっちかってえと。

 ホントにお兄さん、というのが一番しっくりくる落ち着いたひと()だ。

 面倒見がよくて、やさしく頼りがいのある、というお兄さんの鑑のようだ。

 太郎坊さんは雷遁を使うのだそうで、怒らせると一番怖いとのこと。

 次男の二郎坊くん。

 真面目でよく弟たちにお説教をしている。

 五郎坊くんいわく「兄貴は真面目すぎて堅苦しい」のだそうだ。

 で、得意の忍術は火遁、怒ると烈火のごとく、というのがぴったりくるとのこと。

 三男の三郎坊くんはおっとり型だ。

 食べるのが大好きだそうで、この前も僕のおやつのおはぎを半分こして食べた。

 彼の得意は水遁。

 水のごとくゆったり、しかして怒ると瀑布の濁流のごとし、そんな感じかな。

 四男の四郎坊くんは元気な短絡。

 うずまき兄ちゃんとそっくりなタイプだ。

 おかげで一番馴染みやすかった。

 彼の得意は土遁で、一番器用だとのこと。

 隠れ家とか簡単に作ってくれたんだよね。

 土遁ってものすごい便利。

 僕にも土遁の才能はある筈なので、ぜひとも磨いておきたい。

 彼ら、岩室兄弟と修行をするのが大体3日に2日くらい。

 さすがにある程度は同級とかとも遊んでるけどね。

 

 で、お見舞いというのが、なんだけど。

 あの日、病院にいるはたけカカシ上忍に、薬師カブトさんと会った事を話した後のことだ。

 うちはサスケさんが入院していると聞いてお見舞いを、と思ったのだけれど、面会謝絶、ということで逢うことはできなかった。

 憧れのサスケさんがそこまでひどい怪我をしているのなら、サクラ姉ちゃんはひどく心配していることだろう。

 何とか慰められるといいな、と考えていると、病室の表札部分の所に、「ロック・リー」の名前が。

 そっか、リーさんも入院してたんだな。

 あった事もない奴から頑張って下さいもないだろうし、頑張ってどうにかならない可能性もあるんだよな。

 下手な事も言えないし、しょうがないよね、と考えて通り過ぎようとした時。

「っ、いちっ、にいっ、さんっ… くうぅっ、 よ、よんっ…」

 なんか不吉な声が聞こえてくるよ、おい。

 おそるおそるリーさんの病室をのぞいてみると…。

 激痛に苛まれているのか、般若面のような顔をした少年、ロック・リーさんがギプスで固定されていない右腕だけで腕立て伏せを行っていた!

 え、なに? どゆこと?

 確か今日の三次予選でリーさん大怪我したって話だったんだけど。

 それが何で病室でプッシュアップなさってるんですか?

 つかこれまずくない!?

 ただでさえ傷口が開いて包帯とか真っ赤になってるんですけど!?

「うわぁ! ちょっとまって、やめてって! 無茶だってば!」

 僕はあわてて病室に入り、リーさんを止めようとした。

 リーさんはほとんど意識がないようで、僕の事も分かっていない様子だった。

「…っ、止めないで、ください。

 ボクは、っ、強く、っ、ならなければ…っ」

 リーさんはうわごとのように言いながら、僕の手を振り払い、そしてバランスを崩して倒れそうになった。

 僕はリーさんを受け止め、そのまま押し潰された。

 リーさんは細身だけれど、実のところものすごく筋肉質だ。

 無駄のない均整のとれた体躯。

 どれだけ鍛えれば、僕とたった3歳しか違わない少年がここまでの体を作り上げることができるのか。

 しかし、このまま無茶をするなら、この肉体は破壊されてしまう。

 それが怖くて、僕はリーさんの体をなんとか支え、周りに助けを呼んだのであった。

 

 僕の声を聞いて、すぐに看護師さんたちが病室に来てくれた。

 事情を話すと、お医者さんがリーさんに鎮静剤を打ち、リーさんは呻く事もなく眠りに入ったようだった。

 さすがに僕もどっと疲れを感じ、ナースセンターのところで少し休ませてもらうことにした。

 そこで30分くらい休んだ時だろうか。

「少年! 君がリーを助けてくれたのか!」というでっかい声が聞こえた。

 この声は!

 そこには忍にあるまじき筋肉量の、体のラインの見えるスーツを身に付けた男がいた。

 そう、「木ノ葉の気高き碧い猛獣」こと、マイト・ガイ上忍である。

 僕にとっての実物ヒーローである。

 つい、興奮してしまって、

「ガイ上忍、サイン下さい」

 …冷静になるとこれが第一声ってどうよ。

 なんていうか、自分でも、血圧がドン!って跳ね上がった後に、ざあっと血の引く音が体感できるって、さすがに恥ずかしい。

 もうね、失態ってこういうことを言うのかな。

「…すいません、忘れてください」

「オレのサインが欲しいって? もちろんオッケーさ!」

「え! ほんとですか!」

 ぃよっし、言ってみるもんだ!

「ええっとね、それじゃ、このじゆうちょうに、『茶釜ブンブク君へ』って入れてお願いします!」

「はっはっはっ、いいともいいとも、『木ノ葉の気高き碧い猛獣 マイト・ガイ! 茶釜ブンブク君へ』これでいいかい!」

「はいっ! 一生の宝にします!」

 えっらいうれしい!

 …

 …

 …

 気がついたら、周りからの視線がものすごく痛い、というか痛々しい。

 …やらかしたぁ。

 

 一時期のハイテンションがおさまり、マイト・ガイ上忍にリーさんの病室で起きたことをお話した。

「くうっ、リーの奴、そこまで…」

 ガイ上忍はあふれる涙をぬぐおうともせず、弟子のリーさんの心意気に涙していた。

 僕はガイ上忍に、ポケットティッシュを差しだした。

 ガイ上忍はビィ~ムッと涙と共に鼻をかむと、

「いや、すまん。

 ついつい気が高ぶってしまってな。

 ちと恥ずかしいところを見せてしまった。

 気にしないでくれると助かる」

「そんなことないです。

 ガイ上忍がお弟子さん想いの素晴らしい方だってわかったので良かったです」

 やっぱり凄いよね、ガイ上忍。

「はっはっはっ、ガイで構わんよ、少年。

 しかし、君が『あの』茶釜ブンブク君か、なかなかものの分かった少年じゃないか!」

 なんか誉められてる。

 かなり嬉しい。

 ところで…『あの』ってどういう意味なんでしょうか?

「おう、里の上の方でも君は有名でね!

 茶釜の一族からおもしろい逸材が出てきたってな」

 おもしろい逸材って、それ褒め言葉ですか?

 言葉通り面白い、なのかしらん。

 しかし、「上の方」ねえ。

 なあんか厄介事の匂い。

「しかし、リーの奴、努力と無理は違うと教えているというのに…」

 悲しそうな顔をするガイさん。

「リーさんの具合ってそんなに悪いんですか?」

「…そうだな、もしかすると、二度と忍としては立てんかもしれん。

 だがっ! まだ希望は捨てんっ!

 先ず傷を治すっ!

 傷が治ったらリハビリだっ!

 絶望するのは全部試してからで十分だっ!

 それがっ!」

「「青春(ですねっ)!!」」

 やっぱり凄いや、この人。

 そうだよ、絶望するのは全部終わってしまってからで十分。

 なにも出来ることがなくなってからでも良いよね。

 この熱さがマイト・ガイ上忍である。

 

 

 

 マイト・ガイは意外に思っていた。

 話に聞くところの茶釜ブンブクとは冷静に状況を判断し、最も効率的な方法で状況をかき回し、己の目的を達成する扇動者である、と。

 どれだけ冷酷な子どもかと思いきや、

「(オレの熱さの分かる奴に悪い奴はおらん!)」

 ガイとて木の葉隠れの里の上忍である。

 子ども程度の嘘や欺瞞などは簡単に見破ることができる。

 熱血を装っているならなおさらだ。

 ガイは青春に命をかけた男である。

 ガイは熱血を己の本分とした男である。

 己の命をかけたもの、本分としたものを間違えるほど、マイト・ガイという男は愚かではなかった。

 この子どものきらきらとした眼には、師弟の契りを結んだころのロック・リーを思い出させた。

 この子どもならもしかしたら、うずまきナルトの支えとなったこの子どもならもしかしたら、リーの支えともなるかもしれん。

 ガイはそう思えた。

 

 

 

「なあ、ブンブク君」

 ガイさんが話しかけてきた。

「なんでしょうか、ガイさん」

 うわ、凄い。

 今、僕はヒーローに()()()で呼んでもらってる。

 僕は内心ドキドキしながら返事をした。

「時間がある時で良いんだ、リーを見舞ってやってくれないか?」

 ? それは願ったりかなったりですが。

「構いませんよ、リーさんは僕にとってもヒーローですし」

 本当なら僕もリーさんみたいにガイさんとおんなじ髪型にしてみたい。

 でもなあ、僕の場合、ガイさんの髪型にすると壊滅的に似合わないんだよなあ。

 僕の顔ってのっぺり気味だし、メリハリの利いた顔立ちなら似合うんだけどなあ。

 ガイさんのスーツも、貧弱な体じゃみっともないだけだし、もっと身長が伸びて、細いけどしなやかなリーさんみたいな体型になればもっともっとカッコよくなれるのになあ。

 毎朝頑張って牛乳半リットル飲んでるんだけど、なかなか身長が伸びない。

 筋力トレーニングだって続けてるんだけど、なかなか体重も増えないし。

 ちょっと落ち込むね。

 そんなことを考えていると、

「そうか、頼む!

 どうもリーの奴恋をしているらしくてな!

 そう言うのの相談にでも乗ってやってくれ!」

 いきなり爆弾が来ました。

「え、ええっ!

 さ、さすがにそれは無理だってばよ!

 僕、自分の恋すらまだだってのに!」

「大丈夫だ!

 努力すれば分かるようになる!

 そして悩め!

 貴重な十代、命短し恋せよ青春! というだろう!」

 んな無茶な!

 そもそも、リーさんの恋の相手って誰なんですか!?

「ん? よく知らん!

 桃色の髪の乙女らしいがな!」

 …リーさん、まためんどくさい相手を…。

 桃色髪って多分サクラ姉ちゃんだよなあ…。

 リーさんは僕から見たらかっこいいけど、サクラ姉ちゃんの好みって、明らかにうちはサスケさんだからなあ。

 サクラ姉ちゃんの眼中にリーさんはないだろうなあ。

 それが分かっているだけに、恋バナは勘弁してほしいところなんだけど。

 とはいえ、会話のとっかかりくらいにはなるかも。

「いいですよ、それでリーさんの気がまぎれるんなら、時間がある時、僕もお見舞いをさせてもらいます」

「そうか! 頼む!

 四六時中付いててやる訳にもいかんのでな!

 おお! そうだ!

 きみにこれをやろう!

 オレ特製の『根性パワーアンクル』だっ!

 キミの今の体力にマッチしたスペシャルなアイテムだっ!」

 うおおっ、これがかの有名な、根性重りですねっ!

 ガイさんから受け取ったパワーアンクルは、なるほど今の僕にとってはちょっと重いかも。

 さすが、リーさんやネジさん、テンテンさんといった優秀な下忍を育て上げる指導者だけはある。

 この重量が今の僕を鍛えるのにちょうどいい重さなのだろう。

 ワクワクしながら両の足に装着してみる。

 ああ、これはくるねえ。

 これで学校に行くだけで持久力、瞬発力が鍛えることができそうだ。

「ありがとうございます、しっかり活用させてもらいます!」

 僕はそうお礼を言うと、帰路に着いたのでした。 

 

 結局、リーさんと話す事が出来たのは、3回目のお見舞いに行った時だったのだけれども。

 それからリーさんとはいろいろ話した。

 ガイさんとの出会いや、チームの2人の事。

 チームメイトのテンテンさんは時々リーさんのお見舞いに来ていた。

 僕のお見舞いの時に一緒になることもあり、リーさんの傍らで会話に興じることもあった。

 テンテンさんはバランス感覚に優れた人みたいだ。

 リーさんの不安をあおることもなく、うまく里の話やチームメイトの日向ネジさんの現状とかをリーさんに教えていた。

 そのネジさんだけれども、リーさんのお見舞いに来ることはなかった。

 テンテンさんに聞いてみると、修行が忙しいと、本人は否定するのだそうだけれども、重傷を負ったリーさんにどう声をかけたらいいのか分からない、ということだそうだ。

 なんか、天才型の人ってコミュニケーション下手なんだね、と思ってしまう。

 あ、意外なことに、サクラ姉ちゃんもリーさんのお見舞いに来ていた。

 どうも、リーさん、あれだけガイさんに言われていたのに、病院内で鍛錬を始めてひっくり返ったんだとか。

 サスケさんのお見舞いに来ていたサクラ姉ちゃんがそれを発見して以来、心配してときどき見に来るんだって。

 もっとも、姉ちゃんが来る時ってことごとくリーさん寝てるもんだら、リーさん全然気づいていないんだけど。

 なんていうか、リーさん間が悪いよね。

 

 

 

 それは中忍試験予選終了より、ひと月ほどったったころに起きた。

 うずまきナルトが木の葉隠れ三忍の一人、自来也より、口寄せの術を伝授され、九尾のチャクラを一部とはいえ己の力とし、巨大蝦蟇「カマブン太」を呼び出したは良いが、力を使いはたして病院に担ぎ込まれたその日のことである。

 砂瀑の我愛羅は病院へと来ていた。

 たまたまカンクロウが軽い怪我を負った。

 本来ならば気にする必要のない程度のものだ。

 しかし、すでに明日からは中忍試験の本選が始まる。

 勝つ必要はないが、そんなものよりも重要な任務が明日はある。

 任務を果たすために万全を期しておきたいところであった、今回のチームリーダーである我愛羅は、カンクロウに治療を受けておくよう指示した。

 本選の始まる直前、この時期は当然ライバルを蹴落としたい対戦相手から狙われる可能性もあり、テマリ、我愛羅もカンクロウの付き添いということでともに行動することにしたのである。

 

 病院が物珍しい我愛羅は、カンクロウの治療中に病院内を見て回ることにした。

 我愛羅は怪我をすることがほぼない。

 今まで攻撃を受けたことはたった一度。

 今ここに入院しているロック・リーからの打撃のみ。

 それすら、治療することなく治ってしまう。

 超人的な回復力、耐久力を持つ人柱力と、鉄壁の防御能力と理不尽なまでの殺傷能力を持つ守鶴の砂。

 この二つを以って砂隠れの里最強たる砂瀑の我愛羅に傷を負わせた者がここにいる。

 まだ我愛羅はそれを知らなかった。

 

 我愛羅がそれを目にしたのは偶然だった。

 小柄な後ろ姿。

 中忍試験予選前に出会い、その後も時々挨拶を交わす仲となった「茶釜ブンブク」である。

 思えば不思議な少年であった。

 砂隠れの里ではだれもが恐れる自分に対して最初から普通に接してきた。

 己の異常さは、自身が良く知っている。

 その異常さは普通の感性の人間なら即座に気づいてもおかしくないものだろう。

 特に我愛羅は気配を隠す必要を感じていない。

 周りが敵意を見せるなら殺す、怯えるなら殺す、逃げるなら殺す。

 そうすることが自分の存在意義であり、快楽である、と自らを設定(せってい)しているのが今の我愛羅だ。

 我愛羅‐我のみを愛する修羅。

 愛するのは己だけ、それ以外は己を肯定するための材料にすぎない。

 かつて彼が唯一愛した叔父、夜叉丸の呪いのような言葉。

 それをそのまま受け入れてしまったがために、いや、受け入れなければ狂っていたがために、我愛羅は夜叉丸の言葉通りの「我のみを愛する修羅」たらんと生きてきたのだ、それを自身の意志であると欺瞞して。

 彼は知らない。

 修羅は己を愛する事もないと。

 修羅は唯破壊するだけ。

 修羅は憎むこともない、なぜなら愛すら知らないからだ。

 憎しみは愛の表裏一体。

 修羅が己を愛することができるなら何者になるのか。

 それは我愛羅自身が辿り着かなければならない答えであった。

 我愛羅にとってブンブクという少年はその答えの一端になるかもしれない少年だった。

 本人は意識していないのだろうが、我愛羅はその後ろ姿を追っていた。

 

 歩いていると入院病棟に入り込んでいた。

 先の少年はどこにいるのか。

 病室を覗き込んでいた我愛羅に、見覚えのある少年の姿が見えた。

 ロック・リー。

 自分に怪我を負わせた初めての男。

 その姿を見た時、予選時の光景が頭の中にフラッシュバックしてきた。

 自分に敗れたリー。

 戦いに敗れたものなど、後は死する以外に価値などない。

 戦いの勝者に命というトロフィーを捧げる以外に存在してはいけないものだ。

 負けた者に何の価値がある。

 いや、()()()()()()()()()()()のだ。

 ロック・リーを指導していたらしい上忍、あれはリーが負けた以上、リーを切り捨てるべきなのだ。

 そうでなければ…。

 しかし、あの男はそうしなかった。

 リーを抱きしめ、まるで宝物のように丁重に扱っていた。

 おかしい。

 あれはもう無価値なのに。

 そして、リーは今ここでベッドに寝かされている。

 おかしい。

 無価値なものをどうしてこうまで大事にできる。

 理解できない。

 理解できない。

 理解したくない。

 ふらふらと我愛羅はロック・リーの病室に入って行った。

 

 その頃、茶釜ブンブクは、食べすぎで腹を壊して入院していた秋道チョウジの見舞いに来ていた。

 秋道の一族はその独特の忍術を維持するために大食漢の家系である。

 とはいえ、その消化吸収能力が無限であるわけもなく、無理な暴食がたたり、チョウジは体調を崩した。

 しかし、すぐに調子は元に戻り、今は退院を待つのみ、という状態である。

 丁度山中イノが見舞いに来たところでもあり、入れ替わりにブンブクはうちに帰ることとした。

「あとは、帰りにリーさんのところにもお見舞いをしていこう」と彼がロック・リーの病室を覗いた時、そこは一触即発の状態であった。 

 

 病室の中には熟睡するロック・リー、そのほかには三人の少年がいた。

 木の葉隠れの里の天才、奈良シカマル。

 木の葉隠れの里の問題児、うずまきナルト。

 そして砂瀑の我愛羅。

 

「そこに殺すべき存在がいるなら、俺は消えない。

 

 さあ

 

 感じさせてくれ」 オレの生を、生きている実感を。

 

 我愛羅がナルトたちに砂遁の砂を襲いかからせようとした瞬間。

「ども~っ、おみまいに来ましたぁ~」

 緊迫した空気が粉微塵に破壊された。

 

 

 

 いやあ、チョウジさんがお腹壊すなんてねえ、うずまき兄ちゃんがラーメン食べたくないって言う位にないと思ってたんだけど。

 これぞ鬼の霍乱だね。

 さってと、後はリーさんの所によって、お花の水取換えておこうかな。

 ここんとこ、サクラ姉ちゃんがちょくちょく来てお花飾ってくからね。

 綺麗なままで置いておきたいじゃない。

 しかし、もしかしてリーさん脈あり?

 ちょっと意外なんだけど。

 それはそれでありなのかな。

 小さな恋のメロデイーは生あったかく見守るのが鉄則だよね。

 後からガイさんにも教えてあげよう。

「ども~っ、おみまいに来ましたぁ~」

 とか考えていたら、リーさんの病室はまるで火薬庫でした。

 起爆札がみっちり詰まった樽の中のような。

 どしたの?

 兄ちゃんとシカマルさん、我愛羅さんが睨みあっている。

 兄ちゃんとシカマルさんはかなり動揺している。

 ま、そうだよね、我愛羅さんすっごい殺気放ってるし。

「ブンブク、危ないってばよ!

 下がってろっての!」

「そうだ、こいつぁ危険すぎる!

 誰か助け呼んで来い!」

 シカマルさんがいつもなら絶対出さない声で僕に注意をする。

 でもね。

「いや、そうは言われてもね。

 事情が見えないんだけど?」

「こいつがリーを殺そうとしやがったんだ。

 こいつは他人を殺すことで自分のアイデンティティーを維持している殺人鬼なんだ。

 近づくと殺されるぞ!」

 僕はそう思えないんだけど。

「? そう? 僕には我愛羅さんって睡眠不足でテンパってるだけに見えるんだけど」

 僕がそう言うと、場の空気がスカッと抜けた気がした。

 兄ちゃんとシカマルさん、我愛羅さんまでもが唖然とした顔をしていた。

「我愛羅さん、ちゃんと眠れてる?

 中忍試験の本選って明日でしょ。

 体調が崩れてたら明日大変じゃない?」

 僕が我愛羅さんに近づくと、我愛羅さんはふらっと一歩後ろに下がった。

 やっぱり寝不足が足に来てるんじゃない!

 多分、リーさんの所にいた兄ちゃんたちをライバルは一人でも少ない方がいいって感じでやっつけちゃおうとしたんだろうけど、そんな体調で奇襲しても、倒されるほど兄ちゃんたちも甘くないと思うんだよね。

 むしろ明日に影響が出る可能性も高いと思うし、トーナメント式の試合だと、どう体力を分配するかも大事だしねえ。

 ライバル同士をかみ合わせるほうが有利だったりもするし、やっぱり行動が短絡的になるくらい寝不足なんじゃないかしらん。

「ちゃんと休まないとだめだよ、テマリさんたちだって心配するでしょ!」

「…そんなことはない」

 …なんで?

「…奴らはオレを恐れている」

 …だからって心配しない理由にはならないよ?

「…オレにはいらない、心配する者などいらない、ただオレだけがあればいい」

 …本当にそう思う人はそんな顔しないよ。

「何のことだ…」

 自分だけが大事な人はもっと周りにオレを認めろってアピールするし、我愛羅さんのはむしろ「自分も大切じゃない人」みたいに見える。

「だまれ…」オレにかまうな

 疲れているなら少し休んだ方がいいんじゃないかな?

「だまれ…」オレに近づくな

「だまれ…」オレを嫌うな

「だまれ…!」オレを…

 その瞬間、僕の視界は砂に埋め尽くされた。

 

 

 

 うずまきナルトは弟分がなすすべなく砂に呑まれていくのを見ているしかなかった。

 絶望がナルトの心を支配しようとしたその瞬間、

 砂がまるでブンブクを守るように広がった。

 砂はブンブクを押しつぶすことはしなかったのだ。

 我愛羅の方を見ると、茫然としていた。

 今ここにある光景を理解できないかのように。

 今まで砂が我愛羅の意思を無視するようなことはなかった。

 その前提が今崩れたのだ。

「な… 母さん、なんで、あいつは潰れていない…?」

 呆然とする我愛羅に近づくブンブク。

「我愛羅さん、やっぱり疲れてるよ、少し休んだらどう?」

 いつもと全く変わらない緩い笑みを浮かべ、ブンブクは我愛羅をいたわる。

 我愛羅にはそれも理解できない。

 一体こいつは何者なんだ。

 砂隠れの里から届いた情報によれば、ただ古いだけのなんの役にも立たない血継限界の一族の子どもの一人。

 頭は少々回るようだが、忍術、体術、幻術ともに下忍以前の範疇を超えていない代物である。

 我愛羅にとってみれば取るに足らない塵芥(ちりあくた)に等しい輩である。

 そんなゴミのようなものが何故自身の攻撃を無効化できる?

 我愛羅は混乱の極みにあった。

 ブンブクが手を伸ばし、我愛羅の()()()()()

 ありえない。

 我愛羅に触れようとするものは全て砂に阻まれる。

 それがなぜ…。

 その時意識が不意に低下した。

 極度の緊張により張りつめていた神経が、ふっと切れる感じ。

 まずい、意識が途切れる。

 ここで守鶴が暴走するのは里からの忍務にも支障をきたす。

 何とか意識をつなぎとめようとする我愛羅。

 しかし、

「大丈夫ですよ、一眠りすれば体調も元に戻りますって」

 能天気な声が聞こえ、我愛羅は生まれて初めて本当の眠りに落ちて行った。

 

 

 …シャハハ おい 今回だけだ 今回だけはおめえに免じてこのクソを寝かせておいてやる…

 …ええ、ありがとう それじゃあ また会いましょう… 守鶴 ……

 

 

「!」

 我愛羅ははっと目を覚ました。

 周囲を見回すと、ぎょっとしたようなテマリとカンクロウの姿があった。

「オレは…、ここは…?」

 どうやらここは病室らしい。

 我愛羅は病室のベッドに寝かされ、タオルケットがかけられていた。

「状況は?」

 我愛羅はテマリ達に確認をした。

「え、ええ。

 さっき木の葉隠れの、なんていったかしら、明日の私の対戦相手」

「奈良シカマルじゃん」

「そいつ、そいつが私たちを呼びに来たのよ。

 驚いたわ、我愛羅が倒れたって聞いて」

「そうじゃん。

 てっきり暴走の兆候かと思ったじゃんよ。

 そしたら、我愛羅がこのベッドで熟睡してたじゃん!

 どうやって守鶴を抑えたじゃん!?」

「…分からん」

「わからんって、その方法が分かればあんただって風影様に狙われるようなこともなく…」

「黙れ!!」

「っく!」

「ぐうっ!」

 我愛羅の一睨みで口をつぐまざるを得ない二人。

「今から報告したところで今回の計画には関係ない。

 先ずは明日を乗り切ってから考えるべきことだろう。

 報告は挙げておく。

 宿に戻るぞ」

 我愛羅は起き上がり、いつもと同じように瓢箪を背負うと二人に背を向けて歩き出した。

 あわてて我愛羅の後を追う二人。

 動揺していなければ、我愛羅の足取りがいつもより軽いのを気がついたかもしれない。

 

 ほんの少し、砂瀑の我愛羅と呼ばれる少年が、変わっていくその始まりの一歩。


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