NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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これにて外伝部分は完結。
次回より本編の投稿となります。


第71話 劇場版 NARUTO -ナルト- 神と忍 完結篇

 ブンブクはイサナが自分に走り寄って来るのを眉をしかめながら観察していた。

 その走り方は異様だ。

 下半身、脚の動きはまだ理解できる。

 速度に乗っているようで、細かくペースを変化させている。

 ブンブクの知っている技法も、知らない技法も混じっているが、大方相手に速度を読ませない走り方の技術の集大成だ。

 問題は上半身。

 全くと言って良いほどぶれていない。

 下半身があれだけ動いているのだ、上半身が動かない訳はないはず。

 背中の筋肉は臀部に繋がり、臀部の筋肉は大腿に繋がる。

 その状態で、上半身がまるで彫刻のように動かない。

 揺れさえ見せずにブンブクに迫って来るのだ。

 そしてその両腕は背中にまわされ、ブンブクの視界から見えないようになっている。

 腰に下げていた忍刀が見えないことから、背後に構えているのであろうことは想像がつく。

 目隠し状態から居合いで切りつける、そう判断したブンブクは身構えた。

 先ほどの戦いから忍刀の長さは把握している。

 十分によける事が出来るはず、そう判断した。

 愚かにも。

 

 イサナは己の切り札を切った。

 ペースを変化させる事による速度の誤認。

 上半身をぶれさせないのは攻撃を読ませないため、だけではない。

 言ってしまえばこの構えは極限まで引き絞られた弓。

 体の左右の筋力をそれぞれの腕に集約し、右と左どちらの腕でも神速の斬撃を放つ事が出来る様力をため込んでいるため、左右のどちらにもぶれないのだ。

 そしてその繰り出される忍刀での斬撃。

 その速度たるや。

 

 ブンブクは己の見込み違いに気付いた。

 近付いてきたイサナの辛うじて見える肌の緊張。

 彼は体を動かさないために緊張しているのではなく、思いきり腕を後方に振り出し、まるで槍でも投げる直前の如く腕を引き絞っているのだと。

 ならばどちらの腕で繰り出すのか。

 角度は。

 無数にある攻撃の軌道がブンブクを追い詰める。

 これを逃れるには。

 焦りがブンブクを支配しようとする。

 

 しかし。

 

 これほどのピンチ、今までになかったか?

 否。

 かつての技量では音の四人衆とて彼と同じくらいの猛者であった。

 飛段はどうか。

 彼の一撃はこの攻撃以上の殺傷力があった。

 サソリの操演はどうか。

 手数ならばサソリの「百機の操演」が上だ。

 かつての戦いがブンブクの焦りを抑え込む。

 そして、ブンブクは高々と、飛んだ。 

 

 飛びあがった瞬間。

 イサナの一閃がブンブクを襲った。

 ブンブクには視認する事が出来なかった。

 ただ、直感とでもいおうか、自分が死ぬ、と感じた瞬間、彼は飛びあがり、更には空中で後方に引っ張られるように移動していた。

 チャクラ糸を繰る要領での八畳風呂敷の糸を使った空中機動。

 彼は周囲の木や、まだ残っている「羅生門」に糸を絡め、それを引く事で空中での細かな軌道変化を行ったのだ。

 イサナの繰りだしたのは左腕での掬いあげるような一撃。

 それは辛うじて飛びあがり、そして後退していたブンブクの右の腿をざっくりと切り裂いた。

 激痛に糸の制御を失敗し、ブンブクは地面に叩きつけられた。

「がはっ! ぐうっ…。

 今のは…」

 (きどうりょく)を殺した事により、悠然とブンブクに歩み寄るイサナ。

「ほう、我が『変位抜刀』からの『無拍子』、よくぞ避けたものだ。

 この術にて仕留め損ねたのはここ40年ほどでお主だけよ。

 それを誇りに死んでいくがいい…」

 術者の背後に忍刀を隠し、どちらの腕で切りつけるか、どの角度で切りつけるかを読ませない居合い切りである「変位抜刀の術」と筋肉の緊張を限界まで高め、一気に解き放つことで爆発的な速度を伴う攻撃を繰りだす「無拍子」の複合術。

 イサナの必殺の術がこの子どもに不完全ながらも破られるとは。

 イサナは畏敬の念すらブンブクに感じていた。

「…お主は何故ゆえにあの娘に拘る?

 木の葉の者であるならば、あれらとの関わりなぞ薄いものだろうに…」

 だからだろうか。

 イサナはブンブクがなぜこの無謀な戦いを始めたのか、問うてみたくなったのだ。

 ブンブクは痛みに顔をしかめながらも、

「ただの意地ですよ」

 そう言った。

「意地?」

「そう、意地。

 僕はですね、『僕がそうしたいから』ヒメちゃんを取り戻しに来たんですよ」

「…理解できんな」

「まあそうでしょうねえ。

 僕はなんて言うんでしょうね、ああいう絶望してる、死んだような目の人が大っ嫌いなんです」

「なれば無視すれば良かろう。

 そんな連中なぞそこいらそん所にごろごろしておる。

 自分から立ち上がる事も出来ぬ者なぞ死んで当然であろうに」

「かもしれません。

 でもそうでないかもしれません。

 …僕には兄貴分がいるんですよ」

「唐突だのう」

「うちの兄ちゃんは正直頭は良くないです。

 でも、直感っていうのかな、何か不幸とかを感じ取るのは得意みたいで、兄ちゃんに関わった人って結構幸せになったりするんですよね」

「…稀にそう言う者がいるな、貴様の里の自来也殿とか」

「ありがとうございます。

 でもですよ、兄ちゃんに会えなかった人はどうなんだろうか。

 そのまま不幸で良いのかな、そう考えちゃうようになったんですよね」

「それは傲慢というのだ。

 十全を救うなぞ不可能なこと故に」

「だからですよ。

 兄ちゃんに出会えた人は絶望から最終的に抜け出すんです。

 なら、兄ちゃんに会えなかった人は僕が手助けするのが…」

「お主の宿命だとでも言うのか?」

「僕の趣味でしょうかね」

 イサナは呆れた。

 しかしブンブクは大真面目だ。

「僕は兄ちゃんみたいなヒーローになりたんでしょうね。

 でもそれは無理でしょう。

 しょせん僕は理論派、理屈屋です。

 どうしても理性が見切りをつける事があるんですよ。

 だから、趣味です。

 好きな事、です。

 割りきったりしない、僕がこうありたい、僕の心が求めるままに。

 見切りをつける、それは僕の頭、理性がそう分析するんです。

 なら、僕は頭を、理性を支配してやろう、僕の理性はあくまで参謀です。

 僕の心が僕の主だ、そう言い切るために必要なんですよ、こう言う事が」

 イサナはこの奇矯な少年が言いたい事を理解しかねていた。

 理性と感情の解離、というのだろうか。

 そもそも忍とは任務のために感情を切り捨てるべきものではないのか。

 任務を遂行するために超人的な能力を鍛え、過酷な修行を自らに課すものではないのか。

 それを、任務に影響がないからと言って必要のない危険に自ら飛び込むとは。

 理解しかねる。

 イサナは自分の事を棚に上げていた。

 そう、実の所イサナもまた、感情によって動いているからだ。

 元々イサナは雨隠れの里、「山椒魚の半蔵」配下の上忍であった。

 故に、書記の半蔵の気高さも、それがだんだんと歪み、保身に走っていく姿も見知っていた。

 しかし、半蔵への敬愛からイサナはそれを全て受けれていた。

 己は忍として任務をこなす事が至上であると。

 半蔵がペインによって殺された時、それが崩れた。

 以来、イサナはペインを殺すことを最大の目標として生きてきた。

 これは忍としての「感情を殺した生き方」とは大きく外れた生き方だ。

 もしかしたら、イサナなればサスケを肯定出来たのかもしれない。

 サスケの行動原理もまた、「復讐」なのだから。

 

 イサナはこの戦いにケリを付けるべく、水遁・連水弾の術を結印した。

 比較的殺傷能力の低い水弾といえども、イサナの使う、更に連続攻撃となれば人の体など粉々に消し飛ぶ。

 これを以って戦いを終わりにする。

 そのつもりだった。

「さらばだ、『水遁・連水弾』!」

 鋼鉄の強度を持つ水の弾が数10発ブンブクに迫り、

「それは甘い! 『擬獣忍法・四脚の術』!!」

 ブンブクは右足以外の四肢、つまりは両腕と左足を使って、器用に水弾を避け、走り出していく。

「なに!」

 驚くイサナ。

 ブンブクは犬塚キバの母であるツメに好かれ、擬獣忍法の基本である移動法などを学ぶ機会があった。

 のみならず。

「さあどんどん行きますよ!

 ここで戦うのは僕だけにあらず、です!!」

 そう言うと同時に、ブンブクの周囲に白い影が纏わりついた。

「茶釜ブンブクが口寄せ動物、化けオコジョの安部見加茂之輔、ここに見参でえぃっ!」

 カモと、先の戦いで消滅しなかった彼の影分身5体がブンブクの体に止まっていた。

「さらに煙玉!」

 分身の1つが忍具である煙玉を叩きつける。

 一瞬にしてその場が煙で包まれ、視界が遮られる。

 しかし、

「分かりやすい手だが、それだけに、な。

『風遁・大突破』!」

 その行動はイサナの予想の範囲内だった。

 すでに風遁の印は結ばれており、一瞬で煙幕は吹き散らされた。

 が、その一瞬でブンブクには事足りていた。

「…なに!? 小僧が2人だと!?」

 その場にオコジョの姿はなく、代わりにブンブクが2人。

「擬獣忍法・獣人分身…です」

 今のブンブクはチャクラが減少しており、影分身を使う事は至難だ。

 しかし、口寄せ動物のチャクラを用いる獣人分身ならば、その負担が少ない。

 さらに言えば、カモは分身を得意としており、更には「狐七化け、狸八化け、(てん)の九化け、やれ恐ろしや」などとも言われるようにイタチ科の化け物は変化にも優れている。

 化けオコジョのカモとブンブクの連携によって見事に2人のブンブクが出来上がっていた。

 2人のブンブクはイサナに向かって3つの手足で走り寄る。

 微妙な時間差をつけて攻撃してくる2人のブンブクに手を焼くイサナ。

 どちらが本物か。

 と、イサナの目がきらりと煌めいた。

 どうやらあの動物は変化に微妙な失策をした。

「本物は、こちらだあッ!」

 2人のブンブクを比べると、片方だけ若干頭が大きかった。

 つまりはこちらが偽者。

 イサナは忍刀の一閃を頭の小さいブンブクに放ち、

 ぼふん!!

 次の瞬間、6匹のオコジョが空中に現れた。

「掛かった! うりゃあぁっ!」

 もう1人の方、こちらが本物のブンブク、がその機を逃さず飛び込むように右の拳をイサナの頬に叩きこんだ。

 寸鉄を握り込んだ拳がイサナの頬をえぐる。

 しかし、浅い。

 右足の痛みのせいか、その一撃は半歩分だけ浅かった。

 イサナは痛みを堪えつつ、ブンブクの腹に突きあげる様に忍刀の柄を叩きこんだ。

 一瞬浮き上がるブンブク。

 イサナはここでカタを付けるべく、忍刀を捨て、風遁・大突破でブンブクの体を大きく中に弾き飛ばした。

 ブンブクが空中で手足の間に皮膜を広げ、バランスを取るのも予定の内。

 イサナは周囲の木々と羅生門の壁を蹴りつけ、高々と跳躍した。

 

 ブンブクは八畳風呂敷を両手両足の間に皮膜として広げ、空中を浮遊していた。

「あっぶな、ここからどう切り返して…って、あれ? あの人どこ行った!?」

 ブンブクはイサナを見失っていた。

 その一瞬の動揺。

 その隙を逃さず、イサナはブンブクの背後に回り、がっちりと彼を捉えていた。

「がっ! 何が!?」

「小僧、これで終わりだ!」

 イサナはブンブクの腕をしっかりと固めており、一切の忍術を行使できなくしていた。

 その結果として、2人は重力に引かれ、地面へと落ちていく。

「さあ幕引きだ! 食らうが良い! 『飯綱(いずな)落とし』!!」

 狙っていたのだろう、2人の落ちる先には土の下から岩が顔を出していた。

 このまま叩きつけられれば太腿の傷で消耗しているブンブクは生きてはいないだろう。

 しかし、イサナにより忍術や変化のための起点となる結印を行う手は封じられている。

 忍術などは基本、両手を使っての結印を行わなければ使用できない。

 こと、変化は簡単なものはこの場を脱する助けにはならない。

 かつてナルトが使った様な手裏剣などの簡易な変化は、実の所幻術の一種だ。

 実体を伴う変化は非常に高度であり、チャクラの消費も大きい。

 それ故に影分身は高難度の忍術、その上旧バージョンの多重影分身はチャクラの異常な消費により禁術とされているのだ。

 そして高難易度の術はチャクラの消費と共に結印の難しさもある。

 戦闘時の一瞬で使用できるのはよほどの修行を積み、その術に習熟しなければならないのだ。

 多重影分身を実戦でいきなり使用できたナルトなどは明らかに天賦の才があったとしか言いようがない。

 そして、ブンブクには天賦の才はなかった。

 イサナは勝利を確信していた。

 両腕を使えない以上、ブンブクにここから逃れる術はない。

 血継限界など、一部の例外を除いて術を使うためには両腕が必要。

 そう、一部の例外を除いては。

 地面が近付いた時、ブンブクは不敵に笑った。

 そして、

「金遁・什器変化! 変化時間1秒!」

 煙と共に、ブンブクはイサナの腕から煙の如く消え去った。

「なに!小僧! どこへ消えおった!?」

 空中でブンブクという重さが消えた為、体勢を崩したイサナ。

 その背後で、

「木の葉体術・影舞葉…」

 そう声がしたと同時にイサナの胴体にブンブクの腕が回された。

「今度はこっちが仕掛けます! 木の葉体術・表蓮華!!」

 そのまま2人は地面に叩きつけられた。

 

 

 

「ヒメの呼びだした何か」は重吾達を怒りの表情で睥睨していた。

 重吾の攻撃から何とか立ち直った中忍達が口々に言う。

 口寄せが成功した、と。

「どういう事だ?」

 重吾がぼそりと呟くと、それを負け惜しみと捉えたのかバンリが自慢気に言う。

「うはははっ! アレがオレ達の目的、『全知の神・訶梨帝母(ハーリティー)』よ!

 アレはこの世の全ての情報を引き出す事の出来るものさ!

 その知識でオレ達は復讐を遂げるんだ!」

 のりのりのバンリに若干引き気味になりながら、重吾は尋ねる。

「復讐?」

「そう、復讐だ!

 おい! ハリーティー! ペインの弱点を教えろ!」

 ペイン?

 重吾は聞いた事がある様な、ない様なその名前を思い出せないでいた。

 サスケが重吾たちと十分に情報を共有していれば分かったかもしれない。

「暁」の首領と目される男、ペイン。

 素性からなにから全く不明のこの男の情報を欲しがる組織は多い。

 しかし、いきなりペインの弱点、を聞き出そうとするとは、どうも「暁」の対抗勢力の所属、という事なのだろう。

 そう言った情報を手に入れる為の前提を箱入り息子(比喩に非ず)の重吾は持っていなかった。

 重吾にできるのは今放たれている言葉を覚えておく事だけ。

 重吾がそう考えている間にも自体は予想外の方向に進んでいた。

「却下スル」

 バンリ達がハリティーと呼ぶ存在が召喚者であるバンリ達の言葉を拒否していたからだ。

「な!?」

 呆然とするバンリ、しかし、すぐに我を取り戻し、

「ふざけるな!? 口寄せをしたのはオレ達だ! オレ達に従え!」

 そう喚き散らす。

 それを冷え冷えとした眼差しで睨みつける()()

「我ハ幼子ノ悲シミノ声ニヨリ顕現シタモノ。

 汝ラハ子ノ苦シミヲ助長スルモノ。

 我ハ子ヲ守ルモノ。

 汝ラ死スベシ」

「おい、睨まれてるぞ。

 どうなってるんだ?」

 重吾が周囲の者たちに聞くが、

「…分からん。

 儀式そのものには間違いがない。

 ならば、どこかで別の者の介入があったとしか…」

 チョウジョウがそう言う。

 こいつらは馬鹿なのだろうか。

 重吾はそう思っていた。

 別の者の介入。

 そして、先ほどから()()が言っている事を鑑みれば自ずと知れるだろうに。

 実際の所、バンリ達は動揺し、そう行った際に頼れるイサナがいないため、視野狭窄に陥っているのだが、それを重吾に察しろというのも酷な話である。

 本来バンリ達が呼び出そうとしていたハリティーとは、鬼子母一族に伝わる「全ての物事を知る神」情報を司る怪物であった。

 別の世界に置いて、子どもの守護神として祀られる鬼神が、この世界において何故故に情報の神となっているのかは不明だ。

 実際、武神と讃えられる英雄が、時と共に商売繁盛を司る神として祀られている例もあり、神の変質はまま起こる事だろう。

 この場で重要なのはヒメが儀式に介入し、どうやら自身を守るものを口寄せした事、そしてそのモノは自分達に対して敵愾心を持っているであろうことだ。

 儀式によって集められたチャクラは、ヒメの巫女としての能力とその願いである恐怖・絶望からの逃避を叶えるモノとして収束した。

 その結果顕現したのが、

 

 子どもの守護神・訶梨帝母(ハーリティー)

 

 であった。

 別世界において正しく崇拝される姿、ではない。

 その逸話における神となる以前の悪鬼羅刹、暴走する「母性(マターナリズム)」の権化とも言える存在。

 己が庇護する者の絶対的安全のみを至上とし、その為には些細な障害も破壊する、過剰な庇護の化身である。

 それが重吾とバンリ達に牙を剥いた。

 

 

 

 ブンブクとイサナが立ち上がった。

 さすがにベテランであるイサナは、己の得意とする「飯綱落とし」と術の方向性が同じ「表蓮華」の破り方を熟知していたようだ。

 地面に叩きつけられる直前でブンブクの両手のグリップをほどき、2人分の体重で叩きつけられる事を阻んだのだ。

 とは言えかなりの衝撃が2人を襲っている。

 ブンブクも、イサナもぼろぼろだ。

 ブンブクは八畳風呂敷の糸で縫い合わせた右の太腿の傷が開いているし、衝撃を分散出来たとはいえ、表蓮華の衝撃を叩きこまれているイサナの体には隠しようもない疲労と傷が刻まれていた。

「大した…者だ…その年で、この(それがし)をここまで追い詰めるとは、な。

 それほどまでにして幼子を犠牲にして目的を達せんとする(それがし)達が憎いか…」

 イサナにとって、ここまでブンブクがやるとは思ってもみなかった。

 技量的には大して見るべき所はない。

 空中での動きは大したものだが、まあそこまでだ。

 戦術は素晴らしいものだった、が、イサナを追い詰めるほどのものではなかったはずだ。

 なれば「心」だろう、とイサナは考えた。

 感情は馬鹿にできない。

 咄嗟の爆発力を支えるのは最終的には人の感情である事、それをイサナは知っていた。

 そしてイサナの考える限り、人として最も強い感情は、「憎しみ」。

 イサナはそれを生きる糧として今まで生き延びてきた。

 ペインに対する憎しみ。

 それはイサナの行動を決めるものであった。

 故に、ブンブクの粘りは自分たちへの憎しみ、幼子を犠牲にして己が望みを叶えようとするイサナ達への「正しき怒り」によるものであろう、と。

 そう考えていた。

 しかし。

「は? いえ、別に憎んだりはしてませんよ?

 さっきも言いましたけど、あくまでこれは僕の()()ですから。

 むしろ忍としては、僕は貴方を尊敬していますよ」

 ブンブクはそう言った。

 理解できん。

 どこをどう取ればそういう言葉が出てくるのだ。

 イサナは五車の術を疑ったが、それにしてもブンブクの物言いはおかしい。

「だって、貴方は別にヒメちゃんを苦しめたいってわけじゃないんでしょ?

 これは任務であり、ヒメちゃんを犠牲にすることで、その先の目的に到達する、その為の行動なんでしょうに。

 小さな女の子を甚振(いたぶ)って喜ぶ趣味があるってんなら僕も怒りますけどね、ちがうでしょ。

 貴方は本物(プロフェッショナル)だ、その仕事には感服します。

 でも僕にも意地がある。

 あの子を助けたいって意地が。

 貴方の任務と僕の意地、どっちが先に折れるか、それだけなんですよ、これは」

 なるほど。

 此奴はそう考えるのか。

 自分達忍は外道仕事を含む隠密のエキスパートである。

 任務のためには非道な事も厭う訳にはいかない。

 彼の言うように、その先があるのだから。

 しかし…

「確か、『火の意志』と言うたか…」

 次代を育て、その先へと続くもの。

 木の葉隠れの里ではそれをそう呼んだか。

 イサナ達には次がない。

 もはや、彼らの派閥には先がない、そうであるが故に全力で「暁」と事を構える事が出来る。

 これは自分達「先がない者」とブンブク達「火の意志を継ぐ者」との戦いとも言えるのかもしれん。

 イサナはそう考えた。

 ならば。

 イサナは覆面の奥でふっと笑い、

「なれば我らにも意地がある。

 意地と意地のぶつけ合いと行こうではないか、なあ『風狸』の茶釜ブンブク」

 そう言って忍刀を拾い、腰を落とした。

 必殺の「変位抜刀・無拍子」の構えだ。

 ブンブクも腰を落とし、身構えた。

 もはや言葉はない。

 互いにその得物を相手に叩きつけることしかない。

 しばらく両者は動く事が出来ず、

 そして、

 たがいに相手に向けて走り出した。

 

 

 

 重吾は危機に陥っていた。

 ハーリティーの攻撃はまるで五遁の雨のようだ。

 絶え間なく飛来する火炎、水弾、カマイタチ、石弾、雷光。

 既にバンリ達は打ち倒され、生きているかどうかも分からない。

 重吾はその頑健さと「仙人化」の能力で体表を硬化させ、腕に分厚いキチン質の装甲を作りだして攻撃を叩き落としていた。

 不思議な事に殺人衝動の塊である別人格が出てくる様子はない。

 一体どういう事なのだろうか、などと悠長な事を考えている余裕は無かった。

 般若も斯くや、という憤怒の表情を重吾に向けつつ、その腕の中に優しい言葉を掛け、そしての残りの4本の腕から五遁を絶え間なく飛ばすハーリーティーの猛攻に、撤退も考えるべきなのか、そう重吾は考えた。

 

 それで良いのか?

 

 何故オレはここにいる?

 そう、ハリーティーとやらの腕の中にいる娘を救い出しに、だ。

 ならばもう良いのか?

 あの娘は絶対的な保護者の腕の中にいる。

 これで安全なはずだ。

 

 かつての己の様に。

 

 大蛇丸の保護下に在った重吾は、サスケと共に外に出て、外界の恐ろしさを知った。

 外には闘争が溢れていた。

 重吾はそれを目の当たりにする度に暴走しかかり、そしてサスケに止められた。

 それが重なり、重吾はサスケの傍を逃げ出したのだ。

 そう、外は恐ろしい所であった。

 

 それだけか?

 

 外には「生」が満ち溢れていた。

「中」には無かった生命の賛歌。

 人の営み、そして動物、植物の営み。

 それらは重吾にとってとても心温まるものだった。

 そして「生」と「死」が表裏一体のものである事も知った。

 

 元に戻れるか?

 

 無理だな。

 様々な事を知ってしまった今、あの大蛇丸の施設に戻る事はできない。

 ならば。

 ヒメも同じ事。

 あの暖かな団欒を知ってしまったヒメは元の老爺との2人暮らしには戻れるまい。

 自分ではどう思っていようとも、だ。

 

 ならば。

 

 重吾は腹を決めた。

「おおおおぉぉっ!!」

 重吾の体が硬質の外殻に覆われていく。

 重吾の両腕も、更にその大きさを肥大させ、まるで蟹の甲羅の様な分厚い盾の様になっていく。

 両腕を前面に押し出し、盾として使いながら重吾はハーリティー、そしてその腕の中で震えているヒメに向かって進んでいった。

 

 

 

 イサナが必殺の「変位抜刀・無拍子」の体勢で加速し、ブンブクは速度に変化を付けながら、前傾姿勢で突進していく。

 そして、

 イサナが一気に加速する、その瞬間。

 ブンブクが突如すさまじい勢いで加速、突進してくるようにイサナには見えた。

 ブンブクが頭から突進してくる。

 斬撃のタイミングをずらすための強引な加速、そうイサナには読めていた。

 それはすでに織り込み済み。

「無拍子」という技は歩法の体重移動に影響を受けない斬撃だ。

 どのような位置に脚があったとしても、

「この『無拍子』の威力は衰えん!!」

 そして、

 変位抜刀・無拍子の一撃が放たれ、

 あまりにも軽い手ごたえにイサナが動揺した。

 まるで細身の竹でも切ったような異様な手ごたえ。

 そしてブンブクの首、いや、()()()が宙を舞った。

 かつらを眼隠しとして突進してきたブンブク。

 その顔はべろりと剥げ、いや、樹脂製のマスクか。

 

 ブンブクは先ほどの煙幕の際、擬獣忍法・獣人分身のほかにもう1つ仕込みをしていた。

 音隠れの里にいた際に、サスケとの模擬選で使った「特殊樹脂を使って作ったブンブクそっくりの面」である。

 これを装着することで、自身の頭部を微妙に大きく見せた。

 故にイサナはブンブクと影分身を見誤ったのである。

 そしてこれにはもう1つ仕掛けがしてあった。

 面の内側にばねが仕掛けてあり、解放と同時にかつら部分が飛び出すカラクリとなっていたのだ。

 これが異様な速度の正体。

 かつら部分に目隠しをされ、イサナはブンブクより先に切り札を切ってしまった。

 無拍子の一撃は一拍すらない神速の一撃を見舞う技であるが、半身の筋力を一気に解放して打ち出す技であるが故にその隙も大きい。

 イサナほどの手練れになればその隙は一瞬だ。

 しかし、その一瞬で事足りた。

 その一瞬で、ブンブクはイサナの懐に入り込んでいた。

 両の足を揃え、左手はその掌をイサナの胸元へ向け。

 右手は腰のあたりに添えられて。

 そしてブンブクは、父・茶釜ナンブ、そして師たるマイト・ガイより賜った、基本中の基本、そしてそうであるが故に何千日も欠かさず繰りだした技をこの場で繰りだした。

 両脚をしっかりと安定させて立ち。

 左手を回しながら引くと同時に腰のひねりを加え、脇をしっかりと締め、寸鉄を握りこんだ右手を内側に捻じるように打ちだす。 

 拳がイサナに当たる瞬間、しっかりと拳を握り、全ての力をイサナに叩き込んだ。

 茶釜家に伝わる格闘術、そしてマイト・ガイより伝授された格闘術。

 その双方に存在する基本の技、中段正拳突き。

 ひたすら愚直に鍛錬し、ものに出来た数少ないその技が、イサナの鳩尾に食い込み、そして身体の中で作られた「捻じり」という破壊の力がイサナの体内に炸裂した。

 ぴたりと動きの止まる両者。

「…」

「…み、ご、と」

 イサナは口から血を吐きだし、地に伏した。

 

 

 

「ぬああああぁぁぁっっっっ!!」

 五遁の術による、とてつもない圧力をその体で弾き返しながら重吾はひたすら前に進んでいた。

 ヒメまでは約3メートル。

 その距離が永遠にも思えるほど遠い。

 一歩。

 また一歩。

 どれだけの時間が経ったのか、いつの間にか攻撃は止み、重吾はヒメの目の前にいた。

 どれだけの攻撃を受けたのか、キチン質の装甲は弾け飛び、重吾の素の顔がヒメに晒されていた。

「どうして…」

 ヒメが呆然としている。

「オレは、お前と同じだったから」

 重吾がそう言う。

 外界を恐れ、大蛇丸という絶対の保護下にて幸も不幸もない、波の無い一生を送るつもりであった重吾。

 大蛇丸が死んだなら、そのまま施設の中で朽ちていきたいと思っていた。

 しかし、

「このままでいいのか?

 お前は一緒に飯を食った時、幸せそうだった」

 ヒメはぴくりと肩を揺らした。

「生きてると辛い事、あるな。

 オレもそうだった。

 だが、だからと言って幸せな事を忘れられるか?」

 サスケ達との旅。

 ぶっきらぼうだがどこか面倒見の良いサスケ。

 軽薄で、良く喧嘩もするし毒舌を吐くような仲だが不思議と楽しい鬼灯水月。

 嫌味を言っているようでこちらを心配する素振りを見せる面白い香燐。

 輪の中にいる様ないない様な、不思議な距離をとっている最年長の名張の四貫目。

 彼らと旅をし、そして一度離れてみたから分かる。

 重吾は当初、友である君麻呂の代理としてサスケと同道した。

 今は、重吾が彼らと居たいから、共に旅をしているのだ、と。

 それが重吾にとって嬉しい事であったからだ。

 ならば、ヒメにとって嬉しい事とは。

「今からだ。

 今から、お前にとって嬉しい事、楽しい事が始まるんだ。

 だから、戻ってこい。

 なんにもない所から、戻ってこい」

 重吾は元来口下手だ。

 幼少時より関わる人間はいなかったに等しいほどだろう。

 大蛇丸、君麻呂、後は人として関わる事がない連中であったろう。

 言葉は足りない、ならば。

 重吾は己の内面をさらけ出すように、ヒメに語った。

 

 …長い様な、短い様な時間が過ぎた。

 ふと重吾が目を凝らすと、周囲に光が満ちていた。

 ヒメを抱えていたハーリティー、それから光が放たれていた。

 額の目は閉じられ、攻撃を担っていた4本の腕は消えていた。

 目の前には、頭部にヴェールを被り、頭部に生えている2本の角を隠した、重吾にとっても理想の「慈母」を体現した存在がいたのだ。

 母にしがみつく幼子の様なヒメの頭を慈愛の籠った手で撫で、それは重吾に視線を送った。

「汝、娘ヲ心二留メル者ヨ、汝二娘ヲ預ケル。

 娘ガ泣カヌ様、シカト受ケ取レ」

 重吾はヒメを受け取った。

 ハーリティー、そう呼ばれる存在はヒメを見つめ、

「我ハ幼子ト共ニアル。

 幼子ヨ、励メ。

 我ハ幼子ノ守護者也。

 死シタル全テノ母ノ妙ナル祈リナレバ。

 呼べバ又現レヨウテ」

 そして光に溶けて消えていった。

 

 

 

 ブンブクの前で結界が消えていった。

 そして、

「おにーさん、ヒメちゃん、お帰りぃ」

 ヒメを抱きかかえた重吾が、ブンブクに姿を見せた。

「おにーさん、大変だったのかな?」

「お前もな」

 ブンブクと重吾はにやりと笑いあった。

 

 森の中の、五馬の家へと帰っていくブンブクと重吾、そしてヒメ。

 それを見ている者があった。

「…止めを刺さぬとは、まだまだ未熟者よな」

 満身創痍の状態でありながら、イサナはまだ生きていた。

 その手には使いなれたクナイ。

 今残っているチャクラでも、十分にブンブク達に届くであろう。

 クナイをじっと見つめ、ブンブク達に視線を戻したイサナ。

 そこに。

「…仕留めないのか?

 アンタの腕なら、確実にブンブクとあのでかいのを仕留められるぜ」

 声が掛かる。

 鬼の面頬と付けた忍、メイキョウである。

「木の葉の忍び、か。

 …汝らは良き後継を育てたものだな」

「ん?

 …まあ、な」

「我らは先がない。

 無いが故に、無茶も出来たものだが…」

 イサナは苦笑を浮かべた。

 メイキョウはその笑みに、彼の覚悟を見た、そういう気がした。

「木の葉の忍よ、構えよ」

 イサナは拾い上げた忍刀を構えた。

「良いのかい?

 オレは『速い』よ?」

 そう言うとメイキョウも背負っている忍刀に手を掛けた。

 2人の忍は対峙し。

 双方がゆるりと腰を落とし、

 

 ふっ!

 

 一刹那。

 一拍すらない時間で、彼らは交錯した。

 双方の腹には一文字の傷。

 今の交差で出来たものだった。

 違いは、その深さ。

 何度もブンブクと打ち合ったイサナの忍刀には、メイキョウの身体強化のチャクラと鎖帷子を切り裂くだけの鋭さが失われていた。

 そしてイサナの胴体にはブンブクの一撃が深くその傷を残していた。

 弾けるように舞う鮮血。

 あおむけに倒れたイサナの元へ歩み寄ったメイキョウだが。

 不意にメイキョウが飛び退いた。

「なんと…!」

 イサナの命が尽きる時に発動する罠の様な口寄せが発動した。

 本来は自分を仕留めた相手を巻き添えにする術である。

 イサナが死ぬと同時にその周囲に水が湧き出した。

 その中から大量の肉食魚が現れる。

 イサナの肉体を餌に、肉食魚を召喚する「口寄せ・餓鬼道送還」の秘術であった。

 あっという間に肉食魚達はイサナの体を食いつくした。

 その持てる装備を全て、である。

 後に残されたのはきれいさっぱり底にあったものが消滅した、黒い土が見えるだけ。

「…これだけの忍、さぞや名のある相手だったろうに…。

 よくもまあブンブクの奴戦いきれたもんだ。

 さあてっと、ここからがオレの仕事、かあ。

 さて、調査調査、と」

 そう言うと、メイキョウはふいと姿を消した。

 

 

 

「んじゃおにーさん気を付けて行ってね」

「ん、じゃあな」

 ブンブクと重吾の別れはあっさりしたものだった。

 ヒメを五馬の家に送った後、重吾はすぐに発つと言った。

 サスケ達と別れてから数日たつ。

 そろそろ戻らねば。

 そう考えたからだ。

 ヒメはもう少し一緒に居たいとごねていたが、

「又来る」

 という重吾の言葉を信じる事にしたようだ。

 ブンブクとヒメ、ジンベエはせめても、という事で大量の弁当を持たせ、送り出す事にした。

 重吾は妙に馴染みが深くなった彼らをもう一度良く見直し、

 そして、己の場所へと帰っていった。

 結局、ブンブクと重吾はお互いに名乗る事をしなかった。

 彼らが再開するのはそれから数ヵ月後。

 戦いの最中(さなか)で、であった。

 

 

 

 劇場版 NARUTO -ナルト- 神と忍  完




やっと書きあがりました。
オリジナル展開というやつは大変です。

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