NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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やっと完成。
後篇と完結篇をお届けします。


第70話 劇場版 NARUTO -ナルト- 神と忍 後篇

 幕間

 

「…そう言う訳で、悪いんだがブンブクの応援に言ってくれるかい?」

 苦々しい表情で目の前の男に命を下すのは木の葉隠れの里、その長である6代目火影・千手綱手だ。

「承知した、火影様」

 そう言うのは顔の下半分に面頬を付けた上忍、メイキョウである。

「しからば、御免」

 彼はそう言い、すうっと姿を消した。

 後に残るは綱手のみ。

「…全く、自来也の奴め、毎回唐突なんだから」

 などと口調は辛らつであるが、その表情はどこか緩んでいた。

 見る者がいなかったのは綱手にとって僥倖であっただろう。

 

 

 

 第4章 五馬の家にて

 

 ブンブクはそのたれ気味の目をドングリのように大きく見開いていた。

「へぇー、おにーさん凄いね」

 重吾が五馬の家に駆け付けた時、老爺ジンベエはざっくりと腹を刺され、ブンブクの懸命の延命作業も無駄になるかと思われていた。

 が、重吾がその傷に触れた時、ずるりと重吾の手が崩れた。

 まるでジンベエの体と同化するかのように。

 いや、実際に同化していた。

 重吾は己の身体の一部を一旦分解し、老爺の肉体と同化、吸収させる事によって傷を塞ぎ、治癒したのである。

 逆に、重吾が他のたんぱく質を分解、己に取り込む事も出来る。

 最も、他者から取り込んだ肉体を馴染ませる為には、これまたチャクラが必要とされるので疲労の回復には役に立たないのであるが。

 

「はい、鶏カラ丼お待ちぃっ!」

 ブンブクはジンベエの手当てを済ませると、猛烈な勢いで食事を作り始めた。

 重吾が消費した分のエネルギーを補充するために、大量の食事を要求した為である。

 ブンブクはなにかあった時の為に、様々な道具を封印術の巻物に収納している。

 無論の事、食材もそうだ。

 特に、うずまきナルトと自来也が修行に出ていた2年半、連絡係であったブンブクは彼らの元に出向くたびに、

「旨いものを食わせるのォ!」

「ラーメン!」

 などと欠食児童の如くせっつかれ、食事を用意させられていた。

 その為、封印術の巻物にはいざという時にさっと簡単に食事を作れるように保存用加工食材がかなりの量入っている。

 その内容も、塩漬けの豚肉や鶏肉の塩漬けを塩抜きした通称鶏ハム、自家製コーンビーフ、各種漬物に根菜のきんぴら、魚の干物とバラエティに富んでいる。

 その食材を惜しげもなく使い、中華鍋に中華包丁、まな板代わりに丸太の断面という中華の料理人そのままのスタイルでブンブクは奮闘していた。

 それを凄まじい勢いで重吾は平らげていった。

 

「ううっ…」

 しばらくすると、老爺が目を覚ました。

 暫しぼうっとしていたが、突然、ブンブクに向かって訪ねた。

「…孫は、ヒメはどうなりましたかいの?」

 それは動揺の無い、平坦な声であった。

 ブンブクは感情を込めずに淡々と事実を語った。

「左様ですか。

 何時かは此の様な時が来るのを分かっておりました。

 皆さまはこのまま里にお帰りなさいませ。

 これ以上は我が一族の問題。

 皆様方にとっては迷惑以外の何ものでも御座いませぬでしょう…」

 重吾は呆然とした。

 これで良いのか?

 まるで孫娘の事はどうでも良い事、こちらの感情を一切無視したその物言い。

 そうか、こういうことか。

 重吾は彼ら五馬の者達から感じていた安心感をやっと理解した。

 彼らにあるのは穏やかな感情ではない。

 全てを拒否し、絶望に浸っているために良くも悪くも重吾に感情が向けられていなかったためであったか。

 感情を向けられない事、それはかつて重吾が何よりも望んだ事だった。

 路傍の石の如く在りたい、誰にも関心を持たれずに生きたい、かつて大蛇丸の虜囚となっていた時にはそう思って生きていた。

 重吾にとって他者から持たれる感情とはすなわち畏怖、恐怖、憎悪といった負の感情であったが故に。

 それが変わったのは君麻呂と言う友が出来てから。

 重吾の攻撃は君麻呂の“屍骨脈”を貫く事が出来ない故に、重吾は君麻呂を傷つける心配がなく、友として親しく付き合う事が出来た。

 彼が死んでから、その遺志を継ぎたいという想いからうちはサスケと同道し、彼らと居るのが日常となっていた。

 サスケ、そして鬼灯水月の2人は重吾が殺せない相手であったし、香燐は口は悪いのに不思議と殺気を持つような事のない不思議な存在だった。

 彼らに触れて、重吾は自身の死なら勝った事を知った。

 だからだろう、ジンベエ老人の虚無の裏にあるものが重吾には透けて見えるようだった。

 彼は孫娘の死を実感してしまい、心が折れてしまっているのだろう、と。

 しかし、重吾は彼にどう話しかければいいのかが分からなかった。

 重吾はその人生の大半を大蛇丸の施設の独房で過ごしていた。

 人との接し方が分からないのである。

 これがサスケや水月、香燐なら…、いや、無理か。

 仲間達のコミュニケーション能力を考えて重吾はため息をついた。

 これがあの四貫目という初老の男ならなんとかなるのかもしれないが。

 そう考えていた時である。

「あ、それ無理ですから」

 つらりと、ブンブクがそう言った。

「は? いやそのな、これは我が一族の事じゃて…」

 あっけにとられた老人がポカンとした顔でそう言う。

 重吾も呆気にとられた。

 つまりはブンブクは、勝手に介入するよ、と抜かしている事になる。

 良いのかそれで。

 重吾は人との付き合いの経験が乏しい。

 例えるならうちはサスケより乏しいと言えばイメージしやすいだろうか。

 その重吾からしてもブンブクが言う事はなにかおかしくはないだろうかと思わせるモノであったようだ。

「それも関係ないです。

 元々僕が動いてるのは『僕の意地』でしかないから。

 だからヒメちゃんを取り返しに行くのは僕の勝手、と言う事で」

「そんな、しかし…」

 更に言いつのる老爺をさらりとかわし、ブンブクは言った。

「そんなに気になるんなら…、こうしましょうよ。

 僕はおじーちゃんに聞きたい事があります。

 なんでヒメちゃんを取り返したら戻ってきますんで、それまで体を養生してて下さい。

 戻ってきたらお話を聞くんで、ちゃんと話せる状態にしといてくださいね。

 あ、お鍋に卵粥作って置いといたんで、余裕があったら食べといてくださいね」

 ブンブクはへらりと緊張感のない顔で笑うと、外へと出ていった。

 

「おい、待て」

 重吾はブンブクを呼びとめた。

 あのような理屈で動く忍はいるまい。

 さすがに重吾でもそれくらいの事は分かる。

 ブンブクが何故命がけでそんな行動をとるのか、重吾は知りたかった。

 重吾は自分の命が惜しい、その意識が殺人衝動の人格を作り上げた、そう考えている。

 ならば自分の命を捨ててまでも幼い娘を助けようとする少年の考えを理解することで、もしかしたら己の力を制御する一端になるやもしれない。

 重吾は重ねてブンブクに問うた。

「お前は何故あの娘を助けにいくのだ?」と。

 

「さっきも言ったでしょ?

 これはただの僕も我がままだって」

 ブンブクはそう言った。

「なんて言うんだろう、こう、五馬のおじいちゃんやヒメちゃんを見てると、『このままにしていたらいけない』って考えちゃうようになってるんですよ、僕は。

 僕には兄貴分がいてね、またこれが猪突猛進の感情型なんですよ。

 でも、散々悩んで苦しんで、それでも最後は十全を救うんですよ、うちの兄ちゃんは。

 僕もそんなふうに生きてみたい、まあできないんですけどね、しょせん僕は理屈屋ですから、兄ちゃんみたいに馬鹿になりきれません。

 どうしても見切りをつけちゃいそうになるんですよ。

 でもね、僕は兄ちゃんの如く在りたい。

 だから、目の前にいる『絶望した人』には意地でも手を差し伸べる、そう決めてるんです。

 だから、これはどこまで行っても僕の我がまま。

 そう言う事です」

 重吾にはブンブクの言う事は理解しきれなかった。

 しかし、ブンブクは己の理想、欲と言ってもいいかもしれない、に忠実なのだろう。

 こうありたいと思う、そしてそれに手を伸ばす。

 重吾にはできなかった生き方だ。

 そうしよう、とは思わない。

 しかし…。

「オレも一緒に行こう」

 重吾の口からそう言葉が飛び出した。

 ブンブクは困惑した様子だ。

「え? だって、おにーさん戦いとか血生臭いの苦手でしょ?

 見てると分かるよ?

 それがなんで…」

 その言葉に、重吾はこう返した。

「良く分からん、が、確かにこのままだとオレもどこか腹が立つ。

 だからだ」

 ブンブクは重吾の言葉を聞くと、何とも言えない、味わい深い、とでも表現できそうな顔をし、

「…じゃ、行きましょうか」

 そう言った。

 

 

 

 第5章 決戦

 

 しばらくの後、ブンブクと重吾は森からほど近い丘の上に来ていた。

 大して高くない丘の麓には急造らしい木造建築物が建っている。

 イサナ達が作った即席の陣地であった。

「…よく見つけたものだな」

 重吾が感心したように言う。

「まあ、『神』だの、『巫女』だの言ってましたからねえ。

 この近辺で、いくつかそう言う『神懸かり』に向いた場所に当たりを付けて調査しただけですよ」

 陣地のある場所は、「四神相応」の地である。

 東に川が流れ、南に平地が広がり、西に街に通じる街道が通じ、北にはこの丘がある。

 忍の五行思想に従って準備された、「人間以外の高次能力=チャクラを使う存在との接触」の為の舞台であろう。

 かつては尾獣の捕獲などにも使われた考え方である。

 それなりに目立つ場所ではあるものの、周辺に意識を向けられないようにする結界が張られ、一般の人々ならば気付けないであろう。

 ブンブクとて普通に探していたなら見落としている。

 とある事情でチャクラの保有量が半減している為である。

 しかし、結界を張った人物達は人としての常識に囚われていた。

 人の意識に訴える結界は、()を対象としている、当然のことながら。

 そして人は空を飛べない、そう認識されている。

 つまり、

「この丘の上からなら丸見えなんですよね、これが」

 一定以上の高度から見下ろす事の出来る場合、結界の効果は無効化されてしまう。

 これは別に手を抜いている訳ではない。

 結界とてチャクラを使用して発動する、つまりはチャクラを消費して使われる訳である。

 ならば、無駄は少しでも省くべきであろう。

 その為に、この手の術は高度から見下ろされることを想定せずに編み出されている。

 発動する術者ではなく、術そのものに穴がある、と言う事だ。

 こういう「穴を突く」のはブンブクの十八番(おはこ)である。

 悪戯っ子の様な顔をするブンブクに、呆れつつ重吾は歩き出す。

「そう時間がある訳でもないだろう。

 とっとと行くぞ」

「あいあい、了解です」

 努めて平静を保とうとする重吾と、勤めてお気楽な雰囲気を崩そうとしないブンブク。

 彼らは戦場へと歩んだ。

 

 彼らの前にある城門、としか言えない建造物。

「…なるほど、『羅生門』か」

 異界より召喚される、絶対の防御壁。

 大蛇丸も得意とした召喚術により呼び出される、半分生きておりチャクラを蓄える事の出来る器物である。

 それらが陣を覆うように配置されていた。

「うわ、これ破るのは一苦労…」

 とブンブクが行った時である。

「ぬうううぅっ!」

 重吾の左腕がメキメキと音を立て始めた。

 重吾の意志に反応して、「呪印」の原型たる力が発動を始めたのだ。

 左腕が巨大なハンマーの様になっていく。

 拳は黒光りする金属の槌頭に。

 腕は前に向けて周囲にぐるりと取り巻くように銃口の様なものが付きだし、肘の周囲にはジェットエンジンのノズル、と言った風体のものが形成されていった。

 そして、

「うおらぁぁっ!!」

 狂気の片鱗を見せつつ重吾のはなったその拳は、複雑怪奇な音を立てて正面にそびえ立つ「羅生門」の1つに叩きつけられた。

 重吾のハンマーの様な拳が叩きつけられる甲高い金属音、更には銃口の様になった器官から叩きつけられる圧縮された空気の弾丸が撃ちならす音、それらの反動を殺すためか、肘から吐き出される爆音が混然一体となって轟音を響かせた。

 信じられない事に鉄壁の守りであるはずの「羅生門」が、唯その一撃のみで砕け散った。

 さすがに消耗したのだろうか、肩で息をする重吾。

「うわぁ~、一撃だよ…。

 おにーさん、腕は大丈夫?」

 ブンブクが重吾に尋ねる。

 力を使い、殺人衝動の残り香の様なものを纏わせつつ、重吾は言った。

「…食い物を寄こせ」

「ほえ?

 …ああはい!」

 重吾の要請に従い、ブンブクは大量の食べ物を封印術の巻物から取り出す。

「鶏ハムに、干し野菜、乾燥果物で良いかな?」

 重吾は何も言わずにがつがつと平らげる。

 重吾は自身の血肉を一旦チャクラに変換し、それを以って他者の血肉を復元する力がある。

 その逆として、食物を取り込む際にそれをチャクラに変換することで自身のチャクラやスタミナを急速に回復する事も可能なのである。

 食べた食物は重吾の胎内に入ると同時に体力に変換されていく。

 すぐにいつもどおりに戻ると、重吾は「行くぞ」とぼそりと呟いて歩きだした。

「はーい」とその後にブンブクが続く。

 

 未だ羅生門の崩れ落ちた衝撃による土煙の中を歩く2人。

 そしてその先に在ったのは。

 奇妙な法陣。

 向かって正面、この場合北の丘よりブンブク達が来たので陣の北側、には黒い光の柱、としか言えないものが立ち上っていた。

 その右手には白い光の柱、左手には青い柱、そして奥には朱い柱が見える。

 そしてその中央には五馬ヒメの姿がある。

「…なるほど、ホントに『四神相応の陣』なんだね」

 ブンブクがそう呟く。

 どうやら相手方は簡易的にしろ「四神相応」を利用して、この場で儀式とやらを行うつもりのようだ。

 ブンブク達の前には相手方の長であるイサナ、そして陣の構築を行っているらしい3人の中忍達。

「…来おったか、小童(こわっぱ)共」

 覆面の奥から憎々しげにブンブクを睨みつけるイサナ。

「しかし少し遅かったな。

 術は完成を見た!」

 彼がそう言うと同時に。

 光の柱がうねる様に螺旋を描いた。

 ヒメと中忍の3人を巻き込むようにその渦は閉じていく。

 そしてそれと同時にとてつもない力が周囲を覆う。

「これで余人に『神降し』を邪魔される事はない。

 この『石化結界』は儀式が完成するまではけっして解かれる事はない。

 既に勝負はついた。

 ()せよ」

 今まで破られた事のない強力な結界を背に、イサナはブンブク達にそう宣言する。

 が、

「…なるほど。

 しかし、オレならばその結界とやら、通り抜けられるぞ」

 重吾がそう言い切った。

「…あり得んな。

 とは言え万一、と言う事もあろうか。

 汝らはここで仕留めておいた方がよさそうだ」

 イサナが重吾に向けて剣呑な目つきをしてそう言った。

 しかし、

「それなら僕の出番ですね。

 おにーさんは結界内に突入してヒメちゃんの確保、僕はここで頭目さんを押さえれば良い、と言う事でしょ?」

 相も変わらず能天気なブンブクの声がそれを寸断した。

 イサナはブンブクに殺気の籠った視線を送った。

 今の台詞はすなわちイサナをこの少年が押さえきって見せると公言したのと同じである。

 イサナは当年とって55歳。

 自来也達と同世代であり、身体能力及び身体のチャクラは低下しているものの、修行によって培ってきた精神力とそこから生まれる精神のチャクラの量は、先の水遁によっても証明できるだけの強力なものだ。

 今現在こそがイサナにとって最も強い状態である、その事を鑑みるならば、ブンブクが超一級の忍であるイサナと戦う、それ自体が無謀と呼ばれる行為だろう。

 しかし、ブンブクの戦いにおいて、今まで楽だったことなどない。

 チャクラの総量と言う点においては大なり小なり相手はブンブクより上回っていた。

 それを様々な方法でひっくり返し、ブンブクはここに立っている。

 今更相手が強い、それだけで撤退をするほど(考慮はするが)ブンブクは甘い覚悟でここにいる訳ではなかった。

 今も能天気な顔をしながらかさこそと小細工を行っている。

「…ふん、自分にそれがしの意識を向けさせる方便か。

 無駄な事… !?」

 言葉の途中でイサナは大きく横に飛んだ。

 地面から槍の様なものが付きだし、イサナを貫こうとしたのだ。

 これは八畳風呂敷の変化だ。

 ブンブクは細くほどいた八畳風呂敷をイサナの足元まで伸ばし、そこで竹槍に変化したそれで攻撃を仕掛けたのだ。

「おにーさん走って!!」

 それと同時にブンブクがイサナに向かって走り出した。

 更にブンブクは仕込みを1つ。

 重吾が動き出そうとした瞬間、イサナは重吾の背後にいた。

 彼の得意とする「瞬身」の術での高速移動だ。

 重吾の首を狙い、イサナがさらに一歩踏み出そうとした時。

 彼の感覚は足の裏に異物の存在を感知した。

 踏み込みをずらすイサナ。

 その一瞬が明暗を分けた。

 重吾は素晴らしい速度で結界に向かって走り、追いすがろうとしたイサナはブンブクの仕掛け、足元に撒かれた撒き菱のために追う事が出来なかった。

 ブンブクは忍のやり方を経験則ではなく、大量の事例から熟知していた。

 人間の外界から受け取る情報は視覚が8割以上と言われている。

 故に、視覚外からの攻撃は非常に有効であろう。

 その為、忍の攻撃において視覚外からの攻撃は非常に有効かつ頻繁に使われる事になる。

 こと、奇襲などでは。

 ブンブクは相手が瞬身等で背後から攻撃してくる場合を想定して自分と重吾の背後に撒き菱を配置していた。

 それが功を奏した形だ。

 重吾は一直線に結界へと突っ込んでいく。

 そして。

「馬鹿なッ!

 あそこに張り巡らされたのは天然自然のチャクラ!

 あれだけの高密度の自然のチャクラに触れれば体内のチャクラバランスが崩れ、強制的に無機物へと転化させられる筈!

 何故通り抜けられる!!」

 愕然としたイサナの言葉。

 それ聞いたブンブクは状況を把握した。

 なるほど、あの結界とやらは「高濃度の『自然』のチャクラによる障壁」であったか。

 あの障壁を通り抜けようとする者は自然のチャクラが体にしみ込んで、その結果動物化から無機物化していく、それを利用した罠である事をブンブクは理解した。

 と言う事は、あのおにーさんの力はいわゆる「仙人化」によるものである、と。

 …何ともうらやねたましい。

 ブンブクの中の嫉妬神がぐずりと動いたが、まあそれは無視する。

「…まんまとしてやられたか。

 なれば、それがしは出来る事をするしかない。

 すなわち…」

 ブンブクの速やかな排除。

 そしてブンブクはイサナを倒すか、重吾がヒメを救い出してくるまで粘ればいい。

「…いつもよりは破格に良い条件ですよね」

 ブンブクはにっと不敵に微笑んだ。

 

「ふんっ!」

 逆手に持った忍刀で切りつけるイサナを、腕輪と寸鉄で何とか捌くブンブク。

 茶釜の持ち手の様な、手首に嵌った腕輪は見た目以上の強度を持ち、必殺の威力を秘めたイサナの刀身を受け止め、弾く。

 のみならず、捌いた勢いを利用して、ブンブクは刀の間合いの内側へと入りこむ。

 それは素手の間合い、寸鉄の間合いだ。

「せいっ! せあっ!」

 打ちこんだ連撃は、しかしイサナの逆手に持った刀の鞘で弾かれ、

「甘いわっ!」

 逆手の刃がブンブクを首をかき切りに動く。

 やむを得ずブンブクが距離をとる。

 その時には既に忍刀は鞘に収まってイサナの輿に下がっている。

 空いた両手でイサナは印を結んだ。

「水遁・水弾の術!」

 水遁の基本である水弾を打ち出すイサナ。

 先ほどからイサナは結印を1つ、または2つといった回数を少なくすませる基本的な術の行使に終始していた。

 だが、それで充分であった。

 彼の水弾は、一段上の破壊力を秘めていた。

 これは長年の修行により、術の効率が極限まで高まっている証である。

 それは一撃で十分に人を殺す力を持っている。

 掠めるだけでもその体力を大きく削ぐだろう。

 しかしその水弾は、

 がきききんっ!!

 という硬質な音に弾かれた。

 ブンブクは大きな傘を広げ、それを以って水弾を弾いたのだ。

 無論唯の傘ではない。

 ブンブクの持つ八畳風呂敷の変化したものだ。

 傘に変化させた上で、ブンブクは八畳風呂敷にチャクラを流していた。

 こうすることで八畳風呂敷は鋼以上の硬度を持つのである。

 更にブンブクは間髪いれずにその変化を説き、得意の布槍術もどきでイサナを攻撃する。

 鋼鉄の強度を持つ鞭の様なその切っ先がイサナを襲う。

 イサナはその尽くを抜き打ちで構えた忍刀で捌いてのけた。

「さっすがベテラン、隙がない…」

 掛け値なしのブンブクの称賛を、しかし、イサナは額面通りに受け取る事は出来なかった。

 イサナの持つ情報が正しければ、「風狸」のブンブクは当年とって14か15なはず。

 それが50年以上のキャリアを持つイサナに食いついてきている。

 しかも、だ。

 単純な技量だけならばブンブクは「年の割にはやる」程度でしかない。

 体術の基本的な技のいくつかは完全に自分のモノとしている。

 これだけでも十分に凄まじい事なのだが、彼はさらに、その戦術の中に「己の習熟していない不完全な技」までも組み込んでいるのだ。

 一か八か、で繰り出すのなら分かる。

 そうではない。

 不完全な技、どこが不完全であるのかを理解しつつ、成功するにせよ失敗するにせよ、それを確実に次の技、仕込みに生かしているのだ。

「習得技術が不完全である事」を前提としている戦術なぞ、誰が予想できるものか。

 なるほど、ダンゾウが重用する訳だ。

 イサナは理解した。

 こいつは「戦術で戦う者」である、と。

 木の葉隠れで言うなら奈良シカクの様な戦術家なのであろう。

 しかし、シカマルなれば不完全なものは使うまい。

 戦いの場で使える資源(リソース)は極限まで使わなければ生き延びる事が出来なかったブンブク故の戦い方。

 それが達人と呼べる実力者であるイサナと若輩の未熟者であるブンブクが「戦いの体を成している」理由であった。

 イサナは己の切り札の1つを使う覚悟をした。

 忍にとって己の命を任せるに足る秘術を習得する事は任務の成功、己の生存に直結する一大事である。

 故に、それを他者に披露するときは、その相手が死ぬ時、である。

 はたけカカシの様に現役の内から己の術を他者に継承させる様な事は極々稀なのである。

 イサナはブンブクに向かって走り始めた。

 

 

 

 結界内に突入した重吾は苦戦していた。

 3人の敵の連携は、重吾の暴走する殺人衝動の人格の特性を掴んだらしく、1人に的を絞らせない戦いを繰り広げていた。

「おらっ! こっちだこっち!」

 ゴーグルを掛けたバンリが重吾を挑発する。

「ぶっ殺す!」

 激昂した重吾の腕がバンリの方を向き、その腕を叩きつけようとすると、その脇からチョウジョウが風遁でのカマイタチを飛ばす。

 重吾が腕を一振りすると、カマイタチはあっさり霧散するが、その間にバンリは重吾の腕の届かない所へと撤退してしまう。

 苛立つ重吾はチョウジョウに迫ろうとするが、その前を光が通り過ぎた。

 ナガユビの雷遁による攻撃だ。

「があっ!」

 重吾は殺気を纏いつつ腕を振り回した。

 

 本来の重吾の人格は、こういう時には凶暴な人格の裏で怯えているのが常であった。

 しかし、このままでは勝てない事も、2つの人格は認識していた。

 ならばどうすればいいのか。

 その時、ブンブクの言葉が脳裏に(よぎ)った。

 力とは、対峙していくものだ、と。

 ならばこの場合の力とはなんだ?

 敵の術か、違う。

 この場合は、オレ自身の力だ。

 ならばどうする?

 抑え込むか、それは敵に利するだけ、違う。

 ならば、そう、制御する。

 オレは力の御者だ。

 何も抑え込む必要はない。

 敵がいるならそいつらに力を向けてやればいい。

 オレが手綱を引いてやれば、力は奴らに突っ込んでいくだろう。

 ならば。

 重吾本来の人格は、ほんの少しだけ凶暴な人格に介入し始めた。

 

 

 

 

 五馬(いつま)の一族の娘ヒメは絶望していた。

 自分達はただ静かな生活を続けたかっただけなのに。

 彼女は今、4色の光の中を漂っていた。

 目の前では彼女をさらってきた3人の大人と、うちに泊まっていた少年達の内、年嵩(としかさ)の男の子が戦っていた。

 それはヒメにとって恐怖を煽るものだった。

 ヒメにとっての最も古い記憶の中に、大人達が争う場面があった。

 彼女達、五馬は鬼子母一族の中心的な家だった。

 鬼子母一族は、元々雨隠れの里に所属する忍の一族で、口寄せ、こと巨大な蜘蛛である鬼子母蜘蛛を手足の如く扱う者達であった。

 優秀な一族であった。

 そうであったが故、急速に狭量の度合いを増していった雨隠れの里の長「山椒魚の半蔵」に目を付けられた。

 何かと危険な任務や、能力に合わない任務に突かされ、数を減らしていく一族。

 その時期に、雨隠れの里の中にできた反主流派の組織が「暁」であった。

 鬼子母一族は生き残りを賭けて暁に身を投じた。

 その際に、非戦闘員達を雨隠れの里より脱出させ、隠れ里へと避難させた。

 その隠れ里こそがヒメの暮らしていた森の奥の家屋である。

 里を抜ける時、ヒメはまだ乳児であった。

 母に抱かれ、追手により1人、2人と倒れていく一族の者達。

 ヒメの目にはその光景が映り、原体験としてその記憶に蓄積されていった。

 

 もしも、ヒメがそのまま育ち、イサナ達に誘拐されていたとしたら、このような悲しみは感じなかったかもしれない。

 ある意味、タイミングが悪かったと言えよう。

 ヒメの心を動かした出来事。

 それはブンブク達との食事だった。

 ヒメはあまり肉を食べた事がなかった。

 それは大人であるジンベエの身体能力の低下によって、狩りが上手くいかなかったことに起因する。

 里を逃れた当時、10人ほどいた一族の者達は1人減り、2人減りと病気、怪我、自殺などによってヒメが物心つく頃にはジンベエだけになっていた。

 ここ数年はジンベエの老衰も激しく、チャクラを使用しても人並みの動きが出来る程度にしかならなかった。

 それなりの腕であったジンベエも、老化による身体能力の低下、それに伴うチャクラ量の低下には勝てなかったのであろう。

 それだけに、生まれて初めてと言って良い、鍋を囲む団欒は、ヒメの凍りついた心に大きく響いた。

 そして、幸せを感じた後の絶望。

 捕えられ、生贄の様なものとして術の媒体として使われる。

 希望さえ知らなければ、絶望は感じようがない。

 ヒメの心が悲鳴をあげ、それは「あるもの」を呼び出した。

 

 

 

 重吾は先ほどまでが嘘のように、3人を翻弄していた。

「げほっ!」

 まずはバンリを殴りつけ、弾き飛ばす。

 途中で邪魔をしてくるナガユビの雷遁は、そのまま体で受けた。

 若干痺れる程度で大したことはない。

 ナガユビ達は今まで重吾の気を引けばまるで獲物を見たブラックバスの如く入れ食いで付いて来ていたため、牽制以上の力で術を使わなかった。

 その為、重吾の頑丈な体があれば、傷一つ負わないですんでしまうのだ。

 そのまま攻撃をしてきたナガユビ、ではなく、その横で印を結ぼうとしていたチョウジョウに重吾は体当たりをかます。

「!」

 バランスを崩したチョウジョウに、追い打ちの拳を振り下ろして黙らせる。

「ひっ…」

 怯える間もなくナガユビを叩き伏せ、重吾は息をついた。

 その時だ。

 重吾の背後、ヒメがいる位置からとてつもないチャクラが噴出した。

「なんだ!?」

 ヒメの周囲にうずまくチャクラが何かの形を取ろうとしていた。

 うずまき、収束し、形造られるチャクラの塊。

 

 それは、女の形をしていた。

 ゆったりとした着物を着た女の形。

 その両手にヒメを抱き、残りの手は重吾たちを威嚇するように蠢く。

 そう、その女の腕は6本あった。

 豊かな長髪の頭部には2本の角。

 目は金色に爛々(らんらん)と輝き、口は耳まで裂け、怒りの表情を浮かべていた。

 額には巨大な第3の目が開き、周囲を睥睨している。

 この場に日向ネジがいたなら、こう言っただろう。

 まるで鬼童丸の呪印レベル2の様だと。

 それはくわっと口を開き、

「我ガ愛シ子ヲ苦シメルモノハ()ゾ」

 鬼子母一族に伝わる鬼神、訶梨帝母(ハリティー)の降臨であった。




完結編は明日投稿します。

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