第3章 襲撃
「この餓鬼ぃっ!」
大きなゴーグルが特徴的な男、名をバンリと言う、の振り下ろした忍刀を、犬の如く大きく飛び退ってかわすブンブク。
後退したブンブクを別の男、こちらはチョウジョウ、が追撃しようとする、が。
「ぐうっ!?」
チョウジョウの足が乱れる。
四足じみた動きで両の手を地面に付けるようにして動くブンブク。
先ほど後退した際に、下生えの中に彼は巻き菱を撒いていた。
菱の実を連想する
地面に撒いたり投擲したりすることで敵に負傷を与える代物で、通常は鉄で出来ている事が多い。
しかし、ブンブクの使ったそれは鬼菱の実を乾燥させたもので、天然菱と呼ばれるものだった。
忍の中には感覚に優れ、鉄の匂いや独特の光沢を凄まじい距離から認識するものも少なくない。
それ故に、ブンブクは好んでこの天然菱を使っていた。
無論、忍びの履物にはそういった障害物から害を受けないように鉄板などが仕込まれている事もあるし、チャクラによる身体強化で足部の強化をするならば、尖った植物の実などは踏み砕く事も容易だ。
それが仕掛けてあることを想定しているならば。
不幸な事に、チャクラ強化をチョウジョウはしていなかったし、履物も、その裏側全体を鉄で覆う事は出来るわけもない。
チョウジョウの履物、それに仕込まれた鉄板と鉄板の間に撒き菱は食い込んでいた。
足の裏の負傷は移動全体に影響する。
チョウジョウが動きを止めると同時に、その後方から無数の手裏剣がブンブクに向かって飛来した。
とても1人で撃ち出せる量ではない。
最後方にいた覆面の男の投擲した手裏剣が、空中で無数に分裂したのだ。
「手裏剣影分身の術」による飽和攻撃。
高等忍術とされるこの術をいとも簡単に使いこなす男。
ただの忍崩れではあるまい。
実際、この男はある人物から指令を受け、任務遂行中の正規の上忍であった。
既に超人ともいえる域に達している男の攻撃を受け、ブンブクは周囲にある樹木に身を潜めた。
「くっそ! イ…頭ぁ! オレがいきます、あの野郎ぶっ殺してやる!!」
ヒステリックに叫ぶバンリ。
バンリの声に対し冷静に切り返す、頭と呼ばれた男。
「やめよ。
いま重要なのは…」
その声を遮るように、
「ぎゃっ!」
という女の悲鳴が聞こえた。
戦いを男たちに任せ、周囲にあった札を解析しようとしていた女、名をナガユビと言う、が狸に噛みつかれて腕を振り回していた。
狸を地面に叩きつけるとそれはまるで幻の様に消え去った。
実際にそれはブンブクの幻術である。
「まず、あ奴を仕留めるよりは、先に進むことを重視すべし。
それが我らが仰せつかった使命なれば」
そう頭は感情の籠らない言葉でそう言った。
既にブンブクは所属不明の忍と森の中で数時間も戦っていた。
正確には「ブンブクの張った偽の結界札を破壊しようとする」忍達に、である。
森の中にはかつて五馬の一族が張った結界法陣のような攻性結界がところどころに仕掛けてある。
ブンブクはこれに似た全く偽の札を作り、そこかしこに配置していた。
同時に新しく結界法陣も配置、真偽をまぜこぜにして用意、相手を撹乱する事とした。
ブンブクには敵を押し切るだけの実力はない。
その為に彼はひたすら時間を稼ぐ遅滞戦術に専念していた。
意外であろうが、忍はこういった時間を稼ぐ戦術を苦手としている。
チャクラと言うリソースが忍の強みであり、チャクラの使用はスタミナと精神力の消耗に繋がる為である。
例を挙げるならば、「コピー忍者」のはたけカカシであろうか。
彼は切り札の写輪眼を使用した場合、高確率で衰弱し、任務の後は病院へと担ぎ込まれている。
故に、忍は作戦ぎりぎりまでチャクラを温存し、埋伏の毒と化し、一撃必殺を旨とするのである。
忍の戦いとは正反対の、まるで野生の獣のような執拗さを以ってブンブクは4人の手練れを食い止めていた。
いつ来るかも分からない援軍、いや、そもそも援軍が来るのかどうか。
いつ終わるともつかない戦いは確実にその精神を削りとる。
何故戦えるのか。
それは自来也との修行もあるだろう。
飛段戦など、絶望的な戦いを経験したという事もあるだろう。
それらはこの戦いを続ける補助に過ぎない。
結局の所、ブンブクは「気にいらなかった」だけである。
確かに、五馬の老爺達から情報を聞き出すという建前はある。
しかし、ブンブクは彼らの「目」が気に入らなかった。
運命を受け入れている、というなれば聞こえが良いだろう。
実の所、彼らは絶望しきっているだけだ。
かつて見た「あの人達」と同じように。
ブンブクはとにかくそれが気に入らない。
何とかひっくり返してくれよう、そういうとても忍とは思えない発想を持ち、世界に最強を唱える「忍」に喧嘩を売る。
結局の所、ブンブクはうずまきナルトの影響を受けた、弟分、と言う事なのだろう。
木立の影でブンブクは獲物を狙う狼、というか狸のように、忍達に次の攻撃を仕掛ける為の隙を窺っていた。
とは言え、本来であればブンブクのチャクラ、スタミナと言い換えてもいい、はとうの昔に尽きているはずなのだが。
「くっそぅ!」
襲撃者達は苛立っていた。
正確に言うならば襲撃者の内、挌の低い3人であるが。
これで上忍である頭も動揺しているのであれば既にこのチームは瓦解していたであろう。
頭の精神力の強靭さが、このチームを未だ健全なものとし、ブンブクの目論見を挫いていた。
「頭、どうしましょうか?
このままでは標的にたどりつけない可能性も…」
このチームの感知担当であり障害を排除する工兵でもあるナガユビが言う。
彼女は本来斥候であり、戦闘を担当するバンリ、チョウジョウの先を行き、彼らが苦手とする罠の解除、敵方の伏兵を発見するのを得意としている。
彼女はその鋭敏な感覚を以って、敵の発するチャクラの波形を捉えて見つけ出す事が出来るはずなのだが、ブンブクにはそれが通用しなかったようだ。
己の最大の武器が相手に通じない、それが彼女の弱気な部分を引き出していた。
しかし、
「問題ない。
全ては想定内に収まっている。
予定は全く変更ない。
お前達は己が出来る最大限を行えば良い。
そうすることで任務は遂行される」
冷静な頭の言葉に彼女の動揺が見る間に溶けているのが分かった。
この頭は統率力にも優れた人物の様である。
配下の3人は息を吹き返したかのように動き出した。
それを見て、頭は印を組み、己の得意とする術を発動させていた。
はてさて、本気なのかはったりなのか、いずれにしろ厄介だなあ。
ブンブクは藪に潜みながらそう思った。
ブンブクは森中に放ったカモの分身と、「金遁・千里鏡」で周囲の情報を集めていた。
無論の事、相手方は常時監視している。
だから、であろうか。
自分の周囲の警戒を怠っていた。
ブンブクが気付いたのは足元のぬかるみからだった。
この時期は雨も降り、足元は腐葉土によってふかふかとなるほどの状態だ。
故に、雨が降った後、水気はかなり残っているものだが、その湿り気を大幅に超えるほどの水が、腐葉土の中から染み出していた。
「…これは、まずったかな?」
ブンブクの独り言は誰の耳にも届かなかったが、代わりに答えたものがあった。
ばしゃり! と言う音と共に、体長15センチメートルほどの魚が跳ね上がった。
森の中、木立の中で。
ぞっとしたブンブクは、大きく魚から距離を取った。
ブンブクの鼻先を魚が通り過ぎる。
その魚には、通常の魚と大きく違う部分があった。
牙。
その魚には獲物を噛み切る牙があったのである。
森の地面から湧き出してくる肉食魚。
ブンブクはその攻撃をかわしつつ、現状を分析していた。
「これだけ大量の水をチャクラで作るなんて、鬼鮫さんでもないと無理だと思ってたんだけど…。
いや、これは地下水かな?
自分の得意なフィールドを創るために、地下水を引き出したってところか。
そうなると、どうやら感知役らしいゴーグルの人をやっつけておいた方が良かったか…、いやいや、欲をかくと僕みたいなのは失敗するしね。
しかし、さてどうしたもんか…」
ブンブクの予想は当たっていた。
敵の頭が使っていたのは「水遁・幻昇泉」。
水遁は水のある所では非常に強力な力を発揮する一方、水の無い所ではチャクラを余計に消耗し、水をわざわざ発生させる必要がある場合が多い。
チャクラの化け物である干柿鬼鮫などは何の躊躇もなく水を発生させるが、通常レベルの忍、それは上忍であっても負担が大きいのだ。
その為、水遁を効率的に使おうとすればどうしても水をどこからか調達する必要があった。
水筒や、封印術の巻物に入れておくと言うのもその1つだろうし、相手方の頭目の使ったように、現地で調達する、と言うのもある。
しかし、この水量は異常だ。
見た限り、森の一角を完全に水浸しにする量を呼び出すとは。
それに、先ほどから襲い来る肉食魚。
こんなものが近くに住んでいるはずもない。
相手方の口寄せしたものであろう。
どうやらこの肉食魚、大した知性がある訳でもなく、先ほどから小動物や猪、鹿などが襲われているようで、絶え間なく悲鳴が聞こえてくる。
問題はその中に「加茂之輔の分身」が混じっている事だろう。
ブンブクは急速にその情報網を寸断されつつあった。
「見つけたぜ餓鬼ぃっ!」
肉食魚の攻撃を捌いていたブンブクに、数本の手裏剣が飛来する。
ブンブクが木々を蹴立てて逃れると、その回避軌道上に更に数本の手裏剣が飛ぶ。
唸りを上げて旋回し、ブンブクに迫る手裏剣。
ブンブクは咄嗟に八畳風呂敷による皮膜を手足の間に張り、空気抵抗を以って空中で旋回するように回避を行った。
「なにっ!」
それに過剰ともいえる反応をしたのは相手の頭だ。
今まで泰然としていたその男が、覆面越しでも分かる動揺を示していた。
「あれは、『風狸』か!?」
あまりにも大仰な驚きぶりに、
「頭、あれを知っていなさるので?」
そうチョウジョウが声をかける。
「アレは火影の目であり耳だ!
つまりは木の葉のダンゾウに目を付けられたという事だ!
ええいっ厄介な!
アレは我が仕留める!
バンリは目標の発見に専念、チョウジョウとユビナガは周囲の警戒及びバンリの警備だ!
反論は許さん! 良いな!!」
そう言うと、頭はブンブク目掛けてとてつもない速度で切りかかっていった。
ブンブクは訳もなくぞっとした。
首の後ろがちりちりする感覚。
その感覚に従って彼は首を竦めた。
今までブンブクの頭があった位置。
そこに強烈な烈風を纏ったクナイが通過していった。
ブンブクが首を回すと、その視線の先、鼻っ柱のすぐ前に、殺気を纏った2つの目があった。
相手の頭、名をイサナと言う、その男の目だ。
「火影の
イサナは空中にて、更にブンブクに追撃を掛ける。
しかし、ブンブクは器用にそれを避けていく。
この場におけるブンブクの利点。
それは空中機動の巧みさ。
イサナは年齢とともに経験を積み、チャクラの量と共に今が最も強い、そんな存在である。
無論の事空中戦も彼の得意とする所であり、未熟なブンブクが及ぶ技量ではないはずだった。
それが辛うじて、無様ではあれどイサナの攻撃をかわしている要因。
それが彼が生まれ持っていた空中での行動の適性。
ありえない。
地上で生活する人間に、鳥の如き空中での動きが出来るはずもない。
そもそも人間の脳は「飛行する」という動きに対応した造りになっていない。
そんなものは本来必要ないからだ。
故に、空中での動きは単純な身体能力と、経験によって培われる。
それが、ブンブクはまるで頭の中に飛行をするための「経験」や「プログラム」が存在するかのようだ。
そのメリットを生かし切り、
「うわぁっ、死んじゃう死んじゃうってばよぉッ!!」
などと無様極まりない悲鳴を上げながらブンブクは逃げ回っていた。
とは言え、
「襲え、
喰らえ! 火遁・豪火球の術! 風遁・烈風掌!!」
下から肉食魚の群れに強襲され、その隙を突かれて巨大な炎弾に飲み込まれかけた。
辛うじて回避をするも、それを予測していたイサナの風遁により周囲に風の壁を作られ、そして、
どおん!!
炎弾の
風遁によって周囲に拡散する事無く閉じ込められた蒸気は、衣類の下にまで入り込み獲物を焼く。
肺に入れば間違いなく呼吸器は使い物にならなくなり、無残な死に様を晒すのだ。
これはイサナの必殺の術コンビネーションであり、高速かつ正確な組印の賜物である。
木々の間から見える水の中に、ブンブクのモノと思わしき死体が程良くローストされた肉食魚と共に浮かんでいた。
「ふむ、仕留めたか、後は任務を…」
そう言ったイサナ、その体が、
どんっ!!
と言う音と共に、木々をなぎ倒して吹き飛んで行った。
「なっっ!」
チョウジョウが悲鳴を上げる。
そこには、
「っふははぁははぁっ!! 殺すうぅっ!!」
異形を纏った重吾がいた。
重吾は迷っていた。
元々森林での活動任務などは訓練すらした事もない彼だ。
森の中の動物達、鳥達と対話し、ブンブクらしい存在がどちらに行ったかを聞く程度でしか追跡する事が出来なかった。
若干焦りを覚えながら、重吾は森の中を数時間も歩き続けていた。
既に夜の帳から朝日が射す兆候が見え始めたその時だ。
どおおん! と言う音が聞こえ、熱風を伴った衝撃が重吾に伝わってきた。
重吾は音源へ向かって走り始めた。
そこで見たものは、濛々と蒸気の上がる木々の間の水溜まりにプカリと浮かぶ少年の姿。
これ以上ないと言うほど明確な死の気配、すなわち死体。
それを見た重吾の中の殺人衝動が一気に表面化した。
重吾の衝動に従って彼の中にあるナニかがその望む事に最適な体を作り上げる。
左腕がメキメキと音を立てて変質し、肥大化する。
到底人の腕とは思えない硬質の巨椀がそこに形成されていた。
更に重吾が走り出すとその脚部にも変化が現れる。
腕ほどではないにしても、その筋肉が肥大化し、強化される。
人の限界を超えた速度で重吾は背を向けていたイサナに殴りかかった。
左の肘に奇妙な器官、まるでジェットエンジンの排気口の様なものが現れ、重吾が殴りかかると同時に、とてつもない量の風遁のチャクラをそこから噴出し、重吾の拳を加速させる。
そして、到底人を殴りつけたとは思えない、爆発音のような音をさせて、イサナは弾け飛んでいった。
重吾は更にイサナ配下の忍びへと襲いかかっていった。
「きゃあっ!」
ナガユビが重吾の一撃に耐えかねて大きく吹き飛んだ。
「このおっ!」
バンリの手裏剣が重吾に飛ぶが、それを重吾は全て左腕で叩き落とす。
「かあっ!」
チョウジョウの忍刀をかわし、重吾の腕が唸る。
すんでの所でその一撃を交わすチョウジョウ。
前回とは完全に形勢が逆転していた。
今の重吾には勢いがある。
相手方の頭目を叩きのめしたという勢いが。
一方、頭を失った相手方は動揺し、連携が取りきれていない。
イサナに信頼を置き、判断の全てを任せていたという敵方の問題もあったのかもしれない。
勢いに乗る重吾は一気呵成に相手を責め立てる。
「うぉら! 死ね死ね死ねええぇぇっ!!」
故に。
仕留めたと思い、その意識から外していたイサナが撃ちだした水弾を捌く事が出来ず、
「ほいさっ!」
マントの様なものでそれをはじき返すブンブクをその目の当たりにする事になった。
ブンブクは茶釜に変化する事により、蒸気の熱で火傷を負う事を防いでいた。
本来変化の術は一種の幻術であり、金属に変化したとしてもたんぱく質で出来た体を金属並みの強度にする事などはできない。
しかし、「金遁・什器変化」は本当の意味での変化であった。
その身を完全に食器什器に変える。
とはいえ問題もあった。
周囲の情報が一切入ってこなくなるのである。
故に、変化をするときは時間を決めて閉じこもり、茶釜の上に八畳風呂敷で変化させた自身の死体を乗せて擬態していたのである。
術を解除して死体もどきの下から茶釜狸の姿で覗き見れば、折しも死角からイサナが重吾に水弾を打ち出そうとしている所。
即座に人型に戻り、八畳風呂敷を解除して布槍術の要領で繰り出し、チャクラを込めて強化したそれで水弾を撃ち落としたのである。
ところが、だ。
「うははははぁっ! 獲物が増えたかあぁっ!!」
重吾は見境がなかった。
殺人衝動に振り回される彼は、ブンブクも敵とみなしたようだった。
「うゎたあぁっ!?」
ブンブクにその剛腕が叩きつけたれる。
辛うじてかわしたブンブクであるが、更に追撃が彼を襲う。
「ふん、馬鹿な味方を持ってざまぁないわねぇこぞ…」
嘲るナガユビだが。
ブンブクを狙って繰りだされた左腕は、ブンブクが捌く事で角度を変え、ナガユビのどてっ腹に突き刺さった。
見事なまでにはじけ飛び、木に叩きつけられるナガユビ。
これを見て、激昂したのはバンリだ。
「この、餓鬼どもおぉッ!!」
その鋭敏な感覚より繰り出される精妙な手裏剣が数本、ブンブクと重吾を襲う。
「うわわわっ」というどこかコミカルな声をあげながら回避するブンブクと、避けもせずに左腕で受け止める重吾。
ここでバンリは失策をした。
今までブンブクに意識が行っていた重吾が、バンリにその闘争本能を向けたのである。
「うがああぁっ!」
狂気の宿った笑みを浮かべながら、バンリに迫る重吾。
針路上にあった木々がなぎ倒される光景に、バンリが引きつった顔を向けている。
そこにチョウジョウが割り込む。
「ぬあっ!」という気合と共に、両足を踏みしめ…る事は出来なかった。
蛇のように伸びてきた布がチョウジョウの足を払った。
ブンブクの得意とする布槍術もどきである。
元々、この周辺はイサナの水遁により地面がぐずぐずの状態だ。
そんな所に重心を崩し、更に振り下ろしの一撃などを貰おうものなら。
「ぐふぁ!」
チョウジョウは地面に深々とめり込んだ。
「残り二匹ぃ!!」
「うわまだおにーさん僕を仕留める気だよ…」
重吾がバンリに標的を絞り、ブンブクがため息をつきながらそのフォローをしようとした時。
「不覚を取った、だが二度目はない!」
重吾の顎を下から間欠泉のように水が突き上げた。
重吾の一撃から回復したイサナの水遁である。
戦いは一気に乱戦の模様を呈してきた。
攻守が目まぐるしく移り変わる。
戦いは重吾を中心に、複雑に動いていた。
重吾は目に付く相手に無差別に襲いかかっていた。
先ほどの一撃は重吾にとって大きなダメージとは成りえず、その影響がないかのように重吾は剛腕を振り回していた。
本来は味方、と呼べるはずのブンブクは重吾の視界に入ると襲いかかられるために、基本彼の視界に入らないようにしつつ、重吾の攻撃を相手方に誘導していた。
無論イサナも重吾の行動パターンを読み切っており、何とかブンブクに攻撃の意識を向けようとするが、たちの悪い事にブンブクはこういう混沌とした戦場でこそその真価を発揮するタイプであり、なかなか上手くいっていなかった。
ブンブク本人に一撃必殺の威力はない。
それだけに、周囲の状況を利用する事、それをブンブクは徹底的に磨いてきたのだ。
それは豊富な経験を持つ上忍であるイサナにすら劣っていなかった。
自体がぐるぐると円を描くように動き回りながらも硬直していたその時、事態は動いた。
「見つけた! 頭ぁ! 見つけやしたぜ!」
バンリがそう喚いた。
その声に反応したのは頭目であるイサナ、そしてブンブクであった。
「でかしたバンリ!
チョウジョウ、ナガユビ、道を作れ!
一気に乗り込む!」
そう指示を飛ばすイサナ。
そして、
「まっず!
家の場所、特定されちゃったか!」
ブンブクが焦りを見せたその時。
間の悪い事に、
重吾の剛腕がブンブクを捉えた。
咄嗟に受け流し、近くにあった倒木を身代わりに「変わり身の術」でその攻撃を凌ぐ。
しかし、その一瞬が明暗を分けた。
まず、チョウジョウが風遁の印を組んだ。
「風遁・旋風洞!」
チョウジョウの前に、風で出来た
それはまっすぐ森の奥、五馬の家の方向を指していた。
次にナガユビが雷遁を発動する。
「雷遁・超電導瞬身の術!」
風のトンネルの中に磁場が張り巡らされ、そして。
「せいっ!」
水遁により体の周囲に鉄粉を含んだ水の壁を形成したイサナがその中に飛び込んだ。
彼の持つ瞬身の術、そしてチョウジョウとナガユビが作り上げた擬似的な電磁加速砲とでも言うべき移動方法、それにより、森の中に張り巡らされた結界に抵触する事無くイサナは森の奥へと送り込まれた。
「は? うわやられた!!
突破されちゃったか!?」
ブンブクが歯噛みするが後の祭り。
相手方の中忍達は任務終了と同時に煙幕を張り、この場から逃げ出していた。
「おにーさん、僕一旦向こうの家に行くから!
落ち着いたら追っかけてきて!」
未だ殺戮衝動に囚われている重吾を後に、ブンブクも撤退していった。
誰もいなくなった一帯に、重吾の「くそっ…」といううめき声がしばし残っていた。
またやってしまった。
冷静になった今なら分かる。
最後に繰り出してしまったブンブクへの攻撃。
アレがなければ相手を五馬の家に行かせる事はなかったのではないか。
その気持ちを引きずりつつ、重吾は五馬の家へと急いだ。
途中でイタチの様なものが道案内をしてくれたおかげだろうか、思ったよりは早く着けたように思う。
そしてそこで見たモノは。
血溜りとその脇で倒れている老爺、そして彼の延命を懸命に行っている少年の姿だった。
イサナは小脇に失神した少女、五馬ヒメを抱え、部下達と合流していた。
「頭、この後はどうなさるんで?
予定通りにアジトに運んでからの儀式で良うござんしょうか?」
バンリが皆を代表して言う。
しかし、
「いや、本来であれば文献にある『四神相応』の地で行うが最上。
しかし、『風狸』を仕留めそびれた以上、木の葉のダンゾウがここに関わるは必定よ。
なるべく早く儀式を行い、神降しによってあ奴らの情報を仕入れねばならぬ。
略式で行う事とする故に、準備をせよ!
急がねば木の葉隠れより邪魔が入るであろうからな」
イサナがそう宣言すると、配下の者達は大慌てで荷物を取りだし、様々なものを設置していく。
イサナはそれを見ながら、低く呟いた。
「待っておれ、貴様の正体、とっくと暴いてくれよう。
我らが怨敵、ペインよ」
次話は10日もしくは11日に。