前中後完結編の四部作です。
第1章 邂逅
「んじゃワシらは修行の詰めをするからのォ、ブンブク、お前は情報収集を頼むのォ。
何日かすれば里から応援の上忍が来るから、それまでは無理はせんようにのォ」
自来也はブンブクにそう言った。
予想以上にアンコは優秀で、仙人モードの最初期の形ならばもう少しで手が届くのではないか、という所まで来ていた。
アンコの修行をひと段落つけるために、自来也は集中してアンコを指導する事にしたのである。
「…それは良いんですけど」
ブンブクは眉を顰めて言う。
「アンコさんにセクハラは駄目ですからね」
「…ちょっと待てブンブク。
なんでそこでそんなセリフが出るかのォ?
そこは『修行頑張って下さい』とかじゃないかのォ!?」
「…僕、この前ぶっ飛ばされた傷がまだ痛むんですけど」
「それはワシじゃないくて綱手に言うべきだのォ」
「…外まで吹っ飛ばされてさぁ、素っ裸通行人に見られてさぁ、体はズタボロでさぁ」
「分かった! 分かったから、のォ!!」
自来也とて悪い事をしたという自覚はあるようで、すねすねのブンブクには、まあ下手に出ている。
「…ほんとに、次アンコさんにセクハラかましたら綱手さまに通報しますから」
「ほんっとにお前はワシを何だとおもっとるんかのォ!!」
「エロ仙人」
自来也を白い目で見たブンブクは、まあ周囲の評価とそれほど変わらない、端的な言葉で自来也を表現した。
「だーかーらーっ! なんでお前もナルトもそれですますかのォ!?
ええいっ、分かったわい! セクハラはせん!! それで良いんじゃのォ!?」
「それでお願いします。
くれぐれもセクハラのせいでアンコさんが暴走するような事がないように、との事です、綱手さまから」
「ふん! さっさと行けい! 全くどいつもこいつも…」
ブンブクが出て言った後、
自来也は、
にやりと嗤った。
「甘い、甘いのォブンブク。
このワシが、セ、取材のチャンスを逃すと思ってるんかのォ…」
自来也はある程度ブンブクの人格を掴んでいる。
術を確実に仕掛けられるほどには。
自来也はブンブクに気付かれないほどに軽い幻術を彼に仕掛けていた。
効果は重いものではない。
ほんの少し、人を信用しやすくなる、唯それだけのもの。
しかし、その軽い幻術と自来也の話術が合わさるなら、それは高い効果を発揮する、というものだ。
そう、先ほど自来也は「セクハラはしない」と言っただけだ。
普段であればブンブクがそういった言葉の隙を逃すはずはない。
それこそが自来也の仕掛けた罠。
ふっ、と、悪役系の笑みを浮かべて立ち上がった自来也。
その視界にきらりと光るものが映った。
自来也の額に汗がにじむ。
まるで┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ッ、とでも擬音の入りそうな濃ゆい顔を、ギギギッと鳴りそうな動かし方で首を回す自来也。
そこには、
鉄製の小さな、お猪口。
「げえっ、これはっ!!」
自来也は博識である。
故に、茶釜一族の秘伝忍術である「金遁・千里鏡」の事は知っていた。
食器、什器を媒体に、遠隔視覚を手に入れる術だ。
場合によっては映像を記録する事も出来るとか。
つまり、
「いつでも見張っている、という意味かのォ、ブンブクよ…」
事実は、ブンブクがお猪口を落として行っただけ、というオチなのだが、心に
疑惑の迷宮に迷い込んだ自来也は、アンコにセクハラを仕掛ける事も出来ず、内心忸怩たる思いを抱えながらアンコの修行に精を出す事になったのである。
音隠れの、今はうちはサスケの率いる「蛇」の一員である重吾は走っていた。
しばらく前、サスケ達は宿場町で宿を取る為に、街中を歩いていた。
そこで出くわした喧嘩。
その光景に、重吾の「血」が暴走しかかった。
重吾は恐ろしかった。
なぜ人はああも簡単に争えるのか。
重吾ほどではないにしても、殴りつければ人は死ぬかもしれない。
その拳に人を殺すほどの力がないにしても、当たり所が悪ければ転倒、そして急所を打ちつけて死ぬかもしれない。
余りにも人は死をもて遊びすぎる。
重吾は自分の殺人衝動が恐ろしくて自ら囚われの身となることを望んだ。
誰かにこの力を制御してほしかった。
喧嘩をする人足達は己の力も知らずに殴り合う。
重吾がそんな事をすれば、確実に周囲の人間は血飛沫に代わるだろう。
それが恐ろしくて重吾はサスケを、水月を、香燐を置き去りにして遮二無二に走った。
気がつけば山の中。
そこは、人の気配のしない、重吾にとって落ち着く場所だった。
彼はそこで出会った。
奇妙な生き物、そう、言ってしまえば。
鉄の茶釜を着込んだ狸の様な生き物に。
茶釜ブンブクは、彼曰く「準省エネモード」の茶釜狸の姿で森に潜んでいた。
宿場町の町人から、かつて「暁」なる組織に所属していた、という人物の情報を得る事に成功していた為である。
とはいえ、町人もその人物がぽそりと呟いたのを小耳の挟んだ、程度のあくまで噂レベルのものでしかない、蜘蛛の糸より細い情報であり、ブンブクとて無駄足を覚悟で件の人物の捜索を始めていた。
そして調査を始めてしばらく。
ブンブクは正体不明の集団に襲撃を受けていた。
数は4人ほど。
丁度忍の小集団1班分と言うところか。
1人1人がブンブクと五分以上の実力を持った、上忍に匹敵する中忍ほどの実力で、特に隊長らしき1人はブンブクが全力で掛かって勝負の形になるかどうか、と言うほどの達人であった。
このままでは鏖殺されるだけなのを悟ったブンブクは、小動物に変化することでなんとかその包囲網を抜け、準省エネモードの姿で森の中で活動していた。
ブンブクは森の中の要所要所に、彼のマーキングの施されたお猪口を置いて来ていた。
彼の一族の秘伝忍術「金遁・千里鏡」の依り代としてである。
この術は視覚、聴覚をマーキングを施した什器に宿し、遠距離の調査を行う為の術であった。
茶釜一族は忍の世界では名は通っているものの、決して有力な一族ではない。
その血継限界も忍達にとっては物笑いの種にしか過ぎない。
故に、茶釜の一族は「什器に変化する」以外の事を意外に知られていないのだ。
襲撃者達の会話を拾うのもそれほど難しくはなかった。
「…頭、これからどのように?」
「向こうには我らの事が知られているかもしれん。
今後一切所属を悟られるような会話を禁ずる。
今後は極力障害を排除、迅速に『巫女』の拉致後、儀式を以って『神』の英知を入手する。
良いか?」
「はッ」
ブンブクは頭を捻る。
今の会話に出てきた「巫女」と「神」。
神とは世界の
その神との
つまりは何らかの真理を得る為、もしくは即物的・世俗的な力を得る為にその「巫女」とやらを捕えんとしている、ということか。
しかし、こんな山中で出くわすとは、これは自分の接触目標と同じかもしれない。
そうなると厄介だ。
ここから逃げ出すとしても相手方の包囲網がこの近辺に敷かれて居るとすれば下手に脱出するのもまずいかもしれない。
はてさて、どうしたものか。
数日間ここで粘って救援の上忍が来るのを待つか。
ブンブクにはそれが最適のように思えた。
半日ほどたって、ブンブクは周囲の喧騒に気がついた。
剣戟の音。
ブンブクは音のする方向へそろりそろりと近付いていった。
「うわはははぁっ! 殺す殺す殺すぅっ!!」
周囲の樹木をなぎ倒しながら、重吾は吼えていた。
彼に対峙しているのは2人の忍。
名をバンリとチョウジョウと言う。
彼らは周囲の警戒中に重吾と鉢合わせをした。
重吾には争う気はなくとも、相手には「出会った者は捜索対象以外はすべて排除」の命が出ており、その命令に従って忍達は重吾に襲いかかった。
彼らからの殺気を受けて重吾の殺人衝動が暴走、狂気の人格が表に出て来た。
そして始まった戦い。
形勢は徐々に重吾の不利へと傾いていた。
確かに重吾は、性能という点では相手の数段上をいっている。
しかし、それは性能は、と言うだけだ。
いかに身体能力が高かろうと、その能力を行かせるだけの技術が重吾にはなかった。
並みの中忍であれば、その速さと破壊力でねじ伏せる事が可能なだけの能力を持つ重吾であるが、それ以上の相手、高い戦闘技術を持つ相手には、むしろその高い能力を逆に利用されてしまう。
大ぶりな攻撃をした際の隙を簡単に疲れてしまうのだ。
無論の事、ちょっとした攻撃ならば重吾の体は簡単にはじき返すだけの強度を持っているし、よほどの急所に一撃を貰わない限り、ごく短期間で傷は修復する。
とは言え、それはチャクラを消耗しながら、という事である。
重吾の一族は、自然のチャクラを取りこんで己の体を強化する「仙人化」の力を持つ。
故に、チャクラを消耗したとしても外部からある程度はチャクラを補給する事が出来るのだ。
そう、
自然のチャクラは取り込みすぎると動物化を経て無機物化、つまりは石化へと至る。
肉体、精神、自然のチャクラの均衡が重要なのだ。
重吾の一族はこの均衡を体液に潜む何ものかが自動的に行ってくれる。
しかし、その為に、練り上げたチャクラが消耗すると、自動的に自然のチャクラが取り込まれ、その量に応じて身体、精神からチャクラが練りあげられる。
つまり強制的に身体、精神が消耗していくのだ。
身体エネルギーがチャクラに全て変換されてしまえば肉体の損耗、死に繋がり、精神のチャクラが過剰に練られればそれはすなわち精神、意志力や記憶の損耗瓦解に繋がる。
これが大蛇丸の作り上げた呪印のデメリットの正体である。
重吾は他者よりも圧倒的なチャクラを練りあげながら、それを相手の攻撃により湯水のごとく消耗していた。
このまま戦えば早晩重吾は彼らに殺されるだろう。
その生物的恐怖が重吾をより凶悪に暴走させる。
とにかくその攻撃は殺意に満ちており、一撃でも直撃させれば勝負はつくだろう。
当てる事が出来るのであれば。
重吾の攻撃は圧倒的であり、先ほどから全くその攻撃の速さが衰えない。
本来であれば、このような連続での攻撃を受ければ、回避し続けたとして大きく精神を消耗するだろう。
しかし、相手方の忍達は2対1の状況を最大限に利用、うまく連携を取り、重吾の攻撃を集中させない。
その為重吾の疲労は確実に蓄積されていた。
重吾の凶暴な人格は、凶悪ではあっても愚かではない。
きっかけさえあれば撤退も視野に入れていた。
その時だ。
重吾と忍びたちの間を何かが遮った。
なんと言うか、汚らしいというイメージにピッタリな黄色みがかった空気。
無理やり突っ切ろうとした相手の内の1人、バンリは一歩前に出た途端、鼻を押さえて大きく飛び退った。
好機!
重吾は彼らに背を向け、脱兎の如く逃げ出した。
十分に距離を取る事が出来た、そう重吾は判断した。
大きく息をつき、気にもたれかかる重吾。
そこに、
「おにーさん大丈夫?」
そう、どこか間抜けた声が響いた。
重吾が声のした方を向くと、そこにはちょこなんと狸らしい姿があった。
らしい、というのは、胴体部分に茶釜の様なものを着込んでいるように見えたからである。
この世界、ごくまれ、と言うには若干多いだろうか、ケッタイな見てくれの動物がいたりする。
重吾はこれもそのうちの1つか、などとすんなりと受け入れてしまった。
重吾は幼い頃から大蛇丸の施設で生活をしていた。
言ってしまえば「箱入り息子」である。
市井の子ども達が成長していく課程で学んでいく世間一般の常識が重吾になかった為に異常に気がつかなかったのである。
「キミはどこから来たんだい」
重吾はチャクラを使う事で動物達と会話が出来る。
それと同じ感覚で茶釜狸に話しかけた。
話しかけられたブンブクも内心驚いた。
準省エネモードの自分をそのまま受け入れる人物がいるとは。
その為、ブンブクは重吾を「忍」と認識しなかった。
木の葉隠れ所属の茶釜ブンブク、「蛇」所属の「天秤の重吾」、2人の邂逅は深い森の中でであった。
第2章 心の交流
その後、重吾は体力の消耗によって、倒れ込んだ。
重吾が意識を取り戻した時、彼は粗末な布団を掛けられていた。
「ここはどこだ?」
体を起こし、周囲を見回す重吾。
脇にはふすまが見え、頭上は天井に板が渡されておらず、梁が見える造りとなっている。
大蛇丸の施設で長く暮らしていた重吾には珍しい作りとなっているが、忍5大国の内、木の葉隠れの里などの田舎では一般的な作りの家屋である。
重吾の声が聞こえたのか、ふすまが開き、60歳ほどの老爺が顔を出した。
「おお、若いの、気がつきなすったか」
間近に人を見た為、動揺した重吾。
立ち上がろうとするが、立ちくらみを起こして倒れ込んだ。
慌てた老爺がすいと近付き、重吾を支え、布団に寝かせる。
不思議な事に老爺が重吾に近付き、その体を支えても、重吾の殺人衝動は疼かなかった。
「お前さんは疲れ切っておる。
しばらくはゆるりと休みなされ。
汚いところじゃが、まあ休みを取る程度なら問題なかろうて」
老爺は
孫娘のヒメと2人で暮らしている事、
少年が重吾を担ぎこんできたので、運び込み、手当をした事、
最近奇妙な連中が家の周りに出没している事、
少年は家の周囲を巡回してくれている事。
十分に休息したなら、出来るだけ早く出て言った方が良い事、
等を重吾に話して行った。
最後にジンベエは、
「とは言え全ては立ち上がる事が出来るようになってからだの。
粥を用意したんでの、食うと良いぞ」
そう言って立ち上がり、部屋を出て行った。
茶釜ブンブクは五馬の家の周囲を見回っていた。
重吾が倒れた後、ブンブクは彼を背負い、一旦森を出ようとした。
しかし、相手方の包囲網は存外手が長く、重吾を背負ったままでの森からの脱出は困難であると判断。
安全を確保できそうなところを探していた所、五馬の家を発見したのだ。
とりあえず一晩の宿をお願いしてみたところ、了承されたので重吾を預けて一晩世話になった。
そこで最近ほとんど人も来ないような家の周囲に謎の集団が出没しているのを聞き、巡回を買って出たのである。
無論、その報酬として昔語りを聞かせてもらう約束は取り付けたのだが。
ブンブクは巡回の際に、ダミーの結界を要所要所に仕掛けていた。
一見起爆結界や封身結界と言った危険なものに見えるように作ってはあるものの、実際の所はなんの効果もない、そんな代物だ。
そう言ったものを仕掛け、その解除に手間取るようにしつつ時間を稼ぐ、その間に敵の情報を探り、あわよくば援軍を期待する。
相手の強さを考慮し、ブンブクは遅滞戦術を採用したのである。
大量の小細工を弄した後、ブンブクはいくつか自分の持っているお猪口を配置、「金遁・千里鏡」の下準備をして、更には己の口寄せ契約をしている化けオコジョのカモを召喚、彼及び彼の影分身を森の中に放った。
そうして彼は一旦五馬の家へと帰還した。
「いやあ、御馳走になります!」
「…食材を持ちこんだのはお前さんなんじゃがのお」
「お肉美味しい…」
「いただきます」
ブンブク達は晩御飯を食べていた。
ブンブク、家主の五馬ジンベエ、その孫娘のヒメ、そして重吾。
ブンブクと重吾は名乗りを上げなかった。
双方共に忍であるのは予想がついていたが、お互いに名前を知らない方が都合がいい、そういう取り決めであった。
家の周囲を見回っている間、ブンブクは食べられる野草を摘んで来ていた。
それに非常食として持ちこんでいた塩漬けの豚肉を提供して、簡単ながら鍋を囲む事にしたのであった。
話しをするのは主にブンブク。
最近宿場町で起こった出来事を面白おかしく脚色して話すブンブクに、孫娘のヒメの表情が次第に穏やかになっていくのを、重吾はほほえましく見ていた。
重吾自身はあまり会話をするのは得意ではない、しかし、話しを聞くのは嫌いではなかった。
重吾の本質は平和主義で温和だ。
草食動物の気質と言えるかもしれない。
その分、恐怖に対する忌避感は大きく、その為にいざ戦いとなると抑え込んでいる殺人衝動が暴走する。
その彼にとって、この場は心が温まる心地いい空間であった。
重吾はその力故に暖かい交流、などと言うものに縁がなかった。
そう言うものがある、という事は知っていたのだが。
そして気がついた。
サスケ達といるときにも、これと同じものを感じた事があると。
最初は音の五人衆筆頭であり、己を傷つける事無く止める事の出来る唯一の存在であった友人、君麻呂が命を賭けて音隠れの里に引き込んだ、うちはサスケと言う男の真価を知るために同道していた。
それがいつの間にだろうか、サスケ、水月、香燐、そして四貫目と、彼らといる事が何故か「当然」となっていた。
彼らと一緒にいると必ず戦いが近くにある。
それは本来重吾の好む所ではなかったはず。
しかし、重吾は己の好まざる所としても、彼らと一緒に居たい、その思いを自覚する事となった。
「お前はいつも楽しそうだな」
ぽつりと重吾がそう漏らした。
今、ブンブクと重吾は一宿一飯のお礼の為に五馬家の裏にある畑で雑草取りをし、一休みをしている最中だった。
「うーん、まあ、そうですね」
ブンブクはおにぎりを頬張りながら、悩みなどない、そんな緩い表情でそう言った。
「まあどっちかってと『楽しく生きようとしてる』ってとこなんですけどね」
彼は頭をかきかきそうも言った。
重吾はその性格ゆえか、察する、という事が苦手ではない。
この少年もまた、何かを抱え、その上で前を向いて生きようとしているのが、なんとはなしに感じられた。
自分が全くの後ろ向きであるのとは正反対だ、そう重吾は思っていた。
重吾は気付いていない。
サスケと共に行く、そう決めた事。
それこそが重吾が己の意志で決定し、前へ進もう、そう動き出した瞬間であった事を。
ナルトとは違う、しかし、やはりサスケも周囲へ影響を与えながら進む者である事、その影響を受けた最初の者達が重吾達であったのだろう。
「…お前にとって力とはなんだ?」
重吾は同じくおにぎりを頬張り、飲み込んでからぽつりと言った。
今度はブンブクに尋ねる形で。
重吾にとって力とは「邪魔なもの」そのものだ。
この力さえなければ重吾はもっと穏やかに生きられた、そう思っている。
サスケに尋ねた時の返答は「復讐の道具」であった。
ならばこの少年にとってはどうか。
様々な人たちの意見を聞くことで、もしかしたら…、己の力を別の方向から見る事が出来るかもしれない。
重吾はかつて、大蛇丸の施設で自ら囚われていた時には決して考えなかったであろう事を思っていた。
これもまた、重吾が先を見始めた、その前兆なのかもしれない。
「? はて? 結構難し目の質問が来ましたが…」
ブンブクは首を捻り、うんうんと唸りながらも重吾の聞いてきた事への返答を捻りだした。
「僕にとっては力は力、使い方によると思ってますから。
元々僕は大した力はないもんで。
だから、『力』と言われた場合、大抵は『相手の力』つまりは行動の障害だったり、高い壁だったりする訳です。
それを何とかする為に、僕は色々小細工とか、修行で培ってきた自分の能力を使う訳なんですけどね」
ブンブクはそう言う。
重吾は思う。
この少年とは妙に反りが合う。
なんというか、波長と言うものだろうか。
彼とは戦おう、殺そうと言う気が起きない。
それがなぜなのかは分からないが、彼と居るのは嫌いではなかった。
五馬の人たちと居るのは少年とはまた違った意味で気楽であった。
彼らには攻撃的な部分がない。
朽ちていく老木のような存在。
生きることを諦めているが故に他者に対して全く攻撃的にならない。
それが良い事なのか悪い事なのか。
重吾には答えられない事だった。
ブンブクは言葉を続けた。
「…そうですね。
こう考えていくと、僕にとって力とは『対峙し続けていくもの』でしょうかね?」
「対峙…、し続ける?」
重吾は首をかしげた。
見た目の割に幼い反応であった。
「そ。
人によって持ってる力って違うし、状況によっては敵対する事も共闘する事もある訳じゃない?
だからさ、おんなじ力としても、どう言う風に
だからどう対峙していくかが重要だと思ってるんです」
重吾にとって己の力は忌むべきもので、そこからどう逃げるか、それが重吾にとっては重要であった。
己の力と対峙する、そんな事は考えた事もなかった。
「対峙する、そんな事も出来ないほど強い力だったらどうする?」
「うーん、なかなかとてつもない話になってきましたが」
対峙する事もままならない力なら、ブンブクは何度も体験している。
その代表が「不死身」の飛段であり、うちはサスケであったわけであるが。
ブンブクが相手取るにはほぼ無謀な力。
かと言って何とかしなければそれはブンブクの死であった。
「時間があるならば、ですが、まずはその力を『知る』事から始めますかね。
こんな言葉があります。
『敵を知り、己を知らば百戦危うからず』と」
考えてみれば、重吾は自身の力がどんなものか、全く知らなかった。
それを一番知っていたのは大蛇丸だろう。
重吾は大蛇丸の虜囚、言いかえれば庇護の元、何も知らなくとも生きていく事が出来た。
保護者たる大蛇丸が死した今、重吾はサスケ達と共に行かねばならない、そう自分で決めたのだから。
ならば、重吾も己の力と向かい合わねばならないということか。
ブンブクの言葉には奇妙な重みがあった。
ブンブクだけの言葉ではない、どこか「歴史」を感じさせるようなものが…。
「ん、参考になった」
重吾はそう言い、また鍬を持って畑にある切り株を片づけ始めた。
そしてその深夜。
ブンブク起き上がり、隣で寝ている重吾に声を掛けた。
「おにーさん、ちょっと僕出掛けてきますね」
その緊張感のない声、しかし、重吾は「襲撃」であると悟った。
重吾の中の殺人衝動がもぞりと動く。
しかし、
「おい…」
重吾が呼びとめる間もなく、ブンブクはするりと外へと抜けだして行った。
重吾が戦いを忌避している事を察していたのだろうか。
戦いの予兆を感じて重吾が震える。
ここで布団をかぶって震えていれば全ては終わっているのかもしれない。
が、
それで良いのか?
やっと己の力について考える事が出来るようになってきた重吾の意志が、それを否定する。
恐怖という感情に震える己の体を叱咤し、重吾は立ち上がった。
続きは明日。