今回の話は、65話の後編、という感じの話です。
本当ならば1本にまとめるつもりだったのですが分量が異様に増えてしまいました。
ブンブク
月明かりの下、一組の男女が酒を酌み交わしていた。
「どうじゃ、おぬしの舌にも合うだろうのォ?」
自来也の持参した清酒、それを杯に注がれ、一口飲んだみたらしアンコは目を見開いて驚いた。
「本当、おいしい…」
辛口の清酒。
アルコール度数もそれなりのようであるが、まろみと旨味がある絶妙だ。
米の旨味、甘み、醸造による酸味、コク、香ばしさが複雑にからまって、アンコの喉に心地いい余韻を楽しませてくれる。
かなり高級なのではないだろうか。
「…実は意外にそう高いモンでも無くてのォ」
にやりと自来也が笑う。
かつて自来也達が方々に任務で駆けずり回っていた時に見つけた田舎の酒造所で作っているものだそうだ。
頑固に3代、味を守り続けている一族の作であるとの事。
「これは大蛇丸の奴も好んでいたモンでのォ、奴めこの味を守るためにわざわざその地方の戦に介入して無双してきよったぞ。
あの時は
自来也は何とも楽しそうに語った。
アンコは素直に驚いていた。
大蛇丸は情で動く事は少なく、ましてや自分の為に動くのはその抑えがたい忍術への情熱のみであると思っていたからだ。
それがたかが酒の為に里の意向を無視して突っ走るなど、自来也ではあるまいし考え難い。
あの人も人の子であったのかな、アンコはそう考えた。
「…でも自来也様、大蛇丸先生煽りましたよね」
酒の勢いなのか、アンコは昔大蛇丸に師事していた頃に呼んでいた、「先生」という言葉が口をついていた。
それを分かってかどうか、なにも指摘せずに、自来也はにやりと笑って見せた。
今なればともかく、若い頃の大蛇丸ならば、人遁に長けた自来也ならば煽り、方向を制御してのけたであろう。
それがいつの頃なのか、大蛇丸は歪み、それを自来也は気付けなかったが故に、悲劇は起きたのだろう。
ふとそんな事を考えながら、自来也は猪口に酒を注ぎ、すいと飲み干した。
「…そうですねえ、自来也様も知ってるとは思いますけど、先生は、教え方が上手かったんですよねえ」
ほろ酔い気分になったアンコから、自来也は話しを引き出していた。
自来也はこういった「会話の中から情報を引き出す技術」にも長けている。
そうでなければ長い間単独での調査などで里から出ていることはできないだろう。
アンコの状態を良いものに安定させつつ心情を吐露させ、大蛇丸という過去を吹っ切る切っ掛けになればいい、自来也はそう考える。
実際の所、確かに大蛇丸は自来也とは別方向ではあるものの、優秀な指導者であった。
彼は担当する下忍の忍術、幻術、体術的長所・短所を短期間で見抜き、その特性を伸ばす事が得意であった。
出来なかったのは人間的、性格的な部分を見抜くこと。
そう、大蛇丸はその担当下忍の
これは、大蛇丸の師匠であった猿飛ヒルゼンの大蛇丸への指導の仕方がそうだったという事、元々コミュニケーションの重要性を当時の大蛇丸が理解していなかった事による不幸であった。
大蛇丸の担当下忍は一足飛びの能力のみが強化され、その結果、第2次・第3次忍界大戦で激減していた優秀な忍の穴を埋めるように配置され、人間的な問題点を克服する前に任務中の戦闘や事故で死んでいった。
自身の弟子達が死んでいく事に大きなストレスを感じるようになった大蛇丸は、抜本的な改革をするためには権力が必要、と火影候補に名乗りを上げるものの波風ミナトに敗退。
無論、己の次の「根」の長官にと望んでいた志村ダンゾウの妨害もあったのだが、それ以上に彼は周囲へのアプローチが足りなかった。
大蛇丸は天才肌であり、また、周囲の少数の人間との交流があれば満足してそれ以上自分の世界を広げる必要を感じていなかった。
その為にコネクションを広げるという考えがなかったのである。
それは、木の葉隠れの里と言う大きな組織を従えるには
結局彼は必要ないと切り捨ててしまった多数の為に挫折する事になり、大蛇丸の歪みは広がったのである。
4代目火影・波風ミナトを盛り立てることで己の求める改革を進める、という方法もあったというのに、大蛇丸は木の葉隠れの里を出奔してしまった。
あの時、自分が大蛇丸を支える事が出来ていたならば、今も大蛇丸は木の葉隠れの里で子どもたちの指導をしていたのかもしれない、そう思うと自来也の腹の中に鉛のような何かが溜まるのを感じていた。
しかし、アンコはどれほどの想いを大蛇丸に持っていたのか。
話は尽きることはない。
さて今度はワシが話してやろうかのォ。
自来也がそう考えていると、
「おや、やってるじゃないか。
ワタシを誘わずに月見で一杯とはねえ。
淋しいじゃないか、え?」
そう言って乱入して来る人影1つ。
「綱手か。
シズネはすっかり寝入っとるし、ほんとなら今から一杯ひっかけに行くつもりだったろうのォ?」
「まあねえ、まだ宵の口ってところだしねえ。
出かけようとしたらば屋根の上で飲んだくれてる奴らがいるじゃないか、全く不用心だねえ、誰かに見られたらどうするんだい?」
「あのなあ、ワシもアンコも現役の忍なんだがのォ?
そこいらの奴らに気付かれるようなことしとらんわい。
風遁で音を遮断しとるしのォ。
そもそも、綱手よぉ、おぬしがここに泊っとる時点で周囲は暗部の連中が固めておるだろうに、そこに押し入る事なんぞ余程の事がなけりゃ不可能だろうのォ」
能天気な会話を続ける自来也と綱手に、アンコはどう反応していいのか分からない顔をしていた。
「こりゃアンコよ、1人増えたんだ、ちとそっちに詰めえ」
「あ、はあ…」
綱手はにやりと男前な笑みを浮かべ、肩に担いでいた大徳利から2人に酒を注いだ。
芳醇な匂いが周囲に漂う。
「!? これって…」
それは里の中でも有名な酒蔵の、更に特級と言われる幻の酒であった。
アンコはそれなりの給金を貰っているものの、甘味に使ってしまう為に手を出してこなかった。
飲ん兵衛の同僚が一口飲んだ事がある、という自慢を聞いた程度だ。
「やれやれ、火影サマにもなると、飲むもんが違うのォ」
自来也が揶揄する。
「ふん! どうせお前が出してくる酒なんざ
同じモノじゃあつまんないからねえ、
ワタシうまい事言った! と言わんばかりの綱手のドヤ顔。
見事なばかりのおやじギャグである。
アンコはここは笑っておこうとしたものの、うまくいかずに引きつった笑いしか出来なかった。
自来也は、
「…それな、いや、なんでもありません!!」
いらんことを言いそうになって慌てて取りやめていた。
若干ぶすくれた表情の綱手。
しかし、それも酒宴を始めるとすぐに上機嫌となっていた。
大蛇丸の話を肴に、酒宴は続いていった。
なんでしょう、妙に体がむずむずします。
僕はぐっすり寝ていたはずなんですが。
僕はむっくりと起き上がると周囲を見回しました。
こっちは男部屋ですんで隣の布団で自来也さまがひっくり返ってるはずなんですが、…いませんね。
お酒でも飲みに夜の街に繰り出したのでしょうか。
この分だと綱手さまもそうしてそうですね。
…上、かな?
屋根の上で何やら気配が。
自来也さまと綱手さまかな?
チョイと言ってみましょうか。
とはいえ、先のダメージは綱手さまに治療してもらったとはいえ体に残ってます。
なので、僕は準省エネモードにどろんと化けて、ひょいひょいと柱伝いに屋根の上に登っていったのでした。
僕が屋根の上に顔を出すと、
「せんせーのばっかやろーっ!!」
という、アンコさんの絶叫が響いていました。
とっても近所迷惑だと思うんですけど、別に苦情が繰る様子はありません。
多分、綱手さまの護衛として来た暗部の人たちが風遁辺りでなんとかしてるんでしょう。
自来也さま、綱手さまはそんなアンコさんをやんやと
アンコさんすっかり酒の肴状態。
さて、と。
酔っ払いに混じるのはごめんなので僕はこの辺で…。
ん?
体が動きませんよ?
僕がちょっとあわてていると、体が宙に浮き上がります!
え? 何?
と思って良く見ると、何やら細いものが僕の体に。
あ、これ自来也さまの髪の毛だ。
僕はジタバタしますが、あっさりと自来也さまたちの所に引き込まれちゃいました。
「おお、ブンブク、起きたかのォ」
自来也さまはにやにやしながら僕に言いました。
「僕はおねむなので離して下さい」
そうです、僕はゆっくりと体を休めねばならんのです。
誰かさんのおかげで。
そう言う恨めしげな眼で自来也さまを見たんですが、
「まあそう自来也をいじめるな。
それにお前なら最近の大蛇丸の事を知っているだろう?
それを少し話してはくれないか?」
あれ? 綱手さま? それ機密情報じゃないですか? 自来也さまはともかく、アンコさんに言っちゃっていいんですか?
「構わん、アンコは大蛇丸の弟子だった女だ。
大蛇丸に関しての事なら話してやってくれ、それがアイツの供養にもなる」
いやまだ大蛇丸さんの死亡確認した訳じゃないんですけどね。
せめて音隠れの人たちと接触してからの方がいいんじゃないのかなあ…。
まあいいや。
僕(及び「根」)は困らないし。
そう割り切ると、僕は音隠れにおける大蛇丸さんの(おもしろ)エピソードを披露する事にした。
「ほっほう、奴ぁ小動物好きだったかのォ!」
「そういえば、ワタシが猫と遊んでる時にじっと見ていたけど、あれってうらやましいと思ってたのかねえ」
「先生って子どもとかの面倒見良かったんですよ、意外でもないですって」
「ああやっぱりなあ、あの人きつそうに見えて、身内には優しいところがあったしなあ…」
「え!? まだ何かあるの、教えなさい!!」
「アンコよお、ホントに食いつき良いのォ…」
「あっはっはっ! いや楽しいねえ、あいつの意外な一面ってのかい!? ブンブク、ほかに何かないのかい」
「そうですねえ…、あ! 確かこの辺に…」
「…アンタの茶釜って便利ねえ、いろいろ出てくるじゃないの」
「いやそうでもないですって。
茶釜の直系以上のものだと、いっぺん封印術の巻物に入れてからじゃないと入んないし。
大蛇丸さんのとこのアオダさんの方が凄いんですって!
大蛇丸さん丸々入っちゃうんですから!
…っとこれこれ。
前に大蛇丸さんのやった1対9のハンディキャップマッチの映像資料!」
「ほお、今の奴がどんなもんか、見る事が出来るってことかのォ…」
「ブンブク、早く見せなさいって!?」
「はいはい焦んないで、今流しますから…」
こうして夜は更けていった。
暁 デイダラの困惑
秘密結社「暁」は驚くほどに設備が整っている。
その資金はデイダラ達実働部隊の引き受けている賞金稼ぎや傭兵任務で賄われている、とされている。
そんな訳があるか。
デイダラは暁という組織がそんな程度のもので運営できるほど小さくない事をとうの昔に知っている。
まず、「暁」の情報網だ。
必要な情報がそれほど時を置かずに入手できる、そんな真似が小規模の組織にできる訳がない。
「暁」は100人規模程度の小さな組織ではない。
1000人以上、もしかするとそれ以上の規模の組織であろう、デイダラはそう考えている。
戦闘だけであれば自分たちは1000の軍勢を手玉に取る事が出来る。
上忍レベルの者達でも、数人相手ならば無傷で殺害して見せよう。
しかし、間諜、防諜はそうはいかない。
どうしても1人にできる事は限られている。
影分身でもそうだ。
しょせん分身は分身、己と思考は一緒だ。
どうしても1人の考えには穴があり、分身はその思考の穴を埋めることはできない。
忍は個人の強さが組織の強さを凌駕する、これは正しい。
しかし、組織の大きさが強さであることは間違いなく、集団を凌駕する個人でも、集団の戦い方によってはころりと負けてしまう事があるのだ。
陰謀という分野でそれは顕著だ。
様々に張り巡らされた陰謀の糸にからめ捕られ、古来幾人の猛者が無念を抱えながら死んでいったことか。
そういったえげつない強さをデイダラは「暁」という組織に感じるのだ。
デイダラが「暁」の強さを体感するちょっとした事、その1つが先にあげた設備の整い具合だ。
デイダラの得意とする秘術・起爆粘土。
その破壊力は里1つを十分に破壊しうる。
訓練時はむろんそこまでのものは使用する訳はない。
だが、暁の訓練施設、その修練場ではデイダラはC2クラスのものを使用している。
人1人を殺すレベルではない。
10人以上を巻き込んで、なお余りある爆発力。
その威力を飲み込んで、修練場は耐えうるのだ。
それだけのものを作るのに、どれだけの手間と金がかかるか。
1000万両程度では不可能、そうデイダラは読んでいる。
それだけのものを自分たちが稼ぎ出しているか、と言われると首をかしげたくなる。
ここに角都が生きていればその辺りの話しをさも自慢げに話すだろうが、既に奴は墓の下。
聞きだすのは少なくともデイダラにはできない。
そして、今デイダラがいるところもその整った設備のある場所だ。
デイダラは爆破を旨とする忍だ。
当然己の得意とする起爆粘土を使用した場合、爆風と共に尋常でない量の粉塵が周囲を舞う。
羽織っているものであれば脱いで叩いてその埃を落とす事も出来るだろう。
肌ならば濡れた手拭いで拭えば落ちる。
しかし、髪はそうもいかない。
埃の粒子は細かく、髪の間に入りこみ、払った程度では綺麗に落ちてはくれない。
それ故に、デイダラは風呂を好む。
長髪のデイダラにとって、髪の中に入り込んでくる汚れは非常にうっとうしいものであった。
爆破できるものなら何度でも、そう考えてしまうくらいには。
閑話休題。
そう言う訳で、暁の隠れ家、その風呂にデイダラは来ている。
脱衣所は10畳ほどか。
なかなかに広い空間が用意されている。
デイダラは衣服を抜き、手拭い片手にさて入ろうとして浴室に自分以外の使用者がいる事に気付いた。
小柄な体躯の持ち主だ。
このサイズならば、あいつしかいるまい。
デイダラはあたりを付け、ならばいっしょに入ってしまって問題はないだろう、とそう判断した。
別にお互いを気にするほど親しい訳でもなし、同性なら何の問題もない。
浴室内に入ると予想通り、茶釜ブンブクにそっくりの、しかしその髪は色素が抜けたように白く、眼は血のように赤く。
「聖杯のイリヤ」を名乗る存在がかなり広めの湯船につかっていた。
目はトロンと惚けており、いかにも風呂を堪能している様子。
その表情が全くの無表情、というのを除くと。
ぶっちゃけてしまえば能面を被っているようで気味が悪い。
とはいえ、デイダラはそれを注意してやるほどイリヤを気にしている訳でもなければそういう間柄でもない。
彼はどっかりと丈の低い浴室用のいすに座り込み、湯桶に湯を汲んで汗をかいた体を洗い始めた。
時々聞こえてくる「ほへぇ」とか「むふぅ」とかいう湯を堪能している声は無視だ。
一度そちらを向いてしまった時、能面のような無表情と目があった。
ある意味怪談だ。
デイダラはこれと一緒に風呂に入ったことを若干後悔していた。
体を洗い終えたデイダラは髪をまとめ上げ、手ぬぐいを頭にのせて湯にしっかりと浸かっていた。
この湯は地下から汲み上げた鉱泉を沸かしたもので、いわゆる温泉と同じような効能がある。
沸かすということは燃料を使うか、または火遁で代用する必要があるが、どちらにしてもやはり金がかかるのである。
こういった所に金をかける事が出来る、それもまた暁の資金が潤沢であることを示しているのであろう。
一息ついたデイダラは、イリヤに話しかけた。
どうもこいつといると落ち着かない。
黙っているのはさらに落ち着かない。
そういった、デイダラ自身も良く分からない奇妙な感情から、なんとなく気後れしながらデイダラはイリヤに話を振ったのである。
「なあ、お前確か今日は口寄せをしてたんじゃなかったか、うん」
デイダラの問いに、キリキリと幻聴が聞こえてきそうな感じに首を回し、イリヤがデイダラを見た。
「うん、ボクは今日は口寄せの『下準備』をしてた」
聞き慣れない言葉に、眉をしかめるデイダラ。
「下準備? 口寄せの契約の事か、うん?」
「似て非なるもの。
通常の口寄せは、ある程度形を持っているか、完全に一つの種族として定着している妖物と契約することでそれを呼び出す。
自分から湧き出すチャクラに
故に、ボク自身のチャクラの量が強力ならばより強い口寄せが可能。
今回は8人呼び出す、だから準備にも時間がかかる」
デイダラはイリヤが
ならば本来デイダラと方向性が同じはずなのだが。
この不気味さ、そしてデイダラの感じている忌避感はいったい何なのだろうか。
デイダラが黙りこみ、湯を堪能していると隣から声が掛かった。
「…先に出る」
存在感の感じられない淡々とした声に、十分に温まっているはずの背筋にぞわりとしたものが走る。
「お、おう、そうか、うん…」
声の方を向いてそう言ったデイダラの目に「聖杯のイリヤ」の体が映る。
その時、デイダラの声がピタリと止まった。
「な…」
デイダラの顔が引きつり、大きく目が剥かれる。
デイダラの口から…。
暁の隠れ家の一室にてペインと話しこんでいたトビの耳に、悲鳴とも罵声ともつかない絶叫が聞こえてきた。
「あれは…デイダラ先輩、かな?」
能天気な口調でトビが言う。
ペインはほとんど無駄口を叩かない。
代わりに聞いたのは小南。
「何があったの?
デイダラがあれだけ取り乱す、というのは何かあったのでしょうし…」
「はて、何でしょうかねえ…、あ」
トビは何かに気づいたようだ。
「何か分かったのですね」
小南が尋ねる。
トビは戸惑ったようにこう言った。
「ああ、さっきデイダラ先輩が風呂に行ったのは確認していたんでね、多分イリヤと鉢合わせしたんじゃないかな、とね」
トビの言葉に、小南は首をかしげた。
それのどこに驚く要因があるのか。
男同士であるし、何か問題でもあっただろうか。
その時ペインが声を出した。
「トビ、
トビはその言葉に肯首し、
「そうそう、
そう言葉を続けようとした時。
部屋の扉をけ破り、凄まじい形相のデイダラが乱入してきた。
「あれ? デイダラ先輩どうしたんです? いつものポニーテール結って無いし、ああもうまだ髪がずぶぬれじゃないですか、ちゃんと乾かさないと…」
「うっさいわ! そんなことどうでもいいんだよ、うん!
それよりあれはどういうことか、説明してもらうぞ、うん!!」
デイダラはトビの胸ぐらと掴むと引きつった顔で睨みつけた。
「『茶釜ブンブク』は男だったはずだ! なんで『聖杯のイリヤ』は女なんだ、うん!?」
トビに噛みつくデイダラを制したのはペインだった。
「デイダラ、落ち着け」
ここでペインが介入してくるとは思っていなかったデイダラは、一瞬動きが止まる。
そこですかさずトビはデイダラの手から逃げ出した。
ぴゅう! と音が聞こえそうな動きでトビはペインの後ろに逃げ込んだ。
「デイダラ先輩ちょっと落ち着くっすよ! そんなに睨まれたら喋るものも喋られませんて!? ね」
実際の所、元々デイダラはイリヤを警戒していた。
桁外れのチャクラ、読めない表情と性格、その素性、茶釜ブンブクとの共通点と相違点。
あまりにも「胡散臭すぎる」というものだ。
相方であるトビ、彼が連れてきたというのであれば信用はしてやらなければならんのだろうが、どうも
芸術家でもあるデイダラは何かに束縛されることを嫌う。
自由な発想こそが芸術を高めると考える。
そうであるからこそ、己が目を奪われ、固執する事になったイタチを倒すことで、イタチからの脱却、自由を得んと欲した。
イタチの強さの秘密たる写輪眼、その幻術を克服するために、左目を対写輪眼対策としてその視力を封じ、負荷をかけ、幻術の解除に特化させたのである。
その自由を求める芸術家としての感性が、「聖杯のイリヤ」という存在の歪さに警鐘を鳴らしたのかもしれない。
そして、デイダラはイリヤに対して過剰なまでの警戒感を示した。
その結果が今のデイダラの状態というわけである。
その動揺も、ペインの一言で急速に落ち付いていった。
さすがは暁の頭目、であろうか。
大きく息をつくと、デイダラは改めてトビに向き合った。
「で、あいつはいったい何なんだ、うん?」
デイダラの問いに、
「まあ、小南さんからもおんなじ質問されてますからねえ、答えますよ、あれは、ね…、言ってしまえば『外道魔像からチャクラを取りだす為の蛇口』みたいなもんなんですよ」
トビはそう答えた。
トビが言うには、外道魔像に封じられた巨大なチャクラの塊である尾獣の力、それを引き出すための実験のテストケースがイリヤである、との事であった。
「…つまり、あの馬鹿みてえに強いチャクラはイリヤ本人からじゃなく、外道魔像から引き出されてるってわけか、うん」
「そういうことでっす!
イリヤちゃんは体もちっさいですからねえ、さすがに鬼鮫さんみたいな膨大なチャクラなんて内包出来る筈がないんですよ」
そう、チャクラは「肉体のチャクラ」「精神のチャクラ」とから成る。
修行や経験によって増加するのは精神のチャクラ。
肉体のチャクラは元々の素養によってきまる。
そして体が大きいからといってチャクラが多いという訳でもないが、体が小さく、スタミナが少ない者はそれだけでチャクラが少なくなるのが決定付けられる。
体が大きく、更に細胞に蓄積されるチャクラの量も多い干柿鬼鮫などはそれだけで強者と言われるほどなのだ。
「つまりはイリヤは人ではない、ってことか、うん」
「そうですねえ、外道魔像から切り出した
しっかし、ここにサソリ先輩がいたらどう思ったでしょうね」
まるで生きているような人形、それがイリヤだとしたなら、絡操傀儡になることで永遠を求めた「赤砂のサソリ」はどう反応したであろうか。
イリヤを理想として徹底的な研究をするか、逆に人形から人に堕したものとして忌避するか。
「で、なんでイリヤは女の子なんだ、うん?
どうみても
デイダラはそう聞いてみる。
どうも嫌な感じがするが、これが今回の質問の気もな訳であるし。
「ああ、それはペインさんの依頼でして…」
「そうだ。
デイダラ、お前の言うところの造形元の茶釜ブンブク、あれを参考にした結果、あの者の『我』が強くなりすぎる事が分かった。
『我』を排除する際に、抵抗を少しでも弱める為、様々な変更を行った。
髪の色、瞳の色もそうだ。
そしてその変更点の1つが性別だった、それだけだ」
はいよくできました。
トビは腹の中でそう嗤った。
イリヤの性別を女性格にしたのはトビである。
そうする必要があったからそうしただけであるが、その説明をするとなるといろいろ問題が起こる。
それを厭うたトビが持ちかけて、「ペインからの依頼」であるとペインに説明させたのである。
忍は切り札を晒すことはない。
それが味方であっても。
忍界を憎むトビは、結局の所忍であった。
? とある闇の中で
これはブンブクが音隠れの廃墟で目覚めたあたりの話。
「暇だぜ、おい又旅ぃ、穆王よぉ~」
漆黒の中で「ぐずる」というの行為を体現しているのは砂の寄せ集まったような外見の尾獣が1体、一尾の守鶴。
それに答えるのは、
「そうですか、あふぅ…」
大欠伸をしている青い炎を纏った二尾の又旅。
「…」
白い巨体、五尾の穆王は返事すらしない。
「暇~暇~暇暇暇ぁ~」
「…はあ、守鶴、うるさいです」
いい加減うるさく思ったのか、穆王が守鶴をなじるものの、
「いやだってよおぉっ! さっすがに暇なんだってえの!!」
よほど守鶴は暇らしい。
「やれやれ、なんで君となんですかねえ…、せめて重明辺りがいればまだ良かったんでしょうけど。
又旅がいてくれたおかげで少しはましですが。
まあ最悪、九喇嘛が一緒でなかったのを感謝する位ですかね」
「ああん!? あのクソ狐がどうしたって?」
守鶴は大っ嫌いな九尾の九喇嘛を引き合いに出されてご機嫌が急降下だ。
「守鶴、つまらない絡み方をしてはいけませんよ、下品です」
お淑やかな又旅が守鶴を宥め、
「そうですね、尾獣全体の品位に関わりますからやめて下さい」
それに便乗した穆王がお説教を始めようとした。
「うっせ。
まったく…、うん?」
急に、守鶴が動きを止めた。
不審に思った二尾、五尾の2柱も周囲に意識を配る。
「どうしました?
…おや」
「これは…」
「…これは、…ふむ、チャクラの残滓、とでもいうものですかねえ。
君の眷属ですか、守鶴?」
「ああ、うちの眷属のチャクラを取り込んだ奴がいてなあ…。
そうか、奴ぁ死んじまったかあ…」
「諸行無常、仕方のない事なれど、親しきモノが逝くときはいつも淋しいものですね…」
尾獣達はこの世界において最も永遠に近い存在だ。
そしてそれは、常命の者達との数限りない別れを繰り返してきた、ということ。
彼らにとっては常の事なれど、それに慣れることは
「本当に、って、守鶴? 何しようとしてるんですか?」
又旅が守鶴に疑問を投げかけた。
守鶴はその「チャクラの残滓」、この世界における魂の欠片、とでも言うべきものをその力でかき集め始めていたのだ。
「おお、あんまりにも暇だからよ、この砕けたチャクラをこうよ、繋いで復元してみたら楽しいかなってな」
「そんな、模型じゃないんですから…、でも、まあ無聊を慰めるには良いかもしれませんね」
「だろ」
穆王が守鶴の悪のりに便乗し始めた。
「死者をもてあそぶようで抵抗があるのですが…」
尾獣の中でも「死」を司る、とされる又旅が否定的な意見を出すものの、
「大丈夫だって、オレと穆王にまかせとけって、又旅」
そう2柱に押し切られてしまう。
尾獣たちが戯れに始めた行為。
そしてしばらくの後。
「うーむ、ここって一体どこじゃん!?
誰かいないのかってばよおーッ!」
次話更新は一週間後を予定しております。