閑話 燃えよサクラ
春野サクラは師である千手綱手の前で担当上忍であるヤマトの木遁分身と対峙していた。
サクラは木の葉流の格闘術では見慣れない、奇妙と言って良い構えをしていた。
歩法は通称「猫足立ち」と呼ばれる、木の葉隠れの里でもまあ見る立ち方だ。
奇妙なのはその腕の構え。
胸の前に軽く腕を突き出すその型は珍しい訳ではない。
手首を軽く下げ、人差し指と中指、親指を突き出し、薬指と小指をたたんだ手の構え。
この世界の人間は知るまいが、「
「ではサクラ、今までの成果を見せてみろ」
綱手がそう言う。
「はいっ、師匠!!」
サクラはそう言うと、ヤマトの分身へと一気に間合いを詰めた。
なぜこのような事になっているか、それは時間をだいぶ遡ることになる。
サクラはサソリとの戦いの後、自分の修行不足を実感していた。
サクラは千手綱手という超一級の医療忍者の弟子となった。
また、チャクラの集中をも学び、単純打撃では木の葉隠れの里の中でも10指に入る威力を叩きだすだろう。
…しかし、サソリには通じなかった。
チヨ婆が、そしてブンブクとテンテンがいなければ、確実に敗北していただろう。
己は医療忍者であるから、などと言っていても敵は待ってくれない。
今、サクラが、そしてナルトが追っているのはうちはサスケなのだ。
自分は戦えない、ではナルトの負担が大きくなるだけ。
サクラは自分なりの戦闘スタイルを構築する必要を感じていた。
「…って感じなんだけどね、何かないかなあ」
サクラは戦い、こと格闘戦において、1つのスタイルを作り上げていた。
忍は直線的な戦い方をする。
これはチャクラの戦闘運用で超火力を叩きだすことのできる方法を持つが故である。
出来るだけ早く忍術、幻術、体術を相手に叩きつけることで、戦闘の時間を減らす。
それは疲労を減らし、それは生きながらえる確率を増やすことでもあった。
しかしそれだけに、忍びの戦い方は木の葉流剣術などで学ぶフェイントや受け流しの技術には案外と弱かったりするのだ。
忍のように、様々な技術を学ぶ必要のある専門職は、ひたすら一芸を磨いた者と対峙する時、真っ向から当たれば敗北は必至なのだ。
サクラは日向ヒナタやネジ、ロック・リー、月光ハヤテ上忍など、体術の実力者の意見を参考に円の動き、柔拳の動きを格闘技術に取り入れ、フェイントを多用して必殺の連撃を相手に叩き込む体術を一応の完成を見るまでに鍛えていた。
しかし、それだけでは足りない。
サクラはそう考えていた。
もう1つ、この動きと全く違う直線的な動きによる格闘技術。
円の動きと直線の動きで敵を翻弄する、この考え自体は綱手にも好評であった。
しかし、問題はこの直線的な動きによる
相手に「直線の動きは見せ技、はったりである」と認識されない為にも、相手への脅威となる技がいる。
無論、桜花衝などは十分にその役目を果たせるだろう、問題はそこに至るまでの「直線の動き」にある。
桜花衝などの動きの大きい技に持ち込む為の動きが「直線の動き」では難しい。
もっと動きが少なく、一瞬で相手の間合いに入って打ち込む技がいる。
悩んだ挙句、サクラはこう言う時に頼れる「弟分」である茶釜ブンブクに聞いてみることにした。
「むー、そうだねえ、んじゃ姉ちゃんの出来ることからなんか割り出してみようか?」
ブンブクはいつもの通り、「じゆうちょう」を引っ張りだすと、サクラにいろいろと質問をしだした。
大体1時間ほどだろうか、茶菓子を食べながら雑談交じりで勧めた話し合いでノートはすでに見開き1枚分が真っ黒に見えるまでに描き込まれていた。
2人はそれを見ながら頭を捻った。
「うーん、動きを止めないようにしつつ強力な打ち込み、かあ。
今までの姉ちゃんの戦い方からするとちょっと難しいね」
ブンブクがそう言う。
元々、サクラの一見馬鹿力に見えるものはチャクラの集中による瞬間的な身体強化である。
つまりは瞬間的な集中、戦闘時はその一瞬に隙が出来る。
師である綱手はこれを経験でカバーしている訳だが、サクラにそれを求めるのは酷だろう。
そもそもサクラは忍の家系ではなく、戦闘に関する才能が高い、という訳でもない。
サスケを追うべく必死に腕を磨いた結果なのである。
「円の動き」に関して言えば、その動きの中にチャクラの集中を含めることでその隙を埋めることに成功している。
しかし、「直線の動き」には、少なくともサクラの身体能力ではそれを埋めることはできなかった。
その為、「チャクラの集中」抜きでも相手に大打撃を与える技がほしいのだが。
「…やっぱり無理かなあ、何とかしたかったんだけれど」
ついサクラも弱気になる。
ブンブクは頭を捻り、
「姉ちゃんの本分である医療忍術を武器にできると良いんだけどね。
チャクラメスとか」
「ああ、それ無理。
チャクラメスってやたらと扱いが難しいから」
ブンブクは首をかしげ、
「あれ? 兄ちゃんから聞いた話だと、音隠れの薬師カブトさんってチャクラメスを戦いに使ってるって…」
そう言うと、
「ああ、あんな無茶な使い方が出来るっておかしいから!
チャクラメスを武器にするんて、どんだけの天才なのよ、あのカブトってやつ!!」
サクラはそう喚いた。
チャクラメスはただ手の切っ先にチャクラの刃を形成する、そんな術ではない。
実際、手刀に添わせる形でチャクラを形態変化させる忍術は存在する。
チャクラの量によっては普通の得物よりもよほど切れ味が良い、が、結局はチャクラによる防御で弾かれる代物だ。
昔からある忍術であるだけに防御方法も確立していたりする。
チャクラメスはそんな甘いものではない。
手の切っ先に集めたチャクラ、それを患者の体内で具現化、体表に傷を付ける事無く、患部だけを切断する術法である。
それを戦闘に使おうとするなら、人体への深い造詣と豊富な臨床経験、極度の集中が必要になる。
短冊城にて行われた「三すくみの戦い」において、カブトは医療忍者として、また毒使いとして一級の腕を持つシズネをチャクラメスを似って戦闘不能に追い込んでいるが、その際には足の腱だけを切断する、という離れ業を見せている。
このように、体の特定の部位にのみダメージを与えることのできるチャクラメスだが、逆を言えば、人体に精通し体のどこにダメージを与えるか、そして正確にその部位にチャクラ通す事が出来なければ、チャクラメスは相手にダメージを与えられない代物なのである。
それを戦闘で使えるカブト、その忍としての技術が卓越している事の証左と言えよう。
そしてサクラにはそこまでの経験はない。
「う~ん、そうなると、と。
…姉ちゃんってさ、白眼ほどではないにしても、チャクラの流れって理解してるよね?」
「そうね。
医療忍者として、チャクラの流れは必ず勉強するしね」
今の医療が忍術を併用するものである以上、患者のチャクラの流れを把握するのは医療忍者としては当然だろう。
「日向の柔拳って、体のチャクラの流れを寸断する技だけどさ、そこまでいかなくても、打撃によって、そうだなあ、『八門』に通じる大きめのチャクラの流れを阻害する、とかはどうかな?
あ、それなら確か…」
「うん、『乱身衝』の術ね。
あれならまだ実戦レベルじゃないけどどうにか使えるわ」
サクラは暗い道に明かりが射したような気分になった。
乱身衝程でないにしても、相手の動きを制限出来る技ならば、何とか組み込めるのではないか、そう考える事が出来た。
更にブンブクの言葉は続く。
「それだったらさ、相手のチャクラを乱すことで、チャクラの暴走って意図的に狙えないかな?
打ち込んだ後で『お前はすでに死んでいる』とか言う感じで」
「…あんたねえ、どんだけ高度な事を要求してんのよ。
上忍だってそんなこと出来ないと思うわよ」
サクラの呆れた口調に、
「まあそうなんだけどさ、でもね、サクラ姉ちゃん。
上忍の人たちって、一芸の達人であることが多いんだよね。
体術のガイ師匠とか、幻術の夕日紅上忍とか。
もちろん他の分野も一通り抑えてる人がほとんどなんだけどさ。
不思議な事に、複数の分野、例えば忍術と体術とか、組み合わせる人ってあんまり多くないんだよね。
ボクの知ってる限りじゃはたけカカシ上忍の『千鳥』なんかは体術と忍術の組み合わせだけどさ、他はあんまり聞かないんだ。
だから、カブトさんのやってる医療忍術と体術の組み合わせとか、そういうのって姉ちゃんの武器になると思うんだけどなあ…」
確かに、サクラは一時期自分のスタイルを作り上げるのに、友人でありライバルでもある、いのと同様に様々な分野に手を出していた。
そこから千手綱手という師匠を見つけて医療忍者の道を進み始めた訳だが、その過程で学んだことは今の所中途半端であり、あまり使われない無駄と感じていた。
それが武器であるとブンブクは言う。
ならば…、
「ん、そうだね、ちょっと考えてみる」
サクラはブンブクにそう告げた。
そして数ヵ月後、サクラはまだ悩んでいた。
医療忍者として、チャクラの流れは掴んでいる。
また、体術使いとして、大体どこに打撃を与えればチャクラの流れを乱す事が出来るか、も掴んではいる。
問題はチャクラの集中なしに十分な威力で打撃を与える事が出来ないことである。
どうしたものか…。
その時だ。
「な~に悩んでんだ? サクラ…」
そう声をかけてきたのは…。
「カカシ先生!」
そう、
現在の担当はヤマト上忍である。
カカシはいつもの如く、忍び装束をだらっと着こなし、片手に「いちゃいちゃタクティクス」という、瑕1つが全ての優点を覆い隠してしまうダメンズぶりを発揮していた。
こんなんだからいつまでたってもブンブクのお母さんがお見合い話を持ってくるんだなあ、ナカゴさんナンブさんとさっさと結婚して正解だったんだね、なぞとえらく失礼なことを考えているサクラの様子を怪訝に見ながら、カカシは「よっ」と軽薄そうに片手をあげた。
サクラはカカシの人柄や今までの実績から、「信用」はしている。
ただ、普段のいい加減さや女子の前でエロ小説を読むデリカシーの無さからいまひとつ「信頼」出来ないでいた。
とはいえ、「千鳥」という体術と忍術のハイブリッドを発想した人物でもあるし、1つ相談してみるのもありかもしれない、が。
サクラが頭を捻っていると、
「そんなにオレって信じらんないかなあ?…」
ちょびっとしょんぼりした顔をするカカシ、いや、覆面で表情は見えないのだが。
あ、これはめんどくさい。
すねた大人ほど面倒なものがない事は、今の自分の師匠で散々理解しているサクラは、あわててフォローに走った。
「そ、そんな事無いですよぉ、カカシ先生にはとってもお世話になってますし、頼りにしてますって…」
内心、内なるサクラが、
“めんどい大人! しゃーんなろー!!”
とか喚いてるけど気にしない。
「本当に?」
とか聞いてくる
どうやら納得したらしいカカシは、サクラの悩みを聞きだしていた。
「ふむ、そっかあ、確かにサクラはチャクラの量は大したことはないし、特定の分野で抜きん出た才能はないねえ…」
カカシにそう言われ、地味に落ち込むサクラ。
「でもね、自分の特性を生かそうとしてサクラはいろんな所に手を出したでしょ?
それは絶対にお前の武器になるよ。
それはオレが保証する」
カカシはそう続けた。
サクラの心にポッと明かりがともる。
それは、下忍時代に世話になったから、だけではない。
当代一級の実力者に認めてもらえた、ということでもあった。
「でさ、ちょっとブンブク君とまとめたノートっていうのを見せてくれない?
そこから何か助言が出せるかもしれないし」
そう言われてサクラは「じゆうちょう」を引っ張り出してくる。
「これなんですけど…」
「へえ、今は花なんだねえ、オレん時はカブトムシとかだったんだけど…」
カカシはそこに書かれている記述を見て、
「この複数系統の統合とか、打撃によるチャクラの撹乱って…」
サクラがブンブクに言われたことを説明する。
「うん、サクラの説明は分かりやすいな、ナルトのとは違って。
なるほどね、忍術と体術、医療忍術なんかの融合ね。
そうなると、各分野の得意な奴だと…」
カカシは頭の中でサクラの役に立ちそうな者達をピックアップしていった。
しばらくの後、
「うん、サクラ、今から時間あるかい?」
「はあ、大丈夫ですけど…なんですか?」
サクラは不安があった。
こう言う時のカカシは結構な無茶をする。
自分から降った話しながら、後悔する事にならないと良いが。
うわあ…。
サクラは後悔していた。
これは、きつい。
いま集まっているのはサクラとカカシ、そして。
なんというか、凄まじい。
体術のエキスパートであるマイト・ガイ。
里にいる幻術使いとしてはピカ一の夕日紅、この時期は結婚はしたものの、引退する直前であり、まだ夕日姓を名乗っていた。
神経系への攻撃を行う秘伝を持つ山中一族の長、山中いのいち。
そしてサクラの師匠である千手綱手と、その肩を並べる当代随一の忍である自来也。
カカシはこれだけの面子をあっさりと集めてきたのである。
本当に、当代随一を集めてきたのである。
“伝説の三忍とかあ、エリート一族の長とかあ、なんなのよ! しゃーんなろー!!”
内なるサクラもパニックを起こしている。
とはいえ、そのおかげで表のサクラは辛うじて混乱している、程度で済んでいる訳だが。
大人達の話はサクラそっちのけで進んでいる。
「で、どうよガイ? キミんとこの弟子の考えは」
「はっはっはっ! 面白いじゃないか、これは!!」
「そうね、体術を基本に、医療忍術での攻撃ね…、じゃあ幻術使いとしては…」
「なるほど、ならば打撃の際に打ち込むチャクラの量もかなり抑えられるかと…」
「む、なるほど、乱身衝の簡易型で…」
「なら、全体としてのまとめはのォ…」
大人6人が1冊のノートを囲んで好き放題好き勝手言っているのだが、いのいちがうまくまとめている為に、何やら形になっていくようにも見える。
サクラはやる気になったカカシの恐ろしさを知ることとなった。
綱手は元部下であるサクラの為に全力で動いたカカシを見直していた。
カカシは受けた仕事に手を抜くことはない。
しかし、それはいつも過不足なく、というのがぴったりな程に加減している。
カカシは頑張る、という事がとにかく嫌いだ。
まるで、「頑張らない事を頑張っている」ようである。
これは、彼の生い立ち、そして喪失にあるのだろう。
当時超一流の忍でありカカシの目標であった父を誹謗中傷にて失い、更には友人であった同僚達をも失った。
気力を完全に失って、なおカカシは一流の忍であった。
「写輪眼のカカシ」「コピー忍者のカカシ」の名は、友より譲られた写輪眼の力のみではない。
写輪眼で解析された術をその一瞬で理解し、相手より早く発動して相殺、もしくは逆に撃破するなど、既に人間業ではない。
大蛇丸とて召喚に事前の交渉と契約が必要な口寄せを主体として戦わないのであればカカシを倒しきれない可能性すらあるほどの腕なのだ。
そのカカシが全力で動いたという事は、やはり後悔からなのだろうか。
うちはサスケの木の葉の里抜け、その前後の行動を鑑みるに、カカシの一言が決め手になっている可能性が高かった。
復讐は何も生まない。
カカシにとってそれは実体験から来る金言である、しかし、復讐を糧に生きてきたサスケにとってはおためごかしの言い訳にしか聞こえなかったのだろう。
カカシは悔いた。
その結果としてナルトやサクラに若干過剰なまでの保護欲を抱えてしまっていた。
その気持ちが行き詰まり苦悩するサクラに対して発動した、と考えるのは行き過ぎだろうか。
このやる気が里全体に向けば、火影すら狙える逸材であろうに、綱手はそう考えるのである。
サクラは実験台にされた。
丁度良い事に(サクラにとっては不幸な事に)、サクラは忍術、体術、幻術と一通りの訓練を積んでいた。
実際、医療忍術は全てのジャンルの総合技術でもあった為である。
ガイの組み上げた体術及び体捌き、カカシによる忍術の形態変化を突き詰め、打撃の威力の増強が組み込まれた。
いのいちは身体への効率的なチャクラの浸透を仕込んだ。
綱手と自来也は全体の監修だ。
そして。
「ここに面白い事が書いてあるのよ…」
紅がノートの一文を指した。
そこには「打撃による身体保有チャクラの流れの混乱(お前はもう、死んでいる)、忍術? 体術? 幻術?」とあった。
紅はカカシに話しかけた。
「紅さん、どゆ意味?」
「ここに幻術、という文字が書いてあるってことはね、ブンブク君って『打撃による幻術の行使』の可能性に触れてるのよ」
「!?」
カカシは絶句した。
カカシとて並み以上に幻術は使う。
とは言え、あくまで並み程度。
幻術に関しては「幻術の解印」程度にしか実戦では使うことはない。
実際、幻術は同格以上の相手には非常に使いづらい。
これは格が上がれば上がるほどそうだ。
格が上がるということは、経験を積む、ということでもある。
こと幻術に関しては幻術をかける方法を経験によって回避されてしまう可能性が高いのである。
経験を積んだことで、幻術の仕掛けを経験し、どうすれば無効化できるかを把握されてしまう、そうなると、幻術の仕掛けをまた工夫する羽目になり、またそれを経験され無効化される。
力づくで仕掛けるなど、よほどの格の違いが無いと不可能。
例外として写輪眼の幻術眼などがあるが、これは生来の能力である。
故に幻術使いは、幻術の仕掛けの方法を複数持っているのが一般的であるが、そのプロフェッショナルである紅も、接触による皮膚感覚からの幻術の仕掛けには考えが至っても、「打撃」によって幻術を仕掛ける、という考えには及ばなかった。
これは特化型の弊害であろうか。
紅はお世辞にも格闘戦が強いとは言えない。
せいぜいがカカシの幻術程度の腕しかない。
それ故に、打撃を与えた際に幻術を仕掛ける、という考えを面白いと感じたのだろう。
「特定の部位への打撃を加え、その時のチャクラの乱れを利用して特定の効果を発揮する幻術をしかけるの。
かなり限定的だけれど、そうであるが故にチャクラの消費も少ないし、チャクラの制御さえうまくいけば絶大な効果を発揮できると思うわ」
サクラはチャクラの制御に才能がある。
さらに、かなり前の事になるが、カカシがサクラに幻術の才能があることを見抜いていた。
それらを組み合わせ、ついにサクラのオリジナル忍術が完成する事になったのである。
サクラは修練に修練を重ね、ついにその術をものにした。
その成果を今、綱手とヤマトの前に披露したのである。
この術を習得出来るのはサクラだけであろう。
医療忍術を習得する際に、体術、忍術、幻術を同レベルで習得できていたサクラだからこそ習得できる術だ。
ナルトも、サスケですら不可能な奇跡のバランスの上に成り立った術。
サクラの背後、
ヤマトの木遁には異様な破砕痕があった。
まるで幾百の拳に乱打されて様な、内側から弾けた様な、内と外からの同時攻撃を受けたような傷。
サクラには一瞬でそれだけの打ち込みをする拳速はない。
ナルトならば「多重影分身の術」などで可能なのであろうが、逆に彼は体の内側からダメージを与えるような器用な攻撃はできないのだ。
これぞ、
「木の葉秘伝・
木の葉隠れの里を代表する術者が合同で作り上げ、その粋を集めた。
忍術、幻術、体術に医療忍術、更には通常の忍びが知るはずもないそれ以上の術の要諦まで。
そしてかつ、サクラのように良く言えば万能、悪く言うなら器用貧乏であり、かつ精密なチャクラコントロールが可能な者にしか習得できない術の完成であった。
「さてサクラ、もう1つの方も見せてもらえるか?」
目の前には同じくヤマトの作った人形がある。
こちらは分身ではなく、かなりの強度を持たせた木製の人形である。
“じゃあ次、お願いね”
“まかせて!”
サクラの顔つきが変わる。
より気が強く、凶暴な気を纏って。
動きすら変化する。
「かはぁぁぁぁ、っしやー! んなろー!!」
一吼えすると、一気に的へと走り出す。
ひゅんひゅんと風鳴り音すら放ち、ランダムな軌道を描きながら標的に近付き、一瞬で相手の懐に飛び込む。
そして、
「…サクラ、やり過ぎだ」
サクラの連撃で、気がつくと木の葉隠れの里にある修練場の1つ、それが完全に破壊されていた。
「しかし、見事なものだな、ワタシにすら別人にしか見えん」
綱手はサクラにそう言った。
これはどういう意味か。
サクラの「円の動き」と「直線の動き」、これは全く動きが違う。
のみならず、同じ体であるのにも拘らず、歩幅、呼吸、全てが別人の如く変るのである。
まるで一瞬にして人が入れ替わるかのように。
戦いにはテンポ、というものがある。
相手の動きを読み、合わせて一気にカウンターで仕留める。
消耗の少ない戦い方で、忍の中では比較的一般的な戦い方の1つである。
これがいきなり別人の動きをすればどうか。
合わせようと思っていたタイミングが狂い、相手の攻撃を無防備に受けてしまう可能性があるのだ。
本来の主人格である「表のサクラ」そしてサクラの別人格である「内なるサクラ」、2つの人格を切り替えることで、サクラは2通りの戦い方が出来るようになった。
冷静さを主体とした表のサクラが医療忍術を主とした「直線的な戦い方」。
アグレッシブな内なるサクラがフェイントとチャクラの集中による極大火力の連撃を主とした「円を主体とした戦い方」。
サクラはこの2つを使い分けて闘う、サスケへと届くように。
その為には自分の特性をフルに使いきる、そしてナルトと共に、サスケの前に立つのだ。
サクラはついに己だけの武器を手に入れた。
「…次こそは、ワタシの思いをサスケ君に届かせる!!」
“しゃー!! んなろー!!!”
サクラはぐっと拳を固めた。
閑話 蛇+1
「うらあっ!!」
長大な刃物が中年男性を襲う。
刃物をふるう少年は男の手、足を重点的に狙う。
戦術的には間違いではない。
剣術でも「籠手切り」「脛切り」は各流派の必殺技として存在しているのだ。
だが、それは突きや首切り、袈裟切りなどを交え、フェイントを仕掛けつつ行うから効果があるのだ。
少年の剣閃は鋭い。
しかし、その長大な得物を扱いかねている感もある。
「…そんな一本調子じゃ」
男がそう言った時、その手に握られた鉄の棒が巨大な刃物「断刀・首切り包丁」の刃の付け根を叩いた。
その衝撃で、首切り包丁の軌道がぶれる。
振り回していた少年、
その隙を逃さず、男は水月の腕をつかみ、背負い投げで投げた。
頭部と肩が同時に叩きつけられ、首があらぬ方向にねじ曲がり、
びしゃ!!
まるで水風船を思いきり地面に叩きつけたように、水月は弾けた。
水化の術。
己の体を水と化す水月の忍術だ。
ぬめりと弾けた水が集まり、水月を形作っていった。
「水月、君の動きはあまりにも単調だ。
動きに緩急をつけた方がいい。
それから、今後もその巨大剣を使いこなしていく気なら、だ。
きちんと素振りくらいはして、剣の特性は把握しつくしておいた方が良いな」
中年の男性、名を「名張の四貫目」という。
忍の世界でも名の売れた実力派であり、しかしながらその顔を誰も知らない、という実に忍らしい忍であった。
何故にこの男が、うちはサスケの率いる「蛇」の中にいるのか。
それはサスケの人選にある。
きっかけは薬師カブトの「サスケの動向を確認しておきたい」という命を受けたのが四貫目だった事である。
四貫目はサスケの気をひかない距離でつかず離れず彼を尾行していった。
そして、
「…あれは駄目だろう」
そう結論付けた。
1人目、鬼灯水月。
霧隠れの里において天才の名をほしいままにした忍者鬼灯満月の弟にして「鬼人・再不斬の再来」とまで言われる神童。
独特の水遁忍術を使う。
2人目、
赤髪、赤眼の、どうやらうずまき一族に関係のある女の子。
感知能力が高く、四貫目は彼女の参入以来、さらに距離を置いて追跡せざるを得なかった。
3人目、天秤の
大柄な青年。
穏やかそうだが何らかのトリガーを発動することで凶暴化する。
戦闘能力はこの中でもぴか一。
単純戦闘能力、調査能力で言うなら、大蛇丸が確保していた人員の中でもかなり優秀な人物をサスケは手に入れたと言えるだろう。
…ただし、それはサスケがこの面子を使いこなせるのなら、である。
戦闘能力が高い、非常に結構。
調査能力が高い、うちはイタチを追うには重要だ。
ただし、それは「誰を調べればいいのか」「どこを調査すればいいのか」を集団の長であるサスケが分かっていれば、の話だ。
サスケは役に立つ手駒を手に入れたつもりなのだろうが、その手駒をどう使えばいいのか、その為の知識がサスケにあるのか。
答えは否。
サスケはイタチを一対一で倒す事に拘った。
ならば、いわゆる上忍としての指揮能力、情報を精査する能力と言うのはどのようにして鍛錬したのか。
サスケはコミュニケーション能力が高いとは言えない。
何故なれば、1人で何でも出来てしまう為。
誰かと共同でなにかをしよう、などと思わなくても1人で出来てしまうのだ。
その結果、自分1人で動く事は出来る、しかし、それは優秀な「中忍」の動きだ。
上から与えられた情報を自分なりにかみ砕いて理解し、完璧に任務をこなすのが「実働部隊の忍」の仕事である。
ならば目的があり、その為にどうすればいいか、何処からその情報を持ってくる事が出来るのか、誰と交渉すべきなのか、そういった外交的な事、組織の上部としての経験は組織の中で揉まれる事でしか身に着く事はないだろう。
サスケにはその機会が与えられなかった。
本来であれば、学校という所はそう言った外交、交渉技術を自然と学ぶことのできる場である。
その中で、サスケは一人黙々と戦闘技術を磨いていった。
木の葉隠れの里を抜けた後でも大蛇丸に要求するのは戦闘技術の向上のみだった。
サスケが曲がりなりにも「蛇」のメンバーと関わる事が出来ているのはカカシ班でうずまきナルトや春野サクラと関わっていた為であろう。
とにかくサスケには経験が足りない。
このままではイタチに辿り着くどころかあっさり木の葉隠れの里の忍と交戦状態になるだろう。
いくらサスケが強いと言っても今の所特別に優秀な忍、というレベルに収まっている。
このレベルの忍ならば滅多にいない、つまりはある一定以上は存在しているのである。
その程度の力の忍なれば、優秀で層の厚い木の葉隠れとの戦いになれば消耗戦の末すり潰されるのは目に見えていた。
その事をサスケは理解しているのか。
彼は若い、自分が勝負にすらならない高い壁に向き合っている事は考えもしないであろう。
四貫目は何故かここでサスケに力を貸さずばならない、そう思ってしまったのだ。
名張の四貫目。
田の国にあった名張の里、そこで生まれた彼は、幼少より目立たず、誰より優れた所もなく、万年3番と軽蔑される男だった。
忍の世界はなにか1つ飛び抜けたものがあるか、全てにおいて優秀な人材がもてはやされる世界だった。
四貫目、という名は二つ名である。
この二つ名も飯が食い溜めできるという、忍術ではなく異能よりのモノであり、どちらかというと蔑称であった。
それが彼にとっては都合が良かった。
彼はどんな任務でも必ず生きて帰ってきた。
彼を捨て駒とする任務でも、本来ならば必ず死ぬであろう任務でもだ。
彼の特性は名張一族の身体強化でも、忍術体術幻術の巧みさでもなく、どんな状態でも目立たず、そして生き残って帰還する生存能力の高さにあった。
彼は老いた後、いつの間にか伝説の忍として忍界に名を残すこととなった。
その彼がサスケを放っておけない、それはどういうことなのか。
四貫目本人にも分からない事だった。
四貫目は4人の前に姿を現し、自分の有用性を説いた。
そもそもこの4人には生活能力が欠けていた。
辛うじて料理の出来るのが香燐のみ。
後は三食兵糧丸で済ませようとするなど、流石に問題であろう。
四貫目には年齢相応にそう言った日常生活の能力があった。
また、年齢を重ねたことで様々なコネを持っており、それはうちはイタチを探すのに役立つだろう。
少なくとも、4人にはそのようなコネは存在しなかった。
里から逐電したサスケ、水月。
里が壊滅した香燐。
自身の暴走を止めてくれる大蛇丸の元に行ってから全く外に出ていない重吾。
…まあ無理だろう。
よくもまあこれだけコネクションの形成できない面子を集めたものだ。
四貫目の参加は、重吾が若干ごねた程度ですんなりと決まった。
元よりサスケは情報収集に不安を抱えていた為であり、四貫目の参入は渡りに船であったのである。
…そして四貫目は、
「なにやら孫が4人も出来た気分だ…」
穏やかな目をしながら自分の孫、もしくはひ孫ほどの年の離れた面子を見ながらそう言うのである。
何故ゆえに、自分がサスケを気にするか、それを理解しないまま。
NARUTOの初期において、サクラというキャラクターは、
内なるサクラ、
幻術の才能、
という設定がありましたが、残念ながら後半には生かされませんでしたね。
それを組み込んでみたらこんな風になりました。
実際にどんな技化は後日実際に戦いになった時に披露されます。