NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

56 / 121
第53話

「ふうぅ…」

 うちはサスケさんが雷遁のチャクラを左手に集中させます。

 的となるダミーとの距離は10メートルほどでしょうか。

 はっきりと目に見えるほどになったチャクラはバチバチと白く、黄色く輝いています。

 空気の焦げる匂い、バチバチがさらに高音になり、チチチチチと幾千の鳥が囀るような、独特な音がし始めました。

 この雷遁の塊のようなチャクラを回避できないほどの高速移動を以って相手に叩きつける、それがサスケさんがはたけカカシ上忍より授けられた体術、「千鳥」です。

 今サスケさんが試そうとしているのはその千鳥の強化版、というのでしょうか、今までサスケさんが培ってきた様々な技術の要諦を組み込んで再構成した、いわば「サスケ版『千鳥』改」ってとこですね。

 今までだと、相手からの攻撃を受けないよう、低い姿勢から走り出し、下から斜め上に突きあげるように左腕を打ち出していました。

 これははたけカカシ上忍が自分が最も使いやすいように、自分にあった体さばきを追求した為に出来上がったスタイルな訳です。

 で、これをサスケさん用にカスタマイズしちゃおう、というのが今回の目論見な訳ですね。

 チャクラによる身体強化の得意な人たちとチャクラのからアドバイスを貰い、チャクラを左手に集中する際の流れをいじってみて、身体内のチャクラの流れを千鳥を形成するチャクラの流れに組み込んでみました。

 今までは「千鳥を形成するチャクラの流れ」と「(主に脚部の)身体強化をするチャクラの流れ」を別個に作っていたのを統合したんですね。

 これは「研究班(仮名)」の皆さんの貢献も大きかったようです。

 こういうロジックなところって忍里ってのは弱いんだそうで。

 統合的かつより深い知識が必要なんだそうです。

 そう言う点では大蛇丸さんをはじめとした研究班は学術的頭脳として優秀な人たちばかりが集まってできてますから。

 後は常識さえあればねえ。

 1人だけ頑張ってらっしゃる先生がいますけど、ま、大体非常識の塊みたいなもんなんでしょう、研究者って(えらい失礼)。

 でも、これのおかげで千鳥の発動がかなり速く、しかも今までよりも術者の負担が少なく発動できるようになったそうです。

「『千鳥』オートマ限定版」って感じなんでしょうかね。

 発動がたやすくなった分、消費するチャクラの量は増えたんですが。

 …僕レベルのチャクラ保有量じゃ無理だそうですけどね。

 現在の音隠れの里の上忍クラスってチャクラ保有量が多い人が結構、というかほとんどだったり。

 年齢的に若い人が多いので、例えば人材の層の厚い木の葉隠れに比べれば経験という点では弱いんだろうけど、そう言うのをひっくり返しかねないほどチャクラの量、質共に高いんだよねえ。

 …何というか、ものすっごいうらやましい。

 これとは別に、対写輪眼用に各要素を別々に起動する、「サスケ版『千鳥』マニュアル操作版」とかもあります。

 効果は全く一緒なんだけどね。

 写輪眼持ちはチャクラの流れから発動する術を解析、コピーしちゃう力がありますんで、それをかく乱するために、ね。

 まあぶっちゃけうちはイタチさん対策な訳ですが。

 慣れてくると、こっちの方がいろいろ応用は効きそうです。

 

 …なんて考えている間に、術の使用試験が始まるようです。

「じゃあサスケ君、始めてください」

 と、号令をカブトさんがかけます。

 カブトさんもすっかり音隠れの里の実務トップが板に突きましたね。

 大蛇丸さんも最近はサスケさんとの訓練と、研究班との忍術研究に没頭してらして、里の運営に関してはカブトさんにまかせっきり、という状態です。

 カブトさんも大蛇丸さんや里のみなさんから頼られるのがまんざらでもないように見受けられますね。

 なんかこのまんま里長カブトさんで良いんじゃない?

 大蛇丸さんは特別顧問かなんかで。

 そしたらサスケさんが次期里長とかでも良いかもね。

 それはさておき。

「ふっ!」

 サスケさんが走り始めました。

「千鳥」独特の非常に低い姿勢での走破、ではなく、右手で抑え込むようにした左腕を体の後ろに隠すようにして、右肩を前に出すようにしながら標的に近付くほど前傾、沈み込むような重心の取り方です。

 そのスピードは本来の「千鳥」に比べればゆっくりに見えるかもしれません。

 しかし、その距離が3メートルほどに縮まった時。

 いきなりダミーの胴体部分が消し飛びました!

 その背後には左腕を振り切ったサスケさん。

 今の一瞬で3メートルの距離を縮め、「千鳥」をダミーに叩きつけたということでしょう。

 僕たちはそれなりの距離を取ってこの実験を見学しています。

 だから、高速移動とはいえ、その打撃の瞬間を見逃すって事は、受ける側からしたら何をされているか分からない間に死んでいる、ということに等しいんです。

 見ていた僕たちは唖然とするしかありませんでした。

 

 

 

 チャクラを左手に集中させ、「千鳥」の発動準備を整えたサスケは走り始めた。

 最初は普通に、徐々に前傾姿勢に。

 そして3メートルほどに的が迫った瞬間、サスケは全身の流れているチャクラの流れを操作した。

 脚力の強化と各関節部の強化。

 体の関節部分をチャクラで強化することで、千鳥を的に叩きつけた時の半作用による身体ダメージを軽減する為である。

 走方はサスケの頭部の位置を的である敵からずらすことによって、敵がサスケとの距離を読み違えるように計算されている。

 そこから身体強化と、雷遁を地面と足の裏に流し、電磁場の反発力を利用する事で一気に加速をおこなった。

 前傾姿勢を取ることで加速と重力を味方につけ威力を増加する。

 そこからただ一直線に左腕を伸ばすのではなく、腰の捻り、肩の捻りを加え、腕を内側に捻るようにして繰り出す。

 腕の軌道は肩の上から振り下ろされるような螺旋の軌道を描き、そして、

 

 ぼっ

 

 あまりにもあっけなく的ははじけ飛んだ。

 見るものが見るならば、はじけ飛ぶ的の破片がまるで螺旋を描いているように飛び散ったのを確認できるだろう。

 左腕を突きだし、人間ならば胴体部分が微塵に砕けた的の後方に、まるで残心でもしているかのように佇むサスケ。

 サスケに大蛇丸が声をかけた。

「どう、サスケ君。

 それが今の、アナタの為の『千鳥』の完成形よ。

 的の強度は上位忍術のダメージに耐える程度に設定しておいたけど、今のアナタとその『千鳥』ならば、撃ち抜けないものは存在しない、と言えるレベルね」

 呆然としているようにも見えるサスケが答えた。

「ああ…、そうだな…」

 呆然としていた顔が、いつもの無表情に戻っていく、いや。

 見るものが見れば、まあ音隠れの者たちならば大体は分かるのだが、今のサスケの顔は無表情に見えながらかすかに興奮に赤らんでいた。

 それを見ないふりをして、大蛇丸はサスケに問うた。

「で、サスケ君。

 今のアナタなら、この術になんと名付ける?

 はたけカカシから伝授され、完全にアナタのものになったこの術を?」

 若干皮肉気にそう言う大蛇丸に対し、サスケはしばらく考え込んだ後、

「そうだな、『音隠れ体術秘伝・ねじり千鳥』とでもしておくか…」

 そう言った。

 かつてうずまきナルトに対し、圧倒的なコンプレックスを抱えてしまったサスケ。

 自身よりもナルトが上である、その思いを払しょくするため無謀な特訓をし、その結果その労力に見合う結果を残すことはできなかった。

 それはナルトの「螺旋丸」のような、己の全てを賭けて繰り出す事の出来る技を持っていなかった、心の支えとなる「努力の結晶」を持たなかった、ということでもあった。

 サスケは天才だ。

 経験を目に見える形にまとめる能力が高い。

 かつて、何でもそつなくこなすサスケを見て、ナルトは彼をライバルと認定した。

 サスケはあの「木の葉崩し」以降のナルトの急成長を見て、彼に嫉妬した。

 サスケ自身は認めないであろうが、あの時からサスケはナルトをライバルと認めているのである。

 ナルトには「螺旋丸」がある。

 ナルトにとっては影分身を同じく戦いの根幹をなす技。

 サスケは「ねじり千鳥」を完成させたことで精神的に、やっとナルトと並んだ、そう無意識の内に感じていた。

 

 

 

 なるほどねえ、「音隠れ体術秘伝」ですかあ。

 僕がニヤニヤしていると、

「何笑ってんだ、こら…」

 あ痛たたたたああああっっ!!!

 痛い痛い耳は痛いって!!

 サスケさんが僕の耳を引っ張り上げてました。

 体格差で耳を引っ張り上げられるととっても痛いのですよ。

 ひどいです、サスケさん…。

 なんで僕だけなんですか!?

 そんな非難を視線に込めてみたところ、

「? なんでそんな…!」

 あ、サスケさん気付いた。

 周りのみなさんの視線。

 妙に生あったかい感じでしょ?

 更には幾人かはこう、にやにや笑いが出てる訳で。

 ちなみに筆頭は大蛇丸さんね。

 あ、サスケさん明らかに赤くなった。

「て…」

 あい?

「てめえら…」

 あ、やばい。

 その後、僕は脱兎のごとく逃げ出したので、何が起こったかは知りません。

 ただ、一時期医務室が満杯になった、それだけが僕のしっているすべてです、まる。

 

 

 

「…んでですねえ、サスケさんの場合、集中力が高いのは長所なんですけど、その集中力のせいで全体を見るのを忘れる所が短所なんですよ。

 イタチさんと事を構える気だったら、ここんとこは直しとかないと致命的になると思うんです。

 主に幻術対策として」

「それはどういう意味でだ?」

「それはですねえ…」

 ども、今僕は、サスケさんとここしばらくの特訓の成果を加味した「うちはイタチ対策講座」を開いているのです。

 音隠れのみなさん曰く、こう言う小難しい事を語らせると僕が一番分かりやすい、のだそうです。

 学者先生はどうしても専門用語がばしばしと入ってきてその説明だけで時間が飛ぶのだそうです、あの「黒の道化」先生ですらそうなんですから、「ドクターセイ」先生あたりだとなんていうか、理解の「り」の字も出来ない感じなんですよね、良く解説が脱線するし。

 で、一旦僕が理解して、それをみんなに分かりやすくかみ砕いて説明する、と。

 …なにやら便利屋扱いされてるような気がしますが。

 まあ、音隠れ、というか大蛇丸さんの役に立ってるなら良いんですけどね、これも僕の任務ですからして、とかツンデレてみる。

 僕たちは大広間、まあ普段食堂として使っているとこな訳ですが、そこでノートとか資料をごっそり積み上げて(後お茶と茶菓子も)議論を重ねています。

 周りでは音隠れのみんなが晩御飯の準備をしているところですね。

「…とまあ、こんな感じな訳ですが。

 どうでしょうかね?」

「…ん、いける気がしてきた。

 しかし…」

「なんです?」

「お前はナルトの弟分なんだろう?

 オレに加担してていいのかよ?

 オレは多分ナルトと戦うことになる。

 その時、お前の入れ知恵で出来た『ねじり千鳥』であいつと戦うことになるんだぜ…」

 サスケさんは皮肉気な、でもどこか心配そうな顔を僕に向けました。

 でもね、サスケさん。

「兄ちゃんはむしろそうでないと嫌なんじゃないかって思うんですよ。

 兄ちゃんが望むのってサスケさんと真っ向勝負、をする事なんですよ。

 …ええっとまあ、忍らしくないことは確かなんですけどね。

 でもまあ、兄ちゃんですから、ええっとサスケさん…分かっちゃいません?」

 かなりあいまいな言い方だったんだけど。

 サスケさんはほんの少し、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 …そっか、やっぱりサスケさんも分かってるんだなあ。

 僕はそれが妙にうれしかった。

 

「…そういやよ」

「はい?」

 講座を2人で進めている時、サスケさんがぽつりとこう言いました。

「お前はオレを『さん』付けなんだな」

 まあそうですねえ。

 基本的に僕は他の方を呼ぶ時は大体「さん」付けですね。

 目上、もしくは格上の場合は「さま」、これはダンゾウさまなんかはそうですね。

 …そういや大蛇丸さんの場合は「さん」付けだなあ、そういやなんでだろ。

 ま、それはともかく、年下の場合は「くん」か「ちゃん」。

 で、例外がおっとうとおっかあ、後はうずまき兄ちゃんとサクラ姉ちゃんかな。

 あ、あと、キバさんの「さん」は僕の中では別格だったり。

 あの人は僕の「おやぶん」なので。

 それで、サスケさんはどうしたんでしょうか。

「サスケ、でいい」

「え?」

 今何を言われたのでしょうか?

「今、同年代の奴らは皆呼び捨てだぞ」

 あ、そういえばそうですね。

 ここしばらくで気付いたんだけど、音隠れの里の大体僕らと同年代の人たちはサスケさんを呼び捨てにしてるんですよね。

 立ち位置からすると、サスケさんて里長である大蛇丸さんの直弟子で、実力も周りとは1段、2段高い訳で、気軽に話しかけるのは難しかったはずなんだけどね。

 それがここしばらくで変わってきました。

 周りが変わった、というよりは、もしかしたらサスケさんの方が変わったのかも知れないです。

 さて、僕もサスケさんをサスケ、と呼び捨てですか…。

 

 うん、無理。

 

 僕のパーソナリティとしてそれはちょっと。

 でもなんかサスケさん、いつもの無表情の中に何か期待を込めているような気が、無きにしも非ず、という感じがするのですよ。

 むう、どうしたらいいでしょうかね。

 こう、親愛をこめつつ僕らしく、というのは…、

 ! これだ。

 僕はサスケさんに顔を向けて、

「んでは、『うちは兄ちゃん』でどうでしょうか?」

 ぴっと人差し指を立ててそう言った。

 

 その瞬間。

 

 ぴしっと空気が凍った。

 

 あれ?

 何かまずかったかな!?

 サスケさんは何か顔が硬直してるし、周りの人たちはなんかこう、嵐の前の静けさ、って感じだろうか。

「あーっと、あの、まずいですかね、まずかったみたいですね、ええっと、忘れてくれると嬉しいかなって…」

 どうやら判断を間違ったみたいだなあ、と思いながら、僕は謝罪を入れたんだけど…。

「…それでいい」

「え?」

「それで良いと言っている」

 サスケさんは憮然としているのか、なんとなく不機嫌そうな声でそう言った。

「いやあの、いやだったら別のを考えるんで…」

 僕がそう言うと、

「だから、それで構わねえって言ってんだ」

 サスケさんからそう念を押されました。

 んでは、

「んじゃ、改めて、よろしくお願いします、うちは兄ちゃん」

 という訳で、サスケさん改めうちは兄ちゃん、と僕は呼ぶことになったのでした。

 まあその後に、なにやら周りの人が兄ちゃんをからかいまくって一大惨事になりかけたのはまた別の話ですが。

 

 

 

 こうしてうちはサスケの周囲には人が集まるようになっていった。

 しかし、それを厭うものも存在する。

 

 これより数日後、「暁」の手練れである飛段と角都が木の葉隠れの里の精鋭に破れ死亡する、という情報が音隠れの里の届いた。

 不死身である飛段は奈良シカマルにより爆死。

 角都もその心臓5つを破壊され、うずまきナルトに敗北。

 はたけカカシを道連れにすべく自爆攻撃を仕掛けるもあえなく失敗し、粉々に吹き飛んだ、という事であった。

 

「サテコレデさすけガドウナルカ、ダナ」

「そうだね、人形は人形のままでいてもらわないと、だっけ?

 で、次は…」

「アア、次ハ『チノカマ』の小僧、ダナ」

 

 

 

 閑話 巨星、落つ

 

 ここは猿飛の屋敷。

 ここしばらく、ほとんどまともに使われていなかった屋敷には、その主の最後を身取るべく大勢の人たちがやって来ていた。

 主の名前は「猿飛ヒルゼン」、三代目火影として非常に長い期間木の葉隠れの里の長として働いてきた人物である。

 彼は一昨日、入院していた総合病院から自宅へと戻ってきた。

 病が完治した、という訳ではない。

 そもそも、病ではない。

 ヒルゼンの症状、それは「老衰」である。

 人としてその体の限界が近づいていたのだ。

 主治医達はヒルゼンの症状を見て、もうしばらくの入院を、というのをヒルゼンは固辞し、この住み慣れた屋敷に戻ってきたのだ。

 とはいえ、意外なほどにヒルゼンがここで過ごした時間は少ない。

 ヒルゼンは3代目火影としてほとんどの時間を火影の執政を司る場所、つまりは火影の家にて過ごしてきた。

 この屋敷は猿飛一族の当主としての家である。

 しかし、ここには「火影」としてでなく、「猿飛ヒルゼン」という1人の男としての思い出が詰まった場所であった。

 まだ初代、二代の火影が生きていた頃、独身だった頃の思い出。

 所帯を持ち、2人で暮らしていた新婚時代。

 3代目火影となって自身が火影の家にて過ごすようになってからも、妻と子どもはこの家にて暮らしていた。

 たまに帰った時の子どもの喜ぶ顔や、そんなそぶりは見せなかったものの明らかに力の入った豪勢な食事を作ってくれた妻の手料理の味。

 家を空けることの多かったため、しばらくは子ども、つまりは猿飛アスマとの確執もあったが、アスマも所帯を持ってからはヒルゼンと様々な事を話すようになっていた。

 アスマは最近この猿飛の屋敷に暮らし始めた。

 妻である紅、そしてつい最近生まれた娘との生活を考えてである。

 しばらく前に負傷をし、現役の忍としてやっていけるかどうかを危惧されてもいる為、余計な費用をかけない、という点でも元々の持ち家に住むのは悪いことではないのだろう。

 ともあれ、猿飛の屋敷にはヒルゼンに縁のある者達がやって来ては少し意識の回復したヒルゼンの様子をうかがっていた。

 この屋敷は非常に古めかしい作りをしている。

 古い日本の農家を想像してもらえればいいだろうか。

 家の周囲を回廊が取り巻き、回廊と部屋を明障子(あかりしょうじ)が隔てている。

 今、雨戸はしまわれ、障子も開かれた部屋でヒルゼンは庭を見ながら微笑んでいた。

 

「おやじ、大丈夫か?」

 そう尋ねてくるのは息子のアスマ。

 何が大丈夫か、だ。

 お前の方がよほどひどかろうに。

 ヒルゼンはそう思った。

 今のアスマの格好は車椅子に包帯まみれの散々たる有り様だ。

「暁」の精鋭、飛段と角都に傷つけられた体は未だ癒えていない。

 とはいえ、生きて帰ってくれた事にヒルゼンは安堵していた。

 なにせ既にヒルゼンは死に体。

 息子の嫁や孫に何かしてやれるほどの力は残っていないのだから。

 しかし、このまま死のうものなら、妻である猿飛ビワコにあの世で何を言われるか。

 言われる程度で済めば御の字じゃの、などと考え、ヒルゼンは微笑みを浮かべた。

「なに、むしろ、気分が良いの。

 久しぶりの家、というのは、やはり、落ち着くのう…」

「おやじ…」

 そう言えば、アスマがヒルゼンを「おやじ」と呼んだのはいつ以来か。

 かつては「3代目」としか呼ばれていなかった。

 確かに、言ってしまえば仕事人間のヒルゼンは、幼少時のアスマになかなかかまってやることが出来なかった。

 これは次代の火影の選定に手間がかかっていたせいもあるが、それ以上にヒルゼンの火影としての資質が高かったためもあるだろう。

 なかなかヒルゼンと同じレベルの指導者を育成することが出来なかった、ということだ。

 アスマとヒルゼンはそのために、和解に非常に時間がかかることとなった。

 実際の所、和解したのは5代目火影・志村ダンゾウの就任後、当時まだ恋人であった夕日紅上忍との結婚を相談したのがきっかけである。

 ヒルゼンとしては、思い残すことはそう多くはなかった。

 己の人生の仕上げとしては十分ではないか。

 ヒルゼンにはそう思えるのだ。

 

 うつらうつらとしていると、どうやら 6代目火影・千手綱手のお出ましのようだ。

 ヒルゼンの感覚はもはやまともに機能していないようだ。

 しかし、不思議な事に、チャクラを感じる能力、言ってしまえば第六感の次、第七感とでも言うのであろうか、それはより研ぎ澄まされているように思われた。

 綱手と共にいるのは自来也であろう、そして…。

 しばらくすると、

「先生、お加減はどうですか」

「先生、おじゃましますのォ」

 2人が入ってきた。

 綱手は果物の詰め合わせ、自来也は…、

「さすがに、読んどる、余裕はないのう…」

 ヒルゼンが苦笑いをする。

 自来也が持って来たのはいわゆるグラビア誌。

 半裸のお姉ちゃんの写真集である。

 自来也は、これで間違いない、という何とも自慢げな顔をしている。

 その横で、こいつだめだ、何とかしないと、という白い目で見ている綱手に気付かずに。

 相も変わらずインテリ馬鹿、という言葉が似合う自来也を見て、ヒルゼンはほほえましくなった。

 かつての弟子3人組。

 自来也、綱手、そして。

「のう、そろそろ出てきては、どうじゃな。

 老い先短い師匠に、その顔を見せてはくれんつもりかの?

 なあ、()()()

 庭先の木の影、そこから、ぬるり、という表現がふさわしく感じる、そう言った登場をしたのは、音隠れの支配者、大蛇丸。

 大蛇丸は丁寧に作られた枯山水の庭を全く傷つけることなく、軒下までやって来て、

「お久し振りです、先生」

 いつものどこか爬虫類じみたかすれ声でそう言った。

 

 即座に綱手、自来也の2人は戦闘態勢を取った。

 前衛に自来也、後衛でヒルゼンを守るのは綱手。

 半瞬後、周囲には10を超える仮面を付けた上忍、暗部の精鋭たちが湧き上がり、各々得物を構えていた。

 戦力としては小国なら十分に落とせる陣営だ。

 しかし、それに動じる大蛇丸ではない。

 大蛇丸にとって、この場で「相手」になるのは自来也と綱手だけ。

 恐れる必要などどこにもない、そういう風を装っているのか、さもなければ本当にそれが事実なのか。

 大蛇丸は飄々と、

「ワタシとて先生の直弟子なのだけどね。

 そこ、退いてもらえるかしら?」

 そう、暗部の忍び達に言い放った。

 殺気が双方の間で膨らんでいく。

 そして、

「双方、そこまで、じゃ…」

 ヒルゼンの静止の声があたりに響いた。

 この声に、大蛇丸の殺気が霧散する。

 暗部達はヒルゼンの静止にうろたえている様子がある。

「先生もああ言ってるし、失礼するわよ」

 その動揺の間をするりと抜けるように、大蛇丸は屋敷へと上がってきた。

 大蛇丸とて、この屋敷に上がり込んだことは何度もある。

 幼少時に大蛇丸は両親を失っている。

 そのため、ヒルゼンはよく大蛇丸を家に誘い、半ば強引に夕食などを共にしていた事もあったのである。

 大蛇丸は感慨深そうに周りを見回していた。

 それに警戒をする自来也達。

 自来也に、大蛇丸は声をかけた。

「そう警戒するものじゃないわ。

 つい、懐かしくてねえ…。

 ほら、あそこの妙に新しくなっている所、確かあれは…」

 その言葉に青くなったのは綱手。

 エロ馬鹿な発言をした自来也をどつき倒したは良いが、力の加減を誤って壁に叩きつけ、大穴をあけてしこたま怒られたのである。

「あとは、ああ、この隙間、まだあったのねえ、懐かしいでしょ、自来也」

 その言葉に顔をひきつらせる自来也。

 カード式のカギを作り、うちにおいておきたくない秘蔵のエロ本をコッソリこの屋敷に隠匿していた子ども時代。

 当然ヒルゼンにしこたまぶったたかれ、お説教を喰らった。

 ついでに本を全部とりあげられた黒歴史の遺産である。

 大蛇丸はそう言った事はない。

(根暗な)優等生で通っていたし、馬鹿をやる2人を見ているのも好きだったのである。

 いつの間にこうなったのだろう。

 大蛇丸は今までの人生を後悔はしていない。

 が、過去を振り返る時、ふとそう考えることくらいはあるのだ。

 

 ヒルゼンが3人を手招きする。

 さすがに大蛇丸は躊躇した。

 自来也と綱手とは、次に会うときは殺し合い、そう言うつもりで考えていた。

 躊躇する大蛇丸に、手招きをしたのは自来也だ。

「ワシもお前に思う所がある。

 だがのォ、先生の最後に、ワシらのぎすぎすした所を見せんでも良いんじゃなかろうかのォ。

 そう思うんだがのォ」

 相も変わらず綱手は睨みつけてくる、が、その表情は先ほどまでの敵意のみのものから、若干ふてくされた感じのものになっていた。

 3人はヒルゼンの枕もとに集まった。

 綱手を中心として、右に大蛇丸、左に自来也。

 ヒルゼンの弟子であった時代にはこうやってヒルゼンの前に集まったものだ。

 3人は3様の感慨を胸に、ヒルゼンに対峙した。

「まずは綱手よ。

 よう火影を背負ってくれた。

 これは誰でも良い仕事ではないでの。

 責任感の強いお主なれば、立派に務めあげられるであろうて。

 ただの、1人で背負いこむのはやめておくことじゃ。

 1人でやっとるつもりになって、気付けば誰かを犠牲にしておる事もあるでの」

「先生…」

 それはヒルゼンの後悔か。

 仕事にかまけて実子であるアスマをないがしろにし、溝を作った事。

 志村ダンゾウと十分な話が出来ず、結果的に後ろ暗い仕事をまかせっきりになってしまった事。

 託された子ども(ナルト)の状況が分からず、里からの迫害を止めることが出来なかった事。

 綱手には二の足を踏んでほしくない、その思いがあるからなのだろうか。

「自来也、お主は忍として大成した。

 里には名家が数多(あまた)あれど、お主は一族の初代となったのだ。

 のみならず、物書きとしても名を残しておる。

 忍としてだけでなく、人としても世に認められる男になりおった、これが喜ばずにいられようか」

「先生、ちと持ち上げ過ぎですのォ」

「ゆえに、よ。

 そろそろフラフラしとらんで嫁を貰え。

 次世代を育て守るのも、名を上げた男がすべきことじゃぞ」

 自来也は顔に出さずため息をついた。

 戻って来てから、特にうたたねコハルにはさんざん言われているのだ。

 それどころか見合い写真を幾つも持ってくる始末。

 一体ワシを何歳だと思うておるんかいのォ。

 自来也はそう言いたくなる。

 若い娘は見るだけで楽しいが、夫婦となると世代間の差がこう大きいと色々話しも合わせるのが難しい。

 ナンパ程度なれば自来也とて話術のスキルも高い、なんの問題もないのだが。

 それに…。

 となりに視線を送り、視線に気づかれそうになってあわてて視線を外した。

 1つ先から「まだ懸想してるのかこのヘタレ」という感じの視線が飛んでくるが無視する、てか気付いてたのか。

 ヒルゼンは最後に大蛇丸を見据えた。

 大蛇丸は表面上は平静に見えた、少なくとも表面上は。

 ヒルゼンは大蛇丸に語りかけた。

「ワシはお主が心配だったよ、大蛇丸。

 お主は寄る辺を持たぬ。

 それ故に己が情熱を全て忍術(そこ)に費やす事が出来た。

 それは悪いことではない。

 ただ、ワシはその情熱がお主自身を焼き尽くしてしまうんではないか、と心配じゃった」

 大蛇丸はヒルゼンの言葉を黙って聞いていた。

 その顔は無表情。

 その心の内で何を考えているのか。

「しかし、の」

 ヒルゼンはふっと言葉から力を抜いた。

「お主は『音隠れ』という己の居場所を作りおった。

 これはワシですらできなかったことじゃ。

 そう、木の葉隠れの里を作り上げた初代さまや、うちはマダラと同じ、ということじゃ。

 それは誇ってよい事じゃぞ」

 大蛇丸の視線が揺れた。

「そして、それは木の葉隠れの里と五分に戦って見せた訳じゃ。

 忍五大里の1つ、木の葉隠れの里と、じゃ。

 大したものじゃよ」

「先生!」

 まるで敵を褒めるようなヒルゼンの物言いに、綱手が泡を食って止めようとする、が。

「は、は、は、まあ、死にかけのジジィのたわごとじゃよ、気にするでないわ」

 ヒルゼンはそう言い、大蛇丸に向け、最後の言葉を残す。

「大蛇丸よ、お主は己の立つ瀬を自分で切り開いた。

 ならば今度はそれを次代に残して見せい。

 今のお主なれば、出来る、じゃろうて…」

 ヒルゼンは、話し疲れたのかそう言うと、すっと目をつぶり、うとうとし始めた。

 伝説の三忍と呼ばれた自来也、綱手、そして大蛇丸はそっとその場を辞した。

 

 これより2日の後、猿飛ヒルゼンはこの世を去った。

 木の葉隠れの里、火の国ならず、忍び5大国、更にはその周辺の国々からもその法要への参列者が列をなしてやってくることとなった。

 猿飛ヒルゼン、その長い生を飾るにふさわしい大往生であった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。