閑話12 飛段と角都
「んでよお、オレはいつまでこんな事をしなきゃならねえんだ?」
飛段がそうぼやく。
「黙ってやれ。
貴様のわがままに付き合ってやったんだ。
次はオレの金儲けに付き合ってもらう。」
角都はそれをさらりと流して、作業を続けるよう促した。
飛段達は比較的リスクの少ない(表の世界の)賞金首を大量に「殺さず」捕えていた。
生きて捕らえるほうが金額が大きい場合もあり、そのような犯罪者を優先的に捕まえるよう角都が指示してきたためであるが、当然のことながら死体を回収するのとは難易度が極端に違う。
とは言え、飛段にとっては遊びにもならない実力の輩ばかりである。
面倒なので得物の大鎌を使わず、拳1つで賞金首達を叩きのめしていく飛段。
「くそっ、このバケモノがぁ!!」
盗賊の頭目らしき忍が数本のクナイを投げつけてくる。
複数人の忍を束ねた山賊としてはかなり格の高い集団であったが、「暁」の精鋭である飛段にとってはほんの遊びに過ぎない。
投げつけられたクナイには起爆札が取り付けられており、命中と同時に爆破、対象を爆殺する代物だが、爆発がおさまった後には、服や体がぼろぼろになってはいるものの、平然とした顔で立っている飛段が立っているのを見た頭目の瞳に絶望が映る。
「まったくよお、この程度の相手じゃよ、禊ぎになんねえっての…。
殺す気にすらなれねえよ」
ため息をつきながら、飛段はひょいと頭目の前に立ち、目にもとまらぬ速さで拳を振り抜いた。
「かぺっ!!」
顎を打ち抜かれ、糸の切れた人形の如く地面に倒れ伏す頭目。
「その年でこの程度の強さじゃ、今のうちに捕まっといた方が長生き出来るぜえ。
…って、聞こえちゃいねえか」
肩をすくめ、捕虜を拘束しておく封印術の巻物を持って賞金首の忍達を嬉々として捕まえて回っている角都の元へ、たった今ぶちのめした頭目の襟首をひっつかんで歩いていった。
「なあ、そろそろ腕っ節の立つ連中を狩りに行こうぜえ。
オレもいい加減禊ぎを済ませておきてえんだがなあ」
峠の茶店で団子を食いながら、飛段はそう言う。
彼の信奉するジャシン教において、禊ぎとはすなわち強者と戦い、それを殺す事である。
今まで
おかげで角都としては、賞金首の生け捕りがスムーズにできて機嫌が良かった。
「…まあしばらく待て。
いま、部下どもに賞金首を換金させているところだからな、それが終わるまではもうしばし、な」
角都と飛段は共に高額の賞金首である。
その為、通常の賞金首を狩ったとしても換金所にそれを持ちこむ事が出来ない。
その為に角都は部下を雇い、彼らにそう言った表の世界に関わる業務を委託していた。
その彼らはいま、角都が言ったように飛段達がぶちのめした賞金首達を保安組織に引き渡し、賞金を受け取るために火の国の首都に出向いていた。
飛段と角都は彼らを待つために、首都郊外の茶店にて待機中なのである。
「しっかしよ、角都ちゃんとしちゃ、ずいぶんとしょっぼい首を狙うじゃねえのよ。
てっきりもっとすっげえ奴らを刈り取りに行くかと思ったんだけどよ…」
飛段はそう角都に疑問をぶつけた。
確かに、今回狩った賞金首は20名に上る。
1人当たりの金額が大したことはないとはいえ、その人数ならば合計金額は跳ね上がるだろう。
だからと言って、効率を重視する角都がこれだけで満足する訳もない、と飛段は思っていた。
本来なら絶対に大物を狩りだす事を設定しているはず。
なのになぜ…?
角都は飛段からの視線を受けて話し始めた。
「一言でいえば、だ。
ペインからの指示でな。
あまり五大忍里を刺激するな、と釘を刺されている。
ふん、尾獣狩りなどとやっておいて、何を言うか、というところなのだがな」
「へっ、角都ちゃんはペインちゃんが怖いってか!?
らしくねえな、おい。
そもそも、『
金庫番が自分の意見通せねえってなおかしくねえか?」
そもそも、こうやって賞金稼ぎをするのとて「暁」の資金調達の1つなのだ。
「暁」の現在の活動は大きく分けて2つ。
尾獣狩りと資金調達だ。
尾獣狩り以外ではとにかく金を稼ぐ、それが飛段が「暁」に入って以来やっている事だ。
その金額はとてつもないものになっている。
「暁」という組織の規模は大したことはない。
飛段達実行部隊以外では、せいぜいが角都が雇っている連中、それ以外の面子を見た事がない。
飛段の実感だとせいぜいが20名、その程度の規模なのだ。
そんな小規模の集団にそぐわないほどの金を「暁」は蓄えている。
金というのは一所にまとめておくものではない、と常々角都は言っている。
ある程度使うことで経済が回る、つまりは使った金は数倍になって戻ってくるのだと。
そう力説する角都、この時ばかりは飛段も茶々を入れる余裕がない。
金の亡者、というか猛獣である角都に対して、金に関する持論を展開している時にひっかきまわすような事を言うと後が大変だ。
正確に言うと飛段の心臓がえぐり出される。
あれは痛みはともかく後の胸板周りのスースー感が気持ち悪いので余り飛段は好きではない。
そう言う訳で飛段としても角都の生きがいに突っ込みを入れる気はないのである。
それはともかく。
角都らしくない、と飛段は思う訳である。
そう角都に伝えると、
「…飛段、ペインには逆らうな」
角都から思いもかけない言葉が飛び出した。
飛段は驚く。
普段は敢えて舐めた口調で話しかけるが、忍としての格で言うならば角都は最上級といっていい。
「暁」に所属している忍は皆そうだという話もあるが、その中でも角都はトップクラスであろう。
確かに忍術を攻撃の起点としている角都の場合、忍術を解析、見切る事の出来る写輪眼を持つうちはイタチとであれば分が悪い、と本人は言う。
しかし、飛段の見るところ、実際に戦った場合、角都の勝ちも十分にあるだろう。
うちはイタチは優秀だ、しかし、角都には人として異常なほどに積んだ経験がある。
90歳を優に過ぎで未だ現役を保っている、という事はそう言うことだ。
いくら忍術、体術、幻術のすべてを解析できるとしても、その術を単体で使うことは少ない。
どの術の前に使うか、そのタイミングは…、いくらでも戦術は広がっていく。
その全てを見切るのはいかに天才といえど不可能に近い。
その戦術の広がり、身を持って体験してきた経験則を角都は最大の武器としているのだ。
その経験なしに、角都の秘術「地怨虞」は生きてこないし、その他の術も同じ事。
どれだけ術を解析されたとて、その術を使いこなす事とは別物である。
その実力者、角都がそう言うペインとはどのようなレベルにあるのか。
組織の一員でありながら、飛段はペインの戦っているところを見た事がない。
他の連中ならばいくらでもある。
サソリとデイダラは砂瀑の我愛羅の確保をしてきた際に会っているが、それまでも幾度か共闘することはあった。
特にサソリは飛段よりも先に暁に所属していたため、若干の交流がある。
うちはイタチと干柿鬼鮫も同じだ。
イタチと鬼鮫は大体が
全く分からないのはペインとその傍らにいる女である。
女の方は実力者であるとサソリから聞いた。
己を倒してのけた、と。
正直言って飛段は信じられない。
とは言え、忍の戦いには相性というものがあり、圧倒的な実力を持った忍がなんでもない奴にころりと負ける、というのもまあ珍しくはない。
例えば、角都の強さの一端に、土遁による装甲強化があるが、それとて雷遁の使い手には結構あっさり破られるものである。
故に、そう言うものであろうとは納得できるのだ。
ペインは違う。
様々な術を使っているのを見てはいる。
口寄せ・外道魔像や幻龍九封尽など、確かに並みのチャクラ量ではとても発動できないであろう強大な術を使用している。
とはいえ、チャクラの量だけならば干柿鬼鮫という規格外がすでにいる。
鬼鮫ならばあれらの術を十分に使えるのではないかと飛段は思う。
それに戦いは結局のところ術の数、威力だけでなくそれをどう使うかだ。
茶釜ブンブクとの戦いで、飛段はそれを思い知った。
忍としての格ならば、ブンブクはついさっき戦った山賊の頭目に劣る。
チャクラの量でいうなら、ブンブクが中忍の中程度、頭目は上忍の下程度である。
術の連度はそれほど変わらないとみた。
そして体格の差より、体術勝負になれば本来ブンブクは頭目に勝てない。
しかしそれをブンブクはひっくり返して見せるだろう。
飛段はそれを体験しているのだから。
ペインはどうなのか。
底が知れない、というのは忍にとって大きなアドバンテージだ。
とは言えそれは敵として対峙した場合。
味方にいるとなればそれはどの程度の戦力になるのかの予想が付かない不安要素でしかない。
ペインは飛段達「暁」の大将格だ。
それ故前線に出るという事は「暁」が相当追い込まれている状態、ということになるのだろうが、一兵卒としても大将の能力をある程度知っておきたいと思うのは当たり前ではないかと思う。
しかし、飛段が信頼する(信用はしていない、ちょっとニュアンスが違う)角都がこうも言うとは。
「オレ達が向き合っているペイン、まあ本物か偽物か、さもなくば分身かはこの際置いておこう。
あれの目を見た事があるな。
多分あれは瞳術を持っている。
どのような瞳術かは分からん。
しかしな、白眼、写輪眼ではないところから、オレはあれが『輪廻眼』ではないかと推測している」
「…またずいぶんとでっけえ話になって来たな、おい。
確かあれって『六道仙人』が持ってたとか言ってなかったか、お前?」
飛段の眉がしかめられる。
明らかに眉唾もの、という顔だ。
「あらゆる瞳術の中で最高峰、といわれるものだな。
全ての瞳術の要素を持ち、更には『六道』の秘術を使う事が出来る、と。
確かに眉唾ものかもしれんが、な」
「あのよお、それだけの奴ならよ、とうの昔にもっと名が通っててもおかしくねえんじゃねえの?」
飛段はもっともな事を言う。
忍の世界は狭い。
実力のある者ならば、そうそう角都や飛段、イタチの耳に入ってこないはずがない。
しかし、ペインの噂は全くと言っていいほど聞こえてこない。
そのかけらも、眉唾ものの噂すら、だ。
そこまで思い立って、飛段も気が付いた。
ペインとは、それだけ自身の事を隠ぺい出来るだけの実力と、組織力がある、という事を。
飛段は愚鈍ではない。
ある意味、ナルトに似て「普段は考えない」だけである。
論理的な思考はジャシン教の教義を実行するのに不便である、というだけである。
必要があれば論理的な考えが出来るのがナルトと違うところだろうか。
「…確かに、厄介な奴、ってことか」
神妙な顔になった飛段に、
「そう言うことだ。
後は言葉にしない事を勧める」
角都はそう忠告する。
飛段は肩をすくめて了承の意を伝えた。
確かにそれだけの組織力があって、その頭目の情報が流れてこない所、と言ったらずいぶんと場所は限られる。
さすがに
「はあ、もう少し率の良い奴がおらんものか…。
あの時くらい報酬の良いのがなあ…」
角都はたそがれている。
「なんだよ、そんなにいい儲けだったのかよ、その首はよ?」
「まあな。
雲隠れの連中から掠め取った死体だったが、ペインの奴がえらく高価で買い取ってくれたのだが」
「いくらでよ?」
興味がわいた飛段がそう尋ねる。
「それは…」
飛段が言った金額は、小さな里ならば1年は余裕を持って暮らせる金額であり、そこからもペインの力、というのが垣間見えた。
「…しっかたねえなあ、しばらくはおとなしくしてるかよ」
飛段はそう言うと、不満げにため息をついたのである。
閑話13 狸暗躍
砂隠れの里において、現風影、砂瀑の我愛羅はうなされていた。
無理もない。
生まれた頃から一体であった一尾の尾獣・守鶴を失ったのだから。
しばらくして我愛羅はむくりと起き上がった。
ここ数年で、我愛羅は睡眠をとる事が出来るようになった。
そのためか、体は大きくなり、かつては苦手であった体術も、かなりのレベルになったと自負している。
砂を使った忍術、幻術も順調に強化され、今では「最強の風影」の名を3代目より引き継ぐことになるのではないか、と噂されている。
しかし、彼は同時に16歳の少年でもある。
それまで愛情に飢えていた少年は、ナルト、ブンブクに会い、変わった。
それから自身の中にいた一尾、守鶴と話し合い、友好を深めていった。
その最も近しい存在が自分の中から消えうせてしまった。
普段は良い。
周囲に兄姉達もいるし、自分を慕ってくれる里の者もいる。
また、すべきことが山積で悩む暇もない。
しかし、こうやって1人になる時間があると我愛羅は考えてしまう。
はたして自分がこうやって生きているのは正しかったのだろうか、と。
その悩みが、就寝している我愛羅を覚醒へと促す。
我愛羅は空に昇る月を見る。
ぼんやりとしていると、額の「愛」の文字に暖かいものを感じる。
それは我愛羅の中に残った守鶴の想い。
守鶴の中にあり、異物として外道魔像に取り込まれなかった守鶴を構成するもの。
守鶴のかつての人柱力であり、守鶴が名を告げた初めての人柱力、
彼の意識が我愛羅を宥める。
うなされて起きる我愛羅は、その度に守鶴の想いによって救われていた。
「…誰か」
我愛羅がそう問いかける。
我愛羅の部屋には護衛すらいない。
本来ならばその場には誰もいないはずなのだ。
しかし、我愛羅はそこに何ものかの気配を感知していた。
「…失礼いたします、風影さま」
ゆらり、と月に照らされた影が立ちあがる。
そこには、
「お前は、確か安部見加茂之輔、とか言う…」
ブンブクの召喚動物である化け狸の里の食客、通称カモくんがいた。
「ブンブクからの命か? いや、それにしては…」
ブンブクのやり方とは違う。
別にブンブクであるならば、このようなこそこそした事をしなくともいいだろう。
となると…。
「風影さまのご明察の通り、こたびは『化け狸の里』の名代として来ておりまする」
普段の加茂之輔を知っているものであれば愕然とするだろう。
基本的に加茂之輔は道化である。
おちゃらけ、スケベイ、自業自得の3重苦、という感じの行動をとっているのが当たり前。
真面目なところはほとんど見せない。
それが、我愛羅を前にこの堂々とした態度。
我愛羅は普段の加茂之輔を知らぬが故に平常の態度で彼に接した。
「そうか。
話せ」
「はっ」
加茂之輔の話は我愛羅にとって予想外のものであった。
いずことも知れない場所。
まあこの言い方は間違いだろう。
なぜなら、いま我愛羅は就寝しているからだ。
我愛羅の心のみが、化け狸の里の呼ばれているのだ。
かつてブンブクもこの術によって里の化け狸たちに邂逅している。
我愛羅は薄暗い洞窟で、化け狸の重鎮達と対面していた。
「…オレをここに呼び出した理由を聞きたい」
我愛羅は多数の化け狸を前にして物怖じもせずにそう尋ねた。
「…さすがですな、風影殿。
我らを前にしてもその様子。
流石は我らが始祖様の人柱力だけはありまする」
そう言うのは特に大きな個体、この化け狸たちを統括する死国禁軍八百八狸将軍・隠神刑部である。
さすがに他の忍び動物、妖魔とは格の違いというのだろうか、たたずまいが別格である。
とは言え、この数年、守鶴にねだられてブンブクが化け狸の里との異界門を定期的に繋いでいるため、我愛羅もこの化け狸都は面識がある。
まあ、普段は
今日は威厳が違う。
我愛羅にとって、ここが分水嶺になるのではないか、そんな思いが心をよぎる。
ここで間違うのなら、何か大事なものを失うのではないか、と。
「…しゅ、一尾殿の事、か?」
守鶴は他者に名を知られるのを嫌がっていた、と思いだし、我愛羅は守鶴の名を出さず、一尾と言いなおした。
「…大丈夫でございますよ我愛羅殿、ここにいる者達は、皆守鶴さまのご尊名を存じております故に」
刑部がそう言う。
気が付いてみると、周囲の狸たちもどこか柔らかな雰囲気を纏うようになっていた。
何というのだろうか、身内といる時のような。
無論、我愛羅にとってはそれはかつて縁遠いものであった。
やっとこの頃テマリ達からのその雰囲気に慣れてきたところである。
または守鶴と話す時のような。
そうであるが故に、我愛羅にとっては新鮮で、心地よいものであった。
「…そうか。
で、隠神刑部殿、話を続けよう。
何故オレをここに呼んだ?
世話話をするため、という訳ではないのだろう?」
我愛羅がそう言うと、
「さよう。
今後我ら化け狸が人とどう関わっていくべきか、それを話し合いたいのですよ」
刑部はそう切り出した。
「始祖様が人の傍にいない以上、我らは特に人と関わる必要を感じておりません。
無論契約をしておるブンブクは別でしょうし、その他個
貴殿の姉上などはそうですな。
しかし、それと同時に始祖様と過ごしました砂隠れの里に、若干なりとも愛着があるのもまた確かなのですな。
それで、里の長である貴殿と直接話をして、今後の事を決めていきたい、そう思うた訳ですわい」
隠神刑部はそう話した。
我愛羅は迷う。
里の長とするならば、ここで化け狸との決別はあり得ない。
砂隠れの里はまだまだ力不足だ。
3代目、4代目と行ってきた、風の国から支援を受けるための忍術、幻術に偏重した忍の育成は、確かに他の里との抗争には有効だったかもしれない。
しかし、忍が戦争の走狗としての役割からそれ以上のものになるべく動き出している以上、戦闘力のみ特化した存在のみでは里の運営は成り立たない。
口寄せ動物との連携は間違いなく戦闘のみならず、忍の活躍の幅を広げてくれるものだ。
しかし、口寄せ動物と契約する、という事は同時に彼らに対しての責任も生じると我愛羅は思っている。
今まで口寄せ動物を道具としてしか使わなかった忍界の風潮こそが、化け狸を忍里から敬遠させて来たものであると我愛羅は理解している。
それは里の中での守鶴の扱いが変わっていったのと比例して、化け狸との契約を行うものが増えたのと無関係ではないはずだ。
我愛羅は沈思していた。
化け狸達も急かすことはない。
2つの里の今後を決めるものだ。
その選択権は我愛羅にゆだねられていた。
我愛羅は思う。
自分はどうしたいのだろう、と。
里の長としての自分は確かに一尾を取り返す、それが正しいと理解している。
しかし、素の自分はどうか。
守鶴がいなくなって心の底に穴が開いたようなさみしさが確かにある。
しかし、同時に良かったとも思えているのだ。
これはどういうことか。
やはり、自分は人柱力、ということに対して忸怩たる思いを持ち続けていた、という事なのだろうか。
つまり自分は守鶴を…。
“それはどうですかの?”
声が響いた。
周囲にあったはずの化け狸たちの気配は消えうせ、我愛羅だけがそこにいた。
「!? ここは…」
“心を空っぽにしてのぞいてごらんなさい。
あなたが守鶴と共に生きた日々を…”
そう声がする。
我愛羅の目の前にふいとそれまでの人生が浮かび上がる。
そう、生まれて自分というものが確立してからは何もなかった。
人からは地獄のような日々だと言われるが、あの頃の我愛羅はなにも感じていなかった。
本当にそうか、と言われれば、今なら「感情に蓋をしてなにも感じないふりをしていた」と言えるだろう。
物心ついて初めて守鶴とふれあい、ひどく脅された。
今ではあれも良い思い出だ。
子どもの頃は何をするにしても砂の盾が自分を守り、また、周囲との壁となっていた、
それが夜叉丸との別れにも繋がった。
あの頃からだろう、自分には力しかない、などと思うようになったのは。
その力でテマリやカンクロウにも苦労を掛けた。
彼らと今のような関係を築けるとは思いもしなかった。
そしてあの時。
思えばあれは運命だったと信じたい。
うずまきナルト、そして、茶釜ブンブク。
彼らとの出会い、戦い、そして分かりあえた。
それがきっかけで、砂色であった我愛羅の思い出が眩しく色付いた。
そして守鶴とも話し合うようになり、分かりあえた、そう思った時だった。
砂隠れの里が襲撃され、不覚にも敗北した。
守鶴を抜きだされる術を受け、
ああ、そうだった。
あの時、オレは…。
我愛羅はその時考えていた事を思い出した。
「オレは…砂瀑の我愛羅は、守鶴を取り戻す!!」
我愛羅は力強くそう言いきった。
その言葉に、
「それは、貴殿本人の気持ですかな、それとも砂隠れの長としての言葉でしょうかの?」
そう刑部は問いかけた。
我愛羅は刑部の目を見据え、言った。
「オレは『暁』の術を受け、守鶴を抜き出されている時に思った。
守鶴はこれでオレという人柱力、そして砂隠れの里から自由になるのだと。
だが、守鶴は代わりに『暁』に囚われた。
オレはそれが何より気にくわん。
オレ達の関係は一度白紙に戻った。
ならば、もう一度守鶴と対等になるためにも、帰って来てもらわないとな…」
「もう一度、人柱力として始祖様を封じるために、ですかな?」
皮肉げに刑部が言う。
それに我愛羅は、
「守鶴と、対等に夜更かしをするため、さ」
寸分も揺るがされずに、己の心を語った。
「…皆の者、どう思うか?」
刑部が闇に向かってそう言う。
ザワリザワリと闇が揺れ、
「是」
そう、大きく返事が返ってきた。
「これで里の意志は統一され申した。
我らは…」
刑部は満足そうに、
「我愛羅殿、
我ら死国禁軍八百八狸、貴殿の力として存分に振るわれるが良うございましょうて」
そう言った。
これより我愛羅は化け狸の大将たる隠神刑部と契約を結び、また、この世界においては茶釜ブンブクのみが使えた「口寄せ・狸穴大明神、狸灯籠の術」を会得することとなる。
閑話14 夢幻来訪
サスケは最近の自分の実力にいらだちを隠せなかった。
その技術は確かに数年前に比べて上昇している。
もはや別人と言っても良い。
それはサスケ自身の才能もさることながら、大蛇丸という師が優秀であった事、その指導がサスケにとって有効だった事が幸いであった。
大蛇丸は、サスケの忍としての特性を解析し、サスケに合った訓練プログラムを作り上げていた。
こういった理詰めの理論分析、構築は伝説の三忍と言われる者の中でも大蛇丸が頭1つ抜けている。
若干感性に頼るところのある自来也、医療忍者としてはどうかと思うほど感性頼りの綱手、そして理論偏重の大蛇丸。
チームとしてバランスが取れていたと言えよう。
しかしここにきて、サスケの実力の伸びに陰りが見えていた。
サスケが努力していない訳ではない。
むしろ、オーバーワークとすら言えるほどの過酷な訓練を自身に課していた。
…実のところ、その無理が己の実力を削っている事に、サスケは気付いていない。
そう言った無理の効く者は確かに存在する。
うずまきナルトがその典型である。
彼にさサスケほどの才能はない。
しかし、有り余るほどの体力とチャクラによってがむしゃらにまい進する事で才能の差を埋めている。
サスケが同じ事をすればむしろ害になる。
無理をした身体はその機能を低下させる。
サスケのような秀才肌の人間は学んだ事を振り返り、解析して自分のものとして使う事が出来るよう取り込む時間が必要だ。
学ぶものが膨大で、サスケが与えられた知識や技術を今一歩自分のものにしきれていないのがその原因なのだが、問題はサスケがその事に気づいていないという事である。
サスケは優秀すぎた。
1つ1つの術や技術は習熟まであと一歩とはいえ習得し、
その数は膨大なものだ。
大蛇丸ですら感嘆するほどだ。
それがなぜ。
焦りがひどくなったのはつい先日。
隠れ家の1つに木の葉隠れの忍の1小隊が侵入してきた事にある。
そこでサスケはうずまきナルト、春野サクラと再会した。
そして相争った。
第三者から見るならば、木の葉隠れの忍1小隊と対峙してそれを圧倒したように見えるかもしれない。
サスケからすれば薄氷を踏むような勝利だった。
勝利の要因はすべからく連携の不備。
確かにナルト、サクラは焦りがあっただろう。
しかし、彼らは彼らなりにこの数年でそれこそ桁が変わるほどに強くなった。
ナルトとサクラのみの連携であったなら、正直サスケでも勝てたかどうか分からないほどに。
そこをかき乱したのが上忍であるヤマト。
ヤマトが弱い訳ではない。
実力で言うならばカカシに劣らぬ、むしろ優れた部分すらある実力者だ。
しかし同時に、サスケとナルト達の戦いはただ強いだけの上忍1人が追加された程度で勝敗が動くほどではなかった。
彼が入ったおかげで出来たほんの少しの連携の亀裂。
サスケはそこを突き、勝利した。
サスケが己の実力を理解したのはこの時であった。
確かにサスケは強くなった。
しかし、その目的は「うちはイタチと対峙し、これを打ち倒し」うちは壊滅の真相を知る事である。
サスケは現状ではイタチにかなわないと確信していた。
ならば更に強くなるしかない。
サスケはその想いから体を酷使し、オーバーワークに陥っていた。
うちはサスケの眠りは深い。
忍は休めるうちはしっかり休む、という体のつくりになっている。
精神状態を切り替えることで、しっかり休むために深く眠る、任務達成のために浅く眠る、の切り替えが可能になる。
サスケは今、疲労を取るため、身体が十分な眠りを体が欲している、そういった状態になっている事に気付かない。
それだけ視野が狭まっているのだ。
サスケの傍に白い影が立っている事も気づかぬほどに。
本来ならばありえない光景。
サスケほどの手誰の傍に、暗殺が出来るほどの距離にいて、なおかつサスケの就寝を妨げない、など。
白い影は音も立てずにサスケに近付き…。
サスケは目を覚ました。
しっかり睡眠をとったせいだろうか、大文体の疲れが取れている。
サスケは着替えて部屋の外に出た。
今日も修行漬けの一日が始まる。
足元に転がった、小さな小さな白い玉に気付かぬままに。
閑話15 夢とは記憶を最適化する処理
茶釜ブンブクはうつらうつらしながらこのところの自分の異変をまるで他人事のように考えていた。
最近、自分の中にある記憶がおかしい。
てっきり文福狸のものであると思っていたのだが。
文福狸の記憶にある世界というのはお世辞にも文明が発達しているとは思えなかった。
記憶によれば、何らかの災害が起き、文明が大きく衰退した後の世界であるとの事であったが。
例えば、ブンブクが変化した「ジェットエンジン」の理論。
文福はその知識を持っていなかったはずだ。
「モンロー効果」についても同様。
さらに言うなら、「八卦掌回天・梅花」と「八卦双掌・桜花」はチャクラの存在が大前提のような技術だ。
文福の生きていた時代はチャクラが一般的ではない。
その世界で、あの体術はどうやって生まれたのか。
もしかしたら、世界には自分たちの知らない力がまだまだあるのかもしれない。
すでに失伝してしまい、今も人々に再発見されるのを待っているような何かが。
そんな事をぽやぽやとした頭でとりとめもなく考えながらブンブクはまどろんでいた。
ふわりふわりと振られるその尻尾に、妹である茶釜フクをじゃれつかせながら。
・
・
・
No.19EE、101E、9DF、18D、3ABヨリノ信号途絶。
アクセス権限ヲ301C二移行。
繰リ返ス。
No.19EE、101E、9DF、18D、3ABヨリノ信号途絶。
アクセス権限ヲ301C二移行。
繰リ返ス……
エピローグ、またはプロローグ
そしてある日、茶釜ブンブクは、
火の国、木の葉隠れの里より、消えた。
次回より、オリジナル展開になります。
時系列的に言うと、いわゆる「天地橋任務」の後になります。
大体原作34巻以降ですね。