NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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第38話

 …さすがにまともに動けません。

 なんと言いますかね、死にはしないものの、満身創痍ってこの事でしょうかね。

 サクラ姉ちゃんとチヨお婆ちゃんが対峙するのは最高にして最強の傀儡師「赤砂のサソリ」さんです。

 今の僕の状況だとただの足手まといにしかなり得ないんですよねえ。

「ブンブク、大丈夫なの?

 すぐに治療を…」

 って、サクラ姉ちゃんが言ってくれているんだけど、

「姉ちゃん、視線外したらだめでしょ、今は。

 相手は確実に格上の人なんだよ。

 僕ならまだ動けるから、その力(いりょうにんじゅつ)は後の事を考えてとっといた方が良いって。

 多分サソリさんは…」

「毒使いだってんでしょ。

 カンクロウさんが喰らって、それ治療してきたとこだから」

 さすが姉ちゃん、チヨお婆ちゃんから聞いてたかな。

 しかし、カンクロウさん大丈夫なんだ、良かった…。

 殺し殺されは忍の習いだけれど、知った顔が死んでしまうのは悲しいし、出来ればあってほしくない事だしね。

「そっか。

 んじゃ僕は外で一休みさせてもらうよ。

 さすがにもう限界だし。

 サソリさんもそれでいいですよね?」

 僕は姉ちゃんたちと相対しているサソリさんにそう言った。

「構わん。

 飛段の奴と揉めるのも面倒だしな」

 サソリさんはそう言い、そして、

「ただし、オレはお前が手を出してこないとは思っていないぞ、茶釜ブンブク」

 そう続けた。

「お前は危険だ。

 飄々としていながら、その実こっちの隙を虎視眈々と狙ってやがる。

 オレは3人を同時に相手取るつもりで戦う。

 忘れるな」

 それはこっちの台詞ですって。

 さっきの飛段さんとの戦い、がっつり見て戦術練ってましたよね。

「忍なれば当然だろう」

 ですよねえ。

 特に今回はもう僕の引き出しすっからかんになるくらいに使い切りましたからね。

 もう後1個2個程度ですよ。

 またここから引き出し増やしていかないと。

 はあ…、はたけカカシ上忍がうらやましい。

 1000種類以上の技を使えるらしいですし。

 そんだけあったらどれだけ戦術の幅が広がることか。

 まあそれはともかく。

「姉ちゃん、僕は外に出てるよ。

 なんて言っていいか分かんないけど、頑張って」

「いいからあんたは休んでなさい。

 全くみんなに心配かけて。

 後から一通り説明してもらうからね」

 あい、姉ちゃん了解。

 そのまま、僕は洞窟の外に出たのです。

 

「…はあ、はあ、…くあっ!」

 外に出た僕は岩肌に寄りかかり、そのままずるずるとしゃがみ込んでしまいました。

 姉ちゃんたちの前ではごまかしましたけど、見た目以上に体に限界が来てます。

 手足の切傷は八畳風呂敷くんの糸で縫いとめてますし、その上から風呂敷くんに包んでもらって止血、更にはギプスのように固定しつつパワードスーツの様に外部強化筋肉として切れた筋肉の代用をしてもらっています。

 これのおかげで歩ける訳ですが、さすがに痛みまでごまかすことはできません。

 それは自己暗示術の恩恵なんです。

 僕は座り込んで、印を組み、カモくんを呼び出します。

「へいっ、兄貴大丈夫で… !!」

 カモくん、そんな泣きそうな顔しないで。

 こっちとしては命があるだけ御の字だし、賭けに勝ってそれ以上のもの(フウのあんぜん、ガアラのかくほ)を手に入れたわけだしね。

 兄ちゃんが出張ってきた以上、我愛羅さんは助かる。

 そう僕は信じているし。

 さて、僕はカモくんに聞いた。

「僕の荷物って持って来てくれてる?

 それと、化け狸の里の方はどう?」

 カモくんはきりっとした顔で、

「へい、荷物の方はこちらに。

 里の方は、兄貴の声がかかればいつでも、という状態でさあ」

 うしっ、これでなんとでもなるね。

 まずは僕の体力回復をしないと。

 僕はカモくんに持って来てもらった荷物から、「秋道印の兵糧丸」を取り出すと、同じく取り出した水筒の水と一緒にぼりぼりと食べ始めた。

 その際には忘れずに、チャクラで消化器系の強化を行っておく。

 こうすることで通常の何倍も消化吸収とエネルギー変換の効率が良くなるんだ。

 なにはなくともまず体力の回復を行わないと、なんにも出来ないからね。

 

 ふうっ、かなりがっついて兵糧丸を貪り、少しは体力の回復が出来たようです。

 洞窟の中ではかなり凄い戦いが繰り広げられているようです。

 中を見る方法がない訳じゃないんですが…。

 現在、洞窟の中ではサクラ姉ちゃんとチヨお婆ちゃんがサソリさんと戦っています。

 で、逃走したデイダラさんを追って、うずまき兄ちゃんとカカシ上忍が。

 他の所ではガイ師匠とロック・リーさん、テンテンさん、そして日向ネジさんが戦っているようです。

 僕は周囲の確認をするため、「金遁・千里鏡」の術を使いました。

 僕が事前にばらまいておいたマーキング済みのお猪口、それを介して周囲の状況を知るうちの秘術です。

 さて、探査範囲に引っ掛かっているのは…と、お、テンテンさんだ。

 かなり厄介な術にかかっているようだなあ。

 テンテンさんは自分と同じ顔、同じ体格の存在と戦っていた。

 使っている得物も同じ。

 これは相手をコピーして同じ能力のものと戦わせる術かな?

 下手をすると双方身動きとれず、何とかするには戦いの中で地力を上げるか、即興の策を練るしかない、と。

 厄介だなあ。

 もしかするとガイさんたちも同じ状況かな。

 リーさんたちはまだまだ()(しろ)があると思うんだけど、ガイさんはどうなんだろう。

 戦いの中で成長するのって、さすがに…出来そうだな、あの人なら。

 ま、とりあえずお手伝いは出しておこう。

 そう考えて、僕はカモくんに分身を頼んで、残り少なくなったお猪口をみんなの元に運んでもらうことにしたのです。

 

 

 

 木の葉隠れの里、ナルト達の1期上、マイト・ガイが担当する第3班に所属する下忍であるテンテンは、人生でも5指に入る大苦戦をしていた。

 なにせ敵は自分自身だ。

 敵の結界を崩すため、4方向それぞれに跳び、結界の起点を成している札を剥がしたのは良い。

 札を剥がした途端、土遁の術だろうか、地面が盛り上がったと思うと、自分とそっくりの存在が戦いを挑んできたのである。

 これが、戦い方から癖からなにからなにまで自分とそっくりなのだ。

 先ほどから仕掛けては交わされ、相手の仕掛けもこちらは丸わかり、という千日手。

 さてどう押し切ったものか。

 確かに手元には切り札、と呼べるものも存在する。

 しかし、それは相手も同じ事。

 多分これをいつ切るか、それを相手も考えているはず。

 そんな事を考えている時である。

 相手の死角に当たる部分、そこに、この場には似つかわしくないものが浮かんでいた。

 金属製の猪口である。

 ひもで吊り下げられているかのように、空中にぷらん、と浮かんだお猪口。

 先ほどから偽者の視覚を避け、まるで「だるまさんが転んだ」でも遊んでいるかのように慎重にこちらに近付いている。

 何であんなものが…、ていうか、じゃあ近くにあの子いるの!?

 テンテンは一瞬混乱したが、すぐに頭を切り替えた。

 意識の切り替えは忍具使いにとって重要だ。

 戦場は生き物だ。

 状況は常に動いている。

 その時々に対応する忍具を用意、使用できるかどうかが生死の分かれ目になるのだ。

 そこに、異分子が1つ。

 使わないわけがない。

 テンテンはいずれ訪れるこの戦場の天秤が崩れる時を、じりじりと待っていた。

 

 その時は唐突に訪れた。

 偽のテンテンがいきなりバランスを崩したのだ。

 テンテンはその時の事をしっかり見ていた。

 ふよりふよりと偽のテンテンに近付いていたお猪口が、偽者の足下にこぶし大の石を弾いたのだ。

 石は偽のテンテンの足の下に転がり、それを踏みつけた偽者が大きくバランスを崩す。

 ここが好機(チャンス)

 テンテンは一瞬にして大量の忍具を口寄せ、それらを一斉に相手に投げつけた。

 無論相手も自分、それを読んでいたのだろう、同じく忍具を口寄せし、それを飛んでくる忍具にぶつけることで相殺していく。

 数はこの場合囮、テンテンの本命は最後に呼び出した巨大な鉄球である。

 重量のあるこの忍具は使用できる状態に制限がある。

 十分な体勢を取れる自分と体勢の崩れた偽者。

 これで決める!

 大鉄球を取り出し、振り回した時、敵の姿が目に映った。

 相手は自分の重心の崩れ、それすら利用して大鉄球を振り回していた。

 しまった!

 冷静に考えれば、確かにそれも可能だ。

 自分たちの担当上忍であるマイト・ガイは体術に関しては一家言ある体術のスペシャリストである。

 重心を保つ術と同様に、重心が崩れた時にどう動くか、も考慮した動きを自分達に教えてくれている。

 確かに今のまま鉄球をぶつけあえばテンテンの勝ちだろう。

 しかし、ぶつかったときの威力の減少により、敵は直撃を免れる。

 また、千日手の状態になりかねないのだ。

 しかし、その鉄球が敵の手より、

 

 すぽーん

 

 とすっぽ抜けていった。

「は?」「!?」

 期せずして、テンテンから間抜けな声が上がった。

 焦った様に手元を見る偽のテンテン。

 がっちりと鉄球の柄をつかんだと思ったその手の中には、

 

 鉄のお猪口

 

 がすっぽりと収まっていた。

「???」

 混乱している表情をする偽のテンテン。

 その偽物を、巨大な鉄球が押しつぶした。

 

「で、見てるんでしょ、ブンブク」

 テンテンがそう言うと、“はーい”という能天気な声がした。

 偽者は元の土くれに戻り、丁度手のあった辺り、そこからふわりとお猪口が浮き上がった。

 声はそこから聞こえていた。

「なんでこんなところにいんのよ、あんた」

“まあ、こちらも都合がありまして”

「しかし、よく私と偽物の区別が付いたわね?」

 まさか、勘、とか言うんじゃないだろうかしら。

 さすがにそれはきつい。

“は? 傍から見てたら丸分かりだったけど?”

「え? なんで? 偽者だってワタシと同じ動きをしてたじゃない?」

“? だって、相手さん、全く声出してなかったし、疲労による息の乱れもなかったよ?

 明らかに戦闘技術とかコピーしただけのものだったんだけど…”

 なるほどね。

 テンテンは戦うことで精いっぱいだったようで、戦闘技術以外の自分都の差異を見る余裕がなかった。

 傍から見ると丸分かりだったか。

 テンテンは敵の策に完全に嵌っていた事にようやく気が付いた。

 ブンブクが続ける。

“で、そっちが片がついたら、早くサクラ姉ちゃんの加勢に来てほしいんですけど。

 正直、いくらチヨお婆ちゃんが往年の名忍者って言ったって、姉ちゃんの負担がおっきいんですよ”

「は? 相手ってそんなに強いの?」

“そりゃもう。

 最強の傀儡師、『赤砂のサソリ』さんですから”

 なにそれ。

 テンテンは脂汗がにじむのを抑えられなかった。

 チヨ婆も傀儡使いとしては超一級と聞いているが、その上がいるということか。

 傀儡使いはある意味忍具使いに近いものがある。

 機巧傀儡は道具であり、その中に様々な機構を仕込んでいる。

 この機構の引き出しの多さが傀儡使いの強さにつながる訳で、忍具もその数、種類が強さにつながる事が多い。

 サソリと言うその敵は、どれだけの引き出しがあるのか。

「暁」という組織の恐ろしさが理解できつつあるテンテンとしては恐慌する一歩手前である。

 そこに参戦するの?

 ネジもリーもいない状態で?

 無理。

 いくらなんでも無理。

 前衛としてのサクラの戦闘能力を知らないテンテンとしては、ネジやリー、ガイ隊長が参戦出来ないでいる状態でどうやって関わったらいいものか、悩むところである。

“大丈夫ですって、必要とされた時にピンポイントで参戦してくれれば”

 ブンブクがそう言う。

「…ワタシ、後衛なの分かってるわよね。

 体術は自信ないんだからね」

 テンテンの自己認識は若干間違っている。

 比較対象が体術のプロフェッショナルであるマイト・ガイやその弟子であり、同年代でテンテンに体術で上回るのはネジとリーの同僚達であるということ。

 テンテンは同世代どころか、体術のみで言うなら上忍たちとも渡り合える技術があるのだが。

“とにかく、チヨお婆ちゃんと姉ちゃんだけだと手数で押し切られて終わっちゃいそうなんですよ。

 手数を増やす事が出来れば勝負にもなると思うんだけど”

 と言うブンブクの言葉に、しぶしぶテンテンは対サソリ戦に参戦する気になった。

「アンタの読みはよく当たるからね、信じてるわよ、ブンブク」

 テンテンのこの判断が、この戦いの趨勢を決める事になる。

 

 

 

 サソリは疑問に思っていた。

 サクラと言う小娘、確かに大したものなのだろう。

 チャクラコントロールに優れ、チャクラの流れを調整することで力を集中させ、サソリの鎧でもある傀儡・ヒルコを破壊してのけた。

 のみならず、サソリの最大戦力の1つ、3代目風影の人傀儡すら仕留めたのだ。

 いくらチヨの手引きがあったとしても異常だ。

 これでチャクラ切れだというのならまだ想定の範囲内であるが、サソリの見たところ、小娘のチャクラは尽きる手前とはとても思えない。

(さてどういったカラクリなのやら。

 これならば人傀儡にするのも有効かもしれん、300体目はチャクラの尽きる事の無い人傀儡…か)

 なかなかに物騒な事を考えながら、サソリは最高の秘技を繰り出した。

 目の前にはサクラ、チヨとその傀儡「白秘技・十機近松の集」が揃い踏み。

 サソリはチヨに言う。

「大した傀儡集だ。

 だがな…」

 サソリの最高の技。

「オレはこれで一国を落とした」

 人傀儡の100機を同時に操演する技。

 人に扱える傀儡の上限は指の数、というその常識を覆すその技。

 その秘技を、

「我ながら呆れる。

 小娘と老いぼれ相手にいつまでやってんだか。

 最後のカラクリまで見せる事になるとはな…」

 こう呼ぶ。

「赤秘技・百機の操演、とくとみせてやる」

 そして戦いが始まった。

 

 サソリは100機の傀儡を操りながら、ふと先ほどの飛段とブンブクとの戦いを思い出していた。

「アイツは、もっとこう、力を抜いた戦い方をしていたな…」

 それに、面白いチャクラ糸の集中をしていた。

 極力絞ったチャクラ糸。

 当然のことながらそこに付加できる情報、つまり操演の精度は大したことはない。

 しかし、操演を単純化し、動きを限定させることでブンブクは最底辺のチャクラ量で腕型、足型の傀儡を扱っていた。

 今までサソリはその才能とチャクラ量にあかせて100の傀儡を扱っている。

 それはすなわち持てる者、強者の戦い方であり、力と力のぶつけ合いだ。

 そこには力尽きた方が死ぬ、という単純な論理が存在する。

 しかし、ブンブクの戦い方は違う。

 持っているリソースをフルに活用し、天の時、地の利、人の和を最大限に生かす。

 力を持たないが故の弱者の戦い方。

 あれを己の操演技術に生かせないものか。

 サソリはそう考える。

 戦いは佳境。

 すでに3割ほどの人傀儡が破壊されている。

 サソリは己の芸術品が破壊されつつあるのを腹立たしく思うとともに、素直な感嘆の気持も持っていた。

 チヨはまあ当然だろう。

 今は自分に劣るとはいえ、自分の師匠でもある。

 そうそう簡単にしとめられるとは思っていない。

 そう、サソリが驚いているのはサクラだ。

 前衛での近接戦闘、後衛のチヨのガード、更には医療忍者として回復まで行っている。

 これだけ様々な役割を1人で担うとは、この小娘、育ち切ればどれだけ優秀な忍となるか。

 サソリをして殺すのが惜しいと思える逸材であった。

 しかし、今は敵である。

 敵は排除する。

 忍びとしての非情の思考。

 サソリはサクラに人傀儡で攻撃を仕掛ける。

 サクラはチヨに比べるとまだ隙が多い。

 その為、サソリはサクラに攻撃を仕掛けつつ、傀儡操演における「手の抜き方」を研究していた。

 

 チヨは疑問に思っていた。

 己の孫たるサソリの操演にしては、動きが粗雑であると。

 最初は100機の傀儡を操演するなぞ無理があるのだろうと考えた。

 しかし、実際に戦ってみると、チヨに攻め入ってくる傀儡のその精妙さは若い頃の自分を彷彿とさせる、100の針の糸に同時に糸を通すような技巧を示していた。

 翻ってサクラに対しての攻撃はその操演技術は相も変わらず凄まじいものの、どこか動きが単調である。

 その為辛うじてサクラは致命傷を受ける事もなく無事である。

 何故に。

 チヨはサソリの異変がこの後とてつもない厄介なことになるのではないか、そう思えてならなかった。

 

 百機の操演、その半数ほどが倒された時の事である。

「ふむ…」

 いきなり、サソリの猛攻が止んだ。

「!? なに!?」

「お主、なにを企んでおる…」

 (いぶか)しむのは今まで絶え間ない猛攻にさらされていたサクラとチヨ。

 この戦いの中、一貫して無表情であるサソリの顔を凝視し、その意図を探ろうとするものの、元よりサソリの体は自らを改造した人傀儡の身、全く表情が動く事はなかった。

 きりきりと関節の稼働音をさせながら、サソリは2人に向き合い、

「ババァ、オレはあんたから様々な事を教わったな…」

 そして唐突に話し始めた。

「操演の基礎、応用、戦術…、オレの傀儡操演は全てあんたから学んだものだった。

 そして、オレはあんたから全てを学んだ気になっていた…」

「ふん、大分しおらしい事を言うじゃないか、お前らしくもない」

 その皮肉をさらりと受け流し、サソリは続ける。

「ババァ、あんたはガキだった頃のオレに、操演に緩急をつける事を教えていたよな。

 傀儡操演にはチャクラを消費する、チャクラの消費を抑えるための様々な方法を」

「今更古い事を。

 そしてお前はその膨大なチャクラを以って常識をねじ伏せた。

 お前はチャクラの消費を抑える必要なんてなかったじゃないか」

「そうだ。

 オレには必要ない技術、そう思っていた…」

 そう呟くように言うサソリに、チヨは恐ろしさを感じた。

 これは…。

「! お前まさか!!」

「そうだババァ。

 先ほどまでの戦いで、オレは『チャクラの消費を抑える操演』を試していた。

 そしてこれが…」

 サソリの背から巻物が引き出された。

 口寄せの巻物。

 先ほど、100機の人傀儡を呼び出したものと酷似したそれを、サソリは使用した。

 呼び出された傀儡。

 

 その数、200と95体。

 

 人傀儡、そしてそれ以前に作成した通常の傀儡の内、サソリの手元に残してあるもの、全てを召喚したのである。

 やっと半数まで破壊した100機の操演。

 それを上回る数をサソリは召喚したのである。

 あっけにとられるサクラとチヨ。

 その2人を尻目に、サソリはこう告げた。

「さて、これを何と名付けるか。

 そうだな、

『赤秘技・サソリの一国』とでもするか…。

 …まだまだ操演の奥は深い。

 その事に気づけただけでも飛段とあのガキに感謝すべきなのだろうな」

 サソリのつぶやきを聞く余裕はサクラとチヨにはもはやない。

「さて、それではすり潰させてもらうぞ、砂隠れの最強の傀儡使い」

 蹂躙ともいえる絶望的な戦いが、サクラとチヨに降りかかっていった。

 

 

 

『やっば! テンテンさん、急いで!!』

 テンテンはブンブクがそう言うのを聞いて、総毛だった。

「ちょ、ちょっと、向こうどうなってんのよ!?」

「サソリさん、奥の手を出したみたい!! 尋常じゃない数の傀儡に囲まれてるみたいだ!!

 急がないとホントまずいって!!」

 これは終わったかな?

 自分の運の悪さを呪いつつ、サクラ達を見捨てる事を思いつかないあたり、テンテンも「火の意志」を体現する木の葉隠れの里の者と言う事であろうか。

 急ぎ結界の起点であった大岩のあった辺りについてみると、そのすぐ脇にブンブクが座り込んでいた。

「! ちょっと、あんた大丈夫なの!?」

 テンテンから見てもブンブクは満身創痍、というのがふさわしいぼろ雑巾のような体を成していた。

「…やっば、隠すの忘れてた…」

「なにがあったのよ、あんた!!」

「いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないって!

 ホントに中まずいんだってばよ!!」

「…まったく、後で説明しなさいよ、もう」

 テンテンはそう言うなり、ブンブクの襟をひっつかんで洞窟の中に飛び込んだ。

 

 

 

 中は修羅場でした。

 冗談とか比喩抜きで。

 洞窟の壁を埋め尽くさんばかりの傀儡、傀儡、傀儡!!

 …なにこれ。

 テンテンさんと一緒に洞窟の中に突入したは良いんだけど、八畳風呂敷くんを硬度上げて盾にするしかできないんですが。

 どかどかごりごりとかなりえげつない音を立てて盾に変化させて風呂敷くんが削れる音がします。

 …まあそう言いながらも、じわ、じわと小細工をさせてもらっているわけですが。

 今回の仕掛けは起爆札。

 普段だったらサソリさんが引っ掛かるはずもありませんが、さすがにこの数です。

 100や200じゃきかない数の傀儡を操演してるんですから、注意力も落ちるってもんでしょ。

 で、さっきから逃げ回りつつ、結界法陣を配置、起爆札を設置次第陣内の傀儡を爆破するって寸法です。

 結構変則的な形になりましたけど、ここで起爆させれば!! と思った瞬間です。

 一斉に傀儡が後退、それと同時に強烈な風遁が僕たちを襲いました。

 ああっ! 折角設置した起爆符たちが吹き飛ばされちゃいました…。

 これセットするのにどれだけ精神力を削ったか…。

「ガキ、お前が関わってくる段階で、その行動は読めていたんだよ。

 だから、操演している傀儡の内、感覚に優れている奴に常時お前を観察させていた。

 小細工をしてくるのは予想済みだったからな」

 アウチ…。

 読まれてましたか…。

 自分をすら傀儡に作り替えたサソリさんは、無表情にそう言います。

 とはいえ、これはまずい。

 …しかたない、掛け値なしの最終手段を使うしかないです。

 僕はちらりと視線をテンテンさんの方に飛ばしたのです。

 

 

 

 テンテンは愕然とした。

 ブンブクから、「あれ」の使用を求められていたのだ。

 …正直「あれ」は使いたくない。

 いろいろ理由はあれども、一番の理由はテンテンが乙女である故である。

 余りにもあれは…。

 そう思っている間にもサソリは一旦下げた傀儡達を再度前進、こちらを蹂躙しようとしている。

 …ああっもうっ!!

 乙女心に多大なる傷を残しつつ、テンテンは口寄せの巻物を取り出し、中のモノを口寄せした。

 

 サソリはサクラ達に止めを刺すべく傀儡を動かした。

 最前列には簡易動作の旧式傀儡、これは人傀儡に比べて動作が単純ではあるものの、強度という点では構造が単純な分人傀儡よりも丈夫で、盾として、また敵陣を貫く重装騎兵として優れていた。

 そしてチャクラを蓄え、後方からの忍術での攻撃が可能な人傀儡。

 この組み合わせはサソリが考える以上の効果を発揮してくれていた。

「…この分だとババァどもを葬った後、今まで軽視していた操演の復習が必要かもしれんな…」

 無表情ながらも、内心サソリは興がのっていた。

 天才傀儡師と呼ばれたサソリにとって、傀儡操演の新しい可能性が開けた事は、自分の本分を刺激する事でもあったのだ。

 まずは前線にいる忍具使いを殺す。

 一撃必殺の意志を以って、サソリは槍を持った傀儡と、火遁を使う人傀儡によって忍具使いをなぎ払おうとした。

 槍が忍具使いに突き立ち、火遁がその爆炎をもって吹き飛ばした。

 …はずだった。

 火遁の爆炎がおさまった時、そこには珍妙なものが鎮座しましていた。

 

 言ってしまうなら、「亀の着ぐるみ」である。

 よくみるなら、なんとなく茶釜にも見えない事もない。

 しかし、忍具使いがそれを着ていると、亀の着ぐるみを着込んでいるようにしか見えない。

 亀の首、および前足、後足の部分に当たる部分にまあるい穴が開いており、そこから忍具使いが頭、腕、足を突きだしているように見える。

 …有り体に言って、間抜けである。

「ブンブクうっ!! 恨むからねぇっ!!」

 テンテンは涙目でブンブクを睨んでいる。

 ぶふっ。

 誰かが噴出した。

「今笑ったの誰よ!」

 テンテンが周りを睥睨しつつ威嚇する。

 そんな様子を見つつ、サソリは気を引き締めた。

 いくら旧式とはいえ、サソリの創った傀儡の一撃を受けて無事であるとは。

 かなりの強度を持つ甲冑らしい。

 とは言え、機動力があるようにも見えない。

 防御一辺倒ならば回り込み、押し包んで潰してしまえばいいのだが。

 本当にあれはそれだけのものか?

 忍具使いの娘の言動からして、アレの仕込みはどうやらガキらしい。

 と言う事は何かまだあると言うのか。

 …サソリのその懸念は的中した。

 

 テンテンはくるりとサソリとその傀儡軍に背を向けた。

「いくよ! 『十方飛丸』起動!!」

 その声と共に、亀の甲羅、それがはじけ飛んだ。

 その下からは、幾つもパイプが束ねられたような構造物が見える。

 テンテンのチャクラに反応し、下部からは鎖に繋がれたフックが打ち出され、「十方飛丸」を固定する。

 テンテンは足を前に突きだし、その着込んだ忍具をがっちりと固定、そして、

「『十方飛丸』、発射(ふぁいあ)!!」

 忍具を発動した。

 

 

 

 空区、その一角では忍具商人の猫バアはタバコをふかしていた。

「あのボウズ、あれを使ってないだろうねえ…」

 危険すぎるおもちゃを提案した少年、茶釜ブンブクの事を猫バアは考えていた。

 殲滅戦用忍具・『十方飛丸』と名付けられた異形の忍具は、それ自体はどこにでもある発想で作られていた。

 起爆札を使って手裏剣、矢を飛ばすという機構の忍具だ。

 実際、結界法陣の一種として、起爆札起動の際の衝撃で、鉄菱などをばら撒く罠はよく仕掛けられている。

 しかし、筒に起爆札を詰め、吹き矢の要領でクナイや矢を飛ばそうとすると、筒の強度が持たない、持ったとしてもかなりの重さになり携行に不向き、そもそもその反動で使用者が肩を脱臼するなどろくな事がなかった。

 ブンブクの持って来た案は、大きな指示脚を背後に用意、さらに本体下部に小型のフックを装備して衝撃を抑え込み、さらに各筒にガス抜き用の穴を用意することで反動をある程度逃がす作りになっていた。

 そして出来たのが…。

 

 見た目はなんというか、二抱えもあるような茶釜である。

 ところどころに穴が開いており、どうやらこの茶釜を「着込む」ようにして使うらしい。

 言ってしまえば茶釜型の鎧である。

 しかしこれはその忍具の防御形態にすぎない。

 その鉄の鎧を剥がすと、全身にハリネズミのように積まれた、起爆札をその底に仕込んだ筒がその異形を現す。

 亀の甲羅のような背部装甲の裏に仕込まれた、その数およそ120。

 起爆札を起動させるとその瞬間、120の筒に仕込まれたブドウ弾と中空の千本が160程の角度に全て撃ち出される仕組みになっている。

 千本の中には起爆札と同じ術式が組み込まれ、突き刺さると同時に炸裂する仕組みになっている。

 当然撃ち出せばそこでこの忍具は役目を終える…訳ではない。

 口寄せ・雷光剣化の変則の術がこの忍具には仕込まれている。

 術を起動させることで、使用済みの砲筒部分を召還、未使用の砲筒部分を即座に据え付けるのだ。

 最大6連発。

 これは下手な連中には売れない。

 猫バアはこの簡易型殲滅用兵器、とでも言うべき代物が使われない事を祈っていた。


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