NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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大苦戦いたしましたが、26話完成です。


第26話

 病院の一室。

 ここには茶釜ブンブクが入院していた。

 担ぎ込まれて1日目は医師達も手がつけられなかった。

 それはそうだろう。

 彼らは鍛冶屋ではない。

 ()()をどう診察しろというのだ。 

 そう、ブンブクが病院に連れられて来た時、彼は什器変化によって手のひらサイズの茶釜となっていたため病院ではどうにもできなかった。

 持ち込んだ春野サクラなどは、当初「冗談はやめるように」などと言われていたようだ。

 もちろん、茶釜一族の事を知っている医療忍者もいるため、彼が人型に戻れるまで病院で預かる事になったわけだが。

 

 彼が病院に担ぎ込まれてかれこれ丸1日、ブンブクが目を覚まし、人型になった時には両親とサクラは喜んだ。

 しかし、

「どうも身体機能と精神活動が低下しているようです」

 医師にそう診断されたとブンブクの両親が泣いているのを見て、サクラは動揺した。

 いつも飄々としている父親のナンブ、おっとりとした母親のナカゴがこんなにとりみだすとは。

 サクラ自身も、まるで生気の抜けたような、人形のようなブンブクを見て心が大きく乱れた。

 いつも能天気に笑っていたブンブク。

 その彼が感情のない表情でベッドに横たわっているのを見るのは辛かった。

 この世界にはまだない概念であるが、戦争神経症、というものがある。

 PTSD(外傷後ストレス障害)にも近いもので、近代戦に参加した兵士などがかかる精神障害の事である。

 ブンブクは実戦に出る事の出来る年齢、状態ではなかった。

 その彼が、音の四人衆という圧倒的な格上との殺し合いを体験したのである。

 本来その場で錯乱したとしてもおかしくない状況だったのである。

 なんとか戦いになったのは、茶釜家に伝わる自己暗示術のおかげであった。

 この時代、忍の家系にはその一族が培ってきた秘伝の忍術などがあるものだが、自己暗示、自己催眠の技術は比較的どの家にもあるものだった。

 忍界大戦では若年の天才忍者が活躍した記録が多々残っているが、精神的に成熟していない子どもを戦場に立たせるための一手段として、自己催眠は有効であった。

 本来の人格の上に、仮面のように擬似人格をかぶせることで、殺しあいの重圧から心を守る方法という方法などは必要にかられて、というのもあるが各一族で研究が進められていたもののひとつである。

 しかし、自己暗示術はその効果に比して危険も大きい。

 霧隠れの里では殺人禁忌を無効化するための方法として忍候補生の一部に幻術を使用し、殺人禁忌を外し、その結果として下忍同士の殺し合いが恒例となってしまった為、下忍の数が年々減少し、忍の里としての力を減少させる事態となった。

 茶釜の一族でも自己暗示術は存在したものの、自己暗示は効果と副作用を慎重に調整したもので、その効果は高いものではない。

 本来、どうしようもない状況と戦う時のみに使用が許されたもので、未熟なものが使用するにはいささか効果が弱いものであった。

 暗示と共に若干の思考誘導が行われ、戦いの恐怖感をある程度抑え込むものではあるが、その結果が今回のブンブクの状態である。

 こんなに早く実戦を経験させたくなかったと嘆くナカゴの背をなでるナンブを見ながら、サクラは忍の任務の非情さを実感したのである。

 

 2日ほどたち、少しづつではあるが、ブンブクに表情が戻ってきた。

 その時である。

「うちはサスケ奪還班」の面子が負傷を負い、帰還したのは。

 秋道チョウジ、日向ネジは意識不明の重体。

 うずまきナルト、犬塚キバも重傷。

 奈良シカマルも骨折の重傷を負うものの、動けない事はないという。

 後追いとして班を追ったロック・リーも元から病み上がりであり、負傷をしたために再度入院している。

 砂隠れの3人が救援に入ったため、全滅は免れたと聞いている。

 両親とサクラはその事をブンブクに伝えなかった。

 未だブンブクの心は不安定だ。

 奪還班の状態を伝えたところで状況が好転するどころか悪化するであろうことは明白だった。

 

 その日の内に、シカマルがブンブクを見舞いに来た。

 サクラはシカマルを病室に入れなかった。

 今はまずい。

 サクラはそう考えた。

 シカマルに会うならば、サスケの奪還はどうなったかブンブクは聞くだろう。

 サクラもその詳細を聞いている訳ではない。

 しかし、この場にサスケがいない以上、どうなったかは推して知るべしである。

 シカマルがその事に頭が回っていなかったのがサクラには意外だったのだが。

 シカマルを隊長としてナルト、チョウジ、キバ、ネジの4名、追加戦力としてリー、砂隠れの里の我愛羅、テマリ、カンクロウの4名、合計9名の戦力である。

 5代目火影・志村ダンゾウとしても、「木の葉崩し」による人員不足の中、最良を用意した陣営であったろう。

 それが、ふたを開けてみれば最初に送り出した5名は軽重はあれども負傷をし、サスケは連れ戻す事が出来なかった。

 これがシカマルの判断ミスであるのであればともかく、手引きした5名の戦闘力はダンゾウの予想をはるかに超えていた。

 奪還班に当たる前、音隠れの里の忍4名が別忍務後帰還中の並足ライドウ、不知火ゲンマの2名と交戦、これを撃破している。

 ライドウ、ゲンマの2名は千手綱手の弟子であり、優秀な医療忍者でもあるシズネによって一命を取り留めている。

 任務を終えた後で保有チャクラ量が少なくなった状態とはいえ、戦闘能力では上忍と五分に戦うだけの能力を持った2名を倒してのけた音の四人衆。

 そのダメージも抜け切れていない状態で奪還班の面子と戦い、相内に近い状況ながら自身の忍務を果たしてのけたのである。

 結局奪還班の成果としては敵忍の内、最初に交戦した()()()()()したのが唯一となったのである。

 サスケを連れ帰ることが出来なかったことをブンブクに問われた場合、若干なりとも落ち着いてきた精神状態がまた不安定になる事をサクラとブンブクの両親は恐れたのである。

 

 

 

「任務失敗、か」

 志村ダンゾウは火影の執政室にてシカマルを前にそう言った。

 シカマルはダンゾウを前に、その目をまっすぐに向けている。

「はい、オレの力が足りないばかりに…」

 シカマルはこの全責任を自身がとるつもりだ。

 ダンゾウは元々木の葉の闇を司る「根」の長官であった。

 この失態を許すとはとても思えなかった。

 しかし、

「よい、今回の件では上層部の考えが甘かった部分もある。

 そもそも特別上忍2名を倒してのけるほどの腕ききがいた事が今回の原因と言えよう。

 即席のチームを率いての作戦でもあり、今回の失態は不問とする。

 次はないものと思え、下がってよい」

 ダンゾウはそう言った。

 ダンゾウは間違っても甘い男ではない。

 シカマルは表情こそ変えなかったものの、内心では大きく動揺してた。

「ああ、そうだ」

 ダンゾウが下がろうとするシカマルに声をかける。

 シカマルは、「そらきた」と思った。

 ダンゾウは甘い男ではない。

 ここでシカマル、いや奈良家に何らかの圧力をかけてくるだろう。

 シカマルはそう分析していた。

「お前は病院で父たる奈良シカクに言われたはずだ。

 なればその言葉に見合おうた男になってみせい。

 それだけだ」

 シカマルは一瞬なにを言われたか理解しかねていた。

「どうかしたか?」

「いえ、奈良シカマル、退出いたします!」

 シカマルは執政室から退出しつつ、ダンゾウの言葉を反芻していた。

 多分あれは奈良家、いやシカマル自身に対する挑戦。

 オレがどこまでやれるようになるか、それを見ているという事。

 これからシカマルは己の好む所とは全く違う激務の中で生きねばならないのだろう。

 それを是としてしまった。

 ならば出来る事をやるしかないだろう。

 シカマルは全く顔に出すでなく、心にそう熱く思うのでなく、ただその明晰な頭脳のなかに、消えない何かを刻み込んで、盟友(とも)のいる病院へと戻っていった。

 

 執政室にてダンゾウは今後の事について考えていた。

 サスケがいなくなったのは大きい。

 なにせ木の葉隠れの里創設時の2大血族の1つであったうちは一族がこれで消え去ったからである。

 公式には。

 しかし、それも里には大きな影響を与えるまい。

 うちはの力を象徴する写輪眼。

 それはうちは滅亡の際に秘密裏に大量に確保してある。

 また、うちはを滅ぼしたうちはイタチ。

 彼との交渉チャンネルもダンゾウは秘密裏に確保してある。

 無論、火影である間は使うことはないが。

 ダンゾウにとって、「根」の長官である自分と火影である自分を切り離して考える事はダンゾウ自身に課した課題である。

 そのため、「根」としての考えを抑え込み、火影としての行動をおこなう。

 本来理論重視のダンゾウにとって、こういった行動をとると決定が鈍くなる傾向にあったのだが、これをうまく埋めてくれる猿飛ヒルゼンのおかげで今のところ問題になるようなことは起きていなかった。

 それに…。

 ダンゾウはそこでサスケに関する思索を打ち切った。

 居らなくなったものを嘆いてもしょうがあるまい。

 大蛇丸がこちらに接触した時にでも改めて考えればよい。

 大蛇丸について木の葉隠れの里に敵対するならば滅ぼすのみ。

 取り込めるようであればこちらに着くよう策を練る。

 それで構うまい。

 それと、今回捕える事の出来た音隠れの忍だ。

 好都合な事に大蛇丸によって施された呪印によって、彼らの自我はかなり薄くなってしまってる。

 大蛇丸の施した洗脳が彼らを辛うじて動かしている状態だ。

 大蛇丸からすれば有用な手駒が完成したともいえるが、それなれば大蛇丸の洗脳を解き、木の葉隠れの里の手駒にするのもたやすい。

 ずいぶんと大蛇丸はもったいない事をするものだ。

 いや、それだけサスケに有用性を見出しているのだろう。

 捨てるのであればこちらで有効に使わせてもらおう、そうダンゾウは考える。

 しばらく熟考した後、ダンゾウは暗部の拷問班、森乃イビキに連絡を取った。

 

 

 

 サスケ奪還班が病院に入院して4日。

 ブンブクが入院して7日になる。

 重体であったチョウジ、ネジの容体も安定し、ナルトもベッドの上で起き上がれるほどに回復していた。

 もっとも、ナルトが入院するというのはある意味異常事態でもあった。

 本来、ナルトは九尾の人柱力として、異常なほどの回復能力を持っている。

 そのナルトが4日も寝込まなければならないダメージとは。

 ナルトを知らない医療忍者はその回復力に驚愕し、ナルトの事情を知る者達は、圧倒的な回復力を持つナルトがここまで追い込まれたという事実、それを成したサスケに強大な力を与えたという大蛇丸に畏怖を感じざるを得ない状況だった。

 ブンブクは当初の無気力状態から、会話が出来る程度には回復していた。

 そこにやってきたのは砂隠れの里の3人である。

「おっす、元気じゃん?」

「そんなわけないでしょうが! ごめんね、坊や」

「無事でよかった」

 砂隠れの里の3人は表情には出さないものの動揺していた。

 あのコロコロと表情の変わるブンブクが、茫洋とした表情を崩さずに彼らに対している事に。

「どうもみなさん、お久しぶりです」

 そう言うブンブクの声にも感情が薄い。

 本人は普通に接しているつもりなのだろうが、普段のブンブクを知っている3人だけにその反応がつらかった。

 

 その後も3人は毎日ブンブクの見舞いに来た。

 益体もない事を話しては帰っていく。

 その中でサスケに関しては決して語られることはなかった。

 そしてブンブクが入院してから10日目。

 シカマルがブンブクの元へとやってきたのである。

「よっ、元気か?」

 いつも通りのだるそうなもの言いをしながら、シカマルは病室へはいってきた。

「あ、どうもです、シカマルさん」

 この頃になるとブンブクもだいぶ調子を取り戻しており、いつもの能天気を()()()も出来るようになっていた。

 …シカマルには通用しないのだが。

「オレの前で気張んなくていい。

 オレもお前の前じゃ気張らねえだろ?」

 シカマルはことさら腑抜けた顔で言う。

 ブンブクもそれが分かっているのだろう、ふっとため息をついた。

「…今回の事については、正直きついんですよねえ。

 いろんな要因が積み重なった結果だってのは分かるんですけど…。

 僕のとった手が悪手だったのは確かですしねえ…。

 どうしても後悔が募るんですよね」

 淡々と述べるブンブクに、不安が募るシカマル。

 実は彼の精神状態は悪化しているのではないか。

 そんな思いが募る。

 しかし、

「あ、僕の事なら大丈夫ですよ、()()にカウンセラーがいるもんで」

 ブンブクは頭を指差して言う。

「かうんせらー? なんのことだ?」

 シカマルはブンブクの仕草に首をかしげながら、まあ問題はないのだろうと感じる。

 先にも話題になったが、忍には自己暗示術を持つ一族は多い。

 奈良一族にもそれは存在する。

 シカマルや、父のシカクの場合、その思考を鈍らせる可能性があるためめったに使われることはないが。

 その中にはその思考の中に第2の人格を形成するものもあり、ブンブクの言う「かうんせらー」というのもその類なのだろうと当たりを付けていた。

 忍同士ではむやみにその術を聞く事は禁忌とされているが、それがシカマルの勘違いを増長させる事になっていた。

 とはいえ「僕の中には前世の記憶があるんです」といってもシカマルを余計に混乱させるだけだったろうが。

 

「…今日はお前に今回の任務の報告に来た。

 お前にも聞く権利と義務があるからな」

 シカマルは実に億劫そうにそう話し始めた。

 ブンブクが予想していた通り、うちはサスケの確保には失敗。

 各メンバーは負傷をし、特に秋道チョウジ、日向ネジの2名は一命を取り留めたもののまだ予断を許さない状況が続いている。

 成果としてはブンブクの戦った音の四人衆の捕縛。

 シカマル達が戦う前に、木の葉隠れの里の特別上忍2名と交戦しており、ある程度疲労していたらしい。

 特別上忍達からの情報によると、交戦の際焦りを見せていたという話であり、ブンブクのやった事も無駄ではなかった、というシカマルの分析であった。

 とはいえ、ブンブクとしては世辞であろうとの気持ちが大きい。

 彼らはとてつもなく強かった。

 本来は交戦を避けるべきだったのだろう。

 それが出来なかったのは己の弱さのせいであろうとブンブクは考える。

「…シカマルさん、兄ちゃんはどうしてますか?」

 ブンブクに聞かれて、シカマルはどう答えるか悩んだ。

 ブンブクはやはりナルトが気になるか…。

 ナルトはサスケを連れ戻せなかったことを悔やんでいる。

 自分自身の思いもあるだろうし、今回の事に関してはサクラの想いも背負っていた。

 それだけに今後ナルトの行動を縛る事もあるのではないか、とシカマルは心配していた。

 ここでナルトの状況をどう話すかでブンブクの行動も縛ってしまうのではないだろうか。

 それは正しい事なのか、シカマルには判断しかねる部分があった。

 今のブンブクがどの程度回復しているのか…。

 シカマルが思索を巡らせていると、

「大体の状況は分かってますよ。

 何せ兄ちゃんですから。

 ()()()()()んでしょ?」 

 ブンブクはそう言った。

 シカマルは苦笑をした。

 そうだ、何を悩む事があったのか。

 こいつは茶釜ブンブク、うずまきナルトの弟分だったな。

 シカマルはことさら表情を緩くし、ナルトの状況、班の皆の状況を語っていった。

 

 

 

 なるほどねえ。

 やっと平常運転に入りました、茶釜ブンブクです。

 さすがに実戦は全然違いました。

 散々出来る手を尽くして時間稼ぎが精いっぱいでしたね。

 それに…。

 まあ今はやめておきましょう、兄ちゃん達の現状把握が先です。

 シカマルさんからの情報では、まいってるのは兄ちゃんとキバさんかなあ。

 兄ちゃんは大丈夫だろう。

 サクラ姉ちゃんとの約束もあるし、兄ちゃんなりの忍道を見つけてる筈だから。

 後はみんなが兄ちゃんを支えてくれるだろうし。

 問題はキバさんかもしんない。

 赤丸くんが負傷、自身も重傷、となると、絶対あの人の事だから無茶をするだろうなあ。

 キバさんだけでなく、赤丸くんも。

 実のところ、赤丸くんもかなり責任感が強い。

 どうも僕を子分だと思ってる感があるし。

 まあ間違いじゃないんだけどね、犬的には。

 キバさん(ボス)>赤丸くん(一の子分)>僕、って序列のようだし。

 ちなみに兄ちゃんは赤丸くん的に欄外というか、別格らしい。

 は? なんでそんな事が分かるかって?

 実はここしばらくでイヌ科の動物の言いたい事がなんとなくわかるようになってきまして。

 文福狸さんが意識の表層に出てくるようになったからなのか、ブンブク茶釜モードを多用するようになったためなのかははっきりしませんが。

 そういうことで後々赤丸くんにも相談を受けそうな今日この頃。 

 赤丸くんはキバさんが兄ちゃんの近くにいる関係で、兄ちゃんの中の九尾さんの影響を受けてかなり強くなってるようなんだけど、その蓄えた力をどう使えばいいかってところで詰まってるようだ。

 犬塚ツメさんの相棒の黒丸さんとかとはまた違った方向のようだし。

 なんか手伝えることあったかしらん。

“相変わらずですねえ”

 まあねえ、これが僕だし。

 でさ、文福さん、なんかアイデアないですか?

“そうですね、忍犬の上位の者に鍛錬を頼むのはどうでしょうか?

 多分ですが、化け狸のもの達に依頼すればなんとでもなるかと思いますが”

 そうですねえ、刑部さんあたりに相談してみましょう。

 

 しかし、話には聞いてたけどチョウジさんが倒れるほどの副作用の丸薬、ねえ。

 シカマルさんから聞いたけど、正直言って信じらんない。

 だって秋道の一族なんだよ?

 あの人たちって「倍化の術」とか、身体を強化、変貌させる術のエキスパートなんだし。

 身体に来る副作用とか、抑え込めると思うんだけど。

 聞いて良いようならチョウジさんに今度丸薬を使用した際の感触とか聞いて見ようかしらん。

 僕の想像が正しいなら、チョウジさんにもちょっとはお手伝いが出来るかもしれないし。

 そんな事を考えつつ、シカマルさんと世話話をはさみつつみんなの状況を聞いたのでした。

 

 しばしの歓談の後、シカマルさんは帰って行った。

 まだチョウジさんとか、ネジさんとかは起き上がる事が出来ない状態だとか。

 そういう状況を見るに、音の四人衆の人たちは冗談抜きに強かったんだなあという事が分かる。

 よくもまあ、僕は彼らに喧嘩を売れたもんだ。

 相手が殺しに来る可能性が低かったからなんだけど、キーワードを使った自己暗示はやっぱり視野が狭くなる分、使いどころが限られる。

 それをどう制御するかが今後の課題かなあ。

 色々な事を考えながらいたら、大分時間が経っていたみたいだ。

 日が落ちて外は暗くなっている。

 その時、部屋のドアがノックされた。

「はい?」

 そのノックの音は。

 僕にとって運命を動かすゼンマイの、ネジを巻く音にも似ていた。

 

 

 

 ブンブクの病室に入ってきたのは5代目火影・志村ダンゾウ。

 いつものごとく厳めしい表情をしてはいるものの、子どもへの見舞いという事もあり、その雰囲気はいつもに比べれば柔らかい。

「ブンブクよ、体調はどうか?」

 とはいえ、相も変わらずその話し方はよく言えば効率的、悪く言えば装飾がなくぶっきらぼう、という事になるのだが。

 それに対し、ブンブクも相も変らぬ緩さで、

「はい、どうにか動けるようになってまいりました、ご心配をおかけしました」

 などとのたまっている。

 ブンブクの能天気は平常運転だ。

 …という訳ではないのをダンゾウは見抜いていた。

 普段なればブンブクはダンゾウに対して礼節を欠かさない。

 この状況であれば、ベッドから抜け出て片膝を付く、くらいの事はするだろう。

「…今度(こたび)の事は、失態だったな」

 ダンゾウがそう言うと、ブンブクの肩がピクリ、と動いた。

「…はい」

 ブンブクはそう言うと、ベッドから出ようとした。

「よい。

 今は非公式なものだ。

 お前も消耗しておる。

 そのままで話せ」

「はい。

 今回の事は失態でした。

 まず、サスケさんの里抜けが想定できた時点で、僕は近くの大人に頼るべきでした。

 僕の中の文福さんに制止されていたにもかかわらず、僕は自分自身で解決する事を選んでしまいました」

 ブンブクは淡々と話す。

「つぎに、サスケさんへの対応が失敗したのなら速やかに撤収すべきできた。

 音隠れの里の忍は本来僕の手に負える相手ではありませんでした。

 その相手と交戦する事になったのは、僕が自己暗示による擬似人格を『制御できなかった』ためです」

 ブンブクの使った自己催眠術は、通常の自己より冷静な性格を本来の自分の上に乗せるもので、その際、任務を重視するように思考が誘導されるようになっている。

 十分な実力を持ったものならば、その思考誘導を調整する事も可能なのだが、未熟なブンブクではそれが出来ず、そのため即時の撤退を選択の幅に入れる事が出来なかった。

 その事をブンブクは悔いているのである。

「この失態はいかようにも…」

「よい。

 そこまでをワシは今のお前に求めぬ。

 これがどういう意味か分かるな?」

 ダンゾウはブンブクに問いかける。

「はい、これから、ということですね」

「そうだ。

 お前は認めておらなんだようだが、お前のその才、過去の記憶を持つという利点も含めて、だ、それは里の力となる。

 お前はまだ未熟なれど、少なくとも今回の事についてはまだ挽回が効こう。

 己を鍛えよ。

 そして里の力となれ。

 お前が守りたいものは里の中にあろう。

 お前の力を伸ばすことで里を守ってみせい」

 ダンゾウはブンブクに近づくと言った。

 ブンブクは表情を変えない。

 しかし、その瞳からはほろりほろりと涙がこぼれていた。

 止まっていたブンブクの感情が動き始めた。

 ダンゾウは語る。

「ブンブクよ、ワシらは忍だ。

『忍』とはなにか。

 さまざまな者がさまざまな定義をもっておった。

 ある者は『忍術を使う者』というておった。

 またある者は『耐え忍ぶ者』と言うた。

 ワシはお前にこう告げよう。

 忍とはしょせん『暴力をふるう者』なのだと。

 よいかブンブクよ、『忍』の文字は『刃心』という。

 刃の字はつまりは武力、暴力だ。

 ワシら忍びは暴力としての忍術から離れることはできん。

 それは一つ間違えば力を振るうだけの存在になる事を示しておる」

 事実、忍界大戦の折、忍はその絶大な力を振るい、互いの里を滅ぼさんとした。

 それは徐々に過激さを増し、忍と関係のないものたちをも犠牲にする事を何とも思わなくなっていったものである。

 ダンゾウは続ける。

「だがな、ブンブク。

 その刃、暴力には心が伴わねばならん。

 なればこそ、刃という文字の下に心という文字があるのだ。

 殺し、騙しに心は不要、確かにそうであろう。

 なれどな、心を無用のものとして外道を行うなればそれはただの暴力だ。

 忍の文字から心が消えてしまう。

 我ら忍は外道を以って正道を守護せしものであると心得よ。

 刃を振るうその土台は心である事を忘れるでない。

 その事を忘れた時、ワシらはただの外道に堕する。

 お前は唯の外道となるな」

 ダンゾウはそう言う、まるで懺悔をするかのように。

「根」の長官をしていたダンゾウ。

 彼はその配下に滅私、つまりは心を殺すことを強要した。

 様々な外道を用いてその心を破壊し、再構成することで、「根」に絶対の忠誠を誓う手駒を作り出した。

 彼はその事を悔いていたのだろうか。

 ダンゾウはブンブクにその左手を伸ばす。

 ブンブクの頭に手をやり、ゆっくりと壊れ物でも扱うかのようになでた。

 ブンブクはそれに逆らうでもなく、ただ涙を流していた。

 

 次の日、茶釜ブンブクは病院より退院した。

 これより3年、彼は己を鍛え、この先にある苦難を仲間たちと共に乗り越えて行く事になる。

 

 

 

 いずことも知れない場所。

 暗闇に()()()いた。

「フン、ナルホド。

 ()()()()()()()ガ動イテイルノカ。

 厄介ダナ。

 計画二支障ヲキタスナラ… 片ヅケル必要ガアルカ…」

 

 第四次忍界大戦の幕開けは近い。




ダンゾウの語りは、「万川集海」より拝借しています。

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