「おい…」
うちはサスケが咎めるように言うが、音の四人衆は茶釜ブンブクへと目を向けたままサスケの方を向こうとしない。
「サスケ様、こいつは『木の葉崩し』の時、浚いそびれた奴なんです。
大蛇丸様の命令は絶対。
ここでこいつを連れて行くのもオレたちの任務でもあるのです」
西門の左近がブンブクから目を離す事無くそう言う。
四人衆の中で実力が一番高いと目されているのが左近である。
それだけにブンブクの「強くない」発言に最も怒りを露わにしたいる。
ほかの者達も視線で人が殺せるのならとうの昔にブンブクを射殺しているであろう凶暴な目つきで睨みつけている。
いや、1人だけまだ冷静を保っている者がいた。
南面の次郎坊。
彼だけは何とか平静を保ち、ブンブクの次の手を警戒していた。
「オレに任せるぜよ」
3対の腕を持った少年、東門の鬼童丸が前に出る。
彼は1人でブンブクを捕えるつもりだ。
当然である。
彼らは全て、大蛇丸より至高の異能を与えられた存在だ。
年齢相応の力しか持たないただの忍候補生など塵芥に等しい。
そんなものに全員で掛かるなど、大蛇丸様への冒涜に等しい、音の四人衆は皆、そう考えていた。
比較的冷静な次郎坊ですら。
そして彼らはブンブクの挑発を受け、冷静さを欠いていた。
自然と動き、思考が雑になっていた。
ブンブクの思惑通りに。
ブンブクは右半身構えで鬼童丸に対峙していた。
右手は顔の前、左手は腹部を守るように。
手首は返され、手の甲が相手に向いている。
手の中の暗器は敵に見えぬよう、その牙を
少し背中は丸められ、獲物を狙う犬科の獣のごとくどの方向にも動ける重心を維持している。
目つきは鋭さを…持たず、茫洋と視点の合わないまなざしを鬼童丸に向けている。
その目つきが鬼童丸の癇に障った。
自分を見ていない。
こいつはオレをバカにしている、と。
「このっ!
最初っからヘルモードぜよっ!」
鬼童丸はブンブクに掴みかかった。
たかがアカデミー生に侮られるほど自分は侮辱されているのだ、と。
彼は思い違いをしていた。
ブンブクは彼を侮ってなどいなかった。
当然のこととして、自分より圧倒的に強い存在と認識していたのである。
だからこそ、彼は鬼童丸、および音の四人衆とうちはサスケを含む全体を視認しているのだ。
鬼童丸の一点に意識を集中した場合、それ以外の部分からの攻撃に対処できない。
全体を見る視点、「観の目」と呼ばれる概念である。
ブンブクは鬼童丸の迫る足の動き、捕えようとする腕の動きを見通していた。
そして思う。
確かに鬼童丸は凄まじい動きをしている。
しかし、
「6本の腕を使いこなしてはいない…」
6本の腕を使った格闘技術など、鬼童丸は学んでこなかった。
故に、鬼童丸は6本の腕それぞれで、ただ掴みかかるだけである。
ブンブクは、掴みかかる腕をいなし、いなし、掴みかかる腕に別の腕をぶつけ、小柄な体を活かして腕と腕の間に入り込み、鬼童丸の死角に入る。
「く、どこにっ!」
ブンブクの狙うのは右大腿部外側。
そこに思いきり体を反転させ肘打ちを叩きこむ。
「がっ!」
太ももの外側には腸脛靭帯と呼ばれる腰骨とひざを結ぶ筋肉と筋膜の帯がある。
腰とひざをひきつけ、姿勢を保つためにいつも張りつめているその部位。
ピンと張りつめたそれにブンブクは渾身の一撃を加えたのである。
子どもの喧嘩や遊びなどで「ももぱん」「ももかつ」などと言われるそれは、実のところかなり危険な行為でもある。
張りつめた薄い腱を叩けばどうなるか。
無論、鬼童丸の身体能力は非常に高い。
ブンブクの一撃ごときで怪我を負うようなことはない。
が、
その一撃は体を引き攣らせ、鬼童丸は大きく体のバランスを崩した。
その隙にブンブクは大きくバックステップをし、鬼童丸より距離をとった。
「鬼童丸! なに無様カマシてやがるっ!」
紅一点、北門の多由也が相も変わらず汚い言葉で鬼童丸に発破をかける。
その言葉で、なおさらいきり立つ鬼童丸。
不十分な体勢から、大きく頬をふくらませ、なにかをブンブクに吹き付ける。
まるで蜘蛛の糸のようにブンブクに迫るそれ。
鬼童丸のチャクラを練りこんだ糸は、ブンブクの腕にへばりつく。
「はっ、これでゲームオーバーだ、イージーぜよ!」
鬼童丸は勝利を確信し、ブンブクを振り回し、叩きつけるために思いきり糸を引いた。
ブンブクの体重から殺さない程度の力を込めて引いた糸。
それはまるで重さなどないかのように抵抗なく引っ張られ、
「なんだとぉ!」
その抵抗のなさに鬼童丸はたたらを踏んだ。
意図に引っ張られていたのは、先ほどまでブンブクが着込んでいた服。
変わり身術の一種である居脱ぎの術。
空蝉の術とも言われるその術は、衣服のみをまるでそこに本人がいるように見せる幻術と忍術のハイブリッドである。
本来ならば鬼童丸が引っ掛かる術ではない。
ブンブクが挑発し、体術により動揺させ、それだけやって注意が散漫になったために初めて鬼童丸に通用したのである。
ブンブクの服が大きく広がり一瞬鬼童丸の視界を塞ぐ。
そこまでがブンブクの仕込み。
「シッ!」
鋭い呼気とともに、再度鬼童丸の懐に飛び込むブンブク。
まるで刀を構えるように右の拳を左の骨盤に当てるように構え、鬼童丸の頬に向かって居合い切りのように振り抜く。
右の小指の下から出た、寸鉄の突端、それが鬼童丸の頬、若干耳よりの部位、顎の関節の上を叩く。
「あがっ!」
ブンブクはただ鬼童丸の顔を狙った訳ではない。
彼の膂力では鬼童丸を殴りつけたとしても目のようなよほどの急所でない限りダメージを与えることが不可能だ。
そしてそんなところをブンブクのような未熟な少年に狙わせるほど鬼童丸は弱くない。
彼が狙ったのは顎関節、そしてその上を覆っている
先ほどの攻撃、鬼童丸が糸を吐き出す際に、頬を大きく膨らませているのをブンブクは見ていた。
あの糸を封じるために、口を閉じる際に重要な咬筋を狙ったのである。
さらに、
「せいやっ!」
気合を込めて体を回転させ、ブンブクは体勢を崩した鬼童丸の首元、右の鎖骨に全体重を乗せた肘打ち、さらにはその勢いのまま体を縦に回転させ、胴廻し回転蹴りを左の鎖骨に叩きこんだ。
「! てめっ!」
そのまま地面に転倒したブンブクを捕えようとする鬼童丸。
だがその腕が持ち上がる事はなかった。
「!?
鎖骨。
胸の中心部にある胸骨と肩の筋肉を繋いでいる骨である。
この骨が折れるだけで、人間の腕は持ち上がらなくなる。
その部位に衝撃を与えたことで3対もある鬼童丸の腕は持ち上がらなくなったのだ。
ただでさえ左右6本も生えている腕は、常人比べて確実に重い。
その重量が、衝撃を受けた鎖骨にとっては大きな負担となり、折れぬまでも、両の腕を使用できなくさせていた。
その事に焦りを覚えた鬼童丸。
得意の蜘蛛の糸を吐き出そうとするが、顎が言う事を聞かない。
口から吐き出されるのは粘着力を失った塊が吐き出されるのみである。
「鬼童丸! 何やってやがる!」
激昂し、ブンブクに殴りかかろうとするのは左近である。
ブンブクは鬼童丸を楯にし、体勢を立て直すと左近へと向き直った。
左近は激昂していた。
許せない。
鬼童丸は自分より劣るとはいえ、音の四人衆の1人である。
その鬼童丸が経った1人のガキに無力化された。
これを認めるわけにはいかない。
認めてしまえば、至高の存在である大蛇丸の創り出した最強の存在である自分たちが、木の葉隠れの里の忍候補生ごときに劣る事になってしまう。
そんなことは認めない。
その思いが、左近達の切り札である呪印を使わせる事を拒否していた。
ブンブクにとっては幸運な事に。
しかし、左近には同化している兄、右近と血継限界である「双魔の攻」がある。
「うぉらっ!」
ブンブクに向かって振りだす右の拳、ただのパンチなどではない。
ブンブクにとってわざわざ拳を引いてのナックルパートなどは事前に攻撃が分かるテレフォンパンチにしか過ぎない。
しかし、
「!」
確実によけたはずの一撃はまるで拳が3つあるかのようにぶれ、辛うじて受けたブンブクの腕に重い衝撃を残した。
(…何らかの術で拳の面積を増やしたかしたのか? いずれにせよよけることは難しいか…)
左近の攻撃をどうさばくか、それを考えるブンブク。
「もう考えてる余裕なんざ与えねえ!
くたばる一歩手前までボコッてから捕まえてやる!」
再び拳を構え、ブンブクに叩きつけようとする左近。
腕を十字に組む、「十字受け」によってその攻撃を受け流そうとするブンブク。
しかし、
ごうん!
左近の攻撃でブンブクは大きく弾き飛ばされる。
元々も膂力、体重が違いすぎる上、チャクラの量も左近の方が圧倒的に高い。
そこからさらに左近は追撃を… 行う事が出来なかった。
「…くっ、いったい何が!?」
左近の右の拳。
そこから鮮血が滴り落ちていた。
左近は呪印を使わない状態ですら、サスケの「獅子連弾」をもろに受けてすらダメージがないようにふるまうことのできるだけの身体能力を持っている。
ブンブクの力では傷一つ付ける事はできないはずだった。
そう、ブンブクの力では。
左近の攻撃、二度とも全く同じモーションのパンチを繰り出した際、ブンブクはその攻撃に合わせて寸鉄をその拳、中指と薬指の間の脆い部分に当てたのである。
ブンブクの力では到底与える事の出来ない力を左近の力を借りて叩きだしたのである。
その事が左近をさらに狂乱させる事になる。
「おい、左近。
オレに変われ、今のお前じゃ…」
左近の後ろ、もう1つの頭の持ち主である右近が左近をたしなめるが、
「うっせえよ兄貴!
このガキはオレが殺す!」
左近は聞く耳を持たない。
(仕方ねえ、オレがあのガキを殺さないように加減するしかねえか…)
普段左近の中で寝ている右近が手加減のための支援をしなければならないほど、左近は冷静さを失っていた。
故に、左近、右近の連携は少しずつずれを見せ、
「なんで当たらねえんだ!」
なんとかブンブクが左近の攻撃を回避できる要因となっていた。
左近の怒涛の攻撃を捌きながら、ブンブクは機を窺っていた。
やがて限界が来たのか、ブンブクは足をもつれさせ、転倒した。
「! もらったぁ!」
「! バカ! 止せ!」
次郎坊の制止も聞かず、左近は足を振りおろした。
その力で踏みつけたなら、ブンブクの胴に足型の空洞が開く事間違いなしの一撃である。
しかし、踏み砕かれる瞬間、ブンブクの姿が消えた。
消えたからといってその足が止まる事はなく、
ずずん!
という音とともに、左近の足首までが地面に埋まってしまう。
のみならず、左近の動きが止まった。
「左近! 何やってんだこのクズが!」
多由也の言葉にも左近は反応できない。
なぜならば、
「があッ! オレの足がぁ!」
左近の足。
その右足の小指は大きく上にねじ曲がっていた。
次郎坊は見ていた。
左近の足が振り下ろされる瞬間、
ブンブクが煙と共に消えたのを。
(…どうやら変化で小型の器物に化けたようだ、確か奴の血継限界がそう言ったものだったはず)
「木の葉崩し」の時、ブンブクの誘拐を指示されていた次郎坊は、その時の情報を元にそう推測した。
そして振り下ろした足のその先には、ブンブクの持っていた寸鉄が。
単純に足の裏で踏んだならば、左近の足に刺さるようなことはなかっただろう。
次郎坊もそうだが、音の四人衆の身体能力は通常の上忍すら超えたものなのだ。
しかし、それを読んだ上でブンブクは左近の足の指に攻撃を絞ったのだろう。
ご丁寧に、地面に刺さる事無く、左近の足の小指にのみダメージを与えられるように寸鉄を置いて。
厄介なガキだ。
次郎坊は同僚達をブンブクの能力を調べ上げるための捨て石として使う事にした。
どうせあの程度のダメージであれば放っておいてもすぐに回復する。
傷が付くのは奴らのありもしないプライドだけだ。
周りのものに知られでもしたら、確実に殺しあいになるであろうことを次郎坊は考えていた。
「だあっ! なっさけねえソチンどもだぜ!
こうなったらウチが!」
しびれを切らした多由也が腰にさした笛をとる。
「! バカ、今それを使ったら、全員に影響が…」
次郎坊が止めるのも聞かず、多由也が笛を吹き鳴らす。
とたんにその場にいた全ての者の動きが目に見えて鈍くなった。
ブンブクはその危険性に気付いたのだろう、多由也に駆け寄ろうとするが、その動きは亀にも等しいものだった。
笛の音をさえぎるために両の手で耳を塞ぐが、動きは変わる事はない。
骨伝導。
聴神経への音の伝達は、別に外耳から鼓膜、内耳へというルートで伝わる必要がない。
極端な話、内耳、つまり聴神経にその振動が伝わればいい訳である。
多由也の笛の音は相手の頭蓋骨に響き、内耳に刺激を与える。
耳を手でふさごうとも、相手の頭蓋骨そのものが多由也の幻術を超神経から脳に送るスピーカーとなるのだ。
「へ、これなら簡単にこのガキ捻り殺す事が…」
身体能力、対幻術能力ならば四人衆がブンブクに負ける道理はない。
若干の体の重さを感じながらも左近は足を引きずりながらブンブクに近づく。
このままなら左近がブンブクを打ちのめし、それで終わりだろう。
このままなら。
ブンブクは無表情のまま、耳から両手を離した。
(へ、降参するつもりかよ… !?)
そして、そのまま、両の掌を耳に叩きつけた!
その瞬間、ブンブクの動きが加速する!
彼は多由也の幻術を解くために、己の鼓膜を破壊したのである。
痛みによって幻術を破ったというだけではない。
破れた鼓膜は外耳からの音、つまり多由也の幻術を掛けるための笛の音をゆがんだ形で聴神経に送る。
鼓膜から受ける音と骨伝導で入力される音が混じりあい、多由也の幻術は無効化される。
「バカな! うちの幻術が!!」
動揺を見せる多由也。
その機を逃さず左手に持った寸鉄を右手に持ち替え、多由也に一撃を見舞おうとするブンブク。
多由也は他の3人に比べて身体能力が高くはない。
それでもブンブクごときに倒されるほど脆くもないが。
多由也は顔を狙ってくる一撃を避けるためにその腕で防御をしようとした。
しかし、
「ぎゃぁ!! ウチの指がぁ!!」
ブンブクが狙ったのは多由也の指。
左手の人差し指の根元を寸鉄で叩かれ、多由也は絶叫する。
ダメージとしてはたいしたものではない。
呪印の力を開放すれば、多少の時間がかかるにしても完全に回復する。
しかし多由也にとっては命綱、術使用の根幹となる笛を操る指を負傷したというのは大きな動揺を誘うのに十分なものだった。
そこまでがブンブクにとって必死に練りだした策の仕込み。
本命は、
「っせいっ!」
全身のばねをすべて使った、渾身の肘の打ち上げ。
今ブンブクにできる最大火力の攻撃で多由也の鳩尾に肘を叩き上げた。
これだけの事をしてなお、多由也を殺すに至らない。
せいぜいがしばしの間呼吸困難に陥らせるのが関の山。
本当にこれがブンブクの精一杯だったのだ。
故に。
「突肩!」
「げふっ!!」
隙を窺っていた次郎坊の一撃を避ける事が出来なかった。
次郎丸の強烈な体当たりを喰らい、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるブンブク。
壁の一部がガラガラと崩れ落ちるほどの猛烈な一撃に、寸鉄もブンブクの手から弾き飛ばされていった。
「大したもんだ、呪印の力を使わなかったとはいえオレたち音の四人衆をここまで翻弄するとはな。
だがここまでだ。
おとなしくすれば殺しはしない。
まあ、大蛇丸様がどうするかは知らんがな、ククク…」
地面に倒れ伏したブンブクを右手一本で吊り下げる次郎丸。
「このままでもいいが、念のためだ、お前のチャクラを貰いうける」
次郎丸の能力は「チャクラ吸引」。
相手に接触することでチャクラを吸収、自分のものとする力だ。
その力でブンブクのチャクラを吸い取ろうとして…
次郎丸は違和感を感じた。
なんだこのチャクラは!?
普段他者から吸い取るチャクラとは異質なものを感じ、次郎丸に初めて隙が出来た。
その隙を逃さず、ブンブクは左手で胸ぐらを掴む次郎丸の手首を掴んだ。
「ふん、なにをするつもり… ! があっ!」
次の瞬間。
次郎丸の手首から血が噴き出した。
たまらず手を離す次郎丸。
次郎丸を睨みつけるブンブク、その左指には月明かりを受けてきらりと光る銀色の指輪があった。
暗器の中でも特に小さなものだ。
幅広の指輪の内側に小さなとげのついた暗器。
ブンブクはそのとげで次郎丸の手首をかっ切ったのである。
その事に気付いた次郎丸は、自分が策でブンブクに手玉にとられた事を悟った。
「ふっざけんな! 崩昇!!」
怒りのままにブンブクを張り手で吹き飛ばす次郎丸。
ブンブクは大きくはじけ飛び、そのまま壁に激突を…。
ぼふん!
するかと思われた瞬間、壁に叩きつけられたのは手のひらサイズの茶釜であった。
「!? なんだ…?」
茶釜一族の血継限界を知らない左近が疑問の声を上げる。
「ああ、あのガキの一族は、何でだか知らんがああいう食器に化けるんだとよ」
内情を知っている次郎丸がその問いに答えた。
「なるほど、さっきオレの蹴りを避けたのはそれか…」
納得し、その茶釜を拾いに行く左近。
手のひらサイズの茶釜を拾おうとした左近の目の前で、
ぽへん!
と言う間の抜けた音がした。
「は?」
左近の目の前にあった茶釜にイヌ科の動物の頭と手足、ふさふさの尻尾が生えていた。
余りの間抜けさに一瞬気が抜ける左近。
その瞬間、その間抜けな生き物はチョロロロ! と走り出し、またたく間に建物の亀裂の間に消えて行ってしまった。
「え? どういうこと?」
「は? どういうことだ?」
呆然とする左近と右近。
「く、くっくっくっく…。
まんまと逃げられたようだな、音の四人衆。
さっさと行かないと、追手が来るんじゃないのか?」
笑いながらサスケが言うまで、音の四人衆は呆然としていた。
僕は暗がりで目を覚ました。
どうやら気絶していたみたいだ。
いま何時頃だ!?
一刻も早く上忍の人たちに音隠れの里の忍の情報を渡さないといけないのに!
外から漏れるのは日の光。
だいぶ時間を無駄にしちゃったか。
さて、ちょっとまずいなあ。
自己暗示が解けてるみたいだ。
精神的に来る前に、とにかく誰か見つけて情報を渡さないと!
僕は音隠れの里の忍から逃げて入りこんだ穴倉から抜け出した。
正直言ってまともに体が動かない。
ほんとは準省エネモードの方が疲労も少ないんだけど、問題は歩幅がなあ。
今ぜいぜい言いながら歩いてるのよりよっぽど遅いんだよなあ。
そんな事を考えて歩いていると。
前に誰かいる。
何か言ってるようだけど、まともに聞き取れない。
そういや僕、鼓膜破れてんだっけ。
かすむ目を見開くと、そこにはうずまき兄ちゃんが。
ホッとして、緊張の糸が切れそうになる。
それどころじゃないんだ!
「兄ちゃん、火影さまに伝えないといけない事があるんだ、聞いて…」
僕は兄ちゃんの返事を聞かず、話し始めた。
ナルト達「うちはサスケ奪還チーム」は、里の門の前で春野サクラの話を聞き、サスケを連れ戻す事をサクラに誓っていた。
「よーし! さっさと行くってばよ!!」
拳を突き上げ、気勢を上げるナルト。
さてここから出発、というところで、キバの愛犬、赤丸がキバの懐で吠え声を上げ始めた。
「? どうした、赤丸?」
不思議そうなキバは赤丸の吠えた方向を見た。
そこには、ふらふらと歩く、ぼろ雑巾のようになった舎弟、茶釜ブンブクの姿があった。
ナルトもそれに気付き、あわててブンブクに駆け寄る。
「ブンブク! おい! どうしたんだってばよ!」
ナルトの声が聞こえていないのか、目もまともに開けていない状態のブンブクはナルトのわきを通り過ぎようとしていた。
ナルトはブンブクの方を掴むと、強引に自分の方を向け、「おい! ブンブク!」と呼びかけた。
ブンブクはやっとナルトを認識したらしい。
一瞬泣きそうな顔をしたかと思うと、まるで堰を切ったように話し始めた。
「兄ちゃん、火影さまに伝えないといけない事があるんだ、聞いて…」
ブンブクの話は驚くべきものだった。
こと、シカマルにとって、この情報は余りにも重要だった。
サスケの里抜けを手引きした者達・音の四人衆の情報が入手できたからだ。
4人の基礎的な情報、全員が呪印能力を持つ事、ブンブクが知る限りのそれぞれの情報が語られた。
質問は筆談で行われ、ブンブクの知ることでシカマルが知りたい事は余さず伝えられたのである。
シカマルが言う。
「みんな、聞いての通りだ。
オレ達の弟分がここまでやったんだ、
オレ達が出来ねえ、って訳にゃいかなくなったぞ…」
「当然だってばよ!」
「おう、行くぞ赤丸!」「ワン!」
「ボクも頑張るよ!」
「よくやったな、ブンブク…」
各々がブンブクに声をかけ、彼らは任務へと赴いた。
ナルト達が門をくぐり、任務に向かったのを見届けたブンブクはふらりと倒れかかる。
それを支えたのは春野サクラ。
それに声をかけるのはロック・リー。
「ナルト君がナイスガイなポーズで言ったんです、もう大丈夫ですよ。
それに、ブンブク君がこれだけ頑張ってくれたんです、きっと、きっとうまくいきます!」
サクラはそれを信じるしかなかった。
それに、ブンブクを休ませてあげないと。
サクラがそう考えると、
ぽへん!
いつもの間抜けな音が響き、ブンブクは準省エネモード・文福茶釜モードとなり、眠っていた。
サクラはその小さな体を手に抱え、病院へと急ぐのであった。
数日後、うちはサスケ奪還任務は失敗に終わり、奪還チームの面々はそれぞれ負傷を抱え、病院に担ぎ込まれることとなる。
うちはサスケの消息はそれから約3年の間ぱたりと途切れる事となった。
戦闘シーンは難しいです。
ちなみにブンブク君が強いのではなく、音の四人集が挑発、動揺、作戦によって実力が発揮できなかったためにこうなりました。
呪印が発動していたら、その時点でブンブク君の負けですね。
次回で本当に原作第1部が終わります。