貯水タンクの修理自体は30分で終わりましたが、やっぱり治療に若干の問題が出ていたようです。
手術とかの大変な施術の方に水を回したそうで、一部の患者さんの清拭が遅れました。
おかげで僕が担当している患者さんの番が遅くなりまして、家に帰るのが大分遅くなりました。
病院のボランティアをしているアカデミー生は僕のほかにもいるのですが、もう今頃はどの子もうちに帰っている頃です。
最後にサスケさんに挨拶をして帰ろうと思ったのですが、病室に行ってみるとまだ戻ってきていないようです。
しょうがないから帰ろうと思ったのですが、病院の先生に、
「うちはサスケ君、今日退院だったのにどうしたのかしら、外出許可も出してないんだけど…」
と言われてしまいました。
もうすでに別の患者さんがこの病室を使う事になっているんだそうで、どうしても今日、この部屋を引き払ってもらわないといけない、とのことです。
さて、どうしたもんだか。
しばらく考えて、僕がサスケさんの私物を預かる形にしたらどうかな、と考えました。
その時はいい考えだと思ったんですけどねえ。
あずかってから致命的な事に気づきました。
僕、サスケさんの家知らない。
大馬鹿ですね。
何やってるんでしょう。
さらにその時の僕はどうかしていたのです。
ならば知っている人に聞けばいいと。
先生達は実のところ論外。
患者さんのプライベートを話すはずもありません。
守秘義務、というやつです。
ほかに誰だいるだろうか、と考えて、うずまき兄ちゃんを真っ先に思い出したのですが、正直言いまして、サスケさんが兄ちゃんに家を教えているとも思えません。
この時、サクラ姉ちゃんの事を思い出していればもっと状況が変わったのかも、そう考えると悔しくてなりません。
そして聞きに行ったのが、
「ほう、ブンブクや、こんな時間にどうしたのかのう?」
病室の窓からベランダで一服をなさっていた、元3代目火影・猿飛ヒルゼンさまだったのです。
猿飛ヒルゼンは少々遅めの夕餉を食べ終わり、食後の一服を楽しんでいた。
今日は水道のトラブルがあったそうで、夕食の時間が通常の4時半よりも2時間ほどずれ込んでいたためである。
ここしばらく、ヒルゼンは充実した時を過ごしていた。
ヒルゼンはさまざまな学問に通じているが、当然考古学、歴史も嗜んでいる。
こちらは忍術の研究とは違い、趣味の雑学に近い。
それだけに火影を退いたヒルゼンは趣味に没頭出来ていた。
本来ならもう10年以上は前にこうなってしかるべきであった。
しかし、あの「九尾事件」で後継者たる4代目火影・波風ミナトが里を守るために死に、その対抗馬であった大蛇丸は既に里を抜けた後。
自来也、綱手も里を離れており、その他にいたはずの火影候補たちもあるものは九尾と戦い死に、あるものは失われた一族の再興に力を注がねばならず、またあるものは九尾との戦いで心折れなにも出来なくなってしまっていた。
ヒルゼン以外に里をまとめる事が出来るものはいなかったのである。
そして、今、ヒルゼンは火影ではない。
同い年の志村ダンゾウがその重役を担っている。
顔には出していないがかなりひーこら言っているのを見てヒルゼンは若干意地悪な気持ちになる。
ワシがどれだけの苦労をしたか知っておいても損はないはずだ。
さすがにダンゾウでも3年が限界だろう。
水戸門ホムラやうたたねコハル、ヒルゼンが支えるとはいえ、火影の重圧は並大抵のものではない。
いくら木の葉の闇を統括していたというダンゾウでも表側のプレッシャーは体験していないものだ。
裏側では行える小細工が一切通じない、通じさせてはいけない事をダンゾウは理解している。
それだけにヒルゼンはダンゾウが気の毒でもあった。
一刻も早く綱手を火影候補として育てなければならない。
その際には自来也にもご意見番として木の葉隠れの里の上層部に入ってもらわなければ。
綱手を見捨てて火影の重圧を1人に押し付けるような真似は自来也にはできんだろうし、それはさせる訳にもいかん。
しかしこういう場にこそあの男にいてもらいたかったのだが。
ヒルゼンはそう考える。
大蛇丸。
すでに木の葉隠れの里とは完全に敵対した男であるが、あれの才は正しく生かせば木の葉にどれだけの恩恵を与えただろうか。
実際、1つの忍里を立ち上げ、5忍里の内最大の木の葉隠れの里に戦いを挑んだその手腕は評価に値するだろう。
大蛇丸に、例えば自来也のような才覚を持った男が手を貸していたとしたら、それは木の葉隠れの里に恐ろしい結末をもたらしていただろう。
結局のところ、大蛇丸はたった1人で木の葉隠れの里に喧嘩を売ったようなものであり、並びたち、大蛇丸と支えるものがいなかったが為に木の葉に勝つ事が出来なかったのである。
いま、大蛇丸が木の葉隠れの里にいたとしたらどうだろうか。
綱手を火影とし、自由な発想を持つ万能の忍である自来也。
思考は自由であるとは言えないが、天才肌でさまざまな解析に圧倒的な力を発揮する大蛇丸。
この3人がそろって里を運営し始めた時、木の葉のみならず、忍界そのものが大きな発展をするのでは。
ヒルゼンはそう考えた。
そのために大蛇丸が里を抜ける時、殺す事が出来なかった。
ヒルゼンは初代火影・千手柱間の影響を大きく受けて育った。
ダンゾウが2代目火影・千手扉間の影響を大きく受けたのと同じように。
ヒルゼンは理想を、ダンゾウは現実を。
ヒルゼンはその理想のため、大蛇丸を処断できなかったのだ。
その事はヒルゼンに大きな後悔と迷いを与えていた。
あの時こうすれば、あの時こうしなければ、というIFの話は施政者をいつも苦しめるものだ。
その時大蛇丸を殺していたとしても多分別の問題が噴出していただろう。
それが分かっていても、ヒルゼンは考える事をやめる事が出来ない。
今、ヒルゼンが火影でないが故に。
そんな事を考えていると、
「すいませーん、ヒルゼンさま~ッ」
向かいの病棟の窓から声をかけるのは茶釜ブンブクである。
ここしばらくのヒルゼンの茶飲み友達である。
まあ、どちらかというと、ブンブクの中にいる化け狸・文福となのであるが。
「ちょっとお伺いしたい事がありまして~」
ほう、ブンブクから声をかけてくるとは珍しい。
ちょいと病室に来てもらい、話し相手にでもなってもらおうか。
ヒルゼンは気楽な気持ちでそう考えた。
ヒルゼンさまの病室に来た僕ですが、なぜかヒルゼンさまの愚痴、というか懺悔を聞く羽目になっております。
いや、最初はサスケさんのお家の住所を聞くだけだったんですよ。
それがですね、屋上での顛末をお話しする羽目になりまして、そこから自来也さま、綱手さま、大蛇丸さんの3人のお話しになりました。
しかし、御三方ってヒルゼンさまが担当上忍で、おんなじチームだったんですねえ。
たしかに超一流の医療忍者である綱手さまを後方に配置、中距離を忍術、幻術の得意な大蛇丸さん、忍術・幻術・体術を満遍なくおさえた自来也さまが前衛に立ち、万一後方の奇襲を受けたとしても実は体術が強烈な綱手さまを隠し玉として使える、と。
バランスいいですよね。
そういった話をしている間に、大蛇丸さんが里を抜けた件に触れてしまいまして。
で、そこからヒルゼンさまの後悔の話が続いております。
しかし、聞いているとなんとも物悲しいな、と思ってしまいます。
なぜに大蛇丸さんが里を離れる事になったのか。
なぜに忍術に固執するようになったのか。
僕には分かりかねるところが多々あります。
ただ、大蛇丸さんが永遠を求めて不死の術の研究にのめりこんだ事が、ただ永遠に生きたい、という訳ではなく、忍術という術体系、もしくは忍術学とでも言うべき学問を究めたい、という欲求からきているのが分かっただけです。
でも、自来也さまや綱手さまが大蛇丸さんを未だに特別な相手として意識している事がなんとなく分かりました。
おそらく大蛇丸さんも同様に。
しばらく前に兄ちゃんから聞いた武勇伝に大蛇丸さんの陣営の「薬師カブト」さんと戦った話がありましたが、その後ろで自来也さま、大蛇丸さん、綱手さまの三すくみが戦っていた話も聞いています。
その中で大蛇丸さんは、自来也さまや綱手さまを同士ではない、と言ったり、去る間際には同士、と呼び掛けていたそうです。
その前も、そもそも綱手さまの前に現れる時に文化遺産の短冊城をド派手に破壊して登場するとか(短冊城、僕も見たかったんですけど、壊したの大蛇丸さんだったんですね)、綱手さまに怪我の治療をお願いする際に散々挑発してるとか、2人を前に木の葉隠れの里の壊滅を宣言するとか、未だに自来也さま、綱手さまを
まあそれも大蛇丸さん一流の心理攻撃だったりもするかもしれませんが。
「すまんの、ぶんぶく。
年寄りの愚痴に付き合わせてしもうて」
「いえ、お気になさらず。
他のものには言いませんから」
里の運営などに関わらない、僕のような木っ端だからこそ話せる事もあるでしょうし。
5代目やコハルさまとかには言えない内容でしょうし。
病院でのボランティアをする際に、看護師の方から「守秘義務」に関しての説明はちゃんと受けてますから。
ボランティアとはいえ、患者さんの秘密に触れる事もある訳ですから、その秘密を誰にも話さないという職業倫理は守る必要がありますから。
「そうか。
なら安全じゃのう」
そうヒルゼンさまは言って、ほっこりと微笑んだのでした。
ヒルゼンさまのお部屋を辞して、僕はサスケさんの借りている部屋の前にサスケさんの私物一式を持ってやってきた。
でもなあ、居る様子ないんだよね。
真っ暗だし。
どこ行ってるんだろう。
そう考えながらふと部屋のノブを回すと、あれ?
ノブが回ります。
つまりこれは空いているという事。
あのサスケさんが部屋のかぎを掛けずに病院に入院したとは思えないのです。
サスケさんの着替えとかの私物を持ち出す必要もあったでしょうし、サスケさんに縁のある人がかけ忘れた、とか。
多分ないでしょう。
そうなると中にいるのでしょうか。
「ごめんくださ~い。
おじゃましま~っす」
僕は声をかけて中に入っていった。
中も真っ暗だ。
僕は懐中電灯を口寄せし、中を照らしてみる。
どうやらブレーカーが落とされているようで、電燈とかは付きそうにない。
部屋の中に人のいる気配はない。
やっぱり帰ってないんだ。
そうすると、荷物とかはどうしようか。
兄ちゃんたちの班の担当上忍であるはたけカカシさんがいるのなら、預けちゃうんだけどなあ。
どうしたもんだか。
そう考えていた時、あるものが目に入ってきた。
倒れた写真立てだ。
なんか気になってそれを起こしてみた時、僕の心臓が大きく跳ね上がった。
兄ちゃんたち第7班全員で映っている集合写真。
真ん中にニコニコ笑っているサクラ姉ちゃん、その右と左にそれぞれうずまき兄ちゃんとサスケさん。
その2人の頭に手を乗っけているカカシ上忍。
兄ちゃんは子ども扱いが気に入らないのか実に嫌そうな表情をし、サスケさんもポーカーフェイスを装いながらなんとなく嫌そうな顔をしている。
なんとも微笑ましい4人の写真。
でも僕が動揺しているのはそういう事じゃない。
この集合写真が伏せられ、その下に鍵が置いてあった、という事。
多分この鍵はこの部屋のものだろう。
どうやらサスケさんは一度病室に戻ってこの鍵だけを持ち出したのだろう。
で、その他のものを全て置いていく、という事は。
これはまずい!
サスケさんは里を出て行くつもりか!
しかも、準備などろくにしなくても良い状態である、という事は。
多分、誰か手引きしている者がいる。
そう動揺していた僕はまたしても下手を打った。
手にした荷物をすべて持って、僕はサスケさんを追った。
本来であれば誰か大人に事情を話してサスケさんを追いかけさせるべきだったのだ。
後々になって僕は自分の未熟を散々後悔する羽目になるのだが、この時の僕は心の中の文福の制止も聞く事が出来ないほど動揺していたのである。
僕は里を出る時に出来るだけ見つからないルートを頭の中で考えて、最終的にここだろう、というポイントに急ぐ事にした。
僕は纏っていた八畳風呂敷をほどき、サスケさんの部屋のベランダに出た。
そして、風呂敷くんを三角形の凧型にすると、ベランダから飛び立ったのである。
「お待ちしておりました、
サスケ様」
音の四人衆、西門の左近が恭しくサスケに告げる。
てっきり突っかかってくると考えていたサスケは意外に思う。
「…どういう風の吹きまわしだ?」
それに対し、左近は里を抜けたサスケは自分たち音の四人衆の頭となる事が決まっていた旨を話し、先刻の無礼を謝罪した。
サスケにとって左近たちの感情などは関係ない。
己が強くなれればそれでいい。
「ふん、そんなことはどうでもいい。
行くぞ…」
そう言いかけたサスケであったが、それに続こうとして四人衆を手で止める。
「? なんぜよ?」
三対の腕を持つ異形、東門の鬼童丸が訝しげに言う。
サスケの視認する方向、月を背にしてその空に目を向ける音の四人衆。
その目の前に、
空より何かが降り立った。
サスケは驚いていた。
空から降ってきたのは茶釜ブンブク。
サスケが病院でであったうずまきナルトの弟分であった。
ブンブクはその翼(?)を体に纏わせると、常にないほどの鋭い目つきでサスケ達を睨みつけた。
この少年は飛行忍術を使えるほどの異才であったか。
サスケは己の見間違いかとも考えた。
違う。
間違いなくブンブクは空より自分たちに近づいてきたのだ。
忍といえども出来ない事はある。
飛ぶが如く宙を駆ける者はいるが、空を飛ぶ忍術を会得しているものはそう多くない。
木の葉隠れの里も例にもれず、サスケも飛行忍術の会得者を知らない。
そのため無意識にだろうか、上空への警戒が薄れていた。
それは音の四人衆も同じこと。
突然現れた子どもに動揺していた。
「サスケさん、思い直す事は出来ないんですか?」
僕はそうサスケさんに問いかけた。
どうやらサスケさんは大蛇丸さんの元に行くつもりなのだろう。
サスケさんの傍らにいる4人、そのうちの1人に僕は見覚えがあった。
髪をそり上げて、頭頂部と耳の横だけ髪を残したがっちり型の体型の少年。
かつて僕はこの人に誘拐されて、あの大蛇丸さんと対面する羽目になったのである。
あの時はほんとに恐ろしかった。
「当然だ、オレは大蛇丸の元に行き、そして強くなる!」
…さて、そううまくいくかな?
だって、ね。
「そっちの4人の方が持ってる強さがサスケさんの求めるもの、何ですか?」
「…そうだ」
どうもあれかな、この4人の力を見て、それが自分のものになるならサスケさんの
それなら、
「なら、その力を手に入れるなら確かにサスケさんは強くなるでしょう」
「…」
「でもね、多分その力はサスケさんの助けにはならない」
「! 何を…」
「その人たちは確かに強いかもしれない、でも、今のサスケさんは病み上がりである事を忘れちゃいけない」
彼らの強さをサスケさんは体感したのかもしれないけど、そもそもその比較対象である自分が弱ってる事を計算に入れていたのだろうか。
「それに、彼らは、僕から見たら『強い』とは思わない」
「!」
とたんに4人からとてつもなく濃厚な殺気が僕に押し寄せる。
「てめえ…」
なんだかけったいな見てくれ、まるで頭が2つあるような少年が僕に突っかかってこようとする。
「少し黙ってくれません?
いま、サスケさんと話しているところなんで」
僕はその少年を睨みつけた。
サスケは茫然としていた。
音の四人衆は強い。
いくら4人がかりだったからといってサスケがろくにダメージを与える事が出来なかったのである。
その四人衆にブンブクはこともあろうに「強くない」と言い放ったのである。
しかしそんなことはどうでもいい。
サスケが驚いているのはブンブクの雰囲気が余りにも違う事。
いま、サスケの前にいるブンブクはまるで抜き放たれた刃そのもののようだ。
サスケが知るブンブク、それは春の日差しのような生ぬるい存在。
今ここにいるブンブクとはあまりにも違う。
これが茶釜一族が隠し持っているものなのだろうか。
良くも悪くも人の裏を見る事を考えていなかったサスケ。
サスケにとって目に見えている事がすべてではない事を認識したのはこれが初めてだったのかもしれない。
裏の裏を読むという事。
サスケにとって忍として今まで知らなかった事を感じたその一歩。
音の四人衆にとってその子どもの言う事は侮辱であった。
自分達は大蛇丸から強大な力を与えられた。
代わりに自分たちの自我は力を使えば使うほど削られていき、最終的には大蛇丸の傀儡になる。
それだけの代償を支払って得た力を、このブンブクというガキは否定した。
引き裂かずにはいられない。
そう考えて我先に子どもに襲いかかろうとした彼ら。
彼らを止めたのは意外にもサスケだった。
「話してみろ、ブンブク。
引き延ばしでするような下らん話なら殺す」
サスケはそう言った。
興味を持ってもらえたようでなにより。
では一席ぶちましょうか。
「まず、僕から見てですが、そちらの4人は『力を持っている』が、十全に『力を使っている』とは言えないんですよ」
「なんだと! てめっ…」
やっぱりさっきの人が簡単に切れている。
こうやって話を引き延ばすのに一役買ってくれているわけだ。
「いいかげん落ち着け。
サスケ様の邪魔になっている」
そういうのはがっちり型の少年。
どうやら一番冷静なのは彼か。
つまり僕にとって一番厄介な人だ。
「どういうことだ?」
サスケさんが冷静に聞く。
「はっきり言ってしまえば、です。
彼らの体幹がぶれてるんですよ」
彼らは力を体得した者特有のどっしりして優れたバランス感がない。
たぶん力を使ったとして、かなりの割合周囲に必要ない破壊をもたらしたり、味方を殴り倒してしまったりと上手くいかない事が想像できてしまう。
そういうのは力を使っているとは言わない。
力に振り回されるという。
「サスケさんの狙う相手というのは忍具や忍術を使いこなせない相手の隙を突く事をしない相手でしょうか?
僕はサスケさんの話のみでしかその人物を知りませんが、そんな生易しい相手とは思えないのですが?」
サスケさんは考え込み、
「それでも、だ。
こいつらはどうか知らんが、オレは大蛇丸からの力を使いこなしてみせる!
そうしなけりゃオレは復讐すらできない!」
…なるほど、どうやら誰かから復讐などやめろ、とか言われたんだな。
それとあの4人の力を目にした事が里抜けのトリガーになったのだろう。
このタイミング、さすがに大蛇丸さん、なのだろうなあ。
サスケさんの心理が脆くなっているところに付け込んでいるのだろう。
さすがだ。
今のサスケさんを説得できる材料を僕は持っていない。
僕ではサスケさんの里抜けの意思を抑え込むことはできないし、ここでサスケさんの命を奪う事も出来ない。
ならば、少しでもサスケさんに情報を与えて、大蛇丸さんへの依存を抑える必要がある、か。
「わかりました、もう止めはしません」
僕がそういうと、サスケさんは目を見開き、驚いていた。
「命がけでも止める、そう言うかと思ったが」
「それが出来るなら、やりますがね。
あなたは明らかに僕より強い。
命を捨てるだけです」
必要ならそうするけど、ね。
僕は次の策へとシフトした。
「サスケさん、このまま大蛇丸さんの元に言ってもあなたは目的を達することはないでしょう」
ブンブクはいつもと違った硬質的な話し方でサスケにそう言った。
「何言ってやがる、このクソチンが!」
ずいぶんと汚い言葉で罵っているのは音の四人衆の紅一点、北門の多由也。
その都度、南門の次郎坊にその言葉をたしなめられているものの、全く治すつもりはないようである。
その罵声をまるでなかったかのように聞き流すブンブク。
そのブンブクの態度に尚更加熱する音の四人衆。
見事なまでにそれを無視し、ブンブクはさらに続けた。
「別に大蛇丸さんの与える力が悪い、とか弱い、というつもりはありません。
これは大蛇丸さんとサスケさんの忍術への関わり方に相違があるためです」
サスケはそれがどういった意味か理解しかねた。
「それはどういう意味だ?」
それは興味となってブンブクに投げられた。
「簡単な話ですよ。
いいですか、サスケさん、あなたは復讐者だ。
それは間違いないですか?」
「そうだ、オレは奴を…」
「それはどうでもいいです。
ぼくにとっては、ね」
「! …続けろ」
「あなたにとって、忍術は復讐を遂げるための武器、違いますか?
どれだけ高度な術であっても、復讐を遂げるために使えないのであれば、あなたにとっては無価値にしか過ぎない」
「…否定はしない」
「ならば、あなたに必要なのは復讐に使える忍術を使いこなす事、そうではないでしょうか」
「…」
サスケの周りにいる音の四人衆もブンブクの演説に聞き入っている。
ここまではブンブクの術中である。
彼はサスケの里抜けを止める事が出来ないと見るや、少しでもサスケに大蛇丸への依存をさせぬようにする事、そしてサスケと音の四人衆の情報を収集し、持ち帰る事を優先していたのである。
「さて、大蛇丸さんはどうか。
あの人は不死を目指しているんでしたよね。
違いましたかね、そちらの4人の方々?」
そう振ってみると、
「…そうぜよ、あの方は忍びの神になる方ぜよ」
「訳分かんねえ事言ってんじゃねえよ、このゲスチンがあ!」
「あたりまえだ、あの方はいまでも神だぜ」
「…」
各々大蛇丸への敬意、ブンブクへの罵声を飛ばす中、二郎坊のみはなにも言わず、ブンブクの様子を観察していた。
この子どもは時間稼ぎをしているにすぎないはず。
にもかかわらず、こうも皆が話に聞き入ってしまっている。
彼ら呪印を持つ音の忍は、皆大蛇丸の精神制御を受けている。
その際に大蛇丸への熱狂的な崇拝と従属を植えつけられている。
その大蛇丸への敬意が大蛇丸に関する話を聞く事を強いていた。
そう考える間にもブンブクの話は続く。
「いいですか、大蛇丸さんは何故不死を目指しているか。
とある筋から聞いた情報ですが、大蛇丸さんは『忍者とは忍術を扱う者』といっていたとか。
大蛇丸さんは全ての術を知りたいという欲求から、術の開発、習得に必要な時間という牢獄から自由になるために不老不死を研究している。
つまり、大蛇丸さんの忍びとしての本質は『研究者』であるのです」
僕はそう結論付けた。
「これがどういうことか分かりますか?
大蛇丸さんは術を研究、開発して全ての忍術を知ることが出来ればいい訳です。
極端に言うならば、大蛇丸さんは術を『使う』必要すらない。
その忍術がどのような効果を発揮するか、どの程度の範囲に効果があり、どの程度の時間効果があるのか、どれくらいのチャクラが必要なのか、そう言った事が分かればいい訳です。
そして多分ですが、その戦い方はいちいち術の使い方を精査する必要のない、圧倒的な力を以って敵を押しつぶすものになると思われます」
間違えてはいないだろう。
「木の葉崩し」の際に行われたスタジアム周辺の大破壊、あれは大蛇丸さんが使った術の影響だそうだ。
さすが伝説の三忍、凄まじいものがあった。
だけれども。
「サスケさんと狙ってる相手とはそこまで圧倒的な差が付きますか?
大蛇丸さんの元に行って得られるであろう力をサスケさんが手に入れたとして。
どうなんでしょうか?」
少なくてもサスケさんが考えている相手ならば、
「確かに、どれだけ圧倒できる力を手に入れたとしても、奴ならばその力を解析してくるだろう。
ならばその力をどう使いこなすか、か…」
そう考えてくれるならば重畳。
僕はサスケさんに近付き、病院から持ってきたサスケさんのバッグを手渡した。
「これは?」
「サスケさんが病院に置いていった私物です。
着替えとか、歯磨きのセットとか、コップとか、それから…」
僕はバッグの中からノートを1冊取り出した。
「これは忘れない方がいいと思います。
あなたは術を使うのではなく、その術を使いこなすものなのですから。
習得した力をどう使うか、それを学べる人は多分音隠れの里には多くないでしょうから」
サスケさんはまたもや茫然とした顔をしている。
「オレは里抜けをしようとしてるんだぞ、何故オレにそんな助言をする?」
さて、僕自身何とも言い難いものがありますが。
1つはっきりしているのは。
「サスケさんの事をうずまき兄ちゃんはライバルだと思っています。
で、夕方の喧嘩を見て思いました。
サスケさんにとっても兄ちゃんはライバルなのだと。
お互いが重要な相手なんだと。
それが分かったから、でしょうか」
そう言うと僕はサスケさんから離れた。
このまま帰してくれるならば幸運だけど。
「じゃあ、今度はこっちに付き合ってもらうぞ」
そう言うのはがっちり型の彼。
唯一こっちの動きを警戒していた、そして多分唯一冷静だった人。
「木の葉崩し」の時に僕を誘拐しようとしていた多分この4人の中では参謀役の人であった。
だからと言って、ここで捕まる訳にもいかないのだ。
僕はコッソリ握りこんでいた暗器を相手に見えないように構えた。
次回、ブンブク単体での戦闘。