NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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非常に遅くなりましたが、なんとか書き上げました。


第117話

不死コンビ対不死身の怪物

 

「ぬ、がああぁぁっ!」

 ぎらぎらとした牙を見せつけつつ、異様な熱気の籠った目で睨みつけ、掴みかかって来るドラキュラを、飛段は手四つの体勢で受け止めた。

 右と左の手が相互の手をがっちりとつかみ、力比べの体勢になる。

 驚くべき事に、その状態で不利なのは飛段であった。

 飛段は今、角都のサポートを受け、彼の秘術である「地怨愚(ジオング)」によって己の筋力や骨格を強化している。

 それは彼の「蟲骸巨大傀儡・鋼」、全長40メートルを優に超える巨体を持つ機巧絡操の途轍もない力を受け止め、あまつさえ押しかえるす事の出来る今の飛段を上回る力をドラキュラが持っている、という事に他ならない。

「くっそ! 何つう非常識なあっ!?」

 飛段は自分の非常識を棚に上げつつ、そう喚いた。

 

 最初はこんな泥くさい戦いではなかった。

 ドラキュラはとある世界に伝わる物語に登場する怪物、「吸血鬼」の情報の集合体だ。

 その情報は重複すればするほど真実味を増す。

 故に、ここに居る聖杯八使徒の1つ、「狂狼・ドラキュラ伯爵」には、

「くっそ! 霧に化けやがった。

 ブンブクの予想通りかよ…」

 更にその中から吸血コウモリたちが飛段と角都に襲いかかって来る。

 しかし。

「風遁・大突破」「火遁・豪火球」「雷遁・紫電」「水遁・水連弾」

 角都、そして彼の秘術「地怨虞(ジオング)」によって生み出された異形の巨人が忍術で対処していく。

 霧に変化していたドラキュラの本体は、風遁によって一所にまとめられた上で火遁でダメージを与えられ、分身である吸血コウモリたちは雷遁、水遁によって迎撃されていた。

 角都は大概の忍びよりもかなり長生きをしている。

 それは即ち経験を積んでいるという事だ。

 死の確率が高い忍という世界、それに90年以上にわたって最前線に立ち続けたこの男には恐ろしいまでの経験が蓄積していた。

 そして忍ネットワークを介して茶釜ブンブクからこのドラキュラという存在についての情報を得ていた角都。

 彼は目の前に居るドラキュラについて、彼の持つ膨大な経験則からかなり正確に分析する事が出来ていた。

「ふん、霧になるのは水遁と変化の術の併用、コウモリは影分身と変化の併用か。

 ネタが知れれば対処も容易いというものだ」

 荒ぶるドラキュラを鼻で笑う角都。

 今の所、飛段にも角都にもドラキュラに致命傷を与える事は出来ていない。

 しかし確実にダメージは与えている。

 傷が塞がるならば、それが治らぬよう異物を突き立てたままにしておけばいい、そう角都は判断した。

 故に、先ほどからドラキュラに突き立てているクナイや手裏剣には全て返しが付いている。

 さしものドラキュラも筋肉を断裂されては本来の力を発揮できないようだ。

「うっりゃああぁぁっ!」

 突き刺さる暗器が増えるほどに、飛段に押されていく。

 霧に変化し、突き立ったクナイを振りほどいたとしても、既に行動を読まれたいるドラキュラは火遁と風遁のいい餌食である。

 そうしている内に朝日が昇って来た。

 吸血鬼たるドラキュラにはほとんどの物語において日光が弱点であると設定されている。

 死ぬ事はなくともその行動に大きなペナルティーが付く事はかなり期待できるだろう。

 これで勝った、そう角都がほくそ笑んだ時である。

 

 ドラキュラの行動が切り替わった。

 

「…おい、角都。

 なんかやべえぞ…」

「うむ、今までとは雰囲気が違う。

 いったいどう…」

 角都がそこまで言った時である。

 ドラキュラが消えた。

 いや、角都という超がつく一流の忍の目を持ってしても追いきれないほどの速度でドラキュラが走ったのである。

 それはあの3代目雷影の瞬身を彷彿とさせるものであった。

 その標的は、

「オレか!」

 流石に視認できなかったとしても海千山千の角都には己が狙われている事が分かった。

「土遁・土矛(ドム)!」

 全身をとてつもない硬度の鎧に変える角都の秘術の1つ。

 それを使い、相手の攻撃を受けようとして、

 

 ごっ!!

 

 角都はあっさりと弾き飛ばされた。

 地怨虞の巨人たちの力も借りて、である。

「うおおぉぉぉっ!?」

 二転三転、地面にたたきつけられながら角都は吹き飛んでいった。

 土矛によって何とか体を吹き散らされることには抵抗したものの、本来絶対的な防御を得ている筈の角都の体はズタズタになっていた。

 地怨虞の黒い触手で体を縫いとめなければ、数度地面に叩きつけられた段階で手足がもげていたかもしれない。 

 ブンブクより聞いてはいたものの、これが吸血鬼とやらの「力」か!?

 

 とある物語の中で吸血鬼の強さとは何か、を端的に示している言葉がある。

 曰く、

 吸血鬼は力持ちである、と。

 力、即ち「暴力」。

 チャクラを持たない人間、どころかチャクラによって強化された、最上級の忍すら水きりの石の如く吹き飛ばす暴力。

 それをさらに唯振るうのではなく、己が知性を以って行使する。

 曰く、

 吸血鬼とは知性ある血を吸う「鬼」なのだ、と。

 ドラキュラ、彼は瞬身の術などは使わない。

 使う必要がないのだ。

 踵に力を入れ、全力で地面をける、それだけで角都にすら視認不可能な速度で突撃を敢行する事が出来る。

 聖杯八使徒としてのドラキュラは「狂狼(きょうろう)」、理性の無い狂戦士(バーサーカー)である。

 だからと言って、闘う為の「知性」が低下しているかというとさに非ず。

 この場に居るキーマンが誰か、そしてそれを襲撃するのに小細工はむしろ害悪、そう判断し、単純打撃に打って出たのである。

 それは功を奏し、一時的にせよ角都を戦闘不能に追い込んだ。

 そして次の難敵である飛段の方を振り向こうとした時。

 

「へっ、てめえは呪われたぁ!

 オレと一緒にさいっこうの痛みを味わおうぜえッ!!」

 

 飛段の秘術、呪術・死司憑血が発動していた。

 相手の血液を己に取り込むことで双方の傷をリンクさせ、飛段が自傷すると相手にも同じ傷が出来る。

 不死の体を持つ飛段だからこそ使いこなせる秘術である。

 しかし、それはドラキュラも同様。

 どれだけ重要器官に傷を付けたとしても、まるでフィルムの逆回しを見ているかのように回復していくドラキュラに対し、死司憑血は効果が薄いと考えられていた。

 だが。

「これなら、どうだあぁぁっ!!」

 飛段はこのれの得物の内、光を全く反射しない、漆黒の手槍を取り出した。

 伸縮自在のその槍を、飛段は己の左ひざにざくりと打ち込んだ。

 体に走る激痛。

 それは飛段にとってはすなわち神への祈りと同義だ。

 そしてその傷はドラキュラにも伝播する。

 ブシュ、という音と共にドラキュラの左ひざに飛段と同じ傷が出来る。

 それは、

「…予想通りだぜえぇっ!

 こっちの傷が塞がらなけりゃ向こうの傷も塞がんねえってなあ!!」

 本来、あっという間に再生していくドラキュラの傷、それが傷ついたままになっていた。

「おらおらあぁっ!

 ざっくり1ダース行くぜえッ!」

 飛段は伸縮自在の槍を更に12本取り出し、宙に放り投げた。

 それは飛段の頭上でしゃこり、と伸びると飛段に向かって一直線に落下し、

 

 どどどどっ!

 

 飛段の全身に突き立った。

「く、くうっ、き、きんもちいい~…」

 全身を苛む激痛に恍惚となる飛段。

 間違いなくこの痛みは彼の神であるジャシン様に届いていると彼は感じていた。

 そしてその傷はドラキュラにも移転する。

 さしものドラキュラも動きが鈍った。

 彼にとっても体に傷がつき「続ける」、ダメージを受けた筋肉が「切れ続ける」経験は初めてであったのだろう。

 それを地面から頭を振りながら見た角都は周囲にいる忍連合軍の忍に号令をかけた。

「今あ奴はダメージを受けている!

 今ならば殺せるかもしれん!」

 そう発破をかけられた忍達、彼らは慌てて印を結んだ。

「火遁・大炎弾!」「火遁・豪火球!」「水遁・水牙弾!」「水遁・黒水弾!」「土遁・飛び礫!」「土遁・土流槍!」「風遁・カマイタチ!」「風遁・真空玉!」「雷遁・雷弾!」「雷遁・雷撃連弾!」

 五遁の術が乱れ飛び、

「秘術・地怨虞!」

 角都が異形の巨人たちを己の体から引き出し、

「雷遁:偽暗(ぎあん)!」「火遁・頭刻苦(ずこっく)!」

 角都必殺の大規模破壊忍術が遠慮仮借なしに叩き込まれ、更に。

「風遁・圧害(あっがい)!」

 強烈な風が周囲に巻き上がった。

 

 轟音と共にドラキュラがいた周囲が吹き飛ぶ。

 そこにどれだけの破壊の力が凝縮されたのか。

 こと、角都の風遁・圧害によって忍達の攻撃は外に逃げないように圧縮されていた。

 ただでさえ強烈な忍達の忍術が角都によって無駄にその力が逃げないよう調整されてドラキュラに襲いかかったのである。

 小さな村なら確実に消し飛ぶほどの威力を持ったそれは、確実に相手を塵一つ残らず消し去った筈だ。

「やった…、勝ったぞ!」

 そういった声が周囲から上がり始めた。

 角都もこれで仕留めた、そう一息入れようとしたその時だ。

 今だ残っていた角都の秘術、圧害が弾き飛ばされた。

 どうっ! という圧力と共に忍達が吹き散らされ、地面に叩きつけられる。

 角都、飛段ですら吹き飛ばされそうになる強烈な暴風。

 それは、

「…かはああぁぁぁっ!」

 たった1人、そう、ドラキュラというたった1人の腕の一振りで起こされたものだった。

 狂気じみた、いや明らかに狂気を孕んだ笑みを浮かべ、ドラキュラはそこに立っていた。

 その目にあるのは飢餓。

 飢えを含んだ視線が忍達を眺めている。

「…おいまじい(拙い)ぞ角都よォ」

 飛段達はブンブクからの情報として、吸血鬼は人の血を吸う、という事を聞かされていた。

 ブンブクと角都はそこからドラキュラは人の血を媒介にして他者のチャクラを奪う可能性を考えていたのだ。

 大きなダメージを受けたドラキュラはそれを回復する為に他者、ことチャクラの豊富な忍びを狙うのでは、そう2人は予想していた。

 どうやらそれは当たりだったようだ。

 飛段達にしてみれば、忍連合軍の輩がどれだけ死のうと知った事ではない。

 しかし、ドラキュラの捕食によって奴が回復するのは拙い。

「ちっ、全員後退しろ!

 奴は忍を喰らう事で力を回復する!

 いったん後退だ!」

 角都がそう言うと共に、全身に突き立った槍をふるい落とし、飛段が前に出た。

 その飛段に角都から黒く細い触手の様なものが伸び、その体に突き刺さっていく。

 角都の秘術、地怨虞によって飛段の体の傷を縫い合わせ、その上で飛段の身体を更に強化していく彼ら2人の特性を生かした戦法である。

 そして飛段とドラキュラは激突した。

「ぬ、がああぁぁっ!!」

 ギシギシとお互いの体が軋みを上げる。

 今の飛段は途轍もない馬力を誇る。

 それが、

 ぎし、ぎし、

 彼の得物である異形の鎌、それがドラキュラの鉤爪と鍔競り合いの状態からじわじわとたわんで来ていたのである。

 この得物は様々なギミックが仕込まれてはいるものの、同時に非常に強度の高い代物だ。

 どんな輩の攻撃にも平然と耐えてきたその得物が、今、大きくたわんでいた。

 そしてついに、

 ばぎん!

 大きな音を立ててへし折れてしまった。

 そのままドラキュラの爪が飛段の首に伸びる。

 このまま急所を掴まれてはまずい。

 いくら不死とは言え、戦闘不能になってしまっては折角の強者を「殺戮」する事が出来ないではないか。

 あくまでもジャシン教の教義に忠実な飛段は、掴みかかる手を己の手でがっちりと抑え込んだ。

 反対の手も伸ばして来るドラキュラに、同じく飛段も反対の手でそれを抑え込む。

 がっちりとお互いの手をつかみ、いわゆる「手四つ」の状態からの力比べへと移行していく2人。

 状況が拮抗した。

 

 

 

 俊速の忍対神速の武侠

 

 女装の魔人、東方不敗を睨みつける犬塚キバと赤丸。

 キバの影分身が力尽きたウラカクを戦場より運び出していく。

 東方不敗はウラカクにより己の得物を砕かれた、しかし、余裕を崩す事はない。

「ふむ、(ひな)がようも(さえず)る事よ。

 先の剣術使い程の腕があるなれば、すこしは楽しめようになあ…」

 女装の妖人はそう言うと本人としては「(あで)やかに」笑って見せたのだろう。

 キバから見ると明らかに(おとこ)臭い「太い」笑みであるのだが。

 その言葉に、

「へっ、んなら目に物見せてやろうじゃねえか!」

 キバはそう返し、そして唐突に、「乱戦」が始まった。

 

 東方不敗は1人、そしてキバと赤丸は「それぞれ」16人。

 人獣混合変化と影分身によってキバと赤丸は影分身を行い、それぞれが東方不敗に打ちかかっていく。

 並みの忍では、いやよほどの腕利きでなければ32人からの攻撃を捌ききるなど不可能。

 しかし、東方不敗は尋常の相手ではなかった。

 彼は忍が視認できないほどの高速で動く事が出来た。

 そして、それは同時に、それだけの動きの中で相手を視認することが可能な程の動体視力があるという事でもあったのだ。

 神速の動きと、それを活かす事の出来る感覚、それらが揃うことで忍を一方的に葬る事の出来る体術使いが生まれたのである。

 故に、東方不敗にキバの動きを読み切る事など難しくはなかった。

 素晴らしい速度で地を這うように突進してくるキバの分身の1体、手にはまるで爪の様に3本のクナイが握られている。

 下からの突き上げによって東方不敗の腹を狙う、その攻撃は悪くない、しかし。

 東方不敗はその拳を横から腕を回転させるように払う。

 そうすることでキバの分身は体勢を崩し、無防備な横腹を見せてしまう。

 そこに右の拳の一撃を加えようとして、

「!?」

 東方不敗はその拳で赤丸の分身の噛みつきを受け流した。

 その攻撃で出来たほんのわずかな隙、そこに別のキバの分身が攻撃を乗せて来る。

 それを受け流し、受け流し、受け流し、

「…ほ、ほほほ、ほほほほぉぉぉっ!?」

 その攻撃は、途切れなかった。

 まるで32体の分身たちが1つの狼の群れの如く密に連携を取り、東方不敗を攻撃の結界の中に閉じ込めていた。

 いかに東方不敗とは言え、神速の動きを披露するにはまず「動き出さない」といけない。

 その起点がキバ達の攻撃によって潰されているのだ。

 キバが手に構えたクナイで突きかかると共にそれを捌くであろう東方不敗の動きを阻害するように別の分身が動き、更にそれをフォローするように赤丸の分身が動く。

 更に、だ。

 人獣混合変化を併用してキバが赤丸に、赤丸がキバの姿に変化する事で東方不敗はかく乱されていた。

 人と犬とではその戦い方や体の使い方が違う。

 キバも赤丸も、人としての戦い方はもちろん、四足獣たる犬の戦い方も熟知していた。

 人はある程度「予測」を立てて動くものだ。

 相手の動きを予想し、それに合わせて重心を事前に動かしている。

 その相手から攻撃が予想していないものにいきなり「切り替わった」としたなら。

 たった今クナイで突きかかって来た筈のキバが、

「がうっ!」

 いきなり犬の頭となり、かみついてくる。

 必勝とも言えるタイミング。

 それでも受け流すことが出来ているのは東方不敗という男が無双の力量を持つからに他ならない。

 しかし、東方不敗、彼は武術の達人、即ち対人戦闘のプロフェッショナルだ。

 忍犬を相手にするのは得手ではなかった。

 人間と同等の知性と判断力を持った獣、それが忍犬だ。

 通常の犬とて軍人との連携を考慮した訓練を受けるとかなりの戦力となる。

 それが忍と同じくチャクラを使いこなし、戦術を駆使して襲い来るとなれば途轍もない脅威となる。

 それだけのものが今東方不敗を襲っている、「群狼戦術」とでも言うべき代物だった。

 キバは分身の1体によって東方不敗とウラカクの戦いを監視していた。

 そしてウラカクの行った「切れ目の無い攻撃」を東方不敗対策として有効なものであると認識したのだ。

 更に言えば、キバは他者との「連携」を最も得意とする忍である。

 瞬身を鍛え、判断能力を鍛えた彼は現場での指揮をとる能力に長けるようになっていた。

 更に、自身と赤丸との遠話能力に磨きをかけ、遠話におけるタイムラグを消していった結果、本来ならば消滅した時に起こる影分身からの情報を赤丸を通して瞬時に入手することが可能となっていたのである。

 犬塚キバ、彼は己の特性である「速度」と共に、その速度を活かす為の「瞬時の判断能力」を練磨していった。

 それが花結び、彼は今、「最も中隊を率いる能力に長けた忍」となっていた。

 その実力をいかんなく発揮し、彼は更に東方不敗を追い詰めていった。

 

「ほ、ほほ、ほおおっっ!?」

 東方不敗は歓喜の声を上げていた。

 彼はとある武侠小説より生まれ出でた「空想の中の武術家、武侠」の集合体として存在していた。

 彼の中には武術に関わる物語の登場人物、老若男女高潔俗悪聖魔善悪の全てがあった。

 しかし、その中で共通する項目が1つ。

 武術への、強い執着である。

 それはまるで恋焦がれる乙女の如く、身を焼く復讐心にも似て、天を望み力尽きる鳥のように。

 己の実力を発揮できる場と相手を彼は焦燥と共に求めていた。

 それが、このような少年がそうであったとは。

 さあ始めよう。

「少年、名を何と言うたかの?」

 捌く手を休める事無く、東方不敗はそうキバに問うた。

「余裕じゃ、ねえ、かよ!

 もっぺん教えてやらあ!

 オレの名は犬塚キバ、そして相棒の赤丸!

 てめえをぶっ倒す男だ! 覚えとけ!」

 キバは影分身を通してそう告げた。

 東方不敗はにいっと笑うと、

「なれば行くぞえ、キバ。

 凌いで見せておくれや」

 

 その瞬間、東方不敗の動きが変わった。

 

 まるで左右が全く違う人間の様に奇怪な動きを見せ始めたのだ。

 左右の肺で別の呼吸法を見せるのはかつて志村ダンゾウがうちはサスケと戦う時に行った戦術であったが、これはまた次元の違うものだ。

 東方不敗は左右に肺で全く別の呼吸法を使い、身体を中心線に添って全く違う武術を使って見せているのである。

 キバの切り込みを強烈な右の払いで崩し、それを更に流れるように手刀の打ち込みに使う。

 無論それはキバの想定の内、既に赤丸の分身を撃ち込みにあるほんのわずかな隙、そこに滑り込ませる、が。

「ギャン!?」

 赤丸の分身は東方不敗の左腕に迎撃された。

 右の打ち込みとは全く違う、まるで右腕にまとわりつく様な螺旋を描く異様な一撃。

「こほぉー…」「じゃっ!」

 東方不敗の口から2種類の全く違う呼気が漏れる。

 武術の呼吸法すら右と左の肺で全く違う用法を行い、右での直線的な剛打、左での螺旋勁を同時に発動させる。

 これが東方不敗が秘技の1つ、

左右互縛術(さゆうごばくじゅつ)じゃ。

 隙が出来たのお…、

 …かあっ!」

 赤丸の分身がぼうん! と消滅したその瞬間に出来た余裕、その瞬間。

 

 その時、現場に居た中忍の1人は()()を驚愕の目で見ていた。

 彼は東方不敗によって蹴散らされた隊に所属し、幸運にもキバの乱入により大きな負傷を免れていた。

 その為、撤収していく友軍の殿(しんがり)として未だ現場付近に留まっていたのである。

 彼は見た。

 東方不敗の左腕が消えたのを。

 そして、31のキバ、赤丸全ての目の前に消えた筈の左の掌が突きつけられているのを。

 実際の所は腕が消えた訳ではない。

 東方不敗は、神速の動きでキバと赤丸、全ての分身と本体に左手での目くらましを仕掛けたのである。

 相手の意識を引く動作を行い、そちらに注意をひきつけての一撃を見舞う。

 いわゆるフェイントの技術であり、まあ珍しいものではない。

 ボクシングなどスポーツ格闘の世界にもあるありふれた技術と言えよう。

 だがありふれているが故に、その技術はどこまでも深淵だ。

 気当たりと呼ばれる技術がある。

 先も述べたが人間は動きを「予想して」動くものだ。

 フェイントという技術はその予想を逆手にとって己の優位な位置に相手を追い込むのだが、特に気当たりというのは人の持つ「警戒心」をつつくものだ。

 人には生存本能、というものがある。

 死にたくない、まだ生きていたいと願う、生物として当然持つ機構だ。

 故に、「殺すぞ」というメッセージを含んだ行動に、生物はどうしても注意を払ってしまう。

 東方不敗は殺気をフェイントに込める事で、「当たったら死ぬであろう攻撃」にフェイントを偽装したのだ。

 これはハッタリなどではなく、戦い慣れていない者であれば、気当たりだけで十分に死に得るのである。

 つまりは「死ぬだけの攻撃が当たった」と認識し、ショック死するのである。

 そして東方不敗はそれだけの殺気を込めたフェイントを31体全てに同時に繰り出しているのだ。

 

 東方不敗の使った技は「石破天驚(せきはてんきょう)」という。

 左の掌で相手の視界を塞ぎ、右の打撃を加えるだけのシンプルな技。

 しかしその動きには何人もの武術の達人が磨きに磨きあげた細かな要諦が組み込まれ、初見であればどのような相手であろうとも必ず術中に落ちるようになっていた。

 今、キバと赤丸には巨大の掌が己に掴みかかっているように見えるだろう。

 その隙を東方不敗は的確にえぐる。

「じゃっ!」

「ぐはっ!?」

「ぎゃいん!?」

 東方不敗の一撃、いや31撃で次々に次々に消滅していく分身たち。

 それを視界に納めながら、キバは瞬時に動けないでいた。

「ぎゃん!?」

 赤丸の本体が打ちのめされた。

「くそっ!?

 何とか…」

 そう思う間にも東方不敗の拳が迫る。

 東方不敗の殺気を伴ったフェイントである気当たりにより、キバの目には彼の拳が無数に迫って来るように感じられていた。

 これを全て回避する事は不可能だ。

 ならば、

「どうしても避けられねえものは身体強化で受けきるしかねえっ!」

 そう腹を決め、一撃を受ける覚悟をするキバ。

 しかし、それもまた東方不敗の技の内。

 キバが受け切れると判断した右の拳による攻撃には必殺の威力が込められていた。

 唸りすら上げず、キバに必殺を運ぶ致命の一撃。

 それは。

「があっ!」

 キバに吸い込まれる事無く、

「赤丸!? くそおぉっ!」

 強引に間に割り込んできた赤丸によって威力を削がれた。

 キバは打撃を受け、吹っ飛んだ赤丸に動揺する。

 しかし、同時に彼は優秀な忍でもあった。

「何っ!?」

 赤丸の生み出したほんの少しの軌道の狂い、それをキバは見逃さなかった。

 ほぼ反射的な行動なのだろう、浅くではあるが手に持ったクナイが東方不敗の腕を切り裂く。

「ほ、ほほほおぉっ!

 ワラワに傷を付けた者は、お主が初めてじゃ!」

 そう言う東方不敗の表情は、喜悦、というのがふさわしいものであった。

「けっ、戦闘快楽症(バトルモンガー)かよ、性質(たち)の悪りぃ…」

 キバは念話によって赤丸の生存を確認すると東方不敗を睨みつけた。

 また守られちまった。

 かつてキバは赤丸に致命の一撃を庇われた事がある。

 その時、キバは赤丸を守る、そう決めたのだったが。

 しかし同時にキバは分かってもいた。

 己がそう思っていると同じく、赤丸もそう思っている事も。

 だから、だ。

「テメエは絶対にオレが倒す!

 オレと赤丸で、だ!」

 キバはそう吠えると東方不敗に斬りかかる。

 そして、

 

 超高速の戦いが幕を開けた。


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