今回は、チヨ婆に関するねつ造が含まれています。
マイト・ガイは呆然としていた。
近くに居るテンテンの声も耳に入っていない。
彼の眼にはこちらに向かって歩いてくる緑色のタイツの男、マイト・ダイの姿しか映っていなかった。
「父さん…」
ガイにとって父であるダイは尊敬する男であり、生きざまの目標であり、そしてトラウマでもあった。
かつての第3次忍界大戦の折り、ガイは父であるダイを失っている。
それも、己を救うために命懸けの勝負を挑んだ末に、だ。
当時、まだ下忍であったマイト・ガイは担当上忍、そしてチームを組んでいたゲンマ、エビスの班で霧隠れの里の偵察任務についていた。
当時実力が急上昇していたガイ、ゲンマ、エビス、そして実力者であった担当上忍であれば問題なくこなせる任務、であった筈だった。
しかし、その情報は想定外に重要なものであり、それを知ってしまったガイ達には当時の霧隠れの最強戦力の1つであった「霧の忍刀七人衆」が差し向けられる事になったのだ。
同人数の上忍では全く刃が立たないレベルの猛者達であった。
その強さは個々の実力、独特にして強力な得物である七忍刀、そしてそれらの力を束ねる連携にあった。
彼ら7人であれば「雲に二つの光あり」と謳われた金角と銀角の兄弟、2代目火影千手扉間とすら戦い得たと言われている。
最も、その当時の7人が揃い、忍刀がそろっていれば、という条件が付くが。
前日はたけカカシらによって七刀を使う忍が封印されているが、「穢土転生」によって復活させられた彼らは「各世代最強」の七人衆、つまりはダイの戦った七人衆ではない者も含まれていた。
「七刀使いの最強」ではあったのだが。
故に、七刀の強みである「連携する事での強さ」が発揮されていなかったのは参謀役であるイリヤの失策なのだろう。
とまれ、それだけの実力者集団と一介の下忍がそもそも戦いになるのか、と言えば否だ。
確かにダイはその
しかし、それはチャクラの運用の致命的に下手なダイが、上忍と戦えるという事ではない。
チャクラがうまく運用できるという事は、人の限界を軽々と越えていくという事だ。
例えるなら、どれだけ鍛えこんだとしてもパワーショベルと純粋な力比べの出来る人間は存在しない。
10トンの岩を持ちあげる事の出来る人間はいない。
それが可能であるとすれば、この世界においては「チャクラの使い手」だけである。
それ故に、暗黒街で何人もの人を殺してきた人斬りが、アカデミー出たての下忍に負ける様な事もあり得るのだ。
チャクラを使いこなす者とそうでない者の差はそれほどに大きい。
しかるに、それを努力で覆しつつあったのがマイト・ダイという男だ。
そもそも、彼が存命であった頃、忍びの技術としての体術は不遇であった。
忍の基礎、という側面しか見られていなかったと言って良い。
何事にも基本となる体力、持久力、それらの底上げとしての身体能力強化、それらのみが重視され、戦闘技術としての忍術の裏に隠れてしまっていた体術の凄さを誰も気付いていない時代だった。
それに脚光を当てたのは実のところこの男、マイト・ダイの活躍によってであった。
その頃、体術と言えば3代目雷影がその筆頭に上がっていた。
しかし、彼の場合、雷遁を併用した「速さと強さ」によってのものであり、ここでも「体術そのもの」が戦いにとって有効であったという訳ではない。
あくまで雷影の身体強化による速度、筋力強化による打撃力、そして雷遁による術装甲によるもので、「素早く動いてもの凄いパンチを繰り出す」以上のものではなかったのだ。
無論それを突き詰める事で圧倒的な力を培う事が間違いであるなどとは言えない。
戦いなどぶっちゃけてしまえば「さっさと相手を殴り倒す」で片が付くものだ。
圧倒的な力があるのであれば、駆け引きなど無視して相手を文字通り「叩き潰せ」ば良いのだから。
そんな中においてダイという男は異常であった。
戦いには重要ではあるものの必須ではない部分、チャクラがある世界においては軽視されがちな部分を、ダイは突き詰めた。
彼にはそれしかなかった、いや、それがあった。
ダイは非常にポジティブな男だった。
他の者であれば「自分にはこれしかない!」と思い詰めて体術を修練するか、そもそも忍であることをあきらめるだろう。
彼の特異であった所は、全てのネガティブな事柄を反対の立場から見、マイナス面をプラスとして捉える事が出来た事だろう。
曰く、「短所が分かれば長所が光る」。
長所と短所は表裏一体であることを彼はモットーとしていたのだ。
それ故に、彼は体術をひたすらに修練した。
とは言え、彼に「体術の才能」があったか、というとそうではない。
正直に言えば彼は体術に関しても凡庸だった。
ダイの恐るべき所、それは「努力を一切やめなかった事」である。
1つの戦闘技術を習熟するのに、ダイはやはり並みの忍以上の努力が必要だった。
1つの技術を習得する時、そこには必ず「コツ」という壁がある。
大概の場合、人はそこで才能がないとして諦めるか、別の己に会った技術に転向するものだが、ダイはそこで留まらなかった。
その壁を乗り越えるためにあらゆる手段を取ったのである。
もちろん、一切諦める事無く、彼は修行を続けた。
彼にとっては修行は「しなければ強くなれない」のではなく、「強くなりたいからやろう!」というものであった。
忍の修行とは元来必要に迫られて行うものであった。
任務のために必要な技術、忍術は本来そうあったものだ。
故に、必要に迫られて発展した。
ダイの様にそうしたいからする、というのは非常に珍しいと言える。
ある意味、彼は体術の奥深さに魅了された者なのかもしれない。
それは大蛇丸の様な「研究者」に通じるものであろう。
実の所、マイト・ガイの家には体術に関する考察が山の様に存在する。
それはあらゆる場所から収集された体術に関する秘伝書、研究論文である。
当時、ほとんど文書として残されていなかったそれらを集めていたのがガイの父であるダイであった。
日の目を見ていなかった体術に関しての伝承や言い伝えレベルの代物も含め、ダイはそれを集めて実証を行っていた。
当時、体術は低級な技術とされていたのもそれほど手持ちの多くないダイにとっては幸いした。
その収集には忍術ほどのセキュリティが掛けられておらず、かなりの高等技術もダイに支払える金額の内に留まっていたのだ。
無論、金で片がつく場合ばかりでもなかった。
とは言え、ダイに犯罪まがいの行動をとる事は出来なかった、と言うよりは思いつかなかった。
彼は人としては非常に善人であったからだ。
その為だろうか、体術習得の過程で彼は人脈に恵まれた。
3代目火影・猿飛ヒルゼンや日向家の前当主と現当主である日向ヒアシ、秋道家の前当主との縁故がその時に生まれている。
ダイは己の出来得る全てを使って体術を修練し続けた。
その結果として、失伝されていた「八門遁甲」を再発見し、更にはそれをより洗練させていったのはダイの大きな功績であった。
その功績を以ってしてもダイは中忍になれなかった。
本来ならば上忍となってもおかしくない成果であったのだが、彼が忍術、幻術を使えない事が災いし、ダイの中忍昇格を当時の上層部が認めなかったのである。
ヒルゼンや志村ダンゾウを中心とした壮年のメンバーと、里の創設から関わった御意見番的な長老格との意見が対立、昇進は何度も見送られた。
そうしている内に彼は「霧の忍刀七人衆」と戦い名誉の殉死。
そして実力者集団であり、木の葉隠れの里の上忍達が何度も煮え湯を飲まされた七人衆をたった1人で壊滅状態に追い込んだのが体術使いの下忍であったこと、これが木の葉隠れの里において体術の地位を押し上げる原動力になったのである。
言ってしまえばマイト・ダイという男は忍界における体術中興の祖とでもいうべき男なのである。
彼は生前よりも死後に評価を上げたと言える。
一介の下忍であり、やはり体術に優れたガイが、天才と呼ばれたはたけカカシの後を追うように中忍、上忍と出世していったのは、彼の実力もさることながら、日向家や秋道家など体術に優れた名家が後押しをしたのもあるのだ。
ガイは周囲の期待に答え、体術使いとして様々な困難な任務をこなし、それと同時に体術も忍術、幻術と同じ忍者必須の技術であると認められるようになっていったのである。
もちろんガイ1人の功績ではない。
体術を秘伝とするような忍の一族は幾つもあり、彼らが努力した結果でもある。
しかし、「一介の体術しか使えない下忍が相手方の切り札である上忍集団を倒した」というインパクトは間違いなく体術の地位向上の先鞭であったのである。
一介の下忍、しかし、その実力は折り紙つきであるマイト・ダイ。
それが敵として己の前に居る。
マイト・ガイはそれをどう捉えるべきか分からないでいた。
今の自分であれば、かつて戦いにすらならなかった「霧の忍刀七人衆」とすら戦えるであろう、その自信はあった。
しかし、勝てるのか、となると分からない。
彼らと戦い勝つためにはガイとて全力を出さねばならないだろう。
己の秘術である「八門遁甲」、その第6番目の体内門である「景門」までは開かなければ勝てない、そう言い切れる。
しかし目の前の「父」は穢土転生という外法で黄泉還った存在だ。
死を克服したという事は、八門遁甲の最後の死門を開いたとしても長時間戦えるのやもしれない。
そうなれば己もまたそれと同等の力を持って戦う必要がある、しかし…。
「悩んでいるなあ、ガイ!」
とてもでっかい堂間声が響いた。
はっとしてガイは目を見張った。
いかん、己の思考に気を取られ、相手から目を離すなど、忍としては致命的だ。
ガイはカカシに比べ己が単純であることを理解していた。
故に、こういった戦場での思索などは今までなかったのだが、さすがに死んだはずの父が目の前に、しかも敵でいる、などという状態には動揺を隠せないらしい。
「いやあしかし、穢土転生とか言う外法もこうなると悪くない!」
その死んだ父はとんでもないことを言い出した。
「何言ってんのさパパ!?」
その言葉に脇に居たテンテンが「うわぁ」って顔をしている。
良い年した大人が「パパ」。
咄嗟の事に子供の頃の呼び名が出てしまったガイ、1つ咳払いをして誤魔化すと、
「何を言ってるんだ父さん!?」
そう言い直した。
「ん? どうしたガイ?
…しかし、ずいぶんと良い男に育ったなあ!
父さんは鼻が高いぞ!」
「それはもち… そうじゃなくってさ!?」
ダイのテンションにペースを乱されっぱなしのガイ。
「はっはっはぁ!
そこの子はお前の担当の子か!?
なかなかに素晴らしい忍具使いじゃないか!
きちんとうちの格言を守っているようで結構結構!」
マイト家の家訓、というかダイの口癖は「短所が分かれば長所が光る」である。
それは指導者としても正しい考え方であろう。
実際、ガイは既に戦い方の固まっているネジを除く2人にその教えを元に的確な指導が出来ていた。
それは数十のゼツを倒してのけたテンテンを見れば明確であろう。
彼女の成長は即ちガイの指導者としての技量が高いという事でもある。
それはダイにとっても喜ばしい事だった。
己の息子が立派に成長している。
それを実感できたこと、それだけでも元がポジティブなダイにとって、この穢土転生という外法が悪いばかりではなかったと言えるのだ。
それに、だ。
「聞いてくれるか息子よ!
オレには死してまだ、たった1つだけ心残りがあったんだ!」
にっとダイは微笑んだ。
その笑顔。
生前と全く変わりない、屈託のない笑顔はガイの懸案を少しだけ払しょくするものだった。
ダイは禁術であり外法と言うにふさわしい忍術、口寄せ・穢土転生にてこの世に復活している。
穢土転生には術者の意向が込められ、いざという時には人格を無視して戦わせる事も可能なのだ。
しかし、
「心配はいらん!
お前の弟子はそこいら辺よく分かっているようでな!
オレの意志を封じた場合、弱体化が激しい事も理解していたよ!」
そうダイは言った。
弟子?
一瞬首を傾げかけ、ガイは誰の事かを思い至った。
「パ、父さん、それはブンブクの事か?」
「その通りだ!
正確に言えば、彼の分身だがなあ!」
敵側についているブンブクの分身である「聖杯のイリヤ」。
彼女はダイと訓練を積むことでマイト・ダイという男を理解していた。
彼は非常にガイに近い、また、ガイ以上にポジティブな男であり、その強さの根源はその意志であることを把握し、その遺志を封じるやり方を彼に関しては使わない事に決めていた。
その代わり。
「いや、オレも上手く乗せられたもんだ!
わざわざあの娘っ子こう言ったんだぞ!」
ダイ、アナタの息子がどこまで強くなったか、実感してみる気はないか、と。
そう、ダイの心残りとは。
「思う存分お前と戦ってみたい、と思うんだよ、オレは!」
そういう事か。
ガイは相手方がダイを自分にぶつけてきた意味を理解した。
相手の目的はガイの足止め。
ガイは上忍の中でもはたけカカシと並び突出した存在だ。
彼を倒すのは並大抵のことではない。
とにかく体術にすぐれた彼に近接戦に持ち込まれた時点で勝敗が付いてしまう場合がほとんどだ。
故に、勢い忍術での中遠距離線が有効、と考えがちなのだが、そうはいかない。
なぜなら彼は体術のエキスパート、つまりは、いかにして体術合戦に持ち込むか、のエキスパートでもあるのだ。
彼の突進技、「ダイナミック・エントリー」を初めとし、己の間合いに持ち込むのがガイはとても得意だ。
八門をある程度解放すれば「空気を蹴って宙を走る」事すら可能だ。
彼を自由にしておくという事は、「暁」にとって、トビにとって不利益でしかない。
ならば、という事で「知識として」ガイを知っているイリヤは策に出たのだ。
同じく体術のエキスパートであるマイト・ダイをぶつけ、その戦いに掛かりきりにさせる、千日手を。
その為にダイの体として設定した量産型ゼツの体内には外道魔像の破片を埋め込み、ガイに対抗できるだけのチャクラを供給している。
無論、それをダイはうまく扱う事が出来ない。
生前よりも増えたチャクラとは言え、それを使いこなす才がダイにはないのだ。
精々生前よりも身体強化能力が上昇している程度であり、辛うじて上忍と張り合える程度の身体能力でしかない。
ガイと基礎能力で張り合うなど不可能だ。
しかし、それで十分。
上昇した身体能力を、イリヤとて修行をする事で十全に使いこなせるようになったダイ。
それだけでダイは先ほどまでに1000人を超す忍達を叩きのめして来たのである。
そう、叩きのめす。
彼は呆れた事に1人たりとて死なせていなかったのである。
これはイリヤにとって、つまりはトビにとって都合が良い状態であった。
あくまで彼の目的は「月の眼計画」の発動。
全ての人々を幻術の世界に引き込み、1人1人の理想の世界に閉じ込め、それをトビが管理する事で完全な平和を実現する。
それにはある一定以上の人間が生きていることが条件であろう。
別にトビにとって忍連合軍の壊滅は必要ではないのだから。
故に、ダイは殺しを命じられなかったがために、叩きのめすだけに済ませたのである。
とは言え、それが容易い訳はない。
むしろ殺す方がどれだけ楽であるか。
1人1人の耐久力を見切り、死なない程度の打撃を与えて1000人からの忍を沈黙させるのがどれだけの苦行か。
ガイとてそれだけのことが出来るかどうか。
近接戦闘技術を極め、外道魔像からの強大なチャクラを受けたダイだからこそ可能な神技であった。
「心配せんでも『八門遁甲』は使わんよ!」
ダイはそう言った。
一瞬、ガイは意外に思った。
ガイを仕留めに来るのであれば、使用するように命令されているか、と思ったのだが。
「あの娘はどこまでもオレを『本来のオレ』としてこき使うつもりみたいだな!
分かるだろう、息子よ!」
ああ、そうだ。
八門遁甲は、
「自分ルール、だな、父さん…」
そう、ダイはかつてガイに言った。
自分の大切なものを死んでも守りぬく時にこそ、
ならば、この戦いは、
「純然たる体術、それでカタを付けるという事か…」
やってくれるものだ、流石は我が弟子のコピーと言ったところか。
ガイは苦笑いを浮かべた。
イリヤの意図をガイは正確に把握していた。
ダイをガイにぶつける事で、足止めをする事。
ダイが八門遁甲を使わないことで、ガイにも八門遁甲を使わせない事。
ガイが八門遁甲を己のためには使わない、それをイリヤは見切っているのだ。
だからと言ってその予想を覆す為に八門遁甲を使う、という事をガイはしない事も予想済みだろう。
純粋な体術同士のぶつかり合いをダイは望んでいるのだろうし、またガイも己の修練の賜物を父に見せつけたい、という想いもある。
それを見抜かれ、それでもなお、ガイはダイと戦いたかった。
「…これでも分別が付いた、と思っていたんだがなあ」
ガイはそうぼやいた。
その言葉に、ダイが返す。
「なに! 人とは理性だけに生きる訳じゃない!
時折感情が暴走する事もある!
それが…」
ガイとダイは視線を合わせ、
「それが」
「それが!」
「「青春!!」」
言い切った。
うん、この2人は親子だ。
1人蚊帳の外のテンテン。
彼女に、ガイが言う。
「テンテン! 先に行け!
万が一にもないとは思うがな、リーが心配だ。
あいつを助けてやれ!」
テンテンはその言葉に1つ頷くと
この場に自分が居ても役には立たない。
むしろ、下手な手出しはガイを危険にさらしかねない。
そう判断してのことである。
テンテンはそのまま走りだそうとして、振り向いた。
そしてダイに向けて、
「先生は、負けないから」
そう言うと、今度こそ彼らに背を向けて走り去っていった。
「はっはっはっ! 良い子じゃあないか息子よ!
良い弟子を育てたな!
『良き師は良き弟子を、良き弟子は良き師を育てる』とはよく言ったものだ!」
ダイはうれしそうに笑った。
「もう1人のお前の弟子にも会いたかったが、多分無理だろう!
この戦いがどう決着するにしても、だ」
ダイはあくまでも忍術によってこの世に一時的に表れた代物に過ぎない。
術が切れればその体は塵と化し、残るのはその依代となった量産型ゼツの死体だけ。
しかし、だからこそ。
「息子よ、いや、マイト・ガイよ!
オレが極めた体術の真髄、その心に刻むぞ!」
ダイの言葉に、ガイは太い笑みを浮かべた。
「いくぞパパ!
これが今のオレの力だ!」
2人の男は激突した。
マイト・ガイ対マイト・ダイ。
親子の戦いの幕が切って落とされた。
そしてこちらでも。
はたけカカシ率いる戦闘近中距離部隊はチヨ婆率いる傀儡使いを中核とした奇襲部隊との連携によりゼツの1部隊を壊滅に追い込んだ所だった。
今、奇襲部隊はその前の戦いにおいて負傷者が出ており、彼らを後送するために一部の者が後方へ下がっている状態だ。
その為、一時的にカカシの部隊へ編入し、戦力を底上げしている状態での戦闘であった。
カカシの指揮は見事なもので、奇襲のタイミングも完ぺきと言って良いものだった。
チヨは流石はあの「白い牙」の息子よな、そう感慨深く見ていた。
かつてチヨの息子夫婦はカカシの父であるはたけサクモによって殺された。
無論、それは戦場でのことであり、殺す殺されるは忍の世の習いとも言える。
しかし、だからと言って殺された者の身内達が納得するものでもあるまい、例えその者達が別の者の身内を殺しているとしても。
チヨは怨み辛みをずっと持ち続けてきた。
一度、怨敵の息子であるカカシに殴りかかった事もあった。
チヨは己の息子夫婦が死んだ時から、ずっと怨みを抱え続けて生きてきた。
それは半ば風化しながらチヨの心の淵にべったりと汚物の様にへばりついて来たのだ。
それがぬぐい去られたのは暫く前の事であろうか。
砂隠れの長である我愛羅が倒され、一尾を抜きとられる事件があった。
その時に会った子ども達(チヨにとってはナルト達はまだまだ子どもである)との接触、共闘を経て、チヨは時代が確実に流れている事、次代の者達が成長していることを実感した。
己の時代は終わった。
彼女はそう感じた。
ならば老兵たる自分は消え去るのが良かろう、そう思い、己が究極の蘇生忍術を使おうとして
まだチヨに話すべき事がある、と。
その時、暁に所属していたチヨの孫である「赤砂のサソリ」はチヨと春野サクラによって捕獲されていた。
彼は風影襲撃という死罪になってしかるべき罪があった。
彼の身内としてチヨはその行く末をしっかりと見る義務もあったのだ。
孫は死を賜るだろう、そう諦めを持っていたのだが。
しかし、風影・我愛羅からは罪を減じ、砂隠れに所属させる事でサソリという災厄を砂隠れの利益とするべき、そう主張したのである。
確かに、彼を砂隠れに再度引き込むことが出来れば確実に砂隠れの忍の力量は上がるだろう。
何と言ってもチヨ婆を超える傀儡繰りの天才だ。
忍としての実力もさることながら、その技術の一端でも取り込むことが出来れば砂隠れの傀儡操演の技術は格段に上昇するであろうことは間違いなかった。
しかし、我愛羅襲撃の際、岩隠れのデイダラと共に襲撃に参加したサソリは、その過程でかなりの人数の忍を殺している。
当然のことながらサソリに殺された者達の怨嗟はそう簡単に抑えられるものではないだろう。
我愛羅自身、未だにかつて彼が殺した者達の身内からの許しを得ているとは言い難い状況である。
チヨは、己も復讐心を抱いて生きて生きた者だ。
彼らの怒り、悲しみも良く分かる。
だが同時にその空しさも知っている。
そして、ナルト達と関わることで、やっと彼女は息子夫婦の死から「一歩前に進む」事が出来たのである。
その体験を元に彼女は地道に彼らを説得して回った。
無論、納得するものばかりではない。
酷い罵倒を受けた事もある、それこそ殴りかかられた事も。
しかし、それでもチヨは時間をかけ、彼らの説得へと働いた。
それが孫との関わりを上手く行えなかった事によりサソリを「暁」へと走らせた自分のするべき事だと任じていたからである。
その甲斐あってか、被害者の中にはチヨの言葉に耳を傾けてくれる者も現れている。
彼らのためにも、ここで「月の眼計画」とやらは発動させられない。
そうチヨは思うのだ。
その時。
「のう、はたけカカシよ…」
チヨは殊更のんびりとカカシに声をかけた。
「はい」
その外見のイメージとは程遠い、のほほんとした返事を返すカカシ。
しかし、その目は油断なく周囲を見回していた。
そしてある一点を見据えると、眼帯の様に左目に掛かっていた額当てをずらした。
そこから見えたのは親友、うちはオビトから譲り受けた写輪眼。
写輪眼はチャクラの流れを見る。
その写輪眼ですら視落としかねない微細なチャクラの流れの揺らぎ、それをカカシは見逃さなかった。
雷光の速さで繰り出される無数の手裏剣、クナイが複雑な軌道を描きその揺らぎを襲う。
そして、
ぎぎいぃん!
甲高い音をさせ、それらは全て「撃ち落とされた」。
音を聞く限り忍刀の様なもので払い落されたのだろう。
「敵襲!
警戒しろ!」
カカシからの声が飛ぶ、が、それは少々遅かった。
カカシは優秀な上忍である。
しかし、そうであるが故に、
フォーマンセルなら今の檄でまるでそれが1つの生き物であるかのように統率がとれただろう。
しかし、今回カカシは忍の班を複数束ねる立場であった。
カカシの檄に各班を束ねる上忍、中忍達が反応、そこから配下の下忍達に命が飛ぶ。
そのタイムラグが致命的だった。
強力なチャクラを持つ上忍達の動きによって、その場にあったチャクラの流れがほんの少し乱される。
それだけで相手にとっては十分。
一瞬でカカシの視界から相手は消え去り、
「ぐぁ!?」
上忍の1人が深々と肩を切り裂かれた。
倒れ込む上忍を見て周囲から動揺が広がる。
それがまたチャクラの乱れを生み、襲撃者の気配を覆い隠していた。
この戦い方に、チヨは覚えがあった。
忍の戦い方の基本である「無音暗殺」。
相手の感覚の外側から攻撃し、こちらへの攻撃をさせる事無く一方的に仕留める、戦いというよりは「狩り」とでも言うべき戦法。
それを忠実にこなすこの戦い方。
それはある意味「忍としての完成形」とも言える。
そしてそれは完成形であるが故に、実行可能な物は限られている。
「この戦い方、今生きているもので出来るものはオレの知る限りいない…」
カカシの言葉に、
「なれば死んだ者ならどうかの?」
そう、チヨが言葉を被せた。
確かに、今ほど忍術が発達していなかった時代、忍の戦い方は「いかに相手に存在を悟られず、一撃で屠るか」を突き詰めたものだった。
しかしそれは初代火影やうちはマダラの前の時代である。
死者を甦えらせ、使役する「口寄せ・穢土転生」を開発したのは2代目火影であり、彼が穢土転生を生み出した頃にはとうの昔にその様な技術は廃れ、忍術によるド派手な戦いが忍の基本となっていた。
故に、無音暗殺の名手など、死体の一部すら残っていたかどうか。
例外として桃地再不斬の様な忍術を併用する者が幾ばくか有ったのみだ。
そう考えていたカカシ、そこに気の緩みがあったのか、はたまた慣れない大規模指揮のせいなのか、彼の意識の外にあった位置、そこから白く光る刃がその首に伸びた。
カカシの左目は写輪眼である。
それはチャクラの流れを見、解析する忍にとってあまりにも便利な力をカカシに与えると共に、使用中は常にチャクラを消耗する為に普段は特別製の布の眼帯を以って封印している。
その為か、彼は左目からのチャクラ以外の視覚情報を取り込むことを若干ではあるが不得手としていた。
そして相手はチャクラの流れに紛れつつカカシの左側から接近、その白刃を叩き込もうとしていた。
誰も対処できはしなかった。
「甘いわ!!」
ただ1人、チヨを除いては。
チヨの操演する「十機近松の集」の1体・悪七兵衛がその身を呈してカカシを守る。
本来であればチヨの操演だ、その
しかし、
斬っ!
悪七兵衛は首から胴までを袈裟切りに切断された。
悪七兵衛は特に近接白兵に対応した傀儡で、チヨの持つ傀儡の中でも特に頑丈に出来ているものだった。
カカシに悟られずに近付く隠業と、悪七兵衛を一刀の元に切り捨てる剣技。
こんな非常識な強さを持つ忍を、チヨは1人しか知らなかった。
そしてカカシも遅まきながら今の太刀筋を思い出した。
子どもの頃、修行に突き合ってもらった時によく見た形。
「そんな…、 父さん!」
隠業が解け、そしてカカシにとって、そしてチヨにとっての因縁の相手が姿を現した。
かつて「伝説の三忍」をも上回ると言われた超人、「白い牙」はたけサクモ、参戦。
さらに。
八尾の人柱力、キラー・ビーは忍連合軍との合流途中で強敵とぶち当たっていた。
「…テメエら六道、六道ペイン♪
オレは八尾のキラービーィッ♪ イエァ!」
などとラップ調の韻を踏みつつ目の前の6人と戦っていた。
そう、彼の前に立ちはだかったのは6人、いや、6体の忍、六道ペインであった。
輪廻眼を移植したトビによって生み出されたペイン。
それは、二尾から五尾までの元人柱力の死体、そして。
「
腕を無数の蛇に変化させつつ痩身の男が襲い来る。
「くっ!? カマ蛇はお呼びじゃねえっ!」
韻を踏む余裕もなく、ビーは8本の刀でそれらを迎撃した。
「…まいったな、大蛇丸まで取り込んでやがったのか」
そう、ビーの前に居るのは大蛇丸。
彼は知らない事だが、この大蛇丸はサスケと戦った後の大蛇丸の遺骸をトビが回収したものを加工したものだ。
元々大蛇丸は己の体に木遁の制御を目的として初代火影・千手柱間の細胞である「柱間細胞」を取り込んでいた。
その為、ゼツと誘拐して幻術により自我を奪ったヤマトによってそれを培養、増幅する事が可能だあった。
音隠れの里において「大蛇丸細胞」と呼ばれているそれを元に、トビは自我の無い大蛇丸の肉人形を作り上げ、それを元に「ペイン天道」を創り上げていたのである。
彼らを足止めする為に、ビーはここに残り、そしてナルトとフウを先行させたのである。
さて、どうしたもんか…、などと呑気に考えているビーは、ナルトがペイン六道など歯牙にも掛けない最大の試練にぶち当たっていた事を知らなかった。
「フウちゃん、先に行っててくんねえか?」
ナルトは相手から目を離す事無く七尾の人柱力であるフウにそう言った。
「…大丈夫っすか?」
心配げにそう尋ねるフウ。
「…わっかんねえ。
でもこれだけは分かる」
緊張を滲ませつつナルトは言った。
「ここはオレがやんなきゃなんねえとこだ。
先に行ってみんなを助けてくれ。
頼むってばよ」
ナルトの意志は固い。
フウはそれを理解した。
「分かったっす!
…必ず追いつくっすよ!」
フウはそう言うと、七尾の力をも使い、全力で戦域を離脱していった。
「…ナルトよ、良い仲間を得たのだの」
相手からそう声が掛かる。
「ああ。
いろんな奴にあったし、いろんな人とも別れた。
でも、今いる奴からも、居なくなった奴からも、いろんなもんを貰ってここにいる。
じーちゃんから貰ったもんもあるってばよ」
ナルトはそう言い、相手に向かって不敵に微笑んだ。
「行くぜじーちゃん!
いやさ、3代目火影・猿飛ヒルゼン!!」
その宣誓に、目の前の相手、猿飛ヒルゼンは嬉しそうに微笑んだ。
いろいろ時系列がずれてきております。