NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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高齢者バトルの回です。
若くて活躍するのはイルカ先生だけ、というありさま。
それから、今回は大蛇丸にオリジナル忍術が!
そんな回です。

☆大蛇丸さんの術行使シーンを若干派手目に変更いたしました。


第9話

 結界の中に新たに現れた老人。

 年は80以上であろうか。

 若干腰は曲がっているが骨太の体格は、かつては長身の偉丈夫であった事を想像させる。

 古めかしい「忍者装束」に身を包み、二の腕と腿には手裏剣のホルダーが固定されている。

 すっかりしわまみれの顔には白く太いまゆ、ゴマ塩の髭に彩られた不敵な笑みが浮かんでいた。

 初代から3代までの火影、そして大蛇丸と茶釜ブンブクは唖然としていた。

 結界の中にどうやって入ったのか。

 この老人は何者なのか。

「お主は、サテツじい様か!?」

 そう言ったのは3代目火影の猿飛ヒルゼン。

 その問いかけに対し、老人、いや茶釜サテツは、

「ふん、猿飛の小僧っ子が、まだボケる年じゃあるまいに。

 初代、2代様もお久しゅうございますな、こんな場でなければ茶の一つも出しましたのに」

 悠々とそうのたまった。

 茶釜サテツ。

 木の葉隠れの里を初代火影・千手柱間が創立した時には既に初老、3代目・猿飛ヒルゼンが火影に就任した年には既に亡くなって(?)いる人物である。

 ヒルゼンをしてサテツの孫の世代に当たる、木の葉の里設立の立役者の1人であった。

 そして、

「こりゃ、小僧っ子、年長者に自己紹介くらいはできんのかい」

「あ、すいません、僕は忍術学校5年生、茶釜ブンブクです」

「さすがに玄孫(やしゃご)のことはしっとるわい、そっちの子蛇じゃよ、わしの言っとんのは」

 その言葉に大蛇丸は顔を紅潮させ、

「ふざけるな! この私を誰だと思ってるの! この大蛇丸を子蛇なんて…!」

「わしから見れば初代様ですら小僧っ子よ、その孫弟子風情がえっらそうに…」

 サテツはしれっと大蛇丸の怒りを受け流した。

「しかし、じい様、どうやってここに入ってきたんじゃ?

 結界を通り抜けるのは並大抵のことじゃないんじゃが」

「ん? お前さんのキセル入れ、元々わしんじゃろが」

「! そうか! 金遁・什器変わり身!」

「そういうことじゃ。

 わしとお前さんのキセル箱を入れ替えてここに来た、というこっちゃ。

 ほいてもっての?」

 サテツは大蛇丸ににやりと笑いかけるとこう言った。

「子蛇よう、お前さんはうちの玄孫を人質に、ヒルゼンを封じたつもりかもしれんがの、

 わしら茶釜の一族には、こういう技もあっての?」

 そう言った瞬間、茶釜ブンブクの姿が消え、そこには1人の老婆が立っていた。

 サテツよりも腰が曲がり、かなり小さく見える老婆。

 その所作には品があり、かつては清楚な美人であった事が偲ばれる。

「子蛇には紹介しとこうかの、わしのつれあい、茶釜タマユラじゃ。

 ワシよりは長生きした筈じゃから、知っとるかもしれんの」

 老婆を見て大蛇丸の顔が面白いくらいに歪んだ。

 おっとりした口調で老婆は、

「あらあら、大蛇丸ちゃん、おっきくなったわねえ。

 しかも火影様に喧嘩を売るくらいの大物になって。

 おばあちゃんうれしいわ」

 と、若干、いやかなりずれた喜び方をしていた。

 元々彼女は産婆をしており、大蛇丸の母親の胎内から彼を取り上げたのはタマユラだったのである。

「いったい今のは、どうなってるの!?」

 大蛇丸は混乱の極みにあった。

 

 

 

 はい、ブンブクです。

 今、僕は、何故かお家の居間にいます。

 どうやら「金遁・什器変わり身」の応用で、うちのご先祖さまの誰かと僕が入れ替えられたみたいです。

 しっかしとんでもないよ、これ。

 だって、スタジアムからうちまでキロ単位の距離があるんですよ。

 それを飛び越えるってどんな忍術ですか…。

 まあ、助かったのはいいとして、3代目さま大丈夫だろうか。

 3代目さまとうちのご先祖様2人で、大蛇丸さんサイドと人数は3対3だけれども、相手は伝説の三忍の1人と初代、2代目火影さま。

 対するこっちの陣営は3代目さまと初代さまが釣り合ったとしてうちのご先祖さまはどこまで戦えるのだろうか。

 とはいえ心配してもしょうがないかな。

 正直僕では実力がなさすぎる。

 どうにか介入できればいいけど…。

 さすがに3代目さまが破れない結界では、刑部さんたちに出張ってもらっても難しいだろうしなあ。

 そんなことを考えていると、

 ごん!

 なんか凄い音がした。

 ひょいひょいとうちの屋根に登ってみると、里の中心でなんかでっかい蛇が暴れているのが見えた。

 ほかにも、どうやら戦闘が起きているらしく、ところどころ火の手が上がっている。

 ええい、大変なことになってるじゃないか。

 ここが介入のしどころかしら。

 そう思ったんですが…。

 でっかい蛇はでっかいカエルに押しつぶされ、あと、巨人にタコ殴りにあってる。

 あの巨人って秋道のお父さんじゃない!?

 すっげー、秋道の倍化の術ってあそこまででっかくなるんだ。

 チョウジさんとこって凄いんだなあ。

 なんか、さすが忍界に木の葉ありって言うだけはあるんだなあ。

 なんか僕が出張る必要ないよね。

 これはお家に籠ってるのが一番無難だろうなあ、そう思っていた時のことだった。

 一際強い揺れが起きたかと思うと、「死の森」の方角に、砂煙が上がった。

 巨大な()()()が森の木々のさらに上へとそびえ立つ。

 あれは…

 

 … 守鶴、ですね …

 

 やっぱりそうか。

 僕はどうしたらいいんだろう。

 

 … あなたの思うままに …

 

 そうだね、うん、行こう。

 僕は砂煙の上がる森の方へ顔を向けた。

 

 

 

 木の葉隠れの里では音隠れの里、砂隠れの里の忍対木の葉隠れの里の忍の一大決戦が繰り広げられていた。

 里の中心部のあちらこちらで忍術、体術、幻術が乱れ飛んでいた。

 その戦場で。

 現代の忍はスリーマンセル、つまり3人1組で行動する事で、死角をカバーし、各々の力を最大限に発揮するように訓練されている。

 音隠れの忍もそれに洩れず、3人1組で動いているのだが、実のところ、木の葉忍者ほどそれはうまくいっていなかった。

 無理もない。

 音隠れの里が創設されたのはたかだか数年前。

 その構成員は大蛇丸が目を付け、スカウトしてきた者達である。

 そのほぼ全員に大蛇丸は幻術による洗脳を施し、自身に絶対の忠誠を誓わせるように仕向けてきた。

 そのため、今回の「木の葉崩し」に参加している忍達はスリーマンセルチームとしての完成度、信頼関係を高めようという意識より、自身がより大蛇丸に有用であると認められようとする意識の方が強くなってしまっていたのである。

 結果、チームとしての行動に支障が出るほどチーム内の関係は悪くなっていたのである。

 結局、大蛇丸は人を率いる能力に欠けているのであろう。

 己の忍術への執着のために忍里を1つ作り上げる手腕はとても高いものなのだろうが、組織を維持する能力に欠けている。

 結局のところ、彼は研究者、学者であって、政治家ではないということなのだろう。

 その欠点が音隠れの忍たちを窮地に追い込んでいた。

 

 音隠れの忍達は予想外の抵抗にあっていた。

 自分たちは精鋭であったはずだ。

 もともとそれなりの資質をもった忍であり、そのために里から放逐され、または自分から抜け忍となりそして大蛇丸に拾われた。

 そして大蛇丸からさらに優れた装備、忍術を与えられ、元の里にいた時とは段違いの戦闘能力を得たはずだった。

 その自分たちが何故追い詰められているのか。

「ちっ、おいっ、こっちを援護しやがれ!」

 前衛に立つ体術中心の忍がそう吠える。

「ふざけるな! こっちだってそんな余裕はない!」

 後衛で忍術、手裏剣術を得意とする忍が、手裏剣を乱射しつつそう返す。

 彼らは個々の能力で言うなら目の前にいる木の葉の中忍達よりも一段強力であった。

 さらにその上、大蛇丸謹製の防護効果の高い忍び装束、チャクラ刀や特殊からくりなど、装備面でも奇襲を受けた木の葉の忍よりも数段上のものを装備していた。

 しかし、木の葉の忍達の士気は高い。

 もともと里に攻め込まれるという背水の陣であり、そして個々の連携も音隠れの忍に比べて数段洗練されていた。

 さらに。

 なかなか木の葉の忍を倒せないでいる音隠れの忍の目の前に、虚空からチラシがひらりひらりと落ちてくる。

 そのスーパーの折り込みチラシ、どうやらチラシを切ってメモ帳に作り替えたそれの本来何も書かれていないはずの場所に書いてある文字。

 

「おろちまるのばーか」「おろちまるさんむのー」

「あんなんがおさでだいじょーぶー?」

「おかまをばかにすんなおろちまるー」

「かてるはずないじゃん ぷぷー」

 

 なんというか、あまりにも低レベルの悪口、欺瞞情報、扇動とすら言えないようなくだらない落書き。

 しかし、身体能力を大蛇丸の忍術、特殊な薬品で強化されたその動体視力はくだらない落書きを知ったり読み取ってしまい、洗脳によって暴走している大蛇丸への過度の忠誠心はその文言を無視することはできず。

 結果として、

「「大蛇丸様を愚弄する奴ぁぶっころばす!」」

 盛大な隙を作り、

「!」「げっ!」

 個人の技量で劣る木の葉の中忍にその命を奪われる。

「…よし、このあたりの奴は仕留めきったか」

 犠牲者を1人も出すことなく猛者達を片づけた中忍達に、その手に持った()()から声がかかる。

『その周辺の敵は一掃できました。

 続いて中心部繁華街に向かった敵工作部隊のせん滅に尽力お願いいたします』

「こちら神月、了解です」

 中忍達は音もたてず、次の戦場へと向かった。

 

 隠業を解き、茶釜ナンブは手に持っていたスーパーのチラシを再利用したメモ帳を懐にしまった。

「さて、じゃあ、ボクも行こうか… !」

 一瞬にして隠業を行い、周りの風景に溶け込むナンブ。

 そこに、

「くっそ、俺を残して部隊は全滅か…」

 先ほどの音隠れの忍の生き残りか、どうやらこの隊の隊長らしい人物が毒づいていた。

 その後ろにまるで影のように忍びよるナンブ。

 無論その事に気づかない隊長ではない。

「何奴っ!」

 チャクラを纏わせた手刀により、逆水平打ちの要領で斬りつける。

 が、

「! いないだと!」

 ナンブはすい、と屈むだけでその攻撃をかわし、

 槌を叩きつけるような振り回しの一撃で相手の顔面、上唇と鼻の間-人体の急所の一つ・人中-に寸鉄を叩きこんだ。

 衝撃により隊長の意識は完全に断たれ、地面に倒れ伏した。

「やれやれ、油断大敵油断大敵、と」

 とどめの意味も込めて、とん、と相手の首に蹴りを打ちこみ、確実に首の骨を砕く。

 そうしてナンブは改めてその姿を消すのだった。

 

 

 

 音隠れの忍達の一隊が木の葉の忍達と激戦を繰り広げる一方、その他の部隊の者達は里の中において破壊活動を行おうとしていた。

「木の葉崩し」はただ木の葉隠れの里の忍を一掃するという目的だけではない。

 木の葉隠れの里、という人の住む都市そのものをこの世から消滅させる、という巨大な広告である。

 音隠れの里、およびその長である大蛇丸の力を世界に向けて大々的にアピールするのが目的なのである。

 そうすることで現忍界の勢力図を一気に描き変え、大蛇丸がそのトップに躍り出るための壮大な生贄なのだ。

 そのためには、里およびその周辺のほとんどの住民がスタジアムに集結し、幻術によって眠りについている間に木の葉隠れの里を消滅させる、そして、幻術をとかれた住民たちが外に出た時、壊滅しきっている里を見たなら、どう思うであろうか。

 今まで頼り切っていた木の葉の忍が全滅し、今まで暮らしていた里が消滅していると知った時、とてつもない混乱が彼らを襲うだろう。

 そのためには一般人の死者は少ない方がいい。

 その方がより混乱を広範囲に伝えることができるからだ。

 さて、木の葉隠れの里に置いて象徴的なものと言えば何だろうか。

 

 そう、火影の顔岩である。

 

 工作部隊の一部は大量の起爆符を持ち、火影の顔岩へと迫っていた。

 

 うみのイルカはその頃、顔岩の丁度下に位置する緊急避難用のシェルターに子どもたちを避難させているところだった。

 子どもたちの中に茶釜ブンブクはおらず、探そうとしたところに他の上忍から大蛇丸配下の者に誘拐された事を聞いていた。

『無事でいてくれよ、ブンブク』

 誘導中の子どもたちを置いて捜索に行く事も出来ず、イルカは内心焦りを抱えながら子どもたちを誘導していた。

「みんな、大丈夫だからな、もし敵の忍者が来ても、先生たちが必ず君たちを守る!」

 そう子どもたちに言い聞かせているところだった。

「イルカ先生、どうやら来たみたいです」

 声を震わせながら同僚の教師が言った。

 教職員になる中忍は、現場から離れて久しい者も多い。

 イルカは職員の中でも現場から離れている時間も短く、比較的荒事に慣れている部類だ。

「先生は子どもたちの誘導を。

 私は敵の迎撃に向かいます!」

 イルカは同僚にそう言い残すと、敵忍を迎え撃つためにその場を離れた。

「オレの生徒に手出しはさせねえ!」

 その思いを胸に秘めて。

 

 迎撃に出たイルカであったが、苦戦を強いられていた。

 まずは数。

 相手方は2小隊6人、比してこちらはイルカ1人。

 これは木の葉側が少なかったわけではない。

 事前にいた1小隊がすでに戦線を離脱させられていたことがイルカの不幸だった。

 しかも敵側は純然たる戦闘要員が6人、倒された木の葉側の3人のうち、1人は医療専門の忍者で戦闘能力が著しく低かった。

 敵側が任務を優先して息の根を止めに来ていなかったのが幸いか。

 次に装備。

 今日のイルカは子どもたちの付き添いということで戦闘に向いた装備をしてくることができなかった。

 ジャケットの中には通常の半分ほどしかクナイを仕込むことができず(代わりに医療用キットが入っていた)、太ももに固定するポーチも付けてくることができなかった。

 起爆符などの多人数を制圧するための装備を用意できず、あるもので戦うしかない。

 そのため戦術の幅が狭くなっていた。

 その戦術の幅をさらに狭めるのがイルカの立ち位置。

 イルカは言ってしまえば己の生徒たちの最終防衛線である。

 ここから1人でも通してしまえば、子どもたちが危険にさらされる。

 ここで食い止めるしかなかった。

 さらに、敵の中に上忍クラスが1人いたことである。

 明らかに自分より上手の相手と数の不利、装備の不利と戦術上の不利を抱えながら戦わなくてはならなくなり、イルカには焦りが募っていった。

 

「!」

「チャンス! ていやっ!」

 裂ぱくの気合と共にクナイを振りぬき、イルカはやっとのことで敵の1人を仕留めた。

 とはいえ、後5人。

 敵の隊長格である上忍はいまだ健在で、いましがた倒した相手も、敵が下手を打って何かに躓き、バランスを崩したところを狙う事が出来たためであり、ラッキーヒットの類いだとイルカには分かっていた。

「…どけ、さすれば命までは獲らん」

 敵上忍の底冷えのする声にもイルカは怯むことはない。

 しかし、けっして折れることのないその心とは裏腹に、体の方は限界が迫りつつあった。

「ぜっ… ゲホッ… こ、断る!

 ここから先は死んでも通さん!」

「そうか、惜しいな。

 なれば、死するべし!」

 上忍とその配下4人はイルカの命を奪う凶器を取りだし、そして…、

 

“イルカ先生、相手の隙を作ります”

「!」

 イルカはその声を聞いた。

 隙を作る、そう聞こえた。

 ならば!

 

 敵上忍は大きく振りかぶり、それを投げようとして驚き、見た。

 

 手に持ったしゃもじを。

 

 しゃもじ、それは食事を用意する時に使う什器のひとつで、おもにご飯茶碗に米の飯をよそう時に使われる、あれである。

 当然のことながら、手裏剣ほどには投擲に向いておらず、チャクラでも練りこんでおかない限り、武器として成立することはまれである。

 呆然とする上忍達。

 その隙を逃さず、イルカは中忍の1人に駆け寄り、クナイで切りつけて深手を負わせることに成功、そのまま手近なもう1人の中忍に斬りかかる。

 遅まきながらイルカの行動に反応した敵側だが、イルカの攻撃を避けんと踏み出した足の先に、瀬戸物の徳利が。

 パリンと音を立てて踏み砕かれる徳利、しかしそのために回避行動が間に合わなかった。

 鮮血と共にまたしても倒れる中忍。

 ここに至って敵上忍は自分達が幻術にかかっていることに気が付いた。

「くっ、伏兵がおったか、姿を現わせい!」

 ここに至ってはチャクラを温存している暇もあるまい。

 上忍は火炎弾の印を組むと虚空へと打ち出した。

 なにもないはずの空間。

 突然その空気が歪み、1人の中年女性が浮かび上がってきた。

「あなたは…!」

 イルカには見覚えがあった。

 茶釜ナカゴ。

 教え子である茶釜ブンブクの『おっかあ』である。

「どうもせんせ、御挨拶は後にいたしましょ。

 まずはこの場をどうにか切り抜けましょう。

 もうしばらくしたら援軍が来ますし」

 この一言はイルカに希望を、敵には焦りを与えた。

「せんせ、よろしいでしょうか。

 わたくし、幻術にはすこおし自信がありまして」

 そういうナカゴの言葉を最後まで言わせず、上忍はしゃもじだと思わせられていた手裏剣を投げつけた。

 手裏剣は「へにょん」という擬音まで聞こえてきそうなふわふわの軌道を描き、イルカたちに届かないまま地に落ちた。

 落ちているのは手裏剣ではなく、本物のしゃもじ。

「な! 女、いつすり替えた!?」

「もう、お話は最後まで聞くものよ?

 だから言ったじゃない、幻術には少し自信があるって」

 敵忍軍は急ぎ対幻術の解印を結ぶ。

 しかし、これで本当に幻術が破れたのか。

 相手の女は凄腕の幻術使いなのか。

 疑念が疑念を呼び、敵忍軍は身動きが取れなくなっていった。

 緊張が高まっていき、我慢できなくなった中忍の1人がイルカに火弾の術を向けた瞬間である。

 その中忍の背中に飛びクナイが突き立った。

 任務を優先して止めを刺さなかった木の葉隠れの忍の1人が戦線復帰したのである。

 医療忍者に止めを刺さなかったのが災いしていた。

 これで数の上では3対3。

 実力の上ではまだ敵側が優っている。

 しかし、戦いは勢いを利用できる方が有利。

 その勢いは木の葉側の方に傾いていた。

「どういたしますか?」

 音隠れの中忍が上忍に判断を仰ぐ。

「…撤収する。

 もとよりこの任務は優先度が低い。

 本体に合流し、木の葉隠れの忍の殲滅に力を注ぐ。

 散れっ!」

 一旦判断が決まれば忍である彼らの動きは早い。

 あっという間に姿が見えなくなった。

 

「いや、助かりましたよ茶釜さん」

 イルカは疲労のため、しゃがみ込みそうになりながらナカゴに語りかけた。

「いいえぇ、気にせんでください。

 わたくし、せんせに伝えなければならない事があったから来ただけですわあ」

「それは、どういう?」

「うちの息子ですけど、

 せんせのとこからはぐれたみたいでしてえ、

 今、うちに帰ってるそうですから心配せんでくださいねぇ」

「! 本当ですか! 良かったあ…」

 イルカは今度こそ本当にしゃがみ込んでしまった。

「じゃあ、お伝えしましたので、わたくしは帰りますわあ。

 まだいろいろ本部で片づけないといけない書類があるものですからぁ。

 それじゃあ、また今度」

 そういうと、ナカゴはふっと姿を消した。

 イルカはしばらくしゃがみ込んでいたが、子どもたちに元気な姿を見せるべく、シェルターに戻っていった。

 

 

 

 初代から3代目までの火影を交えた結界内の戦いは佳境を迎えようとしていた。

 3代目火影・猿飛ヒルゼンは己の契約している猿猴王・猿魔を呼び、その体を金剛如意棒へと変じさせて大蛇丸の持つ草薙の剣と打ち合う。

 そこに初代と2代の火影兄弟も絡もうとするが、それを老人とは思えない剛力で抑え込む茶釜サテツ。

 初代の秘儀、木遁ですら、その馬鹿力で破壊してしまう。

 本来なれば体力低下が問題になるジジイズであるが、そこをサポートするのが茶釜タマユラである。

 彼女は優秀な医療忍者であった。

 ヒルゼンとサテツの疲労が蓄積してくるのを見計らって回復を施していく。

 焦りが出てくるのはむしろ大蛇丸。

 彼自身、そして穢土転生によって召喚された2人はともかく、何物をも通さない結界忍法・四紫炎陣は大蛇丸が直々に呪印を施し、実験体としてはかなりの成功を上げている「音の四人集」ですら負担の大きい忍法である。

 このまま千日手を続けてはいずれ結界が解け、そして木の葉隠れの優秀な上忍達がここになだれ込んでくるだろう。

 それに、スタジアムの観衆にかけている幻術とていつまでも持つものではない。

 一般人の観衆を殺してはならない、とは言わないものの、こうして戦っているところを見せたい訳ではない。

 どこから術理がばれ、忍術を解析されて無力化されないとも限らないのだ。

 また、木の葉崩しが原因不明であればある程、大蛇丸の不気味さが際立ち、各国とも警戒と共に自分たちに媚を売ってくるはずだ。

 それは今後の交渉にとって大きな武器になるのである。

 忍界最強の木の葉隠れの里をどのようにしてか不明であるが壊滅させた忍軍。

 その称号を得るためにここまで準備してきたというのに。

「…先生、さすがにこれ以上遊んでいるわけにはいきません。

 そろそろ本気で行かせていただきますよ」

 大蛇丸はずるりと手に持っていた「草薙の剣」を飲み込むと、そう言った。

 大蛇丸はここで本気の戦いをする気はなかった。

 老いぼれ1人、自分と初代、2代目火影で掛かれば総時間を掛ける事無く殺すことができたはずだ。

 そこに2人の年寄りが加わることでここまで粘られるとは。

 穢土転生が不完全で、口寄せした2人の能力が低下しているとはいえ、このありさまは情けない。

 ここで確実にヒルゼンの命を取る。

 伝説の三忍と呼ばれた忍術の天才、大蛇丸がその全力を出そうとしていた。

 

「む、あの子蛇、本気になったようじゃぞい! 3代目、油断できんぞい!」

「あれは間違いなく忍術においては天才じゃ!

 強烈なのが来るぞ、じい様!」

「あらまあ、大蛇丸ちゃん、すごいわあ!

 本当に立派になったのねえ」

「こりゃ、タマユラ、お前どっちの味方なんじゃい!?」

「あらお前さん、後進の子が力をつけてその座を奪いに来てるんですよ?

 喜ばしい事じゃないですかあ。

 力を示して覇を唱えるのは忍界の習いでしょうに。

 初代様もそうしてわたくしたちを平らげたのですよ?」

 ああ、そういえばこのばあ様は初代様やうちはマダラともやりあった女傑だったな、とヒルゼンは思い出した。

 彼女からしてみれば、大蛇丸の行動は全く問題がない、という事なのだろう。

 気に入らなければ叩きつぶせばよい、というシンプルな考え方。

 そうか、腑抜けていたのはワシか。

 大蛇丸のようなものが出てくるのは当然。

 それに対しての心構えを忘れておったか。

 なれば。

「大蛇丸よ、こい!

 お主の全力、この3代目が叩き潰そうほどに!」

 ヒルゼンは昨今全く浮かべなくなった凶暴な笑みを大蛇丸に返した。

 

「ばあさまよ、わしらで先代様を抑えるぞ、猿飛の坊主にカタをつけさせちゃれ!」

「はいな、お前さん。

 それじゃあ、『八門遁甲』・解!」

 タマユラの体から炎のようなチャクラの残滓が立ち上る。

 かつてたおやかな乙女が初代火影・千手柱間やうちはマダラと互角以上に戦ってのけた秘儀が解放された。

 もちろんマイト・ガイが習得している八門遁甲は彼女の使うものより数段洗練されている。

 それはガイとその父親が研鑚に研鑽を重ねたその血と汗と涙と青春の上に成り立っているものだ。

 しかし、タマユラのそれはむしろ野獣の暴走に近しい代物だ。

 無理やりこじ開けた力の源泉から強奪するように組み上げたチャクラをまるでロデオのように使いこなし、タマユラは2代火影・千手扉間に襲いかかっていった。

 一方サテツは見た目に反して機敏な動きで初代目火影・千手柱間の動きを封じようとしている。

 茶釜家の家伝の術法を用い、扉間の周囲には数十のキセルが浮かび、その全てがサテツの感覚器となり、扉間の動き全てを伝えていた。

「初代様、あなた様とはやりあう機会がありませんでしたの」

「まったく。

 これだけ相性が悪いとは、生前は運が良かった」

 柱間の放った幻術・黒暗行は効果そのものはあるものの、複数の目と耳、皮膚感覚を使いこなしているも同然の今のサテツには効果がない。

 むしろ術を放った瞬間に取りつかれ、サテツにとって得意の肩が触れ合うほどの近接格闘戦に持ち込まれてしまっていた。

 

 大蛇丸は懐から巻物を1本取り出した。

 それを一振り、巻物が長く伸び、大蛇丸の体に纏いつくとそれは青を基調とした見事な着物へと変化していた。

 海の波を思わせる水色の唐草模様、それを取り巻く金糸銀糸で仕立てられた波しぶき、どれをとっても一級品の芸術である。

「それは!」

 青綬仙衣。

 チャクラをため込む性質を持った繊維で編まれ、さらに金銀などチャクラへの影響力のある金属によって装飾された忍具の中でも最上級のもの。

 それに蓄えられたチャクラは膨大なものになる。

 それだけのチャクラを使用する術を大蛇丸は使うつもりなのか。

 ヒルゼンは猿魔の変化した金剛如意棒を構え、大蛇丸の忍術を立ち向かうために備えていた。

 元々ヒルゼンは忍としてはかなりの老齢。

 肉体の衰えと共に総合的なチャクラの量は年々低下している。

 無論鍛錬は欠かしておらず、チャクラを扱う技術はむしろ上昇しているのだが。

 大蛇丸はすい、と両の手を前にかざすと、一瞬にして数十の印を結び終えた。

「!」

 それはヒルゼンをして驚愕させる恐るべき結印の速さであった。

 しかし、ヒルゼンもまた並みの忍ではない。

 一瞬でその忍術を見切ってのけた。

 それはうちはのものですら敵わない、長年忍術と共にあったヒルゼンだったからこそ見切る事が出来たことである。

 しかし、

「むうっ! 大蛇丸貴様!」

「ええ、結界内すべてを飲み込むほどの忍術、これならいかにあなたであろうとも逃げられないでしょう?」

 にやりと笑みを浮かべ、青綬仙衣をはためかせて大きく後ろに飛び退ると大蛇丸は術を解き放った。

 

「水遁・大瀑布螺旋流!!」

 

 その瞬間、大蛇丸の纏う青綬仙衣からその衣の柄がそのまま抜けだしたような凄まじい量の水流が結界内にあふれ出した。

 ただの水ではない。

 チャクラを内包した水流そのものが幾つもの複雑な螺旋を描き、その螺旋の中心に力を蓄えながらヒルゼンに、そして初代2代の火影、茶釜夫妻に雪崩れかかってくるのだ。

 そして、ヒルゼンが金剛如意棒でその大瀑布をなぎ払った瞬間。

「! があっ!!」

 その瀑布の中に溜まりきっていた何十という力を蓄えた渦の流れ、その力の奔流がヒルゼンに向かって炸裂した。

 この術は水流によってチャクラを回転、収束し、数十数百のチャクラの塊を形成し、それを大瀑布に乗せて的に叩きつける術である。

 水流によって敵の動きを制限し、その上でチャクラの塊、そう、四代目火影・波風ミナトの秘術「螺旋丸」を水遁で再現、強化したものを叩きつける。

 後年、うずまきナルトの開発するであろう「風遁・螺旋手裏剣」は「個」の破壊力を高めた忍術であるが、この大瀑布螺旋流は使う場所を考えるなら一国を滅ぼすことが可能な、殲滅戦のために作られた忍術であった。

 術が発動した次の瞬間、「ゴン!」という音と共に、無敵であるはずの四紫炎陣は内部からはじけ飛んだ。




ラストの大蛇丸さんの大技、書き換えるかどう悩んでおります。
4年前のあれにイメージが重なるもので。
気にしてらっしゃる方がいらっしゃるかあ、と。

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