NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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時系列を調整しながら書いておりますので、若干週一が難しくなってきました。


第113話

 早朝、陽の出るしばし前。

 トビ率いる「暁」の攻勢は始まった。

 正確に言うならば、深夜からそれは始まっていたのだが、攻勢前の混乱を狙ったそれはあまり上手くいっているとは言えなかった。

 トビは白ゼツ達に事前に指示を出していた。

 下忍から中忍のチャクラを吸収し、そのものに成り替わる様に、だ。

 彼らは指示通り成り済ましを敢行した。

 そして数100人の偽者が忍び連合軍の中に入りこんでいった。

 そこまでは良かった。

 問題は。

 

「だあっ!」

「ぐぁっ!?」

 春野サクラ、今や一流と言える技術を身に付け、更には戦闘能力も卓越した万能と言って良い医療忍者に成長した彼女、は、目の前にいた「患者」にその凶器(げんこつ)を振り下ろした。

 サクラ達主だった医療忍者は山中いのいち率いる情報処理班から通信中継忍術を経由して様々な連絡が入る。

 それは戦況であったり、後送された忍の数であったり、優先順位の高い上忍の名前であったりする。

 それを経由して、「忍連合軍の者に成り済ましている奴がいる」という情報が伝わって来ていたのである。

 その情報を元に、負傷した「見知った仲」の忍を自分の所に優先的に回してもらったサクラ。

 そしてたった今拳骨を叩き込んだのは、

「な、何故…!?」

 日向ネジに、であった。

 サクラは答えた。

「ブタに手はないんだよ、しゃーんなろー!!」

 そう、サクラが「トントンが足をくじいた」と言った時、このネジの偽者は、

「手を怪我するよりはまし」

 そう言ったのであった。

 サクラの先輩格である上忍のシズネ、ペット兼護衛役の忍豚であるトントンを飼っている。

 元々はただの子豚であったトントンも、シズネが巨大なチャクラを蓄えている綱手の傍にいるために影響を受け、チャクラを練る事の出来る妖物の一種である「猪神」へと進化していた。

 木の葉隠れの里の忍びの中でも有名な話であり、仲間の情報をある程度仕入れておくのは忍としても常識の範囲内だ。

 忍として優秀なネジの耳に入っていない筈はなかった。

 白ゼツはチャクラをコピーした相手の能力を使う事が出来る。

 それは相手の経験などもコピーできるからに相違ない。

 しかし、どうやら彼らはそれをうまく使いこなすことが出来ないようだ。

 確かに経験、つまり記憶であるが、己のものにするのは難しいだろう。

 なにせ産まれてから幼少時、成人して年老いに至る、そういった膨大なデータの塊だ。

 そこからに戦闘技術や成り済ますために当座使うであろう情報のみを引き出している、故にその行動は見る人間が時間をかけて見れば見破れる可能性があるのだ。

 また、形だけを真似ている為に術の威力なども本人に比べれば威力は低い。

 細かい要諦などを練り込む余裕がゼツにない為である。

 そういった記憶を掘り出すのにはどうしても時間が掛かる。

 ネジに化けた白ゼツはそれを怠った。

 そこで記憶を掘り起こすために考え込めば、それだけ疑われやすくなるのだから。

 そのためにゼツはサクラの引っ掛かけに見事に掛かってしまったのである。

 さらに言えば、

“こちら春野サクラ。

 たった今日向ネジに変装した敵側の間諜を捕えた。

 シノにありがとうって伝えて”

 サクラは自分を担当する通信忍術の使い手である山中いのにそう電信で伝えた。

 実の所、ここに来たネジが偽者である可能性は、油女一族から伝えられていた。

 油女一族に伝わる秘伝忍術である蟲使い。

 彼らは様々な虫を使うが、こと多方向に使える万能の力と言えるのが「奇壊蟲」である。

 チャクラを喰らう特性のあるこの蟲は、油女一族の秘術により彼らの手足、そして情報を収集して油女一族に提供する感覚器となって活躍する。

 それは視覚、聴覚としてのみならず、嗅覚、そしてそれと近似した感覚である「味覚」もそうだ。

 油女一族は戦闘時に覚え込ませた白ゼツの「味」を奇壊蟲に覚え込ませた。

 そして、暗殺者が狙うであろう医療忍者たちの周囲に奇壊蟲達を放っていたのである。

 無論、チャクラを偽装している白ゼツ達である。

 体から発する「汗」等も本物そっくりになっているのは間違いない。

 しかし、一旦体から離れたものはどうか。

 例えば汗が体から滴り、それが落ちたとしたら。

 当然のことながら、それはゼツのチャクラによって偽装されている。

 体から切り離されたとしてもそれにゼツのチャクラが残っていれば偽装はまだ続いているのだ、しかし。

 奇壊蟲はチャクラを喰らう。

 そう、ゼツの残した分泌物に含まれ、それを他者の者と偽装しているチャクラまでも、だ。

 一旦チャクラの偽装が解かれてしまえば、それはゼツのものである奇壊蟲には理解される。

 そして、それを油女一族に報告するのだ。

 その情報はすぐに参謀本部へ通信忍術を使って送られ、上忍達へと伝えられるのである。

 忍び連合軍全体に一気に伝えた場合、疑心暗鬼による同士討ちが多発する恐れがあった。

 それを避けるための処置であった。

 これらはヤマト上忍の五影会談におけるゼツに関するレポート、それを元にゼツが行うであろう戦術の予想をした暗部と「根」、そしてその予想を元に対策を立てた参謀本部の連携あってこそであった。

 彼らはどこかしら茶釜ブンブク、そしてブンブクが大きな影響を受けたうずまきナルト、その影響を受けていた。

 ナルトの根幹である「仲間を信じる」事が大きな形となって現れた、その最初の一歩であったのかもしれない。

 

 結果としてゼツによる内部混乱はある程度抑えられた。

 流石に油女一族とて奇壊蟲を多数使いこなす手練れはそう多くない。

 故に、彼らの奇壊蟲による警備は医療忍者たちの周辺が主となり、一般の忍達まで手が回らなかった。

 その為、数は少ないとはいえ、数100人ほどの犠牲者が出てしまった。

 これが忍連合軍全体の士気を低下させる事となったのである。

 そして夜明け前、丁度最後の当直が交代しようとしていた午前4時少し前ほどの事だろうか。

「ん?」

 目の前の相手と見張りを交代しようとしていた下忍が、訝しげに周囲を見回した。

「どうした?」

「いや、霧が…」

 その言葉にもう1人の下忍も気がついた。

 足元にわだかまる霧。

 それはゆっくりと彼らを包もうとしていた。

 今まで見張りをしていた下忍は首から下げていた笛に手をかけていた。

 霧というのは、忍にとって自身を隠すものでもある。

 術の中には霧を発生させるものもあり、チャクラを含んだ霧はチャクラを用いて超感覚を得る忍の耳目を塞ぐ事もある。

 下忍の1人が目を細め、その霧を感知する。

「チャクラが含まれた霧だ!

 襲撃!!

 襲撃ぃっ!!」

 そう言いながら笛を鳴らす。

 甲高い音が周囲に警告を飛ばした。

「周囲を警戒!

 どんな奴が攻めてくるか分から…!?」

 そして下忍達は見た。

 濃い霧の向こうから、男が一人歩いてくるのを。

 この周辺ではあまり品がないと言われる洋服を着こなし、銀色の髪を綺麗に撫でつけた白人の中年男性。

 しかし、その顔には「飢餓」が張り付いていた。

 深紅の目を光らせ、下忍達に向かって歩いてくるその男に、彼らは恐怖した。

 本能が察知していた。

 あれは「捕食者」だと。

「う…おおぉっ!?

 火遁・火炎弾!!」

 見張りの下忍の1人が恐怖に耐えきれなくなったのか、忍術を男に叩き込んだ。

 火遁としては最底辺の火炎弾、しかし、直撃すれば当然のことながらその熱量は相手に相応のダメージを与える。

 当り前の話だが、雷影のように体の周囲にチャクラを巡らすなどして防御を固めなければ、上忍といえども大きな熱傷を得るのだ。

 更にもう1人の下忍も、

「雷遁・雷玉!」

 火遁に影響を与えない雷遁の下級攻撃忍術で追撃を行う。

 2人は相手を近付けぬよう、ひたすら忍術で攻撃を行った。

 雷が走り、炎が舞う。

 地獄のような光景が目の前に広がっていた。

 これが忍の強さ。

 チャクラを扱う事の出来ない者との絶対的な差であった。

 そうしている内に周囲から足の速い者達が集まって来る。

「どうした!?」

「襲撃だ!

 途轍もなく危険な奴だ!

 とにかく近付けるな!」

 そして20人ほどの下忍達の術が男を襲う。

 いくら下級の術、基本的な術とは言え、それが集まれば上級クラスの威力を生むというものだ。

 轟音と共に周囲のがれきや土が吹き飛ばされる。

「やったか…?」

 それだけの攻撃だ、無事ではないだろう、そう判断した下忍達。

 しかし。

 …ぼっ!

 突然、1人の下忍が吹き飛んだ。

「なっ!?」

 チャクラもくそもない、ひたすら身体能力だけで飛び込んでの体当たり。

 チャクラでの身体機能の強化をしていなければ、先の下忍は突き飛ばされた衝撃で微塵に砕けていたであろう、それだけの威力を持った体当たりだ。

 髪は乱れているものの、服に染みすらない状態で銀髪の男はそこにいた。

「くそっ!」

 下忍の1人が腰から抜き打ちでチャクラ刀を男に叩きつける。

 それはざっくりと男の体を切り裂き、

「なんだと!?」

 肩から肺まで食い込んだ時点で、止まった。

 本来のチャクラ刀ならば、人1人簡単に切断できる。

 さらに言えば、これだけ刃が食い込んでいればその時点で即死である。

 しかし、銀髪の男は平然と立っていた。

 そして、

「ぅをああぁぁ…」

 大きく口を開け、

「や、止め…」

 ぶじゅり。

 下忍の喉笛に深々とかみついた。

 じゅるじゅる、と異様な音が周囲に響く。

「か、か、かか、か…か…ぁ」

 見る見るうちに干からびていく下忍、そして。

「げふっ…」

 満足げな息をつき、銀髪の男、聖杯八使徒が1人、「狂狼」ドラキュラは次の得物へと目を向けた。

 惨劇が始まった。

 

 混乱はそれだけにとどまらなかった。

 折悪しく、火影である千手綱手、そして忍連合軍の旗頭である雷影、キラー・エーがナルト達人柱力の説得に離れていた事もあり、情報の混乱がそれに拍車をかけた。

 故に、混乱した現場から上がってくる情報は、断片的なものばかりであった。

 

 ある戦場。

 そこには巨大な人型が闊歩していた。

 緑青の吹いた青銅色の肌を晒しつつ、これまた巨大な青銅の剣を掲げ、それは凶器を忍達の集団へと振り下ろした。

 己の身長ほどもある長大な剣は、当然のことながらその質量に見合った威力を引き出す。

 まるで隕石が落ちてきた様な衝撃が周囲の空気をかき乱し、

「うぉああっ!?」

 直撃したのものはそのまま一瞬にして挽肉(ミンチ)となり、運よく直撃しなかった者もその風圧でめちゃくちゃに吹き飛ばされ、全身の骨を砕かれる。

 ギラリとその目が煌めき、高濃度のチャクラがまるで光線のように撃ちだされ、

 ぼ! どんっ!

 それが接触したものが一瞬で蒸発、一気に爆轟が起き、キノコ雲が立ち上る。

 秋道の「超倍化の術」とまではいかないものの、その威力は明らかに上回っているであろうそれは聖杯八使徒が一体「剣聖」タロス。

 青銅の巨人が戦場を蹂躙する。

 

 またある所では。

「くっ!?

 全く視認できん!?

 早すぎ…があっ!?」

 忍の動体視力は白兵距離での亜音速の攻撃を視認し、反応して回避する。

 上忍ともなれば、チャクラによる身体機能の向上の恩恵によって音速の攻撃にすら反応してのけるのである。

 その彼が、相手の姿を捉えきれていない。

 彼の目に映るのは残像の様な極彩色のみだ。

 残像が残る、つまりは忍術ではなく、体術などによる瞬身と言う事になる。

 単純な速度で言えば、現雷影に匹敵、もしくはそれ以上の速度で動いている事に成るのだ。

 そして、

「うぁぁ…」

 攻撃を受けた上忍の腕が挽肉の様にぐずぐずと崩れていく。

「ちっくしょう…」

 そう呟いた上忍の前に、煌びやかな光の渦が現れた。

 いや、そう見えるほどにきらびやかな衣装だ。

 幾重にも重ねられ、焚火の光に美しく輝く絹、そして金糸銀糸。

 …それを纏っているのが、

「わらわの美しさになにも言えぬか、そうであるか」

 いかにも「(おとこ)」を体現したような壮年男性でなければ、見惚れていたやもしれない。

 あまりにもちぐはぐな衣装とその容姿~意識を無理やりに外し、上忍は相手の手を見た。

「…得物が、ない?

 いや、あれは…」

 違和感の元たる男の手には、きらりと光る細い線。

 …針だ。

 刺繍などに使う細い針。

 男はそれをつまむように持っていた。 

 上忍はいぶかしんだ。

 あれがあの怪人の武器か?

 それとも忍具なのか?

 首を捻るものの、用心を欠かすことはない。

 上忍に大きなダメージを与えていたのはこの怪人である事に間違いはないからだ。

 上忍の様子に、怪人は紅を()した唇を三日月の形に歪めた。

「ほ、ほ、ほ、何とも倒し甲斐の無い<RUBY><RB>奴輩</RB><RP>(</RP><RT>やつばら</RT><RP>)</RP></RUBY>ばかりよのお。

 我が秘拳、とくと見ておきゃれ」

 冥途の手土産に、な。

 怪人はそういうなり掻き消えた。

 いや、そう見えるほどの速度で上忍に迫っていたのだ。

 ほとんどのチャクラを「視る」事に費やし、やっと彼はその攻撃を見る事が出来た。

 ()の怪人の攻撃、それは、

「なんという、速度、か…」

 忍びに繰り出された攻撃、それはただの縫い針による刺突。

 しかしその数は強化された忍の目を持っても「無数」としか言い様の無いものだった。

 千、万、億、京、あまりにも多数の針による刺突、それは肉体の繋がりを絶ち、挽肉が如くその腕を、足を、そしてその胴を貫いていった。

「…」

 上忍は既に生きていなかった。

 それを成した怪人、聖杯八使徒の1人、「潜影」の東方不敗は闇の中へと消え、そしてまた上忍の1人が挽肉に成っていく。

 

 ぱすっ。

 小さな風切り音と共に、忍が1人倒れた。

「くそっ、なんで避けられねえ!?」

 物影に隠れた忍の1人がそう言う。

 相手はたった1人、その1人に100名以上の忍が身動きを封じられていた。

 既に100人以上が頭部を撃ち抜かれて即死している。

 それを成したのは、顔、その左顎の部分に大きな負傷をした男であった。

「…」

 彼は手に持った長い棒とそれよりは短めの棒、見る者が見れば「単発式のスナイパーライフル」と「サブマシンガン」と言ったであろう、それだけの代物でこの忍達を食い止めているのだ。

 銃弾の速度は確かに一般人で見切るのは不可能、しかし、先にも述べた様に忍であればそれを成す者も存在するのだ。

 それにも拘らず、彼の男の攻撃は正確無比に忍達の頭部を貫く。

 それならば、と先ほど決死の覚悟で男を襲った30人は尽くその左手のマシンガンで撃ち殺された。

 ざく、ざく。

 死神の足音が近づいてくる。

 死神の名、それは聖杯八使徒が1人、「弓聖」シモ・ヘイヘと言う。

 

「ほおっほっほっっ! たあのしいのおおぉぉっ!」

 先ほどから凄まじい数の忍術が飛び交う。

「くうっ、怯むなあっ! 術を途切らせるなあぁっ!

 相手は1人だ、飽和攻撃で押し潰せえっ!」

 上忍の1人がそう叱咤激励を飛ばす。

 しかし、忍達の打ち出す術は尽くがその「性質変化」の相克による術によって潰されていく。

 忍術を繰り出すのは5人10人ではない。

 40人の忍が一斉に繰り出す忍術を全て相克する術で「撃ち落として」居るのだ。

 そしてチャクラがつき、術を繰り出せなくなると、

「ぎゃっ!?」

 相手からの忍術で一撃にて沈められる。

 無尽蔵とも言えるチャクラ、そして誰よりも正確に、素早く術を結印していくのは聖杯八使徒の1人、「唱手」の果心居士。

 最強の忍術使いが忍連合軍を蹂躙し始めた。

 

 聖杯八使徒の中で、最も派手であったのは、

「全軍進撃。

 我が主たる『聖杯のイリヤ』へ勝利を捧げるのだ」

 そう、「輝騎」のソロモンは宣言した。

 それと同時に彼の軍勢が動き出す。

 数にして数千。

 全てが人ではない、異形ばかりの軍勢が動き出した。

 彼の能力は「口寄せ」に特化している。

 そしてその能力にて「ソロモンの悪魔」と呼ばれる口寄せ動物を呼び出した。

 ソロモンの悪魔は72体。

 それぞれが配下と支配領域を持つ、とされている。

 トビはそれを口寄せ動物とその眷属、と想定した。

 その為、恐ろしい程の数、しかもその1体1体は弱いものでも中忍に相当する実力を備えていた。

 それが数千体。

 72体の怪物に組織化された精強な軍隊が戦場へとなだれ込んでいったのである。

 

 忍連合軍の後方部隊。

 そこにも、ある意味最悪の相手が出現していた。

「ああ…」

「もう嫌だ…」

「勝てる筈ない…」

「父さん、母さん…」

「嫌だ、死にたくない…」

 うずくまる忍達。

 その間を無人の野を行くが如く闊歩するのは、金襴緞子な衣装を身に付けた青年。

 時折立ち上がり、青年に斬りつけようとする者もあるが、彼がポツリ、と何かを話しかけると膝をつき、うずくまってしまう。

「そうだよな、俺1人が動かなくたって、戦況はかわりゃしないよな、俺なんて役に立つ筈がないよな…」

 忍連合軍の兵站はたった1人の相手によって崩壊させられようとしていた。

 その相手の名は、聖杯八使徒が1人、「復讐者」天草四郎時貞。

 どこか悲しみを含んだ目をしながら、彼は更なる犠牲者を増やしていくのだった。

 

 その有様を術を介してみながら、

「ふむ、我の予定通りか…」

 そう、騎馬武者が呟いた。

 後方には50人ほどの白ゼツ。

 彼らもまた、まるで木の幹が縒り合わさったような気っ怪な馬にまたがっていた。

 聖杯八使徒、その攻撃地点を定めたのはこの男、聖杯八使徒の1人、「竜槍」の呂布。

「戦争」というものに特化した存在である彼、いや、特化()()()()()存在である彼は、個人の武勇もさることながら、傭兵に関しても優れた資質を備えていた。

 当然、とも言える。

 イリヤの、つまりは茶釜ブンブクの中にあった異常な知識、その中に有った「呂布」という男は()()()()をとっても戦場の雄である事に変わりはなかった。

 今、呂布の中には何人もの「呂布」が存在している。

 言ってしまえば頭の中に無数の人格が存在している様なものだ。

 そんな状態で有れば、本来ならばとうの昔に人格が破たんしていてもおかしくはない。

 彼ら聖杯八使徒が今だ破たんする事無く存在していられるのは、第一に「聖杯のイリヤに従う」ことが存在の根底に刻まれている為である。

 第二として「特定の物事に特化している為」に、思考が先鋭化、単純化している為。

 こと呂布に関しては、その伝承、記録が「戦場の雄」であることが幸いした。

 戦場で行われる全てに彼は精通していたのだ。

 彼は同時に戦場を愛していた。

 トビの求めるままに、彼は戦場において最も効率的なタイミングで聖杯八使徒を送り込んだのである。

 状況のかく乱として最初にドラキュラ。

 混乱した戦場をさらに混乱させ、忍連合軍を分断する為にタロス、シモ・ヘイヘ、果心居士を。

 相手の主力である上忍を確実に始末する為に東方不敗。

 大軍勢に対する分断の為の楔としてソロモンの悪魔軍。

 後方撹乱と士気低下のための兵站破壊に天草四郎時貞。

 呂布はトビと言う将軍を担ぐのは不満がなかった。

 それはある意味トビという人物が、本質的にはナルトと同じく「仲間と共に強くなる」男なのだからだろう。

 人は1人では完成しない、それを体現して来たのがうずまきナルトである。

 本質的にそうであるからこそ、トビは本人としては不本意であり無意識的なものなのであろうが、干柿鬼鮫、聖杯のイリヤと言う「仲間」を得た事によりその能力がより高まったと言えよう。

 その彼が「1人1人閉じこもる事の出来る世界」つまりは孤立を確定させる「月の眼計画」を推進しているとは皮肉なものであるが。

 戦場の様子をゼツ達を通じて把握しつつ、呂布は己を駒として、どこに進軍すべきか、を考えていた。

 可能であれば五影、ことこの忍連合軍の大将である雷影を討ち取ることが出来れば混乱を決定的に出来るであろうし、また呂布自身の戦闘意欲も満足させられるであろう。

 呂布は戦場の雄、戦場での働きこそが彼の愉悦であり、戦いにおいて手柄を立てる事は彼にとって存在意義でもあるのだから。

 しばし呂布は戦況を頭の中で整理し、最も効果的な襲撃ポイントを設定した。

 彼は懐から地図を取り出し、墨と筆を以ってがっとそれに印を付けた。

「我らは今よりこの地点を襲撃する!

 続けぇいっ!」

 そう一息に言うと、愛馬である「赤兎馬」を繰り走り始めた。

 それに一息で動き出す訓練されたゼツ達。

 呂布の背後でたった50人、しかし、その実力は呂布が士気をする事で1人1人が上忍並みの力を発揮する強大な一軍となっていた。

 トビの持つ中で最も突破力のある者達が忍連合軍の中枢、参謀本部と通信忍術を使う感知系忍者達の在る一角へと突進していった。

 

 戦場の喧騒とはまた別の興奮が周囲を包む、此処は戦場の後方にある医療班の集まる戦場病院区画。

 そこへ、

「すいませ~ん!!

 急患で~すっ!!」

 大きく元気な声が響く。

「おお、ブンブク君かい、確か君は砂漠の方に向かっていたんだっけね」

「はい!

 向こうで4代目風影さまと5代目さまが交戦中です。

 それに巻き込まれてかなりの数の上忍の方々が負傷しました!

 それで、封印術の巻物に皆さんを封印して、大急ぎで僕だけ戻って来たんです!」

 ブンブクがそう言う。

 そこへ、サクラが現れた。

「分かったわ、巻物をこっちに」

 そう言って手を出すサクラ。

「うん、姉ちゃんよろしく」

 そう言って巻物を手渡そうとしたブンブクに、

「で、あの、さ、リーさんなんか言ってた?」

 これは符号。

 ブンブクに化けた「聖杯のイリヤ」が潜入してくる、その時の備えとして、彼女が潜入してくるであろう部署には予め暗号の符丁が回されていた。

 そして、

「ああ、そう言えば、姉ちゃん謹製のカレーが食べたいって…」

 白ゼツは胞子となり、この近辺にも漂っていた。

 符丁とは言え忍連合軍は大規模な数だ、それなりの数が回っている。

 盗み見るのとてそう難しい話ではない。

「え、やだもう!」

 そして、

 ぶぉん!

「しゃーんなろーっ!」

 サクラのビンタが高々とブンブクの()()の頬を張り飛ばした!

「な、なぜっ!?」

 符丁は数が出回っていればそれだけ知られやすくなる。

 ならば、サクラとブンブク()()に通じるものならば。

 ブンブクはサクラら親しい者達のみに通じる符丁を、「マイト・ガイに考えてもらい」、「リーに個別に連絡してもらう」という手段で暗号化したのである。

 後はガイから符丁を教えてもらえば「ブンブクに考えつかない符丁」の完結である。

 しかし、ぼうん! という音と共に偽者は消え去った。

 影分身の術である。

 そして、ブンブクの偽者の影分身が消えると同時に、

「はっはあぁっ! あのムスメっこ意外にやるじゃねえか、なあ金閣!」

「そうだなあ銀閣! 『影分身が消滅するのを封印術の解除キーにしている』たあなあ!

 これでまた…」

「大暴れだぜえ!」

 雲に二つの光あり謳われ、雲隠れの歴史上最悪の大罪人として恐れられた金銀兄弟が、その場に解き放たれたのである。


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