NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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第108話

暁 修行

 

「しゅっ!」

 天秤のイリヤは全力で戦っていた。

 トビに創造されて以来ここまで本気で戦った事はない。

 本体である茶釜ブンブクと違い、イリヤには溢れんばかりのチャクラがある。

 それを湯水の如く使い、圧倒的な身体能力を得て、正に残像の出来るほどの速度と触れるだけで人を削り殺す事が可能なほどの腕力を得ていた。

 さらに言えば、人格は破壊されているがその経験は引き継いでいる。

 少なくとも数か月前までのブンブクの戦い方、飛段と戦ってのけた経験などはその体に染みついている。

 にも拘らず、碌にチャクラを使ってさえいない男に、イリヤは翻弄されていた。

 目の前の男は30代から、年をとっていたとしても40にはなっていないだろう。

 見る眼の無いものからすれば「中肉中背」としか見えないだろうが、その平凡な体形の下には鍛えこまれた筋肉質な体が緑色のボディスーツに包まれていた。

 足にはオレンジ色のレガース、首には黄色のスカーフを巻いている。

 非常に独特のファッションセンスと言えるだろうが、本人と、そして目の前のイリヤはそれをかっこいいと思っているようだった。

 男の名を「マイト・ダイ」、そう、「木の葉の気高き碧い猛獣」の2つ名を持つ、マイト・ガイの父親であった。

 しかし、()の人物は20年近く前に霧の忍刀七人衆と戦い、その大半を撃破するも自身は戦死している筈。

 それが何故ここにおり、そしてイリヤと戦っているのか。

 それは。

「はぁっはっはっ、いやあ生き返ってみるものだなあ!

 こうしてみると『穢土転生』とやらも悪くないものだ!

 しかし良かったのかね、サクモさんはともかく、オレみたいな下忍を蘇らせてもなんの意味もないだろうに」

 そう、ダイはイリヤの判断の元、口寄せを得意とする聖杯八使徒の1人、「輝騎・ソロモン」の穢土転生の術によってこの世に顕現していたのだ。

 ダイは生来忍術や幻術の制御が致命的に下手であり、生涯を一下忍として過ごした。

 イリヤからすれば、とても信じられない。

 今のイリヤは体術のみであれば暗部の上忍達を上回る技量を発揮していた。

 それをほぼ技術のみで捌いているダイは、生きていた時代であれば体術最強を名乗ることが出来たのではないかとイリヤは考える。

 

 …時代が悪かった、そう言えるだろう。

 かつて、忍術、つまりはチャクラの形質変化が持て囃された時代、それはそう古い時代の事ではない。

 実際、数年前までの砂隠れの里はそうであった。

 体術が軽視され、忍術が上手く使える者が上忍として出世していた。

 それを是正したのが今の風影・我愛羅である。

 当然のことながら、木の葉隠れの里にもそういった時代があった。

 丁度ダイが生きていた時代だ。

 体術よりも忍術の方が優れている、そう主張する者達が大勢いた。

 無論、木の葉隠れの里には日向家がある。

 言うまでもなく、忍界に於いて最強クラスの体術を使う一族だ。

 だが、そういった例外を除けば、やはり体術は「忍術の基本」としか見られていなかったのだ。

 ある事件が起きるまでは。

「霧の忍刀七人衆」と言う集団が当時あった。

 霧隠れの里の最精鋭であり、それぞれが強力な忍具である霧隠れの至宝である忍刀を持っている。

 巨大な両手刀であり、相手の血液を吸い取って刀身を修復する「断刀・首切り包丁」。

 干柿鬼鮫の所有していた半生物になっている意志を持った「大刀・鮫肌」。

 チャクラを蓄積し、威力を増す2本の双子刀「双刀・ヒラメカレイ」。

 斧状の刃と、巨大なハンマーを持つ、変則的な鎖鎌のようなデザイン「鈍刀・兜割」。

 刺突した相手をワイヤーで縫い合わせてしまう「長刀・縫い針」。

 斧に巻物を組み合わせた形状で、巻物には大量の起爆札が仕込まれている「爆刀・飛沫」。

 二刀一対の細身の双刀で、雷遁を自在に扱う「雷刀・牙」。

 元々が卓越した技術と強大なチャクラを持つ上忍が、その能力を底上げする形で里の至宝レベルの忍具を持つのだ。

 よほど強大な力を持つ個人か、さもなくば犠牲を覚悟の大量動員による人海戦術でしか倒す事は出来ない、そう言われていた集団だ。

 当然のことながら、木の葉隠れとしても彼らと戦うならば伝説の三忍クラスの者をぶつけなければ倒しきれまい、そう予測していた。

 ところが、だ。

 それがたった1人の下忍によって殲滅されたのだ。

 それを成したのは「マイト・ダイ」。

 己の命を賭けて七人衆の内、5人までを葬って見せたのである。

 当初、木の葉隠れの里の上層部はそれを信じていなかった。

 それだけの手練れだったである。

 実際、自来也がうずまき隠れの里の救出戦において彼らと戦っているが、任務を優先した為、と言うのもがあるが、誰1人として倒せていない。

 それが唯の下忍に殲滅された、これは当時の常識においてはあり得ない事だった。

 木の葉の上層部はこの事件に関しての精査を暗部に求めた。

 その結果として、戦闘における体術の有効性が証明されたのだ。

 体術は忍の基本にして、決して忍術に劣るものではない、それが証明されたのは、皮肉にも体術を突き詰めていたダイの死後であった。

 つまり、ダイは体術の中興の祖ともいえる存在なのである。

 忍術と体術が同格であることを証明したのはダイと日向の力が大きいのだ。

 なお、幻術に関しては「写輪眼」のうちは一族の活躍があり、近隣の忍達は幻術使いを恐れていた。

 

 閑話休題。

 イリヤはブンブクから分離した人格を持つに至り、己の訓練不足を解消する必要を感じていた。

 そこで白羽の矢が立ったのがマイト・ガイの父親である、つまりはブンブクの学んでいた格闘技術の延長を学ぶ事の出来るであろうダイの訓練を受ける事だったのである。

 しかし、ここまでの差があるとは。

 イリヤの見た所、ダイの能力は凡庸だ。

 決して筋力、反射神経、持久力などの戦闘に必要な能力は低いとは言えないものの、一流の忍に比べれば大したことはない。

 凄まじいのはその先読みの能力だ。

 そしてそれを可能にしているのが経験のみ、と言う所。

 彼は「努力の怪物」と言えよう。

 人の身に付ける格闘技術ですらその動きは千差万別、見切るのは至難だ。

 それ以上にトリッキーな忍術や幻術を避けるためには本来ある程度の「才能」が必須である。

 それを彼は20年以上の経験則()()で可能にしたのだ。

 どれだけの修羅場をくぐったのか。

 茶釜ブンブク以上の経験を積んできたのだろうとしかイリヤには想像出来ない。

 才なく忍びの世界で生き残るには様々な要因が必要だ。

 例えば、名張の四貫目の如く生き残る事に特化し、徹底的に目立たず、時に味方をも欺く慎重さ。

 ダイは違う、彼は非常に単純な男だ。

 それがだましだまされの忍の世界で生き残った、それこそが奇跡だろう。

 イリヤの知る限り、彼は生前は周囲の忍達から虚仮にされていた、と言う。

 ブンブクの記憶の中から引っ張り出した息子のマイト・ガイの証言だ。

 しかし、虚仮にされ、邪魔者扱いをされていただけの忍が生き残れるだろうか。

 そうされることで生き残って来た四貫目の様な、病的なまでの慎重さはダイにはない。

 むしろ、仲間が危険であれば、率先してその渦中に飛び込んでいく様な男だ。

 …だからこそ、か。

 イリヤは手を合わせつつ、理解した。

 彼は仲間を見捨てなかったのだろう。

 意地でも仲間を助けて戻る、それが彼の強さとなったのだ、と。

 それ故に、彼の仲間も彼を侮りつつも見捨てなかった。

 彼は周囲を生かし、生かされて経験を積み、その経験がダイと言う男を強くしたのだ、と。

 それが理解できたのはブンブクの経験の中にあった、うずまきナルトの生き方に被る、それ故にだ。

 

 手合わせが終わって、イリヤはダイに評価を聞いた。

「う~んそうだなあ!

 ちょっと『技術と能力』にずれがあるなあ。

 君はもっと『自分に馬力がある』事を考えて攻撃した方がいい。

 さっきから見ていると、『自分に力がない』事を前提にした攻撃が多いなあ!

 だから、攻撃が大振りで、受け流されると軽い体重もあいまって、大きく体が流れてるんだろう。

 だから! だ。

 もっとコンパクトに打ち込んでも十分に殺傷力はあるし、もしくはもっと思い切って大振りの攻撃を出してしまっても良いんじゃないのかなあ!

 参考にする動きは『たくさんある』事だしなあ!」

 ダイはそう言いながらイリヤの頭を撫でていた。

 彼の言う「たくさんある」とは。

 イリヤは周囲を見回した、そこには。

 

 棺桶。

 

 ずらりと100以上の棺桶が立ち並んでいた。

 これはソロモンによる「穢土転生」の為の触媒である白ゼツが入った棺桶。

 これを使って暁では「過去の忍」を口寄せし、戦力とすることが決まっていた。

 既にそのいくつかはからっぽであり、大蛇丸の収集した「過去の各影」達は稼働を始めていた。

 その中には圧倒的な体術の使い手である三代目雷影もおり、彼の指導を受けるべきだとダイは語っていた。

 それも一考に値する。

 そう考えたイリヤであったが、

 

 どさり。

 

 不意に、目の前に現れた者に動揺を隠せなかった。

「兄さん!?」

 空間から湧きだすように現れたのはトビ。

 右手はちぎれ、全身には大小様々な傷、そして火傷を負っていた。

 トビは左手に持った瓶をイリヤに渡し、

「オレに、左目、移植…」

 と言うと、気絶した。

 イリヤは周囲を見回し、白ゼツ達に命じると、トビを研究施設にある治療室へと運んだ。

 

 

 

 トビは目を覚ました。

 どうやら事前に言っておいた左の輪廻眼の移植手術は行われていたようだ。

 左目に痛みがまだ残っている。

「…まだ休んでいた方がいい。

 左目の移植と同時に、全身の治療も行っている。

 右腕はゼツのものを移植した。

 馴染むまでには半日以上はかかるから」

 いつもの無感情な声が聞こえてきた。

 傍らにいたイリヤだ。

「そうか…」

 いつもの奇妙なテンションを維持する事もなく、トビはそう呟いた。

 疲れていた。

 この短期間の間に「うちはマダラ」としてふるまうことが多く、しかも五影の中にはかつてのマダラを知っている者もいた。

 様々な要因があり、辛うじてトビが「マダラではない」事を悟る者はいなかったにせよ、かなりの確率で奴らはトビをうちはマダラではないと悟った筈だ。

 戦略的にこれは拙いだろう。

 とは言え、

「…ここにお前以外はいるか?」

「居ない」

 トビの質問に、イリヤはそう答えた。

 ここには今、トビとイリヤしかいない。

 ゼツさえも。

「暫くはオレがマダラを演じなければならん」

 その言葉に、

「分かった。

 それで、()()()は何時投入する?」

 イリヤはそう返した。

「…出来れば使うな。

 奴は危険だ。

 ()()の計画に予想外の障害となるやもしれん」

「ん、分かった。

 …兄さん、もう少し、戦力を集める事は出来ない?」

 イリヤはいつもの無感情、な、筈なのだが、どこか不安を感じさせる声でそう尋ねた。

「…問題がありそうなのか?」

「ん。

 忍連合軍の集まりが予想以上に良い。

 最終的に15万は集まる様子。

 こちらのゼツ、白ゼツは30万と言う所。

 戦力比ならばこちらが有利だけど、問題は向こうの質」

「…それだけのものか?」

 トビがそう言うと、イリヤは頷いた。

「今まで戦力を温存していた雨隠れ、湯隠れ、最近急速に力を取り戻した滝隠れ、新興だけど精鋭ぞろいの音隠れ。

 特に厄介なのは湯隠れの医療忍者団、滝隠れの「守護神・鋼」、後は音隠れのカブト。

 雨隠れはペインのせいで上忍の損耗が全然ない。

 上忍1人に対してゼツだと100以上、下手をすると1000を当てても取り返せない可能性がある。

 それにこちらの尾獣6体に対して相手は3体。

 本来ならば全ての尾獣を手にした時点で勝ちが見えていたけど、今の状態ならば5分5分と推測する。

 こちらとして用意できそうなのは…」

「…うちは、か」

 トビの呟き、

「ん。

 強い者達を口寄せ出来れば、かなりの戦力になる。

『イザナギ』は禁術としても、うちはイズナ辺りを口寄せすれば対上忍用の戦力としてかなりのものになる筈」

 それを聞いたトビが驚く。

「なに!?

 うちはイズナの一部が残っていたと!?」

 トビの驚愕に首を傾げるイリヤ。

「マダラの遺品の中に存在していた。

 おかしなこと?」

 トビは考える。

 あのマダラだ。

 形見と言うならばともかく、己の愛する弟の屍を切り刻んでその一部を回収する事があるだろうか。

 ましてや、弟にはその目を譲られている筈だ。

 そんな事をするとは…、

 いや…、

 在りうるのか…、

 あるのだろうな、残っているのであれば。

 トビはそう納得した。

 

 はてしてそれは正しいのか。

 

「…やらねば、成らぬ、か」

 トビは覚悟を決めねばならなかった。

 彼とてうちはの一員だった者。

 愛情深いのは間違いない。

 彼に欠けたのは「現世に生きる者たちへの愛」である。

 死した者は夢を見る事はない。

 故に、トビは死んだ者達に対しては依然として深い愛情を持っていたのだ。

 それをわざわざ起こしてまで利用する。

 トビにとってそれは苦痛であった。

 しかし、トビはそれを選択した。

 

 それは誰の選択だったのか。

 

「…オレの目の移植は、上手く行ったのか?」

 トビはそうイリヤに尋ねた。

「1日は安静にしているべき。

 柱間細胞を媒体に安定させているから、柱間細胞が馴染んでいる兄さんなら問題ない筈」

「そう、か…」

 トビは安堵のため息をつくと、横になった。

 しかし、これ以上マダラを名乗るには無理が出てきた。

 直接五影と戦えば確実に己の力量を知られるだろう。

 トビとてうちはの血族だ。

 その実力は、一般に天才と呼ばれるレベルにある。

 しかし彼は知っている。

 本当の意味での天才の強さと言うものを。

 それに己程度の才の者が追い付くには、経験を重ねるしかない事も分かっている。

 ただ、残念な事にその機会が非常に少なかったのだ。

 トビはある時期からこの「月の眼計画」の指揮を行ってきた。

 様々な陰謀を企て、忍界を「月の眼計画」にとって都合のいい状態へと持っていく、それに注力していた。

 故に、実戦での経験が致命的に、と言って良いほどに足りていなかった。

 それを埋めるのは、輪廻眼だけで大丈夫か、それがトビの不安材料でもあった。

 その不安が、死したるうちは一族を穢土転生で利用する、それに繋がっていた。

 

「…兄さん、兄さんは不安なの?」

 唐突に、イリヤがそう尋ねてきた。

「!

 何を…」

 思わず、動揺が表に出るトビ。

 トビは本来マダラの様な傲岸不遜でも、大蛇丸の様な陰謀家でもない。

 そうあらねばならない故に、うちはマダラと言う仮面をかぶり、月の眼計画を推し進めるための陰謀を様々に企ててきた。

 それも限界に来ていた。

 仮面をかぶり、「これは己ではない」と言い聞かせてきたが故だ。 

 本来のトビは「虚無」。

 別人格を演じることで行動する事は出来るが、本来のトビの人格はほとんど破たんしている。

 己にとってただ1つの望みである「月の眼計画」を成功させるために別人格の行動力を得て動いているにすぎな()()()のだ。

 それが変わりつつあるのはここしばらく。

 茶釜ブンブクの分身である素体を手に入れ、それを元に「天秤のイリヤ」を創りだしてからだ。

 彼女はトビにとって優秀な道具だった。

 今まで黒ゼツはいたものの実質計画を1人で采配していたトビにとって、己の意を受けてそれ以上の働きをしてくれるイリヤはとても使い勝手が良かった。

 黒ゼツも申し分はない。

 しかし、どこか己の意図とはずれた動きをするのだ。

 それはそうだろう、黒ゼツはマダラの創造したものだと聞いており、トビにとって最良の道具とは言えなかったのだから。

 己にとって最も有用な道具を得たトビは、己の目標に動く意欲が少しとはいえ湧いた。

 

 それが問題だった。

 

 今までトビの心象は「虚無」、なにもなかった。

 それが意欲が出た為に、不安定さを露呈してしまっていたのだ。

 これは精神病患者、こと鬱病の症状にも近いと言える。

 鬱病の患者が自殺を試みるのは最悪の状態から回復傾向にある時であると言う。

 最も悪い状態のときは死ぬ事すら億劫なのだとか。

 故に、症状が緩和されて、能動的な動きが出来るようになった時期が一番危険なのだと言う。

 トビの状態はそれに近く、己の意志で能動的に動けるようになったからこそ、己の欠点に気がつき、そしてそれに動揺して実力が発揮できない。

 そういった悪い方向でのスパイラルに入っているのかもしれない。

 それをイリヤに指摘され、トビは動揺した。

「…かも知れん。

 とうとうここまで来た、だが、それだけに己の実力不足が、な…」

 それ故に、か。

 つい、トビはその本音をイリヤに漏らした。

「? 兄さんは十分に強いと思うけど?

 ボクの記憶の中にある大概の者を圧倒できるだけの力がある」

 イリヤは客観的にモノを見る。

 それは己を道具として規定しているが故だ。

 トビはそれに首を振った。

「それはオレの瞳術によるものだ。

 それを封じられた場合、オレは高い確率で負ける。

 それは許されない。

 オレは計画の要だからな」

 トビの言葉に、イリヤは知恵を絞る。

 トビならば、独学でも実力を鍛錬する事は出来ようし、ここには古今東西の優れた忍が穢土転生で蘇っている、彼らを教師、もしくは鍛錬相手とすればより効果は高くなるだろう。

 この場合の問題は「時間」。

 計画が発動するのにもう10日もない。

 この状況でトビに効果的な鍛錬の時間を作るとすれば…。

 あれ、か。

「兄さんは瞳術による幻術で、相手にたった数時間かで1月以上の体感をさせる事が可能だね?」

 実際、ブンブクの分身の人格を破壊するのに、トビは瞳術を用いて数ヶ月拷問を受け続けるという幻覚を見せている。

 うちはの幻術眼は仕掛けられた人物の視覚のみならず、五感全てを欺き、現実と見まごうばかりの体験をさせる事が出来る。

「それを利用する」

 彼女の知識、というよりは記憶の中に、うずまきナルトが行った修行の話があった。

 彼は「影分身」の特性を利用して幾つもの経験を同時に積む、という特訓を行っていた。

 影分身はその術を解いた時、もしくは影分身が倒された時にその経験を本体に引き継ぐ。

 そうすることで本体は影分身の入手した情報を手に入れる事が出来る訳であるが、ナルトは多重影分身を行う事で分身の行った修行の成果を全て手に入れると言う荒業を行っていた。

 無論、これはナルトの様に心身が並はずれて強じんである必要がある。

 修行の際に怪我を負えば、それも経験として蓄積されるのだから。

 そしてイリヤの言うのはこうだ。

 トビは、幻術を自身と師とする相手に仕掛け、幻術により加速された精神世界で修行を行う。

 その際には幻術空間内で影分身を使用し、効率を上げる。

 必要とされるチャクラはイリヤが外道魔像より抽出、チャクラを吸収する能力を持つ白ゼツを介し、トビに移植された白ゼツの腕を通してトビ本人へと供給されるのだ。

 かなりの力技ではあるものの、現在のトビにとっては福音ともいえる策だった。

「良いだろう、よくもまあ考えたものだ。

 明日には行う事としようか。

 …やはり、お前はオレの最高の道具だ。

 ゼツ達とは違う」

 トビはゼツ、こと黒ゼツがトビの思惑とはずれた行動をとっている事を勘付いていた。

「未だ奴らは『マダラ』の命令の下にある。

 しかし、今『月の眼計画』を動かしているのはオレだ。

 奴らに計画をいじくられるのは面白くないからな」

 そして、ゼツ達を出し抜くのに、イリヤはとても優秀だった。

「…返す返すも敵に茶釜ブンブクが居るのが惜しい。

 どうにかして取り込みたいところだ…」

 そうトビが呟く。

 それを聞きつけたイリヤ。

「問題ない。

 あれは私が殺す。

 そうすれば『分身は本体に戻る』のだから」

 そう言った。

「…分身はお前だろう?」

 トビはそう言うが、

「問題ない。

 ボクはこの体に固定されている。

 ならば、死んで実体を失った精神のチャクラはどこに行くか」

 なるほど。

 死んだ、つまりは肉体から離れたブンブクの精神のチャクラは一度融合する為にイリヤの元へやって来る。

 そして融合するものの、仮初とは言え肉体を持つイリヤに吸収される、という事か。

 実際そうなるかどうかはなってみないと分からないが、主と従が入れ替わる、それも面白かろう。

「それに、僕が敗れても問題ない」

 イリヤはそう言う。

「ん? どういう事だ?」

 不審そうな態度をとるトビに、イリヤは言った。

「兄さん、兄さんが僕を創る時にどういう工程を踏んだか、それを考えれば良い」

 そう言われてトビははた、と思い当った。

 なるほど、イリヤを「創る」際に、人格を破壊する為にトビはそれに幻覚を掛け、1月以上の拷問を与えていたのだった。

 その経験がイリヤが消えると同時にブンブクの中に流れ込む、と。

 その衝撃はブンブクの人格を破壊するのに十分だろう。

 そして残るのは「天秤のイリヤ」の人格のみ、か。

 自分で創っておきながら言うのもなんだが、

「お前はえげつないな」

「感謝の極み」

 トビの呆れた様な口調に、イリヤは深々とお辞儀をしてのけた。

 

 そして次の日。

「…おい」

 唖然とした顔のトビ。

「なに?

 師匠として、鍛錬の相手としてこれ以上ない人材を選定したつもり。

 忍術、体術、幻術と全ての技を最高レベルで習熟し、そしてそれを元に千変万化の戦術を繰りだす相手。

 ただ強いだけの初代火影や、体術一辺倒の三代目雷影よりもよほど効果がある。

 残念な事に初代火影は呼び出せなかったけど」

 そう無表情に言うイリヤ。

 しかしながら、どこかない胸を張り、ドヤ顔をしているのではなかろうかと思われる雰囲気を纏っている。

 本質的にお調子者の茶釜ブンブクの分身だけはあるのだろう、トビは溜息をついた。

 その時、相手がトビに向けて話し始めた。

「久し振りじゃのう、………よ。

 お主が生きておったのはのう。

 まあ、こちらはお前達の操り人形じゃ、是非もない。

 さて、修行とやら、始めようかのう。」

 彼は、トビにそう言った。


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