NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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今回は物語、というよりは世界の根幹にかなり捏造が入っています。


第107話

 トビの突きだした凶器、それは柱間細胞を変化させたトビの「骨」であった。

 かつて「最強の肉体」を持つと言われたかぐや一族、その血継限界である「屍骨脈」にも似たその一撃は、

「なに!?」

 白い糸状のもので絡め取られていた。

 トビがその先を眼で追おうとした時に、白刃が煌めいた。

 忍刀とは違う、侍達の使う曲刀の煌めき。

 それがトビの首を狙っていた。

 トビは慌てて瞳術による時空間忍法を発動、その攻撃をすり抜けた。

「何奴っ!?」

 トビが大きく飛び退き、相手を睨みつけた。

 そこには。

「ふん、小賢しいのォ。

 それに女に手を出す奴は気に入らん、そうは思わんかのォ?」

 そののたまう二本足で立つ蛙と、

「…無駄口を叩くな、…シュウマ、だったか?」

 墨染めの衣をまとった雲水風の装束の男だった。

 

「…漫才は要らぬ、貴様らは何者だ?」

 トビは警戒を怠らなかった。

 トビの左目、あの「ウチはクーデター前夜」にて大量に確保した写輪眼の1つをを移植したもの、は先の小南の忍術を無効化する為、うちはの禁術である「イザナギ」の使用によってその力と視力を完全に失っていた。

 残る右目はトビの生命線とも言える術の要であり、失う訳にはいかない。

 その状況での新手。

 警戒するのは当然と言えた。

 二足歩行の蛙。

 生意気にも羽織袴を身に付け、腰には大小の刀を構えている。

 蛙のくせに長く白い頭髪があり、それを後頭部で括って髷の様にしている。

 トビの腕に絡みついていたのはその頭髪であった。

 蛙は右半身の構えとなり、

「やあやあ我こそは音に高き妙木山が忍蝦蟇がぁ一族、

 才優れし蝦蟇の中でも最も剣の腕の立つ、

 その名を武芸蝦蟇の『おがたシュウマ』と申す者。

 義によってぇ、あ、助太刀いたすぅぅっ!」

 と、大見栄を切った。

 一方雲水姿の者は、

「…十和田八太郎。

 契約によって加勢する」

 そっけなく、そう言った。

「…お前のォ、もうちっと盛り上げる気はないんかのォ?」

「ない。

 それだけの余裕を見せるのは相手にも失礼だろう…」

 蛙、シュウマと雲水、八太郎を名乗る者達は軽口を叩いている。

 トビはそれに答える事はなかった。

 彼の残された右の眼、それが彼らの持つ保有チャクラを見通していたのだ。

 油断出来る相手ではなかった。

 まず蛙、シュウマであるが、並みの上忍よりもよほどチャクラが多い。

 非常にその流れも整えられており、理想的と言っても良い。

 ここからどのような術を繰りだすのか、先ほどの髪の毛による攻撃の妨害を見る限り恐ろしい程の手練れと言って良いだろう。

 そしてもう1人、八郎を名乗る雲水。

 これは、

「…なるほど、口寄せによる傀儡の操演、か」

 トビは、大蛇丸の死去の際に、音隠れの混乱に乗じて様々な資料、器材を彼の施設から盗み出していた。

 名のある忍の体の一部であるとか、より進化した柱間細胞であるとかである。

 その中には大蛇丸の研究成果を纏めたレポートもあった。

 本来であればトビは1人。

 それらのレポートを読み込む時間はなかった筈だ。

 しかし、事務能力に長けた者が今のトビの陣営には居た。

 茶釜ブンブクの分身であり、トビの作り上げた人形、「天秤のイリヤ」である。

 彼、ではなく彼女が書類を読み込み、それを忍術の分析に長けた「唱手・果心居士」に分類させる。

 そうしてトビにとって有用な情報のみが彼にわたるよう、イリヤは調整を入れていたのだ。

 その中の1つ、雨隠れの里にて失伝した秘伝忍術の中に、小型の口寄せ動物を内部に入れ、人形を傀儡、もしくは分身として扱うと言うものがあった。

 トビの写輪眼による解析、それは雲水姿の()()から漏れだしてくるチャクラを捕え、その構造を解析していた。

 …なるほど。

「蛇、か…」

 雲水姿は唯の伽藍堂、その内部には小型の蛇がのたうち、それが人の筋肉を模して蠢いていた。

 チャクラの流れからすると、頭部から脊椎を模しているのが大元、と言う事だろう。

 トビの呟きに、八太郎はニヤリ、と笑った。

 その笑みに、トビは見覚えがあった。

 …なるほど、これは音隠れの仕込み、もしくは。

「死んでいなかった、と言う事か…」

 どちらにせよ厄介だ。

 前者ならば敵は薬師カブト。

 大蛇丸の後を継ぎ、大蛇丸以上のリーダーシップを発揮して少数ながらも精強な忍を従える忍術学者。

 後者ならば敵は大蛇丸。

 言うまでもなく、「伝説の三忍」と謳われた最強クラスの忍だ。

 そして、その場合、目の前の蛙が大蛇丸の口寄せ、もしくは、

「何らかの術で黄泉帰ったか…、自来也」

 大蛇丸の従属物として自来也を蘇らせた可能性も否定できない。

 …さすがのトビでも自来也が回復手術の副作用で忍蝦蟇になってしまっているとは想像も出来ないのであった。

 トビは悩んでいた。

 この場で戦って勝てるか?

 実の所、既に長門の安置場所は既に押さえてあった。

 長門の眼はマダラが与えたものだ。

 マダラ本来の眼、失明寸前であった己の眼を抉りそして弟の眼と入れ替えたもの、それを保管していた。

 長門に移植したのはそれだ。

 そんなものに、マーキングを施していない訳がなかった。

 

 長門には「外道魔像」を制御する血の資質があった。

 マダラはそれに己の一族、うちはの血を取り込ませるために己の眼を半ば無理やりに移植した、その記憶を幻術眼で抑え込んだ。

 そしてそれはマダラの目論見通り「写輪眼」から「輪廻眼」を発動するに至った。

 …その結果として、長門の一家は忍びから狙われるようになった訳だが。

 うちは一族でなければ写輪眼を完全に制御する事は出来ない。

 それは、はたけカカシを見ていれば分かるだろう。

 長門には資質があった。

 故に、写輪眼の常時発動は避けられた。

 しかし、完全ではなかったが故に、目に浮かぶ写輪眼の文様を押さえる事は出来なかったのだ。

 それ故に、木の葉隠れの里の忍は彼の家を監視していた。

 当時、長門の家は複数の里からの監視を受けていた。

 当然だろう、写輪眼、それは忍界において「三大瞳術」と呼ばれる至宝である。

 それを手に入れるため、もしくは他の里が手に入れるのを防ぐ為に5大里、そしてその他の弱小の里が長門の家の周囲に監視をつけていたのである。

 それが、まるで引き絞られたすぎた弓がぺきりとへし折れるように、ふとした切っ掛けで戦いへと発展した。

 それを制覇したのは木の葉隠れの忍。

 戦闘により疲弊し、緊張しきった彼らは、子を守るために薪を剣の様に構えた一般人の夫婦に過剰に反応した。

 その結果、長門は両親を失い、そして輪廻眼を開眼したのである。

 

 …そう、促したのは一体誰か。

 それは本当にマダラの策か。

 

 トビは若干後悔していた。

 せめて1人、八使徒を連れて来ていれば。

 しかし、実の所トビは彼らを信用していない。

 確かに大元であるイリヤはトビに絶対の服従を誓っている。

 死ねと言えば躊躇なく死ぬ、そのように()()()ある。

 しかし「聖杯八使徒」は違う。

 忠誠の対象はイリヤだ。

 しかも、「物語の登場人物の具現化」などという無茶を行い、更には戦闘に特化させたためにその人格は極端に破たんしている。

 放っておけば自壊するような代物だ。

 そうならない為には「復讐者・天草四郎時貞」の様に人格を安定させる何かを組み込むか、その行動原理を出来るだけ邪魔しないようにすることが必要だ。

 イリヤならば「イリヤへの忠誠」という第一義の行動原理により可能だ。

 しかし、トビではそれが出来ない。

 故に、時貞を解してトビは八使徒を制御している。

 そしてこの場に時貞を連れてくる訳にはいかなかった。

 彼は特化型の忍だ。

 その能力はコミュニケーション能力に特化しており、その他の能力はあくまで一流の上忍の域を出るものではない。

 先の小南の秘術を受ければ確実に消滅している。

 戦闘以外に有用な時貞を、こんな所で使い潰す訳にはいかなかった。

 そうなるとここでこの2匹を仕留め、さらに小南を殺す。

 …ちと荷が重い、か。

 ここは裏切り者を処分するというおまけは切り捨て、長門と弥彦の遺体を回収するのが妥当か。

 トビはじり、と後ろへと後退した。

「…逃がさんのォ!」

 トビに対し、凄まじいばかりの水平跳躍を見せてシュウマが抜き打ちの刀をトビに放つ。

 恐ろしく早い、が、避けられない速度でもない。

 トビは柱間細胞に指示を出し硬化させた右の腕でシュウマの一撃を受けた。

 ギャリン! と甲高い音を立て、刃が半ば腕に食い込む。

 トビは横蹴りを繰りだし、それをシュウマが避ける間に彼と距離を取った。

「ふん、醜いものだ、化生となり果て、そこまでして生にしがみつくか…。

 やはり忍界に生きるものは醜い」

 トビはシュウマをそう嘲る。

「ほう、言うてくれるのォ…」

 シュウマは蛙の顔になんとやら、全く堪えた様子がない。

 にやりと笑った蛙の顔、それに仮面の下でいらだちを隠したトビ。

「当然だろう?

 人としての生死を捨て、わざわざそのような姿で生き恥をさらす。

 天地自然の理を捨てた忍にこの先を生きる資格はあるまい」

 それは誰に対して言う言葉か。

 今のトビは柱間細胞に生かされている側面がある。

 それを分かりつつ、トビはシュウマを挑発する為に会えてそう言った。

「…ククッ」

 背後で笑い声がした。

 後方で戦闘に割り込む機会を窺っていた八太郎だ。

「なかなか楽しい冗談を聞かせてもらった。

 天地自然の理、か。

 たかだか忍術使いのうちは一族が、なんの真理を知っていると言うのかしら?

 教えてもらおうじゃない…」

 八太郎の本来の姿は忍術の研究家。

 彼にとってうちはとは「強い力を持った忍者の一族」でしかない。

 ただ己の一族とその力を武器として使うことしかできなかった程度の者達が言って良い言葉ではない、そう忍術を極めんとする男は言っているのだ。

「ふん、真理を弄ぶ学者風情が良く吠えたものだ。

 良いだろう、貴様らの為に1つ、世界の真理を教えてやる」

 トビはそう大仰に語った。

 その仮面の下で、鬱陶しそうな顔をしながら。

 

 六道仙人。

 忍術の祖であり、彼の作った「忍宗」は一般にも広まっているこの辺りで一般的な宗教である。

 そして千手とうちは、二つの忍の血族の祖でもあると言う。

 六道仙人はその2つの血と力を持ち、自在に力を操った。

 無から形を作るのに精神を司る精神エネルギーをその源とする隠遁。

 そしてその形に命を吹き込む為に、生命を司る身体エネルギーをその源とする陽遁。

 それらを使って、六道仙人はあらゆるものを作った。

 尾獣たちもまたその1つ。

 十尾のチャクラから陰陽遁を用い、創りだされたのが尾獣である。

「創造を生命へと具現化する術、『万物創造』を応用したのがうちはの禁術『イザナギ』だ」

 そう、トビは話をしめた。

 

 さすがにシュウマは唖然としていた。

 あまりにも話が大きすぎるが故に。

 そして、

「…話にならないな」

 そうトビの話しを切り捨てたのは八太郎。

「なんだと?」

 トビは八太郎を睨みつけた。

「偉そうなことを言うが、で、それは誰が検証したのかね?」

「検証、だと?」

 不可思議な声を出すトビ。

 この切り返しは予想していなかった。

 所詮トビは忍、術を使うもので、その術の術理、原理や構成、歴史背景などに興味はなかった。

 一方、八太郎は術を理解するものだ。

 理解すると言う事は術理など、それを使う為の原理や、その術の生み出された背景も含めて、である。

 それには口伝だけでは足りない。

 歴史をひも解き、口伝を複数集め、文献をあさり、フィールドワークによって集まった資料を分析していく、その結果、信頼できるデータの集合として1つの忍術を極めた、と言えるのだ。

 その為には複数の情報が必要だ。

 うちはが「イザナギ」を使えるからと言って、トビの語った事が正しいと誰が言えようか。

 それに、だ。

「1つ教えてやろう、真理を騙る者よ。

 あらゆるものとは言うが、この世界の生物には2系統ある、それを知っているかね?」

 八太郎はトビに指を2本付きつけた。

「…」

 トビは答えない。

「1つは生き物全般だ。

 これは動物ならばどれでも、だな。

 そしてもう1つ、これはなんだと思う?」

 トビはしばし考え、

「人、だろう。

 人は六道仙人が己に似せて作ったものだからだ」

 その答えに八太郎はにやりと笑い、

「その通りだ。

 しかし、理由はおそらく違う」

 そう言った。

「…そりゃどういう意味かのォ」

 シュウマが尋ねる。

「単純な話だ。

 我らの体の細胞には、生命の設計図がある。

 これを取捨選択する事で様々な生命へと変化していくのだ。

 これは事実なのだが、その設計図をひも解くと、その生き物がどのような経緯を経てその生物になったか、それが分かるようになっているのよ」

 八太郎は言葉を切った。

「忍術使いごときには難しい話だったかしら?」

 八太郎の挑発に苛立つ()()()()()()()トビ。

「良いから先を話せ。

 くだらん挑発はいらん」

 先ほど自分がした事を棚に上げる台詞に八太郎は肩を竦めると、

「人の設計図をひも解いていくと、様々な生き物になるわ。

 キツネであったり、犬であったり、ネコであったり、蛇であったり」

 しかし。

「それらを復元したとしても、今の世にある生き物にはならない。

 どこかにずれが存在する

 これはおかしいだろう?

 お前の言う六道仙人が『万物創造』とやらで全てのものを創ったなら、それは1つの様式(フォーマット)でなければおかしい。

 そうでなければもっとたくさんの様式があってしかるべきだ。

 これは何を意味するか」

 つまり、だ。

「我々かその他に存在する生き物の全て。

 これらは別世界からやって来た、その可能性があるのだよ」

 と、

「これくらいの事は現在の学者でも言えることだ。

 偉そうなことを言うのであれば、これくらいは語ってもらわないとねえ」

 八郎を名乗る者はそういったのである。

 

 まずいな。

 トビは焦りを強くした。

 これだけ粘って2匹に全く隙がない。

 あの八太郎とやらに動揺を促すために振った話題であったのだが、相手は全く動揺する様子がなかった。

 隙が出来たなら、即座に異空間へと転移し、長門と弥彦の死体を回収して撤収するつもりだったのだが。

 本来ならば今は怒らなければならない時なのだろう。

 マダラは一族の長としての誇りが強い。

 一族の秘事にケチをつけられて黙っている事はない筈だ。

 とは言え、いい加減この状態でいるのもきつくなってきた。

 出来るだけ早く撤収したい。

 ここは。

「…もう良い。

 凡愚どもになにを言っても無駄だったようだ。

 我ら一族の秘儀をまるで理解せんとは。

 貴様らをかたずけ、その頭を綺麗に吹き飛ばしてくれようぞ!」

 トビは話を切り上げ、シュウマへ襲いかかった。

 

 シュウマとトビが打ち合うこと数度。

 そろそろ仕込みは良いだろう。

 トビは己の切り札の一つである「物質をすり抜ける術」を使う事とした。

 すっとトビに隙ができた。

 意図的ではあるがつい乗ってしまう、そんな隙だ。

 シュウマはあえてそれに乗った。

「じゃっ!」

 一旦飛び退り、飛び込みざまに振るわれたシュウマの剣閃がトビの首を狙う。

 その一撃は、トビの体をすり抜けた。

 しかし。

「なにっ!?」

 トビの右腕が引っ張られる。

 シュウマの髪の毛が、トビの体にまとわりついていた。

 シュウマの突進力がまとわりついた髪を通してトビに伝わり、そしてトビは大きく引き摺られた。

 髪の毛乃まとわりついた部分を「透過」させて、振りほどくも、体勢は崩れた。

 その隙を逃す八太郎ではない。

「むっ!」

 八太郎が印を結び、その口から4つの火球が打ち出された。

 どんな攻撃が来るかと思えば、それか。

 内心トビは嘲笑った。

 周囲は雨、足元は湖、水気が強すぎて火遁の攻撃はその威力を半減する。

 が、それは間違いだった。

 確かに「水剋火」の言葉通り、火遁の火球はじゅうじゅうと周囲の雨を蒸発させるのみでトビにダメージを与えていない。

 直接的には。

 火球に触れた雨粒は高温の蒸気となり、トビにまとわりつく。

 それは、100度近くに熱せられた煮立つ湯を掛けられるのに等しい。

「くっ!」

 大きく飛び退り、足元のみを異空間に置く事で疑似的に浮遊を実現するトビ。

 そうするとことで火球の範囲から逃れた、つもりであった。

「それは甘い…」

 八太郎が呟くと、4つの火球がトビに追随してくる。

 八太郎が誘導しているのだろう。

 更に、

「蝦蟇油弾!」

 シュウマが揮発性の高い「油」を噴き出す。

 それは、八太郎の火遁に触れ、

 轟!

 と燃え上がった。

 またたく間に周囲は炎の海となる。

「くうっ!?」

 炎の熱、そして湧きあがる水蒸気がトビを蒸し焼きにしようと包み込んだ。

 

「ふむ、仕留めたかのォ?」

 トビの能力は小南の口寄せ動物である化け山椒魚のマスジを通して2匹に伝えられていた。

 今の状態であるならば、下手に術を解除し、異空間に逃げ込むとしても相応のダメージを追う羽目になるだろう。

 行ってしまえば今彼はぐらぐらと煮立つ鍋の中にいるのと同じなのだから。

 死んでいなかったとしても、「忍界大戦」において十全の状態で登場出来ないのであればそれはそれでシュウマもとい自来也の任務としては十分であろう。

「手ごたえはあったが…」

 八太郎もとい大蛇丸はそう告げた。

 その瞬間だ。

 ぼっ! と言う音と共に木で形造られた卵の様なものが炎の中から転がり落ちてきた。

 それはシュウマにぶつかり、砕けた。

 ほぼ炭化したそれ、その中には、

「なに!?」

 八太郎の胸倉を、その中から飛び出て来たも者の左腕が掴んだ。

「捕えたぞ…」

 トビ。

 彼は右腕に移植していた柱間細胞を使い、己の周囲に木製のシェルターを張っていた。

 そして水蒸気を遮った後に炎の外へと飛び出した。

 柱間細胞の防御壁は十分にその役割を果たした。

 右腕を失ってしまったが、

「それだけの価値はあった」

 トビは「相手を異空間に吸い込む」術を使った。

「!」

 まるでトビの右目に吸い込まれるように八太郎は消えていった。

 

 トビはシュウマと向かい合った。

 既に小南はチャクラを使いきり戦力外。

 後は蛙1匹だ。

 とは言え、まだまだ相手に策はあるだろう。

 トビはシュウマに話しかけた。

「…これで戦えるものはお前1人だ。

 オレは慈悲深い。

 とっととそこの裏切り者を見捨てて失せろ」

 その言葉をシュウマは鼻で笑って見せた。

「ふん、心にもない事を言うんじゃないのおォ。

 お前がマダラならそんな事は言わんし、言うとしたら何らかの策があるってこったのォ。

 それに、だ」

 シュウマは言葉を切り、

「お前は『裏切り』ってもんに対して思いがあるようだのォ。

 そんな奴が裏切りをそそのかしても、信じるヤツぁおらんのォ」

 そう言い切った。

 その通り。

 小南を裏切るのなら、その後にこの蛙を殺してくれよう、そうトビは考えていた。

 彼は「裏切り」に対して異常と思えるほどの嫌悪を感じている。

 故に彼は「裏切る事無く、計画を進める」事に執着していた。

 裏切るのであれば、相手が裏切った、そう仕向けるようにした。

 その為に「マダラ」の計画がいささか歪んだり、遅延したりする事はあった。

 故に、これ以上の遅れを出す訳にはいかない。

 シュウマがトビの策に乗ればよし、そうでなければこの蛙を撒いて遁走するのみだ。

 とは言え、ただ逃げるだけでは「マダラ」らしくはない。

 ある程度はこいつを叩いておかなければ。

 トビはそう考えた。

 

 それは、間違いだった。

 

 

 

 八太郎、いや、大蛇丸は泰然としていた。

「ふむ、ここがあのトビとやらの飛ばす『異空間』と言う事か…」

 興味深そうに見る大蛇丸。

「そのうちに奴はこの世界に来るのだろう…。

 ならば、少し嫌がらせをしておくとしようか。

 この世界で術が発動するかどうか、試してみるのも悪くないし、な…」

 大蛇丸は「己の」腕で印を組み、そして術を発動させた。

「口寄せ・万蛇羅ノ陣」

 その瞬間、大蛇丸の口と衣服の裾から、まるで滝の様に蛇が湧きだし、世界へと広がっていった。

 

 

 

 シュウマはトビに切りかかっていった。

 蛙とは思えないほどの剣の冴え。

 トビは熟練の忍だ。

 体術とて一流と呼べるほどに鍛えこんでいる。

 しかし、この蛙も剣術だけならばそれに匹敵するだろう。

 …本来であれば、シュウマ、いや自来也の実力はこんなものではない。

 しかし、自来也はまだ元々の自来也の体に戻れていなかった。

 修行を積むことで、人への変化はある程度可能になったものの、その時間は短く、完全に人に戻ることが出来るようになるにはまだ幾ばくかの時間が必要だった。

 そして、数十年の自来也としての修行を活かしきるには今のこの蛙の体では限界があったのだ。

 

「ぬあっ!」

 シュウマが何度目かの剣を振るった時だ。 

「無駄な事…なにっ!?」

 いきなりトビの体勢が崩れた。

 シュウマが目を凝らすと、トビは先ほどシュウマの剣を「すり抜けた」はずの左の肩口、そこから出血をしていた。

 しかも、切り傷ではない。

 まるで何かに噛まれたかのような傷。

「…やりおったな、お…八太郎め」

 そのつぶやきで、トビは何が起きたか理解した。

 トビは大きく後方に飛び退りつつ、「異空間」を確認した。

 その中には、蛇が溢れていた。

 八太郎の使った「万蛇羅ノ陣」は無数の蛇を召喚し、飽和攻撃で相手を蹂躙する術だ。

 それを八太郎は「トビの異空間を占拠する」目的で使用した。

 今、異空間の中では八太郎と口寄せ動物の蛇対異空間の中に収納していた数人の白ゼツとの戦いが起きていた。

 そして、「物質をすり抜ける術」が封じられた事も理解した。

 トビのこの術は、己の一部を位相の違う異空間に置く事で、物理的な攻撃を回避したように見せるものだ。

 その異空間に、己を害しようとするものが居るとなると、これは問題だ。

 本来異空間は広大だ。

 だが、それでも「万蛇羅ノ陣」にて口寄せした蛇達は膨大だった。

 ある程度の範囲をカバーし、トビが異空間に体の一部を動かせば、それに向かって殺到するのだ。

 今、中では白ゼツ達が蛇を駆逐しようとしている。

 しかし、それを成そうとすれば八太郎が黙っていない。

 白ゼツは一般的な中忍以上の実力を持っている。

 しかし、その程度ではあの八太郎と言う怪物は倒せまい。

 事実、今この瞬間にも八太郎は白ゼツを殺しつつあった。

「…頃合いか」

 トビはそう呟いた。

「逃さん!」

 しかしシュウマの剣がその体に迫り、

 ざくり!

 その右肩に食い込んだ。

 当たると思っていなかったフェイントの一撃によって、シュウマの剣がほんの少しだけ流れる。

 そしてトビはその衝撃を後方に飛ぶ事で殺しつつ、逃走を始めた。

 トビは毒蛇にかみつかれた部分をシュウマの剣により切り落とし、更には。

「うおっ!」

 追撃を試みたシュウマの前に、雲水姿の男が()()()()()()

 シュウマの振る剣の軌道上に。

 慌てて動きを止めるシュウマ。

 それが隙となった。

 トビは全力で撤収を始めた。

 

 シュウマこと自来也、八太郎こと大蛇丸も追うつもりはなかった。

 一義として今回は小南の救援であった訳であるし、トビにはかなり疲労もさせた。

 この辺りが潮時であろう。

 自来也は小南に近づいき、

「あ~、娘御(むすめご)よ、御無事かのォ?」

 そう声を掛けた。

 のろのろと首を上げた小南は自来也を見て、

「先生…?」

 そう呟いた。

 無理もなかろう、自来也の今の姿は蛙。

 見事なくらいに蛙そのものなのだ。

 どれくらいかと言うと「鳥獣戯画」に出ていても不思議ではないくらい。

 それでも小南は自来也を見抜いた。

 この辺り、うずまきナルトよりも観察眼はありそうである。

 …最も、ナルトの場合は自来也が死んだと聞かされて、かなり動揺していた時期であったから、と言うのもあるだろうが。

 自来也は蛙の手で頬を掻きつつ、

「…分かってしまうか。

 まあ、ワシは昔っから蛙推しだからのォ、気付かれても当然か!」

 殊更明るくふるまった。

 その瞬間、小南の瞳から涙が零れ落ちた。

「うおっ! ど、どこか痛むんかのォ!?

 それとも、アイツに何かされたんかのォ!?

 やっぱりさっき殺しとくべきじゃった‥へぶぅっ!?」

「落ちつけ自来也」

 動揺しまくり、錯乱気味の事を言う自来也に、拳骨を落として落ち着かせる(?)大蛇丸。

 この辺り、さすがは長年チームを組んできた同士である、ボケと突っ込みに隙がない。

「せん…せい…、ワタシは…」

 小南は泣き続けた。

 

 暫しの後。

「落ち着いたかのォ、うん?」

 自来也達はとある場所に来ていた。

 かつて自来也が小南達と暮らしていた小屋のあった場所である。

 今は唯の廃墟であるが、弥彦と長門の遺体はそこに安置されていた。

 小南は自来也の言葉に頷くと、その中に入っていった。

「…やはり」

 かつて皆が生活していた空間、そこには弥彦、そして長門の遺体があった。

「ふん、奴め、ワシらに追撃させることを恐れて死体を回収せなんだか…」

 自来也がそう言った。

 そう、そこには弥彦の遺体、そして、長門の眼を抉られた遺体が安置されていた。

 本来ならばこれだけの実力者の遺体だ、賞金と引き換えにしても良いだろうし、何らかの術の媒介にしても協力であろう。

 しかし、それを回収できなかったのは、トビの時空間忍術が一時的にせよ封じられて居るから、というのがあるだろう。

 異空間に収納して、その中で暴れている蛇に輪廻眼を損傷されてはたまらない。

 かと言って、通常の時空間忍術を応用した封印の巻物などはトビは持ち合わせていなかった。

 己の術が封じられるようなことがあるとは想定できまい。

 かと言って、この2人の遺体を持って移動するとなると自来也達に追い付かれる可能性が高かった。

 その結果、遺体を置いていくしかなかったのだろう。

「…自来也、先生」

 2人を見つめていた小南が、自来也に声を掛けた。

「ワタシは戦います。

 長門が志を託したナルトのために、そして何より雨隠れの里の為に。

 弥彦と長門が託してくれたもの、そして何よりワタシがそうしたい、と思うから」

 彼女の言葉に、ほんのささやかな微笑みを浮かべつつ、自来也は頷いた。

 

 ここに、雨隠れの里は第4次忍界大戦に本格的に参戦する事になる。

 長門の英断により、「第2次木の葉崩し」において雨隠れの精鋭は1人足りとて削れる事はなかった。

 その為であろうか、彼女達は中小の里の中で独特の位置を押さえ、大戦の中で大いに奮戦する事となったのである。


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