NARUTO 狐狸忍法帖   作:黒羆屋

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第106話

 血戦・雨隠れ

 

 雨が、降っていた。

 ざあざあと降り続く雨。

 巨大な湖のほとりにある、雨隠れの里。

 雨が降り続き、めったに陽の光がささない陰鬱とした里。

 しかし、雨は同時に湖に溜まり、周辺の土地を潤す。

 まるで雨隠れの里を生贄にすることで、その周囲の豊かさを維持するかのように。

 無論、雨隠れの里がここにある事には意味がある。

 元々がここに居を構えていた忍の一族が里を作ったと言うのもある。

 また、過酷な環境に身を置く事で、身体と精神が鍛錬される、と言うのもあるだろう。

 そして野心。

 ここから世界を狙って見せよう、「山椒魚の半蔵」にはその気概があった、少なくとも初期の頃、若かりし頃には。

 彼は里を愛し、その拡充に力を注いだ。

 それは多分、失敗だったのだろう。

 何時しか、彼は保身に走った。

 雨隠れの里の環境が整い、生活に余裕が出来た。

 その時だ。

 老いた半蔵の前に「暁」の弥彦達が現れた。

 彼らは希望を以って里の者たちと接した。

 既に老いた半蔵にとって、その光は眩しすぎた。

 変わるには、半蔵は年老いすぎ、そして不幸な事にその後継は既に半蔵よりも先に死んでいた。

 この辺り、3代目火影・猿飛ヒルゼンと近しい所があっただろう。

 違うのはその環境。

 雨隠れの里には、体力、人の力と金の力、が足りなかった。

 半蔵が後10歳若ければ状況は違っただろう。

 弥彦達があと10歳年嵩ならば、半蔵は彼らに権力を譲っていたかもしれない。

 あるいは、弥彦達が自来也の直弟子であることを誰かから教えられていれば。

 全ては時勢が悪かった、としか言いようがなかった。

 半蔵は年老い、弥彦達は性急に改革を進めようとし、長門が輪廻眼を持つ事も、自来也の直弟子である事も知らず。

 

 それは本当に時勢の所為か?

 

 ()にとっては都合が良かった。

 つまり、うちはマダラを名乗る男、トビにとっては。

 トビは湖の中に埋没した建築物、その残骸を足場に立っていた。

 10メートル程の先には同じように湖の上に立つ小南。

 トビは小南に語りかけた。

「輪廻眼…。

 長門の隠し場所を素直に話す気はないようだな…」

 右の眼の所だけが開き、その覗き穴を中心に渦を巻く、奇妙な面を付けたトビは、その穴の奥から小南を睨みつけていた。

「アナタが私の前に来る事は分かっていた。

 待っていたわ…。

 アナタを仕留めるために」

 小南は冷静にトビを見つめた。

 冷静でなければ彼に勝つ事は出来ない。

 小南は長門の意志を継がなければならない。

 いや、それはまた自分の意志でもあるのだから。

 ここで悠長に死んでやるつもりもなかった。

 

 トビは言った、

「かつての仲間だからと言って手加減はしない、いいな…」

 思ってもいない事を。

 小南達、旧「暁」の面々の強みは結束力が強い事。

 それはまた、弱みともなりうる。

 トビはそこを突き、小南の動揺を誘った。

 小南にはそれが理解出来ていた。

 そう来るだろう、と。

 トビは言葉を重ねる。

「1つ問う。

 何故お前らほどのメンバーが俺を裏切った?

 うずまきナルト…、奴にそれほどの価値があるとでも言うのか?」

 これはトビの本音でもある。

 トビは全てのものに価値を見出していない。

 空想の産物、記録に残るだけの存在、そんな薄っぺらい者ですら、チャクラの力を以ってすれば現実の存在となる。

 トビはそれを成し遂げる瞬間を目撃している。

 すなわち、「口寄せ・聖杯八使徒」である。

 それを以ってトビは確信した。

 この世界にある者は全て夢幻(ゆめまぼろし)

 ならば、「月の眼計画」が発動しようと、しまいと、変わらない筈だ。

 いや、全ての者が己の望ましい「現実」を手に入れるのだ。

 それのどこが誤りであると言うのだ。

 トビは己の「正しさ」を信じて止まない。

 それを他者に理解させようとし、理解しない者は「誤り」だとする。

 その発想そのものが、他者との関わりを排除し、そして他者と関わろうとする矛盾を生んでいる事に、トビは気付いていなかった。

 トビと言う人間の奇妙に幼稚な部分、それを他者は理解できない。

 トビは忍。

 虚実を混ぜ込みながらの会話に、人は真実を見抜く事が出来なかった。

 五影会談の時も、うちはマダラを名乗るトビの真相を見抜けるものはいなかった。

 マダラの名はトビという男を五影達から隠す効果があったのである。

 故に、その名前に疑問を持っていた茶釜ブンブクのみが、トビの言葉に疑問を呈する事が出来たのである。

 小南もトビの想いに気付く事はない。

 既に道は分かたれた。

「…(ナルト)は光。

 だからこそ、皆、希望の花を持てる!」

 ナルトは否定をしない。

 彼にとっても周囲のものを傷つける事は許容できないだろう。

 しかし、その行動は何故か、どうしてそうなったのか、本当はどうしたいのか、ナルトはそう問いかける事を止めない。

 他者の持つ苦しみ、それを一緒に考える、それがナルトの善き所であり、魅力であろう。

 小南や長門が救いを見出したナルト。

 それを傷つけるものを、彼女は許さない。

 小南は己の編み出した秘術、「神の紙者」によって、その肉体を己の武器である「紙」に変えることが出来る。

 彼女の手の先から、パラパラとその体が折り紙に変化し、

「紙手裏剣!」

 まるで見えない手に折られる様に、子どもたちが作る様な「手裏剣」に折りたたまれていき、それが無数に飛来していく。

 しかし、それはトビの体に触れる事はない。

 スカっとその体を通り抜けていく。

 トビの術により、その体は位相を変え、別空間に存在している。

 今小南に見えているのはトビの姿のみ。

 実体はそこにはない。

「フッ…、俺に牙を向けるというのに、まだその衣を着ているとはなぁ…。

『暁』に未練があると見える」

 トビは挑発を続ける。

 小南から引き出したい言葉があるからだ。

「暁は弥彦の作った組織。

 この衣にある赤き雲はここ雨隠れに血の雨を降らせた戦争の象徴…。

 暁にアナタがのっかっただけだ。

 この衣は私達の正義、アナタのものではない」

 小南は表情を変えずに、しかし、どこか怒りを込めて言った。 

「そして輪廻眼は雨隠れの忍、長門が開眼したモノ。

 やはりアナタのものではない。

 彼の眼はこの国の…、里の宝だ!」

 掛かった。

 トビは仮面の下でにんまりと嗤った。

「くくっ…、

 お前は2つ勘違いをしている。

 どうせ最後だ、教えてやる」

 愚かな女よ。

「暁を弥彦に立ちあげるように仕向けたのはオレだ!

 そして…」

 唖然とする小南に向けて、

「輪廻眼を長門に与えたのもオレだ!」

 トビは、そう言い放った。

「…!?」

 動揺を隠せない小南。

 トビの、と言うよりウチはマダラの実力は師の自来也より聞き知っている。

 故に、これが唯のハッタリであると断じる事が出来なかった。

「だから返してもらうと言った方が正しいか…」

 トビはさらに、まるで舞台俳優の如く言葉を繋げていく。

「まあ良い…。

 俺からすればお前は何も知らないただの小娘。

 ただ今は、長門の写輪眼の場所を知っている小娘だが…」

 トビは小南を睨みつけつつ、

「お前を捕えさえすればどうにでもなる。

 ウチはの瞳力をなめるなよ、小娘!」

 そう、恫喝した。

 動揺を表に出さず、しかし、確実に焦りをにじませた小南は攻撃に移ろうとして、

「いかんなあ、主殿よお、それでは相手の思うつぼではないかなあ…」

 足元からの声に、ふっと我を取り戻した。

 

 水の中から、小南が足場にしていたモノが浮き上がって来た。

 巨大な山椒魚。

「ほお、口寄せか…」

 トビが呟く。

 無論、トビの「写輪眼」には、小南の足元のチャクラの動きによって、生物、しかもかなり大型で、且つ忍動物であることが予想されるチャクラを内包した存在がいる事は分かっていた。

 しかし、

「お前が半蔵のモノマネをするとはな、笑わせる」

 それが「山椒魚の半蔵」と同じく、巨大な化け山椒魚であったとは、トビも予想の範囲外であった。

 小南は半蔵によって初代の暁首領である弥彦を失っている。

 その真似だけはしないと思っていたのだが。

 誰かが口利きをしたのかもしれん、そう考えたトビの脳裏に、とある人物が浮かんできた。

「またあれか…」

 トビは仮面をつけていたことを幸運と感じていた。

 確実に表情に出ていたであろうから、だ。

 どうもこう言った陰謀を企む度にあの子狸が割り込んでくる気がする。

 そのせいで策が失敗した、と言う事はない。

 しかし、どこか腑に落ちない場合の方が多いのだ。

 何かこう釈然としない。

 トビは気が付いていない。

 彼が作り上げてきた歴史の流れ、それがジワリジワリと捻じ曲がっている事を。

 その中心にいるのがうずまきナルト、そして、茶釜姿の狸である事を。

 小南の足元から浮上してきた山椒魚、名をマスジと言う、は、小南に声を掛けた。

「敵の戯言に乗っかって、動揺をしたまま戦うのはぁあまりいとは思えませんでなあ、ご忠告を、と思いましてのお」

 マスジは化け大山椒魚独特の、ゆったりとしたペースで話しかけた。

 その言葉に反応したのはトビだ。

「戯言、とは聞き捨てならんな。

 このマダラの言を嘘と言い切るか!」

 トビはマスジのペースに巻き込まれた。

 本当ならば折角小南を己のペースに引き込んだのだ、マスジを無視して叩きのめすべきであっただろう。

 一旦手放した流れを取り戻すのは、なかなかに大変なことなのだ。

 マスジが話し始める。

「まずはあ、そっちのお面男が話した事が真実であろうとなかろうとお、この場においては関係がない、と言う事ですわいぃ。

 相手の目的はあ、主から長門、と言いましたかいのお、彼の埋葬場所を聞き出してその目を持ちかえる事ですわいなあ。

 それを主は認める、と言う訳じゃあないですのお」

「当然よ!」

 小南の頷きに、

「故にぃ、やる事ぁ変わらん訳でえ。

 そこのぐるぐるを仏締(ぶっち)めるにゃあ変わらん訳ですからのお。

 故にぃ、意味がねえと申したあ次第ぃ」

 その言葉に、小南が落ち着いていく。

 良い傾向ではない。

 トビがそう判断し、行動を起こそうとした時だ。

「次にのお、『暁』を創らせたとかあ、それ自体が胡散臭いと言う事ですかのお。

 なにせえ、主殿が知らんかったと言う事はあ、弥彦殿とやらとお、個人的に会って話しておった、ということですかいのお?

 それともお、うちはお得意の幻術で誑かしたとお、そう言いたいんですかいのお?

 どちらにしてもお、元々組織を作り上げる気でおった弥彦殿のお背を押した程度で『暁を創らせた』というのはあ、いくらなんでもおこがましいですなあ」

 正論である。

 それを言うなら、ブンブクなどは「ワシがうずまきナルトを育てた!」とか胸を張っても良いくらいだ。

 更には「ワシが『新・暁』を作り上げた!」とダンゾウが行っても良い事になる。

 さて、更にマスジは言葉を重ねて言った。

「最後にですなあ、さすがに長門さんとやらにい、輪廻眼を与えたっちゅうのもお、無理がないですかのお?」

 マスジの言葉に、トビの目が鋭くなる。

「そもそもですなあ、輪廻眼とやらはどこから仕入れて来たんですかいのお。

 次にぃ、どうして長門殿に目を付けたんですかのお、当時の彼はただの一般家庭の子どもですのになあ。

 その辺り、お答えいただけませんかのお?」

 マスジは、おっとりした口調で言い切った。

 さてここでトビがどう出るか…。

 小南は身構えた。

「…ふむ、話す義理はない、が。

 答えてやろう」

 意外な事に、トビはそう言った。

「まずは輪廻眼だ。

 あれは元々オレの眼だ」

 トビはそう言った。

 …ここで、真実を話してやる事もない。

 とは言え、完全な嘘を教える気もない。

 情報のかく乱には、適度に真実を混ぜ込んでいた方が効果が高いからだ。

「オレの眼は我が弟、うちはイズナより譲れらたものだ。

 その際、オレの本来の眼は取り出し、保存していた。

 それを長門に移植したのだ」

 小南は首を捻る。

「それでは長門が『写輪眼』を使えるようになるだけなのでは?」

「そうだ、本来ならば、な」

 トビはやや大袈裟に肩を竦めた。

「これは秘儀故に詳しく話す気はない、が、長門はちと特別な家計の血を引いていた。

 本来ならばそのまま市井に埋没しただろう、それをオレは見出した。

 奴にオレの本来の眼を移植する、そうする事で、奴は輪廻眼を開眼した。

 オレの目論見どおりに、だ」

 小南は内心、怒り、そしてトビの計画の壮大さに驚愕を禁じ得なかった。

 それだけ長い間、成功するかも分からない計画に注力していたとは。

 しかし、その割には組織力がない。

 トビがどうやって計画を実行し続けてきたのか。

 そこに鍵がある気がする。

 この情報は何とか忍連合軍に渡さなければ。

 

「さて、心残りもなくなっただろう。

 その口寄せ動物と共に死ぬが良い。

 心配せずとも、長門の眼はしっかり受け取ってやる」

 そうトビが言うと同時に、凄まじい勢いで小南から「紙」がトビに飛来した。

 その縁はまさに真剣の切れ味を持ち、トビを足場ごと切り裂いていく、筈だった。

「ふっ、無駄だ…」

 トビの体には傷1つない。

 トビの時空間忍術によるものだ。

 しかし、それは小南も織り込み済み。

 これは陽動、目隠しだ。

 小南のチャクラを多分に含んだ紙は、トビの写輪眼による解析に文字通りの眼隠しをしていた。

 そしてこちらが本命。

 マスジが大きく口を開ける。

 そこには水遁で作られた大きなレンズ。

 そしてそこから、

 

 ジュオン!

 

 周囲の雨を蒸発させつつ、光の束が打ち出された。

 水遁のレンズを使い、周囲の淡い光を増幅し、指向性を与えて打ち出す、マスジの必殺の術だ。

 無論の事、本来であれば物理的な力は一切トビには通じない。

 しかし、トビはとてつもない嫌な予感に、全力を以って横に飛び、そのレーザーを避けた。

 その様子にうっすらと笑みを浮かべる小南。

「やはりね。

 アナタは確かに私の紙手裏剣などは通じない。

 でも、アナタはそこに、少なくとも姿は見せている。

 知っているかしら、私達の眼にはいる姿、それは陽の光などが私達に当たり、反射した光が私達の眼に入ることで見えているものなのですって」

 小南はさらに続ける。

「つまり、アナタの体も、光を反射していると言う事。

 今のあなたに物理打撃は通じない、でも、途轍もなく強力な光ならどうかしら?」

 ただの光ならともかく、雨が蒸発する程のエネルギーを持った指向性レーザーといった代物を喰らって果たしてトビが無事でいられるのか。

 それはトビ自身も分からない。

 少なくとも己の命とも言える「眼」が無事でいるとも思えない。

 これは油断が出来なくなってきた。

 トビはそう感じていた。

 

 戦いはこう着状態に陥った。

 その大きな原因としては、トビの術、その絶対的な優位性がマスジのために崩れたことだ。

 トビは基本的に素手で戦っていた。

 彼の腕は「柱間細胞」による強化を受け、半分木の様な奇怪な代物に変貌している。

 これで殴りつけるだけで、鈍器を叩きつけるのと変わらない威力を出せる。

 しかし、小南はその体を紙の束に変えることで打撃の威力を減衰させることが出来るし、マスジはその体の粘液と、弾力のある筋肉が打撃を弾くのだ。

 勢い、近付いて攻撃しては捌かれ、距離を取られては術を受ける、と言う戦いになっていた。

 無論、トビとて忍術が使えない訳ではない。

 しかし、うちはの得意とする火遁は、雨が降りしきり、足場は湖に半ば水没しているこの状況では威力もかなり失われてしまう。

 それこそマスジの光線ほどの威力がない限り、決定打を与える事は難しいのだ。

「はぁ…、はぁ…」

 一方、小南の方にも不安材料があった。

 小南の体力だ。

 彼女の術は文字通り己の体を削って使う代物。

 更に言えば、ここしばらく、彼女はとある仕込みをするために、チャクラを多分に消費していた。

 それが彼女の体力を消耗させていたのである。

 トビと小南の戦いは、我慢比べの様相を呈していた。

 幾分小南が不利だろうか。

 術を抑え気味にせざるを得ないトビはチャクラの消耗が抑えられる。

 一方小南は攻撃の起点となる「神の紙者」からしてチャクラを消耗するのだ。

 かつて、小南は弥彦、長門をフォローする為にこの術を会得した。

 彼らがいない状態では、その術も活かしきれていないのが実情であった。

 これでもう少し時間があれば、マスジとの連携をより円滑なものと出来た筈、そうすれば、トビといえどもここまで戦えたかどうか。

 それが後方支援型の小南の強みであり、また限界でもあった。

 戦闘とは命のやり取り、それは人の精神を大きく削る。

 ここで1つ、トビに有利に働いたものがある。

 虚無感、とでも言おうか。

 己の命を重視していないトビにとって、戦闘での精神の摩耗はそれほどの影響がなかった。

 そして小南は。

「!」

 一瞬、疲労によって集中力を欠いた彼女の後ろを、

「貰った…」

 その右腕が貫こうとし、

「そりゃあ甘い…」

 マスジの巨体に遮られた。

 しかし。

「想定済みだ」

 トビの右手から何かが伸びた。

 それはぶすりとマスジの体に突き刺さる。

 トビの掌から伸びたそれは、

「木の枝、だと?」

 トビの体を構成する柱間細胞、それを変化させたものだ。

 そして、それは同時にトビの体そのものだ。

 故に。

「喰らえ…!」

 トビの体を伝い、その右目に宿ったうちはの「万華鏡写輪眼」の術が発動する。

 マスジの体に突き刺さった木の枝、そこから時空間忍術でトビが位相の違う空間に封じていたモノが吐き出された。

 マスジの体内に。

「!」

 マスジの体から、人の背丈ほどもある巨大な手裏剣、大風車が幾つも突き出した。

 それは回転を加えてマスジの体を切り刻む。

 体から体液を噴き出しつつ、マスジは湖に半ば沈むように倒れた。

 

「手こずらされたが、これで終わりだ…」

 トビは改めて小南に向き合った。

 近接格闘において、小南はトビに勝てない。

 彼女は前衛が居て初めて実力を発揮するタイプだ。

 とは言え、今までの戦いでトビとて無傷ではない。

 致命傷ではないとはいえ、彼の体には大小様々な傷が刻まれていた。

「甘く見ていた…。

 考えれば、元『暁』のメンバーだ、お前も」

 弱い筈がなかった。

 それを考慮していなかったのはトビの失策か。

 しかし、やっとのことでではあるが、前衛であった口寄せ動物のマスジは始末した。

 後は、体術に劣る小南を打ちのめし、捕えるだけだ。

「これで…、お前の策は終わりか?」

 トビは余裕を持って小南を睥睨した。

 

 

 

 ごぼり。

 マスジは死んでいなかった。

 マスジは大山椒魚。

 別名、ハンザキとも言う。

 大山椒魚の異常なまでの生命力を「体を半分に裂かれても生きている」と言う意味合いでつけられた名だとも言われている。

 そして、その通称は、こと化け山椒魚にとっては事実だった。

 大ナメクジの様に、体を分割して分身するような能力はないものの、よほど細切れにされない限り大山椒魚であるマスジは死にはしない。

 とは言え、回復には非常に時間が掛かり、このままでは小南の役に立てそうもない。

(なればあ、非常手段をお、使うべきだなあ…)

 マスジは己の体に仕込んでおいた術、それを発動させた。

 その術は、マスジが動けなくなる程のダメージを受けた際、彼の体液を使って描かれる方陣術。

 その効果は、口寄せ。

 特定の個体を呼び寄せ、助けを請うものだ。

 マスジとて己の実力に自信がある。

 故に、使用をためらっていたのだが、もはやそれどころではないようだ。

 マスジの命に従って、その血液が複雑な文様を描き、そして。

「口寄せ…」

 何者かが、2体、呼び出された。

 

 

 

「マダラ…、アナタに1つ問う」

 絶体絶命の状態となった小南。

 既にその前を守る者はいない。

「なんだ?」

 己の絶対優位に、しかし、トビは警戒を崩さない。

「何故アナタは私達に裏切られたか分かる?」

「さあな…、それはお前らの問題だ」

 小南の問いに、トビはそっけなく返した。

 そう、それは彼女らの問題であって、トビはなにも関係がない。

 …はたしてそれは本当か。

 裏切る、という言葉を使ってはいるが、それは正しいのか。

 そもそも、トビと小南達との間に信頼関係があったのか、といえばどうか。

 トビ曰く、弥彦に暁を結成させたのは自分だと言う。

 長門の眼を与えたのも自分だと言う。

 それは、小南達を利用していた、と言う事に過ぎないのではないか。

 むしろ利用されていたことを憎まれても仕方あるまい。

 それにトビは気付かない。

 彼は裏切り、と言う行為に対して無意識下で強い嫌悪を持っている。

 故に、先の台詞は、小南達が自分を裏切った、それは自分に責のある事ではない、そう言っているともとれるのだ。

 小南の問いは、

「自分達を仲間と認めていたのか?」

 と言う意味合いも含まれている。

 それをトビは彼女らだけの問題だ、と言い切った。

 トビにとって、小南達は唯の駒だと、そう言い切ったのである。

 ここに、トビと小南達の絆は完全に断ち切られたのである。

 それならば、ここで確実にトビを仕留める。

 小南はマスジの稼いでくれた時間によって、仕込みを終えた術を使う事にした。

「アナタは闇!

 光の無い世界では!

 花は枯れるしかない!!」

 小南のその叫び、それは、

 

 世界を割った。

 

 正確に言えば、雨隠れの里の郊外にある、戦いを行っていた湖、その湖面から湖底までが、ばっくりと裂けたのだ。

 小南の秘術、湖を満たす程の起爆札を組み込んだ「紙海」の絶技である。

 いきなり足場が無くなったトビは、下へと落下していった。

 さすがにまずい。

 トビは一旦時空間忍術で己を異空間へと移し、空間移動をする事でその場を脱出しようとした。

 しかし。

 トビの使う時空間忍術、それにはいくつかの使い方があり、それによってはチャクラの消費や発動に若干の違いがある。

 己自身を完全に良空間に送り、そうすることで空間を()()のは、制御もチャクラの消費も、そして発動時間も最も掛かる。

 むろん、他のものを吸い込むのに比べれば寸毫の差ではある。

 しかし、それは一流の忍にとっては十分な時間だ。

 そう、小南にとっては。

 己を異空間に吸いこもうとしたトビの体に、ペトリと紙が張りつく。

「丸に“爆”」の文様の入った起爆札。

 このままではまずい。

 トビの術にはある特徴があった。

 己を吸い込む際には、一度術を解除し、実体を現世に戻さねばならない。

 その隙を突いて小南はトビに起爆札を取りつかせた。

 このままでは異空間に移動できたとしても体中に張り付いた起爆札がさく裂し、トビの体は吹き飛ぶだろう。

 トビはやむなく術を解除、物体をすり抜ける術に切り替えた。

 そうなると、トビはまるで火薬庫の様な大量の起爆札のど真ん中に取り残される事になる。

 頭上から小南の声がした。

「アナタを殺すために用意した、

 この『6千億枚』の起爆札…。

 これを」

 

 10分間起爆し続ける!!

 

 ぞわりと怖気がトビを襲った。

 トビの術、物質をすり抜ける術は起動限界が5分。

 それを読み切った小南の術であった。

 そして。

 

 ドドドドドドドッッッ!!!

 

 轟々という爆音が延々、10分間鳴り響いた。

 

 

 

 起爆札がさく裂しきり、元の平穏な湖面を取り戻した雨隠れ郊外の湖。

 そこには片膝を突き、肩で息をする小南の姿があった。

 既に「神の紙者」の術は解除されている。

 枯渇と言って良いほど、小南は疲弊していた。

 しかし、これで。

「マダラは…、確実に…」

 仕留めた、はず。

「死んだかな?」

 はず、だった。

 背後に立っていた男、トビ。

 彼の持っている凶器がが、小南の背後からその腹部を貫通しようとして。

「そこまでしとくのォ、マダラ、とやら」

 何かに、絡め捕られた。




筆者は最初期のTRPGゲーマーでもあります。
「ばるばるな」「おにょにょのぷ~」の判る世代です。

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