後編はできるだけ早めにあげます。
サスケを助け隊結成、もしくは森乃イビキの困惑
「…おい、話してくれんと始まらんぞ」
木の葉隠れの里、拷問尋問班の森乃イビキは目の前にいる女、香燐を睨みつけながら言った。
イビキは強面だ。
体中に付いた傷も相まって、街を歩けば子どもには必ずと言って良いほど泣かれる。
それに対し、怯えはあるものの、気丈に睨み返してくる赤毛の眼鏡の女、香燐。
実の所、イビキは赤毛の女が苦手だ。
子どもの頃、「悪さをすると『赤い血潮のハバネロ』がお仕置きに来る」と言われて育った世代のイビキは、赤い髪を見ると背筋に冷たいものが走るのだった。
…実は幼少時に
その事を無意識に思い出しているのである。
その赤毛の娘はイビキを睨みつけながら、
「あの桃色の髪の女が来たら話してやる」
と、ずいぶんと偉そうに言うのだ。
それを聞いて、周囲の暗部が殺気立つ。
桃色の髪の女、それは多分、春野サクラの事だ。
彼女は今、里でもそれなりに重要人物として扱われている。
まず、旧第7班、つまりははたけカカシの直接の弟子、という意味合い。
うずまきナルト、そしてうちはサスケの同僚であるという事は、良くも悪くも彼女を目立たせていた。
次に、医療忍者として現火影・千手綱手の直弟子と言う事。
火影であり、そして初代火影・千手柱間の孫と言うステータスは綱手にとって大きなメリットとなる。
その弟子であるサクラにもその恩恵があるほどに。
そして綱手の弟子と言う事は腕利きの医療忍者と言う事でもある。
高々数年で里の中では5指に入るほどの実力者となっている。
これがどれだけ異常な事か。
元々医療忍者は数が少ない。
戦力として有る忍、それは直接火力を担当するのが一義である。
出来るだけ早く敵を殺す、それが前線を務める忍に求められる力であった。
ところが、そうすると忍が負傷した時に回復できる者がいなくなる。
その為に、比較的中間から後方支援の班には医療忍者が組み込まれるようになった。
それだけ医療忍者は貴重なのである。
そしてこれが重要なのだが、サクラは強い。
医療忍者は大概の場合、あまりにも専門的な術体系を学ぶ為に勢い戦闘能力が弱くなる傾向があった。
これは感知型にも通じる事であるが、医療忍者の場合それが顕著である。
ところが、サクラは千代と言う歴戦の忍、茶釜ブンブクとテンテンとではあったが、「暁」の精鋭である「赤砂のサソリ」を撃破している。
サソリは「百機の操演」と言う、文字通り100の傀儡を用いた多人数戦にも対応、圧倒できる実力を持つ忍だ。
それと戦い、そして勝った。
本人はそれを理解してはいないようだが、確実に木の葉隠れの里の中で、彼女の評価はナルトに引けを取らないのだ。
確かに戦闘能力、という点においては今のナルトに軍配が上がるのだろう。
しかし、彼女の戦闘能力に加えてその治療能力を総合すれば、決してナルトに引けを取るものではないのだ。
それだけ重要なのである、春野サクラと言う少女は。
その彼女に一介の虜囚が会わせろと言う。
元々がうちはサスケの手下である彼女を信用して、里の至宝とも言えるサクラに会わせられるものか。
拷問尋問班の者達は前線で戦っている訳ではない。
しかし、サクラの治療によって同僚、友人が何人も救われている。
それを考えれば班の者達が火上にサクラを庇うのも頷けよう。
「なあ、何でサクラなんだ?
さすがに彼女と1対1なんぞでは会わせられんぞ」
そう言うイビキ。
それに香燐は、
「…別に1対1でなくても良い。
ウチはあの女と話がしたい。
アンタ達が同席していてもかまわないんだ」
…ウチ、か。
イビキは後々この女の背後を洗ってみる必要を感じていた。
余り多く使われている一人称ではない。
多分だが、一地方でのみ使われているのではないか。
イビキの知る限り「ウチ」という一人称を使っているのは他には「童多由也」のみ。
上手くいけば多由也の血統が知れるかもしれん。
イビキは多由也達元・音の四人衆を気に入っていた。
大蛇丸の処置によってぼろぼろになっていた彼女彼女達の人格を整えたのはイビキ達である。
えらい苦労をさせられたと感じてはいたものの、まともな反応も出来なかった彼女達を今の様な一個人として存在させたのは確かに拷問尋問班の手柄であった。
その関係もあり、何かとイビキは彼女らの世話を焼いていた。
その為、自分のルーツが知れるとなれば彼女らの役に立つであろうとイビキは考えたのだ。
ともあれ、香燐がそう言うのであれば、会わせてみても良いのかもしれない。
イビキはサクラがいるであろう病院に使いを出す事にした。
暫くの後、サクラが詰め所にやって来た。
サクラは香燐の命を救った恩人とも言える。
とは言え、忍は
油断は出来ない、と建前上は警備をするイビキ達。
実際のところは、まあ問題ないだろう。
彼女達の再会は微妙な雰囲気から始まった。
「あなたが私を呼んだって聞いたんだけど…」
サクラは胡散臭げに香燐を見た。
サクラにとってはサスケと一緒に行動していた女である。
どう接するべきか、それを考えていた。
下手に話を聞いていくと、嫉妬心で妙なことにもなりかねない。
様子見をしていたサクラ、しかし、香燐はばっさりこと斬り込んできた。
「アンタがサクラ、春野サクラだね。
ウチは香燐、『鷹』の一員だ」
香燐は周囲に暗部の者達、拷問尋問班の強面達がいるにも関わらず、堂々とそう宣言した。
つまりは、「一時期は『暁』に組した者である」と言ったに等しい。
今、暁は全忍界を敵に回している。
その事を理解できていない香燐ではない。
そして、サクラもそうだ。
自分が「鷹」であることをはっきりと表明した香燐、彼女には何か思惑があるのだと、サクラは気付いていた。
「…ワタシは『春野サクラ』。
サスケ君から聞いてるかもしれないけど、名乗っておくわ」
サクラと香燐の視線がぶつかる。
周囲の男どもは口を挟めない。
本能的に悟っていた。
茶々を入れると、酷い事になると。
明らかに今目の前にあるシチュエーションは「女の戦い」だった。
こういう場に男がしゃしゃり出ても痛い目を見るだけである。
しばし、サクラと香燐の友好そうでいて目が笑っていないにらみ合いは続いていた。
「さて、私を呼んだのはなぜ?
イビキさん達から聞いてるけど、私となら話すって事だったんだけど…」
サクラがそう切り出した。
それに対し、
「春野サクラ、アンタ、サスケに惚れてるよね?」
香燐が大上段から振り下ろした。
いきなりの真っ向唐竹割りのように斬り込んでいった。
「なっ! ななななななぁぁっ!?」
茹で上がったタコの様に赤くなり、しどろもどろになるサクラ。
周囲からは何とも生温かい視線が流れて来るようになった。
人によっては「うんうん」と頷いたり、「妬みで人が殺せたらっ!」と嫉妬神(誤字にあらず)を爆発させている者も。
総じて暗部の独身者たちの見解は「サスケ氏ね」と言う事であろうか。
万一にも木の葉隠れの里にサスケが戻って来た時の修羅場が楽し…ゲフンゲフン。
…蛇足ではあるが、これより暗部の男性陣の中でシズネに対するアプローチが激増、自分への好意に鈍感な彼女の代わりに綱手にその事が知れ、主に白兵戦的な修羅場が繰り広げられる事になるのはもうしばらく後の話。
閑話休題。
硬直が解けたサクラ、彼女は香燐を見つつ、
「何が言いたい訳?」
そう尋ねた。
「ウチは協力者が欲しい。
サスケを助ける為に」
香燐はサクラの眼を見ながらそう言った。
サクラの顔つきが変わる。
夢見る乙女から戦士の顔へと。
「どういう事、サスケ君を助けるって?」
サクラの問いに、香燐は言った。
「サスケは、トビによって幻術を掛けられている」と。
イビキは彼女達の会話に口を挟む事にした。
さすがに今の香燐の台詞は聞き逃せない。
「それはどういう事かね?」
ぬっと強面乃イブキの顔が近付いてきたため、香燐は仰け反った。
「うぁわぁっ!?
おっさん! いきなりおっかない顔だすんじゃねえよ!」
香燐の言葉に、内心かなり傷付いたイビキ。
それを表情に出さず、イビキは改めて香燐に尋ねた。
「うちはマダラを名乗る奴、あいつがうちはサスケに幻術を掛けている、となぜ言えるんだ?」
香燐は気を取り直し、話し始めた。
「それは…」
香燐から聞いた内容、それは本当に聞き逃せないものであった。
「ふむ、5代目とサスケの戦い、その後の人格の豹変、か…」
確かに、一言二言でとは言え、キーワードが設定されているのであればそう言う事もあるだろう。
こと、マダラを名乗る男は間違いなく写輪眼を持っている。
うちはの写輪眼は「幻術眼」と呼ばれる瞳術を使用することが可能だ。
相手の眼を見ただけで発動させることが出来る幻術。
それが幻術を使う者にとってどれだけの羨望を集める事か。
そして敵にとってどれだけ恐ろしいものか。
しかし、
「正直に言えば、信じ難い」
それがイビキの感想だ。
なにせ相手が幻術眼を持っていようとも、サスケもまたうちはなのである。
しかも写輪眼の上位バージョンである万華鏡写輪眼の持ち主だ。
それが香燐の話に出てくるような深い幻術に掛かるとは思えないのだ。
拷問尋問の
もしサスケが幻術、もしくは薬品やその他の技術を使って洗脳されているとしたら、よほど周到に計画され、時間を掛けて仕込みをしなければならない筈、それこそ年単位で。
「サスケは普段どうしていたのか?」
イビキはそれを香燐に尋ねた。
サクラは香燐の話を聞いて得心した。
サクラがあったサスケ、彼はあまりにも
まるで3年前の精神状態から変わっていないようだ。
…あり得ない。
サスケは2年以上大蛇丸のもとで修業をしてきた。
かなり過酷なものであっただろう。
ならば、良くも悪くも変化がある筈。
それについてはサクラの弟分でもある茶釜ブンブクからの証言でも明らかだ。
しかし、ナルトと共に、サスケと再会した時、サスケは変わっていなかった。
ひたすら復讐を求めるサスケに、サクラは涙した。
だが、その前までのサスケに関してはブンブクが大蛇丸から聞いた限りにおいては順調に強くなり、そしてそれにつれて考え方も変わってきていた筈だった。
一度サスケがリセットされたように変わってから、ブンブクが音隠れに潜入し、そして色々いじり回した結果、サスケはさらに成長、そしてやはり考えが変わってきている。
確かにサスケは人間的にも成長している筈なのだ。
しかし、何かのきっかけでリセットボタンが入る様にサスケは復讐鬼に戻る。
復讐すべき相手であったうちはイタチを仕留めて後、復讐心は志村ダンゾウ、そして。
「木の葉隠れの里に向かっている、と」
そしてその元凶が、
「あのぐるぐる仮面、うちはマダラを名乗るあいつがウチらの敵だ」
そう、香燐は宣言した。
彼女は言った。
「ウチらの敵」と。
それはつまり、
「忍連合軍側で戦う、そして、サスケ君を洗脳状態から解き放つ、アナタはそう言っているのね」
サクラは香燐に尋ねた。
香燐は、
「ウチは『鷹』として、サスケのチームとしてサスケを解き放つ。
その為ならばアンタ達とも手を組む。
ウチは自分で言うのもなんだけど、かなり優秀な感知型の忍だ。
こういうでかい戦いには1人でも居た方が良い筈。
それに、敵にサスケが操られてるとしたら、あいつの戦い方を熟知しているウチらが居た方が絶対に有利だよ」
ここぞとばかりに自分を売り込みにかかかる。
下手をすれば「鷹」に所属していたというだけで首が飛びかねない状態だ。
別にそれでも構わない、しかし、サスケをほおっておく事だけは出来ない、その一念でだけで香燐はそれほど得手ではない交渉を行っていた。
サクラはしばし考えて、
「まずは上に話を通してみるわ。
そこで駄目ならこの話はお終い。
良い?」
そう言った。
まあそんなものだろう。
後は運を天に任せるしかない。
香燐はひょいと肩を竦めた。
そしてその翌日、香燐とサクラはがっちりと手を握った。
香燐とサクラ、そして
「サスケ君を助け隊」
が秘密裏に結成される事になるのである。
なお、この事がブンブクに漏れ、「…何かネーミングがダサい」といういらない一言が放たれる事になり、半日ほど般若の集団がブンブクを追いかける事になるのだが、またそれは別の話。
教訓・口は災いの元。
里を揺るがす驚愕の事実、もしくは森乃イビキの驚愕
サクラ達が「サスケ君を助け隊」を結成した日、森乃イビキは久し振りに一杯引っ掛けようと赤提灯の並ぶ飲み屋街に来ていた。
行きつけの店も、ここしばらくの忙しさでとんと御無沙汰であった。
かつては友人達とくぐろうと約束し、結局できなかった事。
死んだ同僚のために1人で飲んだ事。
イビキはあまり同年代との付き合いがない。
なかった訳ではない。
だが、親しかった者達は皆若くして死んでしまった。
そう言う時代だった。
同世代である現火影代行のはたけカカシや猿飛アスマなどとは、付き合いが出たのがイビキが人の心の機微を読む事に長けていたが為に拷問尋問班に所属してからである。
彼らとは結局ビジネスライクな付き合いしか出来なかった。
イビキら拷問尋問班は、「根」とは違う意味で後ろ暗いイメージが付きまとう。
情報を敵から仕入れる為にあらゆる手段を使う彼らは、木の葉隠れの里の忍達からも胡乱気な目で見られる事が多いのだ。
通称「覗き屋」「サディスト」「洗脳屋」などとも呼ばれる彼らは「戦う」事をしない。
直接的な戦力ではないという意味合いだが、それが現場の者からすれば「後方支援しか出来ないくせに」となるのだ。
無論、実力のある者達、カカシやアスマ、マイト・ガイなどは拷問尋問班の任務がどれだけ重要で、
彼らからは正当な評価を受ける任務だが、全てがそれを理解している訳でもない。
そう言った、偏見を持った者達からの視線はなかなかにきついものだ。
しかも、イビキは強面だ。
顔や体に刻まれたあらゆる傷が、イビキの壮絶な生き様を示していた。
その為か、イビキは仕事以外の付き合いをあまりしない。
自分が輪の中にいるだけで周囲から危険な集団だ、怖い人達だと友人達が後ろ指を刺される羽目になる、それを考慮しての事であった。
とは言え、親しいものが全くいないと言うわけでもない。
同世代にもまだし達い者達は生きているし、最近は年の若い者たちとも飲みに行く事もある。
その内に、ナルト達の世代とも飲んでみたいものだ、そうイビキは考える。
その為にも此度の「第4次忍界大戦」は何とかしなければならない。
その為に出来ることをするつもりはある。
とは言え…。
イビキは目的の店の前を考え込みながら通り過ぎた。
己の考えに熱中してしまっていた。
うちはサスケ、についてである。
彼が幻術による洗脳を受けているとしたら、相当前からであろう。
木の葉隠れの里にいる間は難しい。
さすがによほどの手練れ、それこそ大蛇丸クラスでなければ「最後のうちは」という里の重要人物であるサスケに接触するのは難しい。
故に、洗脳を受けたならその後、サスケが木の葉隠れの里を抜けた後、と言う事なのだろうが、それも考えづらい。
イビキ達拷問尋問班は様々な情報を扱う。
その為には通常の忍達より更に一段深い情報を与えられているのだ。
その事が周囲との格差を広げる事になっているのだが、それは任務上致し方の無い事である。
その情報はあの子狸、ブンブクからもたらされている。
彼の情報より、サスケを洗脳するには大蛇丸の目を盗み、高度な洗脳を施す必要がある、と言う結論をイビキが出さざるを得なかった。
つまりは不可能だ。
大蛇丸が行った洗脳処置を、マダラを名乗るものが流用している、と言う可能性も無きにしも非ず。
ただし、大蛇丸が人に利用される様な処置をサスケに施しているとも思えない。
その場合、マダラを名乗る人物は「出会って数時間のサスケに対し、施されている筈の大蛇丸の処置を解析して自分が使えるように書き換えた」と言う事になる訳だ。
本当に奴がうちはマダラだったとしても不可能だろう。
うちはマダラ。
伝説の忍である。
神とも呼ばれた初代火影・千手柱間と互角に戦った怪物。
しかし、それだけにその戦い方は忍とは思えない力押しだ。
圧倒的な力を持つ者は、小手先の技術など必要ない、それを体現していた人物。
その力は、小細工を必要としない、そして、今サスケに施されている術はまぎれもなく小細工。
マダラならばその圧倒的な瞳術でサスケをねじ伏せようとするだろう。
そこにサスケの意志は必要ない。
故に、「鷹」の面々がサスケに従う事もなかった筈だ。
一見利害関係で結ばれているように見えて、「鷹」はサスケと言うカリスマに従う集団であった。
幻術眼でサスケを抑え込むならば、そのカリスマは発揮されまい。
そこにはサスケの意志がなく、マダラの意志が働くからだ。
サスケがその交渉技術をもって「鷹」の面々を口説き落としていた、と言うのなら状況は違う。
その技術をマダラはサスケを通して使えるからだ。
しかし、サスケが行ったのは言ってしまえば「天然のカリスマ」である。
サスケの支配者としての度量が香燐、鬼灯水月、天秤の重吾、そして名張の四貫目を捕えた。
マダラには出来ないことだ。
ただ強いだけであったうちはマダラには。
ならばどこでだ?
そう考えてイビキは恐ろしい事に気付いた。
うちは一族が存在していた頃ならどうか。
もしかしたらマダラの賛同者がまだいたかもしれない。
そう言った連中がマダラを引き込んだとしたら。
「まさか、そう言う事なのか…」
いや、情報が少なすぎる。
推測、憶測、邪推で動くのは自分たちの流儀ではない。
しかし、
「マダラの洗脳故に、うちはが暴走したとしたら…」
余りにも壮大な空想だ。
そもそも調査のしようがない。
すでにうちはサスケのみになっているのだから。
そこまで考えて、イビキはお目当ての飲み屋を通り過ぎていた事に気付いた。
「いかんな…、気分を変えなければ…」
拷問尋問班の皆に、イビキはいつも言っている。
仕事と私事を分けろ、と。
でなければ潰れる、と。
常々そう言っている自分が私事と仕事を混同してどうする。
苦笑いをしながらイビキは飲み屋に戻っていった。
少々手間取ってしまったが、まずは酒で憂さを晴らそうか、と、イビキがさて暖簾をくぐろうとした時だ。
「あ~、何とか間に合ったみたいだね。
ちょっと待ってくれ、イビキ」
そう声を掛けて来る者がいた。
はたけカカシである。
本来なら火影の執政室で忙しくしているであろう彼が、イビキを待っていた。
イビキは火影の執政室へと連れて来られた。
事情を聞いたとしても、「ま、来れば分かるから」の一点張り。
そしてカカシと共に、執政室に入ったイビキを幾つもの目が迎えた。
「お疲れ様です、イビキさん」
そう言うのは現火影・千手綱手の秘書であり、超一流の医療忍者でもあるシズネ。
暗部の独身男性の中では「お嫁さんにしたいくノ一ナンバーワン」、不動の一位だ。
「よく来てくれた、助かるよ」
そう言うのは山中一族の長である山中いのいち。
山中一族の秘伝忍術である「心転身の術」をはじめとした精神感応系の術の達人だ。
イビキの同僚にも山中一族の者が何人もいる。
「…」
なにも言わずに腕を組んでいるのは油女一族のトルネ。
志村ダンゾウ無き今、地下組織である「根」の実質的な統率者の1人だ。
「彼で最後ね」
既に引退した筈のくノ一である、夕日紅、いや今は猿飛紅である彼女。
未だ写輪眼などを除けば里随一と言われる幻術使いである。
「そうですね」
のほほんと言っているのは茶釜ブンブク。
トルネと同じく、「根」の構成員であり、年若いながらも忍五大里に独自のネットワークを持つ曲者だ。
まあ、それ以上に彼曰く、「準省エネモード」が特徴となっている。
こと、風の国では彼の茶釜狸の人形やキーホルダーストラップまで作られているとか。
この前知人が買って来てくれたものを、イビキは実の所愛用していたりする。
ブンブクに見せたらどういう反応をするか楽しみにしていたり。
そして最後の1人。
イビキには見覚えのない男だ。
イビキよりは若干年下だろうか。
平凡、と言うには整った顔立ち。
しかし、里の人間としては微妙に作りが違う、と言うところか。
木の葉隠れの里の他にも、火の国の中には小さな忍里が幾つもある。
その中の1つの出だろうか。
イビキがそう考えていると、
「は~い、んじゃ始めるとしようかぁ」
非常に気の抜ける声で、カカシがそう言った。
ここにイビキらが集められた理由。
それは。
「うちは一族に丸ごと幻術による洗脳が仕掛けられている可能性」
についてであった。
「それほど心配する必要はないのでは?
気の毒な話ですけどうちは一族はその、壊滅してしまいましたし…」
シズネがそう言った。
しかし、
「いや、そうもいかないのよ」
嫌そうに、本当に嫌そうにカカシがそうぼやいた。
ただでさえ、火影代行の仕事は重いというのに、これでは…。
「カカシ様、『いちゃパラ』読みたかったら仕事してくださいね」
シズネがそう言う。
完全に釘を刺されていた。
大きくため息をつき、お仕事を続けるカカシ。
「確かにうちはは壊滅したけどさ、うちは一族の子達はまだいるのよ」
それにイビキは眉をひそめた、眉はないが。
つまりはうちはから外に出た少数の者がいる、と言う事。
うちはの中でも出来そこないと呼ばれ、うちは一族の血の薄い存在がいる。
彼らは全体的に忍としての能力も低い、そう言う存在はそもそもどれだけ苦しめたとしても「写輪眼」を開眼しなかった。
それは大蛇丸が里にて行った非道な実験結果からも読み取ることが出来る。
その為、うちは一族も、木の葉隠れの里の忍達も一部を除き彼らと積極的に関わろうとはしなかった。
全くの一般人として扱われていたのである。
何かの拍子に写輪眼に目覚めるかもしれない、という理由で監視は付けられている事もあるが、ほとんどの者は三世代目、つまりはうちはの血が1/4であり、まず写輪眼に目覚める事はないだろう、と言うのが忍術の研究家であった大蛇丸、そして3代目火影・猿飛ヒルゼンの見解であった。
とはいえ、うちははうちは。
戦闘能力がないとは言え、うちはマダラが何らかの処置をしている可能性は否定できなかった。
その為に、「彼らにうちはマダラが細工をしていない」という悪魔の照明をしなければならないのである。
マダラを名乗るものとの戦いには木の葉隠れの里の大半の戦力をつぎ込む事になるだろう。
後を任せるのは準忍者資格の者達。
彼らがいるおかげで木の葉隠れの里は本来防衛戦力として見なければならない下忍をも大量に戦力としてつぎ込むことが出来る。
しかし、どうしても準忍者資格の者は戦力としては不安である。
できるだけ里の安全を確保する為には、不安材料を排除しておかなければならないのだ。
「なるほど。
戦闘能力がないとはいえ、火付けや流言などは馬鹿に出来ませんからね」
イビキは諜報を扱う尋問拷問班らしい見解を述べた。
しかし、ここにいる人数だけでそれを行うのはかなりの負担になる。
「せめてここにうちはの者が1人でもいれば、彼に施された処置を元にして調査が出来るのですがね…」
そう呟いたイビキに、見慣れない青年が声を掛けてきた。
「あの、うちはがいれば良い、とおっしゃいましたね?」
「ああ、そのものを調査すれば、どういった術が掛けられているか、大体分かるだろうからな。
そこから似たような痕跡を探していけばいいんだが…」
イビキがそう言うと、
「ならば、オレが検体になりましょう」
彼はそう言った。
「は?」
何を言っているんだこいつは、と言う顔をしてイビキが青年の顔を見た時、
「な!」
イビキは驚愕した。
なぜならば。
その青年の眼、それは…。
「写輪眼、だと…!」
彼の眼に浮かんだ文様、それはまさしくうちは一族の写輪眼であった。
なんでこう渋い人を書くときは筆が進むんでしょうか。
ちなみにクシナさん関係のあたりはねつ造です。