気がつけばお気に入りも2000を超えました。
ありがとうございます。
これからも「狐狸忍法帖」をよろしくお願い致します。
…終わってしまった。
これは、僕の失策なのだろう。
僕はいつもそうだ。
最も大事な所でなにも出来ない。
だからと言って。
歩みを止めるつもりも、止められもしない。
完全に手の上で踊らされた。
トビは新しい仮面の下で苦々しく顔を顰めていた。
眼の前には右の腕とその付け根を大きく損壊したダンゾウの死体。
どことなく満足げな笑みを浮かべているようにも見えるその厳めしい顔を睨みつけ、蹴飛ばそうとしたトビの耳に、
「おい! しっかりしろ香燐っ!」
そう言うサスケの声が聞こえてくる。
非常にまずい傾向だ。
折角己の闇のみを見つめるよう、他のものに眼を向けぬよう念入りに誘導していたというのに。
仕方ない。
トビはダンゾウの死体を放置し、サスケに向けて歩き始めた。
香燐は死に瀕し、しかして幸福だった。
「おい! 香燐、香燐、しっかりしろ!
死ぬな!」
サスケが必死に香燐に呼び掛ける、その声をいつまでも聞いていたかった。
この幸福の中で死ねるなら、生きてきた甲斐がある、そう思ってしまうほどに。
香燐は今は無き「渦潮隠れの里」の一族に生まれた。
彼女が生まれた時、既に渦潮隠れの里はなく、草隠れの里に間借りする形で生活していた事をおぼろげながら覚えている。
よそ者として扱われ、決して評価されない日々。
その中で唯一の肉親だった母も力を吸い取られて死んでいった。
そこも襲撃に遭い、唯一生き残った彼女を拾い上げたのが大蛇丸。
彼は香燐にとって救いの神でもあった。
彼女の血族は己のチャクラを相手に与える能力があり、その力ゆえに全ての力を使い果たして死んでいくことが多かった。
戦いばかりのこの世ならさもあらん。
香燐の能力に眼を付けた大蛇丸。
しかしそれは「チャクラや体力の供給源」として、ではなく、あくまで研究対象としてのそれである。
そしてその性質上必要以上にきつい実験などは行われず、香燐がその能力で回復をする事で彼女の評価は上がった。
音隠れの里に有用な人物は重用する、大蛇丸のその方針はズタズタだった香燐の心を癒し、1人の人間として確立させた。
大蛇丸にとってはなんの事はない事であっただろう、しかし、大蛇丸は研究者であり同時に革新者でもあった。
彼は旧態依然とした忍界のあり方に疑問ではなく、反抗を以って喰らいつく者であり、そのやり方が非人道的であるにしても、同時に同志にとってはこれ以上ない心強い存在でもある。
そして香燐はその旧態依然とした一族主義、村意識の犠牲者でもあった。
古い社会構成の犠牲者であった香燐が「革新をする者、古い秩序を破壊する者」である大蛇丸の下に付いたのは運命とも言えよう。
そして彼女は出会った。
かつて気まぐれにせよ己を初めて助けてくれた忍、うちはサスケに。
かつてサスケが中忍試験に挑んでいた時、草隠れの里から香燐も参加していた。
最も彼女に期待されていたのは第一試験におけるペーパーテストのカンニング要員としてである。
草隠れの下忍達は己の実力も顧みず、香燐がいればその腕を示す二次試験に進めると考えていたようだ。
二次試験、サバイバル試験において碌に修行をさせてもらえず、素人に毛の生えた程度の実力だった香燐は他の者に合格の為に奪い合う巻物を預けられ、ただ隠れていろと指示されていた。
しかし、サバイバル試験の行われていた演習場は危険、というにも生ぬるい巨大生物のいる区域でもあった。
人間など一口で平らげそうなクマに襲われた香燐は絶体絶命。
そこにさっそうと現れたのがサスケであった。
熊を一撃で倒したサスケ。
まあもっとも、サスケにとっては香燐の持っていた巻物が目当てであり、また体術の試し撃ちという側面もあったようだ。
とは言え、巨大なクマを叩きのめして意気が上がり、普段の無表情にほんの少しだけ自慢げな表情の浮かんだサスケの顔、それを見た時、香燐の心にポッと灯が着いた。
それが今考えてみれば彼女の「初恋」であったのだろう。
それを恋、と言ってしまっていいのかという疑問もあるが、彼女にとってその感情は何よりも大事なものとなっていた。
大蛇丸とサスケを比べるならサスケを取るほどには。
彼女にとってサスケは己よりも大切なものであった。
故に、サスケを害するものは絶対に許さない。
敵は、うちはマダラを名乗る、こいつだ。
先ほどまで自分に声を掛けてくれていたサスケ、しかし。
「サスケ、1つ忠告しておく」
マダラがそう言う。
サスケは、先ほどまでの取り乱し様が嘘のように感情の見えない眼をしていた。
「あの女…、
ちゃんと止めを刺しておけ。
我らの事を知りすぎている」
マダラは首をゴキゴキと鳴らしながらそう言った。
サスケはその言葉に、
「…いつオレがお前の仲間になった」
そうぼそりと呟くように言った。
全く感情の籠らない声で。
そう言う事か。
香燐は今までのサスケの行動、その異様さに気付いていた。
サスケの行動には矛盾が多い。
己1人でイタチを倒す、木の葉を潰すと言いながら、五影会談まで香燐達を使い潰しはしなかった。
こと、香燐は他の3人に比べ未熟であり、彼女は旅の間名張の四貫目に師事する事で己の技術を少しづつ磨いている状態であった。
香燐がサスケの役に立てた、と思っているのは「暁」との盟約で「八尾の人柱力」と戦った時が最初である。
それまでの香燐は下忍以上中忍未満の、回復能力だけが取り柄の半端者であったと思っている。
その自分を引き連れてサスケは旅をしていた。
足手まといといえば体力の無い鬼灯水月、人の多い所で暴走しそうになる天秤の重吾もそうだろう。
これだけの足手まといを抱えて、本来1人で戦う筈のうちはイタチを追うのはむしろサスケの負担だった筈だ。
途中から熟練の忍である名張の四貫目が加入してくれたお陰でなんとかチームの体は成していたのだが、実際の所、八尾の人柱力であるキラー・ビー以外の戦いではサスケと相手との一騎打ちでしかなく、香燐達の出番というのはその露払い程度でしかない。
また、殺した方が情報漏えいが抑えられるという状態にもかかわらず相手を傷付ける事無く気絶させるだけに留めたり、逆に速やかに隠れた方が都合が良いにも関わらずわざわざ戦いを仕掛け、派手に相手を殺そうとしたりという事もあった。
そして今のやり取り。
今まで取り乱して香燐に声を掛けていたサスケが、マダラを眼を合わせた瞬間、ふっと今までの動揺が消え、元の「闇を見る」サスケに戻ってしまっていた。
これは幻術、そう香燐は予想していた。
それも昨日今日掛けられたものではない。
それこそ何年にも渡って周到に仕掛けられたものであろう。
そうでなければ幻術をも得意とするサスケが気付かない筈がない。
サスケが気付かずともサスケの事をそれとなく探っていた、幻術の専門家でもあったうちはイタチが気付かない訳が無いのだ。
ならばいつだ?
大蛇丸の所に居た時にはあり得ない。
大蛇丸はサスケを「次代の自分の器」として健全に育成していた筈だ。
ならばその前か。
この「うちはマダラ」が本物であれば、「木の葉隠れの里を追放される前」から仕込んでいたと考えるのが妥当か。
ならばうちは一族全てに幻術のキーが仕込んであるとでも言うのか。
そうだとすれば何とも長大であり、壮大な計画だろうか。
もしかしたら本当にこの計画の黒幕は「うちはマダラ」なのかもしれない。
眼の前に居るうちはマダラを名乗る者は先ほど志村ダンゾウによって否定されていた。
忍によっては顔の構造そのものを変えるような術を使う者もある。
故に、一概に彼がマダラではない、という事は出来ないが、熟練の忍であるダンゾウの判断が間違っているとも思えない。
彼がマダラでないとしたら一体誰か。
うちは一族全てに幻術が仕掛けられていたとしたなら、マダラが死んだ後に誰かがマダラの後継となるべく動く様な幻術が仕掛けられていたとしたら。
どれだけ強大な術なのか。
それを香燐がどうこう出来るのか。
だからと言って香燐が諦める事はない。
既に指一本動かすことが出来ないとしても、それでも、だ。
今サスケは術に抗っている。
香燐を殺そうと練られる雷遁のチャクラ。
それが溜まる右の腕がいつもよりも大きく震えている。
それだけの力が練られているのならば、香燐など簡単に殺せるだろうに。
そもそも、香燐の首を踏みつけるだけで、あっさり香燐の首は折れる。
そうしないのは、サスケが心の奥底で躊躇しているからだ、そう香燐は判断していた。
信じていた、ではない、判断していた、である。
彼女は感知型の忍として、自分が集積した情報を解析する技術、思考を四貫目より鍛えられてきた。
その能力が彼女にサスケの状態を知らしめていた。
香燐はサスケの秘密に、そしてこの事態の秘密に最も近づいた存在となっていた。
トビは、ダンゾウの死体を回収するべく後ろを向いた。
サスケはこれで良い筈だ。
香燐に自ら止めを刺す事で、彼はさらに
これでまた同志となる事に一歩近づいたのだ。
トビはダンゾウに歩み寄った。
ダンゾウの右目は無残に潰れている。
しかし、その死体には柱間細胞が埋め込まれ、潰れている右目にも何らかの処置が施されていたのだから、解析すればなにがしかの成果があるやもしれない。
そう考え、彼を回収しようと手を伸ばした時だ。
ぞくっ…!
瞳術「神威」を発動しようとしてトビの背に悪寒が走った。
術の行使を慌てて止めたトビ、その行動は正解であっただろう。
ダンゾウの前に立つ者、いや、這いつくばる者が1人。
「擬獣忍法・四脚の術」を以ってダンゾウの前に瞬身を行った仮面の少年、茶釜ブンブクである。
手には寸鉄、彼の使い慣れた暗器がある。
「…このマダラの前に立つか、未熟な慮外者が」
怒りを込めて睨みつけるトビ。
トビはその時、ブンブクの仮面からのぞく眼に侮りの感情が見えた気がした。
先ほどのダンゾウの言葉を受け、ブンブクはトビがうちはマダラではないことを確信している、それ故か。
これはブンブクの小細工。
トビはそれに乗ってしまった。
怒りのままに襲いかかろうとして、
「サスケくん!」
その声に、一瞬意識を持っていかれた。
普段のトビならばありえない失策。
その一瞬で、
「くっ! 逃げたかっ!?」
ブンブクはダンゾウの死体を封印術の巻物にしまいこみ、そして四脚の術を以って遁走した。
どちらを優先するか。
今、サスケは完全にトビの手中にある。
ならば放っておいても問題はない、はずだ。
「サスケ、後ほどまた会おう」
トビはそう言うと、ブンブクの後を追いかけ始めた。
僕、遁走。
ダンゾウさまを抱えて、森の中に逃げ込みました。
ま、向こうは木とかそういった障害物を無視して移動できるみたいなんで結構簡単に追いつかれるとは思いますが。
とは言え、向こうさんがどうやらこちらとは位相が違う空間、言ってしまえば異空間に光学的な部分以外を置いている様子。
移動そのものの速度はそんなに変わらないみたいだし、岩の中に沈みこんだりするのも「位相の違う空間」の中の地形によるもので、向こうさんが飛行しているとか空間に浮いているのとかではない様子。
ならば定期的に「向こうとこちらの空間を繋げ直す」必要がある。
そうしないと向こうの空間の地形が邪魔する事によって僕を捕えたり殺したりできなくなる可能性がある訳で。
そして出入りするのであれば、僕の中の「何か」が干渉して大きな損傷を受ける可能性、というのを考えなければならない筈。
下手な動きは出来なくなるだろう。
実際、向こうさん、ええっとうちはマダラさんではない、と仮定してぐるぐるさん、は僕から見て一見かなり無駄な動きをしているように見える。
だから推測はかなり的を得ている筈だ。
と、まあどうしても技量的に追いつかれるのは当然なんだけれども。
その間にいくつかの仕掛けをしておかないとね。
「…やっと追い付いたぞ。
さあ、ダンゾウの死体を寄こしてもらおうか」
そう言うぐるぐるさん。
御冗談を。
「ここでなら僕の方が有利なんですから」
誰が引いてやるものかよ!
ぐるぐるさんが踏み込んでくる前に、僕の方から「四脚の術」で一気に間合いを詰めます。
そうする事で、
「! 木の枝が…」
そう、僕の居た木立の間に出来た空間、そこに相手を踏みこませず間合いを詰めたおかげでぐるぐるさんの周囲には木の枝が幾つもつきだしています。
そしてぐるぐるさんは僕の「何か」と術が干渉することを恐れて例の「透過する術」を使えません。
つまりは、
「あなたの一番得意な術を封じることが出来るって訳です!」
そう言いながら僕は寸鉄でぐるぐるさんに殴りかかります。
僕の持つ寸鉄は、握りこむと人差し指、小指の所からほんの少し鉄の棒の頭が出るように作ってあります。
で、変則のT字型をしているこれは握りこんだ中指と薬指からもほんの少し鉄の刺が飛び出すようになっているんです。
だから。
左のフック気味に殴りかかったのを回避されたとしても、
「その程度では…、なにっ!?」
すぐにバックスイング気味にスイッチして腕を振り回せば、小指側に突き出ている寸鉄が当たる訳です!
その攻撃はぐるぐるさんの左の前腕に当たり、
「ぐっ…」
丁度筋肉と筋肉の付け根に食い込んでくれました。
その部分は筋肉が薄く、骨に直接打撃が響きます。
今、腕が左しかないぐるぐるさんは今の当たりで攻撃手段が非常に制限される事になった筈。
これで、そう思った時です。
!
僕は首を捻りました。
やっぱりそうか…。
「ふん、やはり読んでいたか。
ぐるぐるさんがそう言い捨てます。
…ぐるぐるさんが失った筈の、右の腕で殴りかかってきていました。
生えたのか、生やしたのか。
やっぱり。
「柱間細胞、ですか…」
ダンゾウさまも移植していた柱間細胞、それをぐるぐるさんも移植していたのです。
気付いたのはダンゾウさまの一撃でぐるぐるさんの面が割れた時です。
左手で顔を隠していたものの、ある程度は見えていた訳で。
で、その顔の右半身、そちらの方の皮膚の質感がダンゾウさまの右腕と非常に似ていたのです。
もしかしたら、そう考えて警戒しておいて正解だったようです。
「そうだ、貴様の同僚がやったのも無駄だったな」
そう嘲笑するぐるぐるさん。
でもね。
「隙あり!」
伸びきった右腕を僕は掴み、ついでに右足を払って、
「肩固め!」
地面にぐるぐるさんを引き倒しつつ、彼の肩を関節技で抑えに入りました。
「!」
やっぱり当たりだ!
本来であれば異空間に逃げ込む事で捕まった状態を解除できるんだろう。
しかし、僕が近くに居ると術が暴発する可能性がある、その危険を冒せない以上、体術などで対応しなければならないのだけれど。
この人は多分だが何らかの都合で対人戦闘の経験が少ない。
技術は研鑽していたようだけど、それは「透過する術」込みでだ。
こういう「一芸特化」型の忍はその術を破られた時大きく弱体化する。
故に、僕程度の相手でもそれなりに、
「ぬぅっ! なめるなあぁっ!」
いけないな、ちょっと甘く見過ぎた。
どうも調子に乗ると失敗するんだよね、僕は。
ごきり! という音と共に肩の関節を外したぐるぐるさんはそのまま体を振り回し、体格に劣る僕を弾き飛ばしました。
そうして大きく飛び退り、距離を取ろうとするぐるぐるさん、しかし。
「くっ! 『影舞葉』かっ!?」
その通り!
距離を取られては僕に勝ち目はない。
影舞葉でべったりとへばりついていないとどんな術を使われるか分かったもんじゃない。
「ふっざける…なあぁっ!!」
ついに激怒したぐるぐるさんは、凄まじいラッシュで僕を追いこもうとする。
確かに強い。
だが。
「さすがに単調ですよ…っと!」
彼の攻撃は忍らしく一撃必殺、フェイントはあるものの、柔拳やその他のベテランほど「回避の難しい攻撃」を行ってくる訳でもない。
体術メインの飛段さんやうちは兄ちゃん程の切れはない、つまりは。
「くっ!」
その攻撃の切れ目に僕の攻撃を捻じ込むのはそう難しい事じゃない!
右の二の腕の内側、筋肉の薄い場所に寸鉄を叩き込もうとして、
ガキン!
なに!?
僕の寸鉄はそこに浮かんだ「口」の歯によって止められました。
にやりと嗤った口。
そう言えばダンゾウさまの右の肩口にも人の顔が浮かんでいましたが…。
それに気を取られた時、
「もらった!」
ぐるぐるさんの拳が僕に迫り…。
ぼすっ。
奇妙な音と共に、人形の体にめり込みました。
山中フー、油女トルネはダンゾウの死体を確保したブンブクを追っていた。
フーとトルネはブンブクに比べればダメージは少なかった。
しかし、「異空間」に転移させられ、更にその世界から「吐き出され」た際、気構えがなかった所為か、地面に叩きつけられ、2人ともしばらくは身動きが取れないほどの衝撃を受けてしまった。
その為に師であるダンゾウの危機に際しその戦いに介入できず、むざむざと死なせてしまった。
やっと動けるようになったかと思えば、ダンゾウの死体をブンブクが確保、遁走するブンブクをマダラを名乗る男が追って行った。
これ以上の失態を晒してなるものか、とフーとトルネはブンブクを追っていった。
追いついてみると丁度ブンブクと仮面の男が戦っている真っ最中。
そこに乱入しようとするトルネをフーは制した。
「なぜだ?」
そう問うトルネに、フーはブンブクの背を指差した。
そこには。
「…なるほど」
そしてフーとトルネは戦闘をじっと観察した。
最も効果的な所に介入する為に。
そしてその時がやって来た。
ブンブクの攻撃を制した仮面の男がブンブクに一撃を入れようとするその時。
「今だっ! 傀儡よ!」
フーが命じた時、ブンブクの背中に張り付いていたモノが動き出した。
藁と草刈鎌、小さな鍬の手足を持った藁の人形、それが命を得たかのように動き出し、
そして仮面の男の攻撃を受け止めた。
そして。
ぐらり。
フーが倒れ込むのをトルネが支えた。
ブンブクも攻撃を止め、フウっと一息、そして。
「フーさん、トルネさん、遅いです」
そう疲れ切った顔で言った。
トビは己が動けなくなっている事に気付いた。
いや、目の前には自分がいる。
“これは! …そうか山中の!”
山中一族の「心転身の術」。
自分の精神エネルギーを丸ごと放出し相手の精神に入り込み体を乗っ取る術である心転身の術にはいくつかのバリエーションが存在する。
今フーが使ったのはその1つで、「心転傀儡呪印の術」という。
霧隠れの青にも使った術で、藁人形の傀儡を使い、その人形を攻撃した者に術を仕掛ける呪印型の心転身の術である。
その際に被術者は藁人形に精神を移される。
トビが見ているのはその藁人形から見た自分だ。
“くそっ! やられたか…”
トビは歯噛みをしながら身動きの取れない状態でそれを見ていた。
トルネはフーを背負いながらブンブク達に近付いていった。
ブンブクはトルネ達を見るとほっとしたように相好を崩した。
「さすがに僕1人じゃここまでが限界ですよ。
この人、うちはマダラ、ってほどじゃないけど間違いなく手練れですから」
「まあお前にしては良くやった方だろう…。
さて、ここで確実に仕留めておくか」
そう言って、トルネはブンブクにフーを任せた。
トルネは「
それの巣食う手でトビに触れればそれで終わりだ。
しかし、
「油断するな!
こ奴、掌握しきれない!」
仮面の男の声帯を通じて、その体を掌握している筈のフーからそう警告が飛ぶ。
「なに!? それはどういう…」
そう言ったトルネ。
その言葉の直後、
ゴッ!!
フーに掌握されている筈の仮面の男の右腕、それが身体の限界や関節の作りを無視した動きでブンブクに襲いかかった!!
すっかり油断していたブンブクはフーの体ごとトルネの方へと突き飛ばされた。
その衝撃で術が解け、身体の自由を取り戻したトビ。
彼は印を組み、少しだけ仮面をずらして口元を現した。
「うわやばっ!?」
ブンブクが体勢の整わないフーとトルネを庇うべく八畳風呂敷を広げ、そして。
「喰らえ、『火遁・豪火球の術』!!」
周囲の木々を炎が舐め上げた。
燃え上がる周囲。
巨大な火球、豪火球の術が直撃したのだ。
これで生きているものはいるまい。
しかし、トビはそう慢心しなかった。
「助かったぞ、
…奴らは生きているだろう、ここは逃げの一手だ」
彼はそう呟くとズズッと異空間に入りこんでいった。
炎が消えて暫し。
地面がぼこりと盛り上がり、そこから。
「ふぃぃ~っ、死ぬかと思った…」
「まあ良くやった」
「…油断は禁物だがな」
ブンブク、フー、トルネが立ちあがった。
ブンブクは八畳風呂敷にチャクラを流し、強度を上げる事で何とか攻撃を弾いたのである。
最も完全には防げなかったようで、3人の体からは焦げ臭さが漂ってくる。
「…何とか、生き延びた、な」
ぼつりとトルネが呟いた。
3人の間に沈黙が広がる。
くやしい。
それが3人の共通の認識だった。
守らねばならぬ人を守り切れなかった。
ダンゾウから見れば、彼らをこそ守らねばならぬ者、と見ていたであろうから、ダンゾウにとっては成功なのであろう。
実際、ダンゾウはブンブクが手を出そうとする度にサスケに見えぬような位置でブンブクの動きを止めていたのだから。
しかし、ブンブク達からしたらダンゾウこそが「守りたかったもの」である。
彼らにとって厳しい師であった。
しかし、同時にそれは忍の世界では「愛」ともなる。
生き延びるのにはその際を伸ばす必要があり、甘やかすだけでは才は伸びない。
ダンゾウにとって3人は手駒であると共に、守りたい「木の葉隠れの里」の一部でもあったのだから。
それは同時に3人にとっても同じ事である。
ダンゾウもまた「木の葉隠れの里」の一部なのだから。
彼はあまりにも自分を犠牲にしすぎた。
それは3代目火影・猿飛ヒルゼンもまた同じ。
しかしヒルゼンにはたかだか数年とは言え余生があった。
ブンブク達はそれをダンゾウにも持っていて欲しかった、それは叶わなかったが。
ならばどうするか。
「オレ達はダンゾウ様を守れなかった」
フーがそう言う。
「…ならば、分かるな」
トルネが皆に問う。
「ダンゾウさまの守りたかったものを守る、それが僕たちのするべき事、だね」
ブンブクがいつになく真剣な眼をして、そう纏める。
「ならば、一旦里に帰還する!
『根』を纏め直し、今度こそ大樹を陰から支える根として次の戦に挑む!」
フーがそう宣言する。
彼らはお互いを見て、にいっと笑った。
「あ、でもまずあっちをどうましょうか?」
ブンブクはサスケ達が気になるようだ。
「…それなら問題ない。
先ほどはたけカカシ達がサスケに接触しているのを確認済みだ」
トルネがそうブンブクに告げた。
「…了解です。
それじゃ僕は先に里に戻ります。
里の上層部に事の顛末を伝えなくてはいけませんから」
「そうだな。
頼むぞ!」
「承知です。
んじゃ、変化!」
ブンブクはいつもの間抜けな準省エネモードの茶釜狸の姿となり、手足に皮膜を張って飛び立っていった。
「…では、オレ達も行くか」
「ああ」
それを見届けたトルネとフーもその場を辞していった。
五影会談。
それは「うちはサスケが元5代目火影・志村ダンゾウを誅した」というショッキングな結末を迎えた。
そしてその事が、次の世代を動かす事となったのである。
閑話 ダンゾウ死す時
木の葉の忍、その中でも「暗部」と呼ばれる精鋭に属する男、メイキョウという名の男は、
「ぐっ…」
という呻きと共に右目を押さえた。
「どうした、シ…メイキョウ」
盟友である、かちょうフウゲツを名乗る男が己の身に付ける暗部の面にペイントを施しながら言った。
彼曰く、幻術を使用する時に相手の視線を誘導する焦点の役割を持たせる為の絵を描いているのだとか。
「花鳥風月」の名にふさわしく、面には決して大きいものではないが、牡丹、燕、風に舞う木の葉、三日月が書き込まれていた。
そしてフウゲツが眼をメイキョウに向け、そして。
「! 大丈夫なのか!?」
ギョッとしたように言った。
メイキョウの右目からはつうっと赤い涙の線。
一筋の血が頬へと流れていたのだ。
「ああ、大丈夫だ、オレはな」
そう言うメイキョウ。
「…誰だ?」
「…ダンゾウだ」
その短い言葉で、フウゲツは「根」の長であり、己とも因縁の深い男が、逝った事を理解した。
「そうか…、また…、あの時代を支えた者が去ったのか…」
フウゲツは複雑な思いをそれだけの言葉に載せた。
志村ダンゾウには言いたい事もあった。
それを言葉にする前に、彼はこの世から去った。
2人は感慨深さを感じていた。
春野サクラによって眠らされていたサイは、眠り薬が抜け、眼を覚ますと同時に舌に違和感を感じていた。
正確に言うなら、今まで違和感を感じていた舌に、違和感がなくなった、という方が正しいだろう。
「舌禍根絶の印が…なくなっている!?」
それはつまり、術者であるダンゾウが死んだという事。
彼の束縛から解放された、という事なのだ。
本来なれば喜ぶべきこと、しかし。
「さて、どうしたものだろうな…」
サイは首を捻っていた。
自由になったからと言って、機密をぺらぺらと話して良いものでもない。
むしろ、拷問などで里の秘密を引き出されやすくなったとも言える。
これは下手な動きが出来そうもない。
「…カカシさんに聞いてみるか」
担当上忍を頼るという考えが浮かぶ辺り、サイもカカシを大分信用しているのだろう。
その時、6代目火影・千手綱手は病院において暗部の者の訪問を受けていた。
「…それは事実なのかい!?」
「は。間違いなく」
綱手は額に手を当て、痛ましい表情をしていた。
「そうか、またワタシにとって師と呼べる人が死んだか…」
綱手にとって、ヒルゼンに続いてダンゾウまでが、と言う思いだろう。
ヒルゼンが死んでまだ1年経っていない。
綱手にはダンゾウがヒルゼンを追っていったようにも思えていた。
「…あの人たちは大丈夫なのか?」
そう暗部の者に聞いてみる。
「…正直、非常に意気消沈されています。
あの方々はあの世代の最後のお2人ですから」
「だよなあ…。
アタシゃあんまりあの人らと分かりあえた気がしないからねえ…」
彼らとはぶつかってばかりいる自分が若干恨めしい、そう思った綱手であった。
そしてその彼ら、とは。
「ホムラよ、とうとうダンゾウも行ってしまったのお…」
里の御意見番であるうたたねコハルは、同じくご意見番の水戸門ホムラと差し向かいで日本酒を飲んでいた。
飲まずにはいられなかった。
かつての仲間達も彼ら2人を残すのみになってしまった。
「そうじゃの。
…残されるもんはたまらんのお。
因果な商売じゃて」
殺し殺されるのは忍の習いとは言え、ダンゾウほどの立場になったモノがそうなるとは、思いもしなかった。
とは言え、
「ダンゾウも、本望やもしれんの」
そうコハルが呟く。
「そうだの。
ヤツは常々『畳の上で死ぬわけにはいかん、不幸がそれを許さん』と言っていたからのお」
2人はダンゾウが外道を以って里を守ろうとしていた事を知っていた。
そしてその報いを受けねばならん、と考えていた事も。
「我らだけが報いを受けない訳にもいかん、からの」
「じゃの」
そして、ダンゾウの行った非道を許容していたのは自分達も同じ、コハルとホムラはそう思っている。
「マダラが始めようとしとる事は、認める訳にはいかん。
なれば、の」
「うむ、ワシらとて動かずばならんだろうて」
2人の年寄りは、その後しばし杯を重ねていった。
そして。
「…そうか、ダンゾウ様が逝ってしまわれたか」
木の葉隠れの里にある、住宅地の一角。
年若い青年が、暗部の面を付けた者にそう言った。
「ああ。
…それで貴様らはどうする?
ダンゾウ様は如何様にも、貴様らの望むようにせよ、との事だった」
青年はしばし考えて、
「これよりワタシ、『うちはロクロウ』は今より忍として復帰しようと思う。
それがダンゾウ様に報いる事にもなろうし、我ら一族が生き残る道であろう。
その為に記憶を封じ、一族より離反したのだから。
ついては妻、ユリの身の安全だけは確保してほしい。
アレの腹にはオレの子がいる。
うちはの子は守るに意義のある者だろう?」
「安心しろ、それは確実に。
ダンゾウ様もそれを望んでおられたが故に」
その夜、うちは一族、かつて「うちは虐殺事件」によって死に絶えた筈の一族が内密に木の葉隠れの里に復帰した。
彼らはその恐るべき戦闘能力を発揮し、「第4次忍界大戦」において活躍する事になる。
これにて五影会談篇終了です。
いくつか閑話を書いてから最終章である第4次忍界大戦編に入ります。
ここまで配置してきた伏線をすべて回収していきます。
次の投稿は来週になる予定。