次回完結編。
サスケは今まで戦った相手とはまるで違う戦い方をするダンゾウに苦戦をしていた。
今までの敵は格上であれば正面から、格下ならば策を弄してサスケに挑んできた。
格下、もしくは同格の相手ならば忍の使う小細工はサスケに通じなかった。
茶釜ブンブクとの手合わせによってサスケには正道の強さが身についていた。
どれだけ奇策を弄そうとも正道を崩さなければ正面切っての勝負に持ち込むことが可能であった。
そして正々堂々の勝負であれば、一撃必殺の「千鳥」及びそのバリエーションを以ってサスケは格上すら打ち破って来たのだ。
しかし。
「風遁・真空波!」
ダンゾウが印を結ぶ。
風遁・真空波は印を結んだ後にチャクラを含む吐息を吐き出し、それを空気の刃として打ち出す術だ。
故に、印を結び、そして大きく息を吸ってフウっと吐き出す動作が必要になる。
その際のチャクラの動きによりサスケの写輪眼にはその刃の軌道までが解析できるのだが。
しかし。
「ん? ! くうっ!」
ダンゾウは一見大きく息を吸い込む事無く真空の刃を吐き出した。
攻撃を打ち出すタイプの忍術は口からチャクラを吐き出すことが多い。
うちはの得意技である火遁・豪火球の術もそうだし、水遁・水弾の術や攻撃の術ではないが土遁・土流壁などもそうだろう。
故に、口の周りのチャクラの高まりを確認した後、その呼気で術の発動が読めるはずなのだ。
しかし、ダンゾウはそれが読めない。
サスケはその恵まれた身体能力を以って攻撃を回避するがそれが精一杯。
しばしサスケは守勢に回らざるを得なかった。
例えば、忍としての猿飛ヒルゼンを端的に言うなれば、「教授」であろう。
忍術への深い洞察と知識を持ち、それを自在に操る。
大蛇丸ならば「探究者」というのがふさわしいだろう。
彼はその研究により様々なオリジナルの術を披露する。
さて、忍としてのダンゾウを端的に表すなら「忍術使い」である。
知識にはヒルゼンに劣り、術の豊富さならば大蛇丸に劣る。
しかし、それは忍としてダンゾウが彼らに劣ることを示さない。
ダンゾウは確かにヒルゼンのように五大性質変化の全てを使える訳でもなく、大蛇丸の様な膨大なチャクラを背景にした強大な技を多種多様に使える訳でもない。
彼の場合、風遁を中心としてその他の性質も使えない事はない、という程度。
しかし、その分風遁への理解は非常に深く、またその術の「使い方」も巧みだ。
若かりし頃より岩隠れの里のオオノキなど曲者を諜報戦を繰り広げてきた経験により心理戦にも無類の強さを発揮する。
言ってしまえばダンゾウは、ヒルゼンのような天才ではなく、ブンブクや四貫目の様な凡人でもない、現在いる里の上忍がそのまま成長したような、そう言ったバランスの良い存在であると言えよう。
上忍としても十分なチャクラの量、忍の者として才能も申し分ない、しかし天才にほどではないという中途半端。
そのままであればちょっと有能な忍として名を残すことなく終わっていただろう。
しかし、彼の前に居たのは猿飛ヒルゼンであった。
天才・猿飛ヒルゼンをライバルとし、張り合っていたダンゾウ。
彼は己の才能を伸ばしつくした後、四貫目やブンブクと同じく忍術以外の手段にも手を染めた。
その結果が「術を使い相手を倒す為に、小細工を含む戦術を駆使する」という戦い方だ。
今までサスケが戦った強敵、例えば大蛇丸などは圧倒的な力で相手を押しつぶす戦いを好んだ。
大蛇丸とて熟練の忍だ、細工を弄する事は実戦においてはかなりしていただろう。
しかし、サスケと戦う時には正面切っての戦いをしていた。
己の弟子であるサスケの技量を確認する為でもあっただろうし、格下であるサスケにそう言った戦いをするべきではないと考えていたのかもしれない。
うちはイタチはどうか。
彼とサスケとの戦いは弟であるサスケにうちはの戦い方を示すものでもあっただろう。
こと、「天照」の使い方や「須佐能乎」の発現などを実戦で彼はサスケに授けていった、言ってしまえば実戦形式の修行だったと言える。
無論、しくじればサスケの命はなかっただろう、しかし、ある意味あの戦いはイタチとサスケの「殺し合い」ではなかったとも言えるのだ。
ダンゾウは違う。
遠慮仮借なしにサスケを殺しにかかっている。
サスケにとって初めての「熟練したベテランとの殺し合い」なのであった。
先の真空波もそうだ。
ダンゾウは呼吸を調整し、片肺のみで呼吸をしていた。
もう片方の肺に空気を溜め、それを以って風遁のチャクラをサスケに吹き付けていたのだ。
チャクラによる身体強化の派生である。
サスケも写輪眼による洞察眼を使っている、ダンゾウの胴体周辺のチャクラの流れが微妙に違う事は見てとれるだろう。
だが、それを「片肺にのみ空気を溜めている」事に結びつけるにはサスケそのものの経験が足りない。
こういった「真っ向勝負をしない、サスケの有利な環境にしない」戦い方によって、サスケは追い込まれつつあった。
ダンゾウは忍術を使うには近すぎ、体術で撃ち込むには遠すぎる絶妙な距離を保ちつつ、戦闘を継続していた。
草薙の剣を失っていたサスケは雷遁の形態変化による「千鳥」からの派生である「千鳥・鋭槍」で攻撃し、弾いていた。
しかし、この場合悪手といっていいだろう。
サスケが本来得意とする性質である火遁ならば火克風であり、ダンゾウのクナイに纏わせている風遁のチャクラを火遁で克することが出来た筈だ。
しかし、サスケは千鳥のバリエーションとして様々な形態変化を生み出した一方、火遁の形態変化を突き詰める事はしなかった。
その為雷遁の形態変化に頼るしかないのだ。
そして風遁と雷遁の相克関係は風克雷。
結果として。
「くっ!」
「無駄だっ!」
サスケの千鳥鋭槍はダンゾウの風遁のチャクラを纏わせたクナイに砕かれる事となった。
「ちっ、ならば…。
喰らえ!」
サスケは手に収束した雷遁のチャクラを全身に流し、そこから周囲に対してぶちまけた。
千鳥の応用である「千鳥流し」だ。
これによって威力そのものは拡散するがクナイでの受け流しは不可能。
しかし、
「あまい!
無駄にチャクラを消費するだけだ!」
それは既に「天地矯任務」の時にナルト達に披露している。
つまりはダンゾウの耳にも入っている、ということだ。
それに対して無策でいるダンゾウではない。
追い詰めればサスケは「千鳥流し」を使ってくる事であろう、そう想定し、ダンゾウは体の周囲に薄い風遁のチャクラを纏っていた。
それはサスケの写輪眼にも映っていたであろうが、劣勢に立っていたサスケにそれがどういう意味を成しているのか、を斟酌する余裕はなかった。
その結果として、
バチチチチィッ!
と上がった雷遁の閃光はダンゾウに触れると共にあっさりと消滅していった。
「くそっ!
五大性質変化の相克か!」
サスケが悔しそうにそう言う。
相も変わらずサスケは押されている。
これらはダンゾウの策の内。
大蛇丸とブンブクの情報からサスケが火遁の形態変化を修めていない事は調査済み。
そして音隠れの里を出てしまった以上、その後の旅の中から火遁の修行をしている様子はないとサスケ捜索班からも情報が提供されている。
ならばチャクラと体力を温存する為に体術にて時間を掛けてじっくり攻略するのが吉であろう、そうダンゾウは考えたのだ。
とは言え、ダンゾウは高齢だ。
スタミナ面で不安を抱える。
それに。
「…ふむ」
ダンゾウの攻撃を、サスケは素手で捌きつつある。
全身に細かい傷を受けながらも、サスケはダンゾウの動きについて来ていた。
ダンゾウは表情には出せないものの、
(これがうちはの才か、いや、これはイタチよりも…)
そう感嘆していた。
なぜならば。
先ほどからダンゾウのクナイを弾いているサスケの手は、傷付いていなかった。
千鳥、つまりは雷遁のチャクラを手に収束した場合、その収束度合いにもよるが相克関係によって風遁のチャクラを込めたダンゾウのクナイはその手を大きくえぐっている筈。
しかし、実際はサスケの腕をこ手のように覆ったチャクラはダンゾウの一撃を弾いている、故に、彼の今制御しているチャクラは雷遁ではない。
なれば。
いける。
サスケは手ごたえを感じていた。
先ほどからサスケは千鳥の要領で火遁のチャクラを手に纏わせ、それを以ってダンゾウのクナイを弾いていた。
ダンゾウがクナイに風遁のチャクラを練り込んで攻撃している事は分かっていた。
ならば、五大性質変化の相克関係を考えれば火遁で攻撃するのが定石だ。
とは言え火遁の形態変化をサスケは今まで重視してこなかった。
ここでやっているのはぶっつけ本番である。
まるでどこぞのウスラトンカチのようだ。
サスケの無感動な表情にうっすらとだけ楽しげな笑いが浮かび上がった。
いかんな。
トビはサスケの様子を見ながらそう呟いた。
トビは散々サスケの心をかき乱すように動いていた。
しかしそれは策があってこそ。
折角サスケを己の都合のいい状態、トビにとってはそれこそがサスケの本性である復讐の権化、になっているというのに、これ以上揺さぶられてはまたサスケがトビにとって不都合な状態になりかねない。
どれだけトビが苦労してサスケを追いこんだと思っているのか。
さて、どうしたものか。
そう思ったトビの視界にある者が飛び込んできた。
そうか、あれを使うか。
節々が痛む体を引きずり、トビは
サスケとダンゾウはまるで将棋の様な戦いを繰り広げていた。
ダンゾウが風遁のチャクラを纏わせたクナイで切りつければサスケが火遁を纏わせた周到でそれを砕く。
サスケがそのままダンゾウの首を狙えばダンゾウが水遁のチャクラを周囲に纏って相殺する。
どちらが読み違うか、それが命に直結する戦い。
ダンゾウは経験が浅い筈のサスケが己に付いてくることを驚愕を以って見ていた。
こやつ、ワシとの戦いの中で確実に成長しておる。
ダンゾウは自身に余裕がなくなっていくことを理解していた。
このまま戦えば、サスケはより強くなる。
一方自分は今が上限だ。
さらに言えば高齢の自分はいずれサスケよりも先に体力が尽きるであろう。
ならばよりハイリスクではあるものの、打撃力のある術合戦へと移るべきか。
ダンゾウはサスケに気取られないよう少しずつ距離を取り始めた。
そして、やはり体術によって忍術を対処されないぎりぎりのラインでいきなり印を結び、
「風遁・真空大玉!」
視認での回避がし辛い風遁、その中でも直径が大きく、より回避の難しい術をダンゾウは打ち出した。
しかし、それはサスケも想定済み。
写輪眼にてその大きさは視認できる。
あの大きさでは姿勢を崩さずに回避しきるのはかなり難しい。
ならば、
「須佐能乎!」
忍術に対して絶対的とも言える強力な防御力を誇るうちはの秘術が風遁を完全に防ぐ。
その間にダンゾウはすいと印を結び、同じくうちはの秘術である「イザナギ」を発動、短期的ながら死すら免れる幻術を仕掛けた。
さらにダンゾウは真空大玉を連続で放つ。
ドッ! ドッ! ドッ!
不可視の圧力が須佐能乎に叩きつけられるもその威容が崩れる事はない、しかし。
「はあっ…、はあっ…」
術者であるサスケは肩で息をしていた。
須佐能乎は圧倒的な力を術者に授ける、しかし、それだけに負担が大きいのだ。
須佐能乎は写輪眼の持ち主が「万華鏡写輪眼」を開眼した時に使用できるようになるうちはの秘術だ。
その原理はまだ分かっていないが、他の瞳術と違い、須佐能乎は「眼」に負担が掛かるのではなく身体に負担が掛かるようになっている。
その為、途方もない疲労感が今サスケを襲っているのだ。
疲労感を抑え込み、戦いが出来るようになるその数瞬にダンゾウは更に策を弄した。
己の契約している口寄せ動物である「
獏は呼び出されたと同時に大口を開け、途轍もない吸引力で息を吸い込み始めた。
それによって須佐能乎は動きを止めざるを得ず、そして須佐能乎の影に居るダンゾウはその影響が薄い。
さらに、
「風遁・真空連波!」
ダンゾウの口から風の刃が乱れ飛び、須佐能乎が大きく揺れる。
獏の吸引がダンゾウの風遁を更に強化しているのだ。
サスケは完全に足を止められていた。
このままいけば須佐能乎は大丈夫であったとしてもサスケ自身の体力が削りきられる。
ならば、まずはあの口寄せ動物を何とかしなければならない。
しかしあの巨体に加えて無尽蔵とも言える吸引力、よほど大きいものでなければ…。
そこまで考えたサスケ。
「…試してみるか」
こう言う場当たり的なやり方は本来のサスケの姿ではない、という訳でもない。
彼は
うずまきナルトと同じように。
違うのはナルトが突きぬけた発想によって事態を打開するのに対して、サスケは蓄積された経験をその才能を生かして論理的に事態を解析打破するところだろうか。
いま問題となっているのは獏の吸気による風で身動きが制限されている事。
なら、
「火遁・豪火球の術!」
サスケは特大の豪火球を打ち出した。
その大きさたるや須佐能乎を一飲みに出来るほどの獏、その頭ほどもある。
当然のことながら豪火球はそのまま獏の方へと吸い込まれ、
「!? うぶっ!!」
獏の中に全て吸い込まれる前に、獏の頭を焼いた。
たまらず口を閉じる獏、その為に風が止まり、
「!」
サスケの後ろから忍びよっていたダンゾウを、須佐能乎は殴り倒した。
すっと姿が消え、全くの無傷で佇むダンゾウ、しかし。
「ぐっ…」
今、写輪眼の制御はダンゾウ自身のチャクラで行われている。
つまり、「イザナギ」の使用はダンゾウのチャクラをも使用しているのだ。
いくら腕に埋め込まれた写輪眼の制御のみとは言え、それは老いたダンゾウに相応の負担を強いている事になる。
口寄せ動物の獏も消えてしまった。
しかしダンゾウは攻撃の手を緩めない。
その手から手裏剣が飛ぶ、しかしそれはサスケも容易に避けられるものである。
「手裏剣影分身!」
突如その数が無数に分裂するまでは。
だがそれでもサスケには写輪眼がある。
分身、つまりはチャクラの塊である分身手裏剣の軌道はサスケにお見通しだ。
それに1つ1つの威力はそれほどではない。
須佐能乎の防御力があるなれば避ける事もない。
サスケはそう判断した。
しかし、サスケはその判断を撤回、血相を変えて回避に入った。
「風遁・烈風掌!」
ダンゾウが風遁の基本である烈風掌を放ったのである。
風遁・烈風掌。
風遁の基本と呼ばれる術であり、チャクラを変質させて風を生み出し、それを拍手と共に圧縮することで突風へと変化させる。
印も簡単なものだ。
しかし、その風が無数に分裂した手裏剣の速度、即ち威力を増強させる。
突如として加速する手裏剣の群れ。
須佐能乎に若干なりともダメージを与え得る威力にそれは底上げされていた。
それだけでは終わらない。
「風遁・烈風掌! 烈風掌! 烈風掌!!」
印が簡単な分連発が利く烈風掌を乱発、そして起きる風は威力、角度を変え打ち出され、手裏剣の軌道を変えていく。
元々木の葉隠れで使われる「十字手裏剣」は棒手裏剣に比して表面積が広く、風の影響を受けやすい。
いくらサスケの写輪眼が優秀だとしても、乱れた軌道で押し寄せる無数の手裏剣をいちいち分析していくのは不可能だ。
サスケ自身の分析、判断能力に限界が来る。
本能に従って動くであろうナルトの方がこういう場合は強いのだ。
このまま須佐能乎で受け続けてはサスケ自身の負担も大きい。
ダンゾウを睨みつけるがどうしようもない。
サスケはいったん須佐能乎を消し、全力で回避行動に入った。
1、2、3、5、10、50、100。
回避し、受け流し、打ち落とし、吹き飛ばし、それでも無数の手裏剣がサスケを掠め、更に迫る。
「うぉぉぉっ! 須佐能乎!」
遂にサスケは再度須佐能乎を使用し、一気に手裏剣を弾き返した。
「…ぐっ、はぁっはぁっ」
しかし、その代償は大きかった。
サスケは片膝をついて大きく息を荒げていた。
疲労が極限に達しつつあった。
しかし。
「…ぐふっ」
ダンゾウが血を吐き、そして消えた。
先ほど消えたダンゾウのすぐ脇、無傷なダンゾウがいる、しかし、その顔には大きな疲労がこびりついていた。
サスケは手裏剣をよけながらもダンゾウに対してうちはの手裏剣術での反撃を試みていたのだ。
大量の影分身手裏剣の影に潜ませたサスケの手裏剣は音もなくダンゾウの心の臓を抉っていた筈。
「イザナギ」の発動時間内はどのような不利な状況であってもダンゾウの夢として片づけられ、現実の体は無傷だ。
その代償として、また写輪眼の1つが永久に眼を瞑った。
そしてその制御にダンゾウはさらに己のチャクラを消費していた。
「…あと1つ、だな」
サスケがそう言う。
ダンゾウの腕の写輪眼はすべて閉じていた。
残るは右目の写輪眼だけ。
サスケはこれを「イザナギ」に使用してこないと踏んだ。
わざわざあの奇怪な腕に写輪眼を埋め込んだのにはわけがある、そうサスケは推理していた。
正解である。
写輪眼の制御に使用している柱間細胞は千手柱間から培養した細胞群だ。
当然、柱間以外の人間に移植するには様々な問題がある。
それを人間の中枢に近い頭部、こと脳と直結している視神経付近に移植するのは危険すぎるのだ。
加えてそれを施術する人間が大蛇丸と来た。
信用できるものではない。
ダンゾウは最後の力を振り絞る時が来たのだ、そう悟った。
ならば、
「ふうううっっ!」
ダンゾウは呼気を整え、そしてその右腕からぬるりと木遁の木の枝を伸ばし、
己の体に突き立てた。
「!」
いきなりの事に眉をひそめるサスケ。
しかし、その顔色が変わる。
なぜならダンゾウがその木の枝を突きこんだ位置、それは。
「てめえ、まさか…!」
その瞬間、ダンゾウから途方もないチャクラが噴出した。
なんと。
トビは驚愕していた。
今、ダンゾウが使っている術、それは。
「八門遁甲、だと!?」
八門遁甲。
それは木の葉隠れの里の体術使い、マイト・ガイの秘術である。
忍の体には体を流れるチャクラの量に制限をかけている「八門」と呼ばれる経絡系上にあるチャクラ穴の密集した体内門がある。
それを身体制御によってこじ開けることで、その制限を外して本来の何十倍もの力を引き出す術が「八門遁甲」である。
当然のことながらリミッターを外すという事は肉体に巨大な負担を掛けるという意味でもある。
故に、多用する事は出来ない。
おそらくダンゾウは本来身体強化を突き詰める事でこじ開ける八門を、柱間細胞を用いて代用しているのであろう。
チャクラの尽きかかっているダンゾウにとって使えるチャクラが増える、ということを示しているのだろうが、あまりにも無茶だ。
ダンゾウの肉体は老いにより衰えている。
その状態で八門遁甲という肉体に大きな負担を与える術を使ったならばどうなるか、ダンゾウ自身が分かっている筈なのだが。
「それだけの相手だとサスケを認めたという事か?」
トビは首を捻る。
確かにサスケは才能を見れば他に類を見ないだけのものを持っている逸材だ。
だからトビは様々な手練手管を駆使してサスケを取り込んだ。
しかし、ダンゾウの視点は「忍たること」がまずくる。
そう言う点ではサスケは忍失格と言っていい。
確たる信念もなく、場当たり的に行動し、周囲に八つ当たりの様に災厄をばら撒いている、そんな者がダンゾウにとって評価に値するのか。
否であろう。
まあ、そのようにトビが図ったというのもあるのだが。
これは不味い。
ダンゾウがサスケに「忍たる資格」滅私の精神の欠片でも感じているとしたら。
今までトビがサスケに仕込んできた「虚無」が揺らぐやもしれない。
ここが介入時か。
トビは駒を動かす事にした。
サスケが危ない。
助けなきゃ。
サスケとダンゾウは30メートルほどの距離を置いて対峙した。
サスケは当初、ダンゾウの体制が整う前に決着をつけるべく、「捻じり千鳥」で攻撃に入ろうとした。
しかし。
(あいつはオレの初動を読んでやがった…)
千鳥の要諦を基礎とし、様々な体術及び格闘技術の集大成である「捻じり千鳥」。
初見の者に見切れる筈がない、そう思っていた。
しかし、ダンゾウの体捌きは明らかに捻じり千鳥の初動に含まれる「足捌き、体捌き」を見切っていた。
あのまま突進したとしてサスケの攻撃を当てる事が出来たかどうか。
これが経験の差というやつか。
サスケは初めてベテランの忍の恐ろしさを体感していた。
一方ダンゾウもそう悠長にしている訳にはいかなかった。
無理やりにこじ開けたチャクラの体門、名づけるなら「木遁・偽八門遁甲」とでも言うべきこの術は一種のドーピングであり、一時的以上の効果を発揮しない。
むしろ効果が切れた後の副作用で廃人になっていたとしてもおかしい訳ではないのだ。
効果が切れるまでに何とか片をつけたいものだ。
ダンゾウは細めた眼からサスケ、の背後に立つ者を見据えていた。
サスケが覚悟を決め、そして腰を落とした。
これはサスケ必殺の「捻じり千鳥」の初動の体勢。
一方ダンゾウも体に満ちるチャクラを身体強化に回し、ふうっと息を手に持つクナイに吹き付けた。
風遁のチャクラの練り込まれた呼気はクナイに纏わりつき、即席のチャクラ刀に仕上げていた。
若かりしことにダンゾウが得意としていた風遁による瞬身からの風のチャクラ刀による刺突。
高速の移動と風のヴェールによる視認の困難、風のチャクラ刀と言うこれも視認の難しい武器による
それを今まで培った経験を加えて繰り出す。
サスケの「捻じり千鳥」に破壊力こそ劣るものの、人1人殺すには十分な威力だ。
それに、射程という点では得物がある分だけダンゾウの方が有利だ。
同じタイミングで攻撃したならば得物が長い方が先に当たる、自明の理だ。
ここでサスケと戦う事でうちはマダラの真偽、そしてあわよくば存在すら定かではない「介入者」を引きずり出す、それがダンゾウの腹積もりだ。
先ほどから戦いに介入しようとする茶釜ブンブクを視線やハンドサインで留めつつ、ダンゾウは最良を引きずり出すべく全力を尽くしていた。
同時に、ダンゾウは久し振りに「天才」に挑む興奮を思い出していた。
ダンゾウの前にはいつも天才が立ちはだかっていた。
その名を猿飛ヒルゼン。
間違う事無き天才、初代、2代目火影に信頼された男。
彼は血継限界こそ持たなかったが、様々な術に精通し、それらを天衣無縫に組み合わせて無類の強さを誇っていた。
理路整然とした術の構成は他者にも分かりやすく、「教授」の異名をとるほどであった。
同年代のダンゾウは何かあると彼に張り合い、彼を追い抜くべく鍛錬、修業に明け暮れたものだ。
結局の所、ヒルゼンも修行を欠かす事は無く、努力する天才に努力する秀才は追いつけなかった。
それ故にダンゾウはヒルゼンとは別の形で己に忍としての存在意義を求める事となった。
それが「耐え忍ぶ者」。
奇しくもたがいに嫌いあう中であった自来也と同じ所に行きついたのは皮肉なものだ。
己の後継と目した大蛇丸がヒルゼンを目標とし、「術を使う者」としての忍の道を進み、もう1人のヒルゼンの弟子である自来也がダンゾウと同じ意見を持つ事になろうとは。
さて、始めるか。
この志村ダンゾウ一世一代の大忍術を。
サスケとダンゾウの間の空気が緊張感を増していく。
そして。
双方がゆるりと走り出す。
じわり、じわり。
双方の速度が上がっていき。
そしてある瞬間。
ゴッ!
まるで空気を叩くような音が鳴り響き、2人の姿が消える。
いや、消えたように見えるほどの高速で移動したのだ。
そして、2人は激突した!