コナミがゆまと共に走る少し前のこと。
時間は丁度、アテムがのびたチンピラの元に近づいたところまで遡る。
「貴様みたいな奴が、デュエリストであることが、腹が立って仕方ないぜ……」
「ぐぅっ……けほっ……」
アテムが腕を組みながらチンピラを睨みつける。
コナミの蹴りのダメージがあるのか、チンピラは未だに動けずにいた。
「さあ、負けたお前には、罰ゲームを受けてもらうぜ……ゆまへの痛みとデュエリストとしての恥を思い知れ!」
アテムが倒れたチンピラに、人差し指を突きつける。
「罰ゲーム、ヘイト・バスター!」
チンピラの周りが闇に覆われていく。
そして、その中で動く謎の影──《スカラベの大群》だ。
「ひいっ!? うあっ……あああ助けてくれぇぇぇ!!?」
それまでは周りをフワフワと動いて黒い影が、突然いくつもの影に散らばる。
そしてチンピラの、男の急所へと、スカラベの大群が突撃していく。何匹かのスカラベは男の左腕──デュエルディスクに群れる。
「ひいぃぃいっ!!? や、やめろぉぉ! やめてくれぇぇぇ!!」
スカラベの大群が、小さな歯を立てて肌へと突き立てる。急所を一気にいくつも噛まれれば、その痛みは……計り知れないだろう。
「これで、貴様ももう女の子を襲おうなんてことは思わないだろう……そのスカラベの幻想が消えるのは、お前の中の煩悩が消えたときだ!」
そう言って、アテムはチンピラから離れる。
彼の後ろからは、チンピラの叫び声が止まることなく響いてきていた。
「コナミ、戻ったぞ……いないのか」
公園へと戻ったアテムだが、そこにはコナミやゆまの姿はない。さらには置いてあったはずのD・ホイールすらない。
「コナミの奴、どこに行ったんだ?」
『お師匠様ー、王様に伝えた方がいいんじゃないですか?』
『しかしマナ、今のファラオには我々の姿が見えてないんだ……コナミ殿の行き先を伝えようにも』
コナミを探すアテムの近くから、二人の声が聞こえる。
声の質的に、青年と少女だろうか。
声の聞こえてきた方、背後にアテムは振り向いた。
「っ……お前は、《ブラック・マジシャン》……? いや……マハードか!」
『ファラオ!? 私たちの姿が見えるのですか?』
『やったねお師匠様! やっと王様も私たちが見えるようになったんだよ!』
「そしてこっちは……マナか?」
『そうでーす、《ブラック・マジシャン・ガール》のマナです!』
声の正体は、アテムのデッキに眠る《ブラック・マジシャン》と《ブラック・マジシャン・ガール》の精霊。しかし彼らの場合は精霊というより、アテムのように甦った者たちという表現が正しいかもしれない。アテムがファラオとして生きていた時代のエジプト、そこでファラオに仕える神官の一人のマハードとその弟子のマナ。彼らの記憶を持っているからだ。
「まさか二人もこの世界にいたのか……てっきり闘いの儀で俺と共に帰ったのかと思ってたぜ」
『いえ、今の私たちはマハードやマナの記憶を持つ、いわば生まれ変わりです。ファラオの魂とはまた、別なのです』
「なるほどな……だからお前たちはこうして」
『そうだよ……そういえば、コナミとの旅も面白かったよー! 特にあの、十代くんと──』
『マナ、今は無駄話をしてる時ではない。ファラオにコナミ殿の行き先を伝えねば』
マハードから自分たちの状態を教えてもらい頷きながら納得するアテム。
そこにマナが喋り出そうとするが、マハードにより止められた。
「そうだマハード。コナミの行き先は?」
『はい。コナミ殿は今、先ほど助けたゆま殿を家へと送っています』
『それから、コナミからの伝言で──悪いアテム、ゆまを送るから公園で待っててくれ。できるだけすぐに戻る──だって』
「わかった……なら、ここで待っておくか」
コナミの伝言を伝え聞いたアテムはすぐそばのベンチに腰掛ける。
「マハード、マナ。やることもないし、コナミがどんな旅をしてたのか教えてくれないか?」
『あっ、いいねそれー。じゃあはいはーい、私から話します!』
『分かりました……マナ、あまりファラオに失礼のないようにしろ』
「気にするなマハード。今の俺はファラオでも何でもない。マナとは年も近いし、普通に喋ってもらう方がやりやすい」
『むっ、分かりました……マナ、任せたぞ』
『はーい! じゃあまずはー……あ、マスターの旅で──』
マナから話されるコナミと遊戯の旅の話。
その話をアテムは楽しそうに聞き、マハードはマナの話に付け足したりサポートをし、マナはマナで昔の思い出を話すのが楽しいのか次々に話していく。
アテムが時折質問しながら進む3人の会話の時間はあっという間に過ぎていったのだった。
「あっ、あそこですっ! あそこが私の家ですよぉ!」
「了解……っと、一応離れたとこに……」
少し遊びで走らせてからゆまの案内の元走ること5分ほど。ゆまの家に着いたようだ。
けどいきなり家の前に送って向こうの親に見られたらあらぬ誤解を生みかねない。ホイールも無駄に音がでかいしな。
そう思って少し離れたところでホイールを止める。
「ほらゆま、降りろ」
「はいっ」
俺に回されてた手がスルッと抜けて背中にあった温もりも離れる。……人肌って温かいんだな、うん。
「コナミさん、今日は助けてくれてありがとうございました!」
「いや……怖い思いもしただろうし助けるのも遅くなった。礼を言われることはないよ」
「でもでもっ! コナミさんが来てくれなかったら……だから、これ受け取ってください!」
「……これは?」
ゆまがデッキを取り出して、1枚のカードを抜き取った。
そしてそれを、俺に差し出してくる。
「私のヒーローさんですっ! それだけ4枚あるので、私からの感謝の気持ちですぅ」
「《E・HERO プリズマー》か……ふっ」
「どうしたんですかぁ」
「いや、昔の仲間にヒーローデッキを使う奴がいてな。そいつのことを思い出したんだ。サンキュー、このカード大事に使わせてもらうよ」
この明るさに髪の色……元々十代に似てるなぁと思ってたがデッキまで似てるなんてな。これもう娘って言っても通じるだろ……生憎十代は子供いないけど。
というか使うのはアテムになるのかこれは。ブラマジサポートに使えるか。
「そうなんですかぁ! 私も、元々このヒーローさんたちはある人からもらったんですよっ!」
「そうなのか?」
「はいっ! 今度デュエルするときは私のヒーローさんたちを見せてあげますよぉ!」
「っ……ああ、楽しみにしてるよ」
デュエルするときは来るのだろうか、来たとして俺はできるのだろうか。そう思って一瞬言葉に詰まったが、ゆまに気づかれたくない。
すぐにいつも通りを装う。
「じゃあゆま、またな」
「はいっ! 送ってくれてありがとうございますっ!」
「気にするなよ。……じゃあな、またいつでも連絡してくれて構わないぞ」
そう言って俺はホイールを発進させる。
チラッとゆまの方を振り返ると手を振ってるから、俺も片手をあげて応える。
こうして、シティにきてすぐに起きた事件は解決した。
「アテムーー!」
『それでその時コナミの精霊のカイ……あ、コナミ帰ってきた』
『遅かったなコナミ』
「いやー悪い悪い……ふぅ」
アテム……とマハードにマナもいるのか。彼らの傍にホイールを止めて降りる。
「そういやアテム、二人の姿見えるのか?」
『ああ、さっきから急にな』
『恐らく、現世に慣れてきたからだと思います。段々と身体が適応してきたため、我々精霊が見えるように』
『うんうん』
さっき遠目から見たときにアテムたちが会話してるように見えたからもしやと思ったが……ようやく見えるようになったか。
そしてマナがマハードの説明に頷いてるが恐らく適当だなこいつ。
「なるほどな……そういえばマハード。さっきはサポートしてくれて助かったよ」
『いえ、隙を窺っていて中々撃てませんでしたが……』
「あれでゆまを助けられた、ありがとな」
さっきチンピラのナイフを飛ばした魔力弾、あれはマハードが撃った物だ。あれのおかげでゆまを助ける隙を作ってくれた礼を言う。
『いえ、お力になれてよかったです』
「よしアテム、待たせて悪かったな。とりあえずは今日の寝床の確保といかないとな」
『そうだな。俺はどこでもいいが、肉体のあるコナミは探さないとな』
「とりあえずビジネスホテルみたいなとこを探すか」
とは言ったもののサテライトにいたためお金はあまりない。安いとこでも泊まれて1週間が限界か。まあ最悪カードの力を借りて寝れそうな所を出すが……《魔法族の里》とか便利。その代わり俺の疲れが取れないという本末転倒だが。
「まっ、とりあえずうろつくか」
『よし、行こうぜコナミ』
一足先にアテムがホイールに乗り込み、俺も乗る。
さて、どっかいい場所は見つかるかな……そう思いながら、俺はホイールを発進させた。
場面がころころ変わる内容となりました。何気にゆまにカードはもらったという伏線が……。
そしてもらったプリズマーは使うことになるのか……。