~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

57 / 113
『ディア・シスター』B

 

 ステラ・ルーシェは、彼女のことを知っていた。

 一度目は、オーブに潜入したときに。

 二度目は、オーブ戦に介入したときに。

 

 ステラよりもずっと年下で──彼女が云っても説得力に欠けるが──とてつもないあどけなさに身を纏う少女だった。

 

 兄のシン・アスカと違って、すこしだけ茶色がかった黒髪は、どちらかと云えばキラの髪色とよく似ているように思えた。ふんわりと手入れの行き届いた長髪は、年端も行かない少女らしく愛くるしいスタイルに結ばれている。

 その髪型は、ひとりで結うにはすこしだけ複雑だ。きっとお母さんに丁寧に結ってもらったのだろう──と、同じ女の子であるステラには実に分かるが、同時に、ずきりと胸が痛くなる。それが戦争など無縁の、平穏な世界に暮らしていた少女であったことを赤裸々に物語るようであったからだ。

 

「憶えてますか? オーブの街中で、僕達と出会った──あの少年の実妹(いもうと)さんです……」

「……う、ん……」

 

 ステラは、その少女を見下ろしながら、がっくりとベットの側に膝を突いた。

 ──どうして(・・・・)……!?

 虚無感にも似た絶望感が、彼女の中に流れ込む。

 この子のことは、守ったはずだった──〝ネメシスダガー〟の放ったミサイルから光波防御帯(クレイドル)で……! そのまま港に走るよう促し、殿(しんがり)だって務めたのだ。

 ──なのになぜ、どうして……!?

 どうしてこの子が、こんなところに……!?

 

「彼らが港へ走っている最中のことでした。被弾した〝ネメシスダガー〟の墜落に巻き込まれて、彼女はその下敷きに──。〝ブリッツ〟に乗り込んだあと、すぐに僕が瓦礫をどけたのですが……」

 

 それでも、こうして彼女がベッドの上で眠っていること、それ自体が奇跡だとニコルは云った。

 偶然にも、被弾を受けて墜落した〝ネメシスダガー〟は空中で瓦解していた。瓦礫となった破片のひとつひとつは質量が大きく、地表に積み重なった段階で、内部に多くの空間(スペース)が生まれていたらしい。その結果として、下敷きになった彼女は一命を取り留めたらしい。

 

「ただ、足が(・・)────……」

 

 額に巻かれた包帯。

 装着された呼吸器。

 痛ましいそれらだが、そんなものは足の状態に比べれば、大したことはないのだそうだ。

 安静にしていれば、そちらは外傷も後遺症も残らず、自然に完治するようだが──足ばかりはそうはいかないらしい。

 皆までは聞かないし、聞けなかったが、ステラはその意味を悟って、目を伏せた。

 

「急ごしらえの医療設備では、とても治療なんてできるはずがなく……」

 

 情勢が情勢だけに、いま、たったひとりの少女を優先して治療するだけの余裕は、この国にはないのだ。

 

「それにオーブと云ったって、今はこんな状況です。地球連合軍の侵攻は、またいつ再開されるか分からない」

 

 そう、マユ・アスカの容態は、酷く深刻なのだ。

 そして彼女が置かれた立場もまた。

 

「このままこの()をこの場所に繋いでおくのは、決して賢明じゃないとも思うんです」

 

 もしも──もしもオーブが、今後の戦闘に敗北し、領土のすべてが地球連合軍に占領されてしまったとき。コーディネイターの少女がいつまでも病院のベッドの上で臥せっていたのでは、その将来は暗澹(あんたん)たるものだろう。

 おそらくは、すでに暗澹といえる今以上に、遥かに──。

 ──けれど、かと云ってすぐに移送ができるわけでもない。

 彼女の意識は、いまだ回復していないのだ。

 治療を続けてゆくにも、それなりの設備も必要になる。何より、せめて意識が回復するまでの時間ほどは必要だ。オーブは既に沈みかけた舟──この場合、中立のスカンジナビア王国か、あるいは赤道連合に彼女の身柄を預けるのが最良なのだろう。が、地球連合軍の艦隊がオーブの領海と領空の双方を封鎖している以上、それは話にならない。

 下を向いてうなだれたまま、ステラは口を開く。

 

「……シンは……?」

 

 ニコルはうまく聞き取れず、え? と聞き返す。

 

「シンは……!? このこと、シンは知ってるのっ!?」

 

 懸命に訴えかける、その目は涙をいっぱいに湛えていて、今すぐにでも崩れてしまいそうだった。

 ニコルは、小さくかぶりを振った。

 

「いえ……彼のことは、僕がすぐにトダカというオーブの軍人に身柄を預けたので……」

 

 そこまで云って、彼は言葉を切った。

 

「知らない、の……?」

「彼は無事ですよ……! けれど彼は、このオーブには、もういません(・・・・・・)

「……!」

 

 あのときのニコルは、あまりに必死でろくに記憶も残ってないが、彼自身、シンには心の底から〝プラント〟を奨めた印象がある。

 云われた通りに動いたなら、おそらくは彼は機を見て〝プラント〟へ移住するはずだ──妹の生存など(・・・・・・)何も(・・)知らないままに(・・・・・・・)──。

 

「そんなの…………っ!」

 

 ステラは、愕然とする。

 それでは、シンとマユは──。

 まるで──アスランとステラの二の舞ではないか……。

 

「彼のご両親……この娘の両親も、瓦礫の下敷きになったのですが……そちらは」

 

 瓦礫を取り払っても、それらしいものは見当たらなかったそうだ。

 それが指し示す意味は、すぐにわかった。わかってしまった。

 

「僕も、力不足でした。……僕は、彼のことしか助け出すことができなかった──」

 

 ニコルは現場に居た当事者としての後悔から、拳をぎゅっと握り絞めた。

 自分の無力を、まるで呪ったかのように──。

 ステラはそんなニコルから視線を外し、マユの顔を覗き込んだ。そしてふるふると、首を振る。

 

「……でも……」

 

 ニコルがいなければ、マユだって、助からなかったはずだ。

 重たく、人の子の力ではビクともしない瓦礫の下で、彼女は孤独に怯えていたはずだ。

 だから今は、マユがこうして生きていること。──たったそれだけのことを、この上のない幸運だったと思うしかない。

 

「……ニコルがそこにいてくれて、よかったと思う……」

 

 ステラが云い、しかし、わかっていてもそう云い切ってしまうことは、とてつもなく軽率な行為なのではないか。

 マユやシンからすれば、ニコルと道中で衝突してしまったことが、港へ走る足を止めてしまった原因でもある。それが真理かどうかは別問題だとしても──少なくとも、そういう見方をすることだってできる。

 そうなのだ。

 自分とぶつかりさえしなければ、彼等は決して、こんな目には遭わなかったかもしれない──

 

 ──けれど、現実に「もしも」は存在しない。

 

 わかっている。

 ステラは、そうして責任を一身に感じているニコルを気遣ってくれているのだ──瓦礫の墜落先からシンを救い出したのも、またニコルだと啓発することで。

 無限に存在する「可能性(もしも)」など露ほども視野に入れず──ただ「ニコルがシンとマユを救い出した」──現実として残されたこの結果だけを、自分達は受け止めることしかない。あのとき成し遂げられた最善をやり尽くした──そう信じることしか出来ないのだから、と……。

 

 そのとき────時刻が、十三時を指した。

 

 一日が午後へ突入したその瞬間、オノゴロ島内に、けたたましい警報が鳴り響く。

 病院内にも、その喧しい音はあまねく鳴り響き、ニコルとステラは、一瞬で目の色を変えた。方々の迎撃施設が一斉に稼働を始め、島内部へのミサイルの着弾が、地響きとして周囲一帯を激震させた。攻撃という名の地響きに襲われた病室の中で、ステラ達は壁に身を寄せ、激しい振動をやり過ごした。

 病室に手向けられたお見舞いの花──部屋の中に備えられていた白い花瓶が、激しいの揺れに床に落下する。バリィン! と炸裂音を上げて粉々に砕け散った。

 

「地球軍の攻撃──! 再開されたのか……!?」

 

 ステラはぐっと息を呑み、もう一度、目前の医療ベッドに横たわる少女の姿を見下ろした。

 ──ここでオーブが負けたら、この子はどうなってしまうんだろう……。

 ステラは鳴り響く警報の中、ひとり逡巡した。

 ──マユはきっと、純粋な犠牲者だった。穏やかな世界に暮らしていた女の子──。

 それが突然、火の粉の下に曝され、こうも悲惨な目に遭ってしまった──それがステラには、酷く悔しいことに思える。

 

 ──あなたはこれから、どうするつもりなの……?

 

 頭の中に、マリューの声が蘇る。いま、自分が何をすべきなのか──それくらい、今の彼女には分かっていた。

 マユ・アスカという幼気な少女と同じように、オーブだって犠牲者なのだ。このまま地球軍に接収されれば、この国は中立国としての未来も、矜持も、自由も、安寧もなく、ただ大西洋連邦の権能を前に屈服することだけを強いられることとなるだろう。まるで、奴隷のように。

 いまオーブが敗北を喫すれば、この国に残ったコーディネイターは──マユはどうなる? ステラは、みずからを叱咤するように云った。

 

(この娘のために、今やれること──!)

 

 逡巡するステラの傍らで。

 そのとき、既に決意を固めていたニコルが、荒げるような声で云った。

 

「僕は行きます──〝ブリッツ〟に……!」

 

 静かな口調だが、そこに滲んだ覚悟のほどは、揺らがないほど強靭だ。病室から飛び出して行こうとするニコルの背中には、それだけの決意が見えた。

 ニコルは、このオーブを守りに向かうのだ。軍属という垣根を超え、人種という境界を越えて──自分が信じるもののために。

 

「もうこの国の上で、銃を撃ってしまった僕だから……!」

「──待ってっ!」

 

 ステラは思わず、叫んでいた。

 呼び止められ、ニコルは怪訝そうにステラを見返す。彼女はすうと息を整え、伏せていた顔を上げた。放たれたのは、とても真っ直ぐな声色で──

 

 

「ステラも、行く──!」

 

 

 そのつぶらな双眸には、静かな決意が宿っていた。

 彼女の意図を察し、ニコルは、にっと表情を綻ばせる。それは彼にとっても、心強い選択と決断であった。

 

 ──今は戦うことでしか、守れないものがあると知っている……!

 

 大西洋連邦とオーブでは、物量が違い過ぎる。

 この圧倒的不利な戦況に変わりはない。それでも、見苦しく抵抗することはできる。何もできないまま、ただ一方的に滅ぼされるわけには行かない。

 ステラは今、自分にすべきこと──やれること──できること──最善をやり尽くすだけだ。

 力を操るのは心──何のために力を奮うのかは、他ならない、自分自身が決めることだ!

 

(せめて……、今度こそ『まもる』──っ)

 

 戦いに敗れれば、待っているのは身の破滅だろう。

 だからこそ、この戦いだけは、絶対に負けるわけには行かない。

 敗北すれば──この島でひとり家族(シン)に置いて行かれてしまったマユもまた、明るい未来を奪われることになるのだから──。

 

(そんなこと、絶対に許さない……!!)

 

 まもる──それは、死なないこと。シンが教えてくれたこと。

 いまのマユは、たったひとりでオーブに取り残されて──孤独だ。

 目覚めてからも、きっと寒くて、痛くて、寂しい思いをするはずだ──でも、まもるということは、同時に、あたたかいことでもある。やさしいことでもある。

 ──ステラには、分かる……。

 お兄ちゃんにとって、妹とは、大切なものなのだ。

 だからシンにとって、マユもきっとかけがえのない存在。今のシンは、ステラのことをまったく知らないみたいだけれど──それでもいい、それでも構わない。

 シンはいない。もう、オーブにはいない。それでも、

 

(シンの代わりに、ステラがあの子を『まもる』から──っ)

 

 抗ってでも、護り抜く────。

 決意と昂揚に突き動かされるようにして、彼女もまた、その小さな身体で戦場へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 オーブ解放戦──戦闘が再開された。

 病院へ向かったというニコルやステラの合流を待たずして、既に〝アークエンジェル〟艦内で待機していたキラ達は、警報が響くと同時に、乗機のコクピッドへ飛び込んでいた。

 上空へ舞い上がった〝フリーダム〟の後続に、MA形態で飛行する〝イージス〟の機影がある。

 地上には〝ストライク〟が展開し、率先して、M1隊の先導を行っていた。そんな地上部隊を置き去りにするように、飛行する〝フリーダム〟の中で、

 

「トール。地上の迎撃部隊と一緒で、ほんとに大丈夫でしょうか?」

 

 流石のキラも、心配そうに声を漏らした。

 呼びかけた先は、後続した〝イージス〟のムウ・ラ・フラガである。

 ムウは相変わらず剽悍に、しかし、今度ばかりはしっかりと軸の籠った声色で返した。

 

「きっと大丈夫さ。連合の〝ダガー〟程度にやられるほど、半端(やわ)な育て方はしてないつもりだ」

 

 かくいうムウは、トールに実戦教養を叩き込んだ張本人なのだ。

 昨日に続く、今回の防衛戦──〝ストライク〟が担うのも、引き続き地球軍の迎撃だ。領土を防衛するM1〝アストレイ〟の小隊と共に、上陸して押し寄せる〝ストライクダガー〟の各個撃破に向かう役割を請け負っている。その際、不幸にも地球軍所属の〝G〟タイプを見かけたら、絶対に交戦するなとまで念を押してあるのだ。

 

「おれ達はおれ達で、あの厄介な〝三兄弟(・・・)〟──なんとしても喰い止めなきゃならないんだぜ?」

「ええ……っ」

 

 昨晩、レドニル・キサカをはじめとする諜報部は、例の地球軍所属の〝G〟タイプデータを収集、これの解析を行い、ブリーフィングにて明らかにした。

 簡潔には、青緑色の〝カラミティ〟は〝バスター〟を、黒色の〝レイダー〟は〝イージス〟を、カーキ色の〝フォビドゥン〟は〝ブリッツ〟の特性を踏襲・発展させて開発された次世代の地球軍主力機らしい。その基礎的性能は非常に高く、いくら〝フリーダム〟とキラともいえど、簡単に圧倒されてしまうレベルの精鋭部隊だ。決して脅しではないし、実際にその推測は正しい。昨日の戦闘において、たしかにキラは三機を前に撃破されかけ──いや、厳密には撃破されているのだ。土壇場での〝クレイドル〟の介入がなければ。

 事実として、それほどまでに厄介な部隊であるからこそ、空中戦が可能な〝イージス〟が、今回はキラと共に遊撃部隊として出撃したのである。

 キラはこのとき、僅かに心もとなさを感じていたのだろうか。ムウに向けてこんなことを云っていた。

 

「ステラはオーブの医療施設に向かったらしいんです。知り合いが戦災に巻き込まれたとかで──後で、合流できるでしょうか?」

「…………」

 

 ムウからの返事がなく、キラはこれを不審に思った。

 

「……ムウさん?」

「あのな、キラ──こんなこた、できるなら云いたくねぇが」

 

 ムウは、やけに真剣な面持ちでその先を続けた。

 

あの娘(・・・)のことは……もう忘れろ。考えないようにするんだ」

 

 それが、ムウからの忠告であった。

 突然の注意にすっかり意表を突かれ、キラは唖然とする。

 

「えっ……?」

 

 ムウは最初に、ついさっきキラを茶化したことを詫びた。

 

「さっきはからかったが……。今のあの子は、もうザフトなんだぜ? まして、あの子の父親はさ──わかってるだろ?」

「……!」

「ああして会いに来てくれた、ってだけで、おまえらが喜ぶ気持ちは分かる……。でも、だからって宛てにしていいもんじゃないんだよ」

 

 鋭い指摘だが、間違いではない。

 じつは、今度の国土防衛戦──部隊配置図の中に〝クレイドル〟と〝ブリッツ〟は含まれていない。ステラにニコル──彼らは元より戦列に記載されていないのだ。

 勿論、戦力で云えば確実に充てにしたい者達だ。が、今回はムウの云う通り、オーブとしては、彼らを充てにしたくない心理が働いているのだ。────彼らは結局〝プラント〟から来たザフト兵であり、正式に友軍と認められる存在ではないから。

 

「そんなッ……!」

 

 云われたキラは、そうする軍の判断が、あまりに薄情だと感じた。

 確かに、このオーブ解放戦線は地球連合軍とオーブによる小さな(いさか)いが発端にある。そこに〝プラント〟やザフトが絡む意味などないし、もっと云えば、軍人としてステラがこれに首を突っ込む必要などあるはずもない。

 ──それでも彼女は、この戦闘に介入した……!

 事実は事実として、決して揺らぐことはない。ならば、それは「ザフト」という組織の一員として──ではなく(・・・・)、彼女が彼女の自由意志で、いち個人として動いたという何よりの証拠になるのではないのか?

 

「ムウさん、ステラは……!」

 

 何よりキラは、彼女がラクスに啓発されてオーブにやって来たことを知っている。

 ──さっき、ステラがそう云っていたからだ。

 ムウの云いたいこともわかる。

 彼の云う通り、ステラ・ルーシェは経歴だけを見ればザフトからやって来た人物だ。それを疑ってかかるのは仕方のないことかもしれない。が、だからと云って彼女を「ザフト」という括りでまとめて良いはずがない。曲がりなりにも、かつては共に戦った仲間なのだから!

 キラはさらに云い募ろうとするが、ムウからの返事は、にべもない。

 

「〝クレイドル〟なんて、ザフトの最新鋭機をあの娘は与えられてんだ。お姫様に〝フリーダム〟を手引きしてもらったオマエとじゃ、まるでワケが違う!」

 

 家柄も、立場もな、と付け足され、キラは怯む。

 

「それでも彼女は、ぼくたちを守るために戦ってくれました……!」

「それは油断だ! いいか、パイロットが専用の新型機を預かるってことはな、普通じゃない……! それだけの貢献と実績が、上に認められたってことなんだぜ? それが、あの娘がザフトに重宝されてるってことの証拠なんだよ」

 

 それは、軍人ではないキラにはピンと来ない話だった。

 

「あの娘が今、どれだけ〝プラント〟本国に信用されているのか──どれだけ評議会の息がかかっている存在なのか、想像しなきゃ駄目なんだ……おまえも!」

「…………!」

「まして機体が〝フリーダム〟の姉貴ってんじゃ、本気で暴れられたら抑えようがない……!」

 

 キラは、ぐっと息を呑むことで精いっぱいだった。

 ステラは、それだけザフトのためになることをして来たということなのか? ならば、この不毛とも云えるオーブ防衛戦に介入した目的も、すべては、ザフトのため……?

 自分と再会して、泣きじゃくって──あの無垢で無邪気な少女が、そのような二心があって行動しているとは、とても思えないが──。

 ────と、そこまで考えて、キラはハッとする。

 もしもそれが、そう思わせるための(・・・・・・・・・)作戦だったら……?

 誰もが彼女を信用している──それは午前の様子を眺めていれば明らかが──人望とも人徳とも云うべき「それ(、、)」を逆手に取れば、内部から自分達のことを突き崩すことだって可能なのだ。みなの油断を誘えば、ザフトにとって最重要な〝フリーダム〟という軍事機密を、密かに破壊することだって。

 

(ステラのことは、信用しちゃ、いけないのか……?)

 

 キラは、ぎゅっと歯噛みする。

 ぴしゃりと続くムウの指摘には、一切の隙が無い。

 

「妙な期待をして、舞い上がった挙句、裏切られる──! それがどんだけ辛いことか、オマエだってわかるだろ? ──女の子ってのは、そういう魔力だって持ってんだぜ?」

 

 ひゅっとして、キラは息を詰まらせた。

 その言葉は、不思議と今のキラの心を抉るような衝撃を与えた。

 

〈だったらそんな期待(モン)、初めから持たない方が良いんだ。──わかるな?〉

 

 キラは消沈しつつも、妙に納得してしまう。

 ──すこし、云い過ぎただろうか……。

 ムウもまた、悄然としたキラの姿を見、すこしだけ反省したよう続けた。

 

「おれだって、出来ることなら信じてやりてぇよ」

「ムウさん」

 

 そう──ムウもムウとて、頭からステラのことを疑っているわけではない。

 しかし昨日のキラは、彼女に命を救われている。だからこそ、このままキラを戦場に出すことを「危うい」と考えてしまうのである。

 

『──あとで、合流できるでしょうか』

 

 キラがそんな言葉を漏らした時点で、ムウは直感していた。

 ──ああキラは、あの子に甘えるつもりなんだ……。

 ──危険になったら、ステラが助けに来てくれると信じてんだ……。

 軍という組織に帰属せず、ましてや士官学校すら経験していないキラは、そういった「甘え」を抱いても不思議ではない。

 だが戦場において、それがどれだけの命取りになるのかを、ムウはよく知っている。

 だから、パイロットの間ではよく使うのだ──「心配事は、戦場に出る前にすべて解決しておくこと」と。平静でなければ戦いには勝てないという、それはひとつの教訓であり、パイロットの使命だ。思春期特有の淡い期待と希望──とでもいうのか──そんな邪念は、先もって祓っておいた方が聡明だ。

 だからムウは、気を引き締めさせるよう努めたのだ。たとえ打ちのめすような云い方でも構わない、憎まれたって構わない──それでキラの危険がひとつでも減るのなら、安いものだ。

 

(男の糸が緩むのは、やっぱり女の子なんだよ……)

 

 そう誰に言い聞かせるわけでもなく、ムウはひとり、毒づいた。云わずにはいられなかったのだ。

 彼女を信用すべきかどうかは、これからに掛かっている。まだ、こんな短時間で結論を出して良い問題ではないのだから──。

 そのとき、レーダーに反応が示された。空戦型の〝ダガー〟ではない──太陽を背に去来する、危険な反応だ。

 

 ──熱紋は、三機(・・)……!

 

 キラは、ハッと顔を上げる。

 ムウに云われた通り、緩み切った緊張の糸をいっそう引き締めた。

 

「昨日の三機か!」

「はいッ!」

 

 ムウの視界に、噂に上がった連合の新型が、三機として映り込む。

 それぞれ、妙に禍々しいシルエットをしたモビルスーツ部隊だ。

 

 ──気を抜けば、やられる……!

 

 それだけは、今のムウにもよく分かった。

 そうして、海の向こうより襲来する〝カラミティ〟〝レイダー〟〝フォビドゥン〟──

 オーブより出撃した〝フリーダム〟と〝ヴィオライージス〟が──交戦状態に入った。

 

 そのときキラはきっと、心に思った。

 ステラはきっと、助けに来てはくれないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、オーブの内陸部では──

 ステラとニコルの搭乗機は、あらかじめ〝アークエンジェル〟から降ろしてあった。厳密には、彼女達は病院の界隈までモビルスーツでひとっ飛びして来たため、両機は、医療施設から最寄りの迎撃施設に横付けされていたのである。

 駆け出した病院のエントランスを抜け、ステラとニコルは、病院の屋外へ飛び出した。晴天の下に出れば、甲高いミサイルの音がより鮮明に耳に届き、轟くような爆撃音が、山の向こう側から地鳴りのように伝達されて来た。風に交じって火薬の匂いがする──どうやら、戦闘は既に始まっているらしい。

 

「出遅れましたか……! いそぎましょうっ」

「ん……っ!」

 

 ふたりは駆け出し、突っ切るようにそれぞれの搭乗機へと向かう。

 コクピットで飛び込み、すかさずOSを立ち上げゆく。二機の目に火が灯り、それぞれの機体が鉄塊色のベールを剥ぐように、黒と白に鮮やかに色づいた。

 ニコルは通信で呼びかけた。

 

「僕は〝ストライク〟の援護に向かいます! オーブの地上部隊だって、まだ心許ないですし──あなたはっ!?」

 

 ニコルは、ステラに指示や命令を与えることはしない。

 これからの行動は、すべて、彼女自身の判断に委ねていた。頼っている、と云っても良い。

 

「──たしかめたいことがある……連合の新型のところへ!」

「キラさんのところ……! わかりました!」

 

 新型。

 それは、妙に落ち着かない響きだ。

 どことなく不穏で──敵だと云えば、なお脅威の代名詞でもある。

 ステラが示唆したのは、連合軍の〝G〟兵器のことだろう。彼女は以前から、妙にあの三機を気にかけていた。

 

(たしかに〝クレイドル〟は、そちらの掩護に向かった方が良いかもしれませんね……!)

 

 誰に云うわけでもなく、ニコルはごちる。

 おそらく、例の新型部隊とは、今日も〝フリーダム〟が引き続き交戦しているはずだ。

 しかし、昨日はキラですら追い込まれたと聞いている。ここは〝クレイドル〟と〝フリーダム〟──こちらも新型の力を以て、例の部隊の足を喰い止める他にないだろう。

 

「では、また後で。必ず!」

「わかった」

 

 云い切ると、漆黒の〝ブリッツ〟は地を蹴立つように防衛線へ駆けて行った。ステラはその背を見送り、一気に上空へ翔び立がる。

 ──高度を上げれば、戦況がよく見えた。

 海上ではオーブ艦隊と連合軍艦隊が激しい砲火の応酬を繰り広げ、見ている内に、爆撃に曝されたオーブ艦が撃沈してしまった──さすがに物量差がありすぎるのだろう。しかし、諦めるわけには行かない。

 ステラは素早く気持ちを切り替え、例の新型モビルスーツ部隊を捜した。

 が、どうやらまだ上陸していないらしい。おそらく、領海の方で〝フリーダム〟が足止めしているのだろう。

 昨日の自分は──正直、勢いでキラを助けただけだった。

 けれど、今はちがう。今は、このオーブと共に──キラと一緒に戦うことが、自分にやれる最善だと信じている。

 

「──キラはっ……?」

 

 ステラは、不安と衝動に突き動かされたように機体を駆った。目指すのは、国土西側の領海方面だ。

 〝クレイドル〟はスラスターを展開し、抜き打ちにバーニアを噴射させる。青色の燐光を散らしながら、白銀のモビルスーツは、それ自体が矢のように空を駆けた。その道中、無数の〝ダガー〟隊による照準(ロック)と斉射を浴びたがが、すべてをかわして両盾のビーム砲で反撃する。

 地上を歩行するしかない〝ダガー〟隊に対して、はるか高々度から浴びせかける、なかば一方的な砲撃。自分でも卑怯な戦い方だとは思ったが、そもそも話の初め、それを云うなら出て来る方が──撃って来る方が悪いのだ。

 

(土地を、無茶苦茶にして……っ!)

 

 ステラが〝クレイドル〟に放たせる砲火は、手心の込められた〝フリーダム〟の戦いぶりとは対照的である。

 彼女自身が脅威だと判断した者を、片端から撃滅する無慈悲さ。両脇に抱えた〝リノセロス・リニアキャノン〟が「面」破壊の音速弾頭を射出し、一帯の〝ダガー〟を木っ端微塵に吹き飛ばす。その戦い方には、手加減の「て」の字もない──彼女の「て」は、「抵抗すれば殺す」という威嚇心理のそれである。

 実力差に物分かりのよい〝ダガー〟から、あるいは、鬼気迫る恐怖に心折られた〝ダガー〟から、上空を駆ける〝クレイドル〟への砲撃を止めて行った。

 

「──!? なんだ……?」

 

 そのときである。

 彼女の勘が、閃くように働いた。

 背筋になぞるような悪寒を憶え、不意に彼女は、機体に急制動を掛けていた。その空に止まった〝クレイドル〟は、まるで、何かを捜すかのように蒼色のツインアイを発光させた。

 

(何かいる。──別動隊?)

 

 ステラは、口の中でそう云った。

 理屈ではない。もっと冥々(めいめい)とした何か──生理的には分からないが、危険な感触がする。

 

 ──淀んで、歪んで、尋常ではない何かを、内に秘めたような……?

 

 働いたのは、放っておくわけにはいかないという、なまじ鋭敏な直感。

 その曖昧な感受性が、彼女の進路を変更させていた。

 咄嗟に〝クレイドル〟は転進し、当初の目的としていた〝フリーダム〟の救援任務を、ステラはその時点で放棄してしまった。

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍の防衛線に『巨大な穴』が空いたのは、戦闘が開始されてから──間もなく経った頃であった。

 大西洋連邦において、空戦用の〝ネメシスダガー〟部隊が壊滅した今、地上に防衛線を張るオーブM1隊は、ひたすら地上から差し迫る〝ストライク・ダガー〟の迎撃に当たっていた。

 そのため彼等は、すっかり上空への警戒を怠っていた。

 

 数で勝る〝ダガー〟と、M1部隊が交戦する戦闘領域に──そのとき〝純黒の戦闘機〟が舞い込んだ。

 

 大型の戦闘機、突然の来訪者──形容の仕方はいくらでもある。

 地上から測って、はるか高々度をを飛行する〝暗黒〟の大型戦闘機(モビルアーマー)は、次の瞬間、マルチロックオンシステムを起動させた。

 M1部隊は正確に捕捉され、無数の砲門から、凄まじいエネルギー砲が照射される。禍々しい裂光が地上へ迸り、高空より狙撃されたM1部隊は、一瞬にして炎の塊に転じてゆく。

 

「──新手かッ!?」

 

 声を荒げた生き残り(オーブ兵)が、すかさず銃口を振り上げる。飛行する〝正体不明機〟を肉眼で確認すると、抜き打ちにビームライフルを放った。

 爆炎と爆風にはためく黒い(カナード)を持った〝暗黒〟は、そうして放たれたビーム砲を易々とかわして見せ──その直後に、鮮やかな変身(・・)を始めた。

 それ自体が戦闘機(モビルアーマー)ほどに巨大な〝翼〟が変形をはじめ、その大型ウィング・バインダーの内部から、紅色のツインアイを覗かせた〝G〟の機影が現れる。変形した〝翼〟は機体の後背面まで滑るように移り、コネクタを介して〝G〟本体と接続(ジョイント)する。やがて〝翼〟は、それ自体が黒とモスグリーンに彩られたフライト・ユニットへの変貌を遂げた。

 独特を極めたその変貌の仕方は──「変形」というより、むしろ「変態(・・)」と呼ぶべき風であった。

 

「モビルスーツだと!?」

 

 気付いた時にはもう遅い。鮮やかな変態を決めた〝暗黒〟が、上空より赤い裂光を撃ち放った。

 熱プラズマ砲〝ネフェルテム3(サン)0(マル)3(サン)〟──その高出力の砲撃が、声を荒げた者の駆るM1〝アストレイ〟をひと呑みにした。

 しかし、それだけでは終わらない──。

 出力装置(フライトユニット)励起(れいき)された高出力プラズマ砲は、地上に展開するM1〝アストレイ〟を、続けざま、数機として呑み込んでゆく。赤く染まった野太い光条は、大気や対熱流による減衰の影響をまったく意に介さず、まるで受け付けていないのようだ。高々度から地上の標的を狙撃する恐るべき収束率──そして砲門は、長時間の放射にも耐えうる脅威的な照射力を誇る。それは〝光の線(ビームライフル)〟というより、薙ぎ払うために伸張(しんちょう)された〝光の鞭(ビームウィップ)〟といった風であった。

 突如として舞い降りた〝暗黒色の機体〟により、現地のM1部隊は一瞬で壊滅。その壊滅区域こそが、オーブ国防本部への『抜け穴』となった。 

 

 機体の名は〝レムレース〟──

 

 その名に違わず〝死霊〟を思わせる、暗黒に彩られたモビルスーツである。

 搭乗者である赤髪のフレイ・アルスターは、すっかり拍子抜けした様子で云った。

 

「なんだ。思っていたより、脆いものね?」

 

 彼女にとって、これは初めての実戦だ。よもや「苦戦したかった」とは思うまいが、こうも手応えがないと、逆に肩透かしを食らった気分である。

 

「これが戦争? こんなのじゃ練習にすらならない……」

 

 ところで、〝レムレース〟が今、背部に装備しているのは〝テンペスト・ストライカー〟と呼ばれるバックパックである。

 これは大型の推進装置で、装備することで〝レムレース〟は大気圏内でも単独で飛行することが可能になる。また、大型ゆえに機体を覆うようなオプション・パーツを『BWS(バック・ウェポン・システム)』として変態させることも可能になっており、これを使えば〝レムレース〟本体が変形機構を持たずとも、これをモビル・アーマーのように高速巡航させることが出来るようになっているのだ。オーブの兵士が当機をモビルアーマーと誤認したのは、そのBWSの大きさのためである。

 

 ──疾風のように空を駆け、暴風の如く、凄まじい火力を内蔵した装備。

 

 ゆえに『(テンペスト)』の号を持つ────。

 ここから先は余談だが、この装備は〝デストロイ〟の兵装データから着想を得ており、元々は〝ストライク〟用の支援装備として完成していた。しかし、肝心の〝ストライク〟は太平洋上で大破してしまっため、大西洋連邦は既に完成していたこのバックパックを、いっとき持て余すことになった。

 けれど、ザフトから強奪した〝テスタメント〟の背部アタッチメントと規格と適合したため、実際には〝レムレース〟用のバックパックとして流用された経緯がある。

 それから間もなくして、フレイは機体前面のモニターに、他の量産機とは異なる強力なMSを発見した。

 

 白銀のフレームに、四対の翅翼、蒼い眼──

 ザフト製のコンピュータが、自動的にその機種を特定した。フレイはそれを見て、思わず声を挙げる。

 

「ZGMF-X08A〝クレイドル〟……?」

 

 フレイは、小さく舌なめずりをした。

 ZGMF-Xの型番を持つ〝G〟兵器──

 俗にファーストステージと呼ばれるそれは、それまで対峙して来たモビルスーツと、もとい雑兵共とは明らかに異彩を放っていた。

 

 

 

 

 一方のステラもまた、目の前に見慣れぬ機種を認め、悄然としていた。

 

(こいつが、ここの防衛網を破ったの……!?)

 

 困惑するステラとは裏腹に、一方で〝クレイドル〟のコンピュータは相対した〝暗黒〟のシグナルを特定し始めていた。手許のコンピュータは、見紛うことなく〝レムレース〟を〝テスタメント〟として特定していたのである。

 それは〝クレイドル〟と〝レムレース〟が姉妹機であるから、できることだった。

 しかし、ステラは〝テスタメント〟──『契約』の名を冠する機体を認め、ますます状況が呑み込めない。

 

 ──ZGMF-X12A(テスタメント)……聞いたこともないファーストステージシリーズ!

 ──それがどうして、こんなところに……?

 

 型番からして、あの機体はさきに見た〝リジェネレイト〟──その妹機に当たるのだろう。

 ステラが放った光条を、先方は鮮やかにかわし、あちらもまた熊手のような〝トリケロス〟の改造型からレーザーライフルを撃って来る。

 これを避け、鮮やかにマニューバを決めたステラを、嫌な感触がなぞる。

 

「あいつ、なんだ……!?」

「──はっ、お姉さんってわけ?」

「気味が悪い……!」

 

 ──正規兵ではない、その一瞬を以てステラは直感していた。

 そいつの動きが、そう思わせるほどには愚直だったのである。

 まだ実戦慣れしていない様子だ。今は強靭な機体性能に助けられているのか、それとも、腕前だけは一人前なのか? 能力だけは完成していて、活きた実戦経験が不足している──強力な敵機の動きには、そういった気分があった。

 なんにせよ、バランスの悪さがあるその感覚は、ステラの中に、ひとつの可能性を呼び起こさせた。 

 

「強化人間が乗ってるのか……!?」

 

 パイロットは機体性能に助けられている、と云ったが、そもそもそれは、機体を操るだけの素質だけは充分に持ち合わせているということでもある。

 薬物によって人為的に能力を覚醒させられ、コーディネイターに匹敵する能力を手に入れた強化人間。

 ────だから、ステラには分かったんだ。

 あれは淀んで、歪んで、普通ではない〝力〟だ──その身に〝闇〟に抱えた者の末路なのだ。

 禍々しいのは機体の外観だけではない、中身の人間までも──!

 

「──踊ってみなさい!」

 

 〝レムレース〟が背部〝テンペスト・ストライカー〟から、殲滅用の砲塔である〝ネフェルテム303〟を照準した。

 間を置かず、激しく照射された赤き裂光──〝光の糸〟が〝クレイドル〟へ肉迫する。

 ビクトリアで対峙した〝デストロイ〟のそれと酷似した砲撃は──しかし、咄嗟に展開させた翡翠色の防御膜が弾き飛ばした。

 虹色の輝きと共に、炎の矢は〝クレイドル〟の目前で拡散した。白銀の機体の全方位を、球状に展開した〝アリュミューレ・リュミエール〟が覆い隠す。

 

「は……ッ」

 

 が──〝レムレース〟は怯まなかった。

 途端、〝レムレース〟は右腕に忍ばせた暗器──ランサーダートに酷似した長槍を握った。

 抜き打ちに投擲された長槍は、バリバリと盛大な音を立てて光波発生器を突き破り、ユーラシアの〝無敵の盾〟──光波防御帯をバターのように切り裂いた。

 

「!?」

 

 不覚ながら、ステラは思い出す。対抗策が施されたファーストステージシリーズには、すでに光波防御帯は通用しないのだ。

 フレイは目前の敵に向け、光刃を抜き放つ。その掌に握られたビームサーベルは、〝クレイドル〟のそれと同機種のものだ。

 

「いい反応してくれる! ──あんたがここのボスってわけね!?」

 

 その勢いの鋭さ、戦いを愉しむかのような思い切りのよさに、〝クレイドル〟が一瞬たじろぐように揺れた。

 フレイは構わず、フルスピードで躍りかかった。応戦するように〝クレイドル〟がシールドを翳し、先端からビームジャベリンを発心させた。

 

 〝白銀〟と〝暗黒〟の激突──

 

 二つの姉妹機が衝突し、空に閃光が迸る。シールドに干渉された光刃同士が、対消滅を起こして弾け合った。

 フレイの血が、みるみると温度を上げて行く。──ああ、戦うことが、こんなにも楽しいなんて!

 暗黒の〝レムレース〟──これは私の、最高の搭乗機(のりもの)だ!

 

「こいつッ──!!」

 

 ステラの中で、確信だけが積み重なってゆく。

 目の前の敵──それはまるで、ステラ自身の影のようだ。

 黒く、禍々しい悪魔のような外観を見ていると、かつての自分を背に見るようで。

 もう、今のステラが捨てたはずのもの──。

 強化人間としての忌まわしい過去を昇華したいま、しかし、今度は別の強化人間が自分の前に立ちはだかる。

 

 ──大西洋連邦は、いつまで人を道具にするんだ……!

 

 何の罪も、何の穢れもない者を拾い上げて、薬漬けにして、使えなくなったら勝手に処分する──!

 そんな道理が、許されるはずがない。

 たとえそれが、戦争に勝つための必然であったとしても──!

 

(こいつは、ステラが──ッ!)

 

 ステラは両腰にマウントされた二挺のビーム・サーベルを抜き放つ。

 そうして、もう一度〝レムレース〟に真っ向から踊りかかろうとした。

 

 そのときだった。視界の片隅、蒼穹の中にキラリと何かが光ったのは──。

 

 ステラは無意識のうちに〝それ〟に対して反応していた。咄嗟にシールドを構え、勢いよく飛来する物体を間一髪のところで弾き飛ばす。ぎりぎりで跳ね飛ばした〝それ〟は、何者かが放ったビーム・ブーメランだ。目まぐるしく、凄まじい軌道で迫って来たブーメランは、合計で二挺あった。もう一方は〝レムレース〟の方が、やはりぎりぎりのところで払いのけたらしい。

 

 ──援護のための攻撃じゃない……!?

 

 飛来したビーム・ブーメランは、確実に〝クレイドル〟と〝レムレース〟の双方を狙っていた。しかし、だとすれば誰の攻撃だ?

 この戦場にあって、オーブでも地球軍でもない存在など──?

 

「なに……!?」

 

 そのとき彼女達の上空に、赤く重い影が過ぎるのだ。

 重量感のあるリフターを背負い、放たれた光刃──〝バッセル・ブーメラン〟は、やがてその鮮紅色の機体の両肩に、初めからその一部であったかのように滑らかに装着されて行った。

 ステラはその機影を認め、こぼれそうなほど目を大きく見開いた。

 

「あ…………っ!?」

 

 邪魔をした第三者──真紅の闖入者の登場に、すっかり気を悪くしたらしい。そのとき〝レムレース〟が〝トリケロス〟レーザー・ライフルを上空に向けて撃ち放つが、真紅の機体はまさしく〝レムレース〟と〝クレイドル〟と同等のビーム・シールドを出力し、この砲火を簡単に弾き飛ばした。

 同時に、これもまた同じ規格の〝ラケルタ・ビームサーベル〟を抜き放ち、一刻の内に柄の部分で連結(アンビテクストラス・フォーム)させると、稲妻のようなスピードで〝レムレース〟へと襲い掛かった。

 圧倒的なリーチを誇り、振り下ろされた両刀をすんでのところで回避する──と、フレイはようやく敵機の実力を把握して、戦慄に呑まれた。今の一撃には、背が凍るほどの殺意があったのだ。

 

「なに、こいつ……! 速い……!」

 

 すると、またも〝レムレース〟のコンピュータが、自動的に目の前のモビルスーツを特定し始めた。

 

「ZGMF-X09A〝ジャスティス〟──!?」

 

 舞い降りたのは、正義の〝剣〟──

 これを掲げた、真紅色の騎士であった。

 

 

 

 

 

 ────アスラン・ザラは、オーブ連合首長国、オノゴロ本島で繰り広げられている地球連合軍とオーブ守備軍の戦闘を、はるか上空から俯瞰していた。

 

(大西洋連邦による、オーブへ対する一方的な戦争行為など──)

 

 国家間戦争と云って相違のないこの事態は、道理ではあるが今や民間メディアでも報道されるほどの大きなニュースになっていた。アスランはつい先日の【パナマ侵攻戦】に参加してこれを勝利に導いたばかりであるが、その後は急務として〝フリーダム〟の追討の任に就いていたのだ。

 だが結論から云えば、なかなか〝フリーダム〟の行方が知れず、彼は手をこまねいていたのだ。

 そんな折、この報道を見たアスランは、そうして流れる何気ない中継映像の中に、見覚えのある足つきなる戦艦の姿を認めてしまった。〝アークエンジェル〟──〝フリーダム〟と共にアラスカ〝JOSH-A〟から逃亡を図った、彼にとっては因縁の戦艦。

 ──どういう経緯で、あの艦がオーブに……?

 いや、そんなことはどうでもよかった。アスランにとって何より重要だったのは、その艦と共にキラが──〝フリーダム〟が逃げた、という事実である。

 

 ──足つきはオーブにある……。

 ──〝アレ〟を襲えば、必ず〝フリーダム〟も現れる!

 

 アスランの任務は〝フリーダム〟を追うこと──。

 が、宛てもなく探し回るよりは、いっそのこと自分の前にあちらから出て来てもらった方が、手間が省けるに違いない。だからこそアスランは〝アークエンジェル〟のいるオーブまで、こうして足を運んだのだ。

 

「──オレにはそれ(・・)が、目的だったというのに……ッ」

 

 アスランはぎゅっと歯を噛みしめる。

 目の前で滞空する、二機のモビルスーツを目に遣った。

 

「何だと云うんだ! どうして父上の造られたMSが、二機も……!?」

 

 このとき〝ジャスティス〟の量子コンピュータは、自動的に目の前に滞空する二機のMSデータを照合し始めていた。アスランはそのデータを見、愕然とするしかない。

 白銀の天使を連想させる、オーブ軍のモビルスーツは〝クレイドル〟──

 暗黒の亡霊を想起させる、地球軍のモビルスーツは〝テスタメント〟──

 そのどちらも、彼が目当てとしていた〝フリーダム〟と、全く同等の危険性、同等の核エンジンを搭載したMSであったのだ。

 

(そんなMSが、なぜ、ザフト以外の勢力のため戦っている……!?)

 

 どちらもザフトが開発し、ザフトのために戦う戦士であったはず。それがどうして、ザフトとは異なる二勢力の手に渡っており、いがみ合うように衝突を繰り返していると云う? 

 なぜ地球軍の手に、もう既に核の力が渡っているというのだ!?

 

「キラッ……! やはりオマエが……!?」

 

 そのときのアスランは、まるで見当違いな発言をしていた。

 

「いや、今はもう、それもどうでもいいことだ……!」

 

 アスランは、ゆっくりと目を伏せた。しばしの沈黙の後、すっとして顔を上げる。

 彼の中に溢れた義憤が、彼に『SEED』を覚醒させた。

 

 アスランの中で────何かが弾けた。

 

 眸は虚ろに変わり、光は、闇に吸い込まれるように消え失せた。

 表情を失ったアスランが、すかさず機体に手を伸ばす。

 深紅の〝ジャスティス〟は両剣を構え、これに反応した〝レムレース〟が同じように光刃を構え出す。どういうわけか、〝クレイドル〟の方はいまだに行動を停止したままである。

 

「ああ──。今ここで、まとめて破壊してしまえばいい」

 

 そう、彼の目的は、初めから〝フリーダム〟という核ジェネレータ搭載機の『破壊』と、搭乗者(パイロット)の『抹殺』だ。

 肝心の獲物──〝フリーダム〟の機影は見当たらない。

 しかし、決して無駄足ではなかったとアスランは会心の笑みを浮かべた。そう──ただ標的が変わった(・・・・・・・)と認識すればいいのである。

 

(たった、それだけの話じゃないか)

 

 何を、迷う必要があるというのだろう。

 迷いなど、自分の力を殺すだけだ。──俺はビクトリアで、それを知った。

 妹を守るために、俺は力を手に入れた。

 愚かなナチュラル共を殲滅し、コーディネイターが支配する、秩序ある世界──。

 

 それこそが──来るべき世界の様相なのだ。

 

 そのためには、ナチュラルに、これ以上の〝力〟を与えるわけには行かない。

 まして、ニュートロンジャマーキャンセラーの技術データなど──

 自分から親愛なる母と妹を奪った、核の力など! 絶対に明け渡すわけには行かないのだから──!

 

 

「見逃すものか……! いま、ここで破壊する!!」

 

 

 〝ジャスティス〟がビームハルバードを構え、黒と白、相対した二機へと襲い掛かる。

 刃が迫る〝クレイドル〟の中で、ステラは、ぎゅっと唇を噛みしめた。

 アラスカで見た、鮮紅色の機体。

 正義の〝審官〟──ZGMF-X09A〝ジャスティス〟──!

 あれは。

 あれに、乗っているのは………!

 

アスラン(・・・・)────!?)

 

 そうして歯噛みするステラの一方で、フレイは、くっと妖艶な微笑みを堪えた。

 目の前に、二機のモビルスーツが現れた。──が、細かいことなどいい。ザフトなど、いくらでも新型を造っていればいい。──わたしが、片端から墜としてあげるから……!

 兄弟機だろうが、姉妹機だろうが、そんなものは関係ない。

 乗っているのはコーディネイターで──だとすれば、それが自分が殺すべき『敵』なのだ──!

 

 

「いいわ……! 二機(ふたり)とも、まとめて地獄に送ってあげる……ッ!」

 

 

 

 〝レムレース〟──

 〝ジャスティス〟──

 〝クレイドル〟──

 地球軍、ザフト、オーブ。

 それぞれの勢力に点在するファーストステージシリーズが、その空域で激突した。

 

 

 

 

 




 クレイドルがステラの手に渡ったと知っているのは、宇宙にいる一部の評議員だけです。
 中でも、クレイドルがザフトを造反を起こし、ラクス・クラインを助けたことを知っているのは、実際に撃退されたアッシュ・グレイの報告が行ったパトリック・ザラのみ。
 地球で勝手に行動しているアスランは、どういう経緯でクレイドルがオーブに渡ったのかも、テスタメントが地球軍に渡ったのかも知りません。なんにせよ、フリーダムの一件があるので、ナチュラルによって強奪されたと、そういう被害者根性の意識が先に立ってしまっているんでしょうね。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。