~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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第二篇
『戦場への門出』


 

 第八艦隊が総力を以て地球へと送り出した〝アークエンジェル〟は、当初の降下予定地点から大きくかけ離れたアフリカ北部──夜空には満天の星、地表には頽れる広大な流砂の拡がる、辺境の地へと辿り着いていた。

 ザフトの勢力圏、リビア砂漠である。

 C.E.71年、2月13日現在──

 アフリカ大陸は北アフリカ・西アフリカ地域の国家が形成する「アフリカ共同体」が管轄下にある。

 その共同体は、地球に属する「親〝プラント〟国」という立場を取っており、ザフト軍──『砂漠の虎』と名高きアンドリュー・バルトフェルド率いる地上部隊の駐留を許可していた。したがって〝アークエンジェル〟は、端的に云えば敵地のど真ん中(・・・・)に降り立ったのだ。

 

 ところで、アフリカ大陸は──土地としてはひとつの大陸として成り立っているが、現在の情勢では、ヒトによって二分化された状態にある。

 

 前述した通り、大陸の北部から西部にかけてはアフリカ共同体の管轄に在るザフトの勢力圏だ。

 一方、大陸の南部から東部にかけては、南アフリカ・東アフリカ地域の国家が「南アフリカ統一機構」たる統一国家を形成しており、こちらはアフリカ共同体とは対立している関係上、地球軍の管轄に当たる。

 つまり、異なる意見を掲げ、異なる勢力に身を寄せたふたつの共同体が、ひとつの大陸の二分化されて共存している状態なのだ。

 当然、アフリカ共同体と南アフリカ統一機構との間、その「境界」では常に、小競り合いが続いている。

 

 アフリカの南北を分かつライン──すなわち国境を巡って、ザフトの地上部隊と駐留する地球軍との間で、衝突が起きているのだ。

 

 しかし、陣容はザフト軍に軍配が上がっていた。

 地図で見た、アフリカ大陸の頭上──北緯を上げた場所に位置するジブラルタル海峡には、ザフト軍のジブラルタル基地が構えられている。欧州地域(ヨーロッパ)ならびにアフリカ侵攻のための足掛かりとなるべく建設された、大型の軍事基地である。そこから無尽蔵に増援や補給が送り込まれてくることを懸念すれば、戦力的な面で見ても、地球軍、ならび南アフリカ統一機構が保有する戦力の方が、圧倒的に劣勢と云えた。

 実際、すでにアフリカ大陸の七割はザフト軍の占領下に置かれ、アフリカ南部まで後退せざるを得ない状況を強いられた地球軍は、云わば風前の灯火の状態にある。

 

「こりゃあ、またえらくひどい場所に降りちまったもんだねえ」

 

 相も変わらず、放たれたムウの声調には、言葉ほどの緊張感の欠片もない。

 マリューはそんなことを思いながら、言葉を発したムウに目を遣った。

 地球を描いた地図を見ながら、ナタルがため息をつく。

 

「まさか、アフリカ大陸の七割が、すでにザフト軍の占領下になっているとは……。ザフト軍の侵攻により、ラインは日に日に変わっていっている、ということですか」

「地球軍は押され気味ってことか。まったく、ザフトも頑張るねえ」

「アフリカ南東部のビクトリア湖には、地球軍のマスドライバー施設がありますからね。ザフト軍の地上部隊はおそらく、そこを制圧したいのでしょう」

 

 そのために、ザフトはこうして、アフリカにまで侵攻している。

 南アフリカ統一機構は、アフリカ南東部に存在するビクトリア湖に、大型のマスドライバー施設〝ハビリス〟を所有している。

 地球軍の宇宙港──宇宙への玄関口として機能しているその施設を、ザフトとしては、先んじて潰して置きたいのだ。

 

「ザフトは、赤道付近にあるマスドライバー施設をすべて掌握するつもりだろう? あー……、なんだっけ? 〝オペレーション・なんとか〟とやらの作戦の一環でさ」

「〝オペレーション・ウロボロス〟──古代神話に登場する、尾を咥え輪を描いた大蛇の名になぞらえて──私達ナチュラルを地球に閉じ込める作戦、ですね?」

 

 ムウの曖昧な声に、マリューが補足する。

 それだ、と声を漏らして合点したムウは、その先を続けた。

 

「地球軍を宇宙に飛ばせなくして、宇宙(そら)から一方的に攻撃を仕掛けようって魂胆なんだろうが……この勢力図を見させて頂いた限りじゃ、ビクトリアが陥落するのも時間の問題かねえ?」

 

 ムウは、悪びれた様子もなく────目の前に据え、コーヒーカップを握った物騒な身なりをした男に訊ねた。

 男の名は、サイーブ・アシュマン。

 〝アークエンジェル〟が降下した地点、その付近を拠点として活動するレジスタンス集団『明けの砂漠』のリーダー格の男だ。

 恰幅が良く、口まわりに生やした髭は厚い。よく日に焼けた肌の下には、いくつもの傷跡が伺える。

 見た目は物騒だが、期待を裏切らず、性格もまた荒っぽい一面も持っているようだ。サイーブはムウの砕けた風な問いには答えなかった。

 一歩前に進み出て、マリューが頭を下げる。

 

「本当に好くして頂いて……感謝しています」

 

 心外そうに、サイーブは口を開いた。

 

「礼なんざぁいらねえよ。俺達『()けの砂漠(さばく)』は、別にあんた達を助けたわけじゃあねえんだからな」

「助けたわけじゃない? ザフトの攻撃から、おれたちを守ってくれたのに──か?」

 

 ムウは、嘘は云っていない。

 サイーブ・アシュマンを首魁とするレジスタンスは、二日前、この砂漠へと降下した〝アークエンジェル〟を味方のように援護し、そして匿ってくれていた。

 第八艦隊との別れを告げた〝アークエンジェル〟は、援軍も見込めず、土地勘すら働かない土地に降りてしまった。そのことによって浮足立っていた彼らに襲い掛かったのは、リビア砂漠に駐留したザフト軍による攻撃だった。

 〝アークエンジェル〟ほどの巨大な図体を持った戦艦が宇宙から降りてくれば、まず敵軍に特定されるであろうことは想定の範囲内だ──が、ザフト軍の動きは、それよりもやはり迅速なものであった。四足獣型のMS〝バクゥ〟を主力とするザフト地上部隊の襲来──迎撃のため〝ストライク〟が出撃したが、慣れない重力下の戦闘や、着地する度に崩れ落ちていく流砂が足場なこともあって、ひどく苦戦を強いられた。

 そんな苦境に、現地のレジスタンス──サイーブ率いる『明けの砂漠』が、地中深くに埋められた地雷(トラップ)によってザフトを撃退したのだ。

 

「オレ達は、オレ達の『敵』を討つために手段を選んじゃいねえ。──あんたらを助けたのは、あんたらの存在こそが、手段(それ)になると思ったからさ」

 

 含みのある口調にマリューは怪訝な顔をしたが、ナタルは冷淡として、サイーブの発言の意味をくみ取る。

 

「──例のザフト部隊を退けるために、我々の力が利用できると考えたと?」

「察しが良いな、さすがは軍人さん、というべきか」

 

 彼らも彼らで抵抗軍(レジスタンス)なんて銘打った集団を組織しているのだから、地球連合軍という大きな組織のことも生理的には嫌いであるらしい。

 だが、ザフト軍よりはマシである、というにべもないポリシーがあるのだろう。敵の敵は味方──むっつりとした肉体派な見目に反して合理的な論を呈され、マリュー達はこうして、レジスタンス『明けの砂漠』の拠点に、戦艦ごと収納されるという状況に至っている。

 

「おれたちの目的は『砂漠の虎』──アンドリュー・バルトフェルド率いる地上部隊の壊滅だ」

「だから、レジスタンスね?」

「そして、あんた達にも、何としてもアラスカにたどり着かなきゃならねえっていう使命があるんだろう?」

 

 ──砂漠の虎は、そのためには決定的な障害だ。

 付け加えられたサイーブの言葉どおり、おそらく〝アークエンジェル〟にとってもザフトとの交戦は避けて通れない道だ。あくまで「共通の敵を退けたい」という利害が一致したことにより、二者はこうして、臨時的な協力関係にある。

 サイーブは口角の片端を釣り上げて云う。

 

「こっちとしちゃ、とんだ災いの種に降って来られて(・・・・・・・)びっくりしてんだ。──まっ、あんたらにとっちゃ、こんな辺境の砂漠、それも敵地のど真ん中に降りちまったこと自体が災難なんだろうが──第八艦隊を犠牲にしてまでも生き延びたその悪運の強さとやらを、こっちのために利用させてもらえるってんなら、悪い話じゃあねえ」

 

 その言葉を受け、マリューがむっとした表情を作る。──どうやら粗雑な見目に合って、踏み込んではいけない人の心域を気遣う頭はないようだ……寛容ではあるが、繊細ではないらしい。

 しかし、マリューも反論することは出来ない。

 事実として〝アークエンジェル〟の降下は、畏敬すべき第八艦隊の全滅の上に完遂されたものであり、サイーブの云っていることは間違ってはいない。まして〝アークエンジェル〟の莫迦でかい船体を匿えるほどの土地を提供し、乗務員達の安全を確保してもらっている以上、こちらは下手に出て当然なのだ。多少の無礼は、耐え忍んで然るべきなのかもしれない。

 その時、サイーブの隣に据えたレジスタンスの少年、アフメドが口を挟んだ。

 

「降って来たと云やあ、二か月くらい前にも、このアフリカ南東部に『黒鉄(くろがね)の巨人』が降って来たとかなんとか、そんな噂も上がったよなあ?」

「クロガネの巨人?」

 

 聞き慣れない言葉に、ムウが怪訝な顔を作った。

 

「巨人って……なんだい。今更? モビルスーツのことか?」

「さあな」

 

 アフメドは欧米人のように肩を竦め、手のひらを返した。実際、人種を見れば欧米人なのかもしれないが。

 

「俺もよく知らねえんだ。なんせ、最近になって南の方で流行り出した、ちょっとした都市伝説みたいなもんだからよ」

「あいにく、南にゃあレジスタンス(オレたち)の諜報員はいねえからな。何を思ってそんな名の噂が上がったのか、こっちとしちゃ、知った所じゃあねえのさ」

 

 南と云えば、地球軍の──ビクトリア基地がある方角だ。

 曖昧に切り返され、ムウは釈然としない顔をした。

 巨人、と形容されるモノと云えば、モビルスーツ程度のものだろう。だが、いまさら──?

 モビルスーツなど、今やザフトの息が掛かった地域、そのどこでも目にすることができるというのに。

 

「──とにかく! 無駄話は終わりです。私達がこれから考えねばならないのは、アフリカの情勢ではなく、どの経路を辿ってアラスカへ向かうかです!」

 

 話の軌道を、マリューが押し戻す。

 ──そうだ。

 今は、余計なことを考えている時間はない。

 孤立無援の〝アークエンジェル〟が、この厄介な土地に降りてしまった以上は、なんとしても、自力でアラスカまでたどり着かねばならないのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 〝アプリリリウス・ワン〟の会議場施設では、事態が今にも動き出そうとしていた。

 かつて、パトリック・ザラとシーゲル・クラインは盟友だった。

 ふたりはかつて、共に〝プラント〟の住民、すなわち、コーディネイター達の「諸権利の獲得」を目的とした政治結社『黄道同盟』を結党し、それ以降は、互いに〝プラント〟の政務官として同じ夢を掲げ、同じ道を歩んで来た。

 

 しかし開戦──いや、血のバレンタインを期に、そんなふたりの間柄にも決定的な溝が生まれ始めた。

 

 生死を問わぬ表現をすれば、その事件によって、パトリックは地球軍に愛する妻子を奪われた。それからというもの、彼は反ナチュラル精神に餓えるようになり、武装蜂起を訴え、戦争を推進する強硬派の頂点に据え立った。

 対するシーゲルは、元々、コーディネイターとナチュラルは相互に歩み寄るべき存在としての考えを主張し、穏健派として立ち上がり──否応なく──パトリックの前に「政敵」として、立ちはだかる他なかった。

 埋まらないふたりの思想の違いは──時を重ねるごとに、露骨に表面化して行った。

 〝プラント〟が抱える、コーディネイター同士の自然出生率の低下──これを打破するための「婚姻統制制度」を巡っても、両者の意見・考え方は対極的だった。

 遺伝子配列により、あらかじめ選定された男女の婚姻しか認めない制令を実施しても、第三世代のコーディネイターの出生率は、低下の一途を辿るばかりだった。

 この現実を目の当たりにして、シーゲルはコーディネイター達の「ナチュラルへの回帰」を訴え、ナチュラルとの雑交を解決案として掲げた。どこまでも和平に歩み寄る、それは彼らしい意見でもあった。だが、対するパトリックはそれを一蹴し、ナチュラルへの回帰を否定した。コーディネイターの英知を以てすれば、その問題すらもコーディネイター達の独力で、いつかは必ず乗り越えられると断じて譲らなかった。

 

 ──始まりは同じだった……。

 ──なのにどうして、こんなにも離れてしまったのだろう……。

 

 シーゲルは自身の執務室のデスクに坐しながら、頭を抱えていた。

 彼は、現時点で最高評議会議長を務め──〝プラント〟の総意の上に立つ人物である。

 しかし、そんな役職にも任期は存在する。最高評議会議長の任期は三年間とされており、C.E.68年に議長に選出されたシーゲルには、もうじき任期の終了が迫っていた。

 執務室を見渡しながら、シーゲルは、どうしようもない不安に駆られる。

 

 ──別に、ここまで来て、この議長室を離れるのが名残惜しいわけではない……。

 

 だが、シーゲルはこのまま、後任となって然るべき人物に「ここ」を明け渡すことに、強い躊躇を憶えてしまうのだ。

 後任、それすなわち──次期(・・)最高評議会議長となって然るべき人物……

 

 パトリック・ザラに。

 

 〝プラント〟は共和制でありながら、非選挙制を執っている。

 政治体制にも、コーディネイター独自のシステムが取り込まれ、政治に関して遺伝子上の高い「適性」が認められた者達のみが評議会を構成するという、互選制が適用されている。

 総勢十二名で構成される、当刻の最高評議会議員。その過半──エザリア・ジュール、ダッド・エルスマン他──の議員は既に、戦争を推進する強硬派に腰を据えているのが現状だ。

 

 評議会自体が、戦争を推進する強硬派の勢いを喰い止められずにいる。──穏健派のシーゲルとしては口惜しいが──それが、今の評議会の実情なのだ。

 

 穏健派が、強硬派に妥協し始めていることは、実際に〝プラント〟が行ったことを考慮すれば、誰の目から見ても明らかなことだ。

 発端は血のバレンタイン────C.E.70年2月14日。これにより〝プラント〟全体が、戦争を肯定する思想を基盤に付けた。

 同月の2月18日──〝プラント〟による「黒衣(喪服)の宣言」が発表され、〝プラント〟は地球連合軍に対して、徹底抗戦する姿勢を宣言。これを発表したのが、穏健派であるはずのシーゲル自身だった。

 

 ──核を放った野蛮なナチュラルに、我々は屈しない。

 

 それはシーゲルの口から放たれた言葉ではあったが、シーゲルの心から放たれた言葉ではなかった。

 あくまで代表として〝プラント〟の総意を表明するために、議長であったシーゲル自身がやらなければならなかったこと。

 同年の4月1日。

 可決された〝オペレーション・ウロボロス〟が施行され、核分裂反応を防ぐニュートロンジャマーが地球全土に散布され、地球にて、多くの犠牲者を出した。

 

 もはや穏健派では、強硬派は止められない。

 

 強硬派の頂点に立つのは、パトリック・ザラだ。

 

(私の任期が終われば、まず間違いなく、パトリックが議長の座に就くことになるのだろう……)

 

 シーゲルにも、その予想は付いていた。

 だが、そうなれば、これからの〝プラント〟の行く末はどうなる?

 戦争を推進するパトリックが、ワンマン体制で政治を取り仕切ろうものなら……

 和平より武威。

 友好より脅迫。

 言葉は通じず、武力が物を云う政治・世界になってしまうのでは……?

 最高意思決定機関の長を務める男の下に──〝プラント〟全体が、パトリックが掲げた武断思想の下に、戦争へと乗り出すことになるかもしれない。

 

(本当に、それでいいのか……)

 

 何か、打つべき手はないのだろうか?

 シーゲルが思い悩んでいると、その時、執務室のテレビのチャンネルが、自動で切り替わった。緊急番組でも開かれるらしい。番組は勝手に切り替わり、テレビの中には、盟友パトリック・ザラの姿が映し出された。

 

「なんだ……?」

 

 映像の中のパトリックは、決然とした面持ちでマイクの前に立っている。

 何か、宣言を行うつもりか?

 シーゲルは、そんな情報を聞いていない。──つまりこの放送は、パトリックの独断によるものである。

 

〈この放送は〝プラント〟全域および、後に地球圏全域に向けて発信が予定されるものであり、この私──パトリック・ザラが〝プラント〟に住まうコーディネイター達に隠されて来た真実(、、、、、、、、)を告げると同時に──地球連合軍に対して、抗戦意志の存続を表明するものである〉

 

 シーゲルは思わず立ち上がり、その放送に目を見張る。

 放送は──パトリック自身が、この緊急宣言を見る〝プラント〟国民すべての戦意を煽らんとするものであった。

 

一年前(、、、)の今日。──地球軍は食料〝プラント〟であった〝ユニウスセブン〟に核を放ち、24万にも及ぶ我らの同胞は、無残にも殺された。我々はこの日付を、あの日に受けた野蛮な仕打ちを、決して忘れることはできない〉

 

 ハッとして────シーゲルは時計を見遣った。

 決して、失念していたわけではない。

 映像の中の、パトリックの云う通りだ。

 今日という日は──

 

「2月14日。────血のバレンタインの、一周忌……」

 

 時計に示された日付を見て、シーゲルは悄然とする。

 今日の日付は、C.E.71年2月14日──戦争の引き金ともなった、最大の事件の一年後である。あの忌々しい事件から、もう一年という月日が流れたのか。

 

〈一年前、〝ユニウスセブン〟で無残に散って行った者達の嘆きを、我々は決して忘れてはなりません。

 皆に改めて問いたい。地球軍が行った核攻撃に──果たして正義があったのか。

 何の罪もない者達、平穏に暮らしていた子ども達の未来を奪う──遺された我々の人生を狂わせる権利が、彼らにあったのか。

 ……いいえ、あるはずがないのです。地球軍が行ったのは、制裁などではない────虐殺だ!〉

 

 煽情的な言葉に、シーゲルは唖然とする。

 

〈〝ユニウスセブン〟を破壊したのは、コーディネイターの食料源を絶ち、我々の抗戦の意志を削ぐことが目的でした。──ええ、ここで我々が戦意を失えば、我々は彼らの手の上で踊ることになるのです。

 彼らは、我々の足元をすくったのです! 農業用〝プラント〟(ユニウスセブン)という、軍事には最も無縁な世界を破壊したのも、そのため。

 戦わねばなりません。散って行った者達の無数の無念の上に立ち、立ち上がらねばなりません! 地球軍には決して屈さないと────真の自由を求め、彼らに正義の鉄槌を下すために!

 我らコーディネイターにとって──揺籃の時代を勝ち取るために!〉

 

 シーゲルは、額をつうと汗が流れるのを感じた。

 

「揺籃、だと……?」

 

 こぼれた声が、強かに震えている。

 「揺籃(ようらん)」────それは、物事の「先駆け」を意味する言葉だ。

 物事の発展の先駆けとなった、黎明となった時期や場所を指示した言葉。

 ヒトで言い換えれば──「揺籃(ゆりかご)」だ。生まれたばかりの何も知らない赤子が、これから大きく成長していくために、必要となる場所。何か物事が、これから大きく発展して行かんとする黎明段階のこと。

 

(ナチュラルから独立してからこそが、コーディネイター達の揺籃の時代の始まりと、そう云いたいのか、パトリック……!)

 

 映像の中で、男はさらに先を続ける。

 

〈私の妻は、〝ユニウスセブン〟の農業研究者でした。そして娘は〝ユニウスセブン〟で暮らす、平穏な女学生だった。

 しかし、一年前のあの日、あの核攻撃によって、ふたりは共に殺されました。ですから私の掲げたこの宣言には、地球軍に対して抱いた個人的な恨み辛みもあるのでしょう────それを否定はいたしません。

 ですが、娘は生きていることが分かったのです〉

 

 パトリックは、放送にて宣言を続けた。

 隠されて来た真実を────〝プラント〟全土に向けて発信した。

 みずからが愛嬢、ステラは去年のこの日、早朝にシャトルに乗り、核攻撃の難を逃れていたということ。それだけなら、わざわざ宣言にて発表する必要もないが──その後、彼女の身柄は、地球軍のブルーコスモスに引き取られたということを明かした。

 

〈久しく再会した時、その娘は変わり果て! 薬によって洗脳され! 地球軍で戦う、無機質な駒とされていました! ──私はいち〝プラント〟国民として、そして彼女の父親として、地球軍のこの蛮行を許すことはできません。

 偽りの正義に捕らわれた彼女を救い出したのは──戦場で彼女と再会した、私の息子、アスラン・ザラでした。引き裂かれた兄妹が戦場で殺し合う──こんな状況を作り出したのは誰か。私はその者達を、激しく非難したい〉

 

 一家を襲った悲劇を、赤裸々に語る。

 あくまでも、絶大な煽情効果を持つプロパガンダとして。

 映像は一転して、様々な記録画像、として映像を映し出す。

 まず最初に映し出されたのは、パトリックが娘と紹介したステラが、本当に彼の娘であるのかを示した証拠の映像。

 そして次に────金の髪を揺らした少女の、ぼんやりと振る舞う姿の映像。これが私の娘だと、云わんばかりの映像だ。

 やがては、交戦する真紅の〝イージス〟と真鍮の〝ディフェンド〟の機体が戦闘している映像が映し出された。

 

〈この決断を許していただきたい……。ですが私は、我々が抱げた地球軍への反撃作戦──〝オペレーション・ウロボロス〟を必ずや成功させねばなりません〉

 

 ウロボロスの輪廻の輪を閉じ、ナチュラル達を地球の輪へと抑え込むために。

 

昨日(さくじつ)より、地球では第二次ビクトリア攻防戦が開始されました〉

 

 数日前、評議会では〝オペレーション・ウロボロス〟が見直され、アフリカ戦線が強化されていた。

 地球にある地球軍が管轄するマスドライバー施設をすべて制圧するために、地球の各地にある前線基地を増強し、まさに昨日、ジブラルタル基地からアフリカ南部にあるビクトリア宇宙港への侵攻が始まったのだ。狙いはただひとつ、ビクトリア基地が保有する大型のマスドライバー施設〝ハビリス〟を掌握すること。

 

〈今日という日に花を添えるため────ビクトリア前線では、勇敢なる兵士達が懸命に戦っています。

 難航しているようですが、必ずや我々は、かの基地を制圧してみせます〉

 

 アフリカ大陸は、既に七割がザフトの手中にある。

 残された地球軍の戦力では、とても抗戦できる状態ではないはずだった。

 

「だが……こうして、戦火は広まっていってしまうのか」

 

 無力な自分を呪い、シーゲルが思い悩んでいると、入口から、彼の秘書が入室した。

 何用かと思い、「どうした?」と訊ねる。

 放送は、変わらずに続いている。

 

「シーゲル様、お客様がお見えです」

 

 思わぬ言葉に、顔を顰めた。

 客人?

 面会の予定など、なかったはずだが……。

 唖然としていながら、それでも急用でも入ったのだろうと、秘書に「通せ」と告げる。畏まりましたと秘書は申し、下がって行った。

 

「!」

 

 ひと間おいて、現れた客人────その姿に、シーゲルは目をむいた。

 

「ステラ……ッ!?」

 

 思わず立ち上がり、その場に唖然と立ち尽くす。

 シーゲルは、金の髪の少女────旧友の娘、ステラの姿を認めた。

 そして、愕然としている。

 

 

 

 

 ザフト軍の制服(ぐんぷく)を着ている────その少女の姿に。

 

 

 

 

 赤色を基調とし、黒色で縁取られたザフト軍の敏腕パイロットであることの証明服──改造が施され、肩から先の袖口は切り拓かれており、膝まであるブーツと、桃色のスカートの間から、生身の素足が覗いている。

 肩上で揃えられた滑らかな金の髪を揺らした少女に、シーゲルはすぐに血相を変えて駆け寄った。

 

「どういうことだね! なぜキミが、そんな軍服(もの)を」

「戦うことが、ゆるされた」

「なにっ……!?」

「それで、シーゲル様に会いに……『おわかれを云いに行け』って。父様が」

 

 ステラは、平然として言い放つ。

 シーゲルは激しく動揺しているが、ステラが平然と云うのは、何も彼を動揺させたいがゆえではなく、もともと、のんびりとしたそういう性格をしていたからだろう。どちらかと云えば、突拍子もないことを云って、もしくはやらかして、周囲を驚かせる性格は、娘のラクスに、まるで似ているとかつてのシーゲルも思ったことがある。

 

「戦うって……な、なぜそんなことになる? キミは今まで、散々戦わされて来たのだろう? パトリックに強制されたのか!?」

「ううん。今度は、ステラの意志。──戦いたいって、父様に云ったの。そしたら」

 

 ステラは淡々と話す。

 当然、そこには、大きな決断と、長い時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 それは昨日──2月13日のこと。

 午前ごろ、ステラはパトリックの執務室を訪れた。そこで〝プラント〟の──アスランのために戦いたいと、ステラ自身が意志表明を行ったのだ。

 だが、戦闘の意志を表した所で、パトリックは父親として、政治家として、彼女の意志を突っぱねるであろうことは、誰が考えても明らかなことである。

 

 そもそも、操られていたとは云え、これまで地球軍に与していた者に、ザフトの赤服が渡せるはずもない。

 

 まして、それは己の娘なのだ。

 仮にザフト軍のエースパイロットと渡り合い、これを撃墜して来た実績が認められ、赤服を着るに相応しい能力を持っていたとしても、ステラはこれまで、薬によって操られていただけの兵士。軍に対しての忠誠心というものを、これまでに持っていたかどうか怪しまれるような存在でもある。

 地球軍、正確には〝アークエンジェル〟には、みずからの意志で協力していたようだが、アスランの言葉を受けて、その意志は一気に衰弱してしまった。

 己の大義をしっかりと抱けぬ者には、なかなかどうして、赤服など与えられるはずもないだろう。そうしてパトリックは、ステラの意志を拒んだ。

 

「オマエが活躍する場所は、何も前線でなくていいのだ。オマエには多くの者を守る力がある……オマエは私の娘だ。そのことだけに誇りを持てば良い」

 

 事実としてパトリックは、彼女の存在を軍事ではなく、政治に利用したのだ。

 言い聞かせるような口調で返され、ステラも、返す言葉を失う。

 〝ディフェンド〟に乗って、ザフトと敵対して来た彼女が、今さらザフトとして地球軍と戦うことなど、簡単には許されるはずがない。第一、「〝プラント〟のために戦いたい」という、その言葉が信用されているかどうかすら、この時点では怪しいのだから。だが、ステラはそれでも、と思う。

 

 ──「〝プラント〟のために戦いたい」っていう想いは、うそじゃない。

 

 今の彼女には、その確信と自信がある。

 

 ──亡くなった母様(レノア)が、ステラにアスランを任せてくれたんだ。

 

 だからアスランが〝プラント〟のために戦うのなら、ステラも〝プラント〟のために戦いたい。

 戦うだけの力は既にある。後はその意志と能力を、国防委員長である父が認めるだけなのだが。 

 

「聞き分けを覚えろ、ステラ。オマエを軍に入れることなど、到底、認められたことではない」

 

 頑固な父は、それを一蹴した。正論でもあるのが、ステラには歯がゆかった。

 ──戦うだけの力があるのに。

 ──守りたいと祈る想いが持てるようになったのに。

 ──今は、戦うことすらできない……。

 ステラは昔と違って、成長した。

 自分の意志を表せるようになったし、自分の意志で行動できるようにもなった。でも、そうなった時にはもう、自分には戦う自由は与えられていないのだ。

 父から放たれる言葉は、いちいち親心の欠片もない。

 

「分かったなら、次の指示があるまで待機だ。私は今、忙しい」

 

 そう云い捨てて、パトリックはステラを退室させた。

 パトリックは、この時〝オペレーション・スピッドブレイク〟の準備に取り掛かっており、多忙だった。

 この日、既にアフリカ南部では第二次ビクトリア攻防戦が開始されていた。既にアフリカに滞在する地球軍の戦力は、風前の灯の状態にあったため──攻防戦は、今日中には片が付き、あっという間に勝利で終わると踏んでいた。

 

 しかし、その予想は、見事に裏切られた。

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ、夜になった。

 執務室にて────パトリックは、信じがたい現実を突き付けられていた。

 執務室に慌てて飛び込んで来た、彼の側近を務めるレイ・ユウキにより、思わぬ報告を受けたのだ。

 

「──壊滅!? 壊滅とは、どういうことだ!?」

 

 思わず憤り、パトリックはダンとその場に立ちあがる。

 汗を流したユウキは、乾いた声で報告を続けた。

 

「詳細は現在確認中です。しかし、ビクトリアへ侵攻したモビルスーツ部隊の内──『半数以上は撃墜された』との報告が」

 

 それはパトリックにとって、心外も甚だしいような事後報告だった。

 

「莫迦な……ッ、相手はナチュラルだぞ!? アフリカ南部の地球軍の戦力は既に矮小し、消し飛んだも同じではないのか!」

「はい……そのように報告を受けています。どうやら、連合の戦力がすっかり疲弊していたというのも、間違いではないようですが……」

 

 では、なぜ──「壊滅」などという二文字が、報告として飛び込んで来る?

 レイは先を続けた。

 

「さいわい、ビクトリアへ侵攻したのは、偵察と戦力調査を兼ねた先遣隊だったそうですので、ジブラルタルに構えた本隊は無事だとの報告も上がっています」

 

 パトリックの眉間に寄ったしわが、なかなか戻らない。

 それほどまでに、意外な結果に憤っているのか。

 

「ですがこうなってしまっては……侵攻作戦の見直しも、視野に入れるべきではないかと」

「ビクトリア基地の陥落、そしてビクトリア湖に存在するマスドライバー〝ハビリス〟の接収は、オペレーション・ウロボロスを完遂させる上で前提となるべき任務だ、あの地から退くことは許されん!」

「しかしっ……」

 

 アフリカ南部を制する南アフリカ統一機構は、その領土の殆んどをザフト軍の地上部隊に奪われ、ビクトリア陥落は目前まで迫っている状態にある。

 数日前にパトリックがみずからアフリカ戦線の強化案を発議し、ジブラルタル基地に戦力を送り込んだのも、ビクトリア基地のマスドライバーの掌握が、オペレーション・ウロボロスを実行する上で必定となっていたからだ。

 しかし、報告では、ビクトリアへ侵攻した先遣隊────全体率で見て、ジブラルタルが誇るザフト軍の戦力のおよそ三割が、返り討ちにあったと云う。

 

 ──あり得ない話だ!

 

 パトリックが、怒りに任せて叫んだ。

 

「生き残った先遣部隊の報告では、ビクトリア基地の中枢部に、謎の円盤型の要塞が建造されていたとのことです……! 詳細は不明ですが、これにより部隊は壊滅し、先遣部隊は激しい損傷をこうむったと……!〉

「な、に……ッ!」

「以前までは、そんな要塞は確認されていなかったそうなのですが……」

 

 ニュートロンジャマーがもたらした弊害は、ザフト軍にとっても大きなものとなった。

 宇宙からの衛星による通信ができなくなり、地上の様子を覗くことさえもが難しくなったのだ。副産物として電波妨害は長距離通信を不可能に貶め、レーダーを撹乱させる。これによりザフト軍は、ビクトリア基地が誇る戦力を現地に赴いて確認せざるを得なくなった。──よって先遣部隊が先陣を切り、謎の円盤型の要塞がビクトリア基地に新設されていることを知る。しかしその直後、要塞によって部隊は謎の壊滅を遂げたとされている。

 

「このまま無策にジブラルタルから攻撃隊を送っても、結果は──」

 

 ナチュラルの造り出した謎の要塞を前に、コーディネイターであるザフト軍が、またも敗北するというのか?

 そんな……そんな馬鹿な話が、本当にあり得るのだろうか?

 

「かの要塞を突破し、ビクトリアを制圧するためには、要塞から放たれる砲火を防ぐだけの強力な盾と、要塞を破壊しうる強力な武装が必要です」

「…………ッ!」

 

 パトリックは、焦っていた。

 第一次ビクトリア侵攻戦が敗北に終わっている以上、同じ過ちを、二度と繰り返すわけにはいかない。議長に就任する前に、自身が担うこの計画──オペレーション・ウロボロスが頓挫・破綻するようなことになれば、為政者としての多くの信用を失う。そうなれば、議長へ選任されることさえもが危ぶまれる。

 

 ──なんとしても、ビクトリア基地は落とさねばならない……!

 

 まして明日は、血のバレンタインの一周忌なのだ。

 各所ではその追悼式典が催され、パトリックは多忙につき、そこに参列することは出来ない。亡くなっていった同胞たちの弔いに、花を添えねばならないのだ。

 

 ──犠牲者達に献花する意味を込めても、この攻防戦は勝利して終わらねば意味がない!

 

 黙り込み、深く逡巡する。

 ジブラルタルの部隊と云えども、其処に配備されているのは〝シグー〟〝ディン〟〝バクゥ〟〝ザウート〟〝グーン〟と云った量産機ばかり。だが、現地の兵が求めたモノは、新設された要塞を突破するために必要な『盾』そして『矛』────。

 その瞬間、考えが、パトリックの頭をよぎった。 

 

「アスランと────ステラをこの部屋に呼べ…………!」

 

 その言葉に、レイ・ユウキはぎょっと目をむいた。

 

「えっ。まさか、閣下!」

「状況は変わったのだ! 今の我らには────手段を選んでいる余裕などないッ」

「────!」

 

 ユウキは唖然として、その指示に従った。

 

 

 

 

 

 

 数分後、アスランとステラは、パトリックの執務室へと招集された。

 レイ・ユウキはそこで席を外し──部外者のいない、家族だけの空間を造り出した。父と兄妹────親子水入らずの会合の瞬間だというのに、こんな席を設けた当のパトリックの表情は巌と憮然として、強い怒気に満ちているように見える。

 アスランは軍服で、ステラは私服で入室している。

 何用で呼び出されたのかも分からないアスランと、昼に訪れ、即刻に退室するよう促されたステラは、分けが分からぬ顔を浮かべていた。突拍子がないことを言い出すのは、アスランにとってはいつものことであったが──パトリックはそこで、憮然として言い放った。

 

「オマエたちに────新しい任務を与える」

 

 その言葉を聞き、アスランは、優れているはずの自分の耳を疑ってしまった。

 ──おまえ(・・・)たち(・・)

 複数系で呼ばれたことに、違和感を隠せなかったのだ。

 

「明日の正午、私が全世界へと向けて宣戦放送を行う。同刻、オマエ達は〝アプリリウス〟を離れ、軌道上で待機するクルーゼ……〝ヴェサリウス〟と合流しろ」

 

 それはアスランにとっては、父からの復帰命令でもあった。

 だが、後に続けられた言葉に、凍り付く。

 

「その後、直ちに地球のジブラルタル基地へ降下し、今現在、難航しているビクトリア制圧戦に助力するのだ」

 

 しばし時間を忘れ、硬直する。

 ──いったい、何の話をしておられるのだろう……?

 アスランは目を丸くして、その一方的な言葉に、疑念を抱くばかりだ。

 ジブラルタル地上部隊の、助力? 軍服に身を包むアスランにその指示を煽るならば、それはなんとか、了承できる。

 ──だが、ならばどうして、この席にステラを呼んだんだ……?

 父の言い分が、どうしてもアスランには正確に読み取れない。

 次の言葉で──その意味をを知ることになった。

 

「ステラ。オマエには専用の機体を与える」

 

 唐突に云われ、ステラの目が開く。

 ハッと息を呑み、紡がれた言葉を待つ。

 

「そうだ。────ザフトへの入隊を許可する」

 

 云いながら、パトリックは立ち上がり、女性用のザフト軍の赤服をデスクから取り出した。これを差し出し、ステラへと突きつける。

 有無も云わせぬ会話展開……いや、会話にすらなっていない、パトリックの一方的な軍事通達に、ステラは唖然としながら「それ」を受け取った。受け取らざるを、得なかった。傍らのアスランもまた、開いた口を閉じれずにいる。

 

「〝プラント〟のために戦いたいと云っていたな。……私はオマエの父として、その言葉を信じてやる」

「えっ……」

「オマエはこれより、その軍服に袖を通し、ザフト軍の一員となれ。工廠でGAT-X401〝ディフェンド〟を受領した後、アスランと共にビクトリア制圧戦に参加するのだ」

「ま、待ってください! 父上!」

 

 矢継ぎ早に話される内容に、アスランも頭がついて行ってないのだろう。

 激しく困惑しながら、息子は父を問い詰めた。

 

「機体を与えるとは? それにザフト軍の赤服を、捕虜にこんな形で授与するなど……!」

 

 よりにもよって──機体と軍服、両方を与える相手が、ステラなのだ。

 彼女はこれまで、地球軍で戦い、ザフト兵を傷つけて来た経緯がある。兄としてのアスランはその事実を咎めたいわけではないが、そのような人物に、軍の最重要機密である〝ディフェンド〟と──数多の兵士がそこに袖を通すことを夢見る赤服を手渡すことに、疑惑を感じざるを得ない。ましてザフト軍の赤服は、きちんと手続きを経過した上で、アカデミーでも優秀な成績を残した者だけが着用することを許されたもの。

 

(たしかに今のステラの能力を鑑みれば、──それがどんな過程で養われたものだとしても──赤を着るのに相応しい技量と、身体能力を持っているかもしれない……!)

 

 だが、能力だけで世間が渡っていけるわけではない。

 人格的にも相応の資格と資質が求められ、その点で云えば、ステラは洗脳された過去があり、精神的に未熟な点も多いのだ。

 動揺するアスランに、パトリックからの返答は厳しい。

 

「地球軍が開発したと思われる、ビクトリア基地に構えられた、素性すら分からぬ謎の巨大要塞───これを突破するためには、其処から放たれる砲火を防ぎうる最強(アリュミューレ・)の盾(リュミエール)を持つ〝ディフェンド〟と、一瞬で要塞を破壊しうる俊敏性と最強の槍(スキュラ)を持つ〝イージス〟の参戦が、必要不可欠なのだ」

「えっ──」

オマエたち兄妹(・・・・・・・)で協力し────ジブラルタルの兵達の道を切り開け」

 

 最強の盾として──GATシリーズの中で最硬の防御力を誇る〝ディフェンド〟と、

 最強の槍として──GATシリーズの中で最強の突破力を誇る〝イージス〟の協力が、不可欠なのだとパトリックは云う。

 どちらの機体も、〝ジブラルタル〟に配備された、従来のザフト軍モビルスーツの性能を凌駕するものだ。

 ──しかし。

 アスランの疑念は、なおも消えない。

 

「だからといって、なぜ、ステラなのですか……」

 

 政治に利用し、そのあとは、戦争のために妹を利用しようというのか?

 たとえステラ自身が、戦うことを望んでいたとしても。

 今まで過酷を強いられてきた彼女に、さらなる過酷を与えようというのか?

 

「ビクトリア基地の制圧は、何としても近日中に執り行わなわねばならない。現時点であの機体(ディフェンド)を、ステラ以上に扱える者はいないのだ!」

 

 ステラによって、独自に書き換えらえた〝ディフェンド〟のOSのことも懸念すれば、その説は間違ってはいないが……。

 パトリックは、力強い言葉をさらに続ける。

 

「かのアフリカ大陸は、既に七割がザフト軍の支配下にあり、マスドライバーの掌握は目前だった……! だが、それを押し返すほどの兵器を、あのナチュラル共が開発したというのだぞ! 急ぎビクトリアを制圧し、その兵器の解析を進めなければ、今後のザフト──〝プラント〟にとって、いかなる脅威になるか分からん!」

「…………!」

 

 パトリックはデスクを離れ、動揺するアスランの傍ら、ステラの許へと近寄った。

 

「──わかるな? ステラ」

「ステラ。戦っても……いいの?」

 

 ステラは首を傾げ、パトリックに問う。

 なにしろ、昼に訪れた時、他でもない父にその意志を却下されたばかりなのだ。それが夜になって、急に許容されるということは、ステラにとっては容易く理解できたものではなかった。

 そんなステラの逡巡を、見透かすようにしてパトリックは云う。

 

「明日が、何の日か知っているか」

 

 アスランはハッとして、ステラは再び、首を傾げた。

 

「2月14日、オマエが地球軍に連れ去られた日。そして──」

 

 そこまで聞いて、ステラは思い出す。

 パトリックは、告げるようにして彼女に言い聞かせる。

 

「────レノアの命日だ」

 

 一年前の明日。

 核ミサイルは弾け、レノアは死に、爆発に巻き込まれたステラは、地球軍に連れ去られた。

 ステラはそれから、三年間の戦闘訓練と洗脳教育を受け──〝ガイア〟そして〝デストロイ〟のパイロットとなった。 

 そして、命散ったと思った時──二年の歳月をさかのぼって、この時代に帰って来た。

 帰って来た意味────それはステラが、アスランを守るため。

 「アスランを支えてあげて欲しい」と願った、レノアの想いに────答えるためだ。

 

「ビクトリア周辺に跋扈(ばっこ)する地球(レノアを殺した)(者共)を滅ぼし────血のバレンタイン(レノア)の追悼式典に、花を添えてやるのだ」

「……!」

「ステラとアスラン。──他ならぬオマエたちが、レノアの墓前に凱旋(勝利)花束(報告)を手向けろ。いいな」

 

 ステラは、その言葉に大きく頷いた。

 それが────レノアの想いならば、ステラはそれに応えるだけだ。

 

「うんっ、わかった!」

 

 差し出された軍服を掲げ、

 ステラは己をザフトの身に置くことに、何の疑念も抱かなかった。

 

 

 

 

 

 

 そうして、現在に至る。

 ステラはザフトの軍服に身を包み、これより〝アプリリウス〟を発つ。

 

「なんという横暴を……パトリック!」

「?」

 

 プロパガンダに利用するだけでは飽き足らず──みずからの娘を、むざむざ戦場へ送り出すというのか?

 ザフト軍に入隊させるためにも、様々な手続きが必要だ。彼はそれを権力の下に一切として省略し、勝手にことを進めている──越権行為に他ならない。

 よもやそれを、最高評議会議長である自分にも黙って……?

 

 ──まさか……。

 

 シーゲルはそこで、考えが過った。

 ステラは──「シーゲル様に、お別れを云って来い」と、パトリックに指示されたと云っていた。

 

 ──おわかれ(・・・・)……? 

 

 その言葉に、パトリックが込めた意味を伺う。

 自分へとあてつけるような、離別の言葉は、

 ──「それ」はもしかして、パトリックによるメッセージなのではないだろうか?

 次期最高評議会議長に選ばれること見越して、パトリックは確信に満ちている。

 こうして「ステラが会いに来たこと自体」が、パトリック・ザラによる、シーゲル・クラインへのメッセージ──。

 ステラはこうして軍服を着た姿をシーゲルに見せに来た。これより彼女はザフト軍に入り──これから〝ディフェンド〟で出撃し、おそらく、ビクトリア基地は陥落するだろう。そうなれば、パトリックは権威を失墜させることもなく、まず間違いなく、任期の切れたシーゲルに代わって、議長の座に就く。

 まるで、かつての盟友を頂点から蹴落とすかのように。

 

 最高評議会議長(・・・・・・・)としてのシーゲル(・・・・・・・・)・クライン(・・・・・)に────パトリックは「おわかれ」を告げに来たのだ。

 ステラという、最大の皮肉たる使者を寄越して──。

 

 ステラを入隊させ、今のパトリックには多少の越権行為を働いたとしても────そんな権限は、もうじきパトリックの手に入る。

 最高の権力を持つ、最高評議会議長に選任される日を見越して──。

 取らぬ狸の皮算用とは云うものの────ここまで悪意と確信に満ちた皮算用は、初めてだ!

 

「はっ。おわかれ(・・・・)、か……!」

 

 シーゲルは、嗜虐に笑みがこぼれた。

 ──どうやら私は、パトリックには本気で疎まれているようだ……!

 かつての盟友として築き上げた信頼関係は、いったい何処にいってしまったのだろう。今のパトリックの目からすれば、中立を訴えるシーゲルは、それほどまでに邪魔なのだろうか……。

 

「そうだな、ステラ……。きっと私はもう、滅多に君と出会うこともなくなってしまうのだろう……」

 

 ──評議会とは、もう付き合ってはおれぬ(・・・)ようだ……。

 強硬世論を抑えるだけの力も、既に持ち合わせてはいない。

 戦争ばかりを推進する評議会を止める言葉も、もはや存在しない。

 袂を分かつしか、ほかに道はないようだ。

 云いながら、シーゲルは首を傾げたステラの肩を掴んだ。

 

「だが忘れないでくれ、ステラ。武力だけが、平和への道ではない──戦うことだけが、正義ではないのだよ……! 君には、それだけは分かっていて欲しい」

「シーゲル……?」

「今の君には、過酷なことに、戦うだけの力があるようだ……。力はたしかに、守るためには必要だ……だが忘れるな。その力は、決して奪うために使われるべきものではないということを!」

 

 地球軍によって、不幸にも養われた力を──ステラは己の意志で〝プラント〟のために振るおうと決意した。

 その決意に、シーゲルが水を差す筋合いはない。──それがたとえ、パトリックの筋書き通りのストーリーであったとしても。

 だが、 

 

「勝手な理屈と正義で力を振るえば、それはただの暴力でしかないんだ……! 滅ぼし合うだけでは、決して平和は訪れない。そのことを──君には覚えていて欲しい」

「……わかった」

 

 ステラが返事を返したところで、時刻は正午の刻限を差した。

 それに反応したステラが「行かなきゃ」と短く云い、シーゲルは、彼女を外まで送り出した。

 それから数十分。

 シーゲルひとりが空しく残された執務室では────相変わらず、放映されたままのパトリックの宣言が続いている。

 

〈我々は、必ずビクトリアを制圧します! ──これこそが、我々の未来を切り開く第一歩だと信じて!〉

 

 映像は一転し────〝イージス〟と〝ディフェンド〟の機体が映り込む。

 

〈その先陣を切るのは、私の息子達だ! ──彼らの健闘を祈って、私はこれを送り出します〉

 

 ザラという名そのものを……英雄の代名詞にでもするつもりだろうか、パトリックは。とんだ役者だと、シーゲルは嗤った。

 もはや、彼と和解することは出来ない……。

 

 ──そして、誰もパトリックを止めることは出来ない…………。

 

 映像の中──〝イージス〟と〝ディフェンド〟が飛び立った。父の号令の下──息子と娘が、機体を駆って飛翔したのだ。

 窓の外に音を聞き、シーゲルは外を見遣る。

 遠方に、飛び立っていく二機の機影を捉える──真紅と真鍮──片方はたった今、シーゲルが送り出した少女が乗っている。

 

 ──行ってしまった…………。

 

 シーゲルは、深く顔を落とした。

 ステラ。

 止まらない戦火の中で────どうしてだか、いつだって彼女は、戦争の中心にいる。

 ……いや、逆だろうか。

 彼女を中軸に────戦争が動き始めている?

 

 彼女が向かう先────これから、きっと多くの血が流れていくのだろう。

 

 それを経験して、彼女がこれから何を想い、どう動いていくのか。

 拡大するばかりの悲惨な戦争の中で、それでも彼女が、その純真な心を持ち続けていけるのか。

 

 シーゲルは、そればかりを憂いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ステラの入隊に関してですが、できるだけ都合主義にならないよう整合性を取ろうとした結果、こんな展開になりました。

 次回は、原作ではすっかり割愛されている第二次ビクトリア攻防戦についてです。
 原作ではまあ、ジブラルタルからのモビルスーツ部隊によって容易く陥落させられてしまっているので、血のバレンタイン一周忌の時点では、もうすでにザフトの支配下にあったようですけど。

 あと補足です。

 >云いながら、パトリックは女性用のザフト軍の赤服をデスクから取り出した。

 という描写がありますが、これは何もパトリックが性癖で前からデスクに隠し持っていたわけではないので、誤解しないようにお願いします。念のため。
 あくまでステラに渡すため、急を要して用意したもんです。
 

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