夏の日差しと、レベルアップと   作:北海岸一丁目

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第五話

 

 技術部の行った前回戦闘の解析によれば、使徒は視覚、あるいは体の前面へ向けられた何らかのセンサーによって周囲を把握し攻撃していると見られる。いきなり真横や背後に手を伸ばして光の杭を突き出すのではなく、一々体を攻撃方向に向けてからの攻撃を行っていたのがその証拠である。

 今回の使徒にもそれが当てはまるのならばパレットライフルはダメージは期待できなくても、使徒に着弾し砕けた弾丸を煙幕として利用できる可能性がある。

 

「良くって? A.T.フィールドを中和しつつ、パレットの一斉射。練習通り、大丈夫ね?」

 

 故に、相手の視覚、あるいはセンサーを塞ぎながら接近し、コアに向けての攻撃を敢行する。それが今回の作戦である。

 技術開発部、赤木リツコの言葉を聞きながらシンジは考える。歩く事だけ考えて、と言われた前回とは雲泥の差だと。

 思うにあれはネルフ全体が初陣だったせいなのだろう。誰もが落ち着きを無くしていたのだ。でなけばミサトが、怪我したのはあなたの腕じゃない、などとは言わないはずだ。怪我したのはエヴァだとしても、シンジの腕は実際痛みに襲われていたのだから。

 

 今回の使徒は人型と言えなくもない前回のものと違い、紫色の寸足らずの蛇の様な外見をしている。あるいは体を切っても切っても再生する微生物、プラナリアと言ったろうか。腹の下に虫の様な足をいくつも生やし、側面には腕なのか短いT字型の突起が付いている。

 使徒は低空を飛行しジオフロントの直上へと侵攻を果たすと伸ばしていた体を折り曲げ直立した。目の様に見える模様は実際に目であるのか、顔らしき部分を前へと向けている。同時に側面の突起から光る触手を伸ばし震わせ始めた。

 あれを倒す。

 高まっていく自身の集中力を感じながら、シンジは目標を見定めた。

 

 ミサトの指揮の元、エヴァが地上へとレールに沿って射出された。場所は使徒の正面。シンジは身にかかる重力加速度に耐えながら状況を反芻する。

 前回の戦闘により第3新東京市の迎撃機能は甚大な被害を被った。今日までの三週間という短い期間で復旧に努めてきたが万全には程遠い。それでもエヴァとシンジに可能な限りの援護を、可能な限り高い勝率をと考えると本部の真上であるこの地点しか無い。

 背水の陣である。

 ガツンとした衝撃と共に地上へと到着したシンジはA.T.フィールドを展開し中和を開始する。

 

「作戦通り、いいわね? シンジ君」

 

 ミサトの通信に、はいと返答し、機体の向きを変えて射撃をと動き始めたところで、シンジはあるかなしかの違和感に襲われた。しかしそれに構っている暇は無く、ライフルを構えて射撃を開始する。

 狙いは顔の様に見える使徒の上部。開始と同時に市内各所の火器も弾丸を吐き出し始める。使徒の狙いをエヴァのみに絞らせない為の援護だ。

 戦闘前の予測通り、弾丸は着弾と同時に粉砕され煙幕となって使徒の周囲を漂っている。こちらからもダメージを確認できないが、とりあえずはこれで良い。

 ビルの影に隠れながら周囲を回り、撹乱しながら接近戦へと移行する機を伺う。あまりに時間をかけすぎるとこちらの攻撃方法への対処を学んでしまう恐れがあるが、未だ一度も行っていない使徒の攻撃手段が気に掛かる。前回は光の杭と光線。今回はあの触手なのだろうが、速度も威力も未知数。

 焦らず、慎重に。そう自分に言い聞かせ使徒の背後まで回った時、プラグ内の前面モニターに先程の違和感の正体が映った。射撃を中止して映像を拡大。

 

「ミサトさん! 正面の山、鳥居の所に!」

 

 使徒を挟んだ正面、山の中腹に立つ小さな神社の鳥居付近に動くものが、人影がある。

 

「シンジ君のクラスメイト!?」

 

 発令所でも確認したらしく通信を介してミサトの声が響く。

 ジャージと眼鏡。学校で絡んできた二人であった。

 言いがかりで弁当を蹴飛ばされているシンジとしてはあの二人の印象は悪い。悪いが見捨てるのも寝覚めが悪い。見つけなければ良かった、との思いが脳裏を掠めるが、ひとまずそれは脇に置いて考える。

 エヴァで向かって救助するには使徒が邪魔になる。人を向かわせるには危険過ぎる。となれば、使徒を倒してからとなるか。

 どちらにしても最低限こちらに注意を引きつけなければ。

 射撃を再開したシンジだったが、その前方空間を光が疾走った。

 とっさに身を伏せ躱したシンジの前に、斜めに切断されたビルがその切断面に沿ってズルリと滑り落ちた。

 見えない。見えなかった。

 触手を振るったのだろうと結果から分かるが、光が見えたと思った瞬間にはもう攻撃が終了している。

 射程も長い。それなりの距離を保っていたはずだが、使徒はあの場から移動もせずに攻撃を繰り出してきた。触手を震わせる事で短く見せているのか、攻撃の瞬間だけ実際に伸ばしているのか。

 発令所でリツコの声が飛ぶ。

 

「援護を中止して! エヴァの位置は察知されているわ!」

 

 エヴァの発するA.T.フィールドに反応して攻撃したと思われる。それならば煙幕は使徒ではなくこちらの視界を遮るだけのものとなってしまう。

 リツコの説明を聞きながら使う意味の無くなったライフルを地面に置き、肩のウエポンラックからプログレッシブナイフを取り出す。

 こちらのやれる事は接近しての直接攻撃のみとなった。使徒の攻撃を掻い潜る必要があるが、速すぎて見えない。ならば、見える様にするしかない。

 視界の隅のメニューを展開しスキル欄へ。そして記憶にある項目を探す。

 

 ――――――――――――――――――――

 動体視力 (2 → 10/10)

 反射神経 (3 → 10/10)

 

 残りSP : 77

 ――――――――――――――――――――

 

 A.T.フィールドの中和とはエヴァから使徒への一方的な手段ではない。向こうを中和すると同時にこちらも同じく中和されて無防備となる。そしてビルを切断する攻撃にエヴァの装甲が耐えられる保証は無い。攻撃を食らう訳にはいかないのだ。ポイントは消費するが背に腹は変えられない。この場で必要なものを最大限まで引き上げる。

 ウィンドウを閉じて前方を見ると、風でかき消されていく粉塵の中から使徒の姿が浮かび上がる。使徒も攻撃の機を伺っているのか、鎌首をこちらに向けて先程よりも触手を激しく波打たせている。

 視線を逸らさぬまま、シンジは念の為に発令所へクラスメイトはどうなっているのか問いかける。

 

「救助を向かわせたわ。なるべく気を付けて」

 

 シンジの意図を悟ったか、ミサトの声にリツコが被せる。

 

「高エネルギーを発している腹部の赤い珠、コアを狙って。他の部分はあまり効果は無いわ」

 

 山側に行かず、一直線にコアへ、か。なんとかなる、いや、なんとかしよう。

 

「行きます!!」

 

 腰を落とし、声と同時に動きを妨げるアンビリカルケーブルをパージ。ナイフを構えて一気に使徒へと迫る。

 使徒もそれに応じて触手を振るうもスキルの効果でその動きがはっきりと見える。

 駆けながら身を翻して回避を試み、しかしシンジは判断を下す。

 

(避けきれない……!)

 

 速いが、見える。見えるが故に無理だと理解できてしまう。反射神経どころじゃない。今の自分に出せる最大速度で動いても間に合わない。

 それならばと、シンジは歯を食いしばり覚悟を決めた。機体ごと避けるのは無理でも、当たる部分に腕一本、割り込ませる事はできる。

 攻撃に合わせて左腕をかざし、迫りくる触手の尖端で腕を敢えて貫かせる。焼けた鉄を腕に突っ込まれた様な強烈な痛みに吐き気すら覚えるが、今は無理矢理それを押さえ込む。

 そのまま触手を握り込み、一息に引き寄せ右手のナイフをコアへと突き入れた。

 避けられないならば、避けない。攻撃を食らってしまうなら、せめてその後の行動は最大効力を。それがシンジの選択だった。

 ナイフはコアの表面を突き破り火花を散らす。シンジは更に力を込め、傷口を広げる様にナイフを捻り込んでいく。

 エヴァの内部電源は全力で稼働させれば一分程度しか持たない。決めきれなければこの場で我が身のみならず世界が終わる。使徒を地面へと引き倒し、シンジは何度もナイフを突き入れる。

 

「ああァあァあああァアッ!!」

 

 叫ぶ。一突きごとに明度の落ちるコアを見ながら。

 命を表しているかの様なその光を睨みつけて、早く終われと。叫ぶ。

 

「パターン青、消滅! 目標、完全に沈黙しました!」

 

 ガシャリと何かが砕け散る音がしたと同時に通信が入った。内部電源の残量は残り十秒余り。シンジは即座に電源ビルへと駆け寄りケーブルを接続する。電力の供給を確認すると、そこでようやく深く息を吐いた。

 戦闘が終わった。前回は訳も分からず始まって終わったが、今回は自分の意志で戦い、勝った。

 荒い呼吸を繰り返しながらエヴァの腕や手の平を見ると傷口は痛々しく、触手を掴んだ手は装甲が溶け落ちて素体も露出している。プラグスーツ越しで見えないが、自分の手はどうなっているだろう。

 見た事によって体が認識してしまったのか、戦闘中は意識の外に置いていた痛みが甦ってくる。まだ治まりきらない心臓の激しい鼓動に連動して、徐々に強くなる痛みが断続的に腕を襲う。

 でも、それでも、勝った。勝てた。

 

「僕でもや……」

 

 やれたんだ。そう続けようとした時、勝手にメニューが展開され、次いでファンファーレが頭の中に響き渡った。

 

 ――――――――――――――――――――

 第?使徒 ???? を倒した!

 碇 シンジ はレベルが上がった!

 ――――――――――――――――――――

 

 湧き上がりつつあった達成感が急速に萎んでいくのを感じ、シンジは眉を顰めた。

 次々とレベルアップ通知が流れ、その回数分ファンファーレも鳴る。うるさくて仕方が無い。早めに終わらないかと念じてみるもスキップ機能は無いらしく一定のペースでメッセージが表示されていく。ステータスかスキルを開いて中断できないか試したものの、レベルアップ通知の方が優先されるらしく反応は無い。設定に音量調節か文字送り速度調節が必要だなと考えながら、シンジは痛みの残る左腕を抱え、ただただ通知が終わるのを待つしかなかった。

 

 

「シンジ君! 聞こえないの!? 返事しなさい!」

 

 ファンファーレが鳴り止むとミサトの怒声が聞こえてきた。あれのせいで他の音も聞こえなくなるのかと思いながら、ちょっとボーッとしちゃってと詫びる。やはり音量調節は必要だろう。

 仕方ないわねと言いながらミサトはエヴァの回収ルートを指示するが、ふと目に留まったものが気になったシンジは質問で返した。使徒の死体はどうするのかと。

 通信の相手がリツコに変わり、市街地の真ん中だから、とりあえずは大きなテントでもかぶせて隠しながら調査を、と説明された。破損が少ないから良いデータが取れそうねと声を弾ませているが、シンジは首を傾げ、

 

「エヴァでジオフロントに運べないんですか? いっぺんには無理でも、ナイフでさばいたりとか」

 

 と再度質問した。一般人から隠すのは分かるが、この大きさをこの場に置いたままでは通行にもビルの再建にも邪魔だと思ったのだ。

 やや間が空いた後、

 

「……そうね。じゃあやってもらおうかしら」

 

 とのリツコの言葉で落ちていたナイフを拾い上げながら、シンジは今更ながら自分の失敗を悟った。

 痛いし疲れてるのだから、疑問など持たずにさっさと帰れば良かった。

 自分の言い出した事だから撤回もできず、シンジは疲れた体を引きずりながら、指示を受けながら使徒を切り分けていくのだった。

 

 

 

 検査と治療のために病院で一泊した翌日。シンジの病室にミサトが見舞いと報告にやってきた。

 シンジ自身は今日にも退院可能。痛みは少し残るが日常生活に問題は無い。

 エヴァの損害は比較的軽微で数日後には補修も完了。調整も含めて一週間後には再配備される。

 都市の被害もビル数棟で済み、前回に比べればほぼ完勝と言って良い。

 

「頑張ったわね、シンジ君」

 

 そう言ってミサトは優しい笑顔を向けた。しかし、直後に顔を顰めて次の話題に移る。ジャージと眼鏡の事だった。

 二人は一時はシェルターに避難したものの、その出入り口を不正にこじ開け無断で外へと出た。理由は、「戦闘を見たかった」と。

 シェルターは安全のために一旦ドアを閉めると外からは開けられない。なのでドアを開けたまま見通しの良い神社へと向かい、好奇心に導かれて戦闘をビデオカメラで撮影した。

 ここまで聞いて、シンジは軽い頭痛を感じて額を抑えた。彼らと同じ中学生であるから、禁止されている事をやってみたい、という欲求や衝動は分からないでもない。しかし一人は戦闘のせいで身内が怪我をしたと因縁をつけてきた張本人であり、もう一人はそれに同席していた奴だ。シェルター内ですら危険なのに、外に出るなら尚更だ。正直理解が出来ない。

 その思いは直接聞いていた者も同じだったらしく、今回の件で呼び出された二人の親であるネルフ職員は、話を聞くなり殴りつけたそうだ。

 ドアを開けっ放してシェルター内を危険に晒し、撮影、記録する事で情報漏洩の危険を呼び込む。処分に関してミサトは語らなかったが、碌な事にはなっていないだろう。

 憤懣遣る方無いと体中で表現し、握りしめた拳からはミシリと音を生じさせるミサトを見やり、シンジは一つ溜息をついた。シンジとて怒りはあるが、より以上に怒りを溜め込んでいる人間を目の前にすれば逆に冷静になってしまう。もとより自分が処分内容を決める訳でもなし、聞かされた内容で納得するしかないのだ。

 

 心を切り替える為かミサトは勢い良く鼻息を吐き、退院するわよ、と着替えの入ったバッグを差し出した。腕は痛いが我慢できる程度。医師のお墨付きがあるなら問題も無いのだろう。

 ミサトの車でマンションへと帰る。ミサト自身はネルフへと取って返し、残務処理をするのだという。昨日からずっと本部に詰めての仕事だったのだろう。とすると自分を家まで送ったのは息抜きを兼ねてのものだったか、とシンジは曖昧に笑った。

 

「学校は明日からだから、今日の所はゆっくりしててね」

 

 そう言い残し、ミサトはスキール音を響かせて去っていった。

 学校か。避難は済んでたんだろうし、そこだけピンポイントに被害が出れば良かったのに。

 そう物騒な事を思いながら玄関をくぐると、居室である冷蔵庫から出てくるペンペンと目が合った。

 

「ただいま。ご飯食べた?」

 

 脚にしがみつき、プルプルと首を振る同居鳥の頭を軽く撫でて食料品用冷蔵庫を開けると、日常へと戻ってきた実感が湧いてきた。

 ペンギンの居る日常って何だ? と思わないでもなかったが。

 

 

 

 

「碇、すまんかった! お前の事、何も知らんと勝手な事言うてしもた。ワシの事、一発どついてくれ!」

 

 学校が再開され、いつもの様に屋上で弁当を広げていると、ジャージと眼鏡がまた目の前に現れた。

 シンジの記憶が確かならば、彼には金的を入れたはずである。そして改めて攻撃するほど彼らに関心は無い。なので返答は、

 

「嫌だけど?」

 

 となる。

 こうして五体満足で学校に来たという事は、お咎め無しか、親が罪を被ったかだ。発言からして何らかの説明も受けたらしいが、どちらにしろ終わった事であるし、終わった事ならもう興味は無い。

 名も知らぬジャージは、そうしないと自分の気が済まない、と言い募るが、シンジには彼の気を済ませてさしあげる理由が無いのだった。

 

「そんな言い方ないだろ! トウジだって反省して……」

「食べ物蹴り飛ばされて、持ち物壊されてるんだけど。弁償は、まあいいや。反省してるなら、もう関わらないようにしてくれればいいよ」

 

 そんな事より弁当を食べたいのである。今日から訓練も再開するし、食べておかなければ身が持たない。

 もういいか、と諦めて弁当に箸を伸ばすシンジの前に、手の平サイズの箱が差し出された。パッケージには最新型のプレーヤーが描かれている。

 

「弁償や。二人で買うてきた。せやから、頼む。どついてくれ」

「俺にも一発頼むよ。パイロットだとかトウジに言ったの、俺なんだ」

 

 シンジは面倒臭そうに顔を顰めた。彼らはこの殴って許すという儀式めいた事を済まさねばずっとこうしてつきまとうのだろう。

 今も今後も面倒ならば、この場で終わった方が良いか。

 箱を受け取って脇に置き、喜色を浮かべる二人に、歯を食いしばって、と言葉をかける。

 狙うのは顔、ではなく、腹。

 

「グオッ!」

「ガッ!」

 

 これで良いよね、と想定外の攻撃を受けた彼らを見もせず弁当を食べ始めるシンジに、ジャージの生徒、鈴原トウジが痛みをこらえて話しかけた。

 

「ふ、普通は顔やろ。何で腹やねん……」

 

 顔に怪我をしてると教室に戻った時に騒がれる。屋上へ行ったのを見られてるなら加害者は確実に自分だと分かる。それは避けたい。

 

「注目されたくないんだ。もう手遅れかもしれないけど」

 

 ネルフだ使徒だはさておいて、学校からは逃げられるなら逃げたい。

 そう思うシンジの頭上に広がる空は、今日も鬱陶しいほど晴れていた。

 

 

 

 

 

 








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