SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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PS4がお陀仏になったので、しばらくPS3でダークソウル2をやり直そうと思います。
いろいろと評価は分かれるダクソ2ですが、個人的には好きです。特にDLCが素晴らしいと思います。

でもドラゴンの尾を切ってアイテムが手に入らない仕様は許さない。


Episode12-5 One day~スミスの場合3~

 マスタングの記憶の特徴はステージの大半が赤錆の大樹に覆われた森という点にある。

 錆びついた金属のような硬質な樹木がそびえ、薄金のような葉が弱々しい日光を吸収する。元々光量が足りないステージである為、特に赤錆の樹木が密集したエリアは夜明け前のように暗く、十分な視界を確保する事が出来ない。

 出現するモンスターにも特徴がある。代表的なのだが【ハガネシロアリ】だ。全長1メートルほどの大型のアリは群れで出現し、その表皮は鎧のように頑丈だ。斬撃属性と刺突属性が通り辛く、打撃属性ならばダメージを与えられるが有効とは言い難い。代わりに物理属性を除く他の属性全てが効果を発揮し、中でも魔法属性は特効である。

 他にも【萎びれた鋼樹人】や【ブロンズ・ビー】といった、物理属性に対して高い防御力を持つモンスターが豊富だ。故に、このステージは物理偏重のプレイヤー程苦しめられる傾向にある。

 スミスの場合、ライフルなどは物理属性であるが、ヒートマシンガンは火炎属性である。火炎壺などの補助アイテムを使えば、単身でもステージ内を闊歩する事に危険性は無い。ただし、好き好んで足を運ぶかと問われれば否定するだろう。

 というのも、先日前線落ちしたばかりのこのステージはまだ全貌が明らかになっておらず、探索も不十分だからだ。対策を施したつもりが、いきなり別種のモンスターが登場して死亡するなど珍しい事ではない。

 

「これは戦闘の痕跡か。やはり誰かがいるな」

 

 赤錆の大樹に刻まれたのは、浅い傷痕だ。1本の線にも思えるそれは刀剣の類の物だろう。まだポリゴンが削れたままである。赤錆の大樹の再生時間を考えれば、1時間以内に付けられた傷と見るのが妥当だ。

 嫌な予感は信用しない。情報だけを精査して実態を把握する。それがスミスのやり方であり、このように気まぐれを起こすのは彼らしくない。

 無視すれば良い。首筋を撫でる警告を切り捨て、さっさと仕事を終わらせて一服すれば、どれ程までに気楽だろうか。

 

(他のプレイヤーがいるのは間違いない。出くわして面倒事になっても困るだけだな)

 

 判断に間違いはない。だが、スミスは誘われるように、痕跡を1つずつ追っていく。≪追跡≫スキルがあれば楽なのだが、スミスは戦闘特化のスキル構成である為、補助スキルがお世辞でも充実しているとは言えない。

 ソロプレイヤーならば必須とされる≪気配遮断≫以外にも≪暗視≫や≪罠解除≫といった補助スキルは有用だ。特に≪罠解除≫はダンジョン攻略において、安全にトラップを解除するほとんど唯一のスキルである。≪ピッキング≫と並んで人気が高く、続に言う『シーフ型』などは≪罠解除≫・≪ピッキング≫・≪気配遮断≫・≪気配察知≫の4点スキルの保持が必須条件とされている。

 スミスもスキル構成が大よそ完成した為、余裕さえあれば≪釣り≫などのフレーバースキルも獲得したいと最近は考えている。釣りは心の休日だ。現実世界では田舎育ちの彼は川釣りにでかけた少年時代を思い出す。

 と、一瞬だけ物思いに耽ったスミスは危うく足を踏み外しそうになる。足下を見れば、突如として地面の裂け目のように穴が開いている。

 

「これは何かの『巣』か?」

 

 大きさは3メートル弱の大穴だ。穴の下には発光するキノコによって淡い青の光に包まれている。光源には不足し無さそうであるが、スミスの見立てではダンジョンと見て間違いないだろう。

 とはいえ、この規模から察するに、メインダンジョン級の規模を誇るサブダンジョンではなく、鉱山などのミニダンジョンと見るべきだろう。それでも価値は高い為、この情報をサインズに持ち帰って競売にかければ相応の儲けが懐に入り込む。

 過ぎた好奇心と欲は身を滅ぼす。ユージーンの言葉が蘇るも、スミスは直感が囁く好奇心と眼前のミニダンジョンという大金への欲を優先する。好奇心無き人生など屍のように停滞した命の浪費であり、欲無き心など人間ではなく人形だ。

 

(ヒートマシンガンの残弾はフル装填の8割程度。ライフルならば物理属性防御が高くとも小型モンスター相手には有効か)

 

 だが、狭所では≪銃器≫は不利になり易い。取り回しの良いハンドガンや接近戦重視のレーザーブレードにすべきか迷うが、スミスは現行で対応しきれなくなった場合切り替えると決断する。

 キノコに照らされた穴へと潜り込んだスミスは【人造の光精】を使用する。このアイテムは自分の周囲に光の玉を出現させ、光源として活用させることができるアイテムである。ランプとは違い、手に持ったり、腰に下げたりする必要が無いのだが、まるで妖精のように自身の周囲をフラフラと動き回るという癖がある為、あまり好んで使用するプレイヤーは多くない。

 だが、スミスの場合は派手に動き回って敵を撹乱し、銃撃戦に持ち込む戦闘スタイルである為、たとえ僅かでも重量を抑えたい上にプレイヤーを追随する効果がある人造の光精を利用している。

 穴の内部は存外広大であり、横幅は3メートル、高さも4メートル程度の、まるで何かに掘られたトンネルである。

 なるほど。そういう事か。スミスはこのミニダンジョンの正体に見当が付く。恐らくハガネシロアリの巣だろう。その証拠にスミスが分かれ道の内の左を進んで到着した広い空間には、バラバラに千切れたハガネシロアリの死骸が転がっている。

 スミスの予想は正しい。だが、同時に彼は新たな疑問を抱く。

 

「どうして死体が残っている?」

 

 モンスターもプレイヤーも撃破後には消滅し、遺体すらも残さない。それは1部の例外を除けば、DBOにおける絶対的なルールである。だが、小部屋にはハガネシロアリの死骸が絨毯のように敷き詰められている。

 死骸へとライフルを1発撃ち込み、トラップで無い事を確認した上で、スミスはハガネシロアリの死体を調べる。

 

(これは武器による怪我じゃないな。何かに食い千切られた後だ。中身が啜られ、肉を貪られている。外敵に襲われたか)

 

 ハガネシロアリの天敵となるモンスター。スミスはあらん限りの仕入れた知識を検索するが、そのような情報はNPCからも情報屋からも聞き及んだ記憶は無い。そうなると、全くの未知なるモンスターがこのミニダンジョンには潜んでいるのかもしれない。

 これだけの情報を持ち帰れば十分だろう。これ以上の調査は武装を消耗した現状では危険である。厄介なモンスターに遭遇しない内に帰ろうとしたスミスに、彼にとって不運と言うべきか、あるいは『誰か』にとって幸運と言うべきか、僅かにだが火炎壺特有の爆発音が届く。

 爆発音がしたのはハガネシロアリの巣、より地下へと続く道だ。喰らい荒らされたハガネシロアリの白濁色をした体液で汚れ、明らかに巣を襲撃した外敵が潜んでいるだろう事を主張している。

 様子を見に行くだけだ。スミスは煙草を咥えて火を点け、体液で足が滑らないように注意を払いながら地下へ地下へと進んでいく。巣自体は然程の規模ではないらしく、定期的に聞こえる爆発音を追うのは簡単だった。

 やがてスミスが到着したのは、今までとは異なって一際巨大な地下空間である。キノコが群生してまるで星明かりのように地下の闇に光をもたらしている。御椀状の大空間はこの巣のトップ、女王アリの住処だろう。その証拠に中心部には体長10メートル近い巨大なハガネシロアリが鎮座している。

 だが、その姿はどう見ても『女王』から程遠い。というのも、その巨体の白い鋼のような表皮は穴だらけで白濁の体液を撒き散らし、脚は全て千切れているからだ。辛うじて生きているかのように微動しているが、どう見ても瀕死である。

 瀕死の理由は女王アリの体内で蠢き、白濁の体液がどろりと零れ落ちる度に、ビチビチと跳ねる巨大な蛆だ。黄ばんだ白色の肉体を持つ、30センチほどの巨大蛆が女王アリに寄生し、肉と体液を餌にして脈動していた。それだけではなく、女王アリの表皮を食い破って次々と羽化した50センチ程の蠅が、あの耳障りな羽音を撒き散らして舞っている。

 現実世界ではアリに寄生する蠅と言えばタイコバエが有名である。タイコバエは蛆をアリに寄生させ、脳を支配し、最終的に首を切断して羽化するという、グロテスクの見本のような蠅だ。だが、どうやらハガネシロアリに寄生している蠅はタイコバエよりも随分とアグレッシブらしい。

 興味深い。純粋に知的好奇心が擽られたスミスであるが、女王アリが死ぬまで観察して巨大蠅の生態を調査するには些か『トラブル』がある。

 というのも、プレイヤー2人が女王アリの前で蠅と蛆に集られ、苦戦しているからだ。

 2人とも若い。まだ10代だろう。1人はあどけなさが残る少年、もう1人は金髪のポニーテールの髪型プラグインが似合う少女だ。

 少年の方はMYS特化なのだろう。奇跡の触媒にもなる戦槌【聖鈴の錫杖】を振り回している。防具は【白理の長衣】といかにも聖職者系らしい装備だ。だが、あの防具は魔法・雷・闇属性への防御力と毒耐性は高いが、物理防御力に劣る。少年のアバターは山吹色のオーラが纏っている所を見ると、奇跡【生命湧き】によるオートヒーリングで何とか接近戦をこなしているといった状態だろうか。

 対して少女は緑色の外套と銀の胸当てを装備した、軽量接近戦型のようである。右手には片手剣を、左手には白のタリスマンを装備している。いわゆる神官戦士系のようであり、少年と同じく生命湧きのオーラに包まれている。

 やや恐慌状態の少年と焦りが強い少女。少年はそれなりの腕のようだが、少女の剣戟には目を見張るものがある。だが、次々と襲いかかる蛆と蠅によって2人のHPはジリジリと削られ、少年は4割、少女は5割を残すまでとなっている。

 

「も、もうダメだぁ! 魔力切れだよ!」

 

「諦めないで! 必ず……必ず突破口があるわ! あたしを信じなさい!」

 

 絶望する少年と叱咤する少女の姿に、スミスはどうしたものかと、岩場に腰かけて一考する

 スミスは傭兵だ。タダ働きは死んでもご免である。報酬が貰えるならば喜んで彼らを助けに行くが、慈善事業で飛び込んで損害を被れば、ただでさえ懐事情が厳しい彼の家計が火の車になりかねない。

 あの2人のプレイヤーが独力で切り抜けられるならば傍観者に撤するのも1つの考えだろう。下手に善意で飛び込んで、実は攻略間近で成果だけ掻っ攫って恨まれるなどもつまらない話である。

 

(シノン君なら1も2も無く飛び込むな。彼女は傭兵であるとしても、根本は損得勘定よりも善性を優先するだ。クゥリ君ならば、面倒だと言いながら助けに行きそうだな。見捨てて後味が悪いのは嫌だといった理由か)

 

 私ならばどうだ? 煙草を吸い終えたスミスは、ついにイエローゾーンに到達し、死が刻一刻と近づく2名のプレイヤーを目にしながら、新しい煙草を咥えながら、自分の選択を思案する。

 いや、決まっているか。らしくない直感に従ってみれば、まるでお膳立てされたかのように2人のプレイヤーがピンチなのだ。ならば、らしくない行動を取るとしよう。スミスは必ず2人のプレイヤーに出費を請求しようと心に誓って立ち上がる。

 

「ヒーローは柄ではないのだが……ね!」

 

 跳躍し、スミスはもはや壁とも言っても過言ではない蠅の群れへとライフルとヒートマシンガンを連射する。どうやらハガネシロアリを餌にしているだけの事はあるらしく、物理防御力はそれなりに備わっているようだが、ライフルの弾丸を受けてスタンしたところにヒートマシンガンの特殊弾による火炎属性の攻撃である。

 

「だ、誰ぇ!?」

 

 情けなく涙目になった少年は突如として出現した加勢に裏返った声を上げる。着地すると同時に連鎖火炎壺を放って蠅を纏めて殺処分したスミスは、煙草の火を揺らしながら答える。

 

「通りすがりの公務員だよ。状況の説明を簡潔に頼む」

 

 飛びかかる蛆を蹴りで迎撃し、そのまま踏み潰す。本来複眼であるはずの蠅であるが、その頭部には巨大な目玉が1つあるだけだ。白目の部分は赤くなっているのも特徴的であり、よくよく聞けば人のような笑い声を羽音に混ぜて漏らしている。

 呆ける少女にライフルを向け、その首筋を舐めさせる銃弾を放つ。それは彼女の後頭部に噛みつこうとしていた蠅を破砕する。

 

「協力感謝します! こいつらは【魔眼の蠅】って言って、他の生物に幼虫を寄生させるモンスターです! ハガネシロアリ以外にもプレイヤーにも寄生攻撃を仕掛けてくるから気を付けてください!」

 

 燐光紅草を食べて回復しながら、少女は淡い青の光の粒子を散らす片手剣を振るう。斬撃は蠅を同時に2体切断し、更にそこからの連続突きで飛びかかる蛆を迎撃する。

 

(【水乙女の剣】か。高い魔法属性を持つ上にオートヒーリング効果もある。このステージでは有効ではあるか)

 

 聖鈴の錫杖も水乙女の剣も魔法属性持ちである。マスタングの記憶で接近戦をこなすには十分だろう。では、何故このような事態に陥っているのだろうか? スミスはそれを聞くより先に眼前の脅威を払う方が先かと、ライフルを瀕死の女王アリへと向ける。

 だが、いくら死にかけと言えども、普通に登場すればネームド、下手すればボスクラスだろう女王アリだ。その表皮に弾丸は弾かれ、HPは減らせない。それだけではなく、まるで壁のように蠅が集って弾丸を通させまいとする。

 

「接近戦以外で女王アリにダメージが通せないんです! でも、近づいたら今度は蠅と蛆に……っ!」

 

「頭下げて!」

 

 悲鳴のように叫ぶ少年に、少女は鋭く指示を飛ばす。半ば反射的に屈んだ少年の頭部があった場所へと少女の鋭い突きが放たれ、顎を開いていた蠅を串刺しにする。

 なるほど。確かに通りは悪い。スミスは煙草を咥える口を難儀そうに動かす。

 

「火炎壺の残りは? いや、答えないで良い。在庫切れだろう」

 

 2人が答えるより先にスミスは今の2人の攻撃手段が雄弁に物語っていると判別する。恐らく蠅や蛆を払い除けるのに使い過ぎてしまったのだろう。

 スミスはまず連鎖火炎壺を女王アリに向かって放り投げる。それを防ぐように蠅が壁になって爆発は届かない。ここまでは予想通りだ。だが、スミスは爆発で薄れた穴に対し、正確にライフル射撃を行う。

 弾丸は蠅の壁の間を抜け、次々と蛆によって食い破られて空いた表皮の穴、柔らかい肉とそれを貪る蛆に命中する。

 女王アリが悲鳴を漏らす。HPは僅かだが減少した。このままダメージを与え続ければ、蠅と蛆の発生源である女王アリを撃破できるだろう。

 

(蠅と蛆は無限湧きだな。どれだけ斃しても意味が無い)

 

 武装を変えるか。スミスはステップを踏んで女王アリから距離を取り、システムウインドウを表示してライフルをオミットする。その間に蠅が1体首に齧りついたが、それを無視してスミスは新たな武装を装備する。

 こういう雑魚の掃討には最適の武器だ。スミスが新たに装備したのは≪光銃≫の1つ【AM/PMA-157】だ。パルスマシンガンと呼ばれるこの武器は、3つのエナジーマガジンのようなものが銃身に取り付けれた、連射性能に重きを置いた武装である。

 パルスマシンガンは射程距離は決して長くないが、この武器の特徴は着弾後に周囲に爆発ダメージを与える事である。それも雷属性である為、物理防御偏重型には滅法強いジャンルである。

 ただし、欠点としてその連射性能故に燃費が凄まじい。専用のチャージマガジンを消費し、なおかつ魔力が減る為にレーザーブレードとの併用が難しい。

 パルスマシンガンのトリガーを引き、集る蠅を一掃する。1匹への着弾によって周囲に雷属性の小規模爆発が引き起こされ、連鎖的に蠅の数が減らされていく。その中を、スミスはまだパルスマシンガンの爆発が残る中を駆け、自身もダメージを負いながら女王アリの元にたどり着き、あっさりとその背中に乗る。

 フルオートで15秒。パルスマシンガンはチャージ分の魔力を使い切る。再チャージによってスミスの魔力と引き換えに、ゆっくりとリロードが開始される。その間にスミスは蛆だらけの女王アリの傷口にヒートマシンガン押し込み、全弾を吐き出させる勢いでトリガーを引く。

 女王アリの血肉がはじけ飛び、蛆が焼かれ、そのHPが急激に減少する。大事な宿主を殺されるわけにはいかないと、蛆と蠅が喰らいつくが、スミスはHPが減るのも厭わずにトリガーを引き続ける。

 チャージ完了。それと同時にヒートマシンガンが弾切れを起こす。スミスは自身に火炎壺を押し付けて噛みつく蠅と蛆を爆砕する。爆発ダメージがスミスのHPを削り、ついに3割のイエローゾーンに達するが、それ以上減らされるよりも先にスミスは跳躍して女王アリの背中から跳び下り、パルスマシンガンを浴びせる。着弾と小規模爆発の2重ダメージを負い、ついに脚をもがれて動けぬ苗床とされていた女王アリが赤黒い光となって消え去る。

 後は残された蛆と蠅を始末するだけだ。だが、急速に高速で何かが接近する羽音を耳にし、スミスはその場で姿勢を低くする。それと同時に3メートルはあるだろう巨体が暴風を引き起こしながら上空を舞った。

 

「あ、あれです! あれが親玉です!」

 

 少年が指す先にいたのは、蟷螂のように発達した前肢を持つ巨大蠅である。本来縦割りのはずの顎は、まるで人間のような横開きの口をして生理的嫌悪感を催させる。口内からは2枚の舌を広げ、ボタボタと黄ばんだ唾液を撒き散らしていた。

 

「そういう情報は早めに教えてもらいたいものだね」

 

 パルスマシンガンで残りの蛆と蠅を排除し、スミスは3メートルはある巨大蠅を見ながら、今夜の夕飯は何にしたものだろうかと、本日の弾薬費などの出費を考えれば、あまり豪勢な食事はできないな、と溜め息を吐きたくなる。

 もはや騒音レベルの羽音を鳴らし、巨大蠅は前肢の鎌を振るいながら突撃を仕掛けてくる。それに合わせた少女のカウンターが鎌と衝突し、斬り落とす。

 

「数の不利さえなければこちらのものよ!」

 

 だろうな。スミスは少女の腕ならば、高速で単調に攻撃を繰り返すばかりの巨大蠅など敵ではないと分析する。

 だが、巨大蠅は前肢を斬り落とされた影響か、今度は近づくことなく、唾液による間接攻撃ばかりを繰り返してくる。幾ら少女の腕が確かでも、距離を取られれば接近戦型は成す術がない。

 これ以上時間を取られるのもつまらない。スミスは深緑霊水でHPを回復させると、まずは両手の武器を放り捨て、少年と少女から距離を取る。

 巨大蠅はカウンターを恐れるからこそ攻撃を仕掛けてこない。恐らく部位破壊を受けた段階で遠距離攻撃に終始するようにオペレーションが組まれているのだろう。ならば、武器も無く、煙草を吸っているだけの相手にはどう行動するだろうか。

 スミスはアイテムストレージから【黒炭油】というアイテムを取り出す。瓶詰めされた黒い液体は火竜の唾液と同じく発火性アイテムだ。効果は及ばないが、それでも有効活用法は多い。

 狙い通り、巨大蠅は無手となったスミスへと突進攻撃を仕掛けてくる。それに合わせてスミスは黒炭油を投擲し、その顔面へとぶつける。割れた瓶の中身がべっとりと巨大蠅を染める。

 横に1歩。たったのワンステップ。スミスは欠伸が出る程に直線的な突進を回避しながら、咥えた煙草を放り投げる。くるくると舞った煙草は巨大蠅に命中し、その頭部に付着した黒炭油に着火させ、燃え上がらせた。

 巨大蠅が絶叫を上げてのた打ち回る。燃えながら宙を舞おうとするが、それよりも先に少女が巨大蠅の翅を切り落とし、少年が背中に乗って錫杖の先端を突き刺した。それがトドメとなり、巨大蠅は赤黒い光の渦となって消滅する。

 

「お、終わったぁ! 勝った! 勝ったんだ!」

 

 両手で拳を握り、少年は歓喜の雄叫びを上げる。それも仕方ないだろう。数の暴力で押し潰されそうな展開からの大逆転である。一方のスミスはシステムウインドウで表示される経験値とコルに渋い顔をした。特にコルに関しては完全な赤字である。出費と収入がまるで釣り合わない。今回の依頼が高額報酬でなければ、しばらく節制して煙草と酒のランクを下げねばならないところである。

 

「助けていただいてありがとうございます」

 

 だが、それも些細な事か。スミスはらしくないと分かっていながら、礼儀正しく頭を下げてお礼を述べる少女を見て、今回の出費は2度と直感や本能に従わないという勉強料にしようという程度で済ます。

 

「礼には及ばないよ。私は傭兵でね。タダで手助けしたつもりは無いからね」

 

「もちろん謝礼させてもらいます! えと……」

 

「スミスだ。しかし、キミ達は何故こんな場所にいるのかな?」

 

 早速疑問をぶつけるスミスに、少女は険しい顔をする。どうやら穏やかな話では無いようだ。

 

「最近このステージで知り合いのプレイヤーが行方不明になったんです。調査していたら、謎のモンスターに人が攫われているって話をNPCから聞いて。それで、あたしとレコンの2人で森に何か痕跡が無いか探していたんです」

 

「森を調べていたら、急に背後からあの親玉に襲われたんです。僕らは捕まってこの穴に引き摺り込まれて、危うく卵を植え付けられるところでした」

 

 身震いする少年を見るに、彼には行方不明のプレイヤーの末路が想像付いているのだろう。恐らくあの女王アリと同じように、体内から蛆に喰われ、のた打ち回りながら苦しみ、そして死亡したに違いない。

 どうやらDBOというゲーム……いや、世界も1日1日経つ度に進化しているようだ。プレイヤーを強襲し、攫い、苗床にするモンスターなど、およそ尋常とは思えない。

 

「でもスミスさん凄いですね。あたし初めて≪銃器≫だけで戦うプレイヤーを見ました」

 

「そういうキミも悪くない剣の腕だ。立ち振る舞いを見るに、剣道か何かを長年学んだ身だろう?」

 

「分かるんですか?」

 

 驚く少女に、仕事柄武道経験者と接する事が多いだけだ、とまではスミスも言わなかった。

 スミスは決して満足のいく額ではないが、少年と少女から報酬を貰い、一緒にハガネシロアリの巣から脱出する。既に外は緩やかに夕暮れの時間が訪れ、灰色の空は暗闇へと移ろいつつある。

 

「それにしてもリーファちゃん、無茶し過ぎたよ! 僕が捕まった時にあんな巨大な蠅の足にしがみつくなんて」

 

「あたしが居なかったら、今頃レコンは蠅のご飯になってたわよ? そういう事言って良いのかな?」

 

「そもそも僕は傭兵を雇おうって言ったと思うけど」

 

「…………ごめん。本当にごめん」

 

 少年と少女の後ろ姿を見送り、スミスは煙草を吸おうとして、在庫切れである事に気づいて天を仰ぐ。

 余計な手助けは出費の元だ。今後は報酬を確約してから人助けしようとスミスは誓ったのだった。




スミスさんのターン終了です。
彼の物語は、彼個人には起伏が無く、淡々と依頼をこなしつつ、ちょっと寄り道をするというストーリーになりました。

それでは、87話でまた会いましょう!

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