SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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こんかいはとってもへいわなおはなしです。
かいわしかありません。だれもしにませんし、きずつきません。

ほんとうですよ? ひっしゃ、うそつかない。


Episode11-13 脚本の後書き

 終わりつつある街、旧黒鉄宮跡地。

 死者の碑石と呼ばれる黒い石には全プレイヤーの名前が刻まれている。

 死亡したプレイヤーの名前は線で塗り潰され、死因が明記される。それは簡潔なものであるが、この世界で生きた者が最期に残す事が出来る自らの存在証明だ。

 正直なところ、オレはこの場所があまり好きではない。ここに死人が眠っていない以上弔っても意味が無いし、一々誰が生存してるのか、誰が死亡しているのか調べるのも億劫だからだ。

 だが、今回は改めて1つの名前を探し出す。

 カーク。【棘の騎士】にして【混沌の従者】。オレから左目を奪い取った男。そして、オレが殺した男。

 彼の名前には線が引かれ、死亡理由には『他プレイヤーによる殺害』と記載されている。

 蘇る感触。カタナを突き差し、まるで脳を掻き回したような手応え。そして、何よりもカークの喉から漏れた絶望に満ちた吐息。彼が伸ばした手は『お姫様』に救いを求めたものだったのだろうか。

 血が滾る。喉から笑い声が漏れそうになる。指が痙攣し、早く新しい獲物にありつけさせろと涎を垂らして訴えている。

 

「……落ち着け、落ち着け、落ち着け。オレは大丈夫。大丈夫だ……オレは『人』だ」

 

 胸に手をやり、数度の深呼吸を挟む。

 これは言うなれば禁断症状のようなものだ。叔父さんも若い頃は大層な酒飲みだったらしく、禁酒するのに長い時間と労力がかかったらしい。常に酒を飲まねば安心感を得られず、絶ち続ければ全身の皮を剥ぎ取りたい程の飢餓感にも似た荒々しい感情の暴走を繰り返したらしい。

 オレも同じだ。カークとの戦いでオレは1度自制心を失ってしまった。その結果、何ら無害であったはずの卵背負いの老人や『お姫様』を斬り殺そうとしてしまった。

 無差別に斬りかかるのは狂犬の所業だ。それはもはや『人』とは呼べない。

 オレはカークに言い放った。オレは『バケモノ』ではないのだと。

 その為には今後この衝動と付き合っていく事になる。普通ならば精神病院にでも入れて貰って一生監禁してもらうのが周囲に迷惑をかけない安全策なのだが、わざわざバランドマ侯爵の牢獄に幽閉されて時間を浪費するのもご免だし、何よりもオレ自身がこの戦いから下りる事を望んでいない。

 何よりもクラーグ戦の時、オレは最高に絶好調だった。片腕片目の状態であれ程のパフォーマンスを発揮できたのは奇跡などではない。下手な良心や道徳を取っ払い、より原始的に、より潜在的に、ただひたすらに戦いへの欲求を強めたからこそ、オレの本能のキレが劇的に増したと見るべきだろう。

 ずば抜けたスピードも、神のような反応速度も、仮想世界において法則を捻じ曲げる【人の持つ意思の力】も無い、そんなオレがこの先も戦い続ける為には、本能と密接に絡んでしまったこの衝動をいかに御することができるかポイントだ。

 

「お待たせしました」

 

 と、ようやく待ち人のお出ましである。オレは隣に立った糞女ことミュウの顔を見やる。

 相変わらずの仮面のような企業スマイルだ。そして、眼鏡の奥底の眼差しはオレが自分に視線を向けることを待ちわびていたようにこちらを捉えている。

 

「今回のカークの討伐、本当に感謝します。しかも攻略部隊の救出とボス討伐にまで協力してくれたそうですね」

 

「依頼を引き受けただけだ。別に太陽の狩猟団を助けようと自発的に動いたわけじゃねーよ」

 

「それでも尊い仲間を救っていただいた事実に変わりありません」

 

「感謝の意を込めて追加ボーナス込みにしてくれると嬉しいんだがな」

 

 ミュウはにっこり笑うだけだ。依頼報酬を支払いは済ませてある。サインズからも受け取り済みだ。依頼として引き受けた以上見返りを求めるオレの方が間違いなのは分かっているのだが、何事も行動で示すことが大事ではないだろうか? 特に信頼関係が無いのであるならば、物的・金銭的謝礼は何よりも如実に相手に自らの意思を伝える手段に成り得る。

 とはいえ、元より冗談のようなものであるし、何よりも本当にお礼だと言われて追加ボーナスでも入った時には、本気でこの糞女がオレを始末しにかかっていると臨戦態勢を取らねばならないだろう。

 

「代わりと言ってはなんですが、1つ有益な情報を準備しました。もちろん無料です」

 

 有益=無害とは言っていないですね、分かります。オレは立ち続けるのも疲れたので死者の碑石に背中を預ける。実は病み村からサインズを経由して直でここに来ているのだ。いい加減に疲労もピークなのである。

 

「その左目はレベル3の【呪い】である事が判明しました。現時点で解呪アイテムや魔法は確認されていません。貴方の戦闘能力は今後数ヶ月単位で、あるいはそれ以上の期間、ほぼ傭兵業が絶望的であると言えるレベルまで低下する事になるでしょう」

 

 と、そこで1回ミュウは区切る。オレの洞察が正しければ、僅かにだが彼女の目に苛立ちのようなものが混じった気がした。

 

「ですが、隻眼の状態でボス戦に参加した挙句に撃破に大きく貢献、なおかつカークも単独討伐したとなれば、貴方は視界が半分潰れた程度では、傭兵業に支障をきたすどころか、より貴方の強さを喧伝するものになりそうですね」

 

「お褒めの世辞どーも。吐き気しかしねーな」

 

 茶化してオレは肩を竦める。実際のところ、視界が半分というのは想像以上に面倒だ。というのも、視界が半分の状態では視覚能力に大幅な下方修正がかかるからだ。たとえば索敵能力や認識可能距離の減少などがそうである。

 とりあえずグリムロックにフレンドメールで今の状態を伝えてある。彼は何とか有用な義眼を準備することができるかもしれないという話だが、あまり期待すべき事ではないだろう。

 

「これでお前ら太陽の狩猟団とのパートナー契約も終わりだな」

 

「そうですね。思えば、貴方との付き合いも随分が長いものになりました。この半年間、貴方のお陰で太陽の狩猟団は飛躍的に成長を遂げ、貴方の活躍が傭兵業界を成長させ、そして大ギルド間における闘争の遠因にもなりました」

 

 共犯者と呼べる間柄ではない。だが、少なくともミュウの依頼でオレは暗躍し、今のDBOの混沌としたギルド間抗争を作り上げた要因の1つである事をオレは否定することができない。

 

「……オレはアンタの依頼をこなしただけだ。それ以上も以下もねーよ」

 

 だが、結局のところ、オレは傭兵であり、依頼の意味を1つ1つ咀嚼して理解せねばならない立場ではない。

 オレの答えに満足したのか、不満足なのか、ミュウは企業スマイルを崩さないままだ。

 

「相変わらずですね。貴方とこうしてお喋りできなくなると思うと、私も少なかず感傷的になるのですが、貴方はどうですか?」

 

「ああ。オレも名残惜しいな。だけど、そういう契約だろ? オレはフリーの傭兵としてこれからやらせていただく」

 

 互いの本音と真意を語らない、口からの出まかせによる交わし合い。

 結局のところ、オレ達の関係は変わらなかった。ただの1歩として互いに歩み寄る事は無く、ただの1つとして妥協し合うこともなく、ただの1点として理解し合おうとはしなかった。

 利用する者と利用される者。依頼主と傭兵。それがオレ達の関係として相応しく、何処までも続く地平線に敷かれた平行線でもある。

 

「1つ聞かせていただきたいことがあります」

 

 これでお別れだ。血も涙もない契約解消だとばかり思っていたが、立ち去ろうとしたオレをミュウは引き留める。

 

「1つだけだ。ただし、オレも1つだけアンタに質問させてもらう」

 

「…………」

 

 無言は了承のサインだろう。オレは再び死者の碑石に背中を預けて腕を組む。この程度の威圧のポーズはこの糞女に意味を成さないだろうが、それでもハッタリをかます程度には態度を崩さないという意味で非友好的であるというオレの意思表示になる。

 

「レディファーストで」

 

「ではお言葉に甘えて。以前質問した事ですが、仮に我々太陽の狩猟団と聖剣騎士団が全面戦争に至ったとしましょう。その時、貴方はパートナー関係を優先し、次点で依頼が来れば依頼をした側に付くと答えました」

 

 そんな話もしたな。高級レストランで最終的に喧嘩別れした原因だっただろうか。

 だが、再度同じ質問をミュウが重ねるはずが無い。この女はそんな無駄な真似をしない。

 

「では、仮に聖剣騎士団と太陽の狩猟団が全く同条件で依頼を出した場合、貴方はどちらに付きますか?」

 

 だから、これは揺さぶりだ。オレという傭兵にまだ使い道があるか否か、それを見極める為の策に過ぎない。

 さて、どう答えたものだろうか。正直な話、これ以上太陽の狩猟団側に付くメリットは余りない。いかに傭兵が駒であると割り切っているとはいえ、暗黒微笑の裏で振り回されるのはいい加減に疲れるからだ。同条件の依頼が出されれば、心情的にも聖剣騎士団側を受託する確率の方が高い気がする。

 しかし、一方でオレの脳裏を過ぎるのはラジードの顔だ。あの惚気野郎と少なからず縁を持ってしまった以上、太陽の狩猟団(主にミュウ)への心証はともかく、個人的に手助けしたい連中は意外と多い。というか、サンライスやミスティアみたいに仁義に篤い戦闘員が真っ白なヤツが多くて、ミュウやあの双子女みたいな裏方連中が真っ黒い連中が多過ぎるのだよ、太陽の狩猟団は!

 

「どう答えて欲しい?」

 

 だから、オレのベストな返答はコレだ。不敵に、馬鹿にしたように、ただ笑むだけ。これ以上の回答は不要だ。下手に言質を取られても困るだけだからな。

 

「傭兵である以上、依頼主を裏切る気はねーよ。だから、せいぜい聖剣騎士団よりも良い、破格の条件を提示する事だな」

 

「貴方らしい回答ですね、【渡り鳥】さん」

 

 納得してはいないだろうが、ミュウは一端引き下がる。オレと糞女には交わすべき情など無い。あるのは、互いが互いの為に利用し合ったという経歴だけだ。そして、それは今後も続くだろう事は簡単に予想できる。

 だから、オレは1つだけ楔を打つ。この糞女にどうしても告げておかなければならない事がある。

 

「それじゃあ、オレからも質問させてもらう。安心しろよ。とっても簡単な質問さ」

 

「私に答えられる事だとよろしいのですが」

 

 演技だと一目でわかる困ったような微笑をミュウは描く。だから、オレも簡単だと前置きを強調するように、前髪を弄りながら話を始める。

 

「今回のカーク討伐についてさ。安心しろよ。太陽の狩猟団……というよりも、お前がカークからの申し出を蹴った事自体はとやかく言わねーし、ギルドとしての利益を優先した選択である事も承知しているさ。そこに一々感情論を持ち込む気もねーよ」

 

 僅かにだが、ミュウの企業スマイル鉄仮面に隙間ができる。どうやら、オレからこの話題を持ち出すのは想定外だったようだ。

 馬鹿みたいにダンスを踊るだけで済ませようと思ったが、少しだけ道化師を辞退させてもらうとしよう。今回はどうせ証拠が無いのだ。全てはオレの推測と仮説でしかないのだから。

 

「オレが不思議に思ったのは、カークの情報収集能力とアイテム備蓄だ」

 

「と言いますと?」

 

「カークは最初から作戦を準備してオレを襲撃した。つまり『罠』を張っていたわけだ。まぁ、それ自体はオレがアウェーだったわけだし、特別問題にすべきことでもねーよ。だがな、『ルート』上の問題があるんだ。病み村には多くの深部へと到達するルートが存在する。もちろん、大部隊ともなれば自ずと通れるルートは限定されるだろうし、大部隊であるが故に目立つから事前にルートを割り出して罠を張る事もできる。だけど、オレは単独行動だった。なのに、ほぼ万全の状態で罠にはめられた。この事から推測できることは何だと思う?」

 

「さぁ、分かりかねます。私はそうした戦いごとには疎いものですので」

 

 濃く、深く、ミュウの企業スマイルの硬度が増す。そこからは微塵として感情の先端すら感じ取れない。

 それで構わない。これはオレの独り言のようなものだ。ミュウがどれだけ態度を崩さずとも、オレは自分のストレスを吐き出すだけだ。

 

「オレはな、『誰か』から漏れてたんだと思うんだよな。つまり、オレが今回病み村に侵入する大まかなルートがさ。『誰か』はあえてカークにオレに提供されたのと同じマップデータを渡した。そうすれば、カークはピンポイントに指揮下にある病み村の住人を配置し、監視させることができる。あれだけ広大なダンジョンだ。携帯電話もねーんだぞ? フレンドメールも使えない病み村の住人が、プレイヤーに気づかれずに情報伝達するには口頭しかねーからな。だが、中層からカークの拠点である最深部まで情報伝達させるだけでもかなりのタイムロスになる。そうなると無作為に、ひたすら人数を増やすのは逆効果だ。要所要所に配置する必要がある。大部隊のような目立つ連中ならばそれで構わないかもしれないが、単独行動のソロを追うにはちょいと厳しいな」

 

 特に立体構造をした上層から中層までの病み村は、木造建築の迷路だ。ルートは無数と存在し、事実上正解ルートなど存在しない。最終的には深部に至る為、聖剣騎士団をカークが襲撃したアーチ状の橋を渡らねばならないが、そこに至るまでは実に自由度の高いダンジョンなのだ。

 そんなダンジョンでソロの移動ルートを正確に把握して部隊編成された罠を張るなど、それこそ高度な情報伝達手段が無ければ不可能だ。ならば、最初からルートがカーク側に漏れていたと考える方が自然である。

 

「次にカークの物資だ。カークが拠点としていた最深部には地上まで続くショートカットがあった。いわゆる転送装置さ。だがな、そこからが問題だ。街もNPCも無いエンジーの記憶じゃ、どう足掻いても物資を補給できねーんだよ。そうなると他のステージに、最低でも想起の神殿に赴く必要がある。だが、ショートカットで繋がる遺跡はこれまで発見されていなかった場所だ。それなり以上に人目に付かない場所にあるのは道理だろ? 当然、真っ先に探索が済ませられる赤剣の周辺には無いわけだ。必然、遺跡から転送可能の赤剣まで移動するのに更にロスタイムを要する。アイテム収集するのに要する時間、更にカーク本人が人目のある場所へと赴かねばならないリスク、それらを鑑みてみろよ? あり得ねーだろ。カークが『単独で物資を補給していた』なんてな」

 

 カークとて回復アイテムや攻撃アイテムの補充は不可欠だ。加えて、カークは入手が困難な呪術の炎の嵐も入手していた。

 簡単な話だ。カークには強力なバックアップが存在した。恐らくだが、カーク自身も気づいていなかったのだろう。自分と志を同じくする、不条理に立ち向かおうとする仲間だと、同じく『お姫様』を守ろうとする仲間だと思い込んでいたのだろう。手厚い支援を受ければ信じて当然だ。

 

 

 

 

 だが、仮に全てが『仕込み』だったとしたら?

 

 

 

 

 その『誰か』は聖剣騎士団が確保していたものとは別の侵入ルートを確保していたら?

 聖剣騎士団が何故病み村の攻略に着手しないのかも把握したとしたら?

 それらを利用して、聖剣騎士団の戦力を大幅に削り取り、なおかつ隊内の潜在的不穏分子の排除も行おうと画策していたとしたら?

 もはや不要となった、今まで散々利用した、いずれ敵対しかねない『傭兵』を始末する為に、病み村という最前線級ダンジョンにおいて、率先してPKを行ってくれるカークを利用したとしたら?

 ああ、そうだ。全てに納得がいく。

 ミスティアは少なからず『誰か』に反感を抱いていた様子だ。それに頭もキレる。ならば、これを機に抹殺してしまえば良い。そう……攻略部隊と言う名の『生贄』だ。その後の救出部隊こそが『本隊』だ。その証拠に救出部隊の方は攻略部隊と合流するまでに出た死傷者数はゼロだ。明らかに攻略部隊よりも質が高いことが窺える。だが、『誰か』の予定通りにいかなかったのは、カークが想像以上の働きをして攻略部隊と救出部隊の双方が動けなくなってしまった事だ。

 ならば更に戦力を送り込むのが道理だ。いかにカークと言えども、たとえばサンライスが率いる精鋭部隊を相手にすれば奇策を用いても、何処まで通じるかは定かではないし、何よりも大ギルドが総力を傾ければ個人のゲリラ戦など限界がある。

 だが、『誰か』はあえてカーク討伐を1人の傭兵に委ねる事にした。カークの総合的戦闘能力が想像以上ならば、その力で不要になった『駒』の処分を任せれば良い。その後、改めてカーク討伐と共に攻略と救出の両方が可能な精鋭部隊を送り込めば良い。

 本来ならばこれで策略は終わり。だが、『誰か』はこうも一考した。仮に傭兵がその窮地さえも生き抜き、カークを討伐してしまったら? その時を考慮し、カークとの繋がりを窺わせる情報を抹消する為に装備の回収も依頼することにした。

 

「そう言えば聞いたか? カークの右腕の再生はさ、バランドマ侯爵のトカゲ試薬による8時間よりも早く終わったんだ。ヒーラーに聞いたら、1番確率が高いのは『奇跡の再生が使われた事』らしいぜ?」

 

 そして、『誰か』は事態が変化した事を攻略部隊と救出部隊の両方から送られる情報によって入手していた。そこでカークの右腕を協力者の奇跡で再生させた。目的は邪魔とみなしたミスティアの排除、聖剣騎士団の主力を担うノイジエルの撃破、そして傭兵の再度の始末。同時に再生を施すカークからは自分達との繋がりを窺わせる……そして、傭兵を始末する為の手助けとして貸し与えた武器を回収した。万が一、カークとボスという2大危機を乗り越えられた時の保険の為に。

 そう、それはたとえば……オレの左目を貫いた呪いを付与した短剣などのレア武器だ。

 あるいは、呪いの解呪法のセオリーとして、短剣を破壊すれば呪いが解除されるのかもしれない。カークからは短剣を破壊されてオレの呪いが解けたら大変だと説得して預かり、仮にカークが撃破されれば、カークの所有権は放棄されて短剣は『誰か』の所有物として手元に戻って日の目を見る事はなくなる。なおかつ、オレは左目を失うという大幅な戦闘能力低下の危機を抱え続けねばならなくなる。

 オレはミュウに笑いかける。これは単なる、いつもオレ達がしている『言葉遊び』に過ぎないのだと念を押すように。

 

 

 

「なぁ……ミュウ、『誰』なんだろうなぁあああ? こんな糞みたいな策を練って練って練ってぇえええ、全員を陥れようとしたのはよぉおおお?」

 

 

 

Δ   Δ   Δ

 

 

『契約は解消だが、いつでも依頼は待ってるさ。オレはフリーの傭兵だからな。そう……いつでも、な』

 

 それを捨て台詞にして【渡り鳥】は去って行った。その後ろ姿を見届け、そして完全に視界から消失した事を確認すると、ミュウは死者の碑石へと視線を移す。

 探すのは自分の名前だ。まだ線引きされていない自分の名前だ。自分がまだ生存している証拠だ。

 

(震えが止まりませんね。私とした事が、隠すので精一杯とは……さすがはアインクラッドでPoHと並び称せられた災厄といったところでしょうか)

 

 震える手を押さえ込むように、ミュウは自身の右腕を左手で、まるで潰すように握りしめる。だが、浸み込んだ恐怖は簡単に抜け出さず、彼女の指先は小刻みに震えたままだった。

 最後の最後に見せた殺気。あと少しミュウに心構えが出来ていなければ、彼女の鉄仮面と称せられる企業スマイルは崩れ、無様に腰を抜かしてその場で泣き顔を露わにしてしまっていただろう。

 それ程までに凶暴性に満ちた、まるで獲物を前に涎を撒き散らしているかのような、バケモノ染みた殺気。それが濃厚に込められた【渡り鳥】の最後の笑みは、彼女の精神力を一瞬で削り取ってしまった。

 

「そういえば……随分と長い事前線に立っていませんでしたね」

 

 副団長としてギルドの内政により集中する為に、今のミュウはほとんど最前線に立つ事は無い。もちろん威厳と地位を保つ為に最低限のレベリングは怠っていないが、それでも前線に立つプレイヤー集団には後れを取っている。

 自分の戦闘適性が低い事をミュウは自覚している。今の彼女では最前線に放り出されても、たとえレベルが見合っていたとしても、十二分に活躍できないだろう。

 

(仮に……最後に私が態度を崩していれば、彼は躊躇なく私を斬ったでしょうね。あくまで彼が今牙を剥かないのは、全てが『仮説』で済ませられるからこそ。決定的な理由が無い以上、今回の1件は依頼報酬を貰った時点で終わり。そういう事ですか)

 

 1手。何か1手を差し違えていれば、ミュウは今ここに居ない。【渡り鳥】は傭兵の流儀に従い、『裏切りには死を』を実践していただろう。逆に言えば、彼はその1手を破ることができなかったとも言える。

 これまで多くの殺意をぶつけられ事がある。殺気を当てられた事もある。故にミュウは慢心していた。今の自分ならば、たとえ【渡り鳥】がどんな態度を取ろうとも平静を保つ事が出来ると。

 だが、彼の中で『何か』が変わっている。自分と出会った頃には無かった『恐ろしいもの』を感じる。以前の彼ならば……少なくとも、ミュウの中で最新の記憶の中の彼にはあんな笑みを浮かべる事はできなかったはずだ。

 まるで全てを嬲り、砕き、食い千切るような……全ては自分の餌と玩具に過ぎないかのような、バケモノのような笑みを。

 

(ですが、1度体験した以上、次は大丈夫ですね。人間は『慣れる』生き物です。今回は良い教訓になったと糧にしましょう)

 

 だが、あの推察力は危険だ。単なる戦闘馬鹿であると【渡り鳥】は自称し、自嘲しているが、彼は想像以上に情報を吟味し、推測し、組み合わせ、実態を把握する事に努める勤勉なる思考の持ち主だ。こちらが尻尾を見せれば、彼は容赦なく、下手すればミュウ個人では済まさず、太陽の狩猟団全体に報復行動に出るかもしれない。そうなれば、どれ程の犠牲が出るかは分からない。

 

「ミュウ様」

 

 ようやく震えが収まりつつあった時、背後からした声にミュウは我に返る。

 顔にいつもの笑みを張りつけたミュウは余裕を持ち、振り返る。そこには彼女の側近である双子のルーシーとスーリが、まるで自分と同じような仮面の笑みをして待っていた。

 

「顔色が優れないようですが、何か【渡り鳥】との面会に問題でもあったのでしょうか?」

 

「いいえ。それよりも報告をお願いします」

 

 右サイドテールのルーシーの疑念を、ミュウは笑み1つで解消する。それを双子の少女たちは何ら疑問を持った様子無く、あるいはそれすらも感じさせない程に表情を変えずに、彼女に此度の最終報告を告げる。

 

「カークとの連絡及び物資提供を行っていた者ですが、ご命令通り『処分』を終えました。これでカークと我々の繋がっていたことが明るみになる事はないかと。ですが、さすがはディアベル様です。今回の1件かなり深く探りを入れていたようですね。念には念を入れて痕跡を消してあります」

 

 当然のように左サイドテールのスーリの報告にミュウは頷く。本来、こうして自らの手の者に始末を付けさせるのはリスクが伴うのだが、今回は1刻も早い抹消が求められていた。故に側近であるスーリに『協力者』の処分を命じておいたのだ。

 そして、続いて長く彼女の手元を離れていたルーシーもまた報告を告げる。彼女の場合は、かなり難易度の高い任務を与えていた。

 

「ご命令通り、【渡り鳥】に勘付かれることなく尾行に成功しました。さすがの彼も、殺気渦巻く病み村では私を感知できなかったと思われます」

 

「それは朗報ですね。それで、報告にあった『例の物』の回収は?」

 

 満悦の笑みでミュウはルーシーを賛美する。それに対し、ルーシーは恭しく頭を下げて、当然のように胸を張る。

 

 

 

 

 

 

「はい。ミュウ様の想定したケースCに則り、NPCミルドレットを殺害して【肉斬り包丁】を回収しました。また、ご想像の通り、【渡り鳥】は蜘蛛姫の隠し部屋の発見に成功しました。もちろん、蜘蛛姫も撃破済みです。【蜘蛛姫のソウル】もここに」

 

 

 

 

 

 紙一重の完封勝利。ミュウは満足というよりも安堵の笑みを零しそうになる。

 

(【渡り鳥】……私は貴方を1つとして過小評価していません。今回のカークの1件は『貴方がこの程度で死ねば儲けもの』といった程度です。本来の目的は、貴方の嗅覚で病み村に潜むユニークアイテム持ちのミルドレットを炙り出し、なおかつカーク撃破後に『協力者』を以ってしても得られなかった蜘蛛姫の隠れ家を見つけ出す。必ず貴方の本能ならばできると思ったからこそ、立てたケースC……私の本命です)

 

 ルーシーから譲渡された蜘蛛姫のソウルをアイテムストレージから取り出したミュウは、その美しい白い輝きに魅入られそうになる。

 ソウル系アイテムはユニークアイテムである。今のところ活用手段は明らかになっていないが、ミュウの情報網では大よその用途は見当が付き始めている。今後、ソウル系アイテムは何よりも雄弁な武器へと切り替わる。

 その上でカークという凄腕かつ執念深い男が守護する蜘蛛姫に手出しする事はできなかった。いかに『協力者』を通して籠絡の策を取ろうとも彼は容易に口を割らなかったのである。

 そこでミュウはあえて病み村への攻略を開始してカークの激情を煽り、攻撃的にさせ、討伐の名分を手にした。そこに【渡り鳥】を送り込ませ、なおかつ彼ならばカークに勝利して蜘蛛姫の居場所を探し出せると想定し、ルーシーに追跡させ続けたのである。

 

「全ては太陽の狩猟団の為に。まだまだ貴方には利用価値がありそうですね、【渡り鳥】さん」

 

 全てはミュウの掌の上。彼女が書いた物語の通りに進んだ。

 紙一重は紙一重。ミュウは絶対に【渡り鳥】に真実を触れさせない。彼女は常に策略で、彼を上回り続けねばならない。そうしなければ、全てを焼き尽くすカラスは慈悲もなく我が身を灰へと変えるのだから。

 まだまだ【渡り鳥】にはこなしてもらわねばならない依頼がある。ミュウは蜘蛛姫のソウルをアイテムストレージに収容し、新たな策の為に思考を駆け巡らせた。




はい。そういうわけで、ミルドレットさんと蜘蛛姫様にはご退場いただきました。
死亡描写が無いから救いがある? いえいえ、きっちり死亡してもらっています。

次のエピソードはちょっと変わったものにしようと思います。

それでは、81話でまた会いましょう。

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