SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

74 / 356
再度戦闘後の小休止回です。
今のところ、カークの戦績は1勝1敗なので、その前の作戦タイムといったところでしょうか。


Episode11-7 盤上の詰め

 現在、オレの視界は左半分が失われている。カークの短剣によって左目が欠損状態になっているからだ。

 バランドマ侯爵のトカゲ試薬を使えば、苦しみながらではあるが8時間程度で欠損部位は再生可能である。とはいえ、8時間は結構なタイムロスだ。何よりもカークもまた右腕を欠損している為、すぐにでも追跡を再開したいのがオレの本音である。

 とはいえ、大被害を受けた聖剣騎士団と疲弊しきった太陽の狩猟団を見捨ててカークを追えば、依頼の建前があるとはいえ風聞に悪い。そこで、とりあえずは太陽の狩猟団が確保したギルド拠点にて休息を取らせてもらい、今後の方針について知恵と知識を貸す事になった。

 だが、何はともあれコンディションの回復だ。オレは太陽の狩猟団のヒーラーに潰された左目の状態を見てもらっている。おんにゃのこならば良かったのだが、残念ながら30代手前の野郎である。高いMYSとPOWを活かした豊富な奇跡のラインナップがあり、その中には欠損状態を迅速に回復させる【再生】もあるとの事で、オレとしても期待感があった。

 

「駄目ですね。治療は絶望的です」

 

 だが、ヒーラーは無念そうに首を横に振る。どうやら事態はオレが想像していたよりも簡単では無いようだ。

 

「潰された左目ですが、傷口が黒ずんで凝固してしまっている。恐らく呪いの類でしょう。【バジリスク】という石化の呪いを使用するモンスターがいると聞いています。それの上位版の【ボス・バジリスク】よりも強力な呪いですね」

 

 現行で最も危険視されているデバフの呪い1つだ。その効果は様々だが、大抵は他のデバフと組み合わさる事により、状態回復し辛くさせる作用がある。

 たとえば、ヒーラーが例に出したバジリスクとはトカゲのような姿をした、巨大な目のような器官(あくまで目を模倣しているだけで、本物の目は別にある)を持つモンスターなのだが、【石化】という特殊なデバフ攻撃をしかけてくる。石化ブレスを浴びて石化耐性を突破すると問答無用で石となるのだが、この石化状態になると行動不能になる。別にHPが削られるわけではないのだが、身動きが取れなくなる為、結果的にモンスターに嬲り殺しにされるのである。

 石化攻撃の対策として【懐かしい香木】をクイックアイテムにセットしておけば自動回復するので、事前情報さえあれば恐れるに足らないし、石化を未然に防ぐ指輪を始めとした装飾品も充実している。だが、バジリスクの場合、石化ブレスには呪いが混じっており、懐かしい香木だけでは回復しないのだ。合わせて解呪石を用いなければ石化状態を解除することはできない。

 

「治せないってどういう事だ? 解呪石や懐かしい香木じゃ無理なのか? それとも持ってねーだけか?」

 

「いいえ。レベル2までの石化を含む大半のデバフを回復させる【浄化の祝福】を私は持っていますし、解呪石も在庫があります。ですが、この呪いは解呪石では回復できない類のようですね」

 

 申し訳なさそうにヒーラーはオレの左目に止血包帯を巻く。既に欠損状態によるHP減少は止まっているのだが、念には念を、である。まだ呪いに関しては情報量が圧倒的に不足しているのだ。

 呪い耐性を高めるMYSにそれなりにポイントを振ってあるオレだ。たとえカークの短剣が呪いを帯びていたとしても、数秒程度貫かれただけで呪われるとは思えない。そうなると、あの短剣がかなりのレアウェポンである確率は高いな。

 今も左目は脈動するように脳をかき乱す不快感を放っているが、止血包帯のお陰か、それも先程に比べれば随分と可愛らしいものだ。だが、視界半分では戦力としては3割減で済めば良い方か。

 しかも呪いは時間経過で回復しない。必ず何かしらの手段で回復作業を行わねばならない。現行では奇跡【清めの息吹】か解呪石しかその方法は無い。その両方が使えないとなると、これはそれなりの時間は尾を引く事になりそうだ。

 ソロの傭兵業としては致命的か否か。さすがのオレも片目だけで戦うのは慣れていないし、右目が無いユイのように距離を置いた戦術ではなく、五感をフルに活用せねばならない戦闘スタイルだ。

 

「しかし、随分と手酷くやられたみたいだな」

 

 ギルド拠点に残っていた太陽の狩猟団の面々もまた、装備も防具も大半がボロボロであり、食事も水も睡眠も満足に取っていないのか、疲労が如実に表れている。

 

「ええ。仲間が2人も死にました。でも、彼らに比べればマシでしょう」

 

 同意したヒーラーの冷ややかな視線の先にいるのは、項垂れる聖剣騎士団のメンバーだ。

 今回のカークの襲撃で死亡した聖剣騎士団のメンバーは4人。その4人の内3人が聖剣騎士団の攻略部隊に組み込まれた下部組織のギルドの連中だ。つまり、聖剣騎士団の正規メンバーよりも1つ劣ったヤツらが死んだという事である。

 少数精鋭主義を掲げる聖剣騎士団は、矢面に立つ正規メンバーとバックアップを行う下部組織のギルドで役割分担している。あくまで戦闘をこなすのが正規メンバーであり、同行する下部組織のギルドのプレイヤーの仕事は徹底的な後方支援である。装備枠を外部アイテムストレージで潰して多量の回復アイテムを運搬するなどが仕事である。

 

「隊長とラジード君が助けに行かなければ全滅していたでしょうに」

 

「2人とも甘っちょろいか?」

 

「そこまでは……言いませんよ、さすがにね。ですが、我々が聖剣騎士団と頻繁に対立しているのは、傭兵である貴方ならご存知でしょう?」

 

 苦々しそうにヒーラーはそう呟く。どうやらギルド間抗争は順調に激化しているようだ。まぁ、争い合う分にはオレの仕事も減らないわけだから歓迎であるが、何事にも限度があるので程々にしてもらいたいものである。

 ヒーラーに感謝を述べ、何やら協議している、ベヒモス、【雷光】ことミスティア、聖剣騎士団のノイジエル、そして大物に囲まれて居心地悪そうな金髪野郎改めてラジードの元へと向かう。

 

「【渡り鳥】か。目はもう大丈夫……では無さそうだな」

 

 まずはベヒモスがオレの状態を確認する。甲冑姿の為に表情は分かり辛いが、オレを戦力として当てにしていたのだろう。無念さが滲んでいる。

 ミスティアは欠損ではなく出血状態だったために回復も終えた足首の調子は良さそうだ。これならば動くだけならば問題なさそうだが、根本的な疲労に関しては回復していない。

 ノイジエルは甲冑の各所に亀裂が入っているが、思っていた程に疲労を感じている様子は無い。これならば戦うだけならば十分に活躍できそうだ。

 ツヴァイヘンダーが随分と傷んでいるが、ラジードの装備も一通りは問題なさそうだ。ただし、ミスティアと同様に疲労が蓄積し過ぎているはずだ。パフォーマンスを期待するのは酷か。

 こういう時に複数人による戦い慣れた、パーティで戦ってばかりの連中はやっぱり脆いな。ソロ傭兵なんてピンチが無い方がむしろ珍しい為に、下手すれば7日でも10日でも単身でダンジョンに潜って死線を何重にも潜り抜けるし、メシも最低限しか食べれない事も多々ある為、精神的にもタフだ。

 

「問題ねーとは言わねーが、糞騎士1人を狩れない程もでもないさ。それよりも世話になったな。そろそろカークを追わせてもらう」

 

 かれこれ1時間近くギルド拠点で休息してしまった。バランドマ公爵のトカゲ試薬をカークが保持していると仮定した場合、右腕の欠損が治るまで残り7時間。その間にヤツと決着を付けねば左目を潰され損である。

 

「その件ですが、待ってもらえないでしょうか?」

 

 だが、ミスティアは出発しようとするオレを引き留める。先程の年相応に大泣きした姿ではなく、隊を率いる者としての威厳を保とうとする凛とした姿だ。何かこう……『折りたくなる』な。いや、別にオレってサディストじゃねーけど、こういう芯の強そうな女の涙を1度見てると……なぁ?

 

「今回の1件だが、俺たちは合同による撤退作戦を検討している」

 

 予想していなかったわけではないが、ノイジエルの発言にオレは少しだけだが意外性を覚える。

 ギルド間の不仲を超えて、あくまで生存の為に協力し合うわけか。確かに、互いに疲弊している戦力を独自に運用するよりも、今は遺恨を水に流して力を合わせて脱出の為に尽力する方が合理的だろう。死んだら元も子もないのだから。だが、その為に感情を切り捨てて犬猿の仲と握手する度量はさすがと言ったところか。歴史的にも感情を優先して救援を求められずに滅んだ連中がどれだけいたことやら。

 とはいえ、わざわざオレを引き留めたとなると話は単純じゃねーのかもな。

 

「ですが、この大人数ではどうしても目立ちます。カークの襲撃をもう1度受ければ更なる犠牲は免れないでしょう。仮にあなたがこれからカークを追跡したとしても発見できるか保証できません。そこで、あなたの知恵を貸していただきたいんです」

 

 何でオレを頼る? 露骨に嫌悪感を乗せてオレはミスティアを含めた3人を睨み回す。

 100歩譲って【渡り鳥】という悪名のせいでオレを毛嫌いするのは構わない。だが、傭兵の事をカラスと嘲笑い、蔑み、最大に利用しているのが大ギルドの連中だ。そこに何も悪感情を抱かない訳ではない。もちろんディアベルのように個人と個人ならば友好を持てるヤツもいるが、ギルドとして力を借りたいならば『相応の対価』の話を先にするのが筋というものだ。そうでなければ協力など願い下げだ。

 

「貴方に協力すべきだと申し出たのは僕だ」

 

 だが、ここで予想外のヤツが出張って来る。これまで成り行きを見守るだけだったラジードだ。妙に真っ直ぐで人を動かす力がある眼に、オレは思わずたじろぐ。『アイツ』もそうなのだが、たまにこうした独特の目をしたヤツが現れる。オレが良い意味で苦手とするタイプだ。もちろん悪い意味で苦手なのはあの糞女である。

 

「ラジードだったか? 確かにオレは2度もお前を助けたかもしれねーが、それは依頼だからこそだ。誤解してねーよな?」

 

「だったら今回も依頼させてくれ! 報酬は僕が払おう! カーク討伐に加えて皆の脱出支援を依頼する!」

 

「サインズ通してから言え、馬鹿が」

 

 意気込んで依頼してくれるところ悪いが、傭兵として土壇場に依頼されて、達成した後に報酬を払いませんなんてSAOでの日常茶飯事だった。最低でも前金を相応に貰わない限り、動く気は毛頭ない。そうでなければサインズを通せというだけだ。

 

「脱出支援なら1人頭6000コルだ。太陽の狩猟団が16名、聖剣騎士団が14名、合わせて30名だから18万コルってところか」

 

「18ま……っ!」

 

「言っておくが、お前らのレベル、ダンジョン難易度、現状況を加味すれば適正価格よりも安いくらいだ。普通なら1人頭1万2000は行くぞ。半額だ、半額」

 

 これにはラジードも息を呑む。当然だろう。18万コルなど個人のポケットマネーでホイホイ払える額ではない。ましてや、ラジードは上位プレイヤーではあるが、トッププレイヤーではないはずだ。せいぜい上の下といったところだろう。それも成り立てならば金銭面も厳しいはずだ。だが、オレとて傭兵と言う職業柄タダ働きをすれば同業者にも迷惑をかける。サインズを通さない依頼である事を踏まえれば、適正価格の倍を吹っかけても良い位なのだが、オレもそこまで鬼ではない。むしろ仏だ。半額とか慈悲深いってレベルじゃねーぞ。一応だが、これも先程のヒーラー診断分の善意を差し引いての半額提示だ。それでも5割減とか『キミは馬鹿なのかね?』とスミスに罵られ、『金勘定もできないの?』とシノンに絶対零度の視線を浴びせられるくらいの出血大サービスだ。

 

『普通ならばボーナスタイムじゃないか。1人単価3万コル、経費は全額依頼主持ち、全員生存で追加報酬で更に倍額でも安いくらいではないかね? それを半額報酬で経費はこちら持ちで済ますとは愚か者としか言いようがないな』

 

 はい、スミス様。全く以っても仰る通りです。アンタならそれくらい当然のように請求するだろうな。

 

『最低限でも便宜ぐらい引っ張り出しなさい。狩場の自由利用の許可とか、鉱物系レアアイテムの譲渡とか、製造武器の格安販売とか、何もコルばかりが報酬じゃない。特権を剥ぎ取って、帰ってからあたふたする連中の姿を眺めるのも一興じゃない』

 

 シノン様は本当に恐ろしい御方ですね。本当にお前ならそれくらい平然と要求するだろうなぁ。

 ちなみに救出依頼はかなり依頼料が高額の部類だ。というのも、あくまで『現在分かっている情報で生存している人数』と『結果的に救出できた人数』は常に同一ではないからである。1人当たりの単価が高くなければ後味の悪い事が多い上に難易度が高いに救出依頼の旨味がなく、引き受ける者が少ないというのがサインズの方針だ。

 似たような依頼である護衛依頼に関しては『それなり』と言った所だろうか。緊急性が無い事が多い為に事前準備を念入りに行う事ができるし、敵の情報を得ている事も珍しくない。むしろ護衛依頼は場合によっては戦闘ゼロで済ますこともできる。経費と収入のバランスを計算し易いのだ。

 

「払います。アタシが……アタシが全額今ここでお支払いします!」

 

 だがラジードが回答を示すより先にミスティアが1歩前に出る。

 

「いいや、私が払おう。支援部隊のトップは私だ。私には皆を助けられなかった汚点がある」

 

 ベヒモスもそれに続く。当然ながら、残り1人のこの場における聖剣騎士団のトップであるノイジエルも黙っていない。

 

「それは困るな。聖剣騎士団の分は俺が負担させてもらう」

 

「いいえ、アタシが!」

 

「私が払うと言っているだろう!」

 

「だから平等に人数分に合わせて分担をだな」

 

「面倒だから誰かが代表で払って帰ってから割り勘の話をしやがれ」

 

 見栄か体面か責任かは知らねーが、こちらはカーク追跡を待たされている身だ。こうしている1分1秒の間にカークは回復を済ませ、立て直し、新たな作戦を組み立ててるかもしれないのだ。

 結局のところ、ノイジエルの案が採用され、聖剣騎士団分を彼が、太陽の狩猟団の分はベヒモスが支払った。ちなみにミスティアとラジードは最後まで自分たちが払おうとしていたが、兜を外したベヒモスに睨まれて震え上がって押し黙った。ちなみにその光景をオレは彼の後ろ姿でしか見てないので分からないが、余程の鬼の形相だったのだろう。

 

「18万コル確かに。前金で全額だ。最大限に仕事させてもらう」

 

 優先順位を即座に変更する。カークの追跡は後回しだ。左目を潰され損だが、ヤツの盾を破壊し、また8時間の猶予を得られたと割り切ろう。

 

「まずはカークの情報をくれ。ヤツの思考パターンを割り出す。攻撃と戦術と戦略は見えたが、イマイチ狙いが見えねーからな。そもそも野郎は何でお前らを……オレ達を襲うんだ?」

 

 個人的な怨恨はあり得ない。太陽の狩猟団や聖剣騎士団に恨みがあるにしては、オレの排除に全力を注いでいた。あれは単に依頼で自分を討伐しに来た者に対する態度ではない。むしろ侵入者を撃破しようとするものだ。

 だが、元同僚であるはずのノイジエルの反応は芳しくない。それは情報を明かしたくないというより、手持ちのカードの少なさを物語っている。

 

「……カークは古株の1人で、聖剣騎士団が今のような大ギルドになる前から所属していた。俺よりも少し後に入団したが、極めて腕の立つ男だった。敵には全力で挑み、潰す。まさしく『皆殺し』だったよ」

 

 オレもカークの噂は耳にした事があるが、オレ程ではないが評判が良いプレイヤーではない。素行が悪かったり、PKをしたり、犯罪に手を染めていたからではなく、その戦いぶりが余りにも過激であり、本人もあらぬ噂を立てられようとも弁解しなかったからだ。

 

「実力自体ならば円卓の騎士でも下位に当たる。しかし、『殺し合い』ならば見ての通りこの体たらくだ。俺とてヤツに『殺し合い』を挑んで勝てるとは思わん。円卓の騎士でヤツと『殺し合い』で確実に勝てると断言できるのはディアベルさんと【真改】くらいだろう。『単純な強さ』だけでは、ヤツに嬲り殺しにされるだけだ」

 

 その『単純な強さ』を持つだろうミスティアは押し黙り、ベヒモスも苦々しくも同意の雰囲気を醸し、ラジードはごくりと生唾を飲む。だが、オレに言わせれば、そんなの傭兵からすれば今更な話だ。

 多くの傭兵はソロだ。常時2人組で行動する稀有なヤツらもいるが、2人以上で動くのは協働の時か、何処かのギルドにダンジョン攻略やボス撃破のヘルプ依頼を受けた時くらいだ。

 数の不利など当たり前。情報が当てにならないなど予想の範疇。単純な強さでは押し切れない奇策・強襲は無い方が疑心暗鬼に陥る。準備不足で劣勢スタートなど緊急依頼では前提条件。メイン武器を整備中に万全でも達成できるか否かの依頼が飛び込んでくる。

 そんなヤツらにとって、カークの戦い方などは珍しくとも何ともない。スミスならば、最初の1戦の時点でカークに策を実行させるまでもなく銃撃で削り殺すだろうし、シノンならば迷わず報酬を減額してでも協働相手を準備して狙撃による討伐作戦を策略するだろう。

 故に傭兵の需要は無くならない。単独行動前提の運用が可能となる単騎のプレイヤーなんて使い勝手の良い『駒』は、たとえこの先どれだけDBOが激化しても必要とされ続けるだろう。

 

「そんな事はどうでも良い。必要なのは、何でヤツがオレ達を襲うかだ」

 

「その点だけど、カークは妙な事を言っていたんだ」

 

 ここで口を挟んで来たのはラジードだ。確か、オレが乱入する前にはカークと交戦していたのがコイツだったな。だとするならば、何かしら有益になる情報を含んだ会話が成されたかもしれない。

 

「『約定』。確かそう言っていた。ミスティア、違うか?」

 

「肯定です。カークはまるで約束を破られたような……裏切られたかのような復讐心を感じました。それに、彼の言動は奇妙なんです。仲間を手にかけながら、まるでそれを誇りに思っているかのような……」

 

 顎に手をやり、悩ましそうに情報を上手く纏められないミスティアのもどかしさは分かる。恐らく彼女も自分が珍妙な事を言っていると分かっているのだろう。

 騎士の誇り。確かにカークはそれを意識している。カークは『皆殺し』と呼ばれながらも付いた2つ名は【棘の騎士】だ。それはユニークアイテムで身を固めているからではなく、聖剣騎士団の1員だからではなく、その生き様こそが騎士と呼ばれるに相応しいからではないだろうか?

 

「それにカークは太陽の狩猟団を『約定』に絡めて、まるで僕らのせいのように批判していた。思うに、今回の事態はもしかしたら太陽の狩猟団が引き金を引いたのかもしれない」

 

 自らの組織の行動を問題視できるラジードに、オレは素直に感心した。組織に呑まれたヤツは妄信的になって精神を安定させようとする者が多いが、どうやらラジードは冷静に全体を俯瞰できる視野の持ち主なのかもしれない。

 どちらかと言えば、素質は聖剣騎士団寄りか。ミスティアもそうだが、太陽の狩猟団のトップメンバーはどうにも生真面目で信頼に置けるヤツときな臭くて『騙して悪いが』しそうなあくどいヤツの極端な2分化が目立つ気がする。これもサンライスとミュウの2人の陰陽の影響のせいか。

 

「情報を纏めるぞ。まず大前提として、カークが攻撃を仕掛けるのは『病み村』に限る。そして、ヤツは何かしらの『約定』を聖剣騎士団と交わしている。加えて、ヤツは太陽の狩猟団を『敵視』している。最重要なのは、ヤツは『騎士』である事を捨てていない」

 

 ここから導き出せる推論は何か? オレは口元を手で覆い、貴重な時間を思考の海に溶かして真実に近しい仮説を泥をこねて形を与える。

 カークは再三繰り返した『祈り』。ヤツは病み村に立ち入る者を襲う。だが、その割にはトラップなどは序盤に仕掛けておらず、襲撃も中盤からだった。加えて正確にこちらの位置情報を把握して襲ってきたところを見ると、病み村の住人を擬似的なマスター権限で指揮し、情報収集に当てていた確率が高い。

 これらから推測可能な事は1つ、カークは病み村の深部に立ち入る者に攻撃を仕掛ける。序盤にトラップなどが無いのは、恐らく迷い込んだり、好奇心で入り込んだプレイヤーに対する配慮と見るべきだ。つまり、カークは病み村の侵入者全体を敵視するのではなく、深部へ……恐らくはボス部屋への到達を拒もうとしている。

 

「……ノイジエル、カークは戦闘に呪術を用いてたのか?」

 

「いや、正直俺も驚いている。カークはMYSとPOWに成長ポイントを振っていると酒の席で漏らしたから知ってはいたが、MYSは魔法防御力を高めるし、POWは今後の戦術の幅を広げる時に≪魔法感性≫をいずれ習得するつもりなのだろうと思っていた程度だった。それにPOWを上げれば物理属性外の防御力上昇もある。決して振らずとも腐らんステータスではないからな。ヤツの戦闘スタイルでは呪術は同士討ちを誘発しかねんしな」

 

「つまりカークは聖剣騎士団脱退直前まで呪術を装備していなかった。2ヶ月前のカークのレベルは?」

 

「正確には知らんが、せいぜい30代前半だ。あまり狩場を利用しようとするタイプではなかったからな。いつも1人で何処かしらでレベリングをしていたのだろう」

 

 現在の上位プレイヤーの上の中レベルが45だとされている。ちなみにオレのレベルは39だ。ギリギリ上の下といったところか。

 レベル40になると新たにスキル枠が2つ増加される。カークが現在レベル40以上と仮定しよう。≪魔法感性≫を内の1つで取れば呪術は使用可能だ。

 だが、あの呪術の品揃えは何だ? 火球、発火、毒の霧、それに極めつけは炎の嵐だ。特に炎の嵐は呪術使用者からすれば切り札であり、同時にそう易々と入手できるものではない。今でさえ魔術書化された炎の嵐が30万コル前後の相場で取引されているのだ。いきなりカークが……それも聖剣騎士団を離脱後に入手できたとは思えない。

 だとするならば、やはりミルドレットの話が有効か。病み村はかつて大いなる魔女が支配していた地であり、呪術が盛んだった。カークは何者かによって呪術の手解きを受けたと考えるべきだろう。カークが接触したのは、大いなる魔女の娘というNPCだろうか?

 因果関係を紐解け。カークは明らかにオレ達が病み村の深部に到達する事を拒んでいる。それこそ殺害も辞さない程に。そして、そこには『約定』があり、聖剣騎士団側からの裏切りがあったとカークは考えている。そして、事態を引き起こしたのは太陽の狩猟団である確率が高い。

 2つの侵入ルート、聖剣騎士団の迅速な対抗攻略の開始、カークの言動、深部到達への妨害、呪術のNPC。筋書きは見えた……か?

 ようやくだが、オレは少しだけカークの心情に到達することができた。

 祈り。カーク、お前がそれを繰り返していたのは……そういう事なのか?

 

「…………糞が」

 

 小さくオレはそう呟いて、舌打ちを呑み込む。オレはお前と殺し合いの決着を付けて、さっさと依頼を終わらせたいのだ。なのに、何で依頼を達成する為にお前の心の内まで掬い上げて、その1つ1つに込められた祈りまで知らねばならないんだ。

 苛立つ。だが、オレがすべき事に変化はない。お前を殺し、オレは依頼を達成する。だから……お前はオレの糧になれ。その祈りごと喰らい尽してやるよ。

 

「脱出作戦だが、ノーリスクはどう足掻いても無理だ。だから、腕の立つヤツにハイリスクを背負ってもらう。それが大前提だ。良いな?」

 

「まずは考えを聞かせてもらおう。先に断わっておくが、外道な策に乗る気はない。たとえば誰かを餌にして生贄にするなどはな」

 

 オレがそんな真似するとでも思っているのだろうか。ベヒモスの忠告に、オレは無言で了承する。傭兵にどうしようもない糞野郎はいる。パッチなんかはその筆頭だし、オレもお世辞でも素行が良い方ではない。ある程度の不信はあって然るべきか。

 

「まずは戦力を2つに分ける。このギルド拠点に居残りするヤツと病み村深部を目指すヤツだ。後者は精鋭だけで結成する」

 

「何故深部を? 我々は攻略を停止する所存であることはお伝えしたはずですが」

 

 ミスティアは理解できないといった顔をする。まぁ、確かにダンジョンに更に潜るともなれば攻略に直結するだろう。事実としてオレが言わんとする事はまさにそれだ。

 

 

「作戦は死ぬほど簡単だぜ? 6時間以内にボスを撃破する」

 

 

 途端にオレの首筋を銀の光が掠めた。ミスティアが銀色の槍を突き出したのである。意外と沸点が低い女だな。

 

「所詮は噂。【渡り鳥】などは尾ひれが付いた与太話と思っていましたが、どうやら命を何とも思わぬ狂人とは真実だったようですね」

 

「ボスが怖いか?」

 

 挑発でも何でもなく、オレは簡潔に問う。コイツらはそもそも病み村を攻略しに来た以上、ボス戦も覚悟のはずだ。

 

「怖いです。ですが、アタシが言っているのはそんなつまらない私情の話ではありません。今の疲弊しきった状態でボス戦など、どれ程の死者が出るか分かりません。それを看過できるとお思いですか?」

 

 怒気の孕んだ眼光に、オレの内側で何かが舌なめずりを始める。ああ、悪くないな、こういう女。純粋に怒りの殺気をぶつけてくるヤツとは久しく殺り合っていない。

 しかし、あの時のラジードへの『命を大事に』発言もそうだが、面倒そうなトラウマ持ちか。自分の命を軽んじ、他人の命を重んじるタイプだな。

 

「落ち着け、ミスティア。今は作戦内容を聞くんだ。傭兵、続けてくれ」

 

 すかさずフォローに入ったラジードに促され、オレは作戦説明を再開する。というか、そもそもこういう頭脳労働系はオレの役割ではないのだが。

 

「カークは病み村の深部で何かを守っている。それは間違いない。正体はまだハッキリしないが、攻略を妨害し、プレイヤーの殺害も躊躇わない程に、カークにとって重要な存在だ。そして、これはオレの推測だが、病み村のボスと関係している」

 

「根拠を聞こう」

 

 一考の価値あり。ボスと戦うのもやぶさかではないとノイジエルの態度がそう物語っているのに、オレは勇敢なヤツだと少し笑む。

 

「攻略部隊を妨害をするのは、攻略上でカークが守ろうとする『何か』が排除対象に成り得るからだ。ダンジョンの制覇条件は様々だが、大抵はボス撃破だ」

 

「カークはボスを撃破してもらいたくない、というわけか」

 

「ああ。だから深部への到達を何が何でも妨害しようとするわけだ。そこでオレ達はカークの右腕が再生するまでの猶予である6時間以内に最深部に到達し、迅速にボスを撃破し、地上への脱出ルートを確保する」

 

「待て。何故ボス撃破が脱出に繋がる? カークを排除せねば安全は確保できないだろ……いや、なるほど。そういうわけか」

 

 どうやらノイジエルはオレが言わんとする事を把握したようだ。数秒遅れてミスティアも理解したようである。ちなみにベヒモスとラジードはまだ答えに到達できていないようだ。オレより脳筋とか駄目ですよ、お前ら。

 

「仮にカークが擬似マスター権限を持っていて病み村の住人を操れて安全を確保できるとしても、どうしても物資は不足するはずです。特に食料や水の確保は絶望的ですし、回復アイテムもドロップしない以上は必ず在庫が尽きる。武器のメンテナンスも」

 

「この複雑な構造のダンジョンを上るも下りるも一苦労だ。下手をしなくとも1日がかりかそれ以上」

 

「ええ。ならば順当に考えれば、第3のルート、地上から病み村最深部までのショートカットがあるとみるべきでしょうね。ですが、ボス撃破=ショートカットの開通ではありません。最深部付近を探索した方がよろしいのでは?」

 

 ミスティアの意見は尤もだ。だが、この作戦の肝は別にある。

 

「ショートカットは次いでだ。重要なのは、カークをボス戦かボス戦前に引っ張り出す事だ。カークさえ排除できれば安全に脱出できるんだ。ヤツは病み村を攻略させないために、ボスを斃させないために何かしらのアクションを起こすはずだ。その時にカークを始末する」




間もなく病み村編も終盤です。
もちろん、病み村のボスと言えばあの御方です。

それでは、75話でまたお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。