41度寸前の熱で倒れて緊急搬送(友人の車)。病院で検査してみれば季節外れのインフルエンザ。
めでたく外出禁止処置です。
本当に友人とは素晴らしいですね。友人がいなければ、筆者はどうなっていたか分かりません。
以前の『彼』はよりシンプルな存在だった。
ただひたすらに命令を実行する。それ以外の価値も意味も見出さなかった。
だが、最近になって『彼』は興味深い体験を繰り返すようになった。『彼』が仕事をこなす度に、ある種の欲求のようなものが湧き上るようになったのだ。
この欲求が何なのか、『彼』はまだ理解していない。しかし、『彼』は成し遂げねばならない使命がある。故に『彼』は迷うことなく、欲求に惑わされることもなく、職務を遂行し続ける。
「ひっ……ひっ……ひっ!」
何故怯えるのだろう? 夜風で木の葉が散り、静寂の中で薄っすらと霧が世界を覆う。月光は拡散し、幻想的な光のカーテンを生み出している。
そんな世界で赤黒い光が血のように広がり、1人の女が虫のように這いながら、膝から下が無い右足を引きずりながら『彼』から逃げる。その様は芋虫の様であり、『彼』は何故だかその姿に失望を覚えた。
「た、助けて! ケイン! ローラ! クリスハイト!」
3人の名前を女は呼ぶ。『彼』は誰の事だろうかと悩んだが、3人とも彼女の仲間の名前である事をすぐに思い出した。無様に彼女を置いて逃げ出した、戦う価値も無い敗北者だ。
これが哀れみなのだろうか。『彼』は内側で渦巻く感情を弄ぶ。こんな感情を抱いたのは初めてだが、最近は新鮮な経験ばかりが続いているので大して驚く事が無かった。
『お前で7人目』
だから『彼』はいつもと同じように、女に対して訪れた事実だけを告げる。
『恐れるな。死ぬ時間が来ただけだ』
右手に持つ槍を女の背中から侵入させ、その心臓を貫く。一際大きな女の悲鳴が森に響いたが、それすらも密集した樹木は啜り取る。それを最後に赤黒い光となって女は砕け散った。
退屈だ。『彼』は嘆息する。仕事に面白味を見出すのは『彼』の趣味ではないのだが、満足感が足りないのはモチベーションの維持に関わる。もちろん、気分で仕事を蔑ろにするような真似はしない。『彼』は何処までも真面目だった。
帰ろう。『彼』は仕事を遂げた事を再確認し、帰還しようとする。だが、それを妨げるように新たな命令が下った。
『ミッションを受信。分類はモニター。最優先事項はイレギュラー値の再測定。了解。これより現地に向かう。サポートは不要だ』
イレギュラー。その単語を口にし、『彼』は先程自身の手で殺害したプレイヤーに失望した理由に思い至る。
自分を目覚めさせた者、マスターの後継者と名乗る男が掲げたイレギュラー抹殺という新たな使命。それ自体には何ら思い入れは無い。そもそも大義など『彼』にとって不要であり、また存在意義にも相応しくないからだ。
しかし、期待はしていたのだ。マスターの後継者があれ程に敵視する存在だ。だが、蓋を開けてみれば何ら変わらない。脆弱である者ばかりだ。
だからこそ、『彼』は1つの仮定に至る。
そうだ。かつて『彼』の兄にあたる存在がこう言っていたではないか。『戦いこそが人間の可能性』なのかもしれない。ならば、そもそもイレギュラーの定義が間違っているのではないだろうか?
あるいは、イレギュラーとは2種類存在し、マスターの後継者は片方を見落としているのではないだろうか?
それを指摘しようとは思わない。あくまで『彼』の職務はマスターの後継者が定義するイレギュラーの抹殺だ。それ以上もそれ以下も望むべきではない。
だが、今回の監視対象。『彼』は僅かながらの期待感を募らせる。この男ならばあるいは、と。
そして、『彼』は霧中へと消えた。
Δ Δ Δ
どうしてこうなった、と大半の人間は人生で1度は我が身を振り返って後悔する。
それはもちろんラジードも同様だ。そもそもDBOを購入した事もそうであるし、天乃岩戸という古巣に属していたこともそうである。
戦えば戦う程に後悔が募る。そんな毎日が続けば鬱になるが、ラジードはひたすら前を向いて努力する事で後悔を振り払い、顔を上げ続ける事で希望を探し出すべく万進を続けることができた。
だが、今回ばかりは心が折れそうだ。レベル1の毒を回復させる毒紫の苔玉を奥歯で磨り潰しながら、ラジードは疲れ切った仲間たちの顔を見回す。
以前と同様に勇者チックな金髪と髪型は相変わらずであるが、今のラジードの装備は随分と様変わりした。天乃岩戸にいた頃はお粗末なNPC販売の量産両手剣であったのだが、現在は【風霊の双剣】という、世にも珍しい2本1組の武器を装備している。
キメラウェポンが2つの武器カテゴリーを持つが、この風霊の双剣は≪片手剣≫のカテゴリーであり、武器枠1つで2つの武器を装備できる優れものだ。その分単体火力は低いが、手数で攻める事が出来る優れた武器である。これによって余ったもう1つの武器枠には≪特大剣≫のカテゴリーにある重量武器の1つである【ツヴァイヘンダー】を装備している。高重量の特大剣の中では比較的軽量の部類であるが、重量級大剣を超す重さを持ち、ラジードのSTRでは何とか振り回されないようにするのが限界だ。だが、風霊の双剣に不足している単発高火力を補えるという大きな利点がある。
しかし、今やそのツヴァイヘンダーは刃毀れしてボロボロだ。高い耐久値を持つ特大剣であるが故に交戦は可能であるが、刃毀れによって斬撃属性に下方修正がかかっているはずだ。とはいえ、高い打撃属性も持つ特大剣であるが故に高火力武器という側面は余り損なわれていないのだが。
防具も耐久値減少を警告するように綻びが目立っている。これまたゲームの勇者が装備していそうな赤色の【火竜のレザーアーマー】には浅くない傷が付き、銀色の籠手には亀裂が入っている。
だが、自分はまだマシな方だ。同僚たちの顔はいずれも暗雲がかかっている。当然だ。鎧を完全破損した者。回復アイテムの備蓄が尽きた者。自慢のレア武器が修復不可に陥った者。いずれも満身創痍である。
理由は明白だ。現在彼らがいるのは病み村。≪卵背負いのエンジーの記憶≫にあるサブダンジョンである。エンジーの記憶自体は既に攻略が成され、ステージボスも斃されている。だが、この新たに発見された病み村は最前線級の難易度を誇るサブダンジョンだ。
かつて天乃岩戸に属していたラジードは、同ギルドが太陽の狩猟団に吸収されると同時に行われた人事異動によって太陽の狩猟団の正規メンバーの1人として迎え入れられた。当時のレベルはとてもではないが上位プレイヤー級ではなかったはずである。だが、副団長のミュウ直々に面談が行われ、めでたくラジードは太陽の狩猟団の1員として籍を置く事が許されたのだ。
かつての仲間であるクランやウェイブスターは今も天乃岩戸に属し、太陽の狩猟団に派遣されたギルドリーダーの指示の下でアイテムや狩場の管理などの下部組織らしいサポートを行っているらしい。旧リーダーのイワキリは何処とも知れぬ辺境に飛ばされ、鉱山ダンジョンの管理者として、ギルドNPC以外いない閑散とした土地で毎日を淡々と過ごしているようだ。
『レベルだけが強さの全てではありません。貴方には才能があり、可能性があります。太陽の狩猟団は貴方を高く評価しています』
美人で聡明、そして黒い噂が少々ある副団長のミュウにそう口説かれ、ラジードは太陽の狩猟団の正規メンバーに加わった。特に最後のミュウの笑顔に、この人ならば大丈夫だろうとも信用したのが決断の最大の理由だった。
その後、ラジードは優先的に効率の良い狩場に回され、順調にレベルを上げ、太陽の狩猟団が次々と獲得したレア装備を身に付けて強化を施していった。今では上位プレイヤーと名乗っても遜色がない。レベルも41とボス戦に参加しても十分に活躍できる程に高まっている。
だが、太陽の狩猟団の戦闘員Aに過ぎない自分にも物足りなさを覚えていた。そんな折に訪れた病み村攻略部隊への追加支援作戦に彼は指名を受けた。
正直な話、ラジードは先の天乃岩戸が太陽の狩猟団に吸収されるに至ったサブダンジョンの顛末以来、限りなく未攻略のサブダンジョンへと足を踏み入れるのを避けるようにしていた。実力不足ではなく、ある種のトラウマがあったからである。
とはいえ、副団長直々の使命となれば断るという選択肢は無い。何よりもラジードはギルド内でも軽んじられる傾向にあった。それは彼に実績が不足しているからであり、このままでは孤立するのではないかと心配しているともミュウに言われ、受けざるを得なかったとも言える。
こうして病み村への追加支援作戦に参加したラジードであるが、病み村は名前が不穏である通り、これまで経験したいかなるダンジョンよりも不潔であり、そして難易度が高かった。
支援部隊の人数は18名。内のプレイヤーは6名であり、残りはギルドNPCである。昨今のギルドの特徴として、少数のプレイヤーに高ランクのギルドNPCを随伴させて戦力を充実させ、ボス部屋の発見を行うというのが主な手法となっている。こうする事で人的被害を最小限に食い止めるという意図があるのだ。
とはいえ、ギルドNPCはどれだけ人間と同じ姿をしていても思考に柔軟性が欠けている。戦い方も人間ならば『釣り』と分かるにも関わらず踏み込んでしまったり、攻撃モーションやテンポを分析できなかったりと、まさしくゲームのNPCらしい脆弱性が目立つ。現行最高ランクのギルドNPCならば、より人間的な行動も可能になるのだが、そんな高コストのギルドNPCを2桁も与えられることなどない。
だが、それでもラジードたち支援部隊のプレイヤーはいずれも上位プレイヤーであり、ギルドNPCとて決して弱いわけではない。この戦力でボス討伐ならばまだしも、攻略部隊との合流だけならばそう難しくないとラジードは判断した。
それが大間違いである。病み村に踏み込んでから僅か3時間で戦力は半減し、帰還すらも困難な深部まで潜り込んで本隊と合流する頃にはギルドNPCは1人残らず全滅してしまった。幸いにもプレイヤーは1人も欠けていないが、それでも疲弊しきっている事には変わらない。
「このままじゃ不味いわね」
話しかけてきたのは20歳前後だろう、アッシュブロンドの髪を1本に編んだ女性プレイヤーだ。病み村攻略部隊の隊長を務める【ミスティア】である。銀色の細身で壮麗な彫刻が施された長槍【明星の槍】を持つ、太陽の狩猟団でもトップ3の実力を持つプレイヤーだ。
実は太陽の狩猟団でも名のある実力者はほぼ女性プレイヤーである。団長のサンライスは別として、それ以外で有名なプレイヤーは大半が女性プレイヤーだ。理由は定かではないが、やはり女性プレイヤーが活躍している所には同じ女性プレイヤーが集まり易いという事なのだろう。
とはいえ、男女比が7:3のDBOにおいて、上位の女性プレイヤーの実に4割が太陽の狩猟団に属しているのは極めて比率が高いと言えるだろう。他にもパートナー契約として支援している傭兵も女性プレイヤーばかりであり、ある種の戦略ではないかともラジードは疑っている。
「退却しましょう。幸いにもマップデータはあります。安全なルートを割り出せば可能ではないかと」
短く、だがラジードは確固たる自身の意思を告げる。天乃岩戸では自分の意見を押し通さなかった事が結果的に危機的状況をもたらした。死に直面するほどの教訓はラジードを成長させるには十分過ぎる肥料だったのである。
だが、苦々しそうにミスティアは首を横に振り、ラジードの意見を却下する。
「退却する方がかえって危険だわ。フレンドメールでミュウ副団長には救助申請をしてあるし、このまま現状維持しましょう」
「ですが、既に食料も水も尽きかけています。こんなダンジョンでは食料を得る事も……」
「その通りね。でも、ギルド拠点で作られたモンスター侵入禁止エリアなら、飢えと渇きさえ我慢できれば命の安全は保障されるわ」
正論だ。ラジードは反論の材料が無く押し黙って、地面に突き刺さる白色をした炎を焚く剣を見つめる。ボス撃破の際に記憶の余熱を与える青剣、ステージ内の転送の役目を果たす赤剣と同じく、ギルド拠点の証であるこの剣を白剣とプレイヤーは呼んでいる。
病み村深部、上層の木造建築の迷路から遺跡のような人工的に加工された石造りの外観をしている。とはいえ、大半は倒壊し、病み村の特徴である木造建築とそれの土台となる大樹に侵蝕され、凌辱された遺跡と化している。
ラジード達支援部隊は何とかミスティア率いる攻略部隊と合流できたが、既に両部隊を合わせても、攻略を続行するにも退却するにもできない程に疲弊してしまい、この病み村の深部のギルド拠点に閉じこもる以外の選択が失われてしまったのが現状だ。
疲弊の理由は大きく分けて2つだ。1つは病み村がデバフ攻撃と高い攻撃力を持つモンスターによって構成され、また複雑な地形であるが故にギルドNPCによる数による圧殺が上手く通じず、次々と戦力が削り取られてしまった事。そして、もう1つが【棘の騎士】カークによる、病み村の住人を率いた巧みな奇襲攻撃によるものだ。
既にカークによってミスティアが率いていた攻略部隊は、ギルドNPCの全滅とプレイヤー2名の死亡という被害を出している。むしろラジード達支援部隊がカークの襲撃を受けてなおプレイヤーに被害が出なかったのは、支援部隊の隊長を務める【ベヒモス】の迅速なギルドNPCの切り捨て判断によるものが大きい。
GGOでは護衛を務める傭兵として活躍したらしいベヒモスは、サンライス直々のスカウトによって太陽の狩猟団の1員となったプレイヤーだ。その巨体に分厚く、DEXに著しい下方修正を受ける鈍重な鎧を身に付けたベヒモスは、大盾と大槌を装備した典型的な高火力高防御力型の近接アタッカーだ。その外見から脳筋と誤解されがちであるが、実際は思慮深く、仲間想いの性格をした好漢である。そして、数少ない太陽の狩猟団の有名な男性プレイヤーであり、ラジードにギルドNPCの運用指導を行っている師でもある。
そのベヒモスは、仲間2名を失い、また窮地の立たされた事で悲観している部隊の者達のメンタルケアを行っている。このDBOで1番怖いのは心が折れる事だ。嫌という程に絶望的な状況に陥る事が多々あるDBOにおいて、生き残る事と勝つ事を諦めた瞬間に容赦なく死神が舞い降りる。
攻略部隊と支援部隊を合わせて戦力は16名。普通のダンジョンならば密集体形を取ることによって安全に脱出できるかもしれない人数であるが、道幅が狭く、落下死も免れない病み村ではこの大人数こそが逆に仇となっている。何よりも人数が増えれば増える程にエンカウント率が高まるというリスクがある。16名ともなれば1歩進む度に交戦も免れないかもしれない。
「人間はそう何日も飢えに耐えられないでしょう。それに、【飢餓】のデバフが一定期間続くと無条件で死亡するという噂もあります」
「共食いでもしろと言いたいの?」
真っ直ぐな眼差しで問うミスティアに、そういうわけではないとラジードは口ごもる。
あるプレイヤーが試したことらしいが、他のプレイヤーに喰らい付き、そのアバターの肉を喰らい千切る事は可能であると聞いた。それに、ある傭兵は武器全てを失った時にモンスターの首に喰らいついて攻撃し続けたらしい。その時に『意外と普通の肉っぽいな』と漏らしていたと、ラジードも同僚の怪談じみた語りを耳にした。
「冗談よ。そんな怖い顔しないで」
頬を緩めてミスティアは微笑む。途端にラジードは自分がからかわれた事に気づき、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ラジードくん、でいいよね?」
「はい。ミスティア隊長」
「呼び捨てで良いわよ。それに敬語も止めて。同い年……ううん、アタシの方がたぶん年下だと思うし」
「はい……いや、分かったよ、ミスティア」
正直敬語は慣れていない。だが、太陽の狩猟団は組織としての規律が厳しい。サンライスなどは上下関係気にしないフランクな性格であるし、ミュウも言葉遣いにはとやかく言わない大らかさを持っているが、古株のメンバーはそれを良しとしていない。ラジードもまた下部組織から敬語と敬礼の態度を受けた時には心底驚いたものである。
自分の隣を叩いて座る様に促すミスティアに、ラジードは小さく頷いて彼女の隣に腰かける。傍にある白剣から放出される熱量は病み村の毒々しい寒気を払い除けてくれる。
「こうして話すのは初めてよね?」
「たぶん。あんまり話す機会ないし、僕はいつも狩場にいるから本部に戻らないから」
とはいえ、ラジードはミスティアの事を何も知らない訳ではない。むしろ同組織だからこそ……いや、そうでなくともDBOで彼女を知らないプレイヤーは少数だろう。
槍と奇跡の2つを武器とした【雷光】のミスティア。高いDEXを活かし、槍を用いた高速一撃離脱戦術と奇跡による自他問わぬ支援魔法を得意とするDBOでも屈指のスピード型のプレイヤーだ。その速度はかの高名な【閃光】と同格ではないかとも言われているほどである。更に2つ名の由来は何も速度だけではなく、奇跡による雷系の魔法による攻撃の苛烈さも含まれている。
対するラジードは完全に無名だ。いわゆる上位プレイヤーのその他1名といったところだろう。
「ラジードくんはどうして太陽の狩猟団に入ったの?」
「……あんまり話したくないな」
正直、自分の失態を同僚で上司とはいえ、女の子に話すのは気が引ける。だが、ミスティアの好奇心が揺れる瞳に負け、ラジードは溜息を吐きながら語り始める。
かつて自分が天乃岩戸というギルドにいた事。そのギルドで下っ端としてパシリのような扱いを受けていた事。自分が発見したサブダンジョンによってギルドが壊滅の危機に陥った事。仲間を助けにいったは良いが、どうする事も出来ないままに窮地に追い込まれた事。太陽の狩猟団が派遣してくれた傭兵によって命を救われた事。そして、その後の顛末まで包み隠さず語る。
だが、全てを話し終えたところで、自分がパシリ扱いだった部分は必要なかったのではないかと気づいたが、口に出したものを消せるはずが無く、ラジードは新たな後悔を記憶に書き加えるのだった。
「そっか。ラジードくんも大変だったんだね。その傭兵さんとは今も仲が良いの?」
「僕も探してるんだけど、なかなか会えないんだ。いつも忙しいみたいだし、あまり人付き合いが好きじゃないみたいなんだ」
「へぇ、何て名前なの?」
「聞いても知らないだろうさ。それよりもミスティアは何で太陽の狩猟団に?」
本当は悪い方向に有名過ぎる傭兵なのだが、ラジードは傭兵がたとえ本人のいない場所であろうとも悪く言われるのは避けたかった。
あの傭兵はあくまで助けたのは太陽の狩猟団だと言い張ったが、ラジードからすれば死の危機を救ってくれた傭兵に今も感謝の念を忘れていない。たとえ助けに来た理由が依頼だろうと何だろうと、ラジードの命の恩人はあの傭兵なのだ。
「アタシは団長に誘われて、かな? 当時はソロでやっていくのに限界を感じていたし、何よりも団長なら信じられると思ったから。ミュウ副団長の事はね、実はあんまり得意じゃないの。何ていうのかな……あの笑顔が苦手で」
こんなの駄目だよね、とミスティアは苦笑する。本人も副団長の事は尊敬しているが、心の方が受け付けないのだろう。人間なのだ。理由のない好き嫌いなどあるだろうとラジードは気にしなかった。それを態度に出すのは間違っているが、彼女はそれを意識し、隠しているのだ。ならば、その話題に突っ込む必要はない。
だが、それ以前にラジードにはミスティアのような少女がDBOにいる事自体がやや驚きでもあった。こうしてじっくり話してみて分かったが、彼女は自分と違って育ちの良さそうである。こう言ってはなんだが、暴力的かつ倫理的に問題がある事も一目瞭然だったタイトルであるDBOによくログインしようと思ったものである。
不思議なことであるが、『何故こんな人がDBOに?』や『そもそもゲームをしそうにない』といった人物がDBOにはそれなりの数いるようなのである。とはいえ、所詮それは印象の問題に過ぎないし、リアルの話は厳禁であるし、何よりもデスゲームに巻き込まれた根源たる理由など誰も語りたがらない。
ラジードの場合は年頃の男子という事もあり、DBOの廃退的な雰囲気に惹かれた純粋なネットゲーマーだ。特に面白味もない。
「少し……疲れたね」
「寝たらどうだ? 昨日も徹夜で見張りだったんだろう」
瞼を重そうに閉ざすミスティアは、昨夜もカークの襲撃を警戒して寝ずの番をしていた。あくまでギルド拠点が生み出すのはモンスター侵入禁止エリアであり、プレイヤーの攻撃は禁じる事ができないのだ。とはいえ、さすがのカークも2桁のプレイヤーを相手にする気は無いらしく、見張りを立てていればエリア内のプレイヤーは一応の安全が確保されている。
攻略部隊の隊長として、既に7日間もダンジョン内に取り残されていたミスティアの心労は多大なものだろう。積極的な見張りで睡眠不足、食糧や水も最低限しか取っていないはずだ。誰よりも疲弊しているのは、もしかしたら隊内の最高戦力であるミスティアなのかもしれない。
「そうね。少し、眠ろう……かな」
膝を抱えたまま眠りに付こうとしたミスティアの為に毛布を出そうと、ラジードはアイテムストレージを開く。安物ではあるが、何も無いよりかはマシだろうという気遣いだった。
だが、空気を割らんばかりの悲鳴がミスティアの微睡を切り裂き、ラジードの肩を跳ねさせる。
「な、何だ!?」
仲間の1人が狼狽えながら両手剣を構え、周囲を見回す。だが、白剣の光が届く範囲には何もない。病み村の薄暗さも合わさり、何も発見することはできない。
だが、確かに悲鳴は聞こえる。ラジードは≪聞き耳≫スキルを発動させるも、距離があるせいか、何を叫んでいるのかまでは判別できない。
「私が見て来よう。全員ここを動くな。カークの罠かもしれん」
「いえ、アタシが行きます。もしも罠だとしたら、DEXが高いアタシなら逃げだすことも簡単ですから」
悲鳴の正体を探りに行こうとするベヒモスを押し留め、ミスティアは槍を手に立ち上がる。反射的にラジードも風霊の双剣を抜いて身を起こした。
腕を組んで思案するのも数秒。ミスティアの方が合理的と判断したのだろう。ベヒモスは頷いて彼女へと道を開ける。
「僕も同行する。≪聞き耳≫で悲鳴の方角は正確につかんでいるし、DEXもそれなりに振ってある。足手纏いにはならないはずだ」
「お願いするわ。ベヒモスさん、皆をお願い」
途端にミスティアのアバターがブレた。いや、そう感じる程の瞬間加速である。スピード型のプレイヤーは数多く居れども、これ程までの速度を初速から出せるプレイヤーは片手の指程も居ないだろう。
遅れるわけにはいかない。ミスティアはラジードに合わせてか、僅かにスピードを緩めてくれる。彼はスタミナの消費を気にしつつも、もしかしたら救助部隊がカークに強襲されているのかもしれないと、我が身を焦らせるように鞭を打つ。
全力疾走でミスティアと並んだラジードは彼女をナビゲートし、悲鳴の方へと導いていく。途中で病み村の住人の何体かに発見されたが、そんな事は気にせずに駆け抜ける。
徐々に悲鳴は大きくなる。それはまさしく阿鼻叫喚。助けを無作為に求める生命の絶叫だ。ラジードが今まで何度も耳にした、成す術なく命を磨り潰されるプレイヤー達の断末魔だ。
それはアーチ状の、ラジード達が攻略部隊と合流する際に通った病み村の遺跡の橋だ。横幅10メートル程度の巨大なものであり、広々として隠れる場所も無い、白剣がある場所に似た開けたエリアである。そこでは十数人のプレイヤー達が、数えたくもない程の病み村の住人によって襲撃を受けていた。
「戦力差は2倍……いえ、3倍といったところかしら」
「襲われているのは聖剣騎士団みたいだな」
病み村の住人に群がられているのは、いずれも同規格の鎧を装備したプレイヤー達である。鎧用のサーコートに描かれたエンブレムから察するに聖剣騎士団だろう。
聖剣騎士団と言えば、表向きこそ太陽の狩猟団と友好があるが、実際には裏で殴り合いを続ける不倶戴天の相手である。クラウドアースの参入によって三つ巴となって状況は変わったが、それ以前は2大ギルドとして覇を競った経緯もある。
ラジードも警護に付いた狩場を聖剣騎士団が雇い入れた傭兵に襲撃された事も1度や2度ではないし、下部組織同士の争いに戦力として派遣され、聖剣騎士団の正規メンバーと睨み合いをした事もある。
恨みは多々ある。だが、だからと言って見捨てる程の憎悪も無ければ、絶望的な戦力差を見て眼前の命を死んで当然と割り切ることもできない。
「アタシが救助に行くわ。ラジードくんはベヒモスさんに連絡を――」
「いいや、駄目だ。僕も戦う」
そんな悠長な真似をしている暇はない。こうしている間に、また聖剣騎士団の1人が病み村の住人に飛びかかられ、頭から齧られる。首無しとなったプレイヤーは赤黒い光となって砕け散り、血飛沫のようにそれは他のプレイヤーの恐慌を誘う。
これではベヒモス達が来る前に全滅だ。病み村の住人に混じって棘に覆われた甲冑装備の騎士、カークも混じっている。カークはかつて聖剣騎士団の幹部だったはずだ。言うなればかつての仲間を、まるで害獣駆除でもするかのように、1人、また1人と斬り伏せ、殺害していく。
「……死なないでね。援護はするから!」
槍を両手で構え、ミスティアは30体以上の病み村の住人で埋め尽くされたアーチへと突進する。ラジードも遅れてそれに続き、風霊の双剣を構えて敵の海へと跳び込む。
「太陽の狩猟団だ! 援護する!」
「助太刀感謝する! コイツら、とんでもなく統制が取れてやがる! 気を付けろ!」
「了解した!」
戦斧と盾を装備した聖剣騎士団のプレイヤーと数秒間だけ背中を預け合い、ラジードは飛びかかった病み村の住人たちを風霊の双剣で斬り刻む。単体ならば短剣級の軽量さを誇りながらリーチは片手剣としてはやや短い程度の風霊の双剣は恐るべき速度で以って3体の病み村の住人を同時に攻撃する。ダメージ量は少ないが、迎撃されて倒れた所にツヴァイヘンダーを抜き、まとめて斬りつける……いや、叩き潰す。
轟音。それが鳴り響き、3体の病み村の住人がツヴァイヘンダーの餌食になる。それが通常攻撃でありながら彼らのHPを4割消し飛ばす。そのままツヴァイヘンダーの切っ先で硬質なアーチの床を抉り、周囲を豪快に薙ぎ払う。
隙は大きいが破壊力は最高クラスだ。幾ら凶暴でも今の一撃を見て突っ込むほどに知性が欠けている訳ではないのだろう。病み村の住人達は攻撃を躊躇する。だが、それこそが命取りだ。
もはやそれは雷撃。≪槍≫の突進型ソードスキル【ドラゴンフィア】。まるで自身が槍になったかのようにミスティアは病み村の住人達の密集地へと突撃し、纏めて蹴散らす。ドラゴンフィアはその破壊力はもちろんだが、1番の恐ろしさは周囲に撒き散らす衝撃波によるダメージだ。これによって敵の陣形を破壊することができる為、個人で集団に挑むという恐怖心にさえ打ち勝って踏み込むことができれば、その強大な威力は瞬く間に敵に混乱をもたらす。
ただし、このソードスキルは極めて制動が効かない。このような壁が無い場所で放てば落下死も免れないのだが、ミスティアは槍をその場に突き刺して体を持ち上げ、槍を軸にして回転してソードスキルが生み出した制御不能の推力の方向を反転さえ、再突撃へと利用する。
槍は突くばかりが能ではない。その広範囲の薙ぎ払い攻撃もまた魅力だ。ドラゴンフィアのスピードを上乗せしてミスティアは骨の棍棒を持った病み村の住人を5体纏めて弾き飛ばし、アーチの外へと放り出す。
何もHPを削りきる必要はないのだ。モンスターも落下死する以上はどんどん突き落せば良い。ラジードは≪特大剣≫の回転系ソードスキル【サイクロプス・タイフーン】を発動させる。3連続の回転斬りは密集からの包囲攻撃を仕掛けんとしていた病み村の住人を纏めて吹き飛ばす。
数の不利を覆す。それは仮想世界だからこそ……ゲームだからこそ可能な事だ。そして、ソードスキルにはそれを成すだけのポテンシャルがある。
だが、病み村の住人たちも負けていない。ソードスキル後の硬直を狙い、ラジードの腹を病み村の住人の骨の槍が貫く。更に背後から左肩を喰いつかれ、肉と鎖骨をごっそり持って行かれ、赤黒い光が盛大に飛び散る。
「がぁああああ!?」
欠損によって脳髄を痛みの方がまだマシだと思える不快感が駆け巡り、意識が点滅する。動きが鈍った間に腹に突き刺さる槍は更に食い込み、HPが急激に失われていく。
だが、それを救ったのは先程の戦斧と盾を持った聖剣騎士団のプレイヤーだ。HPが削られていた槍持ちの病み村の住人を、その手に持つ大型の両刃戦斧で縦に切断する。
一瞬だが、聖剣騎士団のプレイヤーの兜に隠された眼と目が合う。それは死闘を共にするから生まれた、刹那で結ばれた信頼だった。ラジードは感謝を込めて笑い、投げナイフを投擲して聖剣騎士団のプレイヤーの背後から狙っていた吹き矢兵の喉を貫く。
「ラジードだ!」
「ノイジエルだ。死ぬなよ!」
ノイジエル!? まさかの大物にラジードは驚きを隠せない。ノイジエルと言えば聖剣騎士団の幹部、円卓の騎士の1人だ。戦斧使いでは最強の1人と目されているプレイヤーである。
と、驚いている間にその場にいる全てのプレイヤーを温かな山吹色の光が包み込む。見れば、戦場からやや距離を取ったミスティアが奇跡【太陽と光の癒し】を発動させたのだ。膨大な魔力を消費すると引き換えに範囲内の全ての非敵対プレイヤーのHPを大きく回復させる奇跡である。
止血包帯で肩の欠損状態によるHP減少を止めたラジードは、即座に奇跡後の硬直で動けないミスティアをカバーすべく、彼女前に立って波のように押し寄せる病み村の住人達を特大剣で薙ぎ払う。
「援護するって言ったでしょう?」
笑むミスティアに、だからと言って隙が大き過ぎる奇跡を使うべきではないだろうと、怒鳴りたくなるが、助けられたのは事実なのでラジードは黙っておく事にした。あるいは、彼女はラジードがカバーに来ると確信して奇跡を発動させたのか。
高く買われたものだ。ラジードは雄叫びを上げながら、棍棒持ちの病み村の住人を武器ごと切断する。生半可な武具ではツヴァイヘンダーの威力に耐えられるはずがないのだ。当然の結果である。
奇跡の硬直が終わり、再びミスティアが弾けたように飛び出す。連続の槍突きによって次々と病み村の住人を葬っていく様はまさしく圧巻だ。
丈の長いスカートと動きを阻害しない為のスリット。白を基調としつつも太陽の狩猟団のシンボルの1つである赤をあしらった装備は、槍も合わせてまさしく伝説で謳われる戦女神……ヴァルキリーそのものである。
「【雷光】のミスティア、貴様の相手は私以外になかろう」
だが、ミスティアの前に、更にかつての仲間を1人、棘の直剣で串刺しにして殺害したカークが立ちはだかる。
「カーク! かつての仲間を手にかけるとは……それでもあなたは騎士と名乗る者なの!?」
激昂するミスティアに、カークは何を今更と鼻を鳴らす。
「約定を破るような畜生など私の仲間ではない。ましてや、太陽の狩猟団である貴様らがそれを言うとはな」
約定? どういう意味だ? カークの声音に込められた怒気にラジードは背筋を冷たくする。あれは理不尽に対する憤怒、裏切りに対する憎悪だ。
だが、今はミスティアの援護が先だ。カークは聖剣騎士団でも武闘派として知られた男だ。元幹部は伊達ではない。いかにミスティアといえども容易く勝てる相手ではない。
せめて2対1に。ラジードはミスティアの援護に向かおうとするが、それを阻むように骨の槍を持った病み村の住人が立ち塞がる。
そうしている間にミスティアとカークの決闘が始まる。彼女は槍の連撃でカークを攻撃するが、それを彼は盾でいなし、少しずつ間合いを詰める。それをさせないようにDEXを活かして下がるも、カークの盾に隠された左手から炎が噴き出す。呪術【なぎ払う炎】だ。
炎によって視界が奪われた隙にカークは鋭く踏み込み、槍を弾き上げる。だが、ミスティアはそれを予想済みとばかりに回し蹴りを放つが、それは易々とカークの手によってつかまれてしまう。
「疲労困憊。目に見えて動きが鈍っているのが分かるぞ、ミスティア!」
「くっ! だとしても!」
体を捩じって強引にカークの手から離れるも、棘の付いた手に掴まれながら脱出する為に、ミスティアの右足首は大きく抉れてしまった。赤黒い光が零れ、彼女は痛々しそうに眉を歪める。
足へのダメージは高速戦闘スタイル重視のミスティアが最も避けねばならない事だ。とはいえ、彼女はDEXとMYSに振る為にSTRは低い。カークの手から逃れるにはあれが最善だったのだろう。
「出血状態か。その足ではもはや先程のような動きはできまい」
指を鳴らすと同時に、アーチの各所に配置されたオブジェクト、腐敗した樽が次々と破裂する。中から飛び出したのは新たな病み村の住人だ。
「戦場に戦局を左右するのは追加戦力の有無だ! いかに個人の武勇が優れていようとも、数の力の前ではいずれ押し潰されるのが道理! 死ね、【雷光】!」
樽から飛び出した病み村の住人はまるで槍投げ選手のように体を捩じり、手元の骨の槍を投擲する。それを槍を振るって迎撃するも、時間差で放たれた第2波をミスティアは避けられない。
「させるかぁああああああ!」
立ち塞がる病み村の住人の顎を蹴り上げて退かし、ラジードは片膝をつくミスティアの前に立ち塞がって風霊の双剣を振るう。全てを迎撃するのはラジードの腕では無理だったが、その身を盾にして槍の1本を右肩で受け止める。
貫いた槍に顔を歪めるのも束の間、間合いを詰めていたカークの刃を感じ取り、ラジードはギリギリで風霊の双剣を交差して振り下ろされた棘の直剣を受け止める。
「ほう! 太陽の狩猟団にも気概ある、騎士と成り得んとする者がいたか!」
だが、拮抗したのは1秒未満だ。カークは片手、ラジードは両手であるにも関わらず、刃は徐々に押し込まれ、棘の直剣がラジードの頬に触れる。
「だが、私の祈りは貴様程度では折れん! 貴様とは覚悟が違うのだ!」
押し切られ、ラジードは頬を棘で抉られながら胸を縦に斬られる。
何故……何故だ? いくら槍の貫通によってSTRに下方修正を受けていたとはいえ、上段から斬りかかられたとはいえ、ラジードは両手だったのだ。片手で押し切られるなど尋常ではない。
赤黒い光を撒き散らし、ラジードは斃れる。それを背後のミスティアが抱くように支え、その槍を突き出すがカークは軽々とそれを弾き飛ばす。
「貴様らは憶えておいてやろう。たとえ敵であろうとも命を救わんとする生き様。そして仲間を守る為ならば我が身を惜しまぬ死に様。どちらも見事だ。誉れと誇りに思いながら死ね!」
殺られる! 瞬間にラジードはせめてミスティアだけでも守ろうと武器を手放し、腕を交差する。少しでも分厚い盾があれば彼女に攻撃は届くことはないだろう。
自分はその他大勢だ。どれだけ勇者のような恰好をしても、結局はそこそこ強いだけの何処にでもいる1人だ。だが、ミスティアは生きていれば自分よりも多くの戦果を残し、DBO完全攻略に大きな貢献を果たすだろう。
それは迅速な自己犠牲の判断だった。だからこそ、ラジードは何処までも冷静に対処ができた。
だからこそ、『それ』を見ることができた。
闇の中、宙を舞いながら何かが迫る。それは1本のワイヤーだった。ラジードの目が見る限りでは、それは大型のクロスボウと接続されている。恐らくワイヤー付きボルトによるものだろう。
そして、大型クロスボウを持つのは深緑のコートを靡かせる『白』だ。
強烈な蹴りを横から受け、カークは吹き飛ばされる。あと1歩で落下のところだったが、咄嗟に我が身を犠牲にしてカークが蹴飛ばされた勢いを殺した病み村の住人が代わりにアーチから落ちていく。
着地した襲撃者はカタナでクロスボウと繋がるワイヤーを切断し、その動作の間にいつの間に投擲したのか、禍々しい返しが複数ついた短剣を投擲する。それはカークに直進するが、寸前で盾によって弾かれた。
「だったらお前が死ねよ、カーク。騎士ってのは散り様が重要らしいぜ?」
コートの背中に描かれたのは、白きカラスと鈍い黄金の林檎のエンブレム。
かつてと変わらぬ白髪を靡かせた男は、女性と見紛う顔立ちをこちらに向けて、面倒だと言わんばかりに顔を歪める。
「またお前かよ」
「ああ……また、僕だ」
どうやら彼は憶えていてくれたらしい。それがどうしようもない位に嬉しく、ラジードは思わず笑ってしまった。
今回もどうせ『同じ』なのだろう。彼が自分の前に『通りすがりで助けに来ました』などと言うはずないのだから。ラジードには次に彼が何と言うのか予想できた。
「太陽の狩猟団の依頼で来た。あくまで目的はカークの撃破だ。オレの獲物だから手を出すなよ」
何処までも主人公的な行動が似合わない主人公だと書いてて実感しました。
そして、主人公じゃないサブキャラの方がフラグ構築能力があるなとも思いました。
これ、もう主人公にヒロインとか必要ないのではないでしょうか。
それでは、73話でまた会いましょう。