SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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Episode10-7 Raven

 サインズで報酬を受け取り、オレは想起の神殿で待ち合わせしていたグリムロックと合流する。

 今回の依頼報告に対してネイサンは特に反応は示さず、終始エリートスマイルを崩さなかった。

 

『実に結構です。さすがは【渡り鳥】さんですね。今後ともよろしくお願いしますよ』

 

 別れ際のネイサンの言葉から察するに、オレはクラウドアースの試験に合格したのだろう。今後は幾つか依頼を回したいとの事であるが、どのような陰謀の駒にされるやら分かった物ではない。とはいえ、情報も正確であったし、報酬も悪くない。

 駒扱いされるならば、駒なりの動き方がある。飼い慣らされる気は毛頭ないが、求められた働きはする。それで十分と割り切る事としよう。要は『騙して悪いが』さえしてこなければ、オレは基本的に依頼主が求めるパフォーマンスを発揮するだけだ。

 

「しかし、良かったのかい?」

 

「何が?」

 

「パッチさんの借金だ。肩代わりしてあげただろう?」

 

「……どーでも良いさ、そんな事」

 

 グリムロックの言う通り、オレはパッチのギャンブルの借金20万コルを支払った。どうやらパッチはかなりヤバい連中から借りていたらしい。終わりつつある街の酒場にいた、明らかにアウトローっぽいプレイヤーに、パッチの代理と名乗って借金全額を肩代わりした。

 現行の最前線で最も稼ぎ易いダンジョンならば、ソロで潜れば1日で8000コルは確実に稼げる。だが、より強力な武器や防具ほどに修理費は嵩むし、アイテムの消費も馬鹿にはならない。上手く立ち回っても6000コルといったところだろう。

 オレは地道に傭兵業で稼ぎ続けて22万コルほど溜めていたのだが、今回はパッチの借金でその大半を消し飛ばした事になる。どちらかと言えばアイテムを過大に消費する傾向にあるオレがこれだけのコルを溜め込められたのは、単に娯楽や宿泊費、食費を徹底的に削っていたからだ。

 本来ならばパッチの借金を支払う義理など毛頭ないのだが、オレ達が想起の神殿に戻るや否や、パッチを待ち構えていた2メートル級の大男2人が彼の両脇を抱えて何処かに連行しようとしていた所を見て、さすがに同情したというか、またしてもパッチの情けなさ過ぎる嘆願で縋りつかれたというか、とにかくオレはもう面倒を通り過ぎて悟りの境地となってパッチの借金を肩代わりする事にしたのだ。

 今後はパッチもギャンブルに手出ししないと約束したが、3日坊主で済めば良い方だろう。

 

「パッチは使える。ああいう屑なヤツ程ネットワークが広いからな。情報もアイテムも今後は優先的に融通してくるって話だし、何よりもアイツは金で動くタイプだ。オレが金蔓になっていれば、それなりに従順だろうさ」

 

「20万コルでパッチさんの『信頼』を買ったわけか」

 

 そういう事だ。手痛い……というレベルを超えた出費だったが、20万コルならば今後も節制を続ければ稼げない額ではない。それにオレはソロだ。自分の財布の中身を自由に扱えるのが1つの強みでもある。

 大組織によって次々と経験値やコルの美味しく稼げる『狩場』は占有される傾向にある。何処の組織もより安全に、より効率よく、経験値もコルも稼ぎたい。それ故の独占なのだが、それは徐々に組織間抗争を強める傾向がある。それの煽りを受けて、ソロや何処の陣営にも付いていないギルドは多額の使用料金を支払って狩場やサブダンジョンに潜らせてもらっている。

 今やメインダンジョンのマッピングすら熾烈な競争と化しているのだ。傭兵を雇い、まずはソロの機動力を活かして迅速にある程度まで先行マッピングさせ、それらの占有権を主張する。新しいメインダンジョンが発見される度に傭兵には凄まじい量の依頼が出されるのだ。

 とはいえ、オレの場合はそうしたマッピング代行を受ける事は滅多にない。というよりも、依頼が回ってこない。ミュウはそれ以前にオレを他ギルドへの妨害工作に利用するからだ。

 敵陣への破壊工作から撹乱、偵察まで何でもござれ。もう随分とボス戦には参加していないし、メインダンジョンに潜る時は既に粗方食い尽くされた後であり、せいぜい記憶の余熱を得に行く時くらいだ。

 依頼さえあれば、コルはまた稼げる。だが、人との繋がりというのは簡単には得られない。それが金で買えるならば買っておくべきだ。

 

「だが、それでも軽々しく支払えるものではないだろう」

 

「まだ言うか。オレの金なんだからオレの勝手だろ?」

 

「それが恐ろしいのだよ。キミは自分が考えているよりも『甘い』男だ。いわゆる借金の保証人になって破滅する典型的なタイプだよ」

 

 ギラリとグリムロックの丸眼鏡が光った気がした。そして、オレは何故か彼の言葉に反論できなかった。

 確かに、パッチの信頼を得る為だけならば全額と言わずに半額程度の支払いで済ませても十分だった気がする。20万コル程の大借金だ。貸した連中も10万コルの支払いならば、次の支払いまでそれなりの猶予を出しただろう。

 

「ユウコも思えばそうだった。1度彼女にクレジットカードを預けた事があってね。……あの請求書を見た時は身震いしたよ。ははは。あれ程セールスには気を付けるように言っておいたのにね。でもね、その時の彼女が買ってくれた物の1つというのが栄養ドリンクでね。いつも残業で遅い私を気遣ってくれたものだったのだよ。それを見たらどうにも怒り辛くてね。そしたら次の月にはマッサージチェアだよ、マッサージチェア。ははは。しかも一括払い。あの時はボーナスで助かったなぁ」

 

 遠い目で乾いた笑い声をあげるグリムロックに、彼も彼なりにいろいろと苦労した過去があるのだなと、ぼんやりとその程度の感想に留めておくことにした。

 社会の先輩の忠告だ。素直に胸に留めて教訓とすべきだろう。

 

「それよりも! オレに助けてもらったお礼がしたいって話だけどさ」

 

 何やらグリムロックがキノコでも生えそうな程に自虐的なオーラを出して甘く苦く酸っぱい夫婦生活の思い出に浸りかけているのを見て、オレは慌てて彼を現実へと引き戻す。いや待て。ここは仮想世界だから仮想現実に引き戻すって言うべきなのか? まどろっこしい!

 ともかく、オレの声でグリムロックは我に戻ったらしく、丸眼鏡のブリッジを指で押し込む。別にズレていたわけではないのだが、彼なりの平常心の取り戻し方なのだろう。

 

「ああ。とりあえず私の工房に来てくれ」

 

「なんだ。宅メシかよ。ケチだな、おい……って、工房?」

 

 オレは今とんでもない単語を耳にした気がする。思わず足を止めたオレに、先導するグリムロックは振り返って、何か変な事でも言ってしまったかのように不可思議そうな顔をしている。

 深呼吸を数度挟み、オレは引き攣った笑みで再度尋ねる。

 

「『アンタの』工房に?」

 

「『私の』工房だが?」

 

 どうやら聞き間違いでは無いようだ。そして、オレの常識というのは意外と簡単に覆されるようだ。

 無言を貫くオレを訝しみながら、グリムロックは想起の神殿3階のステージの1つ【森の守護者リュアの記憶】へと連れて行く。このステージは見た目こそメルヘンチックであるのだが、出るモンスターはほとんどが凶悪なデバフ攻撃ばかりである。特にキノコ型モンスター【ブラッドリー・マッシュ】は1メートル程度の2足歩行できる大きなキノコなのだが、とにかく大群で現れ、レベル1の毒胞子を放ちまくり、しかも撃破される毎に胞子の爆発を引き起こしてこれまたレベル1の毒にされる。他に妖精型モンスターの【トラブルマイスター】は30センチ程度の小型であり、高速で飛び回りながら適確な魔法攻撃と凶悪デバフ『不幸』を与えてくる。これはドロップ率やクリティカル率を激減させるだけではなく、ソードスキルのランダム不発や何もない場所での転倒など、とにかく地味に嫌らしい効果がある。しかもその効果が戦闘中に発揮されるのだから、笑いごとでは済まされない死の原因ともなり得るのだ。

 故に温暖な気候と美しい森が広がっていながらも、ほとんどのプレイヤーが寄り付かない。オレもこのステージでは何度か死にかけたくらいだ。良い思い出はほとんど存在しない。オマケにNPCの大半がキノコに寄生されてラリっているか、妖精に惑わされて妖精至上主義者になっているのかのどちらかなのだ。

 グリムロックがリュアの記憶に着いて案内したのは、比較的安全……というかステージの外縁に当たるほとんど最果てのような場所にある村だ。赤剣による転送ポイントから更に20分ほど歩かねばならない辺境の地である。目ぼしいアイテムも取れなければ、何かしらのイベントがあるわけでもない。せいぜいまともなNPCが暮らしている程度の村だ。

 オレも以前訪れたのだが、月見が出来る小さな温泉がある以外には目ぼしいものは無かった。その温泉もほとんど人に知られていない秘湯であり、実は浸かっている間はHPが1分間に1パーセント回復する効能がある。……ほとんど意味ねーな、これ。

 

「あれが私の工房だ」

 

 村の中でも外れの場所にある、煉瓦造りの一軒家をグリムロックは指差す。大きな煙突が2つある2階建ての建物にオレは思わず度肝を抜かれる。決して大きくは無いのだが、よもやゲーム開始から僅か7ヶ月で個人がホームハウスを持つなど、さすがの茅場の後継者も予定外なのではないだろうか。

 幾ら辺境の村とはいえ、決してお安くないはずだ。最安値とされる終わりつつある街にある6畳1部屋ですら80万コルすると言われているのだ。もちろん、それらは全て何処かしらのギルドによって所有されてしまっている。

 オレもそろそろ安全に眠れる場所の確保とアイテムや武器を補完できる『家具』が設置できるように、隠れ家的なホームハウスを欲しており、狙っている物件もある。決して良い物件ではないのだが、それでも余裕で120万コルするのである。

 辺境でも良ビジュアルとこの環境、そして土地の広さ。決してお安くないはずである。

 

「ち、ちなみにお幾ら?」

 

「大したものではないよ。内装も合わせて200万コル程度さ」

 

 ふざけるな。オレは思わず拳を地面に叩き付ける。個人で200万コルも稼げて堪るか! そんなのもう中堅ギルドの総資産並みじゃねーか! 俺が今日肩代わりした借金の10倍じゃねーか!

 

「どんな!? どんな魔法を使ったんだよ!? え!? 教えろよ、おい!」

 

「お、落ち着いてくれ! 中でゆっくりと話そう!」

 

 グリムロックの胸倉をつかんでオレは彼を振り回す。だが、さすがは鍛冶屋だ。オレよりもSTRは上らしく、容易く脱出されてしまう。

 看板『グリムロック工房』が風で揺れる中、グリムロックの案内で工房へと立ち入ったオレはまたしても気を失いそうになる。

 ガラスケースに収められた武器の数々たるや、他の個人鍛冶屋の度肝を抜くレベルだ。このラインナップを補完できるのは、やはりホームハウスを持って店を構えることができているからこそであり、また個人の鍛冶設備を整えているからだろう。

 本当は何処ぞの組織から援助を受けているのではないのか? オレの目はもはや疑わしいを通り越した視線をグリムロックに向けている。彼はそれを知ってか知らずか、店の奥にある仕事場のような鍛冶スペースにオレを連れて行くと、お洒落な丸テーブルに似合う折り畳み式の木製椅子で腰かけるように促す。

 それから数分後、戻ったグリムロックはティーカップと珈琲ポッド、それにクッキーらしき物を盆にのせて戻る。クッキーは手作りらしさが窺える不細工なものだが、それ故に食欲をそそる魅力に溢れている。

 普段ならば毒なり何なりを疑うのだが、今更グリムロックがオレを殺そうとするはずもない。それは油断ではなく、彼の偽らざるグリセルダへの贖罪意識を知るからこその信頼だ。

 

「そのクッキーはね、村の女の子から貰ったものだよ。この世界は実に不思議だ。NPCはNPCに留まらず、それぞれの営みを続けているようだよ」

 

 帽子を脱いだグリムロックは珈琲カップをオレに渡す。それだけはない。この世界では貴重な砂糖や蜂蜜まで揃っている。だが、いずれも手作り感が溢れている。恐らく村の住人から分けて貰ったものなのだろう。

 オレは顔程の大きさがあるクッキーを1枚手に取ると、その硬く、少しほろ苦い味を楽しむ。

 

「美味い。本当に美味い」

 

 涙が出そうな程にオレは素朴な菓子の味に感動を覚える。たとえ現実世界に戻ったとしても、これ程の感動はそうそうに覚えられないだろう。おばぁちゃんの自然過ぎる団子の味を思い出すような、何処までも純粋な味だ。工場で生産され続けるものでもなければ、菓子職人が作り出した芸術品とも異なっている。

 

「この世界は何処までも殺伐としている。いかなるステージであろうとも、生と死の狭間にある。だが、探せば見つかるものだよ。穏やかに時間が流れる場所というのはね」

 

 ガラス窓から差し込む陽光に目を細めながら、グリムロックは味わうように珈琲を傾ける。この男の言う通りだ。オレはこの畜生ステージであるリュアの記憶に、これ程の憩いがあるとは思いもよらなかった。

 

「さて、私が200万コル稼いだ方法だったね。別に大した事はしていない。考えは『株取引』や『先物取引』に似ている」

 

 手を組んで膝に置いたグリムロックはまるで講義するように、砂糖の入った瓶を手に取る。

 

「私はデスゲーム開始の時から目指すべき物がハッキリしていた。それは『この世界で最高の鍛冶屋となる事』だ。そして、鍛冶屋として成功する為には何よりも優先して工房を持たねばならない。私にはアインクラッドでの知識があったからね。この先いかなる風にデスゲームが進行するのか、大よその想像が付いていた」

 

 デスゲームを1度生き抜いている。それはオレ自身が体現しているように大きなアドバンテージになる。当然だ。大多数のルーキーは命のやり取りなどしたことが無い連中なのだ。その中でもオレは特に『殺人』を厭わない傭兵プレイヤーだった。その経験は今も着実にオレの中で息をしている。

 だが、その経験を活かしていかに莫大なコルを得たのか、それがオレには不思議でならない。

 

「私はまずほぼ無償で露店で鍛冶屋を営んだ。ほとんどのプレイヤーがNPCよりも、他の鍛冶屋プレイヤーよりも私を優先してくれたよ。私は修理代を取らないし、強化も無償で行っていたからね。そうして、私は誰よりも先に≪鍛冶≫スキルの成長に努めた。その上で≪鍛冶≫スキルから派生した、武器やアイテムの開発が可能な≪工学≫を取った。寝る間も惜しんで採掘ポイントに出向いては素材系アイテムを収集して≪採掘≫スキルの熟練度を誰よりも向上させ、レベルアップがてらに森や野原を散策しては≪採集≫スキルで同じように素材アイテムを集めたよ。最初の2ヶ月間の食事は毎日カビが生えたパンだった。徹夜が3日続いた日もあった」

 

 壮絶過ぎる。平然とグリムロックは自身が成した所業を語るが、それは到底他人が真似できるものではない。文字通り不屈の精神を貫いて、この男は念入りに『計画』の下準備を行ったに違いない。

 

「武器や防具には流行がある。私はいち早く開発レシピを充実させ、いかなる武器の人気が高まるのか、その武器を強化させる素材には何が必要なのか調べ上げ、ひたすらにアイテムを収集し続けた。その頃のコルの大半は終わりつつある街にあるアイテム保管ができる倉庫のレンタル代に消えていたよ。そして、私は目星をつけた武器の人気が高まった段階で、懇意にしていた商人プレイヤー達に仲介人を通して目星の武器を売却した。それから時間を空けて、今度は素材系アイテムを大量売却した。ひたすらにそれの繰り返しだ。そうして、ようやく私は2ヶ月前にこの工房を持つ事ができたのさ」

 

 成功の裏には努力ありと良く言うが、コイツは本物だ。グリムロックは鍛冶屋としての先見性をフルに活用し、流行を先取りし、いかなる素材系アイテムの需要が高まるかを見抜き、その為に念入りの準備を整えていたのだ。そして、その為には自身の為に散財をほとんどしなかったのだろう。

 グリムロックは自分を『臆病者』というが、何処がだ。たとえ実際に戦えずとも、彼はこれ以上と無い勝利を重ね続けた。多数のプレイヤーが立ち上がる気概も無いままに腐って下位プレイヤーに甘んじる中、リスクを背負い続け、努力を怠らず、その知識をフルに活用して自身の住処を手にしたのだ。

 オレ如きが嫉妬して良いはずがない。グリムロックは得るべくしてホームハウスを得たのだ。猪武者のオレとは格が違う。

 

「アンタってリアルじゃ証券マンか銀行マンだろ?」

 

「リアルの話はご法度だよ」

 

 それもそうだ。オレは残りのクッキーを頬張って珈琲で流し込む。

 改めて工房を見回すが、炉を始めとした設備はいずれもグリムロックの努力の結晶だと思うと感慨深い。

 

「そういえばお礼の話だが」

 

「今もらっただろ。こんな美味いクッキーと、それに砂糖入りの珈琲が飲めたんだ。それだけで十分さ」

 

「……やはりキミは甘いね。悪いが、それでは私の気が治まらない。好きな武器を1つ持って行ってくれ。それがお礼だ」

 

 随分と太っ腹だ。オレは一瞬躊躇するも、ここで断わるのは逆に失礼かとグリムロックに案内されて店頭に飾られた武器を見回す。

 いずれも高品質そうだが、オレの琴線に触れるものはない。オレのアイテムストレージはただでさえ圧迫気味なのだ。慎重に選ばねばならない。一応サインズの倉庫は借りているのだが、それも容量が余り大きくなく、またレンタル料も高めなのだ。

 と、オレの目を惹いたのは一際大きいクロスボウだ。

 DBOで射撃攻撃ができる武器と言えば弓矢と銃器であるが、どちらも特化したステータスとスキル構成が求められる。特に銃器はそもそもスキルとして≪銃器≫を保有していなければ使用できず、弓矢も≪弓矢≫スキルが無ければ実用段階にするのは難しい。特に射撃攻撃には単純なステータスのみならずプレイヤースキルも多く求められる。

 この状況に風穴を開けると期待されて『いた』のがクロスボウだ。専用の矢であるボルトを使用するのだが、なんと一切のスキルを不要とする上に、射撃システムに頼る必要も無い武器なのだ。

 ……聞こえは良いが、要は武器に一切のステータスボーナスが付かない上に、せいぜい近中距離で命中させるのが限度の上、STRがそれなりに無ければ射撃軌道もブレまくりの武器だ。しかも再装填までに時間がかかるというオマケ付きである。しかも威力は決して弓矢や銃器よりも上というわけではない。

 だが、簡単に扱えるという意味では数合わせに丁度良く、噂では太陽の狩猟団ではクロスボウ部隊が設立されたらしい。中距離型後方支援に特化させた部隊らしいが、如何程のものか。それに聖剣騎士団は安価なライトクロスボウを装備させたギルドNPCを多数配備している。少数精鋭である聖剣騎士団だが、それでも数の力を侮っていない証拠だろう。

 

「ああ、それか。それはスナイパークロスだよ」

 

「『これ』が噂の?」

 

 オレは思わず聞き返す。スナイパークロスとは、現在確認されているクロスボウでも特に使えない1品だ。その魅力は射程距離の長さなのだが、そもそも射撃システムが無い為に狙撃どころか遠距離射撃にも向かない。ボーナスが付かないので射撃攻撃対策による威力減衰に耐えられない。リロードが他のクロスボウよりも更に遅い。その上に重過ぎる。とにかくダメダメ尽くしの為、『スナイパーワロス』と嗤われている産廃クロスボウだ。まずスナイパークロスを扱っているプレイヤーは皆無だ。せいぜいNPCが装備する程度だろう。

 だが、オレの目の前にあるスナイパークロスはオレが噂で聞いたものと大きく外見が異なっている。

 1メートル超の木製の本体には黒光りする金属フレームが付けられて強化され、弦はより先鋭に。3段式のスコープが付けられ、極めて高値とされる自動リロード機構も備わっている。

 

「『スナイパークロス・BGスペシャル』。3段式スコープによって倍率を3段階に切り替え可能。弦の素材変更によって火力を増幅。金属フレームによる耐久値の増加と耐衝撃能力の強化。自動リロード機構によってクロスボウの弱点である手動リロードによる手間ももちろん解消済み。試し撃ちしてみるかな?」

 

 BGスペシャル……ブラックスミス・グリムロック・スペシャルってところか。オレは受け取ったスナイパークロスを手に外に出ると、庭に設けられた人間と同じ大きさがした藁人形を目にする。

 いわゆる武器の試し切りをする為などに準備された練習人形だろう。オレは鉄のボルトがセットされていることを確認し、1段階スコープで覗き込む。倍率はおよそ5倍といったところか。

 重量は両手剣とほぼ同じ。クロスボウではかなりの重量だ。オレのSTRならば両手使用が前提か。右手はトリガーを、左手は本体を持ち、まるでスナイパーライフルでも構えているかのような気分になる。

 トリガーを引くと同時にクロスボウでも破格……それこそ火力特化のヘビィクロス以上の反動がオレを襲う。鉄のボルトはオレが狙った頭部ではなく、藁人形の右腕を奪い取って森の中に消えていった。

 だが、恐ろしきはその威力とスピードだ。藁人形相手でも分かる。これは文字通りクロスボウでは桁違いの武器だ。

 

「最大倍率は40倍。平均リロード時間は無強化ライトクロスボウの3倍の60秒。反動は無強化ヘビィクロスの1.7倍。射程距離は無強化スナイパークロスの1.4倍。射撃精度は反動を十分に抑制できれば41パーセント向上。鉄のボルトならばその威力は無強化ヘビィクロスの2.1倍にも匹敵する。射撃減衰距離やスタン蓄積能力、基本初速、貫通性能も向上しているけど、それは取扱い性能でご確認を」

 

「ちなみにお幾ら?」

 

「販売価格は32万コル」

 

 満面笑顔のグリムロックに対し、オレは頬を引き攣らせる。どういう情熱があればスナイパーワロスをここまで強化しようと思いつくのだろうか。

 クロスボウの数少ない良点。それは銃器と同様に大幅な改造が可能である事だ。もちろん、元の性能から引き上げられる限界はあるが、≪工学≫スキルによる開発で様々なパーツを生み出せる。それはクロスボウが銃器と同様に通常の強化ができないからこそ与えられた道だ。

 だが、それでもここまで改造するのは大抵ではない。どれ程のレア素材を注ぎ込み、また日夜開発レシピを組み立ててバランス調整せねばならなかったのか、その労力は考えただけでゾッとする。

 

「持って行くがいい。とんでもない暴れ馬だが、キミにはそれが必要だろう?」

 

 さすがに貰えない。返そうと思った出鼻をグリムロックは挫く。どうやらオレが強化スナイパークロスに魅入られてしまったのをお見通しのようだ。

 確かに今後の事を考えれば射撃武器は必須だった。かなりのじゃじゃ馬には違いないが、使いこなせば強力無比の武器となるだろう。

 しかし、パッチに20万コル支払って大赤字になったと思ったら、32万コルの強化スナイパークロスを得るとは。これではグリムロックだけの大損だ。オレは工房に戻るとせめて何か買おうとアイテムを見て回る。

 

「ん? これって投げナイフか?」

 

「その通りだよ。私の工房の目玉商品の1つ。【茨の投擲短剣】だ」

 

 オレが手に取ったのは他の投げナイフよりも分厚い黒光りする投げナイフだ。刃には幾つかの返しが付いており、貫けば容易に抜けないだろう。

 システムウインドウで性能を確認してオレは愕然とする。投げナイフの耐久値は1であり、それ以外でもせいぜいが2か3、高くて5だ。だが、この茨の投擲短剣の耐久値は10である。これは1度や2度の斬り合いならば何とか使用できるクラスだ。しかも貫通ダメージも他の投げナイフよりも圧倒的に高い。ネックとなるのはアイテムストレージを食う容量だが、幾らか切り詰めればオレでも十分な数が持ち運べる。

 

「1本200コルだが、キミには半額の100コルで売ろう。もちろん、今後ともずっとだ」

 

「グリムロック!」

 

「良いんだ。私は好きでやらせてもらっている。それに、元々気に入った客以外に売る気はないんだよ」

 

 これではオレばかりが得過ぎる。余りにもフェアではない。

 だが、オレの心情を無視してグリムロックは会計を始める。オレは100本分の茨の投擲短剣を購入し、更に専用の投げナイフベルトも買う。加えてコートの裏地にも仕込めるようにグリムロックに改造をお願いする。

 あとはボルトだが、攻撃力が高い【鋼のボルト】、炎を纏う【炎のボルト】、そしてワイヤーと繋がった【ワイヤーボルト】をそれぞれ買えるだけ購入する。

 グリムロックが工房でオレのコートを改造する間、オレは彼の作業を申し訳なさそうに見守り続けた。

 

「そういや、何で気に入った客にしか売らないんだ?」

 

 日がゆっくりと沈む。グリムロックはオレに宿泊するように促し、ここまで来たならばとオレは甘える事にした。

 

「私がソロで鍛冶屋をやる理由の1つは、売る客を選べるからだ。それでは不満かな?」

 

「……自分の作った武器に人殺しさせたくないって言うなら、オレに売るのは大間違いだぞ」

 

「そんな気は欠片も無い。私は私が売りたい相手に売りたい。本当にそれだけだ。そうでなければ、もっと人目が付く大通りに店を構えているよ」

 

 言われてみれば確かにその通りだ。幾ら穏やかな場所とはいえ、こんな辺鄙な場所ではそれこそ物好きな客しか訪れないだろう。

 だが、これ程の技術力だ。グリムロックの200万コル稼いだ方法も含め、大ギルドから目を付けられているはずだ。特に情報戦に長けたミュウがグリムロックに勘付いていないはずがない。

 ならば大ギルドに誘われたことも1度や2度ではないはずだ。彼が持つ開発や強化のレシピには、ギルド間抗争のバランスを崩すだけの力がある。

 

「鍛冶屋組合にも、大ギルドにも、何にも属したくない。私は1人の自立した鍛冶屋として、かつての情けない自分と決別して、ユウコと再会したいんだ。そうしなければ、私は彼女の手で罰せられる価値すらも無いゴミクズだ」

 

「それで死んだら元も子もねーだろ」

 

 そう言って、オレは思い出す。道半ばで死するならばそれもまたグリセルダの望んだ罰とする。それがグリムロックの『贖罪』の信念なのだ。

 ……こんな事、本当は安請け合いすべき事ではない。だが、オレはこのまま恩を受けっぱなしで終わるわけにはいかない。

 傭兵は恩を必ず返す。命の恩は充分に返してもらった。この先も便宜を図ってくれるならば、オレは相応の恩を返すまでだ。

 

「グリセルダさんだけど、オレも探すのを手伝ってやるよ。死人を探すのは一苦労だろうけどさ」

 

 オレの言葉にグリムロックの手が止まる。その顔には驚きがあり、瞳は震えていた。

 彼はずっと独りで戦ってきた。このデスゲームでひたすらに贖罪の日の為に。彼が犯した罪が許されるとは思わないし、思いたくない連中もいるだろう。だが、彼が『愛する妻』に罰せられる事を望んでいるならば、オレはその手助けをしよう。それが恩返しになるならば、たとえ死者の幻影でも探し続けよう。

 そう……たとえグリセルダが望む罰がグリムロックの凄惨なる死であるとしても。

 

「グリムロック。今後もよろしく頼む。オレもさ、いい加減に専属のブラックスミスが必要だったんだ。アンタは口が堅そうだし、何よりもお得意様は1人でもいた方が経営も楽だろ? だから、何か欲しい素材がある時はオレに依頼しろよ。サインズを通してでも良いし、直接フレンドメールでも構わない」

 

「……クゥリ君」

 

 夕日が間もなく落ちる。オレは黄昏の光を背中に浴びながら、照れくさそうにグリムロックに笑いかけた。

 

「だから無茶するなよ。必ずグリセルダさんに罰を受けるんだ。それまで……絶対に死ぬな」

 

 

Δ    Δ     Δ

 

 

 グリムロックは想起する。かつて1人の傭兵と出会った夜を思い出す。

 グリセルダが招待したのは、黄金林檎に大きな利益をもたらしているという傭兵。いつも眠る前に彼女はグリムロックに1人の傭兵の話をした。それを当時にグリムロックは自身の情けなさと対比されているようで、笑顔で聞きながら内なる歪みを蓄えるばかりだった。

 いかなる傭兵なのだろうか。メンバーの1人のヨルコに尋ねれば『できれば関わり合いたくない』と怯えられ、カインズは『自分が喰われる側のようで怖くなる』と逃げられ、シュミットには『恐ろしく強い。バケモノだ』と視線を逸らされた。

 妻の話とあまりにも違うそれぞれの返答にグリムロックは大いに混乱した。彼女の話では、強くも優しい……だが母性がくすぐられる子供っぽい傭兵のようだが、実はムキムキマッチョマンのアウトローのような傭兵なのではないかとグリムロックは不安になった。

 そして、黄金林檎のギルドハウスを訪れる日、グリセルダが伴って連れてきたのは、まだ12歳そこらに見える白髪の子どもだった。

 真っ白で長めの髪をした、体に不釣り合いな両手剣を装備した子どもを、最初に見た時グリムロックは女の子だと思った。

 

『今日は……あの、お招きいただき、ありがとうございます』

 

 まだ高いが、それでも少年だと分かる声にグリムロックは驚きながらも彼を夕食の席へと案内した。

 グリセルダは努めて明かるく振る舞っていたが、他のメンバーは何処か気まずそうだった。それは彼の戦いぶりを知らないグリムロックには理由が分からなかった。

 

『ぼく、皆さんのお陰で傭兵として、ちゃんとやっているけるようになりました。本当にありがとうございます』

 

 蕩けるような可愛らしい笑顔。思わずグリムロックは、自分と妻との間にも子どもができれば、こんな風な子が生まれれば良いなと願った。

 だが、その日の夜の内に言い争いが起きた。クゥリをギルドの正規メンバーに入れたいというグリセルダ、それに反対するヨルコ達。今日のところは止めようとグリムロックは仲裁に入った。夕食で遅くなり、グリセルダの好意で泊まらせてもらったクゥリが隣の部屋で眠っていたからだ。

 気づいた時には、開けられた窓からクゥリはいなくなっていた。その後も黄金林檎の依頼をクゥリは受け続けたようだが、以前のようにグリセルダはクゥリの話をする事はなくなった。彼の事を口にする時は辛そうに眉を歪めるばかりだった。

 自分のせいで傷つけてしまった。自責の念に苛まれる妻を、グリムロックは何処か心地良さそうに慰めていた。妻の弱さを見るのに、悦びを覚えていた。

 醜悪な自分自身。それを鏡に映し、グリムロックは井戸から汲んだ水で顔を洗う。既に深夜の2時だ。普段よりも1時間早いが、無事に『作業』が終わり、グリムロックは就寝する事にした。巨人墓場の1件もそうだが、やはり戦う才覚が無い彼では最前線のダンジョンは文字通り死と隣り合わせなのだ。死の覚悟が出来ている彼でも圧迫されるようなストレスからは逃れられない。

 

(絶対に死ぬな、か。私に最も程遠い言葉だ)

 

 2階の寝室に向かいながら、グリムロックは夕暮れの中、クゥリの言葉を胸の内で転がす。

 この7ヶ月間、ひたすらに死を求め続けた。最愛の妻に殺される事はもちろん、デスゲームの最中に力尽きる事も視野に入れ、ひたすらに前進し続けた。

 全ては罰だ。そう自分を呪い続けた。だが、それを清めるように、クゥリの言葉はグリムロックに染み込んでいた。もちろん、今でも贖罪意識は消えてはいない。だが、それはより先鋭化された。

 

(ユウコ。キミと再会するまで私は死ねない。キミの手で罰せられないと意味が無い。他の誰でもなく、キミじゃないと駄目なんだ)

 

 寝室のドアを開ける。2つベッドが準備してあり、片方はクゥリが使っている。頭から毛布を被っている為に、眠っているのか起きているのか、寝顔さえ確認することはできない。

 あの黄昏の光の中で、グリムロックは大切な何かを思い出した気がした。それは罪の意識の中で溺れ、水底に沈んでいたものだ。

 あの時のクゥリの笑みは、かつてグリムロックが見たのと同じ、あらゆる物を許すような、優しさに満ちた笑みだった。

 年月が経ち、クゥリもまたグリムロックの記憶にあった少年とは随分と変わってしまった。顔立ちはやや大人っぽくなったし、口調は粗雑に、態度は粗暴になった。

 それでも、この少年はきっと妻が幸せそうに語っていた『強くて優しい傭兵』のままなのだろう。

 

(『プレゼント』をどう受け取ってくれるかな)

 

 気に入ってくれるかどうかは分からないし、グリムロックとしては彼の心を無視したものかもしれないとも思える。

 だが、不思議とグリムロックには確信があった。彼ならば必ず『プレゼント』を受け取ってくれるだろう。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 翌朝、オレは一足先に目覚めたらしいグリムロックの作った朝食をご馳走になった後、改造を頼んでいたコートを受け取るべく工房の方へと向かう。

 別に店頭の方で受け取っても構わなかったのだが、何やら勿体付けたグリムロックが食後に工房で渡すと言い張ったのだ。

 昨夜も何やら遅くまで奮闘していたようだが、投げナイフの収納だけならばコートの改造もそれ程時間がかからないはずだ。いや、≪鍛冶≫や≪工学≫のスキルに知識が無いオレが判断すべき事じゃないか。

 工房では柔和な笑みのグリムロックが待っていた。その手にはオレの預けたコートか、ご丁寧に白い包みに入れてある。

 

「お待たせしました、お客様。こちらが商品となります」

 

 芝居かかって恭しくグリムロックはオレにコートを渡す。何事か思いつつ、オレは包みを開いて唖然とした。

 オレのコートは元々白色が汚れて砂色になった古ぼけたコートだった。耐寒性能と魔法防御はそれなりだが、物理防御力が無い事がネックだった。

 だが、グリムロックに預けて1晩の間に何があったのか、オレのコートはまるで深緑となり、袖や裾には白銀のラインが縫い込まれている。袖のボタンも自己主張しない程度の金ボタンが付けられており、それら1つ1つが恐ろしい額のレア素材が使われた事に疑いようは無い。

 

「深緑色の部分の素材は【3つ首ワイバーンの純粋な鱗】だ。高い物理防御力と炎防御力をがある。裏地の赤は【賢者の血】と呼ばれる塗料アイテムで魔法防御力を更に強化してある。白銀の部分は巨人墓地で採掘した白の楔結晶と精霊水銀を≪錬金術≫で加工して作った【退魔の聖銀】だ。闇属性の攻撃にある程度の防御力を与えてくれるだろう。金色のボタンは【幸運の霊鈴】を加工して作った。僅かだがドロップ率を高める効果がある」

 

 完全硬直するオレを無視して、生まれ変わり過ぎた……というか、どれだけのレア素材を注ぎ込んだのか算盤も弾きたくないコートの性能紹介をグリムロックは始める。

 酸欠の金魚みたいにパクパクと口を開閉するオレを無視し、グリムロックはコートの背中部分を見るように促した。

 

「サインズで傭兵たちは個人のエンブレムを持つのが流行と聞いてね。キミの傭兵業の一躍になれば、と思ってね」

 

「…………」

 

 コートの背中部分に描かれていたのは……カラスだった。

 

「ワタリガラス。キミの2つ名はユウコが傭兵としての生き方を見て名付けた自由の象徴である【渡り鳥】だ。だが、傭兵の生き方はそんな生易しいものではないはずだ。古来よりカラスは吉凶の象徴だ。傭兵は味方ならば窮地を救う聖なる鳥、敵ならば全てを焼き尽くす魔の鳥となるだろう。故にレイヴンと呼ぶに相応しい。死肉を喰らい、多くの組織を依頼を受けては渡り歩く傭兵であるが故にワタリガラス」

 

 レイヴン……確かワタリガラスの英名だったか。オレはそれを反芻しながら、背中に描かれたカラスの『色』に注目する。

 本来ならばカラスの色は『黒』のはずだ。だが、背中の部分に描かれているカラスの色は……『白』だ。

 

「だけど、忘れないでほしい。キミは他のいかなるワタリガラスとも違う『異端』なのだと。キミは全てを焼き尽くすだけではない。キミは多くの祈りをその身に持って生まれた……貴きワタリガラスなのだと」

 

 自然界でアルビノは淘汰される。それはカラスの世界でも珍しくなく、ましてやワタリガラスの世界では産まれた段階で親鳥によって殺されてしまう。よしんば生き抜いたとしても、同族に襲われ、他の野鳥や獣にも狙われ続ける。その『白』は余りにも異端であるが故に。

 白いレイヴン。その羽ばたくような姿の足下にあるのは、喰らいかけの黄金の林檎。そこに託された願いと祈りは……もはや語るまでも無い。

 

 

 

「良いな。気に入ったよ。異端のレイヴン。これくらい派手に恰好付けないと依頼が来ねーだろうしな」

 

 

 

 コートを纏ったオレは、さすがに少し重くなったかと苦笑する。だが、この程度の重量ならば、得た恩恵に比べるまでもない。

 グリセルダに貰った【渡り鳥】という祈り。そして、グリムロックから貰った【異端のワタリガラス】という祈り。オレは忘れない。傭兵は……いや、カラスは恩を忘れないのだから。

 思えばPoH。お前もお前なりに祈りを込めてオレに傭兵をやらせようとした。自分と殺し合わせる為に。

 ならば、オレはお前らの『祈り』の果てに行こう。元よりオレは狩り、奪い、喰らう者なのだから。

 

「ちなみにお値段はお幾ら?」

 

 最後にオレは悪戯っぽくグリムロックに尋ねた。それに対し、彼は苦笑しながら肩を竦める。

 

「総額26万コルとなります。お支払いは末永い友好のみで結構です」




・傭兵→主人公(前科持ち・野郎)
・鍛冶屋→グリムロック(前科持ち・野郎)
・情報屋及び商人→パッチ(前科持ち・野郎)
……野郎しかいない主人公チームの完成ですね。しかも皆経歴はクリーンではありません。

そして、ようやく主人公がレイヴンになりました。本作では『イレギュラー』ではないイレギュラーの立ち位置ですが、よろしくお願いします。

それでは61話でまたお会いしましょう。

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