SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今更になって気づいた新事実です。
実はハーメルンには……投稿予約機能があったようです。

毎度のようにパソコンの前で18:00にスタンバイしたり、ドタバタしながらPCを起ちあげていた毎日は何だったのでしょうかね。


Episode9-4 狩る者と狩られる者

 ボス戦がまともに終わったことなど片手で数える程しかない。

 ボスとは言うなればゲームにおける戦闘面においての花形商品のようなものだ。常にダンジョンやイベントを締め括る象徴であらねばならず、容易に跳び越える事ができる壁であってはならない。

 故にボスが強力であったり特殊であったりする事はどうしようもない必然なのだ。もちろん、ボス部屋の環境こそが最大のボスで『ボス』は飾りなんて事態も稀に発生するが。

 だが、この手の事態はハッキリ言って異常だ。オレはイルガの大鎌を回避しながら、器用に倒れた石柱を足場にして跳躍し続ける。

 

「逃げるのが上手ね、おにぃちゃん!」

 

「そいつはどうも」

 

 常に大鎌を空振りし続けるイルガの声音に苛立ちはない。むしろオレの及び腰を歓迎しているような節すら感じる。

 やはりか。オレは小さく舌打ちする。コイツらはボスの覚醒から300秒以内にボス部屋に脱出不可の結界が張られ、オレ達が袋の中の鼠になる事を把握している。

 そもそも彼女達は何者であるのか? 闇霊とかで出現した時点で表示されたシステムウインドウによれば、彼女らの総称は混沌の三つ子というらしい。そして、三つ子と言えばあの研究書に記載されていた三つ子の事だろう。

 この事から、彼女らはボスの成り損ないの苗床の誕生の為に暗躍した存在であると分かる。

 では彼女らはゲーム的に言えばどの立ち位置にあるのか? オレはNPCにあるのではないかと考えている。彼女らは『出口』の向こう側から出現した。つまり、本来は地上から下りてくる段階で接触が可能であるNPCだったのではないだろうか?

 この好戦的な性格からして、コイツらは友好的なNPCではない。あるいは途中で撃破して、ボス戦で乱入されないように対策を取らねばならない存在だったのかもしれない。

 だが、この場面で1番重要なのは、何故コイツらがオレ達の脱出タイミングで襲い掛かって来たかだ。

 これはオレの予想に過ぎないが、コイツらはオレ達に返り討ちにあってから『出口』の向こう側でスタンバイしていたのではないだろうか?

 彼女らは恐らく『命』あるNPCであり、課せられたルールにもダンジョン内ではある程度の融通があると考えるのが妥当だ。つまり、自由な思考と自我を持ち、オレ達が脱出する為のルートを割り出し、確実に抹殺する為の策を編み出した。

 ご苦労な事だ。オレは周囲を飛び回る赤く光り輝く感知体から炎が噴き出されたのを視界の端で捉え、咄嗟に身を屈める。その間に接近を許してしまったイルガの、オレの足を狙った斬撃を体を地面に平行にするようにして跳んで鼻先で回避する。

 そのまま空振りして隙ができたイルガに、オレは右手を付いて右腕を軸とし、体を平行にしたまま、体全体を独楽にしてイルガのがら空きの右脇腹を蹴り抜く。

 踏ん張って蹴り飛ばされるのを抑えたイルガだが、その間に体勢を戻したオレは抜刀し、羽織狐で斬り上げる。寸前で回避行動に移って直撃を避けたイルガだが、彼女の胸からは赤黒い光が飛び散る。

 

「ぐぅ!?」

 

「動きが甘いんだよ。言っただろ? ステータスだけじゃ勝てねーんだよ」

 

 無理な回避で背中から落下して着水したイルガが、恨めしそうに水面から顔を出してオレを見上げる。

 良い感じだ。オレは右肩をカタナの反りで叩きながら、凝りでも解すように軽く左右に首を曲げる。その間に感知体が炎を纏って突進してくるがオレは直線的な軌道を軽く体を捩じって回避する。

 ボスはボス部屋の中心に陣取ったまま動く気配が無い。蟷螂のような炎の鎌を2本出しているが、リーチはせいぜい10メートル前後。あの範囲に近づかなければ攻撃を仕掛けてくる事は無い。代わりに全ての感知体が飛行し合計50個近い感知体が縦横無尽に暴れ回り、炎系の攻撃を仕掛けているが、攻撃の兆候として停止する。背後さえ油断しなければ回避は容易い。

 足場は悪いが、この手の戦闘はSAO時代によくあったし、何よりも苦痛のアルフェリアとシャドウイーター戦で体験済みだ。障害にはなるが、慣れがある分問題は無い。

 一方のイルガはオレよりもDEXもSTRも上の分、スピードも跳躍力も上であり、STRで強引にバランスを取ることもできる。だが、複雑な足場での戦いに慣れていない事が見え見えの上、感知体の攻撃後の隙を狙うという、馬鹿でも分かる浅はかな攻撃を狙っている。

 どれだけステータスが高くとも、どれだけ高火力の武器を持っていようとも、どれだけ有利な環境を作ろうとも、使う側が活用しきれなければ意味が無い。

 だが、オレとて余裕があるわけではない。大よそ残り時間は200秒ってところだ。イルガのHPは9割程度残っている。ソードスキルを一発は撃ち込まないとまずいのだが、さすがに隙が大きいソードスキルを当てるのは難しい。

 

「I've got from hell♪ find it♪ hound it♪」

 

 加熱している。頭の奥底、心臓の深部、精神の骨格の内側で、本能が窮地に反応して急速に熱量を高めてきた事を実感する。

 そうだ。この感覚だ。オレはイルガを見下ろす。今なら負ける気がしない。今まであった余計な感情が焼き尽くされている感覚が心地良い。そのせいか、これ程までに死に肌を炙られていながら、オレの魂は歌まで口ずさむ程にご機嫌だ。

 オレは水面から飛び上がったイルガの大鎌を体を横にして回避する。縦振りのそれを真横で抜けて、接近したイルガの喉を左手でつかみ、STRの限りに押し潰す。

 イルガの口からカエルが潰れたような、呼吸が途絶える音が聞こえる。オレはそのまま彼女の足を払い、一気に足下に叩き付ける。追撃は仕掛けず、そのままオレは真横に跳ぶ。イルガは起き上がってオレを追おうとするが、オレの背後から攻撃を仕掛けんとしていた三つの感知体から放たれた火炎放射の直撃を浴びて阻害される。

 イルガの喉をつかんだ段階で背後から感知体が迫っている事は把握していた。後はオレと彼女を直線状に結び、感知体から攻撃されるギリギリのタイミングまで時間稼ぎをして、1テンポ彼女の回避行動を遅れさせれば良いだけだ。

 苦痛のアルフェリアとシャドウイーター戦で同士討ちが発生するのは確認済みだ。この仮想世界では自分の攻撃すら自分を傷つける。オレ自身がシャドウイーターのブレスから逃れる為に左腕を切断したように。

 

「馬鹿が。自分で仕掛けた罠にひっかかる狩人はいねーぞ? 所詮お前らは三流。『狩る』側じゃなくて『狩られる』側なんだよ」

 

 オレ達をボス部屋に閉じ込めてパニックを起こさせ、なおかつボスと感知体でプレッシャーをかけながら一方的に狩るつもりだったのだろうが、浅はかすぎる。

 

「お、おまえ……何なのよ?」

 

「あ?」

 

 炎を振り払いながら、イルガはゆらりと立ち上がりながら大鎌をオレに向ける。あまり時間は無いのだが、無駄に突撃して焦りを生むのも癪だ。

 イルガの声は震えている。フードは脱げ、12歳そこらの少女の顔が露出している。随分と可愛らしいが、その顔に張りついているのは恐怖心だ。

 

「おまえは……今まであった、どんな獲物とも違う。どうして……どうして!?」

 

「知らねーよ。まぁ、結局はお前らは虫ばかり狩ってた雀ちゃんで、オレはお前らを餌にする山猫だったってだけだ。どっちが上でどっちが下かって話さ」

 

 オレは足下の円柱の瓦礫を蹴る。それは真っ直ぐにイルガの顔面に向かうが、彼女はそれを手で払い除ける。その間にオレは接近し、双子鎌に武器を切り替えて斬りかかるも、彼女は大きく後ろに跳躍してオレの攻撃を避ける。ボスの近くに着地した彼女は、苦々しげにオレを睨んでいた。

 なるほど。確かにボスの前ならば、オレも接近して攻撃する事を躊躇うだろう。

 だから浅はかだと言うのだ。オレは炎を纏って突進する感知体を避けながら、ボスの攻撃圏内へと迫る。その様子をイルガは信じられないと言った眼差しで見つめながら、勝利を確信している。

 彼女の手首が不自然に動く。それは振るう動作ではなく柄を捩じる動作だ。オレは瞬時に接近から右手の双子鎌の投擲へと切り替える。

 大鎌の刃と柄が分離する。細い鎖で繋がれたそれはオレへと蛇の如く飛びかかり、その凶悪な斬撃を迫らせる。なるほど。鎖鎌へと変化できるギミックが仕掛けられていたわけか。

 オレはその場に左手の鎌を放し、ネームレスソードで大鎌の刃を弾く。その間に投擲された鎌を薄皮一枚で回避しながら跳躍してオレに接近したイルガは左手を突き出していた。彼女の左手には呪術の火が灯っている。

 

「これで!」

 

「ああ、終わりだ」

 

 オレは左手の鎌をシステム外スキル、ファンブルキャッチでつかむ。宙で武器が残された3秒間の猶予。その間に左手の鎌を取り戻したオレは、魔法の紐の起動させ、投擲された右手の鎌の柄頭と魔法の紐を繋ぐ。

 オレの手元の鎌と投げられた鎌の距離は10メートル以上。魔法の紐の長さは10メートルしかない。この場合、魔法の紐を起動させたらどうなるだろうか?

 答えはゴムと同じで『10メートルの長さまで戻ろうと縮む』だ。そして、その収縮は反動となってオレの手元まで手放された鎌を戻す。

 そして、オレ、イルガ、投げられた鎌は直線状に結ばれている。当然だ。イルガは最短ルートで、鎌を紙一重で回避しながらオレに接近したのだから。

 戦いの基本は『線』の戦いに持ち込まない事だ。常に円を描くように、螺旋を作るように、不規則に、見切られないように、2次元と3次元の狭間の中で動き回り続けねばならない。

 引き戻されたオレの鎌が呪術を発動させるべく指を擦ったイルガの横腹を斬り裂く。まさかの背後からの攻撃に怯んだイルガに対し、オレは右手の鎌をキャッチする。双子鎌は二つで一つの武器だ。片方でも手元にあれば、どれだけもう片方が手元から離れていたとしてもファンブル状態にはならない。

 イルガ。コイツはまるで駄目だ。武器の特性を理解せず、戦略を維持できず、戦術を編み出したつもりで振り回されている。

 オレは躊躇なく怯んだイルガの双眼に双子鎌の爪のように尖った歪曲の切っ先を突き刺す。

 

「ぐぃぎぃあああああああ!?」

 

 視界を奪われ、頭部まで深く突き刺さった鎌にさすがのイルガも耐えきれずに大鎌を手放し、声にならない悲鳴を上げる。その間にオレはカタナを抜き、余裕を持ってソードスキルを発動させる。

 ≪カタナ≫の単発ソードスキル【扇閃】。右手に持ったカタナを左から右へと、まさしく閉じられた扇が開くように横一閃する。赤い光を纏った斬撃はイルガの首へと吸い込まれた。

 三つの感知体から炎を浴びせられ、オレから両目を貫かれるクリティカル攻撃を浴び、更にこれまでの累計ダメージによってイルガのHPは3割を切っていた。そこに、斬撃属性ならば高確率でクリティカルが発生する首へ、純斬撃属性かつクリティカル率が高いカタナによるソードスキルの一撃。

 もはや結果は言うまでも無い。

 

「たすけて……おかぁさん……おねぇちゃ……ナルガ……」

 

 そんな助けを求める声を最期に、両眼を失ったイルガの首が飛ぶ。前回の闇霊とは違い、今度は『本体』なのだろう。HPの消滅は死に直結する。それは『命』あるNPCでも同じだ。

 オレはまだ赤黒い光になって弾けていない彼女の首無しの骸を蹴飛ばして水に突き落とし、『出口』を封鎖する炎へと視線を向ける。はたして、オレが倒したのは術者だったのか否か。時間もかなりギリギリだったので間に合ったかどうかも怪しい。

 

「I've got to you alone♪ stand it♪ beat it♪」

 

 だが、今はそれすらも何故かどうでも良い。

 こうして『命』あるヤツの喉元を食い千切る瞬間こそ、オレは狩り、奪い、喰らう側なのだと存分に味わうことができるのだから。

 

 

Δ    Δ    Δ

 

 

 ソウルの矢で牽制をかけつつ、ユイは自らに迫る炎の塊を回避する。

 

「アハハハ! 避けてばかりじゃ勝てないわよ、魔法使い!」

 

 戦闘は前回と同様にナルガ優勢で事が運んでいる。ユイは倒れた円柱から円柱へと飛び移りながら、前回の戦闘で得られたデータを吟味しながら戦術を組み立てていた。

 状況は限りなく自分に不利だ。ユイは素直に自分が彼女より遥かに弱い事を認める。ステータスも、同じ魔法使いでありながら攻撃バリエーションが違い過ぎる事も、戦い方すらも、何もかも劣っている事を認める。

 だが、ユイは生き延びた。クゥリの加勢があったとはいえ、全ての呪術の直撃を避け続けた。

 それは何故可能だったのか? ユイはナルガの攻撃スタイルに対し、自分の攻撃スタイルがアンチテーゼになっているからではないかと分析する。

 ナルガの呪術はいずれも火力は凄まじいが、一方で射程距離に難がある、近・中距離の攻撃が主だ。対してユイは中距離でも遠距離寄りの間合いからの魔法攻撃を主体とする。

 故にナルガの呪術は命中しない。しそうになっても距離がある為、ソウルの矢で迎撃して防ぐことができる。余波のダメージは免れないが、それでもユイのHPが大幅に失われる事は無い。

 問題なのはボス部屋中を飛び回る感知体だが、ユイは常に残された円柱を背後にする事によって、後ろからの攻撃を避け、なるべく感知体全てを視界に映すように立ち回ることができていた。

 

「ほらほらほら! どうしたのよ? もっと攻めないと間に合わないわよ?」

 

 そして、こちらに攻撃が直撃しない事はナルガも熟知している。だからこその挑発だ。ユイはふわりと朝霧の魔女のスカートの裾を靡かせながら、炎を噴出している感知体の上に着地する。

 

「必要ありません。あなたは術者じゃありませんから」

 

「……ふーん。なんで?」

 

「ダークライダーさんは炎の防壁を高位の呪術と称しました。発動時間が長く、なおかつ高火力。これ程の呪術を使えば魔力が大幅に失われる事は目に見えています。なのに、あなたの呪術攻撃はまるで以前と衰えがなく、ペース配分にも気にしている様子がありません」

 

 炎の噴出を終え、再び動き出した感知体から跳び下りながらソウルの矢を放つ。それはナルガの足下に着弾し、回避した彼女へ弾けた瓦礫を命中させる。

 視覚で確認できる程のダメージは与えていない。だが、瓦礫の命中とユイの今の態度はナルガに大いにストレスを与えたはずだ。

 

「結果、ナルガさん。あなたは術者ではありません。故に私がすべき事はクーさんとダークライダーさんがあなたの姉妹を斃すまでの時間稼ぎです」

 

 ナルガを他の2人への援護には向かわせない事。自分に集中させる事。それこそが最優先すべきユイの責務だ。

 そして、ここまでのユイの推測が正しければ、ナルガは臨機応変に逃げ出して他の2人の援護へと向かわないだろう。彼女の攻撃的な性格だ。自分を嘗めた獲物に背を向けるはずが無い。

 その証拠と言わんばかりに、赤黒い炎の塊を投げ飛ばしてくる。溶岩を発生させるそれをユイはソウルの矢で迎撃する。

 決して遅くはない炎の塊に瞬時に狙いをつけてソウルの矢を命中させる。他者と関わりが無かったユイも、そして魔法に対して知識が乏しいクゥリも理解していないが、これは高等テクニックに部類される。

 言うなれば、全力で投げられたバスケットボールに対し、正確に野球ボールを投擲させて命中させるようなものだ。しかも少なからず自身の肉体操作に由来する弓矢の射撃でも、銃口の向きや射撃線である程度の狙いが付けられる銃器でもなく、杖から発生する魔法で狙い撃つ。これがどれ程の高難易度かは言わずとも知れる。

 魔法はある程度の追尾性能があるが、これは魔法使用後に即座に解放した場合だ。ある程度杖の周囲で『溜め』を行って狙いを付けることも魔法によっては可能だ。ソウルの矢の場合、この『溜め』ができるタイプだ。渦巻くソウルの塊は杖で狙った方向にしか飛ばない為、そもそも追尾性能が無い。

 魔法を使用した瞬間に見える、杖から放出され魔法が命中するだろう命中枠。更に、そこには3本の線が交差し、魔法使用者の呼吸、心拍、視線を解析し、それぞれの『狙い線』が表示される。これら3本の狙い線で作られた三角形。これこそがより厳密な魔法の命中想定枠だ。

 この三角形を限りなく『点』にする。その技術に関して言えば、ユイは恐らく全DBOプレイヤーでも群を抜いているだろう。当然だ。彼女は他のプレイヤーとは違い、1年以上も地下に閉じ込められ、魔法を行使し続けたのだ。たとえステータスの意味が分からずとも、魔法を使う度に謎の円と線が何故現れるのかも分からずとも、魔法の軌道からそれらの情報を纏め、関連性を見出すことはできた。

 故にユイは仮想世界における『ゲーム』に対しての素人であるとしても、仮想世界で生き抜いた『魔法使い』としては他の誰よりもベテランだ。プレイヤーの中では正しく最古の魔法使いである。

 その培われた技術は迫る火球を撃ち抜く事を可能とし、あらゆる体勢でも魔法を行使するモーションを立ち上げる事が出来る。

 

「こんの……ちょこまかと!」

 

 だが、それでもユイには致命的に戦闘経験が不足している。ナルガは足下に両手の炎を噴出させ、一気にユイとの間合いを詰める。その速度に対応しきれず、ユイは渦巻くソウルの塊でカウンターを狙おうとするが、立ち上がりが遅いこの魔法では間に合わず、彼女の膝蹴りを腹に受けてしまう。

 水の中に叩き落とされたユイは、すぐに水面に出ずに水底に張り付くようにようにして泳ぐ。水面ではユイが浮上するはずだった場所で強烈な爆炎が起きていた。

 浅瀬までたどり着いたユイは転がるようにして水面から出ると、澄んだ水だったが故に居場所を確認し続ける事が叶ったナルガの接近を予想してソウルの矢を放つ。だが、それをナルガはあえて肩に受けて、そのままユイを肉薄する。

 

(やっぱり、私のソウルの矢じゃ火力不足ですね! 少ししかHPを削れていません!)

 

 魔法使いであるが故にナルガも魔法耐性は高く、なおかつ来ているローブも魔法防御力が高いものなのだろう。渦巻くソウルの塊の直撃でさえ1割しか削れないのだ。一発の重さはソウルの矢が勝るとはいえ、一撃程度ならば受け止めてもナルガにはリスクが少ない。

 肉を切らせて骨を断つ。ナルガはまさしくそれを実践し、ユイとの間合いを再度詰める事に成功した。そして、接近戦ではナルガには炎の噴射などの、強力な近接魔法を存分に行使できる。

 させるわけにはいかない。ユイは渦巻くソウルの塊を放とうとするが、それを阻止すべく、地面に平行に構えられた杖をナルガは蹴り上げてユイの手から奪い取る。

 

「ざ~んね~んでした♪」

 

 両手を突き出したナルガが両方の手の親指を中指を擦り合わせた。

 避けられない! ユイは背筋に冷たい死の息吹を感じ取り、恐怖に呑まれて悲鳴を上げそうになる。だが、それを彼女は堪え、攻撃されるギリギリに再度自分の戦術を組み立てるべく、一つの『記憶』を再読する。

 

 

■    ■     ■

 

 

 スパルタ。その一言で尽きる程に、クゥリはユイに対して基礎的な戦闘技術を叩き込んだ。

 接近戦を主体とした敵に対する立ち回り方、射撃攻撃を得意とする敵の懐に潜り込む動き方、だが、1番ユイにとって辛かったのはクゥリとの体術訓練だった。

 組手に近いが、ほとんど喧嘩のようなものだ。ユイはひたすらにクゥリに殴り掛かり、蹴りを浴びせ、その背後や側面を取ろうとする。だが、クゥリは、他人と比較することができないユイの目から見ても『異常』だった。

 特別に速い訳ではない。特別に力が強い訳ではない。だが、まるでクゥリの動きを捉えられない。それどころか、時にトリッキーであり、時に堅実でもある彼の動きに翻弄されるばかりだった。

 

『クーさん、ど、どうして、そんなに……動け、るんですか?』

 

 スタミナ切れで息も絶え絶えに、ユイはクゥリに問いかけた。コップの水を飲んで同じく休憩するクゥリは、彼女の質問を意味が分からないといった顔で受け止める。

 STRはクゥリの方が上だが、DEXに関しては彼の方が少し上である程度だ。なのに、まるでナメクジと猫が競争しているかのように、まるで動きが見えない。

 

『大した事してねーよ。つーか、ユイ。お前はオレの真似すんなよ。オレの戦い方は「綺麗」じゃねーからな。あくまで教えた基礎だけ憶えとけ』

 

『質問に……答えて、ません』

 

『確かにな。んー、とは言っても、オレも説明できるようなものじゃねーしな。まぁ、口で言うならば、常に止まらず、緩急を付けて相手を惑わして、相手の動きと考えを読み続ける事。それだけだな。後は直感に従ってるだけだ』

 

 滅茶苦茶だ。ユイでもそれは、いわゆる『達人』と呼ばれる人間達が長い鍛錬で得られる技術の深淵だと分かる。

 地上にはこんな強い人ばかりなのだろうか。うな垂れるユイに対し、クゥリは気楽にいこうとばかりに笑う。

 

『まぁ、オレから基礎以外の実戦的なアドバイスをするなら、強敵を相手にしたら「バランスを崩す」事に専念しろ。どんなに強いヤツでも、肉体や精神の芯がブレていたらまともに動けねーからな。後は……常に「隠し玉」を持っておくのも良いかもな。こんな風にさ』

 

 そう言ってクゥリは折れた鉤爪を起動させて見せた。

 ユイはそれを何となく、ぼんやりと見つめていながら、新しく書き綴られ続ける『記憶』へと焼き付けた。

 

 

■    ■     ■

 

 

(生きるとはリスクを背負う事! 生き残るとは、リスクの先の勝利をつかむ事!)

 

 ユイはかつて彼らに宣言した。死を恐れては生き残れない。生きる為にはリスクを覚悟せねばならない。

 だからこそ、ユイは眼前に迫る死へと一歩深く踏み込む。ナルガの両手から噴出される炎、その間を抜ける。

 肩を炎が焼き焦がし、赤黒い光が舞う。その熱を帯びた感覚は痛みとは異なる。ユイの中にある『痛み』が無いのは、やはり仮想世界のせいだろうと、彼女はこの世界がクゥリの言うように夢と幻が現実の形を成したようなものなのだと改めて心に刻む。

 だが、それでもユイは変わらない。仮想世界だろうと現実世界であろうと、彼女はここで生きている。ならば、立ち向かうべき『現実』はここにある。

 杖がなくとも、まだ武器はある。ユイは炎を潜り抜けられ、唖然とするナルガの顔面へと左手を突き出しながら親指と人差し指を擦り合わせる。

 ユイの所持する魔法は三つ。ソウルの矢、渦巻くソウルの塊、そして発火。

 使う機会が無く、ソウルの矢と渦巻くソウルの塊しか使用しておらず、なおかつ杖を握り続けた為に掌にある呪術の火が露見することは無かった。まさしく、意図しなかった隠し玉が彼女にはあった。

 発火が勝利を確信していたナルガの顔面を焼く。それに悶えたナルガの顔をつかみ、ユイはそのまま彼女を水中へと引き摺り込む。

 

(クーさん! 私は『綺麗』な戦い方なんて知りません! 私が見ていたのは『あなた』の戦い方だけです! だから!)

 

 発火の衝撃からそのまま水中に押し込まれ、いかにSTRが高くとも混乱するナルガは体を暴れさせる以外にない。その間にユイは自由な右手で短剣を抜き、水中でソードスキルのモーションを引き起こす。

 まだ熟練度が低いユイが持つたった一つの≪短剣≫のソードスキル【ラットファング】。その『鼠の牙』の名の通り、単発で威力の低いソードスキル。だが、このソードスキルの恐ろしさはスタミナ消費量の低さとクールタイムの短さからの回転率だ。

 水中では炎系の魔法は激減する。それは水面での火球の爆発が水底まで届かなかった事からもユイは推測できていた。そして、呪術の火以外の装備を持たないナルガは、闇雲に呪術を使って早くユイを振り払おうとするがそれを許されず、右手で何度もラットファングでナルガの心臓を貫き、左手でつかむことでほぼ接触状態であるナルガの顔面に、水中で射程が激減した発火を撃ち込み続ける。

 泡を漏らしながら、ナルガが断末魔を上げるが、それがユイの耳に届く事は無かった。赤黒い光となり、気泡と共にそれがユイを包み込む。

 水上に出たユイは震える両手を見つめる。

 

「あは、あはは……パパ……ママ……わ、たし……人を、殺し、ちゃったよ……あは……あはは」

 

 躊躇いはあったが、それを呑み込んだ。生き残る為に。だが、それでも震えは止まらない。冷たい水だけがユイの体を震えさせているのではない。どうしようもない、『命』を奪った事に対する罪悪感が湧き上って来る。闇霊を斃した時とは違う。これは本当の意味でナルガに『死』を与えたのだと。

 ユイはスタミナが危険域にある事を確認し、感知体の攻撃から逃れながら、ユイは『出口』を確認する。その炎は自分が行った『殺人』で消える事は無いと知りながら。

 

 

Δ    Δ     Δ

 

 

 何故勝てない? ムルガは眼前の『バケモノ』に対して片膝を突いていた。

 鈍い金色を帯びた黒甲冑の騎士。ハルバートと片手剣を装備した騎士の強さを知っていたムルガは、ひたすらに逃げに撤し、追って来た騎士にカウンターを喰らわせる事に終始した。

 だが、その結果がこの様だ。ムルガは右腕を失い、左膝から下を奪われ、成す術なく倒れている。

 勝ち目は十二分に有った。妹たちとも協議を重ね、『母』がいるこの場所ならば確実に仕留められると結論を出した。

 その結果がこれだ。他の姉妹たちの戦況も把握できぬまま、ムルガは攻撃手段の全てを奪われた。まるで、最初から右手に呪術の火を装備している事を見抜いていたかのように騎士は執拗に右手を攻撃し続けた。それに焦ったムルガが大振りの攻撃をした瞬間に彼女の腹に拳を打ち込み、残された円柱に叩き付けられた時点でハルバートを投擲されて串刺しにされ、余裕を持って右腕を片手剣で切断されたのだ。

 

『右手を庇っているのが見え見えで分かり易かったぞ。どうやら貴様が「当たり」のようだな』

 

「ぐ……ぐふ、げふ……」

 

 喉をつかまれながら持ち上げられ、ムルガは眼前の『恐怖』に対してただただ己の身の死を諦めと共に覚える。

 全ては大いなる混沌の復活の為。生まれた時からその為だけに、母の復讐という大義を掲げて暗躍し続け、その最期がこれとは嗤う以外にない。

 自分達がしてきたことは、この眼前の『恐怖』からすれば児戯にすらならない。

 

『灰は灰に。塵は塵に。貴様の最期はこれが相応しいだろう。ククク。己の犯した業によって焼き尽くされるが良い』

 

 余りにも圧倒的。欠片すらも抵抗することはできぬまま、ムルガは自らが生み出した炎の障壁へと投げ込まれる。

 炎に呑まれて赤黒い光となって砕ける瞬間にムルガにあったのは安堵だった。

 この目の前の『恐怖』をもう見ないで良いと言う安心だけだった。

 

 

Δ    Δ    Δ

 

 

 ほぼ全員が同時に混沌の三つ子を撃破する事に成功したようだ。

 オレは小さくなる炎の防壁を見守りながら、やはりか、とため息をつく。

 炎が消えた先にあったのは……白い霧の結界。混沌の三つ子は斃すのに成功したが、どうやら300秒というタイムリミットはオーバーしてしまったようだ。

 本末転倒か。ヤツらの時間稼ぎは成功したらしい。

 だが、何ら問題ない。オレはボス部屋の中心で陣取る成り損ないの混沌に、気だるげに視線を運ぶ。

 

「I've got from hell♪ find it♪ hound it♪ I can still alone♪ start it♪ feed it♪」

 

 あのボスを斃せば、オレは生き残ることができる。ただそれだけのシンプルな闘争だ。

 オレは口元を押さえる。

 ああ、不思議だ。こんなにも絶望的なのに。こんなにも危機的なのに。こんなにも死が傍にあるというのに。

 

 オレはこんなにも嬉しくて堪らない。目の前の強敵が愛おしく思えて堪らない。




暴力「絶望? 恐怖? 悲劇? 苦悩? そんなもの、まとめて叩き潰せばいい。今この瞬間は力こそが全てだ!」

ダークライダーさんは通常運転。
ユイはソウル傾向が黒に移行中。
主人公はいろいろと悩みが吹っ切れて爽やかに。


またこんな風に幸がある52話でお会いしましょう。

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