思わず唖然としてしまいましたが、これも皆様からの熱い声援と受け取り、励んでいく所存です。
これからもどうぞ、ご愛読の程をよろしくお願い致します!
上記とは全く関係ありませんが、オーバードウェポンも良いですが、やはりムラクモ四刀流高機動軽量機は最高のロマンです。
Episode7-1 パートナー契約
公衆浴場に到着したオレは早速熱い風呂へと飛び込んだ。
体の芯まで熱が通る感覚。水の感触。湯気の熱気。全てが仮想世界の産物とは思えない程に現実味がある。この1点だけは茅場の後継者を称賛しているが、今になってみれば奴からすればこの程度の追及は当然なのだろう。
奴は仮想世界に、現実世界に由来しない『命』を生み出した。それは間違いない。
だが問題なのは、奴が何故それを成さねばならなかったのか、という点だ。
ダークブラッド・オンライン。これは元々アミュスフィアⅢのファーストリリースタイトルとして開発されたゲームだ。
アミュスフィアⅢにもDBOにも、茅場の後継者が関与している事は疑いようもない。そして、ゲームという方法で茅場晶彦が見出した『人の持つ意思の力』を否定しようとする、実に子供っぽいやり方も理解できる。
だが、それならばAIのアルゴリズムを徹底的に強化し、機械的な強さを追及して戦わせれば良い事なのではないだろうか? むしろ、その方が効率は良い。
奴が仮想世界由来の『命』に固執する理由。クラディールの異常。仮想世界の現実味の追及。全ては必ず1本に繋がっている気がする。そして、そこには『人の持つ意思の力』への挑戦だけではなく、何かしらの別の計画が進行しているように思える。
その点でも茅場晶彦と茅場の後継者は反目し合っているのだろうか? だとするならば、あの茅場晶彦が何ら手を打たずに盤上の駒の奪い合いを眺めているとは思えない。
「考えるだけ無駄か」
口元まで湯に沈め、オレはぶくぶくと泡を吹く。
他でもないクラディールに言われた事だ。考えても分からない事は、考えてもしょうがない。今はパズルのピースが少な過ぎる。もう少し全体像が分かるだけの情報を集めた上で頭を使わせてもらうとしよう。
風呂で休んでいる間に、時間経過によるHP回復はゆっくりと進んでいる。回復アイテムの在庫が尽きた為、これ以外に今のオレには回復手段が無いのだ。
とりあえず、オレが優先せねばならない事は三つだ。
一つ目は武器の修復。まさかの鉤爪を除いた全損壊だ。クレイモアはあそこまで破損したら使い物にならないだろうから廃棄で構わないだろう。双子鎌はコルを積めば何とか修理できるかもしれない。在庫切れの手裏剣は購入しても良いが、やはりデバフ蓄積能力が低過ぎる。別の暗器を探すとしよう。
二つ目はアイテム収集。回復アイテムはもちろんだが、より強力な武器が必要だ。防具も新調する必要がある。またドロップ率と戦う日々が始まるのかと思うと憂鬱だ。
3つ目は破砕の石剣の入手。そもそもダンジョンに入った理由は約束の指輪を得る為だ。ならば、破砕の石剣を得るのはクラディールやキャッティとの冒険を締め括る上でも不可欠だ。
その後の事は……とりあえず記憶の余熱を入手する事を考えるか。アレが無ければ他の世界に行くことができない。
しばらくは積極的にボス戦には参加しない事としよう。どうやらオレは指名手配犯並みに噂が出回っているようだし、しばらくは鳴りを潜めるのが1番だろう。
「~♪~~♪~~~♪」
ん? 何だこれは? 鼻歌か?
オレは湯から少しだけ体を出し、耳をそばだてる。≪聞き耳≫がなくとも知覚を意識すれば、ある程度のボーナスは得られる。
どうやら湯気を挟んで反対側に鼻歌の主はいるらしい。ガルム族用の公衆浴場だ。彼らの巨体を考えれば、この浴槽がどれ程に広く、また深いかは言わずとも知れるところだろう。そのせいか、湯気も合わさってどれ程のプレイヤーが今現在この浴槽にいるのか分からない。
そう言えば、クラディールとの出会いもそうだったな。オレが風呂にいる間、アイツも同じようにここで疲れを癒していたのだろう。
オレは平泳ぎ気味で、慎重に湯気の向こうへと移動する。残念ながら混浴ではないので、ラッキースケベな展開はあり得ない。悪いが、オレは『アイツ』とは違ってエロ神様の恩寵が無い一般男子なのだ。『アイツ』みたいにフラグを乱立する事は無い。
しかし、下手糞な鼻歌だな。これって何の曲だっけ。こう、何処かで聞いた事がある曲だな。心の奥底を揺さぶられるメロディーなのだが、こうも下手糞だとストレスしか溜まらない。
湯気が薄らいで相手の姿を確認できるようになる。何処かで見たことがあるような輪郭だな。知人だろうか?
そして、ついにオレは鼻歌の主と顔合わせする。それはやはり、オレの知る人物だった。
「~♪って、ぬわっ!? 湯気の中から可愛い女の子が!? まさか夢!? 俺の願望!?」
「…………」
「待てぃ、我が幻想よ! そんな目で見るな! ロリコンじゃないんです! ロリコンじゃないんです! 俺はちゃんとボンキュッボンが好きな……」
「とりあえず黙れ」
オレは『彼』の顔面を踏みつけ、紫のエフェクトでノックバックした『彼』をそのまま水中に沈める。
ぶくぶくと泡が溢れて、水面を叩いて暴れ回れる『彼』を、オレは真冬の雪山のブリザード並みの視線で観察する。
「以前から気になってんだよ。安全圏で窒息したら死ぬかどうかさ。オレの実験に付き合えや」
「ぐぼげぼがぼぉおおおお!?」
「人間の言葉話せよ。悪いけど、オレって魚の言葉は分からねーんだよなー」
「ぐぼぼぼ……ぼ……ぼぼ……」
ついに泡が途切れ途切れになる。ここまで表現するとはさすがだな、茅場の後継者!
とりあえず、制裁はこれくらいで良いだろう。何で風呂に来てストレスを溜め込まないといけねーんだよ。
水面から顔を出した『彼』はむせ返り、頭を振るって水滴を犬みたいに飛ばす。それが顔面にかかったが、この際それは無視するとしよう。
「こ、これは失礼した! いやはや、髪のせいか、見違えてしまったな! フハハハハ!」
ああ、もう嫌だ。1分くらい前の、わざわざコミュ障のくせに人と接触しようとした馬鹿な自分を責めたい。
だが、『彼』を責めるばかりにもいかないだろう。オレの髪は現在、風呂で湿ったせいか、全て垂れてしまっている。元々男にしては長めの髪型プラグインだし、跳ねた癖毛も真っ直ぐになってしまえば、見間違えるのも仕方……
「なくねーよ! やっぱり死ね!」
「フハハハハ! 許せ、少年!」
オレの右ストレートはあっさりと『彼』の左手で受け止められる。まぁ、不意打ちじゃなければ、STRの関係でこんなものだろう。
もう疲れた。オレは大人しく彼の隣で風呂の湯にじっくり浸かる事にする。離れないのは、離れようとすれば引き止められて、いろいろと面倒になるだろうからだ。
改めてオレは、我が身の不幸を呪う事になった遭遇者を横目で睨む。
赤毛の髪をした30歳前後だろう、爽やかよりも暑苦しい体育会系のような男……太陽の狩猟団の団長サンライス。よりにもよって、コイツと遭遇する羽目になるとは思いもよらなかった。
「それで少年、君もおじさんと一風呂浴びにきたのかい?」
「その少年って呼び方止めろ。あと1人だよ」
「ほう。何だ? 喧嘩か? それともナイーブな少年時代を堪能か?」
「まず先に言っておくが、クラディールとオレは親戚じゃねーから。アレはその場凌ぎの嘘だ」
というか、あのミュウって女から何も聞いてないのか?
スミスの話では気持ち良い馬鹿と評されていたが、もしかして脳筋様の中の脳筋様なのか?
衝撃を受けたような顔をするサンライスを見たところによると、どうやらキング・オブ・マッスルフーリッシュマンらしい。
「も、もちろん気づいていたさ! 君らは似てなかったからな!」
「大声も止めろ。ここ公共の場だぞ」
「? 何を言っている! ちゃんと小声で話しているじゃないか!」
……素で声量が大きい奴ってたまにいるけど、コイツもその類か。
もう疲れた。オレは疲れを癒す為に風呂にいるのに、何で気苦労を溜め込まないといけねーんだよ。どうかエロ神様、同じ苦労ならエロ展開をください、お願いします。
「それで、何で1人なんだ?」
「……元々オレはソロなんだよ。アイツらとは意気投合して、少しの間一緒にいただけだ」
わざわざクラディール達の死を告げるのも馬鹿らしい。
オレの発言に微塵の疑いも無く納得したらしいサンライス。少しは吟味しろよ。
溜め息を吐き、オレは思いっきり足を伸ばし、肩までしっかりと首筋まで湯に浸かる。これで現実の肉体の血行が良くなる事などないが、気分は大きく変わる。
「そういやさ、何でサンライスなんだ? 日の出は『Sunrise』だろ?」
この機会だ。気になる事は今の内に訊いておくとする。どちらにしても、この先ソロとして、傭兵として、この世界で生きていくのならば太陽の狩猟団のような巨大組織との接触は避けて通れない。その度にリーダーのコイツの名前の由来が気になっても困るしな。
オレの質問に、何度も大げさに、それも意味ありげに頷いたサンライスの様子を見るに、幾度となく同じような質問を受けたのだろう。
「うむ。それには君も想像できないような理由があるんだ」
「…………」
「…………」
「…………」
妙な沈黙がオレとサンライスの間を流れる。あ、あれか? オレが『ゴクリ』とか生唾を呑まないと言わない気か?
仕方ない。オレはわざとらしく喉を鳴らした。
「それは……単純なスペルミスだ!」
「そんな事だろうと思ったさ。糞ったれが」
話題終了。もう付き合ってられん。コルは山ほど余っているのだ。利用料金など安過ぎる。お先に失礼して、深夜にもう一度風呂は楽しませてもらうとしよう。
立ち上がったオレは風呂から出ようとする。だが、サンライスはオレを引き留める。
「待て、少年!」
「……何だよ」
「これは俺の直感だが、君は嘘を吐いているな? 仲間と別れたのは不本意だろう! 違うか?」
鋭い。真実を突いたかどうかはともかく、嘘を鋭敏に感じ取ったわけか。オレは無言で、見下ろす形でサンライスを睨む。
なるほど。さすがはあれだけの数のプレイヤーを率いているトップ。単純な馬鹿というわけじゃないか。どうやらオレは過小評価してしまっていたらしい。
「この先のステージはより悪辣な罠! より強大な敵! 何よりも同じプレイヤーが! 君に立ち塞がるかもしれん!」
既にお前らに立ち塞がれた挙句に黒騎士もメインダンジョンも横取りされた、とは言わないでおこう。
何が言いたい? オレは腕を組み、サンライスの話の続きに耳を傾ける。
「見たところ、君もかなり腕に覚えがあるプレイヤーだろう? どうだ! 我々の一員にならないか?」
思わずオレは目を見開いた。
見ず知らずのプレイヤーにも等しいオレを、コイツは引き込もうと言うのか? それはさすがに、いかにリーダーとしての器が大きいとしても不用心過ぎないだろうか?
それに、何故オレが腕に覚えがあると分かった? あの場面ではオレ達は黒騎士に手こずった中堅プレイヤー程度にしか映っていないはずだ。
情報を仕入れた? いや、違うな。コイツの目にあるのは確信だ。
……オレと同じタイプか。理論立てるよりも本能を優先して戦うタイプだ。
「悪いけど、オレはソロが気に入ってるんだよ。大組織に入っても馴染めねーだろうな」
「……ふむ、そうか! なら仕方ないな! だが、今の勧誘を忘れないでくれ! では、いずれ戦友として!」
清々しく歯を光らせ、サンライスはオレに別れといつかの再会を告げる。
ミュウはともかく、コイツとなら交流を深めても良いかもしれない。オレは脱力した思考でそう答えを出すことにした。
というか、オレもコイツも全裸で何で真面目な話をしているんだか。馬鹿馬鹿しい。
風呂をあがったオレはボロボロの毒蛇のコートを見て嘆息する。これも修復する必要があるだろう。だが、それでも無いよりは増しだ。
一応装備として鉤爪だけはセットしておく。火力不足ではあるが、無手よりは幾分かマシだ。薬物はレベル1の麻痺薬で良いだろう。
ガルム族のおばちゃんが売り子を務める売店で、氷水に浸されたフルーツ牛乳を購入する。蝋の蓋を開け、一口目を飲んだ瞬間にオレは、彼らとの思い出を蘇らせる。
思えば、随分と面白い出会いだった。クラディールは牛乳派、キャッティは珈琲牛乳派、どちらも相容れない敵ではあったが、同じ牛乳道を志す者として、ライバルとして認め合い、協調する事が出来た。
今になって見れば、懐かしい彼らとの大切な記憶だ。あの頃に戻りたいという気持ちは無いが、それでも感傷に浸るくらいは良いだろう。
「おや、貴方は……」
だが、神様はどうやらオレに連戦をもたらすのがお好きなようだ。
湯上りのせいか、随分と色っぽく、普通の男ならば、やや肌蹴た胸元に目が行ってしまうだろう。いや、オレも視線がそちらに泳ぎそうなのだが、今のオレにはそれよりも注目せねばならないものがある。
「奇遇ですね。このような場所でお会いする事になるとは」
ミュウ。オレ達に矢を降らせ、黒騎士を奪い、メインダンジョンの占有を画策した張本人にして、太陽の狩猟団の副団長。
痩せた彼女はどうやら着痩せするタイプらしく、防具を解除して膨らんだ胸部脂肪を主張している。淡い紫の髪を揺らし、オレに近寄って来る。
「その表情を見るに、男風呂の方で団長とお会いに?」
「まぁな。じゃあ、そういう事で」
「お待ちください。先日のお詫びに夕食でも一緒にいかがですか? もちろん全額私の方で負担させていただきます」
「悪いが、オレは邪道ですらない外道と話す気はねーんだよ。その手に持っているものは何だ?」
オレの質問の意味が分からないのか、眉を潜めて小首を傾げながら、彼女は今しがたまで飲んでいた『それ』を見せた。
「何と言われましても、ただのアイス珈琲ですが?」
駄目だ。サンライスはともかく、コイツは苦手を通り越して相容れない宿敵だ。
風呂上がりに牛乳や珈琲牛乳は、同じ牛乳道における敵、要はライバルであり、宗派の違いのようなものだ。根幹は同じだ。
だが、アイス珈琲は駄目だ。言うなれば日本国内群雄割拠の戦国時代で将軍席争奪戦をしている最中に、黒船ペリーさんが『ワタシモショウグンニナリターイデース』って言って参戦してくる位に場違いだ。
100歩譲って水は許そう。水は生物に必須な万能薬だ。150歩譲って飲むヨーグルトも認めてやろう。同じ乳製品だ。だが、アイス珈琲など異端審問にかける必要性も無いデストロイ対象だ。見敵必殺とはまさにこの事。
「風呂上がりにアイス珈琲とか舌がおかしいんじゃねーの?」
「味覚には個人差がありますので、私の口からは何とも申せませんね」
企業スマイルっていうのか、これ。多分現実世界じゃアレだな。大企業の受付担当か秘書だな、この女。
外が大雨であるので公衆浴場から出るのも億劫な為、オレはそのまま食堂に向かう。ガルム族に混じり、太陽の狩猟団のメンバーと思われるプレイヤーの集団が奥の一角を占拠している。
彼らの表情は皆明るい。そして、活気と自信に満ちている。それを見て、オレは何があったのか大よそ見当がついた。
「ボスを斃したのか?」
「ええ。幸運にも1人も欠ける事無く」
「……そうか」
オレは彼らから離れた場所に席を取るが、わざわざミュウはオレと対峙する寄りに腰を下ろす。注文を取りに来たガルム族のウエイターは、オレ達両名から注文を取り、厨房に戻っていった。
相変わらず企業スマイルを崩さないミュウに嫌気がさすが、無理にでも奢ってくれるならばご馳走にしてもらうまでだ。思いっきり高いメニュー注文したから覚悟しておけよ。
「改めて自己紹介を。【渡り鳥】さん」
先手を打ってきたのはミュウの方だ。両手を組み、企業スマイルのままに、オレの過去を知っているとアピールする。
そう言えば、黒騎士撃破の段階でクラディールがオレの名前を彼女に教えていた。あの時は反応が無かったので、てっきり【渡り鳥】について何も知らないのかと思ったのだが、情報戦が得意そうなこの女が腐敗コボルド王戦について無知だと考える方がおかしい。
相席を許してしまった時点で頭脳戦でオレは負けている、というわけか。憎たらしい。
「私は太陽の狩猟団の副団長を務めます、ミュウと申します。以後お見知り置きを」
「メシ食ったら忘れてやるよ」
「では定期的にお食事でもご一緒にいかがですか? そうすれば忘れる度に思い出していただけるでしょう?」
浮いたメシ代よりも顔合わせるストレスの方が圧倒的に高そうなのでご遠慮させてもらうとしよう。
ウエイターが料理をオレ達の前に並べる。そう言えば、ガルム族は人間を毛嫌いしているはずだ。その割には太陽の狩猟団にも友好的みたいだな。
何気なくオレはその事をミュウに尋ねると、
「現族長から受注できるイベント【色褪せた青春】をクリアすれば、名誉ガルム族の指輪がパーティ全員分得られます。団員全員にこのイベントをクリアしてもらいました」
そう返答したミュウは左手の中指にはめられた指輪を見せる。狼の遠吠えの姿が刻印された銅の指輪だ。
1番このステージに長くいるはずのオレよりも、下手すれば情報量は上か。今のやり取りでそう判断し、オレは運ばれてきた、グロテスクな姿をした魚の煮つけを食べる。料理名は【モールフィッシュの煮付け】であり、なんと一食1000コルもする。
値段が張るだけであって、味は濃厚で、魚肉もぷりぷりだ。白いホカホカご飯があれば最高なのだが、それは諦めるしかないのが悔やまれる。
「こうしてみると、本当に無邪気な子どものようですね」
「は?」
頬をリスみたいに膨らませて頬張るオレを、クスクスと上品にミュウは笑う。だが、そこに好意が持てないのはオレの中で彼女の株価が底辺に達しているからだろう。やはり風呂上がりにアイス珈琲を飲むような奴は信用ならない。
「失礼致しました。【渡り鳥】といえば200人以上のプレイヤーを殺害した男であり、あの有名なPoHと並ぶ危険人物と言われていますので、つい……」
「イメージと違って悪かったな。言っとくが、女に気の利いたユーモアが言える程にコミュ力はねーから、メシは黙って喰った方が良いぞ」
「そのようですね」
ミュウが注文したのは、何やら黒っぽいスパゲティみたいな麺類だ。それをフォークで巻き付けて口元に運ぶ姿は微妙にエロティックである。
互いの料理が半分ほど減るまで、オレ達は黙々と食事を続ける。
やがて、小休止のように、どちらが先だったかは分からないが、ほぼ同じタイミングで食事の手を止める。
「では本題に入りましょう。【渡り鳥】さん、私達太陽の狩猟団は貴方とパートナー関係を結ぶ事を希望します」
「は? 正気かよ」
思わぬ提案にオレはミュウの頭はイカれていないのか心配になる。
コイツはサンライスと違い、オレが【渡り鳥】と分かって取り込むつもりか? 爆弾を腹に収めて何の得になるというのだ。
オレの混乱を悟ってか、ミュウは他の団員に聞こえないようにか、テーブルに青い球体を置く。そこから半透明の霧が溢れ、オレ達を包み込んだ。
「【音消しの霧玉】です。ここからは商談の話になりますので」
「商談?」
「ええ。パートナー関係とは即ち、私達と優先的な傭兵契約を結んでいただきたい。そう捉えていただいて構いません」
傭兵契約か。それならば話は分かる。
ミュウが言いたい事は単純だ。自分達の依頼を優先的に受託するのと引き換えに、オレに何かしらの便宜を図ってくれる。そういう事だろう。
では、太陽の狩猟団はオレに一体何をくれるというのか?
「随分とお困りのようですね。【渡り鳥】の噂……中堅プレイヤーまで広まっているようですよ」
「困るってるって程でもねーよ。自業自得だ」
「そうですね。ですが、例のコボルド王戦……集められるだけの情報を集めさせていただきましたが、あれは仕方のない事でしょう。実に合理的な判断でした。貴方の判断が無ければ、参戦していたプレイヤーの全滅もあり得た。私はそう分析しました」
「そいつはどーも。アンタに肯定されても嬉しくとも何ともねーな」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、現実問題として、これから傭兵業を営まれる上でも、過ぎた恐怖という尾ひれが付いた噂が先行するのはよろしくないのではありませんか?」
確かにその通りだ。この先、傭兵としてプレイヤーから依頼を受けるにしても、その肝心要のプレイヤー側に過度に恐怖心を持たれては依頼も何もない。
SAO時代は傭兵としての実績と信頼の積み重ねのお陰で、プレイヤー達に蔑まれ、恐れられながらも依頼が途絶える事は無かった。だが、オレのSAO時代と腐敗コボルド王戦の情報ばかりを受け取ったプレイヤー達が、はたしてオレに依頼を持ってくるだろうか?
依頼ゼロ件。あり得る。とてもあり得る! これまで【渡り鳥】の悪名も面倒な事になった程度に考えていたが、傭兵として初期から信頼がマイナスって致命的過ぎるのではないだろうか?
これは渡りに舟……か? 傭兵業を始めようかと思った矢先に、これから大組織に成長するだろう幹部から直々のパートナー契約。とりあえず利用させてもらうだけ利用させてもらうとしよう。
「できるのか? オレの……【渡り鳥】の噂を打ち消す事が?」
「時間はかかりますが、情報戦は私の得意分野です。腐敗コボルド王戦の経緯程度ならば情報操作の範囲内でしょう。加えて太陽の狩猟団の名前で貴方に依頼を斡旋致します。そうして貴方が信用できる傭兵だと新しい噂が広まれば、自ずと貴方の傭兵業も安泰というわけです」
ミュウはオレに依頼をする事で太陽の狩猟団の利益を得るだけではなく、多くの難題を抱える中堅・下位プレイヤーにオレを派遣して解決させる事で太陽の狩猟団その物の人気と名声も高めることができる。更に、他の組織にはオレの悪名を利用して、自分達が殺人も厭わないプレイヤーと友好関係にあり、妨害するような真似をすればオレをいつでも差し向けるとアピールできる。
少々綱渡りな気もするが、メリットとデメリットを天秤にかければ、太陽の狩猟団の一員として迎えるのではなく、いつでも切る事ができるパートナー契約にある外部の人間として協力関係にある方がリスクマネジメントとしても合理的ってわけか。
「もちろん、今すぐにお答えいただこうとは思いません。ですが、人の口に戸は立てられないと申します。貴方は既に他のプレイヤーに仲間2人を死なせてしまった事を話してしまい、私はその情報を得た。この時点でお分かりだと思いますが」
「王手飛車角取り……ってか。ふざけてるな、おい」
ミリア達にキャッティの死を告げたのはつい数時間前だ。そこから既にミュウはクラディールとキャッティが死んだ事、そして恐らくは井戸の底のダンジョンとイベントボス討伐の事も情報を得ている。
下手すれば、オレが仲間殺しをやったと伝言ゲームみたいに広まる危険性がある。ミュウはそうオレを脅しているのだ。そして、それを防ぐ方法は彼女と大組織である太陽の狩猟団による情報操作に頼る他ない。
今更になってスミスが言っていた、現代は情報戦という言葉を身に染みる。どうやら早急に腕の良い情報屋の発見が急務のようだ。
「太陽の狩猟団は貴方を高く評価しています。良いお返事をお待ちしていますね」
ウエイターが運んできた食後のお茶を飲みながら、ミュウはそう締め括って音消しの霧玉を停止させようとする。
だが、オレは彼女の手をつかんでそれを制止した。初めて驚いたようにオレを見るその表情は愉快だが、その程度でオレの溜飲は下がらない。
「結んでやるよ。そのパートナー契約をな」
「即決ですか。迅速な判断は時として不利益を被ります。熟慮された方が……いいえ、これは失礼致しました。貴方は【渡り鳥】、百戦錬磨の傭兵でしたね」
そう言ってミュウはアイテムストレージから契約書のような物を取り出す。
契約書など所詮は紙切れだ。いざとなれば互いに裏切る事は容易である。だが、こうして形に残しておけば、少なくとも『交渉』で決着がつけられる内は大きな指針となってくれる。
「そうだ。できれば、もう一つ追加して欲しい報酬があるんだけど、良いか?」
「構いませんが、コルの借用ならばお断りさせていただきます」
眉を潜めて釘を刺すミュウに、オレは鼻を鳴らす。コイツ相手には最低限の礼儀すらも面倒になってきた。
「馬鹿言うんじゃねーよ。情報だ、情報。二つ程教えてほしいことがある」
「情報にもよりますが、私達の末永いお付き合いに期待して、答えられる範囲ならばお答えいたしましょう」
つまり、答えられない事は答えない、あるいは嘘を吐くってわけか。その点に関しては問題ない。
別に反応を見ればわかるとかではない。知っていて喋ってもらえるならばそれに越したことはない。その程度の事だ。
「一つ目。全体的に黒っぽい服装をした、ツインテールの女を連れた男プレイヤーに心当たりは?」
頬に指を当て、考える仕草を見せたミュウだが、やがて申し訳なさそうに首を横に振る。
「心当たりがありませんね」
真偽は不明だが、少なくともミュウはオレが出した情報から『アイツ』を推測して口に出さなかった。それが分かっただけでも儲け物だな。
ならば2つ目の質問をぶつけるだけの話だ。
「そうか。じゃあ、二つ目。≪カタナ≫のスキルが欲しいんだが、どうにもNPCに教えてもらわねーと入手できねーみたいなんだ」
「スキルの情報ですか。≪カタナ≫は現在それ程注目されているスキルではありませんが、情報屋ならば習得方法もそれなりに出回っていると思われますが」
訝しむミュウに、オレは『この程度のも答えらえないのか』といった顔をする。まぁ、実際には情報屋自体と繋がりが一つも無い上に、接触できそうなのもスミスに貰ったキャバ嬢みたいな目に悪い名刺にある【リリー】って情報屋だけなのだが。
「終わりつつある街から東に1本松があります。そこにいるNPC【隻腕の剣士コウガ】に教えてもらえるそうです。ただし、修行がとても長い上にカタナ自体現在は高値で販売され、また継戦能力に欠けるので、わざわざ≪カタナ≫スキルを得ようという方は少ないようですが」
「別に構わねーよ。ちょいと欲しくなっただけだからな。あと≪両手剣≫もスキル習得しとかねーと」
「……仲間の遺志を継ぐおつもりですか?」
察しが良いつもりなのか知らないが、ミュウはオレが何をしようとしているのか言葉にして告げてくる。
オレは馬鹿にしたように笑って、契約書に乱暴にサインし、彼女と連絡用のフレンド登録をすると席を立つ。
「そんなんじゃねーよ。ただの気まぐれ。感傷さ。男ってはそんなものなんだよ」
キャッティ。オレはお前みたいに強くなれない。見捨てられた者に等しく手を差し伸べようなどという、高貴な精神を持ち合わせてはいない。
クラディール。オレはお前ほどに思慮深くない。お前みたいに善人であろうと、その為ならば自死を選べるほど、オレは高潔な魂を持っていない。
オレは単純にお前らに憧れてしまったんだ。だから、せめてお前たちが持っていた戦う力だけでも得たいって望むんだ。
この女はそれを『遺志を継ぐ』とか何とか言っているが、嗤わせる。
オレは生き残る為に、憧れたアイツらの上辺だけの力でも自分の物にしたいだけだ。そんな……ただの気まぐれだ。
それ以外にあるものか。オレは絶対にアイツらみたいになれるはずが無いのだから。
↓↓本編の雰囲気を粉々に破壊致します。閲覧にはご注意ください↓↓
オマケ~今日も今日とて暇を持て余す茅場の後継者さんPart2~
茅場の後継者(以下KK)「う~ん。やっぱりこの辺りからプレイヤーの脱落ペースも落ち着いてきたかぁ。想定の範囲内だけどねε=(・д・`*)」
KK「でもご安心を! 難易度調整はバッチリだし、罠は豊富だし、季節ごとのスペシャルイベントもたくさん準備しているからね(゚∀゚*)ノヽ(*゚∀゚)ノ」
KK「茅場さんもクリスマスイベントやバレンタインイベントに力を入れないGMは失格だって言ってたし、プレイヤー諸君にとびっきりのサプライズをお届けするよ(*゚▽゚*)」
何処かにいる萱場さん(以下何処茅)「KK君、ちょっと良いかな(*'へ'*)」
KK「茅場さん! どうしたんですか? ご機嫌斜めみたいですが(´Д`;)」
何処茅「ほう、分かるのかい? なら心当たりもあるようだね。そうだ。他でもない≪ガルム族の英雄ラーガイの記憶≫についてだ(#`Д´)」
KK「ああ、アレですね! 自信作なんですよ! 密林ならではの自然ギミックと謎解き要素が上手く融合したステージになっていたでしょう(゚ー^*)」
何処茅「そうだね。確かにステージの出来はなかなかのものだった。だけど、ガルム族は果たしてどうかな( ̄Д)=3」
KK「え? え!? も、もしかして、茅場さんって獣人はお嫌いだったですか。それともワンコが苦手だったですかヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノ」
何処茅「そうではない。そうではないよ。KK君(-д-)」
何処茅「何故獣人要素を出したのに、獣耳美少女&美青年を登場させないのかね(´-ω-`)」
KK「そ、それは……あくまでガルム族は人間じゃないし、獣耳と尻尾だけ持ってる人間を出しても不自然なだけじゃないですか(っ゚Д゚;)っ」
何処茅「KK君。君は優秀な私の弟子だ。だから、『コレ』だけを言えば分かるはずだ。『仮にガルム族と人間の混血が生まれたら、どんな姿が望ましいかい?』(¬з¬)」
KK「も、もちろん、2つの遺伝的素質を持った……ハッ(;☆ω☆)」
何処茅「気づいたようだね。やはり君は優秀だ。ジャパニーズ・モエ・カルチャーの学習カリキュラムを240時間こなしてもらって正解だったよ( ̄ー ̄)」
何処茅「そうだ。プレイヤーの最多層は日本のポップカルチャーに慣れ親しんだ日本人の若者だ。ならばGMとして、日々デスゲームで四苦八苦する彼らに世界観を崩さない程度のご褒美要素を提供するのは当然ではないかな(*⌒―⌒*)」
KK「か、茅場さん! ありがとうございます! ボクは危うく致命的な失態を犯すところでした。さすがは茅場さんです(┳Д┳)」
何処茅「先達として、師として、私は当然の事をしたまでさ。それよりもKK君。ここにアップデート作成用ツールがある。後は分かるね?( ̄▼ ̄*)」
KK「お任せください! さぁ、待っていろよ、プレイヤー諸君! 獣耳美少女&美青年、それにプレイヤー装着用の獣耳と尻尾のプラグインの登場だぁ!(≧∀≦)」
何処茅「その意気だ、KK君(*^ー゜)」
~fin~
↑は本編と特に関係ありますのでお忘れください。
それでは、新展開の38話に主人公の傭兵稼業の安泰を願って、
Let's MORE DEBAN!