SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ホラー系ダンジョンはモンスターの難易度よりも謎解きがメインですよね。
でも、たまにはがっつりとホラー系でもバトルがあるダンジョンがあっても面白いと思います。
ちなみに本作の『井戸の底』は思いっきり雰囲気系です。


Episode6-4 黒き水の先に…

 隠し通路に光源はなく、オレが腰につけたランプとキャッティが持つ緑色の炎を宿す松明だけが先を照らす。

 水滴が落ちては水溜まりを弾けさせ、波紋が広がる音は神経を過敏にさせる。静寂の中では呼吸音が異常に響き、手先は寒さのせいか微かに震えているような錯覚に陥る。

 

「誰か話せよ」

 

 先頭に立つオレは背後を振り返り、2人に溜め息交じりに言葉を投げかける。隊列は現在、オレ、キャッティ、クラディールの順だ。

 

「話せって言われても……ねぇ?」

 

「さっきまで幽霊と話してたヤツの前で何を話せって言うんだ?」

 

 通路を進み始めてから数分後、2人の追及に耐えられなくなったオレはギミック発見の事情を事細かに説明した。するとテンションが上がっていた2人は急激に落ち込み、まるで口を縫い付けられたかのように何も話さなくなってしまった。

 

「仮想世界の怪談。クゥリだって聞いた事あるでしょう? ログインしたまま死んだ人は、その霊魂が仮想世界に囚われるって話」

 

「だったら今頃仮想世界には1万人近い奴らが囚われてるんじゃねーの?」

 

「だから怖いんじゃない! もしかしたら、SAOで無念の死を遂げたプレイヤーが私達にも同じ目に遭わせようと、今も後ろに……」

 

 ごくりと唾を飲み込み、キャッティが背後を振り向く。もちろん、そこにいるのは痩せた頬をしたクラディールだけだ。

 馬鹿馬鹿しいとは言わないが、そこまでSAOで死んだ連中も暇ではないだろう。オレだったら怨念を振りまいている暇があるならばさっさと天国に行って、可愛い天使ちゃん達を追い掛け回しながら酒盛りでもやっている。

 

「イベントだって、イ・ベ・ン・ト! それ以上もそれ以下でもねーよ」

 

 口ではそう言うが、そう言い聞かせるのは他でもないオレ自身にだ。

 先程から、らしくない程に頭を使って1つの『仮説』を何とか否定しようとする。だが、その度にオレの直感を司る部分が真っ向からそれを拒絶している。

 答えは既に出ているはずだろう? そう嘲笑い、認める事を強要してくる。

 

「ここで終わりみたいね」

 

 通路はついに行き止まりにたどり着く。待っていたのは両開きの重々しそうな扉だ。隠し扉だったせいか、錆びついておらず、元の鉄の輝きを残している。

 オレは試しに押してみると、幸いにも鍵がかかっていなかった。音を立てて扉は開き、内部へとオレ達を招き入れる。

 途端に背後の2人が息を呑み、部屋に踏み入る事を躊躇したのを感じ取る。それも当然だろう。オレも事前に少女の亡骸を直視していなければ、この展開を想像できず、間違いなく放心したに違いない。

 

「控え室みたいだな……生贄の」

 

 8メートル四方程度の広々とした空間。ランプと松明で照らし出されたそこは、柔らかい表現をしても『拷問室』としか言いようがない部屋だった。

 実用された事が窺える、乾いた血が付着した針がびっしりと備えられた椅子。黒ずみ腐った髪の毛が付着した鋸。暖炉の傍には焼き鏝があり、棘が設けられた鞭は使い古されていた。

 天井には無数の骸骨が吊るされ、いずれも足首を鎖で拘束されて垂れ下げられている。髪の毛が残ったそれらは、骨格から見ても、やはり少女と言うべきものばかりだ。

 オレはアイテムストレージからマッチを取り出し、木製のテーブルの上に設けられた半ばまで使われた蝋燭に火を点ける。それは松明と同じ緑色の火を灯し、空間をより鮮明に露わにする。

 躊躇いながらも足を踏み入った2人の表情は芳しくない。特にキャッティは口を押さえて涙目だ。クラディールも言葉を失っているようであり、青みがかかった液体に浸された少女の生首入りの瓶を見て顔を引き攣らせている。

 オレは2人に言わなかったが、この部屋に敷かれている絨毯はガルム族の毛皮を繋ぎ合わせたものだ。他にも、ガルム族の剥製と思われる首が暖炉の上に飾られている。

 少女を生贄に捧げ、ガルム族を蹂躙し、この地下施設を建造した連中は一体何を崇拝していたのだろうか?

 やはり聖書を読むべきか。だが、ここで時間を奪われるのはどうにも癪だし、幾らじっくり攻略するとはいえ限度がある。なるべく先行している連中に追いつきたいという気持ちがない訳ではない。

 

「気分悪くなる部屋ね。さっさと行きましょうよ。ほら、この扉でしょ?」

 

 キャッティは拷問部屋の奥に進もうと、入った時とは異なる簡素な鉄の扉に手をかける。

 だが、オレとしてはもう少しこの部屋を捜索したい。特にテーブルの上に置いてある書物が気になる。だが、≪言語解読≫の無いオレには土台不可能だ。そうなるとキャッティの協力が不可欠なのだが、彼女は乗り気ではないだろう。

 試しに数ページ開いてみるが、数字の並びから察するに日誌の類だと分かる。この部屋で何が行われたのか、そして何が起きたのか、それが記されているかもしれない。

 アイテムストレージに入れる事は可能のようだ。オレは日誌を入手し、今この場は先に進むべきだろう。

 扉の先にはやはり灯りのない、更なる地下に続く階段が待っていた。

 この手のダンジョンはモンスターの強さよりも精神的なものが厄介だ。一昔のテレビゲームならばBGMがあって気も紛れるだろうが、VRゲームにはそんなご丁寧な物は存在しない。

 蓄積する疲労感と肌寒さ。いつしか息には白い物が混じっている。デバフ【寒冷】が発生していないのでまだ許容範囲内なのだろうが、それでも集中力の欠如は大いに問題になる。

 ふと、SAOでよく話題になった『本物の冒険』について考えた。

 談笑しながら戦地に赴いた、とか、いつも怯えながら戦っていた、とか、いろいろな意見が飛び出したものだ。

 モンスターやトラップ、謎解きなど、様々なテーマを元に白熱した議論が起きたが、不思議といずれも前向きな結論に到達する事が多かった。

 思えば、誰もが考えたくなかったのかもしれない。SAOの世界は綺麗過ぎた。茅場が思い描いた理想と幻想そのものであり、だからこそオレ達は正気を保ち続ける事ができたのかもしれない。

 だが、茅場の後継者は違う。この点だけが茅場とは決定的に違う。奴は人間の醜さ、冒険の中にある恐怖、どうしようもない心の堕落、そうしたものを強調させる。なまじ美しい世界であるが故に醜悪さが際立つ。

 だが、そこには製作者の憎悪といったものは不思議と感じ取れない。もちろん、これは俺の主観に過ぎないが、この世界には確かな『愛情』が注がれている。そうでなければ、人を呑み込み、狂わせる世界など創れるはずがない。

 階段を下り終えたオレ達は、今度はこれまでとは異なる、人工的ではない、露出した岩肌の道を進む。かつてこの場所は水に浸っていたのだろう。藻や魚の死骸が転がり、今も空気は湿っている。

 やがて耳に届いたのは激しい水流の音、滝の音色だ。

 天然によるものか、それとも岩を削って造ったものか、幾多もの滝と滝が交差する巨大な地下空間に、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた岩盤の橋がある。大人2人分の肩幅程度の道幅であり、足を踏み外せば底も見えない暗闇の穴に落ちるだろう。落下ダメージによる死は免れない。

 

「ガキ、トラップに気を付けろよ」

 

「言われるまでもねーよ。あとキャッティ、ちょっと松明貸してくれ」

 

「別に良いけど、何に使うのよ」

 

 松明を受け取ったオレは傍の滝に緑色の火を突っ込む。激しい水流に松明を持って行かれそうになるが、何とか堪えてオレは松明を引き抜く。

 火は消えていない。つまり、この地下空間が水没していた間、この火は灯っていたわけだ。そして、この火は水で消える事は無い。

 もしもこの先の攻略を進める上で暗い水中に潜るような事態が発生した場合、この地下ダンジョンに松明を取りにくれば良い。有用なアイテムになる。

 

「サンキューな」

 

 松明を投げ返し、危うく取りこぼしそうになったキャッティに非難の眼差しを浴びせられながら、オレは足下に気を付けながら岩の橋を渡る。

 途中で幾度か泥人間と出くわしたが、正々堂々と戦うのも馬鹿らしいので隙を見て蹴落とした。落下ダメージで倒しても撃破した事になるらしく、経験値とコルを入手できた。その度に2人の視線が冷やかになったような気がするが、気がするだけに決まっている。

 地下空間のせいか、それとも過度の緊張状態のせいか、もはや時間間隔が麻痺してしまっている。途中途中で休めそうな場所を見つけると食事や仮眠を取り、オレ達は岩の橋の迷路を歩き続けた。

 

「今更だけど、これって燭台よね?」

 

 そして、本当に今更な事に、分帰路の度に設置してある尖った岩、その頂点に火を灯す為の油の塊がある事実にキャッティが気づく。

 

「……俺の予想だが、この迷路は燭台を探しながら進めば良いのかもなァ」

 

 疲れた様子でキャッティから松明を受け取ったクラディールが油に火を点ける。松明と同じ緑色の火が揺れ、闇の迷路の中で新たな光源となる。

 燭台を見つけては火を点ける。それを繰り返すたびに迷路はより明るくなり、その全体像を露わにする。縦横無尽に張り巡らされた岩の橋は、緩やかにだが、確実に地下へと下っていた。

 やがて滝の落下音がより激しくなり、最底と思われる開けた岸辺にたどり着く。そこでは水というよりも油と表現した方が良さそうな毒々しい黒い水と澄んだ滝の水が混ざり合い、更にその水は何処かに流れていっているようだ。

 試しにクラディールが片足を突っ込むとレベル1の毒が蓄積する。

 

「もしかしたら、この黒い水が人間の街を汚染してるのかもしれねーな。どう思う、クラディール?」

 

「地理的に考えれば当たりだろうなァ。となると、問題はこの黒い水が何処から流れているか、だが」

 

 クラディールの視線は黒い水が流れてきている洞窟……今は火が消えている燭台が並んだ更なる闇の穴へと向けられる。だが、そこに行くためには毒の水の中を歩かねばならない。

 オレとクラディールが突撃するしかないかと目を合わせた時、キャッティが呆れたように松明で岸辺の傍にある小舟を照らす。

 

「馬鹿な真似は考えないでこれを使いましょうよ。下手に深みがあって溺死なんて、私は嫌だからね」

 

「俺もだ」

 

「オレもそうだよ」

 

「……ツッコミは入れないからさっさと乗って。随分と迷ってタイムロスしたみたいなんだから」

 

 上手く岩の橋の迷路を抜けられれば大幅なショートカットになったのだろうが、オレ達は下手すれば半日以上も迷っていたかもしれない。そうなると、正規ルートで探索しただろう先行した連中は既にボス部屋までたどり着いている事だろう。そうなれば引き返した連中と鉢合わせする事になるかもしれない。

 STRが最も高いクラディールがオールで舟を漕ぎ、洞窟の中へと進んでいく。オレ達が傍に来ると感知したかのように燭台に火は灯り、緑色の火を揺らす。

 2本、3本、4本……それ以降は数えず、オレは水中からの奇襲を警戒するが、攻撃が来る雰囲気は無い。だが、黒い水の中には薄っすらとであるが、例の泥人間が動く事無く横たわっているさまが見える。

 その姿はいずれも、まるで何かから逃げるかのように、洞窟の出口側に前のめりになっていた。中には子供と思われる泥人間もある。

 この先に一体何があったのか。どちらにしても、ボス戦を行える程に準備を整えていない以上、情報を持ち帰り、癪ではあるが太陽の狩猟団辺りに高く売りつけてやるのが1番だろう。ボスの正体は大よそ見当が付いている。後は交渉次第で何とか『あのアイテム』を……

 オレが今後の展開を必死に頭を巡らしている内に舟は船着き場に到着する。ロープで小舟を固定し、地面に降りたオレは肩を落とす。

 やはり間に合わなかったか。船着き場の傍には別ルートから来れるだろう道があり、それは洞窟の更なる奥へと続いている。そして、その道中には泥が融解し、内部の人骨を露出した泥人間の亡骸が横たわっている。

 

「4人……いや、5人だな。ゴキブリ共の人数は」

 

 一方のクラディールは別の物に着眼したようだ。彼が見ているのは船着き場に転がっている残飯だ。そこには僅かに赤みが残った肉がこびりついた骨が5本転がっている。恐らく、先行していたプレイヤー達はこの船着き場で一休みしたのだろう。

 クラディールが骨を手に取った瞬間に耐久値が限界に達し、骨は砕け散る。

 

「せいぜい10分程度ね。随分と私達も迷ったけど、あちらさんも攻略に手間取ったみたいで助かったわ」

 

 嬉しそうにキャッティはカタナを抜いて、松明の灯りで照らし出す。カタナ特有の美しい刀身と刃紋が緑色の火の光を浴び、妖しげに輝く。

 まぁ、キャッティもせいぜい掠らせる程度で済ますだろう。クラディールは殴った上で黒い水に放り投げるくらいはするかもしれないが、その程度は許容範囲内だし、オレの溜飲も下がる。

 と、どうやらお出ましのようだ。洞窟の先の方から足音……それも複数人が走ってくる音が聞こえる。

 さて、どんな連中だろうか。オレの興味はむしろそちらにある。このダンジョンはいわゆる雰囲気系だ。難易度自体は大したものではない。一概に言えないが、盗み聞きするような奴らだ。オレの予想だが、レベルは決して高くないだろう。

 だとするならば哀れだな。互いのレベルを明かしたわけではないが、クラディールもキャッティも現状ではDBOでも最高クラスのレベル域にあるだろう。そんな連中が今か今かお灸を据える瞬間を、この鬱になりそうなダンジョンで我慢していたのだ。少なくとも鬼の形相で迎えてくれるに違いない。

 

 

 だが、オレの楽観した未来予想は、現れたプレイヤー達の表情によって崩れ去った。

 

 

 男3人と女1人。彼らは涙をまき散らし、その顔を恐慌そのもので歪め、武器も何もかもを手放し、文字通り命からがらといった様子で走ってきたからだ。

 

「ひぃ……ひぃ!?」

 

 男の1人がオレ達を目にした瞬間、腰の短剣を抜いて降りかかる。その目に正気はない。あるのは、生きたいという意思が暴走し、目前にある『障害物』を排除しようとする攻撃の光だけだ。

 幸いと言うべきか、クラディールは盾でナイフを受け止め、カウンターで男を殴り飛ばす。男は吹き飛ばされ、1歩遅れていた男と女に激突し、4人纏めて派手に転倒した。

 

「おい、何があった?」

 

 努めて冷静に、だが自分を攻撃してきた事に対する怒りを滲ませながら、クラディールが短剣を握っていた男の胸倉をつかむ。

 だが、男は過呼吸のように息を乱しながら泣きじゃくるばかりだ。それに苛立ったのか、クラディールは拳を握ってもう1発お見舞いしようとするのをオレは慌てて彼の肩をつかんで止める。

 

「止せ、クラディール! レッドゾーンだ!」

 

「……っと! 危なねぇなァ。助かったぜ。危うく殺しちまうところだったな」

 

 男のHPはレッドゾーン……つまり1割を切っていた。他の3人のプレイヤーもイエローゾーンにあり、レッドゾーン到達間近といったところか。

 回復もせずにダンジョンの最奥から引き返してきた。オレは最悪の想像をするが、それがどうか当たっていない事を願う。

 

「燐光紅草よ。ゆっくり、落ち着いて食べて」

 

 4人に現状では最高の回復アイテムである燐光紅草を振る舞い、キャッティはクラディールと違って優しい声音で落ち着かせようとする。先程までコイツらを斬ろうと笑ってた女と本当に同一人物だろうかと疑う慈悲っぷりだ。

 回復アイテムを貪るように口に放り込み、咀嚼する4人のプレイヤーはその場にへたり込んで動こうとせず、うな垂れている。精神状態は不安定だろうが、少なくとも話くらいは聞けるだろう。

 改めて、今度は徹底的に感情を殺した声で、クラディールが問う。

 

「何があった? 見たところ4人しかいないようだが、1人死んだか?」

 

 確かに彼らは予想では5人組だったはずだ。だが、逃げてきたのは4人だけだ。仲間が1人死んだならば、この恐慌状態にも納得がいく。だからこそ、クラディールもその旨を訊いたのだろう。

 口を開いたのは女のプレイヤーだ。唇を震えさせながら、ぼそりぼそりと話し出す。

 

「あ、あなた達の話を、聞いて……わ、私達、レアアイテムがあるだろうと思って、その……」

 

「その話は今更良い。簡潔にこの奥で何があったか言え。俺は紳士だが、後ろのガキは獣並みに凶暴で忍耐ないぞ?」

 

 ……クラディール、あとで覚えてろよ! 勝手に狂犬扱いされた事は癪だが、今は話を聞きだす上で『優しい刑事と怖い刑事』作戦が有効だろうと、オレはわざと恐ろしげな表情を作って双子鎌を抜く。腰のランプの相乗効果でホラーモンスター級に見た目はおどろおどろしいはずだ。

 短く息を呑んだ女プレイヤーは何度も頷く。そこまでビビらなくても良いだろうに。

 

「この奥に開けた場所があったの。ボス部屋の表示とか無かったから、私達、油断して……それで」

 

「ボス部屋の表示が無い? ならトラップに引っ掛かったのか?」

 

 女プレイヤーは首を横に振る。トラップではないとなると、やはりボスと交戦したとみて間違いないだろう。

 

「もしかして、イベントボスじゃない? 終わりつつある街の周辺でも、何体かボス級のネームドがイベントで登場したって聞いたことがあるわ」

 

 キャッティは自らの推測を述べる。確かにオレもDBOログイン初日、まだデスゲームが開始する前にダークライダーと戦っている。HPは低かったが、ネームドかつボス級の性能(正確にはAIの強さが規格外だったのだが)だった事に疑いようはない。

 そもそも、このダンジョンは恐らくイベントダンジョン、あるいは隠しダンジョンの類だ。ならば通常のボス戦として設定が適応されていない事にも頷ける。

 

「つまり、お前らはイベントボスと運悪く戦い、仲間を1人失って逃げてきた。そういう事だな?」

 

 クラディールが確認を取るが、4人のプレイヤーは黙ったまま視線を合わせようとしない。

 その眼差しに混ざる感情は2つ。1つは自己弁護しようとする『自己愛』、そしてもう1つは……

 

「……見捨てたのか。仲間を?」

 

 オレ自身も驚くほどに、オレの声は殺気立っていた。そして、それは彼らの自己弁護の壁を切り裂き、押し込まれた『罪悪感』という感情を引き摺り出した。

 

「し、仕方なかったんだ! アイツはタンクだ! 逃げるにはDEXが足りないし、それに足を泥で……っ!」

 

「そうだな。仕方ねーよな。生き残る為に、お前らは仲間を見捨てたんだもんな。お前らは正しいよ」

 

 彼らを責める気はない。オレ自身も生き残る為にグリズリーとクローバーを殺した。彼らと何ら変わらない。

 だが、オレと彼らの決定的な違いはそこに『罪悪感』が介在しない事だ。オレはあの時の選択が悪と罵られても構わないと考えているが、あの時の選択はオレと少なからずのプレイヤーの生存に繋がったと確信している。彼らの命を奪った事によって勝利を得た。故にそれを罪に思う事は彼らの命に対する冒涜そのものだ。

 だから、彼らに向けるオレの眼差しは、声と違って慈悲深いはずだ。彼らの罪を許すように。そして、それこそが彼らにとって最大の苦痛であるとオレは十二分に理解している。

 

「ち、違う! 助けようと……助け、た、たた……う、うわぁああああああああああああ!」

 

 男のプレイヤーの1人が悲鳴を上げ、そのまま走っていく。どの程度でモンスターがリポップするか知らないが、上手くいけば安全に地上まで逃げられるだろう。まぁ、運悪くモンスターにタコ殴りにされて死んでも興味はないが。

 続いて残された3人のプレイヤーも男のプレイヤーを追って、ボスの脅威からではなく、自身の罪から逃げていく。

 見捨てた事が正しい判断だと思うなら、せめてその最期まで看取ってやるのが責任というものだろう。オレは溜息を吐き、小舟の方に引き返そうとする。

 

「戻るぞ。どんなボスか知れねーが、碌に準備もしてないオレ達3人じゃ勝ち目が無い」

 

 残酷かもしれないが、今も孤軍奮闘しているプレイヤー君には彼ら4人が助かる為の犠牲になってもらう。仲間の為の殉死だ。タンクなら本望だろう。

 だが、オレはやはり考え無しだった。いや、オレの物差しで物事を捉え過ぎていた。

 簡単な話だ。誰もがオレと同じ思考で行動を決定する訳ではない。

 正義感が強い奴……【閃光】ならば間違いなく、たとえ無謀と分かっていても助けに向かっただろう。

 どんなに不可能に近くとも、たとえ結末が見えているとしても、底抜けの善人でもある『アイツ』ならば自身の善なる心に従って、最善でなくとも戦いに赴くだろう。

 そして、オレは知っていたはずだ。

 

「だめ……そんなの、だめ……嫌よ……だめ、だめだめだめだめ、そんなの……絶対にっ!」

 

 

 

 キャッティは、友人に『見捨てられた』側の人間であると、オレは知っていたはずだった。

 

 

 

 口は災いの元。先人とは常に今を生きるオレ達が同じ過ちを犯さないように諺を残してくれている。

 オレの無情の言葉は、彼女の脆い心を貫き、そして傷ついた心は体を支配する。

 止める間もなく、キャッティは走り出す。もしかしたら、もう死んでるかもしれない、仲間に見捨てられた哀れな生贄を救う為に。

 

「止まれ、キャッティ!」

 

「追うぞ、ガキ! もう声なんか届いてない!」

 

 オレの制止の言葉は闇に消えたキャッティを捕まえる事は無い。クラディールは舌打ちし、弾けるように駆け出して彼女を追う。オレもそれに続くが、DEXに多く振っているキャッティに、はたしてボス部屋前に追いつけるだろうか。

 最悪を覚悟する必要がある。オレは自らの浅はかさを呪い、今はただ彼女の理性を信じる他なかった。




次回からコボルト王戦以来の死闘です。


では、その為に気合を31話に入れて、

Let's MORE DEBAN!

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