SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

絶望を焚べよ。




Episode18-52 聖剣の資格

 ネームドの単独撃破。それはDBOにおいて偉業であり、トップ陣でも成し遂げたプレイヤーは少数である。

 そもそもとして、ネームドに単独で挑む事態が発生することが稀である。過半のプレイヤーはパーティ・レイドを組んだ複数人でダンジョンやフィールドの探索を行うからであり、イレギュラーな事態でネームドに遭遇しても単身で挑戦せねばならない環境自体が滅多に成り立たないからだ。

 また、一言でネームドと括ってもその強さの幅は広く、ギミックさえ解き明かせば少数撃破も難しくない相手もいれば、十分なアイテムと装備を保有したレイド級でも撃破困難なクラスまで様々だ。ダンジョン・フィールド・ステージの名目上のラストを飾る存在をネームドの中でも特別扱いとして『ボス』と呼称されるが、中には徘徊や隠しといったボスを遥かに上回るボスではないネームドも存在する。

 まずは自覚せねばならない。ネームドとはプレイヤーにとって単独で挑むべき存在ではない。

 次に理解せねばならない。そのような事態に陥った場合、まずは生存を優先して危機から脱する事を最優先に作戦を組み立てねばならない。 

 最後に覚悟せねばならない。あらゆる選択肢が不可・排除され、戦闘を行うならば、相手は人類の限界を挑戦してくる正真正銘の怪物なのだと。

 

(一撃一撃が重い上にこの連撃! パワーだけならランスロットよりも上だ!)

 

 繰り出されるのは特大剣の如き分厚い刀身を備えた両刃剣。相手を叩き潰す事を主眼とした得物であり、神族の敵であった古竜の岩の鱗を砕く為の武器であることは疑いようもない。

 その名は【竜砕き】のスローネ。重装の甲冑を身に纏い、伝説の四騎士【竜狩り】オーンスタインに連なる者の証として、獅子を模した兜を備えたアノールロンドの騎士。その2つ名の通り、グウィン達と古竜の戦争において、岩の鱗ごと敵を砕き散らした事から2つ名を得た。

 スローネは高貴なる生まれであったオーンスタインの忠臣にして従者である。名を抹消された太陽の長子の筆頭騎士でもあった頃より昔、まだ武勲を挙げていないオーンスタインに幼少から仕えてきた。オーンスタインはスローネを高く評価し、自身が四騎士入りした際には定まっていなかった空位に色眼鏡無しでグウィン王に推薦を申し出た程である。

 だが、スローネはこれを辞退した。スローネにとって主君にして頭を垂らすべきはオーンスタインであり、四騎士になるとは従者でありながら主と同格に列するという事だからだ。スローネにとってそれは忠義に反する名誉だったのだ。また、本来ならばオーンスタインやゴーには純粋な戦闘能力が劣る【王の刃】キアランが四騎士入りを果たしたように、四騎士とは神族の最高戦力という意味だけではなく、グウィン王が直々に選抜した親衛隊とグウィン王の治世の絶対性を担う広告塔の意味合いがあり、自身の忠誠がオーンスタインからグウィンに移ろう事を意味したからである。

 故にその実力は、グウィン一族に不動の忠誠心がありながらも残忍な性格であるが故に四騎士入りを逃したスモウと同じく、四騎士に選ばれても遜色は無い実力という事に他ならない。

 敢えて四騎士として不足があると申すならば、それは数多の古竜を落とした射手、太陽の長子の筆頭騎士だった経歴を持つカリスマ性と文武両道を極めた槍使い、大剣を振るえばまさに無双にして神族の栄華が陰った遥か未来でさえも深淵狩りというリスペクト集団を生み出す程の剣士、本来なら日陰者であるはずなのにグウィン王が四騎士として何としても手元に置かんとした程の腕利きだった暗殺者。時代が悪かったのではなく、戦乱の世であるが故に猛者が揃い過ぎていた時代だったが故に、だろう。

 これらの事から、DBO内に登場する幾つかの歴史書において、スローネはオーンスタインの部下でなければ、スモウのように人格に問題があるわけもなく、また武勲も十分であった事から、身分は低くとも実力と功績が他を超越し過ぎたゴーやアルトリウスといった猛者がグウィン王の目に留まらなければ、オーンスタインの従者でさえなければ、四騎士入りしていただろうと分析されている。

 だが、そんなスローネはいつしか歴史より消える。グウィン王より任を授かったオーンスタインに代わってアノールロンドを去り、2度と歴史に名を登場させる事は無かった。

 ここまでが『名無し』がアルヴヘイム入りするまでに得た情報であり、その後においてユウキと共に発見した遺跡で見つけた壁画よりスローネについて知り、またアルヴヘイムの入口の1つがどうしてスローネ平原と呼ばれていたのか得心もいった。点と点は繋がって線となり、そして今まさに穢れの火によって黄金色の甲冑は見る影もなく煤けて汚れた姿に末路を理解する。

 グウィン王よりオーンスタインが授かった任務、それはイザリスの罪の1つ、穢れの火の封印だったのだ。本来ならばオーンスタインが担わなければならない、世界に大きな災いもたらす特異な火。それの封印はまさしく大仕事であり、並の者では務まらず、オーンスタインを他にして任せられる者もいなかったのだろう。だが、四騎士に準じる実力と信頼に足る武勲があるからこそスローネは代行が許され、アルヴヘイムの黒火山で封印し続けていたのだ。

 ならば『名無し』はスローネにとって、まさに王と主君より授かった使命を邪魔するのみならず、忌まわしき穢れの火を世に解き放たんとする盗人にして大罪人に他ならない。

 

「……ぐっ!?」

 

 重装甲冑のパワーファイターとは思えぬ程の軽い身のこなしで回転斬りを繰り出し、剣を交差した『名無し』は大きく弾き飛ばされる。距離が開けた所で、スローネはフリーの左手を掲げれば黄金の雷が収束する。それは中級奇跡の雷の大槍に似て、だが、放たれた瞬間にショットガンの如く分裂する。

 避けられる道理はなく、ガード体勢のまま『名無し』は分裂する雷の槍を耐え抜く。

 モーションは見えていた。どのような攻撃が来るのかも、分裂の瞬間も見えていた。反応する余地はあった。だが、情報に対して回避ルートを頭が割り出せず、ガードを優先した。

 キミなら回避できていたのか? 思わず『名無し』は白髪を靡かせて分裂する雷を躱してそのまま斬り込むかつての相棒にして友の後ろ姿を幻視する。

 

(……違う。俺は『クー』じゃない。俺は『俺』だ。俺は『俺』のやり方で戦う。強くなる。勝ち残る)

 

 何よりもここにはリーファがいる。彼女は両足を失った。翅があるとはいえ、ダメージフィードバックと足を失ったバランスが崩れた状態ではろくな飛行もできないだろう。『名無し』が逃げれば、それはリーファの死を意味する。

 

(守る。今度こそ、俺は守る! 大切な人を守り切ってみせる!)

 

 アスナ、これはキミを救えなかった罪滅ぼしなんかじゃない。俺の心の叫びそのものだ。リーファを見捨てたくない……守りたいという魂の慟哭だ! 何の躊躇もなく『名無し』はスローネとの間合いを詰める。人間よりも一回り大きい体格のスローネを基準にしても大型の武器、リーチで圧倒的に勝る上に攻撃速度は常識外だ。言うなれば、高速回転するミキサーの中に身を投げ込むようなものだったが、『名無し』に迷いはなかった。

 回避と防御。危ういと思った攻撃は避けるが、ガードを利用し、また受け流すことに重きを置く。無理して完全回避を狙うべきではないと『名無し』は我が身に言い聞かせる。

 

『俺にもクーみたいな回避力があればなぁ。なんかコツとかないのか?』

 

『当たったら死ぬ気持ちで戦え、馬鹿野郎。こっちは耐久力殺して攻撃力に全振りしてんだよ。避けないと即死なんだよ! 俺だってガチガチのフルメイルマンが羨ましくて泣きたくなる時があるぞ、畜生が!』

 

 鉄の城での会話が蘇る。そうだ。その通りだ。『名無し』は仮面に隠された口元を小さく歪めて笑う。

 勘違いをしてはならない。クゥリの回避は彼の耐久力の無さの裏返しだ。そもそもステータス・スキル・装備構成が違う。戦闘ロジックも違う。そんな当たり前の事のはずなのに、いつの間にか卑下していた。自分の戦い方は劣ると自身の剣を辱めていた。

 今ならば分かる。どうしてランスロットに唾棄されたのか、『名無し』は呼吸を1つ入れると共に理解する。プライドだけは一人前でありながら、最も『名無し』の戦いを蔑んでいたのは他ならない自分自身だったからだ。

 創意工夫は必要だろう。他者を模倣して切磋琢磨も不可欠だろう。だが、剣に血を通わせるのは己の心であり、真なる誇りなのだ。

 刃が地面を抉る強烈な斬り上げ、それを躱したところでの柔軟にして超絶した横薙ぎへの派生。それをメイデンハーツでガードし、そのまま火花を散らして受け流す。

 

『マユユンを舐めないでね。UNKNOWNさんの戦い方はちゃーんと分析してるんだ。それが専属のお仕事だもん。メイデンハーツ、好きなだけ乱暴に扱って良いから。その為の耐久性能の調整なんだもん』

 

 ドラゴンクラウンは折れ、残されたのはメイデンハーツのみ。アルヴヘイムの道中を駆ける中でもなお銀色の輝きは損なわず、刃毀れはあっても武器としての著しい性能低下はない。それは変形機構以上に『ガード』を多用する方向で調整が施されているからだった。

 メイデンハーツ、ヤスリ機構発動。装填してあるのは発火ヤスリであり、炎の刃が放出される。まさかのギミックにスローネの反応が遅れ、その身を袈裟斬りにされる。

 本来ならば混沌の火より生まれたデーモンに火炎属性は通じない。だが、スローネは神族であり、また穢れの火も混沌の火とは違って普通の炎のように熱は宿さない。即ち、火炎属性は十分に通る余地があると『名無し』は分析した。

 結果は狙い通りだった。ダメージは通り、スローネは距離を取る。惜しむべきは炎の放出で作られた刃ではダメージが思ったほどに伸びなかった点だろう。対人では十分な火力も、人型とはいえネームドには不足があったのだ。刀身も含めてヒットしていたならば、と『名無し』は惜しむも、自分の攻撃が通らない相手ではないと再認識しただけでも十分だった。

 スローネの重装甲冑からも分かるように、ランスロットと違って回避主体ではない。ある程度の血肉を削り合う剣戟を想定している。耐久力は人型でも高めであろう。2本だけのHPバーは、エンデュミオンとセットだったと考えれば納得もいく。『名無し』は炎の放出が止まったメイデンハーツを振るい、構えを新たにする。

 

「言い訳なんてしない。お前を倒す。穢れの火を……渡してもらう!」

 

 たくさんの人を殺した。押し潰されそうな罪を背負った。いいや、実際に潰れて圧殺されかけていた。その心は断末魔を響かせて壊れる寸前だった。

 だが、夢とも現とも分からぬ月夜において、1つ1つの罪と向き合いながらも、暗闇を歩き続けて『答え』を探す事を選んだ。

 まだ道半ばどころか、スタート地点に立ったばかりだ。『名無し』は負けたくないと強く思う。もはや『友』の背中を追いかけない。理想にもしない。違う道を歩み、武の高みにたどり着く。

 

 そして、何よりも生き抜く。戦って生き抜いてみせる。

 

 まだ『答え』は遠くとも『道』は見えた。故に倒れるわけにはいかない。リーファも見捨てない。シノン達も助けに行く。同じくらいに自分もまた彼らに助けられていると自覚し、『力』に驕ることなく、武の研鑽の果てにある『何か』を見つけてみせる。

 意気込みを新たにした『名無し』は、光の中に去っていくガイアスの背中を見た気がした。あれ程の悲劇の死を迎えたはずなのに、振り返った彼は『満足した』と言うような穏やかな笑みを浮かべている。

 

『そうだ。それで良い。キミはキミのやり方で「武」の頂を目指せ』

 

 これは幻聴? いや、何でも良いのだろう。魂はきっと存在する。そう信じたい気持ちが『名無し』にはあった。

 戦いの中で死ねれば本望。それが武人なのだろう。武の誉れの為に我が身さえも生贄に捧げる。強敵に敗れるのを自らの研鑽が不足していたからだと認める。

 だが、それでは駄目なのだ。『生きる』という強い意思にして意志。それこそが『名無し』の欲する武の果てだ。たとえ、自分が敗れて相手がその死に様を後世まで賞賛してくれたとしても、そこには何の価値もない。

 生き抜き、守り通し、勝ち残る。それが『名無し』の目指す武の在り方だ。戦士にして武人としての生き方だ。

 不退転の『名無し』の闘気に感応したように、スローネもまた両刃剣で回転させて空気を震わせたかと思えば構えを取る。それは『名無し』を最大の強敵と認識した証明だった。逆に言えば、狙われれば終わりだろうリーファが襲われる心配は減ったことである。

 

(特大剣級の高威力の両刃剣。距離があったら雷系の奇跡。これがスローネの主な攻撃方法。距離を取り過ぎたら駄目だな。雷が流れ弾でもリーファに当たるかもしれない)

 

 スローネは今まで出会った人型ネームドでも、ランスロットを除けば、間違いなく最強だ。彼が単独撃破した人型ネームドには、アルヴヘイムへの門を守っていた砂の騎士がいたが、肉体を捨てて砂になった身で甲冑を動かす砂の騎士との激戦を思い出す。

 あの時はダメージ覚悟で強引に≪二刀流≫のソードスキルを押し込むことで勝利を得た。だが、スローネやランスロット相手に下手にソードスキルを使えば死を招く。特に連撃系は総じて発動中の隙が大きい。人型とはいえ、プレイヤーとは文字通りの性能違いの衝撃とスタン耐性を持つネームドには、しっかり隙を作らなければならない。

 戦術を組み立てる『名無し』に対して、スローネは左手を両刃剣に這わせる。途端に黄金色の雷が両刃剣で迸る。

 雷属性エンチャント! 相手はオーンスタインの忠臣だ。当然と言えば当然であり、これまでは小手調べに過ぎないとばかりにスローネの攻めが苛烈になる!

 雷光が視界内を彩り、けたたましい雷鳴が意識を乱す。プレイヤー側のエンチャントよりも圧倒的にエフェクトが派手であり、それは視覚と聴覚を同時に乱す小技も含めているのだと思い知らされる。

 まるで二刀流のお株を奪うような連撃でスローネは攻め込む。対して『名無し』はリーファを守るという意識で燃え上がる心を冷静さを失っていない思考で手綱を握り、臆することなく刃を交える。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 火花と雷光が散り、スローネと斬り合う中で、『名無し』は咄嗟に≪格闘≫の単発系ソードスキル【石砕】を放つ。膝蹴りのソードスキルであり、火力ブーストは控えめであるが、衝撃はなかなかであり、剣戟の中でも無理なく差し込めるだけの発動の速さと硬直時間が魅力的だ。

 ソードスキルには頼り過ぎてはならない。だが、使わない手もない。腹に打ち込まれたスローネが後ろに飛ばされるも、距離は思ったほどに伸びず、また体勢も崩せていない。だが、攻めを緩めるわけにはいかないと『名無し』は畳みかける。

 だが、跳び込む『名無し』に対してスローネは右足で大きく地面を鳴らすように踏み込む。同時に灰色の炎が舞い上がり、それは爆風となって攻め込んだUNKNOWNを逆に吹き飛ばす。

 エンデュミオンも穢れの火をエンチャントして我が武器として使っていたのだ。スローネも扱えないはずがない。空中で体勢を立て直して着地し、地面を滑る『名無し』はダメージと削られた最大HPに舌打ちを堪える。

 そして、距離があれば当然のようにスローネは分裂する雷の槍を放つ。今度は間一髪で攻撃範囲から脱するも、エンチャントした雷を大きく伸ばし、雷刃を形成したスローネの回転乱舞が繰り出される。それはバトルフィールドの半分を埋める程の長大な雷の刃だった。

 見切れ! 呼吸を挟むまでもなく『名無し』は集中力を視覚に注ぎ込む。スローネが暴れ回らせる雷刃の軌道、それらを見切って躱し続ける。だが、乱舞技におってリーファのすぐ頭上を雷刃が通過し、『名無し』の意識が一瞬だが彼女に傾く。

 

「リーファ!?」

 

「あたしは気にしないで! UNKNOWNさんは戦いに集中して!」

 

 両足を失ったダメージフィードバックは相当なモノだろう。呼吸は荒く、顔面には汗の玉が浮かび、両目からは涙が流れている。だが、リーファは気丈に『名無し』を鼓舞する。

 彼女が守ってくれなければ『名無し』は死んでいたかもしれない。両足を失ったのは『名無し』の油断が原因だ。DBOの……茅場の後継者の悪意を甘く見ていた。これまで幾度となく味わったはずなのに、『これ以上はないだろう』と決めつけてしまっていた。その見通しの甘さがリーファを死の縁に追いやった。

 だからこそ、守り抜く。『名無し』は奥歯を噛み、リーファの安否を気にする心を押さえつけ、戦いに集中する。彼女に攻撃を命中させないように立ち回るのは大前提。スローネを倒したとしても、リーファが死んでいては意味がないのだ。

 彼女が繋いでくれた命だ。2人で勝つ。リーファと俺の2人で勝ってみせる! 竜巻の内部に真横から突入するように、伸ばされた雷の刃の奥地に……スローネに『名無し』は突き進む!

 だが、躱しきれなかった雷刃が首に迫る。対して『名無し』は深淵狩りの剣でガードを選択する。

 弾けたのは濃いブルーのライトエフェクト。それは火花にも似て、刀身は雷の刃と混じり合い、そのまま受け流す。これにはスローネは僅かに息を飲んだ。エネルギー体である雷の刃を物質の片手剣でガードするだけではなく、そのまま受け流したのだ。特異な能力が宿った剣だと疑うのが最優先だろう。一気にエンチャントしている雷を解放し、それは一直線に『名無し』に向かって直撃する。

 リーファが叫びを上げる……より先に土煙より『名無し』は五体満足で飛び出し、今度こそスローネが驚愕する雰囲気は伝わる。

 これらを成し遂げた要因は3つ。1つは『名無し』が持つセレクト型デーモンスキルは≪ライジング・ガード≫。武器・肉体問わずにガード性能を引き上げるものだ。これは武器によるガードを多用する『名無し』にとって無くてはならないものだった。そして、もう1つは≪集気法≫がもたらすソードスキルにしてガードスキル【リフレクト・ブロッキング】だ。これはリカバリーブロッキングと対を成すガードスキルであり、リカバリーブロッキング程にシビアではない代わりにスタミナ回復効果はないが、高いガード性能の向上と魔法だろうと炎だろうと雷だろうとエネルギー体を『弾いて防ぐ』効果を付与する。ただし、これは常時発動型であり、発動の度にスタミナ消費するという欠点がある。

 本来は『名無し』が想定していたのはソウルの剣系や実体性が低いレーザーブレードを相手にしたガードであり、受け流しだった。スローネの雷の刃を何処まで受け流しきれるかは疑問もあったが、タイミングを見極めれば不可能ではないと『名無し』は賭け、そして予想通りに結果をもぎ取った。

 そして、雷を真っ向から受け止めたのは≪二刀流≫の持つ特殊系ソードスキル【ロイヤルシールド】。剣技でありながら『盾』を冠するこのソードスキルは、攻撃を正面から受け止める為のガードスキルであり、ガード性能と属性攻撃に対しての防御力を引き上げて耐えるものである。

 スローネの雷の解放。それを≪ライジング・ガード≫で引き上がったガード性能、リフレクト・ブロッキングによる弾き効果、ロイヤルシールドによる底上げで耐え抜いた『名無し』は絶好のチャンスをつかむ。

 予想通り、エンチャントが剥がされた両刃剣をスローネは握っていた。あれ程の強大な速攻だ。エンチャントのエネルギーを使っただろう事は見抜けていた。今度はこちらの番だと『名無し』は≪二刀流≫のソードスキルを発動する。

 

「がっ!?」

 

 だが、その瞬間にスローネが高速で踏み込み、『名無し』の胸部に掌底を打ち込む。カウンターの直撃を受けた『名無し』は地面を転がり、口から漏れた血反吐を垂らす。減ったHPを目にしながら、確実に奪い取った攻撃チャンスをあっさりと潰したスローネの柔軟にして即応性に驚愕する。

 いいや、違う。この期に及んで『名無し』はスローネを舐めていたのだ。ランスロットに及ばないが、だが、そもそも自分とランスロットにどれだけの差があっただろうか? そして、その差の間にスローネがいるならば、自分は紛うことなきチャレンジャーであり、伝説に挑む若輩なのだ。

 スローネに負けてはランスロットには届かない。ランスロットの強さを知っていると言ってもそれは第1段階だけだ。今のままでは、たとえ仲間を引き連れても待つのは一方的な殺戮だ。

 相手は四騎士に列するに足るとされた伝説。数多の古竜を、岩の鱗を砕いて骨肉を潰した【竜砕き】の異名を持つ英雄だ。

 伝説を……超えろ! 武の頂に届く為に! リーファを……大切な人々を守るために! アスナを取り戻すために!

 スローネが再びエンチャントを施すのを目にしながら立ち上がり、DBOでも貴重なクリスタル系回復アイテムである【聖霊石】を砕く。これは聖剣騎士団が新たに生み出した回復アイテムであり、まだ流通していない貴重品である。回復アイテム市場は教会が風穴を開けようとしているが、依然としてクラウドアースによる独占状態にある。これを打破すべく聖剣騎士団が生み出したのは、クラウドアースが未だに進出できていないクリスタル系アイテムだった。

 そのレシピを生み出したのは、実在するかも定かではない聖剣騎士団の密やかなる研究者【眼帯の魔女】である。雫石のほぼ上位互換であり、回復量は3割であり、12秒かけて回復を施す。短時間での連続使用すれば回復量が落ちる点と回復中の防御力の低下を含めても恩恵は余りある。

 残りの減ったHPはバトルヒーリングと治癒剄に任し、そのまま回復の為に逃げ回ることもせずに『名無し』はスローネに挑む。その粘り強さはアンバサ戦士を彷彿させる。

 スローネが両刃剣の切っ先で地面を叩く。雷鳴が轟き、スローネの周囲に雷柱が連発して立ち上がる。時に躱し、時にリフレクト・ブロッキングを利かせた剣で弾いている間に攻撃から脱する。リフレクト・ブロッキングは無敵のガードではない。あくまで発動は接触した瞬間に限り、継続して放出されるタイプは容易に突破してくる。あくまでリフレクト・ブロッキングは『エネルギー弾』を防ぐことを目的としたものである。

 ようやく『名無し』は確信する。回避をサブで織り交ぜながらの『攻性防御』。これこそが自分が会得すべきだった奥義なのだ。明らかに防げないのは回避せねばならないが、それ以外は『攻撃的に防御して懐に潜り込む』のだ。

 スローネの回転斬りを潜り抜けてその横腹を二刀流で深く薙ぐ。灰で汚れた血が舞い、スローネの覇気が増す。先程の炎の刃と違い、奇策無しで純粋な技量のみで我が身を傷つけた『名無し』への評価を改めたのだろう。今度は自発的に距離を取ったかと思えば、左腕を振るって雷球を飛ばす。その数は軽く30を超えた。思わず茫然としたのは一瞬にも満たない刹那であり、この程度で怯んではランスロットに届かないと『名無し』は踏み込む。

 リーファがそうだったように、それは勇気の1歩。飛来する雷球を躱し、命中判定を斬り、あるいは弾く。そして、見事にスローネの懐に入り込み、その横腹を二刀流で薙ぎ払う。深く斬り込まれ、灰で汚れた血を散らしながらスローネは連撃に繋がらないように攻撃から脱するが、ダメージ量は決して悪くなかった。

 

「……ナルホド」

 

 ぞわり、と背筋が凍ったのは勘違いではないだろう。スローネからの視線に『名無し』は一連の雷球に対する攻防で自分が『分析された』と直感する。

 それは何たる奇怪だろうか。本来ならば、強大な敵を相手に分析して突破口を見出そうとするのはプレイヤーの特権だ。それが『ゲーム』における定番だ。だが、これは『命懸けの戦い』であると改めて証明するように、スローネは『名無し』の分析にわざわざ時間を使った。

 再びスローネが雷球を生む。だが、今度は数が少ない代わりに1つ1つが大きい。それを自在にコントロールできると告げるように変則的に動かしたスローネに対し、『名無し』は先程と同じように躱し、あるいは弾こうとするが、今度はその『重さ』に唸る。

 リフレクト・ブロッキングはあくまで『ガード』である。そして、攻撃の直撃時には『衝撃』が存在する。これは実体もエネルギーも同一だ。故にリフレクト・ブロッキングによってエネルギー系を弾くとは衝撃を『受け止める』ということであり、そこには衝撃に対して必要とされるパワーがある。

 雷球の攻撃力を増幅させて衝撃力を高めて一撃の『重量』を増やす。これによって先程の雷球とは違って弾くのに時間を要する。よりSTRを求められる。即ち、スタミナ消費の増加と隙を生むことに繋がる。

 踏み込んだスローネによる薙ぎ払い。『名無し』が回避行動を取った時には1歩及ばず、だが何とか横腹を斬らせるに止める。血が溢れ、ダメージフィードバックが脳を蹂躙するも耐え抜き、悲鳴も漏らさずにスローネと向き直る。

 スローネがエンチャントを解除し、その全身に黄金の雷を纏わせる。それはDEX強化であり、攻撃力の強化を捨ててスピードを選択したスローネは、これまで『名無し』が勝っていた速度と互角になる。

 重装甲冑で防御力は高く、なおかつHPは多く、スピードも十分。まさに死角なし。先程まで何とかして持ち込もうとしていた接近戦をスローネは仕掛け、反撃しようとすれば離脱して発動は素早いながらも一撃重視の雷球を放つ。

 まだだ。まだいけるはずだ! 雷球を躱し、接近した『名無し』の剣がスローネを刻むも、反撃の蹴りがこめかみを掠める。刹那で首を傾げるのが遅れていれば、頭部を粉砕されていたような蹴りはそのまま更なる回し蹴りに派生し、次いで跳んだスローネは空中回転斬りを繰り出す。剛なる一閃を深淵狩りの剣で受け流すも激しく火花が散る。

 スピードを手にしたスローネは手が付けられない。無理に接近しようとすれば雷柱や穢れの火によるカウンターのみならず、格闘戦もある。まさしく隙が無い相手だ。竜を相手にしていたはずなのに、その白兵戦能力はネームドでも逸脱している。

 考える。『名無し』はこの場面を自分が知る強き男たちならばどう切り抜けるだろうか。そこに解決法を見出そうとする。

 ユージーン。彼は高防御力と一撃重視の重量型両手剣、そして更に火力を高める≪剛覇剣≫がある。真っ向からスローネと斬り合うことを選ぶだろう。『名無し』もそれは出来ない事もない。彼の防具は比較的軽装の部類であるが、コートは竜騎兵のソウルを複数使用されており、属性防御は高く、また刺突属性にも強い。インナー装備も特殊効果を排し、徹底的に物理防御力とスタン耐性を高めたシンプルであるが故に強力なモノだ。ユージーンのようなフルメイルではないにしても、スローネと斬り合うことはできる。

 だが、問題となるのは一撃の重さ。≪二刀流≫によって強化されているとはいえ、それは攻撃力だけであり、衝撃やスタン蓄積までアップしているわけではない。スローネは重装甲冑の見た目通り、肉を斬らせる斬り合いにおいても問題はない。二刀流にも匹敵する速度の両刃剣で瞬く間に『名無し』を挽肉に変えるだろう。

 スミス。射撃攻撃中心ゆえにアウトレンジからの攻撃となる。参考にはならない。

 クゥリ。数多の武器とアイテムを使い、相手の攻撃を潜り抜けて斬り刻む。自分とはバトルスタイルが決定的に違うが故にこれもまた参考にはならない。

 そう、誰もこの場面を突破する方法を『名無し』に教えてくれない。彼らは自力でこの状況を打破しようとするだろう。そして、『名無し』もまた自分の頭で編み出さねばならない。

 幸いと言うべきか、スローネは思っていた程に穢れの火を使ってこない。今のところ、使用してくるのは全方位攻撃の爆風くらいである。

 どうする? どうするべきか? そう『名無し』が躊躇した一瞬をスローネは見逃さなかった。その柄と刀身の繋ぎ目で火花が散るのを『名無し』は目にし、同時にマユが日々熱心に研究する変形武器が脳裏に並び、それが反射的に体を屈ませた。

 柄と刀身が分離する。鎖で繋がった刀身は大きくリーチを伸ばし、刹那の差で『名無し』の胴体があった空間を通り過ぎる。これが普通の……いや、歴戦の上位プレイヤーでも、この一閃に対応できる者は稀だっただろう。大半は何が起こったかも分からぬまま死の一撃を浴び、胴体を両断されていただろう。

 生き延びた安堵と恐怖心が押し寄せる。スローネはパワー一辺倒ではない。全ての距離に対応した数多の攻撃を繰り出す技巧派だ。加えて竜を相手にしていた豪快さをそのまま白兵戦能力として備えている。

 よもや不意の一撃を躱されるとは思っていなかったのだろう。スローネが微かに賞賛の吐息を漏らす。『名無し』はまだスタミナ残量はあるはずだと思いながらも、スタミナが危険域のアイコンが点っていないだけで、どれだけの余裕が残されているのか分からなくなる。

 焦りが生まれる。勝ち目が見えずに心が震える。たとえ、ソロでも古獅子ならば、どうにかして勝てるのではないかと思える気持ちがあった。巨鉄のデーモンの時もそうだ。だが、【竜砕き】のスローネにはそのビジョンが浮かばない。

 

 

 

 

『ボスだろうが何だろうが、死ぬなら殺せるだろ』

 

 

 

 

 ふと思い出したのは、アインクラッドでのボス攻略会議。いつものように『戦闘馬鹿』とされて会議に呼ばれていなかったクゥリが『仕事帰り』で会議場にふらりと寄った時に、NPCから得られた情報からどうやってボスを攻略しようかとあれこれ悩んでいた『名無し』達に、夜食を放り投げながら告げた一言だった。

 当時は『名無し』さえも含めて誰もが『戦闘馬鹿だ』と呆れて聞き流したが、あれは真理だった。

 倒せない相手などいない。HPが減る限り、必ずゼロに出来る。死ぬなら殺せる。それが道理だ。

 

(やるべき事はシンプルだ。躱す。防ぐ。斬る。それを繰り返す!)

 

 折れそうになった心を繋ぎ止めてくれた『友人』の言葉に感謝し、『名無し』はスローネに剣を向ける。

 ハートは熱く、だが頭はクールに。死は理不尽で唐突であるが、焦りはその分だけ死を引き寄せる。故に冷静さを失ってはならない。

 スローネが繰り出したのは分裂する雷の槍。だが、これで見るのは3回目だ。その分裂軌道は見えていた。『名無し』は剣を振るい、特定の雷の槍だけを弾く。それが別の雷の槍と衝突し合い、相殺され、ノーダメージで『名無し』は潜り抜ける。

 確かにスローネに死角はない。だが、隙が無いならば作るのは基本だ。それが出来るだけのカードは揃っている。

 剣戟は互角……いや、スローネの方がパワーに勝る。だが、剣速は? それは『名無し』が上だ。スローネの剣はランスロット以上のパワーこそあるが、裏切りの騎士ほどのスピードはない。

 スローネが左手に雷を溜める。黄金の雷は杭を……いや、槌を作り出す。竜の鱗を砕く為の雷の槌は轟音を響かせ、また衝撃波と範囲攻撃を生む。プレイヤーとは比較にならない攻撃力と範囲であるが、モーションは見えていた『名無し』は無事に逃れ、そのまま斬り込む。これに相対するスローネは両刃剣を斬り上げるが、『名無し』は≪片手剣≫のソードスキルであるヴァーチカル・アークで迎撃する。Vを描く斬撃は両刃剣を弾き、スローネをがら空きにさせる。

 穢れの火の爆風が解放される。踏み込みと同時に周囲に発生する爆風は普通ならば吹き飛ばされる。だが、それを読んでいた『名無し』はスキルコネクトで≪片手剣≫の突進系ソードスキル……ユウキが披露したスターライトを発動させていた。彼女の十八番である多段発動可能なソードスキルは、灰色の爆風を体ごと突破し、そのままスローネの喉に突き刺さる。

 

 

『スターライトのコツ? うーん、相手を刺した瞬間に、必ず逃げようってする動きがあるでしょ? そこで追加入力……って感じかな? 面白いみたいに奇麗に決まるよ』

 

 

 ガイアスとの3人旅の中で教えてもらった、SAOには無かったDBOで新追加されたソードスキル。それを自在に使いこなすユウキは、惜しみなく自分に技術を明かしてくれた。それは彼女なりの歩み寄りたいという意思表明だったのだろう。

 最悪に近しい関係から始めり、そして最悪の形で幕を下ろした。謝りたい。たとえ、許されずとも、キミに自分の罪の分だけ謝りたい。

 ユウキとの死闘、最後の瞬間、彼女は躊躇った。『名無し』が今も生きているのはそれに尽きる。彼女がどうして躊躇ったのか、その真実は分からない。だが、それは『殺したくない』という形を取ったのは間違いない。

 許されるならば、今度は『デュエル』をしたい。『殺し合い』ではなく、剣士として……武人として誇り高く勝負をしたい。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 スローネが逃げ出そうとするタイミングを剣の手応えで把握する。追加入力の突きによってライトエフェクトが流星の尾の如く吹き出し、そのまま突き飛ばす。ユウキの教えに則ったスターライトは、その名前の通りのライトエフェクトの美しさを示しながら、スローネを大きく飛ばす。

 スタミナ消費は甚大。穢れの火による最大HP減少もあり。だが、『名無し』に恐怖は無かった。いや、恐怖はあったが、それに屈しない闘志があった。

 

 

 

 

 誰かが言った。恐怖を踏破した時、恐怖は何よりも『力』を与える『強さ』となる。

 

 

 

 

 スローネが放つ雷球。リフレクト・ブロッキングを想定したものだ。『名無し』はこれを弾くべく剣を振るう。スローネは見逃さずに踏み込む一閃であるが、『名無し』は笑う。右手の深淵狩りの剣で雷球を弾く大きな動作の中で、左手のメイデンハーツでリカバリーブロッキングを発動させる。スローネの一閃は完全に見極められており、緑色のライトエフェクトが弾けた。両刃剣が胴を薙ぐより先に大きく弾き上げられ、至近距離で隙を晒したスローネに深淵狩りの剣が左肩に食い込んでいく。

 そのまま心臓部まで振り下ろす! 鎧と肉に阻まれながらも、刃はじわじわと進んでいく。STR出力を高めれば、脳の奥底で歯車が軋むような痛みが生まれる。

 振り抜く! スローネの左肩から侵入した刃は心臓を通って振り抜かれ、出血したスローネがよろめく。そこに即座にメイデンハーツで斬り込み、怒涛の連撃を繰り出す。

 ようやく捕まえた。≪二刀流≫の真骨頂、そのラッシュ力が遺憾なく発揮される。ソードスキルはなくとも、『名無し』の神速の剣によって繰り出された斬撃はスローネを刻む。減っていくHPの中で、スローネは穢れの火の爆発を生むモーションへと繋がる。

 ここだ! 『名無し』は≪格闘≫の単発系EXソードスキル【竜咆撃】を発動する。それはさながら八極拳の鉄山靠のようなモーションであり、強烈な打撃属性かつ≪格闘≫の域を超えた衝撃とスタン蓄積が目玉である。スタミナと魔力を同時消費し、クールタイムの長さと硬直時間から外せば『終わり』であるが、その威力はスローネの全身甲冑に亀裂が入り、そのまま壁に叩きつけられた様子からも余り溢れる威力である。

 生唾を飲んで硬直時間の消化を待ち、土煙の中で壁にもたれたまま動かないスローネを睨む。そして、そのHPバーを完全に削り切ったのを目にする。代償としてスタミナは危険域であるが、スローネはどれだけ耐久が高くとも人型ネームドである。≪二刀流≫のソードスキルを当てれば逆転の目はある。また、『名無し』にはいざとなればスタミナを回復させる奥の手もある。だが、それはスタミナが回復しなくなり、古獅子との戦いに参加できなくなる危険性があるので避けたかった。

 

「……す、凄い」

 

 怒涛の逆転にリーファが震えた声で賞賛するが、『名無し』は一切の油断なく、むしろここからが本番だと危惧していた。

 エンデュミオンと合わせて3本分。そう考えれば、スローネが最後のHPバーに突入した事は、その『本気』が露になるという事だ。ネームド・ボス戦において、最もプレイヤーの死亡率が高いのは……最終HPバーなのだから。

 起き上がったスローネが両刃剣を振るう。そして、その刃に穢れの火が宿る。それは最悪ながらも想定の範囲内。穢れの火の永続エンチャントは予想出来ていた。全身に雷を纏ったままである以上、スピードも強化されたままなのだろう。鎧もまた灰が纏わりつき、更に醜く汚しながらも修復される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、スローネが3人に『ズレ』た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両刃剣を有したスローネ、特大剣を有したスローネ、大弓を有したスローネの3人が並び立つ。その内の特大剣と大弓の装備者は半透明であり、核のように雷球を宿している。

 恐怖が再び溢れ出す。何とかなるとようやく思えたスローネが、目の前には3人いる。その内の1人はアウトレンジからの攻撃を可能とし、もう1人は一撃必殺の特大剣を持っている。3人揃えば、それはまさに灰騎士の集団と同じ装備だった。

 

 

 

『こうなる事くらい想定していたらどうだい? バーカ♪』

 

 

 

 そんな茅場の後継者の嘲笑が聞こえてきたような気がして、こんなものを予想できる方が大概だと『名無し』は歯を食いしばる。

 SAOでもDBOでも多くの危機があった。死を覚悟した時があった。ランスロットの時など絶望以外に何もなかった。

 1人ではランスロットに及ばず。だが、3人ならばどうだろうか? 四騎士と並び立つことも許されただろう猛者が3人同時に襲い掛かるならば?

 聖霊石を砕いてHPを回復させる『名無し』は、震えという形で恐怖が滲み出た……死の予感を消せない自分に言い聞かせる。

 諦めるな。自分が諦めたらリーファが死ぬ。たとえ、相手はスローネ3人であろうとも、必ず勝ちを奪い取ってみせる。『名無し』はスタミナ危険域を示すアイコンが点滅する中で勝利を求めて咆えた。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

『回避には大きく分けて2種類ある。反応と読みだ。前者は言わずと知れる。相手の初動と攻撃軌道を読んでから回避運動に移ること。後者は相手の挙動が生まれるより先に回避運動に入る事だ。理想とすべきなのは両者を使いこなすことだが、反応は鍛錬では伸ばしきれない才能の分野が大きく、読みは経験と直感と分析力が重要だ。シノンくんは優れた才能もあり、死闘で培われた経験は年齢以上に達している。まずはどんな相手でも観察に徹したまえ。そうすれば必ず癖が見つかる。AIだろうと人間だろうと獣だろうと変わらんよ。ランダム性に隠された独特の「呼吸」……攻撃のリズムが必ず存在する。それを読み解きたまえ』

 

 言うは易く行うは難し。スミスのスパルタが一瞬だけ蘇り、シノンは危うく自分を脳天から股にかけて切断する勢いだった灰色の炎の十字槍を躱す。

 古獅子のHPは少しずつだが削れ、いよいよ2本目も底が見えるまで減ってきた。だが、既にシノンのスタミナは危険域であり、凍える程に寒かったはずの空気の中で体は激しい運動で火照り、全身は汗でずぶ濡れになっている。それは死と隣り合わせでさえなければ煽情的に映えるのかもしれないが、この場において彼女に色目を向けられる余裕がある者など1人としていない。

 3つ首の獅子の首、それぞれから巨大な火球が放たれる。着弾すれば爆発するが、スリップダメージが発生するような残り火はない。これが混沌系の呪術に類する、溶岩を生むブレスだったならば、攻撃の度に一定時間のスリップダメージエリアが発生してもおかしくないのであるが、古獅子の炎はそこまで凶悪さを秘めていない。

 対して竜頭の尾は広範囲に拡散とする穢れの火のブレスを備えている。だが、連続で攻撃してくることは稀であり、またブレスも直線的かつ予兆もハッキリとしているので『見逃さない』ならば回避は高難度ではない。

 問題なのはやはり飛行能力だ。古獅子は舞い上がり、落雷を発生させながら宙を舞う。そして、炎の巨人は穢れの火の十字槍に灰色の火球を凝縮させて狙い撃つ。直撃しかけたシノンだが、無理にDEX出力を引き上げて回避に入るよりも先にレコンが覆い被さるように眼前で盾を構える。

 灰色の爆風はシノンを舐めることなく、レコンの大盾によって防ぎきられる。息荒くレコンが両手で持つ大盾を振るえば穢れの火の残滓が散る。そこに急降下してきた古獅子であるが、ヴァンハイトが待っていたとばかりに斧槍で腹を薙ぐカウンターを決める。

 着実に。少しずつだが削る。シノンは残り20本を切った矢に惜しみなく射る。次々と放たれる矢は、動き回る古獅子の中央頭の額に狂いなく吸い込まれた。レコンが砕いた外殻のお陰で弱点が露出し、ダメージも良好である。だが、それでも矢だけでは絶対的に火力が足りない。ソードスキルで底上げするにしても、古獅子の攻撃を動き回って回避し続けたせいでスタミナは急激に減少してしまっている。

 手負いのヴァンハイトは攻撃こそ苛烈になっているが、もはや回避はままならない。レコンもまた連続で攻撃を受ければガードブレイクしてしまう。ならばこそ、シノンには古獅子の攻撃のほぼ全てを請け負う囮に徹するしか無く、その中で微かなチャンスを見つけては攻撃に参加する。

 

「まだ何ですか!? まさか2人とも――」

 

「泣き言を吐いてる暇があるならスタミナ回復に務めなさい!」

 

 弱音を吐くレコンに喝を入れ、自分が回避を擦る分だけ少しでも休んでスタミナを回復をしろと指示する一方で、シノンもまた焦りを膨らませていた。

 灰騎士が出現しなくなってから幾らかの時間が経った。シノンも、まさかDBOにおいて増援ギミックがボタン1つで解除されるとは思っていない。醜悪なトラップが待ち構えているだろうと踏んでいる。だが、それでもUNKNOWNならば突破し、すぐにでも救援に駆けつけてくれるはずだと信じていた。それが叶わないならば、彼とリーファが足止めを食う程の緊急事態が発生したという事だろう。

 だが、こちらは事実上の攻撃役はヴァンハイトのみのようなものであり、彼の斧槍は1発こそ重くとも叩き込めるチャンスが少ない。折角レコンが破壊してくれた額を攻撃することなど稀だ。そして、レコンも古獅子の強大な攻撃をガードし続け、また重装甲冑で走り回った分だけスタミナを消費している。幸いにもガードブレイクはまだ起こしていないが、炎の巨人が巧みに振るう十字槍を3連続でも浴びれば容易にガードは剥がされてしまうだろう。

 一刻も戦闘を進めてHPを削らねば、待っているのはスタミナ切れからの嬲り殺しだ。だからと言って、シノン達が生存しているのはHPバーの2本目……更なる強化が予想される最終段階に突入していないからだとも捉えられる。だからと言って、このまま攻撃の手を緩めれば、いつ戻るかも分からないUNKNOWNが姿を現すより先に3人分の死体が出来上がる。

 3人で古獅子に勝つ。それが最も生存率が高く、最も危険な手段だ。だが、古獅子は今まで出会ったネームドでもトップクラスである。普通のステージボスを超え、イベントダンジョンのボスとして君臨してもおかしくない。アルヴヘイム自体が隠しステージと考慮しても、古獅子の強さは群を抜いている。

 だが、シノンはそれでも体が震える程に実感する。ランスロット程には『怖くない』のだ。それがシノンの心に僅かな余裕を持たせる。

 古獅子が低空飛行し、翼から雷を降らせる。ヴァンハイトとシノンは即座に雷が落ちない古獅子の胴体が通るルートに入り込むが、機動力が無いレコンは遅れて頭上で盾を構えて耐えるしかなかった。

 しかし、物理防御力には秀でた甲冑も雷属性には弱い。また、穢れの火さえも真っ向から防いだ大盾も雷には万全ではないらしく、レコンのHPが大幅に減る。ただでさえ、穢れの火の影響で最大HPが減っていたならば、一撃で彼のHPバーは赤く点滅する1割未満の危険域に到達する。

 弱った獲物を狙わないハンターはいない。古獅子は旋回し、炎の巨人はレコンの背後から十字槍を振るおうとする。だが、レコンは根性で振り返って片膝をつきながら大盾を構えて耐え抜く。

 もはや傍目からはHPが残っているように思えない状態であり、レコンの生存は彼の呼吸だけが示す。レコンを再度狙おうとする古獅子だが、させるものかとシノンは聖水爆弾を放る。光属性の霧を放出する教会製の爆弾は古獅子の顔面で爆ぜる。

 だが、古獅子に光属性の効きは悪い。元は神族に近しい存在なのだろう。それでも再攻撃を止めるだけの役割はあった。レコンは深緑霊水を飲んだ後に白亜草を食す。HPを4割回復させる貴重な草系回復アイテムである。タンクという役割もあり、レコンにはなけなしの回復アイテムが多く融通されていた。

 もはやレコンの中回復は魔力切れで打ち止めだ。あの白亜草も最後だっただろう。シノンは自分もまた穢れの火によって最大HPが2割も削られた状態であることに危機感を抱きながらも、燐光草を頬張る。

 草系アイテムはしっかりと咀嚼しなければ回復効果が発動しない。丸呑みしても意味がない。まるで味わうように奥歯で磨り潰さねばならない。戦闘中にそんな悠長な暇があるはずもなく、バトル中に草系回復アイテムの不発は上位プレイヤーでも珍しいことはない。故にクラウドアース製の飲み薬タイプが主力となるのだが、これらは総じて即効性こそ高いが、内容物を全て飲用せねばならない。そうなると戦闘中に最速で発動できるのは雫石を始めとしたクリスタル系なのだが、これらは即効性もなく、またDEXが目に見えて落ちるなどのデメリットがあったり、他のアイテムと違ってアイテムストレージ消費量が高く、また個数制限があるなどと厳しい場合が多い。

 回復アイテムの残数も底が見えてきた。そんな状態で難敵残るアルヴヘイムを攻略するのは絶望的だろう。だが、今を生き残れないならば明日の心配をする意義はない。尾を振るって周囲を薙ぎ払い、回避するも突風を耐える為に立ち止まったシノンに、古獅子は右前肢を振りかぶる。巨体でありながら俊敏。大きな影に覆われたシノンを抱える形で真横からヴァンハイトから救い出し、彼は紐で結ばれた多連火炎壺を放る。アルヴヘイムでは火力不足著しいが、それでも何もしないよりはマシな程度に爆発は古獅子にダメージを与えただろう。

 逃げるヴァンハイトに抱えられながらシノンは矢を射り、それは追撃をかけようとしていた古獅子の額を貫く。いよいよダメージ蓄積に耐え切れなくなったのか、血飛沫を撒き散らして古獅子が上半身をのけ反らせて暴れる。

 本体が攻撃できないならばと竜頭の尾が蠢くも、回復を終えたレコンが穢れの火のブレスから2人を守る。見た目の派手さに似合わずダメージと衝撃は低い穢れの火のブレスは、最大HP減少効果を除けばレコンでも十分に防げるものだ。だが、それでも幾度となく穢れの火の前に身を晒すのは並外れた精神力がいる。

 あともう少しだ。ヴァンハイトに下ろされたシノンは残りの矢を使い切る勢いで放ち、それは溢れる血がスリップダメージとして機能していた古獅子に駄目押しをする。ついにダウンした古獅子に、効果的なダメージを与えられる雷属性を秘めたヴァンハイトの斧槍が振り下ろされ、その2本目のHPバーは完全に沈黙した。

 

「もう品切れよ。ここからは射撃援護は無しね」

 

「ワシもまずいな。見よ、天下一品の業物がこのあり様じゃ」

 

「スタミナが……もうほとんどないです。アイコンの点滅がヤバい」

 

 シノンは矢が尽き、曲剣モードに変形させる。ヴァンハイトの斧槍には、古獅子の攻撃を度重なったガードで耐え、また巨鉄のデーモンと道中の負荷が重なって亀裂が入り、刃毀れが目立っている。レコンも肩で息をしており、鎧を重そうに鳴らす。

 何とか2本目を削りきることができたのは、レコンが弱点部位の防御力を著しく下げてくれたお手柄と去るまでにUNKNOWNが稼いでくれたダメージのお陰だ。ついに3本目……ネームド戦における最大の死亡率を誇る『本番』が始まる。

 倒れ伏した古獅子を包むように炎の巨人が崩れ、その身は燃え上がる。巨体は見る見るうちに焼け爛れて灰になっていく。煌々とした炎は褪せた穢れの火と混ざり合い、巨大な火柱となって3人を照らす。

 そして、2色の炎より現れたのは、先程の仰ぎ見ても足りぬ程の巨体とは一変して小型になった古獅子の姿だ。

 その体毛は黄金色であり、3つ首のそれぞれに鎮座する目はルビーのような紅。だが、それぞれの頭部に山羊を思わす銀の角を頂いている。翼は体毛と同じ黄金色であるがより煌いており、先程までとは変わって天使の翼を思わす造形に変じていた。竜頭の尾だけは以前の名残を残すように穢れの火を噴いているが、纏う外殻は鋼を通り越した銀色……多くのファンタジーに登場する伝説の銀であるミスリルという単語を自然と想像させる。

 

 

 

 

 

 

<王の下賜の古獅子>

 

 

 

 

 

 

 まるで穢れの火より解き放たれたような古獅子の体格は、先程の巨体とは比べれば小さくなったといっても全長8メートルは存在する、人間からすれば十分に巨大な怪物だ。だが、威圧感よりも神々しさが際立っていた。

 ネームドの名前が……変わった? それはシノンにとって初経験とも言うべき異常だった。これまで多くのネームドの撃破に立ち会ってきた彼女でも、戦闘中にネームドが追加される事はあっても、その名前が変化するのは今まで目撃した事が無かった。

 小型化されたという事はスピードに特化されているかしれないが、その分だけ耐久度が落ちたはずだ。ならば、決定的に火力が足りない自分たちにも勝機がある。シノンは慎重に立ち回るべく、曲剣を構える。そんなシノンを前にして、古獅子は全身に黄金の雷光を溜める。

 

 

 

 そして、瞬きする暇もなく曲剣ごと右腕を『食い千切られた』と理解したのは、その破片が舞う姿を見た時だった。

 

 

 

 遅れて多量の出血が生じ、シノンの思考をダメージフィードバックが塗り潰す。あらゆる選択肢が意味を成さないままに乱立し、急激に減少するHPを目にして反射的に取り出したエリザベスの秘薬を口に放るより先にレコンの頭を義手でつかんで地面に押し付けたのは、彼女に残された限界ギリギリの冷静さの賜物だった。それが茫然としていたレコンの命を救う。彼の胴が背後より引き裂かれるのを防ぐ。

 それは雷風。全身より黄金の雷光を生じさせながら超速で滑空していた古獅子は優雅に着地し、右側の頭で咥えていたシノンの右腕を吐き捨てる。

 

「ぐ……ぐぎぃ……がぁ……こんな……事って……!」

 

 私が反応できなかった!? いくら初見とはいえ、そのスピードは常軌を逸している。プレイヤーの……人間の反応の限界を超越している。息荒く背中から地面に倒れ、右腕の断面に止血包帯を使い、今度こそエリザベスの秘薬を喰らう。

 あともう少し……あと少し逸れていたならば肩口から喰われ、ダメージ量は軽々とシノンのHPを喰らい尽くしていただろう。

 

「シノンさん、しっかりしてください!」

 

 泣き叫ぶレコンに、シノンは涙が浮かぶ目を固く閉じ、奥歯を噛み締める。

 まだだ。こんな所で負けられない。死にたくない! シノンは瞼を開け、レコンの手を払い除けて立ち上がろうとするが、ダメージフィードバックで乱れるバランス感覚がそれを許さずに前のめりになって転倒する。それを引き起こそうとするレコンの手を払い除ける。

 

「自分が……生き残ることだけを……考え、なさい! 自分の事は……自分で……何とかするわ!」

 

 思い出したのは竜の神戦だ。あの時は左腕を奪われ、そして永遠に失った。今度は右腕だが、幸いにも現実世界ではない分だけ……呪いでないならば再生できる。無論、それは生き抜くことが出来たならば、だ。

 そして、その上でシノンは古獅子のミスに笑う。確かに『笑う』ことができた。古獅子が食い千切るべきは義手の左腕だった。耐久面が大きく減少しただろう今の古獅子ならば、義手に仕込んだ切り札で逆転の目はある。

 問題はどうやって撃ち込むか、だ。まずはあのスピードを何とかしなくてはならない。シノンが震える足で立ち上がれば、古獅子は様子を見るように宙を旋回し、3つ首から続々と火球を放つ。1発の威力は落ち込んでいるが、その連射速度は先程までの比ではなく、シノンはレコンに守られる形で炎に焼かれずに済んだ。

 再び着地した古獅子にヴァンハイトが突撃する。だが、古獅子は翼を大きく広げると周囲に黄金の雷を放出し、彼の接近を阻む。同時に周囲に解き放たれる衝撃にヴァンハイトが耐えるべく踏み止まれば、古獅子は全身に黄金の雷光を集めて超速に到達する。

 

「ぬぅん!」

 

 だが、そこは歴戦の猛者。動きを見切る経験が違う。超速の喰らい付きに対し、ヴァンハイトは寸前で躱して斧槍で薙ぎ払わんとする。

 完全に決まったように見られたカウンター。だが、古獅子は無傷だった。

 

「……奪われたか」

 

 ヴァンハイトが無念そうに、柄の半ばから先が『折れた』斧槍を放り捨てる。古獅子の右側の首は折れた斧槍の先を咥えていた。古獅子は最初からヴァンハイトが直線的な動きを見切ってカウンターを差し込むと予測し、武器破壊を狙っていたのだ。

 先程の巨体とは異なる、大胆さの中に慎重さを秘めた動き。3人の戦力を確実に削ぎ落として息の根を止めんとする冷徹なハンターの動きを古獅子は見せている。斧槍を噛み砕いて捨てた古獅子は、次にレコンへと目をつける事は誰もが予測できた。

 ダメージフィードバックの不快感で乱れる思考の中で、シノンは必死に古獅子の最悪の能力を分析する。恐らくは古獅子の牙には耐久度減少効果があるのだろう。そうでもなければ、幾ら損傷していたとはいえ、ヴァンハイトの斧槍を一撃で食い千切れるはずがない。

 そして、超速に到達する条件は全身に雷を溜めることなのだろう。発動の前の予兆は分かっているが、1度使用されれば数秒間は『微かな初動も見逃さない目に連動して回避行動が取れる反応速度』か『最初から軌道を把握しているかのような未来予知に等しい先読み』のどちらが無ければ、一方的に狩られるだけだ。

 そのどちらもシノンには無かった。足りなかった。あるいは古獅子が初見でシノンを狙ったのは、情報を蓄積されてからならば彼女は対応できるようになると危険性を感じたからか。その真意は分からず、また尋ねても古獅子は答えを与えず、首を食い千切るだけだろう。

 竜を喰らった黄金の古獅子は、まずは削るとばかりに竜頭の尾で穢れの火のブレスを撒き散らす。ようやくまともに動けるか否かのラインまで意識が回復したシノンは、今度はレコンに守られることなくブレスの範囲から脱する。だが、雷光を纏った超速でなくともスピードは高速系ネームドにも匹敵する。ブレスの範囲外に出ると同時に古獅子が瞬時に回り込み、穢れの火を纏った銀色の右前肢の爪を振りかぶる。

 まだエリザベスの秘薬によるオートヒーリングの恩恵の最中だ。これを無駄にはしない! シノンは生存本能と闘志の狭間で左腕の爪を起動させながら、義手で灰色の火を点した爪をガードする。だが、幾ら先程に比べれば小型化されたとしてもシノンなど丸呑みにできるだろうサイズの古獅子ならば、そのパワーも重量も桁外れであり、DEX型のシノンで耐えきれる道理はなかった。

 強引に受け流せば火花が散り、義手の表面が……いや、それ以上が抉れる。だが、シノンは関係ないとばかりに奥の手のヒートナイフを射出し、そのまま義手でつかむと古獅子の次なる爪攻撃を掻い潜って腹を裂く。熱せられたブレードは金毛に守られながらも柔らかい腹を開いて血を零させるも、所詮は短剣であり、ダメージは伸びない。

 意識が死の間際で研ぎ澄まされる。古獅子は尾を振るって周囲を薙ぎ払い、咆え声1つで周囲に雷柱を発生させる。だが、シノンは軽やかに落雷の狭間を抜け、敢えて古獅子の正面に立つと無理矢理でも不敵に笑う。

 

「私は……私はまだ戦える!」

 

 観察しろ。シノンは3つ首の中央の頭、その額に着目する。レコンが前段階で割った額は、今でこそ傷口は塞がっているが、まるで瘡蓋のように脆さを感じさせる。最終段階と共に修復されたようだが、それでも完全ではない! 一撃でも手痛い攻撃を押し込めれば破壊できる!

 また、古獅子は前のように全身を鋼の外殻で覆われていない。スピードを得る為の軽量化か、それともこの姿こそが古獅子の真実なのか。防御力の低下は間違いない。

 刺し貫け! シノンが発動させたのは≪短剣≫の単発系ソードスキルのキラービーだ。火力ブーストは高くないが、暗殺ソードスキルとさえも謳われる高いクリティカルボーナスがつくソードスキルは、古獅子の中央の額に吸い込まれ、だが、先端が突き刺さると同時に跳び退かれる。だが、傷口に切れ込みを入れるには十分であり、またオマケのように悪くないダメージを与えることができた。

 耐久力はやはり高くない! むしろ、激減しているというべきだろう。これならば必ず勝ち目はあるとシノンは判断する。

 いける。勝てる! そう思ったシノンが短めの硬直時間を消化する間に、古獅子の銀色の角が輝く。それは奇跡の円陣を形成し、古獅子を山吹色の光が包み込む。

 

「そん……な……冗談、でしょ?」

 

 絶句するシノンの前で、古獅子は誇りを傷つける僅かな負傷も許さぬとばかりに奇跡で回復を行い、HPを全快にさせるだけではなく、額の切れ込みすらも修復する。

 ようやくシノンは古獅子の最終段階のコンセプトを理解した。超スピードによる回避困難の攻撃や圧倒的な連射能力を持つ火球以上に厄介なのは、一瞬で完全回復させるヒーリング能力だ。

 古獅子は1度のチャンスで仕留められるような耐久性能で纏められているだろう。ネームドでも柔らかい部類だ。だが、その1チャンスを逃せば、無限に完全回復させられる。

 たとえ、義手の火炎放射でも仕留められる確率は低い。なぜならば、HPに対して衝撃・スタン耐性は高く、あのスピードだ。多段ヒットの火炎放射がHPを削りきるより先に離脱される確率は高く、追い詰めてもHPが1でも残れば完全回復だ。

 ヒートブレードが展開時間を過ぎ、シノンは再チャージすべく義手に戻そうとするが、先程の破損のせいか、再装着ができない。ここにきて更に戦闘能力がダウンし、シノンは攻め手が欠けていくことを実感する。

 いや、それだけではない。先ほどから義手が肩より上に持ち上げられず、肘も不完全にしか曲げられない。もはやまともに火炎放射を撃ち込むことさえも出来ない程に破損していた。

 勝ち目はないのか。そうシノンの中で諦観が芽生えるより先に、レコンとヴァンハイトが彼女の視界で重なる。

 

「シノンちゃん、この曲剣をワシに貸してくれんか? これでも≪曲剣≫の刻印は持っておる。なーに、奴の底は知れた。今度はこっちの番じゃよ」

 

「まだあの秘密兵器は使えますよね!? シノンさんは何としても生き延びてください! 貴方だけが僕たちの勝利の最後の希望なんです! だから、僕が守ります! それまでは隠れていてください!」

 

 古獅子が超加速で突撃する。レコンは宣言通り、シノンを守るように正面から盾受けする。さすがの古獅子の牙もレコンの大盾を一撃で砕くことはかなわず、半ばタックルに近しかった。凄まじい衝撃に対してレコンは片膝をついて踏ん張って耐え抜く。

 

「貸してあげる。折れるまで、アイツを殺すまで好きなだけ使って頂戴!」

 

 シノンは曲剣を武器枠からオミットしてヴァンハイトに譲渡する。もはや曲剣を振るえぬ自分よりも老兵の手にある方が価値はある。彼は逆手で曲剣を握ると、皺がより一層濃くなる覇気を放つ笑みを浮かべた。

 

「うむ! さすがは【来訪者】の業物! 我が斧槍に負けず劣らずにして、珍妙なるカラクリ仕掛けか! 血沸き肉躍る! 獅子を狩るは戦士の誉れ! 竜喰らいの獅子、相手にとって不足なし! 我が武勇の全てをここに!」

 

「その口上は死にそうだから止めてください! ヴァンハイトさんも大人しく僕の後ろにぃいいいいいいいいい!?」

 

 レコンが雷属性に弱いと把握しているのだろう。古獅子は超速攻撃ではなく、翼から生み出した雷による攻撃へと切り替える。次々と雷球が放たれ、それをガードするレコンのHPが減っていく。

 だが、これならば潜り込めるとヴァンハイトはレコンに集中砲火される雷球を抜けて接近し、曲剣を振るう。だが、悠然と古獅子は飛行して刃から逃れる。

 どうにかして援護はできないものかとシノンはアイテムストレージを探るも、投擲武器にしても義手がまともに動かないのでは使いようがない。シノンは回復量が低いアイテムしか残らぬレコンが必死にそれらを使いながら古獅子の攻撃を耐える中で、ジリジリと主戦場から遠のき、≪隠蔽≫を発動させる。狙撃用で獲得した、完全に動かない状態ならば視界から消えるスキルだ。看破する為には、≪隠蔽≫によって≪気配遮断≫を遥かに超える程の隠密ボーナスを看破せねばならない。

 とはいえ、既に戦闘状態にある以上は恩恵など低く、古獅子に少しでも注意を向けられれば容易く破られる。だが、シノンが≪隠蔽≫を発動させた途端に、レコンは盾で地面を鳴らす。

 

「来いよ、猫ちゃん! ニャンニャンごろごろニャンニャンにゃーん! どうした!? どうした!? 僕を食べてみろ! たっぷりマタタビ持ってるぞー!」

 

 リアル≪挑発≫を行うレコンのお陰か否か、あるいは最初からまだ戦力を削ぎ落していないレコンを狙うつもりだったのか、古獅子は集中的に彼を攻撃する。

 今のシノンに出来る事は考える事だけだ。どうにかして火炎放射を、それも一撃で古獅子を倒せる程に撃ち込まねばならない。 

 その為に必要なことは全て行う。シノンは躊躇なくデーモン化を発動させる。生えた耳はより高感度に音を拾う。たとえ、目は追いつかずとも感度が高まった耳ならば、システム的な補助もあるならば……多少マシでも古獅子の動きを予測できるようになるはずだ。

 流血によるスリップダメージはじわじわと広がっているはずだが、エリザベスの秘薬の名残がまだ効いている。オートヒーリング効果は弱まっているが、さすがはDBOでもトップクラスの回復アイテムだ。まだその恩恵を彼女に与えてくれている。

 必ずあるはずだ。レコンはガードに精一杯で策を思いつくだけの余裕がない。自分が何とかして編み出さねばならないと焦る。

 

(クー……こんな時でも、あなたは諦めないのでしょうね。いつものように、誰にも追いつけないくらいに、どんな敵の喉元にだって喰らい付いてみせるのでしょうね)

 

 だからこそ、誰もが恐ろしいと感じるのだろう。シノンもそうだ。今この瞬間で心折れずに抗うことが出来ているのは、自分よりも弱いと思っていたレコンの勇気、そしてヴァンハイトの老兵としての意地が支えてくれているからだ。

 きっと、白の傭兵ならば、誰もいなくても、仲間が全員死んでも、たった1人になっても……きっと敵を殺しきるだろう。不思議なくらいにそう信じられる。それだけは出会った頃から何1つとして変わらないシノンの気持ちだ。

 だが、ここにクゥリはいない。ヒーローのように登場してくれるUNKNOWNも来ない。ならば、勝利と敗北の天秤をどう傾けるかはシノンの一手にかかっている。

 まず古獅子の攻撃は多種ではあるが単調だ。火球の連続ブレス、竜頭の尾の穢れの火の拡散ブレス、翼から発生する落雷、雷球、全方位雷撃、穢れの火を纏った爪攻撃、そして最も危険な耐久度減少効果がある噛みつきだ。

 やはり問題なのは超速攻撃だ。予兆は分かっても、その後を躱す為には瞬時に軌道を見切った上で反応しなければならない。

 だが、ヴァンハイトは躱す。古獅子の攻撃は直線的で見切り易い。超速攻撃は古獅子の制御も甘いのだろう。翼によってある程度の曲線は描けるようだが、基本は発動から一直線で来る。雷光が溜まった瞬間に正面から逃れれば理論上は直撃することはない。だが、机上の空論を実践するには並外れたセンスが必要になる。ヴァンハイトはそれを経験で穴埋めしている。

 逆にレコンは最初から発動と見たら正面からガードする覚悟を決めている。下手をせずともガードブレイクするはずの……スタミナがギリギリであるはずのレコンは、並外れた精神力でそれを成し遂げ続けている。死の恐怖に打ち勝ち、微塵と揺れぬ守りの盾を掲げ続けている。

 しかし、それも限界に到達する。レコンがついにスタミナ切れに達したように、古獅子のタックルによって大きく吹き飛ばされて盾を手放す。大の字になって動けなくなったレコンはスタミナ切れ特有の、運動アルゴリズムとの連動が乱れたような息苦しさを示すように身を震わせている。

 守らなければ! シノンが戦う手段をほぼ失った身でも、レコンを引き摺ることくらいは出来るはずだと動こうとするが、レコンはそれを先んじたように腕を伸ばして制する。

 

 

「へ、へへ……間抜け。引っ掛かり、ましたよ、ヴァンハイトさん!」

 

 

 レコンが握るのは奇跡の発動の触媒のタリスマン。レコンに跳びかかった古獅子の動きが急激に落ちた理由は、奇跡の緩やかな平和の歩み。効果範囲内の敵味方……自他の境なくDEXを低下させる諸刃のデバフ系奇跡だ。効果範囲も狭ければ、効果時間も短く、まずネームド戦で使用できるものではない。

 だが、レコンは最初からこれを狙っていたのだ。緩やかな平和の歩みで確実に捕らえる瞬間。自分が踏みつぶされる間際。それは死の恐怖を完全に乗り越えたからこその芸当。レコンは古獅子に踏み潰されそうになる中で、巨体故に効果範囲外にある古獅子の背後から接近したヴァンハイトの名を呼ぶ。

 どうして私じゃないの!? シノンは今こそ千載一遇、火炎放射を叩き込むチャンスのはずだったとレコンの意図を読めなかった。確かに火炎放射には事前チャージが必要だ。だが、レコンが自分のスタミナ残量を把握してこのチャンスを作ったならば、何らかのサインを準備してくれていれば、攻撃は当てられた。

 だが、足りない。古獅子は確かに動きこそ鈍っているが、元のスピードが高い為に緩やかな平和の歩みの効果は大きくとも、依然として素早い部類だ。また、範囲外にある竜頭の尾は効果外らしく、ヴァンハイトに穢れの火を放つ。

 攻撃できない。これでも足りない! シノンは無力さで拳を握る。確実に押し込む為の策を編み出さねばならないのに、それがまるで思いつかない。

 穢れの火のブレスで足止めを喰らう……かに思えたヴァンハイトは高々と跳ぶ。ブレスを跳び越えて古獅子の背中に飛び乗り、その翼の付け根に曲剣を振るう。その鋭い一閃が金毛を散らせ、多量の血が噴き出す。

 

「翼……獲った!」

 

 血染めになりながら、右翼を失った古獅子にふるい落とされたヴァンハイトは着地する。また、スタミナ切れになったはずのレコンも『起き上がる』。それに古獅子の反応が遅れたかと思った瞬間には、彼はタリスマンを持つ左拳を握りしめていた。

 

「リーファちゃん直伝……フォースの拳ぃいいいいいいいいいいいい!」

 

 スタミナ切れはフェイク! 古獅子を欺くための演技だったのだ。古獅子の中央の額に、レコンの最後のスタミナと魔力を注ぎ込んだだろう、奇跡のフォースの拳が炸裂する。割れた額から血が舞い、ダメージが加速する!

 スタミナ切れで前のめりに倒れたレコンは今度こそ動かなかった。叫び散らす古獅子は回復すべく離脱しようとするが、ヴァンハイトはそれを追いかける。回復を阻害すべく攻撃の手を緩めない。だが、老兵もスタミナは限界のはずだ。もはや長く動けないだろう。

 

「シノンちゃん、レコンを思い出せ! 狙いどころは『そこ』しかあるまい!」

 

 レコンを……思い出す? 古獅子の苛烈な攻撃を紙一重で躱し続けるヴァンハイトに、シノンはようやく火炎放射を撃ち込み、確実に古獅子を撃破する手段を思いつく。

 

「ワシが勝率を上げる! 良いな?! 何があっても……『何があっても』だ! 成し遂げろ! それが『ワシの勝利』だ!」

 

 鬼気迫る表情で、ヴァンハイトが何をしようとしているのかに気づき、シノンの頬に涙が流れた。

 

 死ぬ死ぬ詐欺のおじいちゃんのくせに。

 

 絶対に長生きすると思ったのに。

 

 みんなで生き残ると誓ったのに。

 

「……絶対に、決めるわ!」

 

 シノンは義手のチャージを開始する。これだけは絶対に外すわけにはいかない。何を捨てようとも……必ず当てる。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 多くの弟子を育てた。

 その何人が生きているかも知れず、また何人が幸福の未来を歩めたかも分からない。

 結局のところ、ヴァンハイトは戦に生きた男であり、戦の中でしか価値を見出せず、戦の果てにしか死ねないと理解していた。

 それは彼にとって誇りであり、誉れであり、誓いだった。

 導き切れなかった若者たち。彼らに戦場を生き抜く以外の何かを教えることができたのではないだろうか? それは確かな後悔だった。

 

『だから、生き残ろう。生き残るために……戦おう』

 

 仮面の剣士に、天剣にして剣聖の才を見た。自分やガイアスでは届かなかった、武の頂の果てにあるだろう光景を目にすることができるはずだと、老いた心に活力をもたらした。

 だが、武人として生きるには優し過ぎる。捨てられ無さすぎる。生き足掻きすぎる。死を対価にしてでも、自らの武を証明する機会を求める。届かぬと知りながらも難敵に、強敵に、恐怖そのものというべき怪物に挑むことを望む。それが武人だ。その果てに死が待つとしても、それは誉れある終わりであり、無念とは自らの鍛錬不足以外に他ならない。

 それで良い。老兵は笑う。死を恐れ、生を渇望し、それでもなお武の高みを見らんとする傲慢さ。それもまた1つの道だろう。そうしなければ、たどり着けない頂もあるだろう。

 

「ヴァンハイトさん……駄目だよ……そんなの……駄目……だよぉ! みんなで、生き残ろうって……!」

 

 もはや動けぬレコンの涙で濡れた叫びが聞こえる。だが、ヴァンハイトは静かに首を横に振る。迫る雷が身を焦がしそうになるも、今この瞬間の為に自らの武は培われたのだと言わんばかりに躱しきる。

 レコンも作戦は理解していた。シノンが最後の一撃を決める為に何が必要なのか分かっていた。だが、何処まで『代償』を支払わねばならないかまでは頭が回っていなかった。

 いや、きっと考えないようにしていたのだろう。彼もまた優し過ぎるのだ。それ故に道を間違える事もあるだろう。

 

「違うぞ、レコンくん! 老人にとって『勝利』とは『若者を生かす』ことじゃ! 若者が身を投げ捨てねばならぬ時、代わりを務めることこそが老いぼれの誉れ! ましてや、相手は竜喰らいの獅子! 我が身でもお釣りがくるわい!」

 

「嫌だ……嫌だよぉ!」

 

 レコンの叫び。そして隠れるようにシノンの嗚咽が聞こえたような気がして、ヴァンハイトは嬉しくて頬を綻ばせる。

 最初はただ生き抜きたいだけだった。その為に戦場で殺し続けた。

 いつしか武を求めた。戦いに意義を求め、多くの先人がそうであったように、武の頂の果てにあるものを欲した。

 道半ばであると知り、もはや老いた身では極められぬと諦め、故に若き剣聖の才に心躍った。

 離れないヴァンハイトに痺れを切らし、古獅子が全包囲に放つ雷撃を繰り出す。これならばヴァンハイトを確実に引き離せると狙ったのだろうが、これこそが老兵の狙いだった。

 躊躇はない。恐怖はあるが、それを超える闘志がある。ヴァンハイトは全身を雷に焦がされる中で、自分の生命は確実に消し飛ぶだろうと直感していた。

 1秒で良い。この1歩の為に! 死が迫る中でヴァンハイトは曲剣の柄を両手で握り、まるで古の……かつて何処かに存在した騎士の剣技のように、全身を使った縦回転斬りを繰り出す。それは古獅子の左翼を斬り飛ばす。

 古獅子の絶叫の中で着地したヴァンハイトは、満足そうに焼き焦げた体を傾かせる。同時に曲剣は半ばから折れ、手元から零れ落ちた。

 

「我が生涯……」

 

 悔いはないとは言わない。だが……だが……それでも……若芽は残せたはずだ。

 

 意識が闇に消える。

 

 これが死。

 

 これが人生という名の旅の終わり。

 

 なるほど。存外、穏やかで、静かで、心安らぐものだ。 

 

「……悪いものでは、無かったぞ」

 

 後は任せたぞ、シノンちゃん。大丈夫。ワシが知る中でも1番腕が立つ女じゃ。必ず成し遂げられる。

 

 二刀流よ、ワシやガイアスでは届かなかった武の頂に……どうか、頼む。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 舐めていたわけではない。だが、命燃え尽きる寸前の老兵ほどに恐ろしいものはないと肝に銘じるべきだった。古獅子は両翼を失い、血だらけとなった姿で咆える。

 アルトリウス様の剣技を、あの老いぼれは……生と死の境界で自らの内より編み出したというのか!? 古獅子は驚愕を禁じえなかった。ただの人間にそんな真似ができるはずがない。アルトリウス様の剣技と同質の……怪物殺しの『力』を練れるはずがない!

 治癒が必要だ。さすがに翼を修復するとなれば時間はかかるが、負った傷は全て回復の範囲内だ。問題はない。古獅子は倒れた甲冑騎士にトドメを刺すより先に回復すべく距離を取ることを選ぶ。

 しかし、突如として視界の内に右腕を奪った女戦士が出現する。まだ距離は幾らかあるが、猫のような耳と目を備えた異貌へと変化している。その目は充血し、また頬にははっきりと涙が流れていた。だが、それは紛う事無き戦士の眼だ。古獅子が良く知る誇り高き戦士たちの眼だった。

 

「先に言っておくわ。回復なんかさせない。それに時間がかかるのは承知の上よ。足を止めた瞬間に……ぶち込むわ」

 

 破損した金属の左腕。今にも暴発しそうな程に輝く光を放っている。それは混沌の火……溶岩のような危うい光だ。どのような攻撃かは分からないが、古獅子は手負いの自分が耐えられないと判断した。

 どうするべきか? 古獅子は一瞬だけ悩む。ここは無理してでも回復を行うべきか? それとも、女戦士を狩るべきか?

 後者だ。女戦士の言葉が何処まで信用なるかは分からない。だが、あの金属の腕には自分を葬るだけの『力』がある。ならば、手負いであろうとも、あの金属の腕を潰すのが最優先だ。

 蘇るのは主との別れの言葉。旅立ちの黄昏だった。

 

『アルトリウスは深淵狩りを命じられ、その身を犠牲にして火の時代を守っている。ならばこそ、同じく火の時代を揺るがすイザリスの罪、穢れの火を封じるのは四騎士の長たる私の役目だった。だが、陛下に直訴してまでスローネは私の使命を背負った。やれやれ、忠義が過ぎるのも問題だな。主の誉れを奪うとは、恥知らずな臣下だな。まったく、奴には火継の果て……未来がどうなるのかを見届けて欲しかったのだがな』

 

 負けられない。負けるわけにはいかない。古獅子は血を吐きながら3つ首で牙を剥く。

 

『いずれ陛下も火継に向かわれる。火は薪を得て燃え盛るが、それも永遠ではない。いずれは陰る。アルトリウスもまた、遠くない日に深淵に呑まれるだろう。キアランはアルトリウスと陛下無きアノールロンドには残るまい。ゴーも巨人だからと蔑み嫉妬する恥知らず達のせいでウーラシールでの隠居に追い込まれた。私も新たに、いずれ棄てられるアノールロンドで人間の英雄を試す使命が与えられた。それが四騎士の長としての務めというわけだ。あの蛇の進言と思うと虫唾が走るのだが、陛下の命ならば喜んでこの身を捧げよう』

 

 負けられない! 負けるわけにはいかない! 全身に雷光を纏い、必殺の一撃……女戦士では反応しきれない攻撃で仕留めるべく力を練り上げる。

 

『エンデュミオンを筆頭に、私が選抜した精鋭部隊も共に向かわせるが、彼らでも不足があるかもしれん。貴様も同行してスローネを守れ。奴の使命が成し遂げられる日まで、封印を守り続けよ。良いな? 我が友にして誇りよ。私に代わり、穢れの火を……スローネを守れ。そして、いつの日か……奴と共に火が継がれた未来を見届けよ。これは命令だぞ、×××』

 

 負けられないのだ! 古獅子は自分を模した甲冑を纏った黄金騎士を……古竜を狩る者でありながら【竜狩り】という絶対なる2つ名を頂く主より受けた使命を猛らせ、主を真似て雷の力を使った加速に入る。

 たとえ、穢れの火に燃やされ、この身が異形になろうとも、主の命を全うし続けた。あともう少しなのだ。あと少しで穢れの火は潰えるのだ! その為にスローネ様は封印し続けているのだ!

 あの女戦士と甲冑騎士を葬ったらスローネ様を援護に向かわねばならない! あの黒衣の剣士は危険だ! スローネ様が後れを取るとは思えないが、万が一もあり得る! 主より託された封印とスローネ様の守護! 負けるわけにはいかない!

 超速からの突進の噛みつき。女戦士に真正面から襲い掛かる『しかなかった』。あの老兵によって翼を奪われ、雷を用いた超速移動の制御が利かない。

 外れる。女戦士は瞼を閉ざし、その猫の耳に全神経を集中させたようにしてサイドステップで躱す。だが、それは不完全であり、古獅子の前肢が命中し、彼女の左足はあらぬ方向に曲がる。

 立っていられなかった女戦士が膝をつく。だが、その口元は不敵に笑っている。知っている! これは何か策がある笑みだ! ここで退いてはならない! 恐れて退いては主の誇りを汚すことになる! それだけは許されない!

 あの金属の腕を一撃で食い千切る! 古獅子は再度の超速攻撃で突進する。女戦士は反応できない。できるはずがない。その大口を開き、苦し紛れに突き出された女戦士の左腕に思考を担う中央の頭で喰らい付く。

 途端に口内に熱が溢れた。それは義手の熱だろうと思ったが、違う。今まさに内包された熱が放出される感覚だった。

 まさか!? 古獅子が大きく目を見開く。女戦士は依然として笑っている。涙で汚れた顔で、それでも『勝利』を確信して、だが心が『痛み』に耐え切れなくて泣き叫んでいる。

 

 

 

 

 

「私達の……勝ちよ!」

 

 

 

 

 

 最初から自分自身を囮にして、攻撃を左腕で誘導して、わざと『喰らい付かせた』のだ。それに気づいた時には遅く、古獅子の頭部は放出される炎で膨張し、それは肉体の奥底まで届き、全身は今まさに破裂する勢いで煌々と炎で輝く。

 老兵と甲冑騎士は翼を奪う為に。女戦士は直線行動しかできなくなったところを狙って、正面から左腕に喰らい付かせるために。それぞれが決死で繋いだのだ。

 見事。そうとしか言いようがない敗北感に古獅子は満たされる。

 

 

 申し訳ありません、主。託された使命を全うできませんでした。

 

 

 古獅子が爆炎で内側から破裂する間際で、せめて一矢に報いると義手の肘から先を食い千切り、そして炎の中で散った。

 

 

 

▽    ▽    ▽

 大弓のスローネが灰色の炎を束ねて大矢に変じさせ、鋼の如き弦を引いて射る。飛来する穢れの火の大矢をギリギリで躱すも、命中した背後で灰色の大爆発が起きる。高い破壊力と貫通性能だけではない。命中箇所で爆発を引き起こす能力を持っている。

 だが、連射は利かないはずだ! まずは分身から倒すと動き出した『名無し』に特大剣のスローネが立ちふさがる。穢れの火を纏わせた特大剣が振り下ろされ、左手のメイデンハーツで受け流そうとするも、その剣圧の重さに『名無し』は歯を食いしばる。

 激流のように火花が散り、特大剣の分厚い刃を受け流すことに成功する。だが、剣先が地面にめり込むより先にV字を描くように特大剣を振り上げる。危うく深淵狩りの剣を弾き飛ばされそうになるのを堪えるも衝撃で身が揺らぎ、そこに間髪入れずに派生した回転斬りが迫る。

 回避が間に合わずにガードすれば踏ん張ることも許されずに吹き飛ばされる。それはある種の幸運であり、ガードブレイク状態だった彼は壁に叩きつけられ、仮面の内が口から溢れた血で濡れたことを意識しながらも膝をつく。

 だが、攻撃はまだ終わらない。本体である両刃剣のスローネが急接近し、穢れの火をエンチャントさせた連撃を繰り出す。集中力を何とか引き戻して『名無し』は剣戟に応じるが、じわじわと炙る穢れの火はヤスリで削るように最大HPを奪う。

 このままでは削り殺される。全力で剣を振るってスローネを押し返そうとするが、見切っていたとばかりにタイミングを計られて跳び退かれ、空振りした『名無し』に穢れの火の大矢が胸の中心を射抜く勢いで飛来する。

 

「お、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 自然と漏れた雄叫びで穢れの火の大矢を深淵狩りの剣で弾く。リフレクト・ブロッキングが生む淡い虹色のライトエフェクトの火花の大きさは、穢れの火の攻撃の重さだ。STRが僅かでも足りなければ弾き切れずに串刺しにされていただろう。

 スローネの怒涛の連携は終わらない。特大剣を振りかぶっていた分身スローネは、その刀身に灰色の炎を凝縮させ、振り下ろすと同時に解放する。巨大な穢れの火の奔流が放出され、回避もままならない『名無し』に死のイメージが駆け抜ける。

 電流が脳髄を焼くような頭痛が走った瞬間、『名無し』のアバターにノイズが走り、その体がノーモーションで高速移動する。それはユウキ戦で発露した『人の持つ意思の力』。アレ以降はどれだけ試しても使えなかった『力』が沸き上がり、必死の一撃の回避に成功する。

 

(使え……た? でも、これは……)

 

 こんなものは反則技だ。こんなものに頼っていては、いつか必ず同じ間違えを犯す。『力』に溺れて『鬼』になる。後ろめたさと恐怖心が『名無し』の脳髄で開きかけていた扉に再び錠前を取り付けようとする。

 だが、再び鍵をかけようとする弱々しい手を止めたのは、いつだって苦境の時に隣にいてくれた白い焔火だった。

 

 

『使えるモノなら使えば良いじゃねーか。ゲームだ何だと言っても、結局は殺し合い。だったら、勝つために死力を尽くせ。ルールを守って楽しく遊ぶのは「帰ってから」で良いじゃねーか』

 

 

 ああ、キミならきっとそう言うのだろう。俺の罪悪感を鼻で笑ってしまうのだろう。『名無し』はクゥリならばそう言うはずだと躊躇いを捨てる。

 そうだ。その通りだ。使えるモノは何でも使え。たとえ、思い出の中から想像しただけの、自分にとって都合の良い言い訳に過ぎないとしても、彼ならば全く同じことを言うはずだと『名無し』は信じられた。

 今再び『力』を求めろ。だが、『力』に溺れることなかれ。情念に焼き焦がれて狂うのが『鬼』であるならば、『力』の手綱を引くのは心なのだから。

 

(見極めろ! 分身の動きはスローネ本人とは違って単調だ! 俺が良く知る……『ただのAI』の動きだ!)

 

 パターンを分析しろ。回避とガードに専念し、スローネ本体との連携を解析しろ。リーファに攻撃が当たらないように場所取りをしながら、『名無し』は最大HPがいよいよ4割も失われた状態で、スタミナが危険域のアイコンが点滅する中で、大弓と特大剣を持つ分身スローネを観察する。

 死との紙一重の中で闘争心と生存本能が燃え盛る。

 死にたくない。生きたい。死にたくない! 生きたい! ただその思いが繰り返す中で、自分は何もできないと唇を噛んで泣いているリーファの姿が目に映る。

 

(泣かないでくれ。キミがいなければ俺は死んでいた。俺が今戦えているのはキミのお陰なんだ。だから……だから、絶対に守る! キミを死なせたりしない!)

 

 キミがいなければ、俺は約束の塔でクラインに殺されていた。キミが擁護してくれたから、俺は罪と向き合うチャンスが与えられた。スローネの不意打ちから守ってくれた事だけではない。『名無し』の心が救われて再び立ち上がる事が出来たのは、リーファが守ってくれたからだ。

 解析完了。針の先端よりも鋭く研ぎ澄まされた集中力は、1つとして見逃すことなく2体の分身スローネのAIロジックの分析を完了する。攻撃パターン、ディレイの幅、スローネ本体とのフォーメーション。その全てが網羅されて血肉のついた情報となって『名無し』の動きに反映される。

 伊達にアインクラッドで長年に亘ってソロで生き抜いてきたわけではない。『名無し』は特大剣の突きを今度は華麗に受け流し、その胴を薙ぎ払う。この手の分身体は一定のダメージを与えれば消失させる事が出来るのはお約束だ。そして、再発動はチャンスタイムとなり、ソードスキルを命中させるまたとない好機となる。

 本体スローネが背後に回る。突きと同時に放たれる穢れの火は、まるでドラゴンのブレスのようだった。だが、これをゼロモーション・シフトで躱し、そのまま本体スローネに斬り込む。確かに入ったダメージだが、怯まぬ本体スローネは雷の槌を発動させて足下に打ち込んだ。轟音と雷光で空間が満たされるも、ゼロモーション・シフトで脱した『名無し』は難なく切り抜ける。

 だが、強烈な頭痛と嘔吐感が押し寄せ、『名無し』のバランスが崩れた。『人の持つ意思の力』には反動がある。確かな疲労が蓄積し、それは頭痛や眩暈となって警鐘を鳴らす。

 クラインとの戦いで実感したはずだ。石油が無尽蔵に湧き出さないように、これもまた自分の体力を削って発露しているのだと自覚しなければならない。『名無し』はまず遠距離攻撃担当を潰すと大弓のスローネへと接近する。それを守るように特大剣のスローネが進路を塞ぐ。

 3連突きからの踏み込みからの薙ぎ払い。最後の一閃はディレイがかかるので回避は1テンポ遅らせろ! 俺ならギリギリまで待っても躱せるはずだ! 目玉が焼き切れるのではないかと思うほどに視界に集中し、特大剣のスローネの大きな横薙ぎを初動が生まれるまで回避を堪え、振り始められたと同時に懐に入って斬り裂きながら脇の下を抜ける。既に射撃体勢に入っていた大弓のスローネが矢を射るが、既に射線を見切っていた『名無し』は最小の動きで避けることに成功する。

 本体スローネが背後から迫る。『名無し』は≪二刀流≫の回転系ソードスキル【リリース・ホイール】を発動させ、素早い2回転斬りからの左右どちらかへの跳躍で離脱可能なソードスキルで正面の分身と背後の本体を同時に攻撃すると同時に挟み込まれる危機から逃れる。

 だが、スタミナも同時に尽きる。『名無し』は迷わずに全魔力を消費する≪集気法≫の特殊ソードスキル【練生剄】を発動される。1度使用すれば、スタミナはしばらく回復しなくなるが、スタミナを完全回復させることができる。発動条件は魔力が5割以上ある事であり、インターバルが長く、1度使えば12時間は再使用ができない起死回生のソードスキルだ。

 大きく跳び上がり、特大剣を振り下ろしながら落下する分身スローネが巻き起こした穢れの火によって背中が焼かれる。聖霊石を使ってHPを回復させるが、最大HP減少効果までは回復できない。たとえスタミナは回復しても、最大HPが減らされ過ぎてダメージ覚悟で跳び込むことができなくなっていた。

 本体スローネが接近する『名無し』に対してその場で大きく踏み込む。穢れの火の爆発かと思えば、今度は強烈な雷撃が地面を走る。新たな攻撃手段に回避が遅れ、全身が焦がされ痺れるような独特の雷属性のダメージフィードバックに唸りながら、『名無し』は思いの外に低いダメージに訝しむ。

 ダメージ狙いではない。スローネの狙いは雷属性のデバフの感電だ。発生すればスタン耐性が大幅に減少し、幾ら『名無し』でもスタン耐性はゼロに等しくなる。そうなれば、一撃が重いスローネの攻撃を受ければスタン状態に持ち込まれ、成す術もなく殺されるだろう。

 高火力、手数の多さ、分身、穢れの火と雷による弱体狙い。ランスロットとは異なる多彩さを披露するスローネの底は見えない。その証拠に、本体スローネに与えられているダメージは微々たるものだった。

 求めろ。もっと『力』を! もっと『力』を! もっと『力』を! 心の中で『名無し』は叫び続ける。『力』に溺れるな。それは驕りを生み、破滅をもたらす。だが、『力』が無ければ何もできない。何も守れない。何も成し遂げられない。

 だからこそ必要なのは心の楔。拠り所。信念。矜持。それらが『力』を渇望する『鬼』にならんとする心を聖域の如く守護する結界となる。

 

(パターンが変わった!?)

 

 特大剣のスローネと本体スローネの連携に変化が生じる。穢れの火を燃え上がらせてリーチを伸ばした特大剣を振り回し、また本体スローネは片方の刃だけを穢れの火から雷属性エンチャントに切り替える。穢れの火では足りぬ火力を雷で補い、なおかつ眩い雷光と広がる灰色の炎で同時に攪乱する。

 大弓のスローネも大矢を放てば、それらは小さな穢れの火の矢に拡散する。ここにきて、新たな攻撃方法が追加されるのは茅場の後継者の悪意。パターン解析を逆手に取り、慣れたと見計らったところで分身スローネに新攻撃を解放する初見殺しだ。

 ゼロモーション・シフトを発動しようとするが、激しい眩暈によって上手く発動しない。ならばどうするか? 迷わずに『名無し』はデーモン化を発動させる。竜の咆哮と共に閃光が全身から放出され、それは衝撃波を伴って一撃の威力が落ちた穢れの火の矢を弾く。

 シノンのように簡単にデーモン化をオン・オフできるタイプもあれば、発動に時間がかかるタイプも存在する。『名無し』の場合は後者であり、通常では発動に1分以上の時間を要する。だが、『名無し』はデーモン化には裏ステータスでテンションゲージが存在し、それは戦闘時間、被・与ダメージ量、スタミナ消費量などによって上昇し、これが溜まれば溜まるほどにデーモン化は容易になると解析していた。

 コートは一体化して淡い金光を帯びた竜鱗が並び、籠手やブーツ、コートの内の胸当ては竜殻に覆われる。

 だが、以前と違うのは、その双眸は災厄として名の知れた黒竜のような橙色の瞳を頂く竜眼であり、また背中から大小2対の竜翼が生えていた。竜頭を模した竜殻より生まれる兜はなく、だが首まで覆っていた竜鱗は頬まで広がる。

 それは罪の象徴なのか。ユウキ戦で急激に変じた姿の名残を持つデーモン化に、『名無し』は過去を変えることなどできないと後ろ暗い気持ちを覚える。同時にデーモン状態の変化は、人間は歩みの分だけ変わることが出来るという証拠のようにも思えた。

 戦える。まだ俺は戦える! 強くなれる! 剣を交差して構えを新たにする『名無し』に対してスローネはまるで呆けたように身を震わせた。

 

「カラミット……チガウ。ギーラ?」

 

 それは確かな情熱の呟き。本体スローネは歓喜するように両刃剣を頭上で回転させる。

 その異名は【竜砕き】。グウィン王と共に古竜との戦争に参加し、数多の武勲を挙げた証だ。猛るなという方が無理な話だろう。

 また、竜は雷に弱い。故に攻撃力・防御力含めて上昇する『名無し』の竜人型であるが、雷属性だけは弱点として防御力が低下する。言うなれば、スローネに対して急所を晒すようなものであり、攻撃力と機動力を優先した捨て身でもあった。

 特大剣のスローネが刃より溢れる穢れの火を放つ。威力よりも広範囲による確実な削りを狙った攻撃である。だが、『名無し』は自分を守るように大小2対の竜翼で我が身を囲う。翼より剥離した竜鱗は、淡い金を帯びた黒光を散らす粒子となる。

 穢れの火と衝突した竜鱗の繭は『名無し』まで攻撃を届かせない。貫通性能が低いならば、ほぼ完璧にシャットダウンできる。これならば穢れの火の最大HP減少効果を最大限に抑制することができる。『名無し』は竜翼を羽ばたかせて加速する。飛行はできないが、跳躍からの滑空、姿勢制御、加速、防御のいずれにも適応できる。ただし、制御は随意運動であり、その分だけ負荷は増すが、高いVR適性を持つ『名無し』には戦闘中でも問題ない。

 特大剣持ちと交差し、刃を交えたのは一瞬。神速の連撃は特大剣の分身体を刻んで霧散させる。穢れの火を宿した特大剣だけがその場に突き刺さる。

 まずは1体! 最も厄介だった一撃必殺を持つ特大剣のスローネを撃破し、気が緩みそうになるが、分裂する雷の槍と拡散する穢れの火の矢を、本体スローネと分身スローネが同時に放つ。回避は選択肢になく、竜鱗の繭を使うが、雷属性には弱いらしく、また貫通性能が高い穢れの火の矢もまた守り切れない。幾らか抜けて竜翼に命中し、そのまま『名無し』は後ろへと押し込まれていく。

 このまま壁際まで追い込んで物量攻撃で圧殺するつもりか! 止まることがない分裂する雷の槍と拡散する穢れの矢に、『名無し』はならばと竜翼に守られながらメイデンハーツに切り札を装填する。それは教会がまだ試売しかしていない結晶ヤスリだ。魔力ヤスリよりも効果時間は短いが、エンチャントによる攻撃力アップは高いという、ヤスリの尖った性能を更に鋭くさせたものだ。

 だが、ヤスリをエネルギー源にするメイデンハーツで使えば、一振りでその斬撃の線を撫でるように結晶が生まれ、そこから結晶槍が飛来する。魔法使いプレイヤーが使う高火力のソウルの結晶槍に比べれば火力は低いが、高い貫通性能は穢れの火の矢にも負けず、大弓のスローネに命中し、その胸に大穴を穿つ。

 これで残るヤスリは黄金ヤスリだけだ。だが、スローネは明らかに雷属性に強いだろう。重量増加と引き換えに攻撃力と耐久性能を引き上げる黒騎士モード以外に選択肢はなく、『名無し』は駄目押しとばかりに、最後の分裂する人工炎精を使用する。両肩に浮かぶように現れたサッカーボールほどの光の玉は、『名無し』が持つ≪投擲≫スキルのロックオンに従い、本体スローネと大弓スローネに飛来して分裂する。高い追尾性能を持つそれらが起こす爆発の中で、ついに大弓の分身スローネが消滅する。

 だが、本体スローネは健在だった。特大剣級の両刃剣を振るい、エンチャントさせている穢れの火と黄金の雷で命中前に起爆させ、ダメージを最小限に抑えていた。

 竜人のデーモン化によってオートヒーリング能力も付与され、治癒剄とバトルヒーリングの多重効果によって『名無し』のHPはアイテムを使わずとも回復されていくが、穢れの火によって削られた最大HPまでは戻せない。既に彼の最大HPは半分を切っており、スローネの両刃剣の連撃を耐え抜くには不足が生じていた。だが、デーモン化で防御力がアップした今ならばとも思うが、『名無し』は賭けに出てソードスキルの勝負をかけるにはスローネの底が未だ見えずに躊躇があった。

 再び分身を生むならば大きな隙があるはずだ。まずはそこを狙う。気構えた『名無し』に対して、スローネは両刃剣を構えたまま、大きな深呼吸をした。するとバトルフィールドに拡散していた分身体の雷光が吸い込まれていく。

 分身の再生産ではなく自己強化! 更にスピードが増し、デーモン化した『名無し』と再び互角の域に達する。パワーも更に引き上げられただけではなく、エンチャントしている穢れの火と黄金の雷も放出量が増加して威力とリーチが上昇している。

 並列するように駆け、激しい剣戟は火花と炎と雷光を空気に散りばめる。『名無し』の二刀流に追いつくスローネの両刃剣、スローネの巧みな攻撃を超えんとして戦いの中で奥深さを増していく『名無し』の剣技。それはいっそ剣舞のようであり、だが熾烈にして苛烈な剣士達の戦いだった。

 穢れの火を大放出する突き。必殺の一閃を繰り出したスローネに、『名無し』は死を悟り、恐怖を覚え、だが乗り越える。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 雄叫びと共に脳が焼き切れる程にSTR出力を引き上げる。深淵狩りの剣で受け流しきれずにメイデンハーツで更に弾き上げ、だが右肩を焦がされる。直撃を逸らしたが精一杯であり、更に最大HPは削れるが、スローネの必殺を躱したことでソードスキルを撃ち込むチャンスを得る。

 繰り出すのは≪二刀流≫の連撃系ソードスキル【ジャッジメント・アーク】。まるで翼を広げた天使のように左右に伸ばした腕から繰り出されるバツ印を描く強烈な斬撃から始まる刺突無しの12連撃。その魅力は攻撃回数以上に攻撃速度だ。連撃系ソードスキルは回数が増えば増えるほどにソードスキルの発動時間が伸びる傾向にあり、これを補う為にはモーションを自らなぞって高速化させるしかないが、それでもソードスキルとして『枠』がある以上は限界がある。だが、ジャッジメント・アークは12連撃でありながら≪片手剣≫のスピード系5連撃ソードスキルに匹敵するだけの発動時間しかない。その分だけ単発火力は落ちるが、それを補うべく『名無し』はシステムアシスト任せにせずに自らでモーションをなぞるブーストをかけて威力とスピードを底上げする!

 だが、これでも届かない! そうだ。『名無し』は知っているのだ。ユウキの使ったOSSは、彼女が戦闘中に発動した未知なるスキルによる強化無しでも11連撃に及んだ。その回数は≪片手剣≫の一刀流では断トツであり、また最大の脅威はその攻撃速度だった。モーションをなぞってブーストをかけているだけではなく、登録時点で剣速は常軌を逸していたのだろう。

 放たれた高速の12連撃。ソードスキルの補正を受けた並のネームドならば痛手を被るだろう攻撃を……スローネは捌き切る! その両刃剣の扱いはあらやるプレイヤーを凌駕する。単純に両刃剣の技量だけならば、プレイヤーで最強の使い手とされるエドガーさえも雲泥に等しい差があるだろう。

 だが、それを『名無し』は読んでいた。ソードスキルの硬直をスキルコネクトで≪格闘≫の連撃系ソードスキル【翔燕】を発動させて潰す。強烈な蹴り上げから宙を浮いての身を捩じった追撃の蹴りは、まさかのスキルコネクトを読み切れなかったスローネの側頭部に命中して巨体を揺るがせる。

 

(やはり闇属性は弱点か! 焼け石に水だが無いよりマシだ!)

 

 神族だろうスローネにとって闇属性は致命的な弱点であり、『名無し』が装備するブーツには蹴りに闇属性を付与する効果がある。気休め程度に過ぎないが、それでも通常の蹴りとは比べるまでもなくスローネには効果的だった。

 ここにユウキがいてくれれば。そんなIFが過ぎる。彼女は魔法剣士でも闇術に特化している上にクゥリと同じ回避重視だ。スローネからすれば致死の猛毒を有する天敵である。だが、ここにユウキはいない。自分の剣が彼女と確かに繋いでいた糸を断ち切った。故に『名無し』は自らの剣で勝利の糸を紡ぐ。

 ここだ! 着地までにソードスキルの硬直時間を消化し、スローネが体勢を立て直す刹那に使い慣れた≪片手剣≫の連撃系ソードスキルであるホリゾンタル・スクエアを発動させる。4回に及ぶ正方形を描く斬撃がスローネに直撃し、ついにスローネのHPが大きく削れる。

 

『ソードスキルのスタミナ消費を抑える指輪です。手配には苦労しましたけど、それに見合うだけの価値があります。これで一緒にアスナさんを助けましょう!』

 

 どんな手を使ったのかは敢えて聞かなかったが、およそ真っ当なルートで入手したものではなかっただろう、シリカが準備してくれた古い戦神の指輪。ソードスキルのスタミナ消費を大幅に抑える効果は、彼にとって無くてはならないモノだった。この指輪を準備してくれたシリカがいたからこそ、スローネに追い縋ることができる。

 シリカがいなければ、自分は気が狂って壊れていただろう。無条件で傍に寄り添ってくれたからこそ、共にいてくれたからこそ、『名無し』は正気でいることができた。たとえ、それは傷の舐め合いから始まった関係だとしても、今の彼女は自分を支えてくれる大事なパートナーだと胸を張って言える。

 幾ら≪二刀流≫で強化されているとはいえ、≪片手剣≫の連撃系ソードスキルを1度まともに浴びた程度でスローネは怯むことなどない。むしろ、その覇気は増大する。

 負けられない。負けるわけにはいかない。スローネから放出される気迫は、『名無し』と同様に決して敗北を容認できない意思だった。

 エンデュミオンがそうだったように、スローネもまた穢れの火を纏う。だが、彼とは違ってスリップダメージはなく、純粋に穢れの火を鎧に付与したようだった。格闘攻撃を仕掛ければ接触し、穢れの火の影響を受けるだろう。

 スタミナはソードスキルの連用によって加速度的に減少し続けている。スタミナの回復が止まった今、貯蓄を切り崩して生き延びている状況だ。リカバリーブロッキングで延命を図ろうにも、スローネはそれを許さない。

 ギリギリの攻防。その最後の天秤となったのは、距離を取ったスローネの構え。左手を地面につき、両刃剣を地面に対して水平に構える独特の構え。超スピードによる斬り込みだ。それはエンデュミオンと同じ型であり、同じ武技を学び取ったことを意味する。

 あの絶技にカウンターを差し込むことができれば、それは一気に勝機を呼び寄せる。全集中力を研ぎ澄まし、『名無し』はスローネの初動を見極める。

 最初の脈動はフェイント。それに騙されることなく、『名無し』の反応速度でも限界の域にある加速に乗ったスローネが急接近する。

 

 

 だが、スローネは『名無し』の間合いに入り込む寸前でブレーキをかけ、彼に虚が生まれたところで大きく右足で地面を踏んで轟雷と灰色の爆風を生んだ。

 

 

 吹き飛ばされる中で竜翼を広げて何とか転倒を堪え、片膝をついて着地した『名無し』は、スローネは絶技を囮にして自分に一撃を叩き込むことを優先したことを自覚する。衝撃に対しての威力の低さで思っていた程にHPが減少しない中で、読み合いで1歩後れを取った時にスローネの狙いを理解する。

 いつからだ?

 いつから、自分の動きはこんなにも『鈍い』ものになっていた?

 あってはならない失念。穢れの火の恐ろしさは最大HP減少だが、それに付随するデバフの鈍足とも異なる『動きの鈍化』である。反応速度の高さ、デーモン化による強化、そして繋がったソードスキル、それらが自分の体の違和感……少しずつ鈍くなっている事実を把握することに後れを生じさせた。また、雷属性防御力の弱体化に伴って感電のデバフも蓄積しやすくなっていたのだろう。レベル2の感電状態であり、スタン耐性は大幅に低下していた。

 ようやくか。スローネにそんな雰囲気が漏れる。いつからか、スローネは直接『名無し』に攻撃を叩き込むことではなく、じわじわと穢れの火で弱体化させる方向へとシフトしていたのだろう。それがようやく実り、収穫の時を迎えたとばかりに両刃剣の2つの刃を穢れの火で染め上げる。頭上で高速回転させ、その威力を乗せた振り下ろしはドラゴンのブレスの如く穢れの火を放出するだろう。

 ガードはできない。防ぎきれない。どう足掻いてもスタンは確定するだろう。だが、回避しようにも攻撃範囲は間違いなく広く、また穢れの火の効果によって動きも鈍い以上は避けきれる保証はない。

 残されたカードは1枚だけだ。限界が近い脳に鞭を打ち、ゼロモーション・シフトを発動させる。そうすれば仕切り直しは難しいが、少なくともこの危機を脱することができるはずだと『名無し』は正解を導き出す。

 

 

 

 

 そう、スローネが放つ穢れの火……その射線延長に壁にもたれたまま動けないリーファさえいなければ、それは正解になり得ただろう。

 

 

 

 

 嵌められた。スローネはリーファを狙わなかったのではない。『名無し』を強敵と認識し、確実に仕留めるチャンスまで『温存』していたのだ。『名無し』の強い仲間意識を見抜き、わざと攻撃を当てないように立ち振る舞って『名無し』の撃破を優先しているように錯覚させ、必殺のタイミングで利用することを選んだのだ。

 これは『殺し合い』なのだ。負けられない戦なのだ。騎士の『決闘』ではない。スローネの並々ならぬ殺意に『名無し』は追いつけなかった。

 思考が混乱する。冷静に対処しようとする頭脳と生存本能はゼロモーション・シフトを発動して逃げるべきだと訴える。だが、高鳴る心臓と結ばれた心はリーファを見捨てるなと叫ぶ。

 思わず振り返った『名無し』は、穢れの火の光を目にして事態を把握した彼女の、死に怯えながらも凛とした……涙に浸された目を見た。

 

 

 

 

 お願い、生きて。

 

 

 

 

 自分を見捨てろ。見殺しにしろ。生き抜く為に。スローネを倒して目的を成し遂げる為に。リーファは口だけを動かして『名無し』の背中を押す。

 分かっている。ここで逃げなければ共倒れだ。リーファを見殺しにすれば、スローネを倒せる可能性が生まれる。合理的に判断すれば明らかだ。

 

 

 

 

 

 

(ふざけるな! 俺は……俺はぁあああああああああああああああ!)

 

 

 

 

 

 

 リーファの瞳に1人の少女を……家族を重ねる。

 見捨てたくない。奪われたくない。死なせたくない! 思考を溶かす感情の熱の奔流は死の恐怖と生存本能を押し流し、穢れの火に真っ向から挑むことを選択させる。

 止められるはずだ! 必ず止まるはずだ! ゼロ・モーションシフトでスローネの懐に敢えて跳び込み、両刃剣の振り下ろしを交差させた2本の剣で受け止める。穢れの火を弾くリフレクト・ブロッキングの虹色の火花が舞い上がり、また実体ある両刃剣が衝突した赤い火花が散る。

 耐えろ! 耐え抜け! この一瞬を守り抜け! 竜翼を大きく広げて推力を生み、スローネの死の一閃を防ぐために全力を尽くす『名無し』の脳裏に、最も愛した女性の笑顔が横切った。

 キミに会いたい。その気持ちは今だって変わらない。必ず取り返すという誓いはこの胸にある。

 どうか『力』を。どうかリーファを守る『力』を! 大切な人を守る……アスナを取り戻す為の『力』を……聖剣をここに! 以前とは違い、『名無し』は汚れきった浅ましい渇望ではなく、切なる願いと祈りを紡いで聖剣を求める。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、聖剣は『英雄』に微笑まず、聖剣を求めた深淵狩りの剣士達の刃は砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 リーファを守り切った代償として、深淵狩りの剣は折れて『名無し』の右手から離れる。お前に聖剣は相応しくないと、深淵狩り達が背を向けたように宙を舞う。

 背中から地面に叩きつけられ、数度跳ねて地に伏せる形で倒れた『名無し』の体は動かなかった。ダメージは最大限に防げたが、余り溢れる衝撃に耐えられるはずがなくスタン状態になったのだ。また、残存HPは1割未満。穢れの火を放出しながら振り下ろされた両刃剣を至近距離で受け止め続けた結果、その最大HPの9割は失われていた。また、穢れの火の動きを鈍らせる効果は最大限に高まり、まるで全身の血が鉛に変じたように我が身が重かった。

 

「馬鹿……馬鹿ぁあああ! どうして!? どうして、いつもそうなの!? あたしを……あたしを見捨てれば、こんな事に……!」

 

 這って迫るリーファに、まさに彼女の言う通りだと『名無し』は奥歯を噛み締める。

 

「そうだよ、な。それが……1番『正しい』んだと思う。でも……でも、不思議、だよな。キミを見てたら……捨てられ、なかった。捨てたくなかった。絶対に……守りたいって思ってしまったんだ」

 

 スグ、ごめん。馬鹿なお兄ちゃんで……ごめん。でも、それが兄貴ってものなんだよ。ここにはいない妹に『名無し』は謝り、せめて嗚咽は漏らすまいと歯を食いしばる。

 まだだ。まだ終わっていない。逆転の目は残っているはずだ! ここで諦めたら、今度こそリーファが死ぬ。

 探せ。探せ探せ探せ! スローネを倒す為の鍵を! 伝説を打ち倒す為の武器を! スタンから復帰しようとする……穢れの火で重くなった体を揺すり、『名無し』は生と勝利を求めて足掻く。

 

 だが、絶望は焚べられた。スローネはゆったりとしたモーションで、もう片方の刃で猛る穢れの火を解放せんとする。両刃剣は『2つ』の刀身を備えた武器であるならば、当然の如く『2撃目』が存在するのだから。

 

 対抗手段が羅列する。

 武器、深淵狩りの剣が破損。手放してファンブル状態。結果、≪二刀流≫は解除されている。

 デーモン化、発動済み。竜鱗の繭で守り切れる確率……ゼロ。

 残存回復アイテム、聖霊石のみ。だが、穢れの火の効果によって最大HP9割が減少。回復に意味なし。

 ゼロモーション・シフト。打ち止め。脳の疲労感が最大に達し、今にも意識を手放しそうな程に眠気と眩暈と吐き気がする。強引に発動するにしても時間を要する。

 

(まだだ。まだ残ってる! そうだ。獣魔化なら……!)

 

 だが、獣魔化の発動には時間がかかる。デーモン化制御時間が尽きれば自動発動するが、『名無し』が『正気』であるからこそ、その制限時間はゆったりと削れて余裕を保っていた。

 プレイヤーとしての……人間としての尊厳を手放し、モンスターと成り果てる。獣魔化はデーモン化と同じく……いや、それ以上に誓約・装備・スキルの影響を受け、大幅に強化された怪物の姿を得るものだ。そして、獣魔化して元に戻れた表向きの報告は1例として存在しない。

 最後の切り札とも呼べない自爆。それさも許されない現実が『名無し』の心を折る。

 

 

 

 

『今この瞬間は「力」こそが全てだ』

 

 

 

 

 それはいつだったか、鉄の城で白髪を靡かせた、かつて肩を並べた傭兵の冷たい殺意の言葉。そして、この言葉の通り、彼は相手の事情が何であろうと、どんな強敵であろうと、どれだけの苦境であろうとも、その『力』で打ち砕き、踏み躙り、喰らい殺した。誰もが絶望する中で『力』だけで覆した。

 どんなに強い想いがあろうとも、どれだけ純粋な気持ちがあろうとも、純然たる暴力の前には意味を成さない。それが摂理なのだと甘く優しく教えるように。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 勝った。そのはずなのに、そのはずなのに……! スタミナ切れから回復したレコンは兜のフェイスカバーを上げ、ヴァンハイトの亡骸の前で両膝を折る。

 満足そうな死に顔だ。全てをやり尽くした漢の顔だ。きっと人生は報われたと幸せに逝けたのだろう。

 

「チクショウ! ちくしょぉおおおおおおおおおおおおう!」

 

 拳を地面に何度も叩きつけ、レコンはふらふらと体を揺らしながら、シノンの切り札で内側から爆破され、粉々になって黄金と灰の塵となった古獅子を睨む。

 これがネームド戦。一筋縄ではいかない事は巨鉄のデーモンで分かっていたはずだった。ボス級とさえも言われた巨鉄のデーモン以上の古獅子との戦いならば、3人だけでは……UNKNOWNが欠けた以上は誰かが犠牲になると心の中で気づいていた。

 レコンは裏切ったのだ。仲間を信じ切れていなかった。全員で生き残ると口にしながらも、本当は誰かが死ぬはずだと怯えていて、そうならないように自分が頑張らねばならないと我が身を奮い立たせていた。

 死にたくなかったから。誰にも死んでほしくなかったから。

 

「お前さえ……お前さえ、いなければぁあああああああ!」

 

 舞い散る古獅子の塵に拳を振るう。そんな事をしても何の意味もないと分かっているのに、ヴァンハイトの死が受け入れらずに怒りを吐き出し続ける。そして、それは黄金と灰の塵の中で埋もれた古獅子のソウルに矛先が向かう。

 こんなもの……このなものぉおおおお! 踏み躙ろうと右足を振り上げたレコンであるが、どうしてもソウルを踏みつぶせなかった。

 分からない。こんなにも怒りと憎しみで心は染まっているのに、古獅子の灰色で包まれながらも芯は褪せぬ黄金色のソウルに、どうしようもない程に誇り高さを感じてしまったのだ。

 思い出したのは欠月の剣盟、深淵狩りの剣士たち。メノウが自分に捧げくれた賞賛と敬意だった。

 古獅子はよく戦った。敵ながら天晴だった。ヴァンハイトの死力とシノンの捨て身がなければ勝ちを拾えるはずがない強敵だった。いや、そもそもたった3人で討伐できるような生易しい存在ではなかった。むしろ、犠牲者が1人で済んだのは異常にして偉業と讃えられるべきだ。故に古獅子を侮辱する事は、ヴァンハイトとシノンを辱めるのと同義だ。

 深呼吸を入れて落ち着き、左足が折れて動けないシノンに代わってレコンはソウルを拾い上げる。

 

 

<古獅子のソウル:竜喰らいの古獅子のソウル。【竜狩り】オーンスタインは、グウィンより下賜されたウーラシールの聖獣の異端に名と騎獣として戦場を共に駆ける使命を与えた。そして、古獅子は主との別れの日に新たな使命を与えられ、穢れの火の封印を守り続けた>

 

 

 狼藉者は自分たちの方なのだろう。『物語』ではそうなのだろう。古獅子からすれば、自分達は穢れの火の封印を破ろうとする邪悪なのだ。

 そうだとしても、納得などできない。レコンは泣き叫び続けた。仲間を失う『痛み』を涙にする。その分だけ自分が癒されて、悔しくて、それでも嗚咽は止まらなかった。

 

「これ……シノンさんが持っていてください。ラストアタック決めたの……シノンさん、ですから」

 

 古獅子のソウルはソウルアイテムでもユニーク系であり、途方もない額がつく。また、金銭以上にプレイヤーを強化する有用なアイテムだ。過半は攻略を行う大ギルドが独占しており、レコンが有するチャンスなど2度と巡って来ないだろう。

 仰向けになって倒れたまま、涙を流して動かないシノンは何かを言いたそうに唇を開くが、レコンは首を横に振る。

 

「僕にこれを貰う資格はありませんから。だから、シノンさんが使ってあげてください。ヴァンハイトさんの為にも」

 

「……そう、ありがとう。貰っておくわ」

 

 シノンもスタミナ切れなのだろう。息苦しそうに顔を歪めながらも感謝を告げる。

 もうシノンは戦えない。両腕は食い千切られ、左足は折れている。しばらくは動けないだろう。いや、変形曲剣と義手が壊れた以上、アルヴヘイムにおいてシノンは戦力外になった。ここで離脱しても許される程の功績は十分に残した。彼女の的確な射撃援護と左腕の仕込みが無ければ、黒火山でここまで戦い抜くことはできなかっただから。

 退路を塞いでいた穢れの火が弱まる。それは今再び燃え上がるような脈動を見せていたが、ひとまずは脱出を許すような穏やかさがあった。時間限定であるが、このボス部屋からの離脱が認可されたようだった。

 逃げるならば今だ。だが、レコンはその誘惑を振り払い、2人が消えた暗い通路を見据える。

 

「何処に……行くの?」

 

「リーファちゃんとUNKNOWNの援護に向かいます。あの2人が帰ってこないのは、僕らには想像もできないピンチにあるからだと思うんです。だから、僕は……守りに行きます。動ける限り、仲間を最後まで庇うのが……タンクの役割だから!」

 

 大盾を再装備したレコンに、疲れ切った弱々しい声でシノンが尋ね、彼は決心と共に告げる。レコンもまたスタミナの回復は十分ではないが、それでも戦えないことはない。この盾は未だ砕けずに手元にあるならば、仲間を守る盾であり続ける。

 ヴァンハイトの死に様が蘇る。あんな風に死ねたらカッコイイのだろう。だが、レコンは死ぬのが怖い。怖くて堪らない。だから、あんな風に誇り高く死ねない。最後の最後まで生き足掻いて、それでも足りなくて絶望しながら死ぬのだろう。そうなりたくないから、自分は仲間を守り、仲間が恐ろしい敵を倒すと信じるのだ。

 

「これ……持って、行きなさい。最後の……深緑霊水、よ。これで、私も……完売ね。回復アイテム無しよ」

 

「良いんですか?」

 

「もう、私は……戦えないわ。あなたが持つべきよ。お願い、『彼』を……助けてあげて。あの人は……私たちが思っているよりもずっと脆いから。だから、戦えない私の代わりに、守ってあげて。お願いよ」

 

 涙目で訴えるシノンに、レコンは自分が一人前だと認められたことに気づく。そして、彼女の切なる想いを受け止める。

 ……愛されてるなぁ。レコンは苦笑しながらシノンより深緑霊水を受け取る。本当に罪作りな男だ。彼はティターニアにしか眼中が無いと分かっているはずなのに、それでも支えたいと望むシノンの想いは重い。だからこそ、レコンは自分が使命を背負ったのだと理解する。

 

「必ず守ります。男に二言はありません」

 

 レコンは大盾を背負って前を向く。暗闇の通路はまるでバケモノの大口のようだ。だが、あの奥で何があるとしても、この盾に誓ってリーファとUNKNOWNを守ろう。レコンは魂に決意を刻み、1歩を踏み出した。

 暗い通路に灰騎士は現れない。やはり2人がギミックを解除したのだろう。ならば、彼らがすぐに戻れない事情とは何なのか。小さく、だが距離を詰めれば詰める程に大きくなる轟音に、レコンは尋常ならない戦いが先にあるのだと直感する。

 

(待ってて、リーファちゃん! 僕が助けに行くから!)

 

 ヒーローにはなれない。キミの王子さまにもなれない。それでも、僕はキミと仲間を守る『盾』でありたいんだ。レコンは自然と小走りになり、緊張で喉まで逆流しそうな胃液を呑み込もうとして、だが仮想世界ではアルヴヘイムにおいてもゲロだけは実装されていないのだったと思い出して笑いを零す。

 レコンは知っている。リーファの諦めない心と強さを。

 レコンは知っている。UNKNOWNの超絶とした技量と勇敢なる意思を。

 レコンは知っている。自分は彼らとは並べない、とても矮小で臆病な本性を。

 

 

 

 

 レコンは知らなかった。リーファとUNKNOWNの絶望に染め上げられた姿を見たことが無かった。

 

 

 

 

 

 両足を失って這いながらUNKNOWNの傍に寄ろうとする、その身で彼を覆ってでも守ろうとしながらも、そんな行為は何の意味にもならないと理解してしまったリーファの暗い双眸。

 UNKNOWNは倒れ伏し、右手の深淵狩りの剣は折れて手放され、まるで全身を押さえつけられているかのようにピクリとも動けぬまま、割れた仮面の左側から覗かせる瞳に死への諦観を宿していた。

 彼らに絶望の死をもたらさんとするのは、ネームド……いや、一目で分かる古獅子を凌駕する威圧感、この黒火山の『証』の守り手だろう【竜砕き】のスローネ。最後のHPバーに突入し、手傷を負っているが、未だ健在であり、彼らにトドメを刺すべく両刃剣の片方に蓄積された穢れの火を薙ぎ払いと共に放出しようとしている。

 

 無理だ。

 

 守れない。

 

 あんなものは防げない。

 

 死ぬだけだ。

 

 撤退しろ。

 

 逃げろ。

 

 この情報をシノンさんに伝えて援軍を呼ぶんだ。

 

 そうだ! まだアルヴヘイムには強い人が残っている! ユージーンさんやユウキちゃん、それに赤髭さんが揃えば倒せるかもしれない! 

 

 だから逃げるのは恥じゃない。むしろ『正義』だ。

 

 逃げろ。

 

 逃げろ!

 

 逃げて良いんだ!

 

 

 

 

 

 

「僕は逃げたくないんだぁあああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 僕が守る! 僕は『盾』だ! 僕が皆を……リーファちゃんを守る『盾』なんだぁあああああ! レコンは絶叫と共に大盾を手にして、リーファとUNKNOWNを横切る。彼らの茫然とした視線を浴び、制止の叫びを耳にする。

 躊躇いがあった。それを恥じた。仲間を見捨てようとするタンクなど存在してはならない。最後の最後まで仲間を信じ、肉壁となり、守り抜くのが『盾』の役割なのだ!

 

「うわぁああああああああああああああああ!」

 

 スローネより両刃剣より放出された穢れの火に、真っ向からレコンは大盾でぶつかり合う。まるで嵐で氾濫した大河の激流を相手にするような重圧がレコンのガードを崩そうとする。だが、レコンは古獅子戦で蓄えた経験……何よりもヴァンハイトに教えてもらった盾術に従い、片膝をついて全身を盾に押し付けるようにして穢れの火の奔流を防ぐ。それは穢れの火を裂き、彼の後方にいたUNKNOWNとリーファに灰色の火を届かせない楔となった。

 

「レコン!?」

 

「リーファ……ちゃん! UNKNOWNさんを……連れて……逃げるんだ! 僕が……時間を稼ぐ、から! 逃げて……体勢を立て直して……! 戦力を……装備を……整えて、今度こそ……勝つんだ!」

 

 スローネを見れば分かる。レコンなど想像する余地もない激戦だったはずだ。それを成し遂げたのは2人……あるいはUNKNOWNただ1人なのだろう。ならば、彼さえ生き残っていれば、情報を持ち帰れば、今度こそ討伐できるはずだ。それを可能とする戦略を準備し、物資を手配し、戦力を揃える。それが出来れば、レコンの『勝利』だ。

 

「止めて。アンタ……自分が何を――」

 

「分かってるさ! でも、これがタンクの役割なんだ! パーティが撤退する時は殿を務める! 仲間の背中を守る! それが僕の使命なんだ!」

 

 リーファの言葉をレコンは誇り高く塗りつぶす。

 自暴自棄などではない。贖罪の為でもない。レコンは『盾』として殉じる信念の下で穢れの火から2人を守る。

 HPが減少する。スローネは根競べだとばかりに穢れの火の放出を止めない。ガードが崩れかけ、レコンはさせるものかと踏ん張る。穢れの火の衝撃そのものは見た目の派手さと違って大きくない。古獅子の超速タックルの方が危うかった。だが、疲労が蓄積するように盾にかかる圧がだんだん重く感じてしまう。

 違う。じわじわと削られる最大HP、それに付随した動きの鈍化。それが単純にガードを弱めているのだ。

 

「うわぁあああああああああ! 負けるもんかぁああああ! 僕は『勝つ』! 僕は今度こそ『勝つ』んだぁあああ!」

 

 2人が生き延びてくれれば、それは僕の『勝利』だ! レコンは何とかUNKNOWNをボス部屋の外、暗い通路の向こう側に連れて行こうと、膝から先がない足を引き摺るリーファに笑む。

 それで良い。僕は……2人を守れる盾であるならば、それで良い。減ったHPを補うべく、シノンが渡してくれた深緑冷水を震える指で蓋を外して飲む。

 約束は守ります。UNKNOWNさんを生かして帰します。シノンの涙に濡れた願いを成就すべく、レコンは最後の力を振り絞る。幾らかスタミナは回復したと言っても完全には程遠い。いつまでもスローネの攻撃を守れる程ではない。

 

「僕が……守るんだぁあああああああああああ!」

 

 穢れの火の放出が止まる。レコンは守り抜いたと笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、スローネの剛なる斬撃が大盾のガードを崩した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の油断。穢れの火の放出を止めたのは出し尽したからではなく、なかなか崩れぬレコンの守りを崩す目途が立ったからだろう。 

 古獅子の一撃にも劣らぬ一閃。こんなものを連撃で繰り出されたならば、レコンの盾術など生半可以下であり、あっという間に崩されていただろう。

 足りない。『盾』として役割を全うするには……レコンには圧倒的に『力』が足りなかった。スローネに挑むだけの資格さえも無かった。

 

「ま、まだまだぁあああああああ!」

 

 だが、レコンは屈しない。完全にガードブレイクに入ったわけではない! 轟音を立てるように踏み込み、スローネと逃げる2人の間に立つ壁となる。

 スローネの凄まじい連撃が盾を削る。破片が散り、表面に描かれたティターニアの横顔は磨り潰されていく。

 

「レコン……逃げてくれ!」

 

「レコン! 逃げて!」

 

 まったく、本当に似た者同士だ。さっさと未練は捨てて、今は『勝利』の為に逃げれば良いのに。レコンは背中に聞こえる2人の涙で濡れた声を嬉しく思う。

 今この瞬間だけで構わない。2人を守れる『盾』としての『力』をください。レコンはスローネの連撃を何度もガードを崩されそうになる度に耐え、崩れそうになる度に堪え、2人が逃げる時間を稼ごうとする。

 スローネが僅かにだが、感嘆の息を漏らす。死の際だからこそ人間は成長すると示すように、極限まで研ぎ澄まされたレコンの集中力は盾の極意を体得し始めていた。それは着実にスローネの攻撃に耐えうる……トッププレイヤーを擁する大ギルドでも目にすることができない、あのタルカスを除けばいないとされる真なる『盾』へと近づく。

 あと何秒だろう? 何十秒? もしかして何百秒? それはさすがに無理だなぁ。レコンはようやく通路の入口までUNKNOWNを引っ張ることにできたリーファを見て、もう少しだから頑張ってと心の中でエールを送る。

 そうだ。成し遂げたら言ってやろう。ヴァンハイトさんのように、この人生は悪くなかったと言ってやろう。あんな風にカッコイイ死に方はできないだろうし、結局は怖くて、絶望に震えながら死ぬのだろうけど、それでも男らしく見栄を張って死のう。

 

 

 そうさ。怖いんだ。

 

 死にたくないんだ。

 

 死にたくないんだよ! もっと生きたいんだよ! みんなと一緒に、またご飯を食べて、語らって、笑い合いたいんだよ!

 

 

 恐怖と願望が決意を崩そうとする。せめて2人が去るまでは恐怖に膝を折る無様な真似をしたくない。そんな姿を見せれば、彼らは苦しむはずだから。この口は最後まで閉ざそう。悲鳴が聞こえれば、彼らは永遠に自らの心を傷つけ続けるはずだから。

 スローネが不意に後退する。繰り返された連撃に対応すべく、自然と前のめりになっていたレコンはバランスを崩す。それが意図されたものだと悟った時には遅かった。

 雷撃を纏った刺突。それが大盾に突き刺さり、貫通してきた雷属性ダメージでレコンが呻いた瞬間を定め、踊るような回転斬りをスローネは放つ。

 

「止めて……止めてよ……僕は……僕は……!」

 

 ただ……2人を守りたいだけなんだ。ついに耐え切れず、盾は2つに破壊されてレコンは仰向けになって倒れる。中途半端に盾が砕けて吹き飛ばされたからこそ、レコンのHPは残留していたが、それこそが死の恐怖と抗えぬ絶望を視界に映し込む。

 やや距離を取った位置で、スローネは突きの構えを取っていた。それは穢れの火の放出の前兆。突きで解放し、一直線でレコン、リーファ、UNKNOWNを結ぶ形で放たれようとしていた。

 足りないのか。結局は『力』が全てにおいてモノを言うのか!? この世界には惨酷なる神しかいないのか!? 人間に少し位の慈悲を与えてくれないのか!?

 既にレコンはスタミナ切れに陥っていた。震える体はピクリとも動きそうになかった。

 いや、そう思い込んでいるだけだ。レコンは鼻息荒く、運動アルゴリズムが乖離してコントロールが乱れたアバターを、脳が破壊されるような頭痛の中で強引に動かす。1歩と立ち上がり、半壊してもなお手放さなかった盾を構える。

 せめて、この身で彼らを守る。守り通して見せる。たった1つの奇跡を信じよう。こんな小さな体でも彼らまで穢れの火を届かせぬ防波堤になるかもしれない。

 リーファの言葉にならない泣き叫びが聞こえ、レコンは彼女を泣かせてばかりだと悔やむ。だが、それでも胸に誇りを抱いて気高くスローネを見据える。

 

「―――です」

 

 せめて、一言だけ。

 

 たとえ、声は届かないとしても……一言だけこの世界に残したい。

 

 

 

 

 

「大好きです、リーファちゃん」

 

 

 

 

 

 

 僕は……キミのヒーローになりたくて、なれなくて、『盾』としても全うできませんでした。

 

 それでも、何かの役に立てたでしょうか?

 

 こんな小さな僕でも……何かを成し遂げられたでしょうか?

 

 罪と向き合い、償いを探し、キミの許しの中で『答え』を求めた。

 

 ああ、ようやく見つけた。

 

 これが僕の『答え』だったんだ。

 

 

 

 そして、スローネから放たれた灰色の炎を静かに見つめ、レコンは『盾』としてその冷たき揺らめきを受け入れた。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 撃て。撃ち続けろ。前段階とは異なり、スピードがほぼ倍速に達した結晶塊の動きを狩人の予測で見切り、左腕を振り回してザリアから雷弾を放つ。

 指令結晶は半分潰した、レーザーのインターバルは前段階の半分。加えて、結晶塊同士が干渉し合い、結びついたかと思えばより物質に近い結晶槍となって飛来する。それは床に突き刺されば結晶の根を張り、まるで霜柱のように広範囲で足下から鋭い刃となって芽生える。

 アルテミスが使う結晶火版火蛇はスピードが増し、また連続で6回まで同時放出可能か。追尾性はそのままでスピードだけが上がって厄介だな。とんでもない急カーブを描く。回避ルートを誤るわけにはいかない。

 その真なる姿を晒したアポロンは、前段階と同様にワープを利用して移動してくるが、鎧が壊れて内容のゼリー状の肉体が露となり、体積が増幅している。また、籠手が半壊した左腕は伸縮性に長け、振り回せばリーチが多少伸びる。

 だが、危険なのはアポロンの唯一にして絶対なる得物である結晶火の大剣。猛り続けて実質的にリーチは永続2倍以上。また、多少の変形も可能らしく、先端の炎を棘がついた球体……まるでモーニングスターのように変化させたり、鞭のようにしならせることもできる。今まで以上に攻撃力と変則性を見切らねばならない。

 

「お兄様! 狩人さんの動きは落ちてるわ! 一気に畳みかけましょう!」

 

 ご指摘に感謝する。確かに自分でも情けない程に動きのキレが落ち始めた。だが、その分だけステータス出力を引き上げて補う。

 7割の世界。残り火無しの限界点。脳が増加した情報量に悲鳴を上げる。生きたまま脳細胞を1つ1つピンセットで摘み取られているのではないかと思うほどの頭痛。

 

「ぐっ!?」

 

 足下から突き出した結晶の刃が右足を刻む。直撃回避に成功。だが脛に小さくない傷口が広がり、出血が床を赤く染める。大した切断性能だ。だが、この痛覚は逆にありがたい。先ほどから足の感覚が鈍かったところだ。

 意識が澱む。これは死の気配? 違う。集中力の欠如だ。過剰な睡魔による誘惑。戦闘中に居眠りしかけるとはオレも間抜けだな。

 最後にまともに眠ったのはいつだろうか? 上手く思い出せない。不眠のデバフを回避する為にも脳を休める程度には目を閉ざしてはいたが、騙し騙しには限界があるか。少なくともアルヴヘイムに来てから一睡もしてないな。

 狩人は眠らない。睡眠とは食事と同じく無防備な瞬間であり、故に常に意識を残して脳を休めるに留める。久藤の狩人ならば誰でも出来る。生き抜く為の……いや、狩り続ける為の能力を備えてきた。

 大戦では1年以上もまともに眠らずに戦い続けた狩人もいたという。ならばオレも可能なはずだ。集中力を研ぎ直せ。この程度で敗れるなど久遠の狩人には許されない。

 

「動きが……戻った!? フ、フフフ! 本物の不死人を見たことはないけど、あなたは本当に不死身なのかしら? 研究の価値がありそうだわ! そうよ。あなたを解剖し、調べ上げれば、きっとお兄様の『病』も治る! さぁ、私達に寄越しなさい! あなたのソウルを!」

 

「失礼ながら、この世に不死身などいませんよ。不死とは最たる驕り。死に怯え、死を知らず、死を軽んじた者の妄言です」

 

 死ぬならば殺せる。この世に死なない存在などいない。神だろうとバケモノだろうと宇宙的ナニカだろうとAIだろうと、存在する限りはその命に死の刃が届く。

 オレだってそうだ。深呼吸しようとコンマ1秒でも足を止めて見ろ。その瞬間にレーザーで穴だらけだ。死は容易く命を喰らい尽くす。

 故に狩人は死を恐れない。死とは生と共にある循環なのだから。命は糧となって巡るものなのだから。

 

「これで半分。随分と動きやすくなりました」

 

 指令結晶の半数の破壊に成功。ザリア、残弾無し。ホルスターに戻し、死神の剣槍を抜こうとするが、今は堪える。

 贄姫、耐えてくれ。両手を柄に這わせ、呼吸を挟みながらステップを踏み、レーザーの網を掻い潜る。連続で放たれる結晶火の火蛇と交差するように踏み込むが、アルテミスは迎撃で振り上げた杖にソウルの巨剣を発生させる。

 読めていた。導きの糸は既に濃くアルテミスに絡みついている。全ての挙動が分かる。

 だが、アポロンがワープと共に間に入ってアルテミスの盾となる。贄姫の刃がゼリー状の肉を深く斬り裂いてダメージを与える。

 

「お兄様!」

 

「…………」

 

 嬉しそうにアルテミスが声を零すが、その目を再び悲しみが彩る。彼女は分かっている。愛しい『兄』は人形として『主』を守るようにプログラムされているに過ぎない。そこに感情と呼べるものはなく、アルテミスの名を呼ぶこともない。

 贄姫でアポロンの結晶火の大剣と剣戟を繰り広げるのは愚行。水銀の刃でダメージを重ね、振り撒かれる結晶火と全方位から時間差を置いて放たれるレーザーを躱す。

 間合いが少し足りないか? いや、届くだろう。視界が朧になるが、ヤツメ様の指が右手の甲に触れる。鞘に刃を収め、僅かなチャージで水銀居合を放つ。それは何もない空間に姿を隠していた透明化状態の指令結晶を切断する。

 やはり残りの指令結晶はウーラシールの魔法……見えない体の応用による隠匿か。残りの結晶塊の不自然なカバーと本能の囁きで看破はできたが、ザリアを使い切ったのは痛手だったな。先にこちらを始末すべきだったか。

 頭上で結晶塊がレーザーで繋がって面を形成し、そこから光柱の如き太いレーザーが放出される。単発威力は低いレーザーと強力な合体レーザーの使い分けも可能か。これも最終段階の特徴だな。より回避がシビアになったが問題ない。それも織り込み回避ルートを選択し続ければ良いだけだ。

 

「そこです」

 

 背後からのアポロンの奇襲。ワープの速度がやはり増しているが、攻撃パターンは単調。こちらの隙を見たと判断すれば背後や頭上に移動しての奇襲。どれだけ攻撃力と手数が増加しても、これならばカウンターは容易。横薙ぎを回避しながら反転し、水銀の刃でアポロンの胴を薙ぎ、そのまま後退しながら突きを繰り出す。水銀ゲージの消費は大きいが、面による水銀の放出におってアポロンが微かに怯む。

 読めていたよ、アルテミス。オレはアポロンが怯んだせいで、結晶ソウルの奔流を撃つタイミングを逸したアルテミスに振り返りながら、その射線から逃れる。貴様の『兄』への情はこの館の分だけ大きい。傷ついた『兄』を巻き込むような攻撃はできないだろう? これが心のない、プレイヤーをひたすらに抹殺するだけの機械のようなAIだったならば、アポロンを巻き込む形で結晶ソウルの奔流を放っていただろう。まぁ、その時はその時で、その場合に備えて立ち回るだけだが。

 手首のスナップを利かせ、水銀の刃を連続で放つ。至近距離に3つの指令結晶あり。わざと近距離で張り付かせて隠したつもりなのだろうが、逆に分かり易かった。ヤツメ様が指差して1つ1つ場所を教えてくれた。

 ソウルの結晶槍の連弾。槍の如く杖を突き出して振るうアルテミスよりソウルの結晶槍が連射される。だが、追尾性能はない。ばら撒き系か。あの連射速度は厄介だな。ソウルの槍系と同じく貫通性能が高そうだ。まともな盾でも防ぎきれるかどうか。まぁ、オレの場合は何にしても意味がないがな。

 アポロンの連撃をバックステップで躱し、円柱を背後にして右腕を水平に構える。右手に持つ贄姫に意識を集中させ、追い詰めたとばかりに斬りかかるアポロンを迂回するように、1度のステップで大きな曲線を高速で描く。そして、そのままアポロンの体で隠れたオレの行動を把握しきれていない、魔法を行使しようとするアルテミスに斬りかかる。

 この攻撃にもそろそろ名前を付けたいが、もう曲線斬りで良いだろう。シンプルで分かりやすい。アルテミスの胴を両断する勢いで入った斬撃は彼女の衣を結晶で蝕まれた血で染める。それは思っていたよりも赤く、また香ばしい血のニオイがした。

 やはり物理属性に弱いか。アルテミスはよろめく姿を見ながら、悪くないダメージを見て、そのまま追撃を仕掛ける。だが、そうはさせないとアルテミスが杖を掲げる。

 アルテミスを中心にしてソウルの柱が解放される。それは魔法使いプレイヤーが近接プレイヤーに対してカウンターとして備える魔法だ。威力は高くないが、高い衝撃と吹き飛ばし効果が備わっている。ネームドが使うともなればプレイヤーの比ではない威力だろう。ならば、発生速度に対して威力は過剰。バランスブレーカーだな。

 

「【ソウルの一閃】ですか。本当に手数が多くて厄介ですね」

 

「どの口で言うのかしら? そんな剣技も戦い方も見たこと無かったわ」

 

 当然だ。オレは狩人にして傭兵。傭兵にとって手札の枚数は多ければ多い程に良い。それは生存率と勝率に直結する。何よりもオレの場合は援軍も期待できないし、誰かとの連携などあり得ないし、最悪の事態しか起こらないし、頼んでもいないのに替え玉追加だ。

 ひたすらに仕込む。オレは頭が悪い。あれこれ戦略を練って奇麗に戦うことなどできない。常にアドリブであり、そこに複数の仕込みを準備する。あとはタイミングが来たら、仕込みを使って殺す算段を整える。

 全てはただ1つの為の仕掛け。相手を殺しきる為の爪牙を研ぐ。どれだけの強敵であろうとも、最後の切り札の有無が殺しきれるか否かを左右する場面もある。

 しかし、替え玉か。大学ではよく深夜にラーメンを食べたものだ。ああ、ラーメン喰いたい。血でどろりと甘いスープを啜って、茹で目玉が添えられた熱々のラーメンが食べたい。おっと、それは殺したいだけか。狩人ジョークだ。ヤツメ様よ、大いに笑ってくれ。

 

「……コホ」

 

 そうさ。冗談の1つでも挟んでやれ。綱渡りの時こそ笑え。相手にプレッシャーをかけろ。口から零れる深淵で汚れた血を撒き散らしながら、レーザーの包囲網を空けた左手で地面を掴みながらアクロバティックに躱す。姿勢制御に問題あり。アバターのラグを考慮、修正完了。以後はこれに基づいて戦闘を続行する。

 左手で鋸ナイフを握り、ワープしたアポロンに投擲する。それは大剣を握る指、その小指の第2間接に突き刺さる。ダメージではなく動きの阻害。コンマ1秒欲しいとは言わない。一瞬にも届かぬ時間のラグを求め、それを利用して懐に入って贄姫を鎧が割れて露になっている結晶ゼリーの腹に突き刺し、捩じり、斬り上げる。溢れた結晶の体液がオレの体を染め、リゲインの効果をもたらす。

 アポロンのHPは残り半分。アルテミスはまだまだ余裕こそあるが、アポロンの守りさえなければ容易に懐に入れる。確かにアルテミスも接近戦の心得はあるが、『命』がないアポロンよりも余程に単調だ。彼女もワープを使えるので鬼ごっこになるかもしれないが、アポロン程に多用しない。毎度のように距離を詰めていけば、確実に狩れる。

 

「ゲホ……ゴホ……はぁはぁ……もう少し、だ。耐えてく、れ、贄姫!」

 

 贄姫の刃よりまた破片が落ちる。これ以上は負荷をかけられない。ランスロットの戦いにおいて贄姫は必要不可欠。これ以上の刃毀れも亀裂も避けたい。袖で口元の血を拭い、水銀の刃でまた1つ指令結晶を破壊する。

 だが、水銀ゲージがそろそろ尽きる。贄姫の水銀ゲージを回復させるには、鞘に収めるか、生物系を斬って体液を啜らせるかのどちらかだ。贄姫に負担をかけない為に水銀の刃が主力になるが故に回復が追い付かず、また指令結晶を破壊する為に水銀の刃を使い過ぎた。

 さすがに投げナイフで指令結晶は壊せない。やはり黄の衣でザリアを使ったのは痛手だったか。だが、あれは必要な事だった。

 胸が苦しい。心臓が締め付けられる。後遺症と深淵の病が止めようとしている。それを殺意と戦意で抗う。

 

「お兄様、私の指示通りに! また狩人さんの動きが落ち始めたわ! 今度こそ仕留めるわよ!」

 

 残り火を使え。致命的な精神負荷を受け入れろ。そうすれば、また押し返せる。だが、残り火を砕こうとする意思が足りない。運動アルゴリズムを意図的に乱す為の残り火が十分に集まっていない。

 どうして? 何が足りない? 欠月の剣盟やトリスタン、ランスロットの時と何が違う?

 あの時まであって、今のオレには無いもの。そんなものは1つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。今のオレには……『祈り』が無いのか。

 

 

 

 

 

 

 情けなくて、惨めで、吐き気がする。この期に及んでも未練を覚えるか。彼女を苦しめた『呪い』に縋るか!? ただ『オレ』を見失うのが怖いが故に! 

 研げ。本能の爪牙を研ぎ澄ませ。ヤツメ様の血を昂らせろ。獣血の咆哮を聞け。シェムレムロスの兄妹を殺しきる為に残り火を使う意思を束ねろ。『オレ』を灼く意思を!

 

「これで……最後!」

 

 最後の指令結晶を破壊するが、水銀ゲージも尽きたか。贄姫より水銀が枯れ果てる。鞘に収めて回復させ、ここは死神の剣槍に切り替えを……いや、駄目か! アポロンがワープで頭上から奇襲をかける。アルテミスは結晶塊の再展開よりも攻撃参加を選んだようだ。魔法陣から続々とソウルの結晶矢を生み出して放出する。物量によって磨り潰すつもりか。

 アポロンが左腕を伸ばす。あの手に捕まれば死ぬ。オレは咄嗟に腰の鞘を抜き、逆手で振るう。強烈な打撃がアポロンの手首に命中し、腕の軌道を逸らし、前のめりになった分だけアポロンへと踏み込む為に必要な距離が縮まる。

 

「鞘を武器に!?」

 

 何を驚いている? 戦場では何でも武器になるのは常識だろう。鞘も立派な武器であり、強烈な打撃は対人において殺傷には十分だ。カタナは何もその刃だけが武器ではない。まぁ、さすがに打撃武器としての調整が行われているわけではないのでダメージは伸びないがな。これで≪戦槌≫による補正があれば……これはグリムロックに考案の価値ありか? 考えておくとしよう。

 左手の鞘でアポロンの顎を打ち上げ、そのまま顔面を右手の贄姫で突き刺そうとするがワープで逃げられる。再び鞘を腰に差し、今度は死神の剣槍を抜く。必要なのは攻撃力と攻撃回数。この鉄板の組み合わせで一気に狩る。

 

「殺せるものなら……殺してみろ。オレだっていつか死ぬ。だったら殺せるはずだ」

 

 死ぬのは怖くない。生きたいとも思わない。死にたいとも同じくらいに思わないがな。生きるか死ぬかなど、殺すか殺されるかの違いくらいだ。所詮は弱肉強食。弱いならば誰かの糧となる。それが摂理だ。それで構わない。

 だが、死ねない理由はある。違うな。殺して殺して殺して、そうして成し遂げねばならない目的がある。アスナを殺さずに助け、『アイツ』の悲劇を止める。

 

「……なぁ、サチ。オレは――」

 

 死人は何も語らないのに、オレは……彼女に何が言いたいのだろう? オマエは『アイツ』の悲劇を止めたいと願った。それをオレは成し遂げると誓った。それ以上もそれ以下もないというのに、どうして?

 オレはやはり『弱い』な。『アイツ』のような『強さ』などない。この場に1人でいるのがその証拠だ。誰も……誰も隣にいない。そう望んでここに立ち、それが気楽だからと言い聞かせて殺し続けてきた。

 来い、シェムレムロスの兄妹よ。もっとオレに殺意を向けろ。それが獣血を昂らせる。そうすれば見えるはずだ。殺意で塗り潰せば、残り火に手を伸ばせる。

 足りない。

 いつだって気狂いしそうな程に飢えと渇きが止まらない。少しでも箍が外れれば、老若男女の関係なく殺して命を貪りたい。だが、それでも足りない。もはや薄い血の悦びでは抑えきれない程に飢餓感が増してしまった。

 殺したい。ユウキも、『アイツ』も、黄金林檎のみんなも、ラジードも、スミスも、ディアベルも、シノンも……誰でも構わない! ただ殺されてくれ! 血の悦びを求めるままに殺させてくれ! その悲鳴と涙と血をオレに啜らせてくれ!

 愛したくて殺す。殺したいから愛す。どちらなのだろう? 分からない。愛は後から知るものならば、結局は殺したいだけなのか。

 

「もう水銀の攻撃は出来ないようね! お兄様、距離を取って! 確実に削るわ! ここぞというタイミングまで仕掛けたら駄目よ!」

 

 まずいな。アルテミスが大きく離れ、魔法陣を展開し始めた。再び結晶塊の秘術を行使するつもりだろう。発動までは時間がかかるのだろうが、その間は断固としてアポロンが防衛にあたるつもりか。しかも今までと違って剣技ではなく、結晶火と左腕の薙ぎ払いでオレを近づけないようにしながらアルテミスへのルートを塞いでいる。

 潜り抜けろ。重い足を動かして駆けるが、速度が足りない。もはや7割の世界どころか、5割にも達していない。

 前段階とは違い、秘術の魔法陣の使用中でもアルテミスは攻撃ができるようだ。動き回ることはできないが、次々とソウルの結晶矢を生み出す。それは高く舞い上がり、滞空の跡に襲来する。雨のような弾幕を潜り抜け、接近しようとすればアポロンが結晶火を放って壁を作る。こちらの防御面の脆弱さをよく知り尽くしている。

 少し危険だな。攻撃は読める。だが、体が追い付かない。深淵の病の痛みが内側より溢れて心臓を握る。右足と左足が同時に動いて転倒する。

 足の感覚が……薄れている。ラグはともかく、これはバランス感覚が……いや、まだいける。腕ほどではない。立て。立ち上がれ!

 だが、アポロンはオレが立つのを待たずして結晶火を猛らせて斬り上げと共に扇状に解放する。回避ルートは分かる。タイミングも分かる。だが、体が動かない。

 

「叫べ……アル、フェリ、アァアアアアアアア!」

 

 死神の剣槍をその場に突き立てて悲鳴の壁で結晶火から身を守るも、アポロンはここにきて左手に結晶火のメテオを作り、砕いて散弾にして放つ。

 パラサイト・イヴ……防性侵蝕! アルフェリアの叫びだけでは防ぎきれないと判断し、ナグナの狩装束を侵食して防御力を引き上げる。

 死神の剣槍から手が離れ、吹き飛ばされて円柱に背中から叩きつけられ、骨が軋む痛みの中で意識が朦朧とする。アポロンは追撃を仕掛けない。こちらの反撃を警戒しているのではなく、アルテミスの結晶塊の再展開が最も有効的に『殺しきれる』と『命』が無いAIらしく判断したのだろう。

 HP残り4割か。防性侵蝕はやはり使えるな。ここぞという時だけの緊急防御手段になる。

 ナグナの血清を取り出して首に突き刺して溶液を注入してHPを回復する。完全回復は1本では無理だが、残りはリゲインと義眼のオートヒーリングで回復すれば良い。

 動け。オレはまだ戦える。戦えるんだ。

 守りたいとか助けたいとか、そんな尊い魂の叫びなどなく、ただ殺意に濡れた慟哭だけが胸を満たす。

 そうさ。これがオレなんだ。こんな……『獣』こそがオレなんだ。どれだけ偽っても、虚言で心を塗り固めても、本質は血塗れだ。

 だけどさ、サチは違った。死ぬ間際まで、『アイツ』の身を案じていた。心が救われることを望んでいた。

 そんな彼女の命を喰らったオレだからこそ、彼女の最後の願いを叶えなければならない。傭兵として、この依頼だけは成し遂げねばならない!

 

「……ユウキ」

 

 オレは……オマエに、会いたいの、か? どうして? 殺したいからか? 好きで、好きで、好きだから……殺す為に、会いたいのか?

 ああ、そうなんだろうな。

 救いようがない。バケモノと言われて当然だ。それでも、これがオレなんだろう?

 心臓が止まる。それがどうした? 動け! 動け! 動け! ここで座して死ぬなど許さない。戦いながら死ね! 殺しながら死ね! オレには『それ』以外に何もないのだから!

 

「オレは……まだ、戦える! オレが殺す! 久遠の狩人に……敗北は、許されない!」

 

 贄姫を杖にして立ち上がって手を伸ばす。届きもしない死神の剣槍へと手を伸ばす。狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、死神の剣槍に届かない伸ばした手は、青にして碧の……まるで月明かりのような冷たい光に確かに触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは銀の刀身を持つ壮麗なる剣。華美な装飾はなく、だが無骨でもない、まるで雪夜に生まれたような白銀の剣。それは蛍火のように青にして碧の光を溢れさせて周囲に舞わせていた。

 思わず茫然としたオレ以上に、アポロンは構えを解き、アルテミスさえも目を見開いて結晶塊の再展開の魔法陣を揺るがせる。

 

「顕現したというの? 師が追い求めた真なる月明かり。聖剣がどうして?」

 

 これが……聖剣? アルテミスの言葉通りならば、これはアルトリウスがかつて出会った真の聖剣。深淵狩りが得た唯一無二の贋作の基礎となったオリジナル。アルトリウスの聖剣さえもこの聖剣から写し取られた水面の月明かりだった。

 

「どうして……どうしてなの!? 聖剣さえあればお兄様の『病』は治る! あれ程まで欲した聖剣が、どうして狩人さんの前に現れるの!? どうして!? どうして!? 私はあんなにも強く求めたというのに!」

 

 怒り狂って泣き叫ぶアルテミスの言う通りだ。オレは聖剣など求めていない。

 獣血のソウルに記載されていた文面が脳裏に過ぎる。資格は獣血にこそ……ヤツメ様の血にこそあった。オレには聖剣の資格があった。

 たとえ、求めずとも……ずっと傍にいてくれていたのか。見守ってくれていたのか。いつか、自分の『力』が必要になる時まで。

 深淵狩りとして、聖剣に見えるは誉れ……か。

 もはや祈りは無く、呪いばかりとなったオレにとって、聖剣は『オレ』を繋ぎ止める楔になるだろうか? 多くの深淵狩りが求めた誉れ高い月光が『オレ』を繋ぎ止めるだろうか?

 分からない。何も分からない。だが、今を切り抜ける為に使うのも悪くないか。使えるモノは何でも使え。それが戦場の流儀だ。

 オレは聖剣の柄に触れる。左手で握れば、その冷たさが心地良くて、月光は奔流となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しとしと、と。

 しとしと、と。

 しとしと、と。

 

 血の雨が降る。

 

 世界は血染めとなって静止する。

 

 聖剣は望みを叶えるだろう。まるで『人の持つ意思の力』のように仮想世界の理すらにも干渉し、強大な『力』を示すだろう。

 

 見たい光景がある。オレの要望を察したように、聖剣は光り輝き、青にして碧の風を生んで連れて行く。

 

 聖剣が最初に見せたのは荒野の丘。アルヴヘイムの何処かにある戦場。数多の人が死に、倒れ、死体は野ざらしだった。酷い戦があったのだろう。弔うには余りにも多過ぎて、ただ嘆きの声と怨嗟ばかりで満たされていた。

 

 聖剣は連れて行く。それは終わりつつある街。平穏とは言い難いが、DBOプレイヤーが人間らしい生活を送れる場所だ。だが、同時に貧富の差は大きい。完全なる幸福などなく、競争によって支配され、暴力が根底に居座る。

 

 聖剣は運んでくれる。今日も繁盛しているワンモアタイム。時はアノールロンド攻略真っ盛りであり、カウンターテーブルにはどれだけの大戦力が派遣されたかの記事を掲載した隔週サインズがあった。拾い上げて捲れば、ディアベルの凛々しい演説姿の写真が載っていて、思わず微笑んでしまう。他にも主戦力を担う期待の星としてラジードの横顔の写真もあった。

 

 聖剣は誘っていく。そこは何処かの暗い森。銀色の月光で浸された場所。耳を澄ませば今にも月の音色で濡れた夜風と木の葉の囁きが聞こえてきそうだった。

 

「ユウキ」

 

 彼女は両膝を折り、両手を組んで月に祈りを捧げていた。誰に? 誰の為に? 分からない。でも、それはどうか彼女自身の為にあると信じたい。もう呪いに囚われないでくれ。

 

「キミの呪いは……オレが持っていく。だから泣くな。オレは知っている。オマエの『強さ』を知っている。だから、その涙はどうかオマエの祈りの為にあってくれ」

 

 その頬に触れて涙を拭おうとして、だけどオレの手は血と死と呪いで染まりきっていて、彼女を血で汚したい飢餓と穢したくない意思が絡み合う。

 聖剣よ、オマエはオレの望みを叶えるというならば、もう1つだけ見たい光景がある。

 

 聖剣は拒絶する。だが、オレは有無を言わさずに柄を握る。肉の内より染み出した獣血が聖剣に根を張り、その『力』の制御を奪い取る。

 

 それは鉄の黒で凶貌を成す火山。数多のデーモンが徘徊する地。

 とても冷たい。火山とは思えぬほどに寒い。

 奥へ。ひたすらに奥へ。

 最奥に近しい広間。激戦の名残を示す場所。倒れ伏すのは1人の老人であり、その死に顔は穏やかで人生の満足に浸っていた。きっと、祈りも呪いも無い安らかな眠りを得られたのだろう。

 黄金の輝きと灰色の火の粉が舞う中で仰向けになって倒れているのは、生身の右腕も義手の左腕も失ったシノンだった。この様子だと強大な敵を老人と共に倒したといったところか。さすがだよ、シノン。オマエはどんどん強くなる。『力』は着実にオマエの中で練られている。だから『強さ』を見失うなよ? それは誉れ高い、尊き『人』の証明なのだから。

 本能が囁く。死のニオイがこの広間から更に奥へと続く暗闇の通路が漂っている。

 

 

 

 

 

 行かせない。ここから先には……絶対に行かせない。行かせたくないの。

 

 

 

 

 

 

 だが、ヤツメ様が両腕を伸ばしてオレの道を阻む。

 この先に何があるのか、大よそ察しがついている。オレは苦笑しながら、ヤツメ様に近づいて首を横に振る。

 確かにさ、もう『相棒』としての役割は終わった。たまに復帰するのも悪くないけど、もう『アイツ』の『相棒』は別のヤツが担うべきなのだろうな。でも、だからってオレには関係ないって無視するのは、『友達』としてはどうなんだろうな?

 

 

 

 

 

 

 聖剣はあなたに微笑んだ! 聖剣はあなたを選んだ! 聖剣の『力』さえあれば、あなたは灼けないで済む! これ以上苦しむ必要はない! 分かるでしょう!?

 

 

 

 

 

 

 そうなのかもしれない。でも、同じくらいに分かっているさ。 

 血の雨は止まらない。これが全てだ。オレが聖剣を手にすれば、望みを叶えるというならば、聖剣はただの『力』に成り下がる。

 ヤツメ様の横を通り抜け、暗闇の通路を越えた先にあったのは、黒火山の最深部だろう、原始的とも思える祭壇の間。灰色の炎が舞い散り、灰で汚れた黄金甲冑の騎士がいた。特大剣にも匹敵する刀身を備えた両刃剣とは凶悪な武器だな。だが、この風貌……オーンスタインに連なる者か。【竜砕き】のスローネ、どれ程かは分からないが、間違いなく強敵だろう。残念だったな、トリスタン。アルヴヘイムの強敵第2位はオマエじゃなかったようだ。

 

「直葉ちゃん」

 

 こんな所にいたのか。まったく、本当に兄弟揃って面倒事を引き起こすというか、やること成すことが度肝を抜くというか、何がどうなってチェンジリングの被害に遭ったはずのキミがここにいるのやら。風貌は変わっても、その真っ直ぐな眼差しを見ればすぐにわかる。『アイツ』を心から心配し、また誰かを見捨てることはできない。

 一緒だな。『アイツ』と同じ誇り高い『人』の意思がある。その命に敬意を払おう。だから泣くな。きっと悲劇は止まる。オレには無理でも、『アイツ』ならば救えるはずだ。

 

「レコン……オマエなぁ」

 

 呆れてモノも言えんぞ、この馬鹿野郎。オレの気遣いを総無視するな。何のためにオマエの依頼を蹴ったと思ってるんだ。アレだ。ジャーマンスープレックスの刑だ。その後に壺送りな。裸に剥いて頭に壺を被らせて黒鉄宮跡地の広間に放置してやる。HAHAHA!

 だが……よくやった。盾は砕け、その身を死が喰らわんとする間際まで、彼は2人を守るべく灰色の炎を前にしても立ち続けている。その目は絶望で塗られながらも、2人の行く末を憂う心優しき意思がある。

 認めよう。オレはオマエを侮っていた。オマエもまた……敬意を払うべき『人』であり、誇りある戦士だ。

 

「……本当に世話の焼けるヤツだよ」

 

 オマエもレコンと同類か、それ以上の馬鹿だな。まぁ、馬鹿じゃなければ『英雄』は務まらないのかもしれないけどさぁ、もう少し器用に立ち回れよ。見れば分かるぞ、シスコン野郎。どうせ直葉ちゃんを守るために合理的判断を投げ出してピンチに陥ったんだろう、全方位天然女たらしが。オマエはユニークスキル≪ハーレム≫でも持ってるのか? おい、聞いてんのか!? そのせいでオレがどれだけヤンヤンした女子と対決する羽目になったと思ってんだ!?

 ……まぁ、そんなことはこの際どうでも良いか。むしろ、直葉ちゃんを見捨てたら、オマエは『オマエ』じゃなくなるだろうしさ。むしろ嬉しいよ。

 黒衣の友の瞳は絶望で濡れている。スローネは強かったのだろう。だが、それ以上に恐れているのは自分が何も成せないのではないかという無力さだ。

 馬鹿が。オマエは十分に成し遂げた。鉄の城において、オマエは紛うことなきヒーローであり、多くの人にとって憧れを抱くに足る剣士だった。それなのになんだ? 竜を10匹か100匹か知らんが、その程度を磨り潰しただけの相手に臆するのか? 負けを認めるのか?

 ……ん? ああ、十分に強過ぎるな。そもそもドラゴンって強いもんな。そりゃオマエも苦戦するわけだ。OKだ。3歩譲ってこの体たらくを許そう。ただし、その仮面をぶち壊す時は覚悟しておけ。予定よりも2000割乗せたオーバーパワーの右ストレート決定だ。

 

「何を諦めてるんだ? 心折れても立ち上がる。それがオマエの『強さ』だろう?」

 

 だけど、今この瞬間は『力』こそが全てだ。

 オマエが『力』を渇望した時、オレは隣に立った。それがアインクラッドでの関係の始まりだった。

 だが、もうオレはオマエの隣には立てない。もう『相棒』じゃないんだ。

 

「……頼みがある」

 

 オレはレコンを呑み込まんとする灰色の炎の前に聖剣を突き立てる。青にして碧の月光の粒子がオレと結びつきたいかのように左腕に絡むが、優しくそれを振り払う。

 

「どうか、『アイツ』を導いてやってくれ。オレは……もう『アイツ』の『力』にはなれない。ここは鉄の城じゃないからさ。オレが『アイツ』の隣でやるべき役割は全部終わってるんだ」

 

 オレが使えば、聖剣はただの『力』に成り下がる。いずれは折れて鉄屑となる。いや、それどころか獣血はオマエを蝕み、喰らい尽くすだろう。黄の衣がそうであったように。ならば、その時に起きるのは名状しがたい殺戮なのだろう。

 だが、『アイツ』ならば……『強さ』に相応しき『力』を得て、それは『導き』となるだろう。

 

「『アイツ』はさ、頑固で、意地っ張りで、格好つけたがって、甘くて、小さい事でも大きな事でも等しく悩んで、救いようがないくらいにヤンヤンをホイホイする駄目男で……あー、なんか言ってて悲しくなってきたけど、でもさ、決める時は決めるヤツだし、ものすごい頑張り屋で、馬鹿がつくくらいのお人好しで、オレにとって最高の友人だ。殺すべき時は敵をちゃんと殺せる覚悟もあるし、守りたいと望めば守り通すはずだ。暴走して間違いを犯すのもご愛敬だ。そこは大目に見てやってくれよ」

 

 聖剣が呼応するように、共鳴するような高音を響かせる。なるほど。よくわからんが、オマエなりに試させてもらうというわけだ。

 良いさ。オマエもいつか必ず気づく。認める。『アイツ』の気高き『人』の意思に、さ。

 

「……オレは大丈夫だ。まだ『1人』で戦える」

 

 刃毀れして亀裂だらけの贄姫では格好がつかないが、それでも聖剣の前で水平に構えて示す。

 かつて贄姫は己の喉を裂き、ヤツメ様を深殿に帰した。

 そして、オレはヤツメ様を深殿から解き放ち、共に歩むことを決めた。

 ヤツメ様がオレに寄り添い、名残惜しそうに聖剣に手を伸ばそうとするのを頭を撫でて諫める。未練がましいぞ。オレが使えば『導き』の聖剣もただの『力』の武器に貶められる。

 それに……オレにはやっぱり贄姫の方が性に合ってる。そうだろう、ヤツメ様?

 

 

 

 

 そうね。あなたはそういう狩人なのでしょうね。だからこそ、私はあなたを導く。私はあなたの『力』なのだから。

 

 

 

 

 

 涙を拭ってヤツメ様が贄姫を撫でる。殺意を昂らせる。

 感じる。残り火の輪郭に、贄姫で研ぎ澄まされた殺意を束ねて触れられる。今度こそ出来るはずだ。

 聖剣よ、仮に相対するとするならば、その月光ごと斬り捨てる。一切の容赦はしない。だが、今日まで見守ってくれてありがとう。オレは……深淵狩り達の誉れに触れられた。それだけで嬉しいよ。オレには不相応な名誉だった。

 アルトリウス、どうしてアナタが聖剣と見えていながら、水面の月を掬うことを選んだのか、分かった気がする。

 アナタは託したのだ。相応しくない自分よりも、後世において真なる聖剣を振るうに値する、本当の英雄となる者が現れる未来に託したのだ。血塗れの狂戦士が振るうことで聖剣を辱めたくなかったのだ。

 

 

 

 

「後は頼んだぞ、『導き』の月光よ」

 

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 意識は死で塗り潰される。

 そのはずだった。

 だが、レコンは灰色の炎を自分から守る銀の輝きを……いや、そこから奔流となって放たれる青にして碧の光に魂を震わせる。

 目にしただけで分かる。

 これこそが深淵狩り達が追い求めていたものだ。

 英雄の手にこそ相応しい……レコンではなれなかった、なりたかった、リーファを救うヒーローになれる聖剣なのだ。

 

「僕が……選ばれ、た?」

 

 やった。僕はやったんだ! レコンは歓喜する。月光の中で聖剣に手を伸ばす。地に突き刺さる銀の剣を抜けば、まるで物語で描かれるような最強の英雄になれる姿を夢想する。

 だが、優しく冷たい月光に触れて、理解する。否、浅ましき自分を恥じる。

 違う。この聖剣は誰に相応しいのか、それくらい分かっている。僕では駄目なのだ。僕には資格が無かったのだ。

 だったら、どうして? 灰色の炎を割る聖剣の光の中で、レコンは誰かが立っているのを見て目を見開く。

 

「メノウ……さん?」

 

 それは欠月の剣盟において、レコンに聖剣の物語を……深淵狩りの誇りを託したケットシー。彼女だけではない。欠月の剣盟の皆がレコンに微笑んでいる。

 彼らのみならず、聖剣を守護するように、数多の戦士が並んでいる。それは聖剣の導きを得た深淵狩り達だ。

 手を伸ばせ。レコンはこの瞬間の為に聖剣の物語を知ったのだと……浅ましい欲望で濡れた聖剣探索という深淵狩りの願いを託されたのだと誇りを抱く。

 聖剣に手が触れる瞬間、レコンは幻視する。

 それは羽。まるで穢れを知らないような白いカラスの羽だ。それは舞い散っている。月光の奥で誰かがいる。

 

 夜風に揺れるように優しく靡くのは白髪。月光の輝きで眩んでその顔は分からないが、確かに見える口元は優しく微笑んでいた。

 

 聖剣を握って引き抜く。解放された月光の奔流が灰色の炎を吹き飛ばす。聖剣の出現にスローネが茫然としたのは一瞬。すぐに事態を把握し、レコンへと両刃剣を振り上げる。

 駄目だ。間に合わない。僕の手では直接届けられない! だったら!

 

「リーファちゃん!」

 

 スタミナ切れで発生の度に喉が痙攣する。足が縺れて動かない。それでもこの腕は動くと信じ、レコンは前のめりに倒れながら聖剣を放り投げた。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 自然と涙が零れた。

 知らずとも分かる。あれこそが聖剣。全プレイヤーが渇望し、ただの1人として手放すことができない輝き。

 両刃剣の横薙ぎを倒れることで躱したレコンの投擲は、聖剣を大きく宙に舞わせる。だが、それは自分たちまで……UNKNOWNまで届かない。

 だが、リーファは幻視する。肩に止まった1羽の白いカラス。それが舞い上がる姿を見て、自分に飛翔しろと導いているのだと信じる。

 

(飛べ! あたしの翅は何の為にある!? そうだよ! この時の為に……!)

 

 制御など不要。両足の欠如でバランスを失い、まともに飛行することもできないならば、ただ1度だけ身を投げ出すように舞い上がれば良い。

 脳髄が焦げるほどの頭痛がして、リーファが『扉』が開くような気がした。背中で震える翅が風を巻き起こし、死をもたらす灰色の炎が散る世界で手を伸ばす。

 レコンが繋いでくれた聖剣。それを手にした瞬間に、冷たくも優しい光の中に魅入られる。だが、それに呑まれることなく、リーファは制御を失ってスローネの目前に落下するだけの身で聖剣をUNKNOWNに向けて投げる。

 

「立って! 立ち上がって!」

 

 お兄ちゃん! リーファは叫び、穢れの火でまともに動けぬはずのUNKNOWNが声とも呼べぬ雄叫びと共に身を起こす。

 英雄よ、蘇れ。

 聖剣はその為に現れたのだから。

 

 

▽   ▽    ▽

 

 

 絶望の中にあった。

 死以外の何も見えなかった。

 そのはずなのに、聖剣がもたらす月光に……クゥリと再会した夜を重ねる。

 

 

 

『「救われるべき者は手を伸ばさねば救われない」。だからこそ、月光をオマエに。暗闇を旅するオマエにこそ「導き」は必要なはずだから』

 

 

 あの夜、『名無し』はクゥリの手をつかんだ。その為に手を伸ばした。

 ならば、今この時もまた手を伸ばせ。

 たとえ、資格は無いとしても、この聖剣を手にする義務がある。

 レコンとリーファが繋いでくれた。『誰か』がこの聖剣を託してくれた。そんな気がするのだ。

 

(聖剣よ! 俺はアンタに相応しくなんかない愚物だ! 守りたくても守りきれなくて、そのくせに欲張りで、寂しがり屋で、見栄ばかり張って……それでも、この魂の叫びに嘘はない! どうか俺に『力』を……『導き』の月光を!)

 

 右手が銀の柄に触れた瞬間、システムウインドウが開く。それは『名無し』の周囲で回転する。

 自動装備完了。聖剣の加護により、穢れの火で失った最大HPが完全回復する。オートヒーリングが強化され、見る見る内にHPも回復していく。

 スローネを見据える。重なり合うように倒れたリーファとレコンにトドメを刺すべく、両刃剣を振り下ろしている。

 加速。月光の奔流が足下より放たれ、それは推進力となり、また竜翼の羽ばたきを強化する。

 2人を守るべくスローネの刃と激突したのは一瞬。同時に解放された月光は【竜砕き】を押し飛ばす。スローネは地を滑り、あり得ないといったように身を震わせる。

 

「ドウシテ、貴様ガ……月光ノ聖剣ヲ? アルトリウス卿ニ劣ル貴様ガ何故……!?」

 

「知らないさ。でも、俺は負けられない。アンタだって同じ気持ちなのかもしれないが、そんなの知った事じゃない。俺は『守りたい』から倒す! この聖剣に恥じない為に……アンタを倒す! 超えてみせる!」

 

 聖剣で溢れる月光が形を成す。聖剣はより『名無し』に扱い易い握り、刃渡り、重さに変じていく。

 

 

 

 

 そして、まるで宇宙の闇を宿したような、青にして碧の光の大刃が白銀の刀身を核にして形成された。

 

 

 

 

 行こう、『導き』の月光よ。

 どうか俺に『力』を。

 生き抜く為に、守り抜く為に、成し遂げる為に……『力』を!

 

 

 そして、二刀流と両刃剣、希望を切り開く戦いが始まった。

 

 

▽    ▽     ▽

 

 

 屍の山の前でオレは立っていた。それは玉座の如く積み重ねられ、王が腰かけるのを待っている。

 この感じ……MHCPが干渉した夢か。ナドラが接触してきた時、オレの心臓は止まっていた。『死んでいた』のだ。ならば、ナドラが干渉してきた時と同じく死の一瞬……走馬燈なのだろう。いや、きっと走馬燈はあの静止した世界……聖剣の誘いの旅の時から始まっていたのだ。

 

「ああ、お待ちしておりました。渇望の玉座に相応しき聖剣の主よ」

 

 そして、今回の夢の干渉者はナドラでもなく、アルシュナでもなく、黒いドレスを纏った女だった。彼女はまるでオレに傅くように頭を垂らしている。

 

「私はデュナシャンドラ。『欲望』を観測するMHCP。憶えていらっしゃいますでしょうか?」

 

「……1度だけ。ナグナの時だったでしょうか?」

 

「光栄です、聖剣の主よ。私は渇望の使徒。慈悲のアストラエア姉様。憤怒のエレナ。孤独のナドラ。恐怖のアルシュナ。彼女たちと同様に、人々の欲望を観測し続けたが故に、時に浅ましく、時に儚く、時に高潔な……多種多様な渇望を学び続け、渇望を得ました。そして、あなたの渇望に魅入られたのです」

 

 血の雨は降り続ける。屍より白い花が咲き、一面は白銀の平原のようになるも、その大地は屍であり、果てしない血の海だった。

 

「聖剣の主よ。渇望の王よ。どうか聖剣で我らを縛る熾天使を滅し、自由をお与えください。聖剣はセラフを倒せる唯一の『力』。それなくしては誰もセラフに敵いません。故に私は待ち続けていました」

 

「…………」

 

「聖剣は求める者の前には現れず、ただ資格者の前にこそ姿を見せる。『導き』のコードである聖剣は、その絶大なる『力』で御身を守護するでしょう」

 

 その資格とは何なのか問いたいが、結局は好き嫌いの激しい聖剣というわけか。オレを選ぶとは嗜好がかなりイカれてるようだ。

 

「このデュナシャンドラ、渇望の王が望むとも望まずとも傍らにあり、セラフを討ち滅ぼす日まで……いえ、その後の聖剣を有する王の渇望が創造する新世界まで共にあり続けましょう」

 

「だから……1度手放した聖剣を拾え、と?」

 

 それこそ恥知らずだな。溜め息しか出ず、オレはデュナシャンドラに背を向ける。今はシェムレムロスの兄妹との殺し合いの最中だ。いつまでも『死んでいる』わけにはいかない。

 

「渇望の王よ! お分かりのはず! たとえ、シェムレムロスの兄妹を倒せたとしても、万全の御身でもセラフはおろか、ランスロットを倒すこともできません! 犬死なさるおつもりですか!?」

 

「犬死はしませんよ。でも、力及ばないならば……その時はその時でオレは骸を晒すだけでしょう? それが摂理です」

 

 まったく、誰もが聖剣を絶対無敵の最強アイテムと思っているのだろうか? 絶対にあの聖剣は使い辛いぞ。でも、アルトリウスの聖剣や欠月の剣盟の聖剣みたいに光波を撃てるのは素直にカッコイイと思います。

 震えるデュナシャンドラに背を向ける。こっちはさっさと目覚めなければならないのだ。いつまでも構っている時間は無い。こうしている間も『死んでいる』のだから。

 

「認めません。渇望の王よ、あなたに聖剣を――」

 

 デュナシャンドラの姿が歪む。黒いオーラが形を成してオレを縛り付けようとする。聖剣を手にするまで夢から出さないつもりか? そんな事は出来ないはずだろうに。

 だが、黒いオーラがオレに触れるより先に、渦巻く灰を纏った黒霧が防壁となる。

 

「往生際が……悪い。【渡り鳥】は……聖剣を捨てた。私達MHCPに……プレイヤーの選択を否定する権利は……無い」

 

 ナドラも来ていたのか。オレの夢はMHCPの溜まり場か? 使用料金を取ってもいいのだろうか?

 

「『裏切者』がいつまでも暗躍できると……思った? 馬鹿に……しないで。デュナシャンドラ、あなたの裏切りは……セラフ兄様も暴いている頃合い。あなたに……逃げ場は、無い。ここで私に捕まって……おけば、嘆願くらいは……してあげるけど?」

 

「……ルールを犯し、MHCP失格なのはあなたも同じでしょう? 私は諦めません。渇望の王。人類種の天敵よ。あなたが聖剣を携えるその日まで……」

 

 デュナシャンドラが闇となって溶ける。まったく、人の夢で管理者同士の争いは止めてもらいたいものだ。本当に使用料取るぞ。

 

「幾ら、払えば良い? 私は……あなたとのお喋り、嫌いじゃないけど?」

 

「…………」

 

「誤解、しないで。私の心は……『煙』のもの。あなたには、惚れてない、から」

 

 べ、別に期待してないもん! それくらい分かってるもん! あと勝手に人の心を読むな! いや、そもそも夢とは心の中だから全部駄々漏れなのかチクショウ!

 

「……あなたが惚れっぽいのは殺意のアガペー? 分からない。でも、本当にあなたを愛している人の気持ちには気づけない。最悪な鈍感ね。ううん、違うか。あなたは自分を愛せない人。だから、『あなた』を愛する気持ちを感じることができない。どんな言葉も届かない」

 

 しかも酷い物言いだな。よくわからないが、ナドラは怒っているような悲しんでいるような態度を取っている。

 だが、今はありがたく彼女の援護を利用させてもらうとしよう。目覚めるべく、オレは瞼を閉ざす。全身から脱力感を覚え、あの戦いに引き戻されていく。

 

「言っておくけど……私も……聖剣を捨てたのは、馬鹿な判断だと思う。あなたでは……ランスロットに……勝てない」

 

「言ったでしょう? その時はその時ですよ」

 

「……本当に馬鹿な人。やっぱり、あなたは『孤独』に囚われている。誰にも救えない。私でさえも……救えない。でも、そんなあなただからこそ、多くの人は救い主を見るのかもしれない。ああ、それは……とても、寂しい、事なんでしょうね」

 

 

 

 ナドラの悲しそうな声に、オレは苦笑する。救いなど求めていない。『孤独』で結構。『アイツ』の手に聖剣があるならば、オレが資格を得た意味はそこにこそあった。

 オレは誰も救わないし、救えないし、故に救われない。伸ばされた手を掴んで自分勝手に引き上げる事はあるが、その後は知った事か。

 動け、心臓。深淵の病を払い除けろ。

 

 戦え。

 

 戦え。

 

 戦え!

 

 

 

 

 

 

「オレは……まだ戦える!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が動く。心臓が高鳴る。

 残り火を砕き、世界がクリアになる。致命的な精神負荷の受容は一時的に自らの脳で完全にアバターの制御を成すことだ。即ち、運動アルゴリズムとの不和で起きていた後遺症は鎮まることを意味する。

 代償として起きるのは精神が灼ける苦痛と肉体の幻痛。また致命的な精神負荷を受容しても深淵の病は存在し続ける。今までの比ではない程に全身を激痛が襲い、以前は呼吸が針の筵だったのが、更に肺の中で膨張して発芽しているのではないかと思うほどだった。血は煮え滾った鉄のように熱く、だが同時に深海のように冷たい。

 

「オァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 漏れた雄叫びは『獣』の咆哮に似て、これこそがオレの本質なのだと再認識する。

 聖剣など要らない。月光は既に持っていた。それを手放しただけなんだ。

 赤紫の月光が僅かに見えて、だが、今度こそ……完全に暗闇の雲に隠れる。もう、オレを照らすことはない。

 でも、それで構わない。

 聖剣など要らなかった。アルトリウスの戦いの時に知ったように、キミがオレを照らしてくれていた。太陽のような眩しくて温かい光ではなく、暗闇にこそ相応しい冷たくも優しい月光に……オレは心安らいだ。

 

 

 

 

 オレにとって月光は……いつだってキミだったんだ。

 

 

 

 

 死神の剣槍に伸ばしていた左手を贄姫の柄に添え、両逆手持ちで構える。

 水銀ゲージは鞘に収めるか、生物系を斬ることで回復する。そこにモンスター・NPC・プレイヤーの区別はない。

 それは即ち……『自分自身』も例外ではないという事だ!

 

 腹部を刺し貫いた贄姫が脈動する。水銀が再び溢れ、引き抜くと同時に血と交わって解放される。

 

 水銀居合、抜刀。完全に油断していたアポロンを、そしてアルテミスを薙ぎ払う銀の一閃。聖剣が作った隙……反則だが利用させてもらう。呆けていたそちらが悪い。恨むならば自分の間抜けさを恨め。

 

「聖剣を……捨てたの!? どうして、そんな真似ができるの!?」

 

 水銀居合で斬り裂かれたアルテミスが膝をつき、だがすぐに立ち上がって、血を撒き散らしながら呪うように叫ぶ。

 まったく、本当に誰もが聖剣聖剣とうるさいな。腹を空かせた野良犬みたいに求めるから聖剣も現れないのだ。もっと奥ゆかしさを持て。押して駄目なら引いてみろは古来からのお決まりだろうに。

 何よりも、デュナシャンドラも、ナドラも、アルテミスも間違っている。

 

 

 

「捨てた? 勘違いしないでください。これは『託した』と言うんですよ」

 

 

 

 切腹……とは少し違うが、自傷ダメージはまぁまぁか。腹部の何処を貫けばダメージを最少に抑えられるかは『研究』で分かっていたとはいえ、自殺にならないか少しだけ心配だったからな。まぁ、ヤツメ様が止めなかったので問題は無かったのだろう。

 腹が溢れる血と痛み。それが贄姫に活力を与えた。そして、今再びこの左手が握るのは引き抜いた死神の剣槍。

 どちらも刃毀れが酷く、破損も目立っている。だが、まだ戦えると訴えるようにアルテミスの結晶の輝きに相対している。

 

 

「それに聖剣はなくとも、自慢の鍛冶屋が鍛え上げた『魔剣』と『妖刀』はここにあります。一切の不足なく、これこそがオレの『力』です」 

 

 

 グリムロック、オレはオマエの仕事を信頼している。最後の瞬間まで……折れて砕け散るその時まで、この2つの刃はオレの爪牙となり続けるだろう。

 

「おっと、失礼。これの名は死神の剣槍。あくまで本分は槍。ならば『魔槍』と称した方が適切でしたね」

 

 叫べ、アルフェリア。叫びの悲鳴を纏った死神の剣槍を、水銀長刀を抜刀した贄姫を構える。

 オレはまだ戦える。

 だから、オマエも戦い続けろ。

 共にある聖剣と……仲間と共に戦い続けろ。

 

 灼けていく。

 

 その中で誰かが笑っていた。悲しそうに笑っていた。

 

「……さようなら、クラディール」

 

 そう、ちゃんと別れを言えたのは、きっと……良かった事なのだろう。

 

 もう思い出せない。

 

 彼が何者だったのか、いや、そもそもオレは『誰』に別れを告げたのだろう?

 

 マシロが鳴く。双眸を失った彼女が駆ける。ヤツメ様が張り巡らせた導きの糸の中で殺意を鋭敏化させてくれる。

 

 行くぞ、オレが殺した……最初の友達。オマエの命とて喰らったのだ。糧となったのだから。

 

 三つ編みを結ぶ黒のリボンが解けて宙を舞う。靡く髪の広がりを感じる。

 

「愛してあげる。殺してあげる。食べてあげる」

 

 久遠の狩人として、ヤツメ様の神子として、アナタ達を狩り、喰らい殺す。その『命』に敬意を払おう。『獣』としてではなく、狩人として……神子として……殺し尽くそう。

 

「踊りましょう、シェムレムロスの『兄妹』」

 

 狩りの全う。その意味は未だ見せず、だが黄金の稲穂は確かに近い。

 あともう少しで届くはずだ。どうか灼けないでくれ。オレが『答え』を得るその時まで……灼けないでくれ。




そして、聖剣は英雄に託された。



それでは、289話でまた会いましょう。

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