SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

黒火山とシェムレムロスの館、同時バトル開始



Episode18-51 兄妹

 滑空する古獅子の突進を寸前で躱したシノンは即座に矢を射るも、鋼の外殻を持つ古獅子を射抜くことはできず、欠片ほどのダメージも与えられずに弾かれる。

 舌打ちを堪えもせず、宙で身を翻したかと思えば、その翼から黄金の雷を続々と降らせる古獅子の広範囲攻撃によって回避ルートが絞られ、そこを間髪入れずに灰騎士が大矢を殺到させる。

 間にレコンが入り、大盾を構えて事無きを得るが、連続ヒットした大矢に生半可だった彼のガードが揺れる。そこを見逃すことなく、特大剣を携えた灰騎士が突進突きを繰り出す。

 

「負けるもんかぁああああ!」

 

 ガードブレイクしそうになったレコンは、更に踏み込んで特大剣の突きと真っ向から勝負し、逆にシールドバッシュで押し返す。武器を捨てた大盾の両手持ちが功を奏した形になるが、攻撃に防御で競り勝っても反撃には繋がらない。

 だが、レコンの作ったチャンスを逃すことなく、戦場を駆け抜けるUNKNOWNが体勢を崩した特大剣持ちの灰騎士を切り刻んで撃破する。そうしている間にも古獅子の攻撃は続き、3つ首よりそれぞれ炎のブレスを吐き散らした。

 穢れの火ではなく普通の炎とはいえ、それは高威力の……ドラゴンを思わすほどの炎ブレスだ。それが撒き散らされれば、プレイヤーはもちろん、灰騎士たちも巻き込まれる。だが、灰騎士たちは倒れても倒れても奥の通路から現れて加勢する。幸いにも10体以上は増えることがない灰騎士であるが、そのいずれも並の人型モンスターを凌駕する性能だ。タイプは大弓による狙撃型、特大剣による一撃型、分厚い刀身の両刃剣による連撃型の3種類しかポップしないが、どれだけ倒しても無尽蔵に湧き出る。

 そして、古獅子は高防御力と高機動力を誇り、翼を遺憾なく利用して飛行して攻撃を仕掛けてくる。着地してもその巨体に見合う逞しい四肢で薙ぎ払い、下手に正面に立てば3つ首によって食い千切られるだろう。

 また、その赤色の宝玉のような目もまた硬質であり、シノンの矢では数発を命中させても貫けずに落下も狙えない。巨鉄のデーモンはまだ目を射抜けばある程度まで怯ませられたが、古獅子には通用しないのだ。

 そして、何よりも厄介なのは竜頭の尾だ。鋼の鱗で覆われた竜の首こそが古獅子の尾であり、それは独立して動き、また穢れの火のブレスを放つ。鞭のように広範囲を薙ぎ払い、また様々な種類のブレスを使ってこちらの最大HPを削ろうとする。

 まだHPバーは1本目だというのに、この劣勢だ。数も不利ともなれば、誰が死んでもおかしくない戦況をギリギリで保たせているのがUNKNOWNであるが、彼が灰騎士の大多数を相手取るが故に、古獅子に攻撃するチャンスが巡らず、またその背中を強襲されるリスクを背負っている。

 ジリジリと敗北に天秤は傾いていく。それは死を意味することを理解しない者はいない。既に入口は猛々しい穢れの火の壁によって塞がっている。退路は失われ、勝利以外に生存はない。

 絶望が心身に浸み込むような戦場に、初めて古獅子の苦悶の叫びが漏れる。それを成したのは老兵であり、着地した瞬間に腹の下に潜り込み、斧槍で一閃したのだ。

 雷の力を振るう古獅子であるが、金属製の鎧が雷属性に弱いように、鋼の外殻を持つが故に雷属性には決して耐性は高くないのだろう。また、腹の下は外殻も薄いらしく、マグマのような血が零れている。

 

「はぁああああああああ!」

 

 リーファも出し惜しみせずに、広いバトルフィールドだからこそ存分に飛行能力を生かせると飛び回る。本来、古獅子もプレイヤーが同様に飛行するなど予期されたオペレーションは組まれていないはずだ。だが、それでも即座に対応しているのは古獅子に『自我』と呼べるものがあるからだろう。パターン化できないAIなのだ。

 纏わりつくコバエを振り払うように、竜頭の尾がうねるも、飛行には秀でた実力があるリーファを捉えることはできない。その背中に張り付いた彼女は雷の杭を打ち込めば、古獅子は悲鳴を上げる。だが、落下するには足りない。

 ひたすらに矢を射り、腹以外の弱点を探るシノンだが、古獅子の喉回りは獅子らしく鬣で覆われている。目も喉も駄目ならば、何処を射抜けばチャンスを作れると手探りで攻略法を暴こうとする。

 だが、上ばかりを見ていれば地上の敵が隙を突きにくる。両刃剣持ちの灰騎士が踊るように斬りかかり、それをギリギリで屈んで躱すが、そのまま膝蹴りが顎を打つ。倒れたシノンに、灰騎士は宙を舞って両刃剣を彼女の顔面に叩きつけようとする。

 弓から曲剣に変形させ、起き上がると共に灰騎士の喉を刺し貫く。そのまま強引に薙ぎ払い、フラフラと後退った灰騎士に連撃を浴びせて撃破する。

 撃破された灰騎士はアルヴヘイムのルールに則らず、灰色の炎となって崩れ落ちる。僅かばかりの灰が残るばかりであり、1体倒せば新たな増援が現れるのは時間の問題だ。

 地上に降り立った古獅子がUNKNOWNに狙いを定めて、弦を張る弓のように力を溜めたかと思えば高速で突進する。灰騎士も巻き込む突進が背後から迫る中で、人外染みた速度で反応したUNKNOWNは身を翻して回避行動を取るも攻撃範囲から脱しきれず、その両手の剣を振るう。

 リカバリーブロッキングの緑のライトエフェクトが散りながら吹き飛ばされたUNKNOWNは宙で体勢を立て直し、ブーツの底を擦り減らすように滑りながらブレーキをかける。片膝をついて衝撃を完全に殺しきってから、UNKNOWNは仮面が割れて露出している左目で心配そうに剣を一瞬だけ見つめ、そして反撃に移る。

 ガードスキルとも言うべきリカバリーブロッキングはUNKNOWNが持つユニークスキル≪集気法≫の専用ソードスキルだ。成功すれば緑色のライトエフェクトが火の粉のように舞い上がり、高いガード性能と弾き効果、そしてスタミナ回復が発生する。弾くのには限度こそあるが、場合によっては巨大ボスの一撃さえも弾き返せることから高い補正がかかるのは間違いないだろう。また通常よりも高いガード性能を持つ為に弾くことが期待できずとも防御効果は高まる。

 風を纏うような緑色のエフェクトがUNKNOWNのアバターを包む。DEX強化のバフをかけ、更に速度が増して古獅子に斬り込む。正面から迫る小さき人間に、古獅子は右前肢を振るうも、今度はリカバリーブロッキングで弾き返し、その顔面の1つを大きく斬り裂くことに成功する。

 やはり頭部は弱点らしく、≪二刀流≫もあってかダメージは悪くないが、決定打には足りない。激しく動き、また飛び回る古獅子を完全に沈黙させた状態でソードスキルを撃ち込まねば勝機は訪れない。

 灰騎士の軍勢を相手にしながらでは勝ち目はない。再びリーファが空を飛ぶが、古獅子が翼から雷撃を撒き散らすが故に接近できない。

 いや、違う。シノンは我が目を疑う。リーファは最初から古獅子に接近せず、遥か上空を目指している。彼女が重そうに抱えているのは重装フルメイルで重さは相当なものであるはずのレコンだ。

 彼女のSTRでは足りないだろう。今にも落としそうな程に二の腕をプルプルと震わせたリーファが古獅子の頭上でレコンを手放す。

 あのままでは落下死は確定だ。だが、レコンは両手で構える、ティターニアの横顔が彫り込まれた大円盾をソードスキルの輝きで満たす。

 

「これでどうだぁあああああああああ!?」

 

 レコンの雄叫びと共に放たれたのは≪盾≫のソードスキル【ハンマーショック】。発動から一定時間内の走行距離・重量・速度に応じて威力が高まる単発系ソードスキルであり、起動モーションも単純で癖が無い為に≪盾≫による打撃攻撃による斬り込みなどで重宝される。だが、その一方で動きが単調になるが故に見切られ易く、対人戦には向かず、またその威力のブースト条件も厳しい為に、より高威力を引き出せる重装フルメイル程に真価を発揮できるのに使う機会を失うソードスキルでもある。

 レコンはまともに走れない程の高重量フルメイルで全身を固めている。そして、リーファに支えられた状態だからこそ、軌道モーションが単純だからこそ、空中でのソードスキルの発動に成功した。

 走行距離を『落下距離』で稼ぎ、『落下速度』で更なるブーストを高める。それはまさしく高質量の1点突破の爆撃であり、完全に油断した古獅子の中央の頭部、その額に命中する。

 これまでにない苦痛の悲鳴が古獅子より零れ、その翼は力を失って撃墜される。ソードスキルの硬直時間は短いとはいえ、古獅子の額を砕いて宙に放りされたレコンは右手を伸ばし、落下寸前でリーファがその手を掴む。

 レコンが両足を擦りながら2人して転倒すれば、彼はHPが半分以上奪われる落下ダメージを受けながらも生存する。

 

「やったね、レコン! アンタの作戦通りよ!」

 

「へ、へへへ! 狙い通りだよ! みんな、今だよ! 僕達が灰騎士を引き付けるから攻撃を!」

 

 自暴自棄による特攻ではない。レコンは戦いの中で古獅子の動きを観察し続け、どうにかして攻撃チャンスを作れないかと作戦を練り、全幅の信頼を置くリーファにタイミングを委託して外せば死のスカイダイビングを敢行したのだ。

 作戦を考案して自分の命を預けたレコンも、自分が微かでもミスをすれば仲間を殺すことになるにも関わらず承諾したリーファも、どちらもシノンの想像を上回って古獅子を墜落させた。もはや認めるしかない。彼らがいなければ、シノン達は打開を見出せずにじわじわと消耗させられていただろう。

 本来ならば大ダメージを与え続けねば割れなかっただろう古獅子の額。鋼の外殻に守れていないそこに、ダウン状態を狙ってUNKNOWNが跳び込み、ソードスキルの連撃を浴びせる。古獅子の絶叫が漏れ、そのHPが爆発的に削れる。

 シノンは即座に弓に変形させ、EXソードスキルのレイジング・シュートのフルチャージを放つ。魔力を消費して威力が高められた矢はUNKNOWNの首筋を撫でるように通り、彼の攻撃を邪魔することなく追撃を与える。

 だが、古獅子を守るように竜頭の尾が動く。ソードスキルの硬直時間で動けないUNKNOWNを狙って穢れの火を溜めるも、その顎を閉ざさせるようにヴァンハイトが斧槍で斬り上げる。

 

「ぬおぉおおおおおおおおおおおお!」

 

 だが、まだ攻撃は終わらない。そのまま宙で身を回転させ、ヴァンハイトは竜頭の額に斧槍を叩きつける。それでもなお動く竜頭に今度こそ斧槍を突き立てもう1つの悲鳴を上げさせる。

 1本目のHPバーが完全に削られ、古獅子がダウンから復帰して全身から炎を放つ。全方位攻撃に巻き込まれるより先に離脱したUNKNOWNは、そのまま灰騎士たちに押し切られかけていたレコンとリーファのカバーに入る。

 中回復でリーファと自身を回復させたレコンはUNKNOWNに背中を叩かれる。その称賛を力にしたように、レコンはまだまだ戦えると意気込むように盾を構える。

 負けていられない。シノンはこの中で最もレベルも戦闘能力も低いはずのレコンが突破口を作った事に奮い立たされる。

 仲間がいるから絶望しても戦い続けられる。自分には無理でも、道を切り開けるはずだと試行錯誤を続けられる。シノンは翼を大きく広げた古獅子を睨む。

 第2段階に入った古獅子は外観について特に何か変わった様子はない。だが、大きく跳んで前肢を叩きつけたかと思えば、猛々しい炎が人型となり、古獅子に跨るようにして穢れの火で形作られた『十字槍』を振るう。

 言うなれば巨大な炎の巨人。古獅子を騎獣とし、炎の巨人は巧みに十字槍を操る。幸いにも独立して動き回ることはないようだが、古獅子の隙を潰すだけではなく、十字槍が抉った地面は穢れの火の残滓によって数秒ほどスリップダメージエリアが作られる。

 古獅子の頭上が炎の巨人によって守られた以上、もはや先程のレコンとリーファのコンビネーション落下爆撃戦法は使えない。古獅子は先程までに比べれば地上を動き回る時間が大きく伸びたが、それは逆に言えば炎の巨人の攻撃の苛烈さを示す。古獅子が駆ける度に灰色の炎の十字槍が大きく振るわれる。また、戦場を乱す灰騎士たちの横槍も継続だ。よりアグレッシブになった古獅子と合わさってその凶悪さを増す。

 だが、まだ勝機は残っている。炎の巨人にはダメージこそ与えられないが、古獅子の中央の頭の額の外殻は砕けたままだ。そこに矢を射ればダメージも通るならば、炎の巨人と古獅子のコンビネーション攻撃を避けながら、シノンは少しずつ矢で攻撃し続けるのが最良の手だ。

 

(いざとなれば、最後の1発で……!)

 

 義手に残された百足のデーモンのソウルを加工して仕込まれたドラゴンのブレスにも匹敵する火炎放射。ランスロット戦に温存したかったが、手札を抱えたまま死ぬよりも現状を生き抜く方が優先であることに疑いはない。

 だが、シノンは直感している。次に火炎放射を穿てば、今度こそ義手は深刻な機能不全に陥る。そうなれば、ランスロットはおろか、この首を狙っているデス・ガンを退けることさえも難しくなるだろう。事実上の戦力外だ。

 あくまで使うのは最後の手段だ。ましてや、第2段階で使って良い兵装ではない。だが、今の古獅子にまともに跳び込むことができるのはUNKNOWNとヴァンハイトだけであり、彼らでも無傷では古獅子に攻撃を当て続けるのは無理だ。

 

「ぬぅう!?」

 

 炎の巨人の地面を抉りながらの十字槍の振り上げを斧槍でガードするも、宙を浮いたところでヴァンハイトは容赦なく古獅子の前肢で地面に叩きつけられる。大きくHPが減った彼はレコンから融通してもらった燐光紅草を頬張るも、その大きく減ったHPを回復させるには圧倒的に足りない。リーファが飛んで近づき、追加で中回復を発動させるが、その顔を硬直させる。

 

「……良い。自分の体だ。自分で分かるわい。やはり……老いたくないものだな」

 

 血反吐を垂らすヴァンハイトは左手で脇腹を押さえている。脆弱なるアルヴヘイムの革装備であの一撃を受けたのだ。死ななかったのは彼が古獅子の叩きつけを寸前でガードしたからであり、だが攻撃は彼の内部……骨を砕き、臓器を負傷させたのだ。

 ヴァンハイトの攻勢が薄らぎ、UNKNOWNはレコンがカバーしきれない大矢を回避しながら、炎の巨人の十字槍を潜り抜け、また時として剣で受け流す。

 以前も反応速度は凄まじかったが、今は輪をかけている。捉えきれない程の小さな攻撃の予兆を拾い上げているかのように、回避とガードの精度が高まっていく。

 リーファによれば、高まった五感を活かし、より高精度で知覚情報を獲得しているのだろう。それがただでさえ高い反応速度の真価を高めている。

 古獅子の3つ首が巨大な火球を次々と放つ。UNKNOWNは1発目を躱し、2発目を掠め、3発目を避けきれずにガードするも炎の中から跳び出し、その外殻が剥げた額に黄金の雷を散らすメイデンハーツを叩きつける。マユが仕込んだ、ヤスリをエネルギー源として攻撃属性を付与する特殊攻撃だ。雷の杭の如き雷撃を纏った振り下ろしに古獅子はダメージを受けてよろけ、そこから即座に深淵狩りの剣を刺し入れるも、炎の巨人が穢れの火の十字槍でUNKNOWNを弾き飛ばす。

 

「……クソ!」

 

 再度攻め込もうとするUNKNOWNであるが、それを緩めざるを得ないのは穢れの火の効果、最大HP減少だ。ある程度のダメージを許容してガードを織り交ぜながら攻め入るアタッカーであるUNKNOWNでは、どうしても戦闘スタイル上、穢れの火との相性は最悪だ。貴重な燐光紅草を食べてHP回復を図りながら、UNKNOWNは削られた最大HPが復元するのを待つが、その間も古獅子と跨る炎の巨人が攻撃し続け、また灰騎士も攻め立てる。

 穢れの火と相対するのに必要とされるのは死線を歩む最高峰の回避能力に両立した攻撃力だ。あらゆる攻撃を躱しながらも攻勢を緩めない事が求められる。ローテーション要員がいない限り、どう足掻いても穢れの火の影響を受けて攻撃を止めて守勢に回るしかない。

 古獅子が前肢を叩きつければ、火蛇のように火柱が走る。UNKNOWNはそれを躱すも、仲間の攻撃を受けてもすぐに復活する灰騎士が斬りかかり、回避が間に合わずにその両刃剣を背中に受ける。幸いにも浅いようだが、血が飛び散り、UNKNOWNはダメージフィードバックに堪えた様子で反撃して灰騎士を薙ぎ払う。だが、そこに更に灰騎士の軍勢が加わって足止めされ、好機と見て容赦なく古獅子が突撃し、炎の巨人の十字槍が迫る。

 危うく串刺しにされる直前でリーファが飛来してUNKNOWNに抱き着きながら押し飛ばす。炎の巨人の十字槍は灰騎士たちを消し飛ばしたが肝心のUNKNOWNには掠ることもなかった。だが、古獅子は焦る様子もなく飛行し、頭上から雷を降り注ぎ、竜頭の尾は灰色の炎のブレスを地上に撒き散らす。

 古獅子と炎の巨人だけならば対応しきれる。だが、灰騎士がいる限り、必ず手痛い攻撃を受けてしまう。これで十分に戦力さあれば、灰騎士の排除に専念する露払いを割り当てることができるだろう。だが、今ここにいるのは5人だけであり、死者が出ていないのは奇跡に等しい。

 このままはいずれ押し切られる。シノンは奥歯を噛み、2本目のHPバーが残り6割まで減った古獅子を睨む。レコンが砕いた額のお陰でダメージは驚くほど通る。本来ならば、地道に腹部でダメージを稼ぎ、またダウンを取って外殻の破壊に努めるしかなかったのだろうが、彼の決死の作戦によって弱点が露出しているのがこちらにとって決定的に有利だ。

 

「灰騎士はあの通路から無限に湧き出しているわ。きっと、あの奥に何か仕掛けたあるはず」

 

 シノンはUNKNOWNの傍に駆け寄り、矢を射て牽制をかけながら話しかける。彼は肩で息をしながらも、同意するように頷いた。

 

「入口は封鎖されたけど、奥の道は解放されたままだ。あの通路の先に灰騎士が出現するギミックがあるのは間違いない。それを解除しないと……だけど!」

 

「分かってる。灰騎士が無限に湧き出す通路を突破できるのは、突破力に優れた貴方と飛行できるリーファだけ。だから、行って。古獅子は私達3人で食い止める!」

 

 UNKNOWNの懸念は分かる。リーファやレコンが予想以上の奮戦をしてくれているとはいえ、このパーティでのダメージディーラーはUNKNOWNなのだ。ヴァンハイトは負傷して動きが落ち、シノンはサブクラスの矢しか持たずになおかつ本数は少ない。この状態で前線アタッカー2人が抜けるのは手痛い事だ。

 だが、シノンも何ら勝算なく古獅子を受け持つと言ったわけではない。レコンは想像以上にタンクとしての適性が高く、またあの精神的爆発力は凄まじい。レベルが不足している事だけが懸念であるが、それをカバーするだけの観察眼を持っている。ヴァンハイトも動きが落ちたとはいえ、手負いの獣はなお恐ろしいとばかりに攻めの鋭さは増している。

 

「任せて……良いんだな?」

 

「愚問ね。少しは私を信頼しなさいよ。言ったでしょう? 私が貴方を守る。貴方の足りない部分を補う。貴方の背中を守る」

 

 臆病な本心が叫ぶ。彼を送り出したくない、きっと死んでしまう、出来るはずがない、と叫んでいる。

 滾る闘争心が咆える。この戦いの中で自分が何処まで通用するのか、更に成長できるのか、それを知りたいと咆えている。

 相反して、矛盾して、だが奇麗に混ざり合った2つの気持ち。シノンはそれらを甘噛みしながら呑み込んで、強気な笑みを描く。

 灰騎士の首を飛ばして撃破したUNKNOWNが古獅子を、炎の巨人を、そして最後にシノンを見つめる。

 

 

 

 

「すぐに戻る。それまで死なないでくれ、『相棒』」

 

「ラストアタック分くらいは残しておいてあげるわよ。任されたわよ、『相棒』」

 

 

 

 

 

 それは勇気づける為の口走りに過ぎないのか、あるいは本心から彼女を認めてか。それはシノンは区別できなかった。

 

「リーファ、俺と来るんだ! 灰騎士が湧いてる通路を突破するぞ!」

 

「え? ええ!? あ、うん! 分かった!」

 

 突如として飛んできた指示に混乱を垣間見せたリーファであるが、UNKNOWNに全幅の信頼を置いているのだろう。また、即座に指示の意図する作戦を把握したらしいレコンが彼女を送り出すべく右腕を伸ばしてサムズアップを決める。

 黒衣と金髪が闇に包まれた灰騎士が湧く通路に飛び込む。このアルヴヘイムは摩訶不思議であるが、このダンジョン設計は間違いなくDBOと同じ……後継者の作品だ。ならば、通路の突破、あるいはその先には相応の苦難が待ち構えているはずだ。

 UNKNOWNが削ってくれたのは2本目のHPバーの約半分。出来ればこの状態のまま最終段階に突入させないように粘りたいが、スタミナが有限である以上ネームド相手に持久戦や守勢は死に直結する。

 

「レコン、私が避け続けるからカバーをよろしくね。ヴァンハイトさんは隙を見たら攻めて頂戴。積極的に大技も狙って、こちらのスタミナが切れる前に削るわよ」

 

「攻撃は最大の防御か。それくらいの意気込みでなければ戦は務まらん。死にかけの老いぼれの意地、見せてくれようぞ」

 

「あ、あははは。僕も随分と大きく買われちゃったなぁ」

 

 負傷の分だけ鬼気迫るヴァンハイトとは対照的に、リーファがいなくなった途端に弱気が滲んだレコンにシノンはやや呆れたが、彼に嘘偽りなく笑む。

 

「もっと自信を持ちなさい。今のあなたは最前線でも稀に見れるかどうかの『本物』の『肉壁』よ。期待してるわよ?」

 

 レコンにはタンクに最も必要な敵の攻撃に相対する精神力が備わっている。それが不足している盾の技術を補って余りある。これは古獅子の攻撃が大型であるからこその力一辺倒であることもあって必要以上に技術を要さないこともあるが、逆に言えば自分よりも遥かに巨大で強力な攻撃を前にしても恐怖を乗り越えて踏ん張れる度胸がある。

 たとえ、どれだけ心の内で恐怖していてもそれに屈せず、臆さず、驕らず、盾を構え続ける事が出来る限り、彼は有用なタンクであり続けるだろう。

 だが、その一方でガードはスタミナを削られる。大盾であるが故に消耗は低い部類だが、大型ボス級の攻撃を受け続ければ、たとえガードブレイクしなくとも、スタミナの消費が加速度的に増える。レコンの場合、タンクとして真に責務を全うするために不足している最大のステータスはCON……即ちガードし続ける為の持久力。それが懸念材料だ。

 ヴァンハイトも気迫は凄まじく、また攻撃も苛烈になっているが、手負いは手負い。なおかつ防具が貧弱となれば、ただの1度のミスが死に直結する。再起はないだろう。

 

「それでも、勝つのは私達よ」

 

 負けられない。負けたくない。誰にも……何にも! シノンはUNKNOWNとリーファが不在となった戦場で、王者の如く翼を広げる古獅子と跨る炎の巨人を睨んだ。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 遮蔽物は円柱のみ。破壊不能オブジェクトではないが、耐久はかなり高いので壁としては役立つか。

 アポロンの攻撃は主に手に持つ大剣だ。アポロン自身がプレイヤーとは比較にならない程の巨体であり、そのサイズを基準にした大剣なのでオレからすれば巨大な金属の塊なのであるが、それは今更の事なのでどうでも良い。

 結晶火を纏った大剣を振るい続けるアポロンは、無作為に魔法陣によって消失したかと思えば、別の場所に魔法陣の光と共に出現する。それは未だ参戦しないアルテミスのサポート魔法だろう。

 高い魔法属性攻撃のみならず、物理属性も高めだろう大剣。それによる近接剣技はアポロンの巨体も合わされば嵐のようであるが、潜り抜けることは容易く、懐にも入り込める。だが、張り付こうとすればワープされ、もしくは大剣をその場に突き立てて全方位を結晶火の爆発で攻撃する術を持っている。

 両手で結晶火の大剣を構えたアポロンが剣先で床を刻みながら斬り上げる。途端に結晶火が噴出され、地を這う結晶火が斬撃となって飛来する。それをサイドステップで躱せば、ワープを発動して直上を取ったアポロンが落下しながら刺突を繰り出す。

 ワープは面ではなく空間、3次元で何処でも出現可能か。バックステップで躱したと思えば、アポロンが左手を空ける。大剣より結晶火が流れ出して左手の掌の上で凝縮される。

 放たれたのは結晶火のメテオ。ギリギリで回避するも、背後で大爆発が起き、余波の結晶の塵が空気中を舞う。チャージには時間こそかかるが、威力はかなり高いな。直撃すれば即死は免れないか。

 

「…………」

 

 アポロンの脛を裂くが、ダメージは思っていたよりもやや低い。打撃属性は通じるが、特効という程でもないか。フルメイルだから打撃属性が通りやすくとも弱点ではない。だからと言って斬撃にも刺突にも著しく弱いとは思えない。そうなると、どれかが弱点ではなく、いずれにも平均的に防御力が備わっているタイプか。

 だが、死神の剣槍は思っていた程のダメージを叩き出さない最大の理由は、アルフェリアのソウルを組み込んだことにより、元来有していた闇属性攻撃力が魔法属性攻撃力に切り替わっているからだ。物理属性だけでもダメージは稼げないこともないが、思っていた以上に伸び悩むのはアポロンに高い魔法防御力が備わっているからこそだろう。

 アポロンが再び両手で結晶火の大剣を構える。地を這う結晶火の斬撃ならば躱しながら迫れるが、ヤツメ様が手を引いて止める。放たれたのは飛距離こそ短いが、広範囲をカバーする扇状に広がる結晶火。あのまま突っこんでいたら手痛いカウンターを受けていただろう。

 ワープで距離を取ったアポロンが両手で握った結晶火の大剣を掲げる。放出される青い炎は勢いを増し、さながら巨大な刃を形成するようだった。

 無言で振り下ろされる結晶火の長大な斬撃。凄まじい衝撃と飛び散る結晶が横から撫でるも、回避に問題はない。だが、バトルフィールドの端から端まで到達するほどの長距離攻撃だ。近接戦オンリーではなく、メテオによる爆発攻撃と結晶火の長大斬撃がある以上、下手に距離を取れば殺されるのはこちらか。ワープによって距離を取られた時が厄介だな。

 だが、アポロンはやはり……いや、しかし、そうであるならば……考えるのは止めよう。

 

「叫べ、アルフェリア」

 

 アポロンがワープで正面に飛んできたところで、死神の剣槍にアルフェリアの叫びを纏わせて斬り裂く。

 魔法属性は通らずともアルフェリアの叫びは闇属性だ。ダメージは良好。加えて叫びの斬撃の一撃を腹に受けてアポロンが僅かに怯む。打撃ブレードの最大の有効性は衝撃力とスタン蓄積の優秀さだ。攻撃を浴びせれば浴びせる程に怯ませられるチャンスは増える。

 だが、燃費は良いが、アルフェリアの叫びも魔力を消費する。基本攻撃はあくまで通常の打撃ブレードだ。メインは物理攻撃力とはいえ、魔法属性攻撃力がほぼ通らないとなれば、ダメージ量は必然的に減る。ここは贄姫を抜きたいところだ。

 

「砕き斬らせてもらいます」

 

 だが、贄姫はまだ早い。魔法属性が不足する分だけ攻撃を畳みかければ良いだけだ。アポロンの斬撃を躱しながら右片手持ちした死神の剣槍で薙ぎ続け、一際大振りな縦振りに合わせてステップで背後に回り込み、体の捩じりを利かせて全身を使った突きを繰り出す。

 

「ウゴォ!?」

 

 初めて漏らしたアポロンの呻き。背後から刺し貫いた死神の剣槍は奥深くまで入り込んでいる。面白い程に奇麗に入った背後からのカウンターだ。

 

「【瀉血】」

 

 アポロンの全身から赤黒い光の槍が飛び出し、アポロンが大量出血に染まる……わけではなかった。

 攻撃を与えれば必ずしも外傷が生まれ、また出血するわけではない。それはアルヴヘイムがどれだけ現実に近しくても仮想世界であり、ゲームシステムが根底にちゃんと残っているからだ。フルメイルであるアポロンの外観を見れば耐性が高いのは目に見えていた。だが、今のアポロンはダメージ表現として全身に穴が穿たれ、鎧にも亀裂が入っている。【瀉血】による内部攻撃の凄まじさを物語っている。

 だが、不自然なまでに出血が少ない。傷口からじわりと血肉が零れているが、それはゼリー状のものだ。

 

「お兄様!」

 

 悲鳴を上げたアルテミスによって魔法陣に包まれたアポロンがワープする。左手に結晶火のメテオを作ったかと思えば、それを握り潰して放る。流星群のように結晶火の礫が迫る。

 だが、ヤツメ様の導きを超えるほどではない。1歩前に踏み出し、結晶火の礫を搔い潜るが、それよりも先にアポロンがワープする。

 完全なバトルフィールドからの消失。視界内に出現兆候なし。聴覚に魔法発生音無し。いや、耳はノイズが酷い。当てに出来ないか。

 

「……ランスロット以下ですね」

 

 無造作にザリアを背後に向けてトリガーを引く。フルチャージ済みの収束雷弾が解放され、雷爆風の余波が三つ編みとコートを靡かせた。改めて振り返れば、ダウン状態のアポロンが両手両膝をついている。喉に直撃を受けたらしく、近距離での一撃とカウンターが合わさって破壊されたようだ。

 同じワープの使い手でも、ランスロットに比べるまでもない。彼の瞬間移動はヤツメ様も全力で導きの糸を張り、なおかつ狩人の予測を最大限に使ってギリギリ対応できたレベルだ。だが、コイツのワープは予兆も分かり易くコンマ数秒ほどかかる。魔法陣出現中は防御力が上昇しているようでダメージが上手く通らないが、それを考慮してもランスロットの瞬間移動の下位互換だ。

 アバターが損傷すればするほどに防御力は落ちる。それはプレイヤーのみならず、モンスターにも適応される。そこにはネームドさえも例外ではない。ダウン状態のアポロンに死神の剣槍の連撃を決める。そして、≪槍≫の連撃系ソードスキル【ノイジー・レイン】を放つ。ランス向けの溜めが大きい突きからの即座に続く3連突きの1点突破。スタミナの消費量の割に高いブーストが売りであるが、見切られ易さと攻撃距離の伸びの悪さから、大型かダウン時以外には狙えないソードスキルだ。

 さすがに頭部は硬いか。ソードスキルを浴びても破損することない兜であるが、それでもダメージ量は甚大であり、アポロンは吹き飛ばされながらも体勢を立て直す。

 

「芸がありません」

 

 連続ワープによる攪乱からの直上ワープからの落下突きにカウンター斬りを決め、そのまま後方退避しながら雷弾を放つ。連続着弾と傷口を狙い続け、雷爆風によってアポロンの悲鳴は掻き消されていく。雷属性はかなり通りが良い。これが弱点のようだな。

 だが、黄の衣でザリアの装填弾薬の半分を消耗した。シェムレムロス兄妹に出来れば8割以上残したかったのだが、黄の衣を相手取るのは思いの外に難儀だった以上、その皺寄せは甘んじて受けよう。

 ザリアをホルスターに戻し、両手を這わせた死神の剣槍に一息と共に意識を練り込む。

 呼吸が熱い。脳髄が蕩けるようだ。後遺症と時間加速の影響で、体内は溶けた鉛が流れ込んでいるように熱くて気怠く、肌は氷の靄に包まれているように凍える。深淵の病が内側から芽吹き、ただでさえ呼吸し辛い肺を圧迫し、体内から激痛を呼ぶ。

 この程度がなんだ? 致命的な精神負荷を受容する度に、これ以上のものを味わっている。この程度で怯む道理などない。

 結晶火が舞う。結晶の塵を散らす青い炎は幻想的で、現実世界では決して目にすることができないだろう神秘だ。純粋に美しいと感じる事も出来る。だが、卓越したように『みせかけた』剣技に興味はない。

 

「あの剣士にも及ばない」

 

 黄の衣が呼び出した誇り高き剣士。確かに培われた武勇と歴戦の歩みを感じさせた戦場の剣。この身を焼き焦がす勢いで燃え上がっていた闘志に敬意を覚えた。

 ワープで背後を取ってからの結晶火を猛らせた渾身の刺突。それを反転と同時に踏み込み、体を地を這う程に傾けさせながら躱し、そのままアポロンの胴を深く薙ぐ。傷ついた体より結晶肉が飛び散り、アポロンが呻いて倒れる。

 HPバー1本目を削り切り、アポロンの全身が青く発光する前にバックステップで退避する。コンマの遅れでアポロンの周囲で魔法爆発が起きる。

 

「ああ、お兄様。こんなに傷ついてしまって」

 

 爆風の余波を浴びながら、オレは再びザリアを左手に抜く。残弾が心許ないが、ここからが本番だ。

 うつ伏せになって倒れたアポロンの傍にはワープしてきたアルテミスが優しく寄り添っていた。彼女が結晶の鱗が生えた右手で兄を気遣うように頭を撫で、その右手に指を絡ませていく。

 

「お兄様は……私にとって唯一無二。大切な存在。欠けてはならない半身。狩人さん、貴方にそんな人はいらっしゃる? ずっとそばにいて欲しい。病める時も、貧しき時も、絶望の縁であろうとも寄り添っていてほしい愛すべき人がいらっしゃる?」

 

「…………」

 

 胸に『痛み』が疼く。赤紫の月光。それを求める浅ましい心を握り潰す。彼女を苦しめて壊した呪いなど要らない。

 

「さぁ、立ってください、お兄様。『永遠』になりましょう」

 

 アルテミスが生み出した魔法陣より結晶が吹き出し、アポロンの肉体を修復させていく。それだけではなく、強力なバフが付与されたようにアポロンの甲冑を蝕んでいる結晶が輝きを増す。

 立ち上がったアポロンが巨体のままに咆えて大剣を構える。その傍らでアルテミスが自身の身長にも匹敵する長さの杖を魔法陣から引き寄せる。

 

 

 

<銀月の魔女、アルテミス>

 

 

 

 

 ベールを頭に被り、なおも竜を証明するような2本角を生やすアルテミス。体格はアポロンにこそ劣るが、角を除いても3メートルはあるだろう。だが、アポロンのように全身甲冑ではなく、布服の軽装だ。属性防御力は高いだろうが、物理防御力は低いだろう。

 2対1か。しかもアルテミスは明らかな魔法使いタイプか。理想的な前衛と後衛だが、今までと特に変わりはない。死ぬまで攻撃し続けるだけだ。それに1体殺せば1対1になる。

 問題視すべきなのはアルテミスにHPバーが1本だけという点だ。アポロンが1本失って残り2本で参戦なので、最低でも同量であるHPバー2本はあると踏んでいたのだがな。だが、この1本こそが逆に危険度を物語るのかもしれない。

 アルテミスが杖を振るう。無数の結晶塊が舞い上がり、夜空を彩る星々のように上空に散乱していく。

 結晶塊から放たれたのは魔法のレーザー。超速で迫るそれらは規則性も無く、ひたすらに、執拗に、オレを狙い撃つ。

 やはり魔法による徹底援護か。レーザーの弾速はかなりの速さであり、目視による回避はほぼ不可能だろう。オレの場合はどちらにしても反応速度が足りないので、視認した時には対処など出来ないだろう。

 軽く見てもアルテミスが同時に放出できる結晶塊は100以上か。それが常に上空で滞空している。僅かでも止まればレーザーで穴だらけといったところか。ロックオン状態にこそあるが、偏差射撃は緩い方だな。射線さえ見切り、回避ルートを1度として間違えなければ良いだけだ。

 ザリアの雷弾をアルテミスに向けて射出する。だが、彼女は避けることもガードもしない。雷弾はアルテミスに直撃する寸前で、見えないバリアに阻まれるように弾かれる。

 射撃攻撃は完全無効化か? それとも近接攻撃も? 何にしてもまずは一通り試しておくべきか。ザリアの残弾は気がかりであるが、早急に仕留める必要性が出てきた。

 アルテミスに接近を試みようとすれば、アポロンが立ちふさがり、更に勢いを増した結晶火の大剣でオレを迎撃する。威力が高められだけではない。より動きが機敏になっている。アルテミスが施したバフの影響か。

 だが、アポロンと接近戦状態ならば上空からレーザー攻撃は必然的に少なくなる。DBOには相打ちシステムがあり、敵味方の区別なく攻撃は等しくヒットする。アルテミスがアポロンを傷つけるような強引な攻めはしないだろう。

 

「…………ッ!」

 

 アポロンの斬撃を縫うように躱す中で、左右と上空から放たれたレーザーをギリギリで体を傾けて紙一重で避ける。バック転をして距離を取りながら、続く上空からのレーザーから逃れるも、背後からの新たなレーザーが首筋を撫でた。

 上空だけではない。このバトルフィールドのあらゆる場所に結晶塊は移動可能だ。それをアルテミスは自在に操り、アポロンを撃たない角度からオレを攻撃し続けるわけか。

 それだけではない。結晶塊が低速ながらも接近すれば、大きく発光して炸裂し、魔法爆発を引き起こす。発光から爆発まで約2秒か。余裕はあるが、少々面倒だな。

 アルテミスを攻撃すれば結晶塊は止まるかとも思ったが、相変わらずに不可視のバリアは張られ、雷弾は防がれる。ならばとアポロンを狙うも、今度は結晶塊同士がレーザーで繋がり合って面を形成してバリアを生む。それがアポロンへの直撃を防ぐ。

 アポロンは攻撃力こそ高いだろうが、機動力はワープ頼りだ。故に高い防御力とHP量で射撃攻撃を耐えるしかないはずだった。だが、今はバリアによって距離を取った攻撃全てを完全にシャットダウンできるようになったわけか。

 加えて結晶塊の幾つかは意図的にアルテミスが操作していると見て間違いないだろう。単純なランダム性だけではなく、密やかに暗殺者の如くオレを狙う結晶塊にも注意せねばならないわけか。

 数百の3次元移動する結晶塊の位置をすべて把握し、なおかつそこに潜む操作された結晶塊を見切り、見失わず、無造作に放たれるレーザーの回避。そして、不用意に接近すれば機雷のように魔法爆発を引き起こす、か。

 

「私の魔法はこれだけじゃないわよ?」

 

 アポロンがワープで攻め込み、アルテミスが結晶塊のレーザー援護して隙を潰す。そして宣言通りにアルテミスが杖を振るえば光球が無数と飛び出し、数秒の滞空の後に高速でオレに殺到する。瞬間的追尾性と高速のソウルの矢か。

 回避したルートに結晶塊が待ち伏せし、魔法爆発が引き起こされる。範囲外に脱するも、次々とレーザーが穿たれる。アポロンに接近をしようとすればワープで逃げられる。

 スタミナを奪い尽くされるのが先か、アポロンに斬り伏せられるのが先か。レーザーで穴だらけが最有力か?

 アルテミスが杖を構えれば、ソウルの膨大な輝きが収束する。それは魔法最上位のスペル【ソウルの奔流】に似た、だが結晶によって更なる強化が施されたものだろう。

 結晶塊のレーザーなど目でもない、文字通り光の濁流が解放される。挙動は大きく発動を確認するのは容易だが、攻撃範囲が広すぎるか。何とか逃げ切るも、レーザーの包囲網で肩が掠める。

 

「フフフ、ようやく当たったわね」

 

 アルテミスが連続で杖を振るう。その度に10を超えるソウルの結晶槍が飛び出し、プレイヤー性能ではあり得ないほどの追尾性を誇って弧を描きながら迫る。次々と周囲に着弾して身を揺する衝撃に堪えながらも、ヤツメ様が導く中で駆け続ける。だが、頭上よりワープで落下突きを繰り出したアポロンに回避が遅れる。

 強化が施された結晶火の大剣は地面に突き刺さると同時に青い炎を舞い上げる。カウンター封じか。先の落下攻撃に反撃を安易に差し込めば、放出された結晶火によって手痛い一撃を受けることになる。

 思考を乱すな。焦りは不要。回避は困難だが、不可避ではない。100を超える結晶塊の内、同時にレーザーを放つのはせいぜいが30程度。インターバルはある。

 攻撃タイミングを見極めろ。攻略法は必ず存在する。絶対に殺しきれない敵はいない。

 アポロンの斬り上げからの結晶火による派生攻撃。扇状に広がる結晶火は接近を禁じさせるものだが、炎の輪郭をなぞるように迫れば不可能ではない。死神の剣槍でアポロンの胴を薙ぎ払う。

 ダメージは与えられる。耐久性能は目立って向上していない。純粋な攻撃力と機動力アップがアポロンの第2段階の目玉か。

 ヤツメ様はもはや笑っていない。本気で狩る目をしている。オレはレーザーの網を円柱を盾にして逃げるも、待ち構えていた結晶塊の爆発を目にする。近接信管だけではない。意図的に爆発させる事も可能か。

 躱せ。今はひたすらに躱せ。本能はうまく働いていない。ヤツメ様は全力でこの状況の打開策を編みだそうとしている。

 気張れ。ここを踏ん張るのはオレの役目だ。狩人の予測だけで全ての攻撃を躱し続けろ。

 5秒。10秒。30秒。60秒。120秒。時間感覚が伸びていく。まるで1秒を長く感じる。アポロンの突きを死神の剣槍で逸らし、背後からのレーザーを屈んで躱した後にそのまま右サイドに移動して上空のレーザーから逃れる。

 多芸だとばかりにアルテミスが杖の先端で床を削るようにして2度振るう。火花は結晶火をおこし、まるで呪術の火蛇のように火柱を立ち上げならオレを追尾する。低速だが、高い追尾性能があり、簡単には振り払えないか。

 叫べ、アルフェリア! 結晶火の火蛇をアルフェリアの叫びで掻き消すも、レーザーまでは防ぎきれず、横腹を1つが抉る。HP損傷は大きくなってきた。残り6割か。オートヒーリングは間に合わないか!

 アポロンの連続ワープからの奇襲攻撃。背後に出現したアポロンが大剣を振り下ろせば、海が割れて水飛沫が上がるように結晶火もまた吹き荒れる。右足が炙られ、魔法属性特有の染み込むような感覚と共に痛みが押し寄せる。

 HP残り3割。苦し紛れに雷弾を放つが、結晶塊同士がレーザーで繋がってバリアを生んでアポロンを守る。

 

「私ね、お兄様ほどじゃないけど接近戦もできるのよ?」

 

 背後から声がしたかと思えば、アポロンと同じようにワープをしたアルテミスが大きく杖を振りかぶっていた。使用されたのはソウルの特大剣よりも更に広範囲のソウルの剣系の魔法。名付けるならば、ソウルの巨剣か。屈んで躱しながら死神の剣槍を振るうも不可視のバリアで阻まれる。近接攻撃も通じないか。

 雷弾をばら撒いてせめてアポロンの接近を封じ込める。残弾は関係ない。今は少しでも時間を稼ぐ!

 

 

 

 

 

 

 

 狙いが違う。あっちよ。

 

 

 

 

 

 

 だが、もう時間稼ぎは要らないとヤツメ様が寄り添って微笑み、その右手で指差す。

 ああ、なるほど。まずはそれを考え付くべきだったか。さすがはヤツメ様だ。

 

「穿て、ザリア」

 

 射撃サークルが存在しないザリアは全て目測での射撃が必要であり、ロックオン機能も存在しない。故に求められるのは自身の感覚のみ。だが、それは現実の射撃と何が違うというのだ? 現実世界に射撃サークルも、ロックオン機能も、命中補正も無い。

 血は熱く滾り、思考は冷たく尖る。ヤツメ様の導きの糸は濃く張り巡らされた。体を軽く揺らして次々と迫るレーザーを躱しながら『結晶塊』にザリアを放つ。結晶塊の1つに雷弾が連続で着弾して破裂する。

 出番だ、贄姫。死神の剣槍を背負い、右手で抜刀して水銀居合を放つ。巻き込まれた結晶塊が幾つか切断されるが、それらは巻き込まれただけであり、狙うべきは1つのみ。

 これで2つ。目視でも分かる程に結晶塊が数を減らす。

 種を解き明かせば簡単か。攻撃に巻き込まれたり炸裂したりした結晶塊が何処から補充されているのか、より観察に徹するべきだった。数百の結晶塊の中で、攻撃にも防御にも参加しない、分裂して補充するタイプの結晶塊が存在したのだ。そして、それらによって生産された結晶塊は母体の破損によって維持できなくなって消滅する。

 

「あら、やるわね。私の秘術をこうも見破るなんて。でも、無駄よ。もう狙わせないわ!」

 

 結晶塊が激しく移動し、母体を担う結晶塊を隠す……つもりなのだろう。オレは一息も入れずに、左腕を振り回しながらザリアのトリガーを引き続ける。アポロンの猛攻を躱し、結晶火で鮮やかに彩られる視界の中でヤツメ様が張り巡らした導きの糸を感じ取る。

 ザリアより放たれた雷弾が今度はバリアに守られることなくアポロンに直撃する。もはや彼の為に形成されるバリアはない。それを成す為の結晶塊は1つとして残っていない。ザリアを振るってレールから立ち上る煙を払い、牙を向いて竜眼の双眸を恐怖で塗り潰したアルテミスに、オレはなるべく優しく微笑んだ。

 

「結晶の秘術、恐れるに足らず」

 

 そもそも戦いにおいて恐怖を感じたのは、最後はいつだっただろうか? そもそも感じたことがっただろうか? あまり興味がないな。

 

「見もせずに、お兄様の攻撃を躱しながら、全ての指令結晶を……撃ち抜いた? バケモノ……このバケモノが!」

 

 バケモノは傷つくな。言われ慣れているが、だからと言って耐性が出来る程にオレの心は頑丈ではない。こう見えてガラスのピュアハートなんだぞ?

 それに大して難しい事はしていない。その指令結晶とやらの全ての位置は既にヤツメ様が割り出していた。後はどれだけ隠そうと移動させても、全ては蜘蛛の巣の中。逃れられなどしない。それだけのことだ。

 贄姫、水銀長刀……抜刀。ザリアをホルスターに戻し、鞘に収めた贄姫を抜き放つ。居合斬りでアポロンの胸を薙ぎ払い、纏った水銀は長い刀身を形成しながらも鋸状の刃を揃える。

 削り斬る。アポロンの連撃とワープによる回り込みは既に見切った。回避と同時に斬り、刺し、抉り、削る。アポロンの甲冑に傷が増え、肉が削がれていく。

 未だに新たな結晶塊は召喚されていない。かなりのインターバルがあると見た。アルテミスは魔法陣を展開して再発動を狙っている為か、攻撃に参加していない。だが、その顔には明らかな焦りがある。アポロンのダメージに対して再発動が間に合わないのだろう。

 リゲインで幾らか回復も図れたが、まだ足りない。アポロンがワープからの落下突き、背後へ回り込んで薙ぎ払い、続く3連突きを掻い潜って懐に入り込み、水銀チェーンモードで拘束運動させた鋸状の刃で斬り上げる。

 贄姫を舐めたな。純斬撃属性ではなくなるが、カタナの高い攻撃力を更に引き上げる水銀長刀モード。そして、水銀ゲージを大幅に使うが、必殺の威力を引き出す水銀チェーンモード。この2つこそが贄姫の近接戦における真の牙だ。加えて水銀長刀モードならば疑似的耐久性能強化によって剣戟への対応力も増す。

 

「オガァアアアアアアアア!」

 

「お兄様! 貴様、よくもぉおおおおおお!」

 

 結晶の肉を盛大に散らしてアポロンが悲鳴を上げて倒れる。怒り狂って叫ぶアルテミスの目の前で、オレは倒れたアポロンの兜の隙間に刃を刺し入れる。

 何度も何度も何度も何度も、その頭部を執拗に刺し貫く。隙間という隙間から泡立つのはゼリー状の結晶の血肉。ビクビクと痙攣するアポロンは大の字に倒れたまま、オレに踏み躙られ、その頭部を兜の中で潰されていく。

 HPバー2本目を削り尽くす。結晶の血だまりの中で倒れたアポロンを青いオーラが包み込む。また段階変化の魔法爆発だろう。

 だが、先程までとは違う。アポロンは苦しむように暴れ回り、大剣を捨てて喉を掻きむしる。だが、傷ついた甲冑からは細胞分裂が止まらないかのように醜く結晶の肉が膨れて溢れ出し、そして兜がついに割れる。

 ……やはり、か。オレはアルテミスに哀れみを覚える。彼女が『兄』と慕う騎士の正体を目にする。

 解き明かすヒントは多くあった。

 たとえば、『シェムレムロスの兄妹』と呼ばれているはずなのに、アルヴヘイムにおいて兄のアポロンについてはここに至るまでにほとんど噂も伝承も耳にすることはできなかった。

 たとえば、抜け殻のゲヘナの説明によれば、シースの弟子は『シェムレムロスの魔女』と呼ばれており、それはヴィンハイムの出身者だった。つまり、アルテミスだけがシースの弟子として名を馳せていた。

 たとえば、アポロンは戦闘中も獣のような唸り声ばかりであり、剣技は見栄えこそするが、まるで『オペレーション通り動く』旧来のAIのようだった。その血肉はまるで白竜の似非のような、結晶によって創造された生命体特有のものだった。 

 ……そして、何よりもアポロンからは中途半端にしか『命』を感じなかった。いや、無数の『命』の蠢きは感じるのに、アポロンの『命』と呼べるものは無かったのだ。

 その理由は解き明かされた。兜から漏れたのは増殖を続けて醜く爛れた頭部。それは皮膚と呼べるものはない肉塊。眼球の代用のように『燃料』とされている人間の頭部が2つ、ゼリー状の肉の中で結晶火と共に燃えている。

 ソウルを燃料にして動く結晶の肉人形。それがアポロンの正体だった。半壊した甲冑からはドロリとした半溶解した結晶肉が零れ、もはや脚部に関してはほとんど人間としての造形を保てていなかった。いや、あの甲冑こそが肉人形の文字通りの『人型』だったのだろう。

 

「ウオォ……ウゴガァアアアアアアア!」

 

 唇もなく、歯もなく、舌も無く、アポロンは唸る。そこに知性も自我もあるはずもなく、生命体としてあるべき足掻きすらもない。ただの崩壊しまいとする人形。

 駆け寄ったアルテミスは落ち着かせるように彼を抱きしめ、魔法を施して結晶を張り巡らせる。だが、それでもアポロンの甲冑は復元しない。彼の内側から溢れる肉の勢いの方が強過ぎるのだ。それでも足りぬならばと、アルテミスの周囲から靄が流れ出してアポロンに注ぎ込まれ、崩壊が抑制されていく。それは彼女を守っていた不可視のバリアそのものだろう。

 

「治します! 私が治しますから! お兄様、どうか落ち着いてください! アルテミスが必ずお兄様の『病』を治してみせます!」

 

 アポロンに縋るアルテミスの頬に一筋の涙が零れた。それは兄を助けようとする慈愛そのもの。そして、同じくらいに彼女の瞳には孤独があった。寂しさがあった。切なさがあった。苦しみがあった。恐怖があった。

 本当は気づいているのだ。目の前の兄は自分を『妹』と見てなどいない。ただ命令に忠実に従う人形に過ぎないのだと分かっているのだ。認めたくないだけなのだ。だからこそ、その本当の姿を覆い隠すように甲冑を纏わせた。

 アルテミスが探究し続けた『永遠』。兄と共にあるという『永遠』には研究の末にもたどり着けない。たとえ、アポロンがその異形をより人型に近づけたとしても、そこに心は無く、故に『命』も無いのだから。

 アルヴヘイムの長い時間の中でもアポロンのAIは『命』を芽生えさせることはなかった。最初から『命』があるネームドとして配置されたアルテミスは、今この瞬間までアポロンに『命』を与える方法が得られなかった。それこそがまさに『永遠に続くような探究』だったのだろう。

 シェムレムロスは非道な研究者なのだろう。この館の惨状を見れば、彼女がどれだけの凶行を成したかは言うまでもない。それは残虐の限りを尽くし、人を人と思わず、ただの研究材料に過ぎなかった。

 だが、それでもアルテミスは……彼女にとっては……『その他大勢』など取るに足らない犠牲とも呼べぬ研究材料であり、肉人形である兄こそが唯一無二の親愛にして彼女の世界だったのだろう。

 オレは……間違っているのだろう。この期に及んでも、アルテミスを憎むことはできない。倫理や正義を掲げて断罪する事は出来ない。

 彼女の純粋過ぎる、たとえ狂っているとしても求めた『兄』との繋がり。そこに尊い意思を覚えてしまった。

 万人が罰を掲げてアルテミスを殺せと望むとしても、オレはここで彼女を獲物として狩ることを選ぶ。その『命』に敬意を払って殺したい。

 そうさ。結局は『殺したい』だけだ。どれだけ言葉を飾ろうとも、オレは殺す為の『理由』を欲しているだけだ。だが、それでも……そうだとしても……!

 再び数百の結晶塊が舞い上がる。ザリアの残弾を考えれば、必中で指令結晶を破壊する必要がある。不足分は贄姫の水銀の刃で補う。

 辛うじて籠手で形が残った右手で大剣をつかんだアポロンが叫ぶ。左手はすでに造形を大きく崩しているが、半壊した籠手が辛うじて五指を形成していた。結晶火の大剣はもはや刀身の倍近くまで燃え上がっている。リーチは単純に2倍と火力も増強か。

 アルテミスも完全にバリアを失ったわけではないだろう。防御を薄くした分だけ火力の増強を行うはずだ。

 ここからが最終段階。シェムレムロスの兄妹との真の戦いだ。だが、やることは変わらない。殺しきるまで攻撃し続けるだけだ。

 

「……コホ」

 

 だが、僅かに漏れた咳は唇にどろりと熱い血の零れを感じさせた。

 

「ゲホ……ゴホ……ゴホ……うぐ……ごがぁあ……!」

 

 止まらぬ咳と吐血。立っていられずに両膝をつき、左手で口を押えるも指の間から人間性の闇で濁った血が滴り落ちる。

 指先が痺れて鈍い。バランス感覚が削がれる。視界が霞む。耳鳴りが酷い。胸が苦しくて上手く呼吸できない。いずれも後遺症がもたらす障害。だが、内臓が腐っていくかのような腹から広がるのは病の痛み。深淵の病がもたらす苦痛が後遺症と混じり合う。

 

「フフフ、ウフフフフフ! 血に深淵が滲んでいるわ。見たことも無い症状ね。人間性の闇が濃く血に溶けてしまっているのかしら?」

 

 アルテミスの双眸に研究者らしい、興奮に満ちた残虐な好奇心の輝きが灯る。そして、同時に自分たちにとって好機だと確信した兆しでもあった。

 立て。立ち上がれ! 深淵の病も後遺症も関係ない! オレが戦うと決めた! オレが殺すと望んだ! オレが狩ると誓った!

 

「オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者」

 

 濁りが生じ始めた意識に殺意を再度流し込む。久遠の狩人と名乗った以上、無様な敗北など許されない。それは狩人の……今日まで血を繋いだ先祖への侮辱だ。

 震える足に筋を通すように力を入れ、口から垂れる血を袖で拭って起き上がる。再び倒れそうになるオレをヤツメ様が抱き着くように支えてくれる。

 そんな泣きそうな顔をしないで。オレは大丈夫だから。独りで……いや、1人で戦えるから。

 右手に握る贄姫が重い。何十倍も質量が増したようだ。全身が錆付いたかのように動かしづらい。呼吸は痛みを生み、痛みは深淵の病を刺激し、深淵の病が新たな痛みを生む。

 心臓がリズムを乱し、殺意で調律しようとすれば、まるで蝕む深淵が邪魔するように止めようとしているかのようだった。

 

「ザリア……力を、貸せ!」

 

 ザリア。その名は深淵の主を示し、コアパーツはまさにザリアの核とも言うべき素材が使われている。ボールドウィンが設計し、グリムロックが改良した、青雷を放つザリアの『力』の継承そのものだ。

 残弾は僅か。1発として外すことはできない。今までは殺意と戦意で無理矢理でも再起動してきたが、これからは深淵の病がそれを阻もうとするだろう。ファンタズマエフェクトにはファンタズマエフェクトを、か。仮想世界の神がいるならば、どうやらオレに向けて対策を練ってきたらしい。

 右手に贄姫を。左手にザリアを。構えを取るオレに、結晶火を猛らせて咆えるアポロンの前でアルテミスが杖を構える。

 猛々しさの中に脈動するのは静寂なる結晶の輝き。それはアルテミスの願いの純粋さを思わせて、ただただ美しかった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 暗闇の通路は呼吸の度に肺まで凍り付くのではないかと思う程に寒く、だが寒冷のデバフは蓄積しない。

 リーファは無限に湧いて出ているのではないかと思う程に通路の最奥から次々と登場する灰騎士たちの頭上を飛行して先に進もうとするが、灰騎士たちも得物が長大ともなれば彼女を叩き落とさんと待ち構える。

 だが、面制圧にも等しい二刀流の斬撃の嵐でUNKNOWNが斬り込めば、対空を並列して行うことなど出来るはずもなく、進撃する2人に対して灰騎士達は続々と撃破されて道を開けさせるばかりだった。

 見える。あたしには見えている! リーファは暗闇の中で目を凝らし、飛来してくる大矢を巧みに躱して宙を舞う。

 黒火山での戦いがリーファを大きく成長させた。巨鉄のデーモンとの戦いでネームドの恐ろしさを知った。そして、驕るには余りにも傍に立つ人は強かった。だからこそ、リーファは慢心なく自分の実力が高まった事を実感できた。

 

「もう少しだ! それまで耐えるぞ!」 

 

 だが、リーファもUNKNOWNも無傷で突破は困難だ。奥へと進めば進むほどに灰騎士が加勢するスピードは増す。だが、1体でも通せば古獅子相手に踏ん張っている3人の元に増援が到着する。たった1体の灰騎士でも十分に脅威なのだ。故に2人は灰騎士たちを倒しながら進む以外に選択肢はなく、またそれを担っているのは事実上のUNKNOWNだ。

 リーファの得物は漆黒の少女が授けてくれた片手剣であり、アルヴヘイムでも十分に通じる業物であるが、片手剣である以上は一撃の火力は決して高くはない。また、彼女が扱うのは中量級であり、片手剣で最もポピュラーな類だ。軽量型のようなスピードも、重量型のような攻撃的も備えていない、まさに器用貧乏とされる片手剣でも特に中間とされる性能まで纏められた部類である。灰騎士を迅速に処理するには火力が足りないのだ。

 だが、UNKNOWNの場合、得物は重量型片手剣であり、一撃の威力は片手剣でも高い部類であり、なおかつ≪二刀流≫によって攻撃力が大幅に増加している。話に聞けば、その攻撃力は同格の両手剣クラスにまで引き上げられ、それが片手剣のDPSかつ二刀流という連撃で繰り出されるならば、まさに圧倒的高火力を実現する。それは道中のみならず、ネームド戦にもおいても実証済みであり、彼のプレイヤー最高峰の火力が無ければ、巨鉄のデーモンにしても古獅子にしてもあそこまで大ダメージを連発できなかっただろう。

 しかし、プレイヤーのスタミナは無尽蔵ではなく、また精神力も集中力も無制限に湧き出す枯れぬ泉でもない。必ず限界という名の底が存在する。

 巨鉄のデーモン戦から時間を置かずして黒火山の攻略、古獅子、そして灰騎士の軍団と相手にし続けたUNKNOWNの剣技には陰りが見えていた。それは剣の道を歩んだリーファだからこそ見抜けた程の小さなものであるが、それは戦いが死の際に近づけば近づく程に命に届く致命の隙となるだろう。

 疲労も当然だ。道中の間もUNKNOWNが最もパーティを支え、何でもないように振る舞いながらも最も危険を受け持って戦ってくれたのだ。背負った仕事量はリーファやレコンの比ではない。

 隊列を組んだ灰騎士たちが大弓を掃射する。UNKNOWNは剣を乱舞して弾くが、防ぎきれなかった1本が右肩に突き刺さる。

 

「おに――」

 

「お、おおお、おおぉぁああああああああああああ!」

 

 思わず呼びかけそうになったリーファの声をかき消すように、UNKNOWNは空間全体が振動するかのような雄叫びと共に灰騎士達に斬り込む。飛来する大矢は脇を掠め、また横腹を射抜くも止まることなく、逆に大弓特有の射撃硬直にあった灰騎士の軍団を纏めて斬り刻んで灰へと変えた。

 大矢は高火力と衝撃、スタン蓄積が高いはずだ。それを少なくとも2回は直撃を受けても斬り込むなど常軌を逸した精神力であり、また軽装に思えた装備でありながらタフネスである。

 

「ぐっ……先に……行こう!」

 

 UNKNOWNが突き刺さった矢を抜けば血が零れる。肉にまで食い込んだ矢は相応のダメージフィードバックをもたらすはずだ。痛覚とは異なる不快感は神経を掻き毟るかのようであり、慣れないプレイヤーは絶叫して転げ回って動けなくなる程である。耐性が自然とつく近接プレイヤーでも大ダメージを受けたり、四肢を欠損した場合などはパニック症状を起こす事も珍しくない。

 

「待って! まずは回復しないと!」

 

「治癒剄は使ってる。これで回復しないとアイテムが足りなくなる」

 

 UNKNOWNの言う通り、彼を包む山吹色のオーラはオートヒーリングを付与させ、また傷口を修復させていく。オートヒーリングを付与する奇跡の生命湧きが常時発動していると考えれば、確かに回復量は時間さえおけば回復アイテムを使わないでも補えるだろう。

 道中でも回復アイテムの使用は最大限に避けたが、それでも使わざるを得ない場面はあった。残る『証』は2つ。たとえ黒火山を攻略したとしてもシェムレムロスの兄妹が待ちかまえ、なおかつオベイロン……最悪の場合にはシノンと組んでも彼が負けたというランスロットも控えている。ならばこそ、回復アイテムの残数には気を配らねばならない。

 

「でも、それって回復すればするほどにスタミナを使うんでしょ!? それに≪二刀流≫だってスタミナ消費は――」

 

「リカバリーブロッキングで回復しているから、リーファが思っているよりもずっと余裕は残ってるさ」

 

 UNKNOWNから≪二刀流≫の特性、そして≪集気法≫が持つ多くの能力の1部を聞かせてもらっていた。その中でも最も有用なのはオートヒーリングとアバター修復速度強化のバフを付与する特殊ソードスキルの治癒剄だ。だが、これは回復と修復にスタミナを必要とする。無尽蔵に使い続けられるものではないのだ。また、他のバフを付与する特殊ソードスキルは発動時にスタミナを消費し、また使用中はスタミナ消費が増加する。また≪二刀流≫のソードスキルは、総じて燃費が良いソードスキル揃いの≪片手剣≫と違って、スタミナ消費も大きい。

 焦っている。冷静に振る舞うフリをしているだけだ。リーファは先に進もうとするUNKNOWNの袖をつかむ。

 

「……熱くならないで」

 

 それ、お兄ちゃんの悪い癖だよ? 口の中でリーファはそう反芻させる。

 

「自分の事だと平気なのに、自分以外の誰かが危なくなるとすぐに熱くなる。それってUNKNOWNさんの良い点だと思う。だけど、熱くなり過ぎて冷静さを欠くのは駄目。ハートは熱く、思考はクールに。それって戦いに限らず万事に共通だよ。ね?」

 

 こんな時だからこそ、精一杯にリーファは笑顔を咲かせて、振り返ったUNKNOWNに一呼吸を入れさせる。

 本当はリーファこそが心配で今にも無謀にも突撃しそうだった。自分よりも弱く、だが自分よりも勇敢なレコンが古獅子相手に踏ん張っている。我が身を盾として、罪の贖罪と生の渇望の狭間で仲間を守るために戦っている。シノンもヴァンハイトも、2人を信じたからこそ、強大な敵を前にしても絶望することなく戦い続けている。

 それに応えなくてはならない。その気持ちが楔となってリーファの心を熱く滾らせても冷静さを残した。

 

「……済まなかった。キミを不安にさせるなんて、どっちが最前線ルーキーなんだか」

 

「ううん、謝らないで。幾らでも熱くなって良いから。その熱がUNKNOWNさんをきっと強くしているはずだから。だけど、感情に呑まれないで。焦らないで」

 

「…………」

 

「ど、どうしたの?」

 

 リーファの言葉に、UNKNOWNは大きく目を見開き、気恥ずかしそうに背中を向けて歩み出す。既に新しい灰騎士が駆けつけていた。休憩と呼ぶにも値しない呼吸の時間は終わりである。

 

「いや、昔……『友達』にも似たような事を言われたんだ。1人で突撃して死にかけてさ、普段は何も言わないくせにその時だけは『お前は自分以外のことになると熱くなり過ぎるから、頭の中にドライアイスでも詰め込んでおけ』って吐き捨てられたよ」

 

 ひ、酷い物言いだ。絶対にクゥリさんだ。リーファは苦笑しながら、UNKNOWNを援護すべくその背中に中回復を発動させる。残りの魔力は決して多くないが、彼の回復が最優先だった。

 灰騎士の軍団を斬り払い、リーファ達はようやく通路の先にたどり着く。

 そこは祭壇の間。最奥に巨大な祭壇と一体化した燭台が安置され、そこでは灰色の炎が揺らめいている。そして、祭壇を守るように立つのは1人の騎士。それは戦旗を携えた灰騎士だ。だが、他とは違うのは、その兜の特徴的な意匠であるはずの2本角の内の右側は折れて欠けており、また鎧の節々も痛み、何よりも実体としての存在感が今までの灰騎士とは違う。そして、その頭上に頂くのは1本のHPバーと冠された名前だった。

 その名は<封印の守護者、エンデュミオン>。その騎士は槍と一体になった戦旗を振るう。灰塗れのボロボロになった、だがその紅蓮を損なうことなく、獅子のエンブレムが金糸で縫い込まれた戦旗が靡けば、エンデュミオンの周囲で灰が蠢き、それを憑代とするように灰騎士たちが召喚される。

 このネームドこそが無尽蔵に灰騎士を生み出す根源! 穢れの火の守り手は古獅子だけではなく、2体のネームドだったのだ。

 だが、HPバーは1本だけだ。すぐに決着をつけてレコンの援護に向かわないと! リーファが緊張しながら剣を構えれば、UNKNOWNは彼女の背中を叩く。

 

「ハートは熱く、頭はクールに。だろ?」

 

 先程の言葉がそっくりそのまま自分に返ってきたことに、リーファは小さく頷く。確かに早急に撃破は必要不可欠だ。だが、その為に焦ってミスを犯せば、自分もUNKNOWNも危険にさらす。それは回り回ってレコンたちへの援護が遅れる、あるいはこのネームドに敗北するという最悪の展開にも繋がる。

 

「あのネームドが灰騎士を召喚するには特有のモーションがあるはずだ。それを注意して確実に潰す。行けるな、リーファ?」

 

「うん、もちろん」

 

 下手な飛行は逆にカウンターの餌食になる。しっかりと地に足をつき、リーファはUNKNOWNと肩を並べて剣を突きつければ、エンデュミオンは強敵と認識したように覇気を増す。

 まずは召喚された10体の灰騎士が動く。エンデュミオンは自分が召喚者だからこそ、不用意に近づかず、まずはこちらの戦法を見抜くつもりなのだろう。だが、リーファとUNKNOWNはアイコンタクトで互いの役目を即座に認識し合う。無言の中で確かに通じ合う。

 任せてくれた。リーファはそれが喜ばしく、灰騎士の軍団を1人で担うUNKNOWNを背後にエンデュミオンに単身で挑む。

 エンデュミオンは他の灰騎士と同様の体格であり、人間よりも一回り大きい。だが、人型のネームドである以上、リーファは大ギルドが掲げる警告を思い出す。

 人型ネームドに少人数で挑むな。それは死を意味するのだから。アルヴヘイム以前のリーファならば、そんな無謀は決して敢行しなかっただろう。せざるを得ない状況だとしても、恐怖が勝って動けなくなっていただろう。パニックに陥っていただろう。

 だが、今は違う。ここに至るまでにUNKNOWNとシノンが教えてくれた。確かに絶望的な難度を誇るDBOであるが、決して抗えないわけではないのだ。勝ち目はあるのだ。それをつかみ取れるかどうかはプレイヤー次第なのだ。

 エンデュミオンは単身で突出したリーファを串刺しにすべく戦旗の槍を穿つ。それは恐るべき神速であり、リーファはギリギリで軌道を見切って片手剣で逸らす。だが、そのまま懐に入り込むことは許されず、槍術とは棒術だと言わんばかりに柄で横殴りにされる。

 

「…………っ!」

 

 だが、リーファはしっかりと腕でガードし、衝撃とダメージを最小限にする。それは彼女の高い反応速度だけではなく、その槍の軌道をしっかりと読めていた証拠だ。

 エンデュミオンがリーファの評価を改めたように、戦旗の槍の穂先を下段に構え、踏み込みながら突く。高速突きをギリギリで躱すが、派生した突き上げが迫り、リーファは片手剣でガードするも大きく弾き上げられる。 そこに即座に連続の突きが放たれ、捌き切れずに右肩と左脇腹が抉られる。

 直撃はしなかった。奥歯を噛んでダメージフィードバックを堪えながらも、リーファは以前の自分ならば容赦なく先の連撃で穴だらけになっていだろうと確信する。

 エンデュミオンは頭上で戦旗の槍を回転させる。すると靡く戦旗に灰色の炎が着火し、大きく燃え上がる。それは穢れの火のエンチャントだろう。あれでは攻撃のガードと共に炙られ、穢れの火の影響を受けることになる。

 攻め切れない! 元よりリーチに勝る槍を巧みに操るエンデュミオンに対して、リーファは踏み込み切れなかった。穢れの火の特性を知るからこそ二の足を踏んでしまう。

 

(でも……シノンさんほどに速くない!)

 

 確かにエンデュミオンは素早く、また槍の攻撃も見切れるか否かの限界にある。だが、エンデュミオン自身のスピードはシノンに比べれば大きく劣る。

 恐れるな。前を見ろ。1歩を踏み出す勇気をここに! リーファは呼吸1つと共に、恐怖を踏破してエンデュミオンの間合いに入る。穢れの火を纏った戦旗を靡かせた槍の薙ぎ払いに対し、リーファは真っ向から片手剣でガードし、更に刀身の腹に左腕を押し付けて踏ん張る。

 

「あぁああああああ!」

 

 エンチャントされた穢れの火が体を焦がす。HPがじわじわと削れ、そして最大HPもまた短くなっていく。

 

(レコンは……こんな恐怖にずっと正面から受け止めてたの!? アンタ、本当に凄いよ!)

 

 怖い。怖くて、今にも泣き出しそうで、諦観のままに死を受け入れたい衝動に駆られる。だが、屈しない。リーファは雄叫びと共に槍を押し返す。ようやく出来たエンデュミオンの隙に斬り込む。

 剣先が鎧を削る。回避行動を取られて、ようやく届いた一撃は掠めるにとどまるが、このまま張り付くとリーファは足首への負担も厭わずにターンして距離を取ろうとするエンデュミオンを追う。

 リーファの連続突きに、エンデュミオンは槍の柄でガードし続ける。振り払えないと判断してか、エンデュミオンは戦旗の槍を短く持ち、リーファに相対して振りかぶる。

 かつては壮麗なる銀の槍だったのだろう。だが、今は見る影もなく傷つき、欠け、壊れかけている。だが、それでもエンデュミオンは我が槍が折れることなどないと信じているように乱暴と言えるまでに振るい続ける。

 火花が散り、リーファの片手剣の刃が欠ける。あまりにも怒涛過ぎるエンデュミオンの戦旗の槍による殴りつけを連続でガードし過ぎてしまったのだ。また、槍に気を取られた隙に腹に騎士の左拳が潜り込む。

 血反吐が喉にせり上がり、リーファの口から零れる。だが、吹き飛ばされてなるものかと踏ん張り、また翅を出力して堪える。耐え抜いたリーファは、僅かに困惑したエンデュミオンに笑いかけた。

 

「今度は……あたしの番!」

 

 動きが止まったエンデュミオンにフォースの拳を叩き込む。顔面にぶち込まれたエンデュミオンは大きく吹き飛ばされ、地面を転がる。

 エンデュミオンのHPが減少する。リーファは倒せない敵ではないと再認識するも、腹に打ち込まれた拳のダメージによって体の内側からダメージフィードバックの不快感が広がり、バランスを崩す。

 

(回復……しないと……シリカに貰った深緑霊水が……まだ残って――)

 

 HPが半分を切り、ダメージフィードバックのせいで淀んだ意識の中で、リーファは普段がそうであるように回復行動を取ろうとする。だが、ネームド戦において、それも単身で挑む人型ネームドを目の前にして、悠長に回復を行うなど愚の骨頂である。回復をするにしても隙を作らねばならない。それは攻撃チャンスを得ることと同様の難度である。

 回復は潰す。それは実に当たり前の行動であり、エンデュミオンは機を逃さずして転がる身を起こして復帰すると槍を振るう。それは大きく灰色の炎を放出し、リーファに押し寄せる。

 決定的な隙にして死に至る攻撃。深緑霊水を手にしたまま茫然としたリーファを守るように、黒衣が翻ったのは一瞬だった。

 2本の剣を交差させ、リーファを庇うように立ったUNKNOWNは真っ向から灰色の炎をガードする。それは彼のHPを奪うも、そんなものは大したことないばかりに剣を振るって残火を散らす。

 10体の灰騎士は文字通り灰へと帰っていた。この短期間で灰騎士全てを倒したUNKNOWNの参戦に、自分は彼に任された役目を全うできたのだと目を潤ませる。

 

「ここから一気に奴を倒す。ついて来れるな、リーファ?」

 

 今度こそ回復に成功したリーファに、UNKNOWNは微塵の敗北も感じさせない自信を有して語りかけた。

 リーファの言葉はなく、無言のままに2人は飛び出す。それが彼女の答えであり、彼の了承だった。

 エンデュミオンは再度灰騎士を召喚しようとするが、瞬く間に間合いを詰めたUNKNOWNの同時振り下ろしにガードするしか無く不発に終わる。その隙にリーファが懐に入り来んで腹を薙ぎ払い、灰で淀んだ血を散らせる。

 呻くエンデュミオンは力任せにUNKNOWNを押し返し、灰色の炎を纏った戦旗を振り回して2人を近づけまいとする。だが、リーファもUNKNOWNも臆さずに斬りかかる。

 リーファの上半身を灰色の炎が呑み込む。見た目は派手だが、あくまでダメージソースは槍本体であり、炎自体の火力は低い。また、衝撃もほとんどないために、見た目と特性に怯まなければ跳び込める。

 だが、卓越した槍捌きで接近した2人を相手取るエンデュミオンは容易に斬らせない。縦横無尽に戦旗の槍を振るい、そのリーチを活かして彼らを払い除ける。

 決死の守護。エンデュミオンの姿にリーファは背筋を凍らせる。眼前にいるのは単なる怪物ではない。ましてや、単なるAIでもない。本物の騎士がそこにいると実感する。

 

「負けられないのは、あたし達も一緒なのよ!」

 

 長引けば長引くほどにレコンたちは窮地に陥る。リーファは熱く猛りながらも、だが思考は冴えたまま、エンデュミオンの攻撃を見切って踏み込む。今度は完全に穢れの火にあぶられることなく懐に入り込むと同時に奇跡の雷の杭を発動させる。

 本来ならば隙がある敵にしか使えず、素早い人型ネームド相手に命中させるのは困難だ。当然のように回避されるが、眩い雷光と衝撃波は確かにエンデュミオンの意識を集中させることに成功する。

 

「もらった」

 

 あたしは囮。本命はお兄ちゃん。雷の杭で隙を晒し、エンデミュオンにカウンターを誘いながら、同時に彼女の意図を読んだUNKNOWNが背後に回り込む。ソードスキルの光を帯びた連撃はエンデュミオンの背中を抉り、そのHPを残り4割まで減らす。思った以上にダメージが伸びなかったのは、衝撃で怯むより先に、スタンするよりも前にエンデュミオンがソードスキルから脱したからだ。

 生き足掻く。決して敗北を認めず、槍を捨てず、闘志に陰りはない。エンデュミオンは背中から多量の出血を垂らしながらも、微塵として怯むことなく槍を構える。

 

「負ケラレナイ。オーンスタイン様ニ……任サレタ……ノダ。私ノヨウナ……身分低イ若輩ガ……大任ヲ……! 私ハ……負ケラレナイノダァアアアアアアア!」

 

 全身に灰色の炎を纏い、エンデュミオンは文字通りの決死で襲い掛かる。自らも穢れの火の影響を受けているようにHPがジリジリと減る中で、騎士の速度は増す。それはバフを施す呪術である内なる大力にも似て、だが自らを確実に滅ぼす業にしか映らなかった。

 そこまでしても穢れの火を守らんとするエンデュミオンの気迫に圧倒されそうになるも、前を駆けるUNKNOWNの背中に奮い立つ。

 他でもない自分が言ったのだ。負けられないのは自分たちも同じだと騎士に言い放ったのだ。ならば、ここで気合負けして屈するなど許されることではない。

 UNKNOWNが連撃で押し込み、リーファが入れ替わるようにスピーディな斬り込みで揺さぶり、再び仮面の剣士が刃の嵐で圧殺する。次から次へと止まることがないコンビネーション攻撃は、まるで長年に亘って培われたかのような熟練を感じさせるが、その一方で活き活きとした脈動は2人が剣を並べた時間の若さを示す。

 巨大な灰色の炎を靡かせて周囲を薙ぎ払ったエンデュミオンが左手を地面に突き、右手につかむ槍を地に平行するように構える。それは彼が持つ最後の絶技なのだろう。

 瞬間移動にも等しい超速の突き。一瞬で間合いを詰めてUNKNOWNに槍の穂先を迫らせる姿をリーファは完全に見失っていた。読みも反応速度も追いつかず、リーファが見たのは血飛沫だけだった。

 

「……俺の勝ちだ」

 

 だが、刹那の攻防を制したのはUNKNOWNだった。リーファさえも見切ることも反応する事も不可能だった超速接近の突き。それを完全に見切り、なおかつ二刀流で横腹を斬り払ったUNKNOWNは、HPがゼロになって膝をついたエンデュミオンの背中を見つめる。

 まだ戦える。そう言うように震える体で立ち上がり、全身を灰で汚れた血で染め上げたエンデュミオンは戦旗の杖を杖代わりにしてUNKNOWNに近づく。だが、HPを失えば退場がルールだ。その体はみるみる内に崩れて灰になっていく。

 

「私ハ……負ケラレ――」

 

 伸ばされた手がUNKNOWNに触れるか否かの距離で、ついにエンデュミオンは完全に灰となって造形を崩す。戦旗の槍もまた風化して散っていき、灰色の炎で炙られたような燻ぶったソウルだけが灰に埋もれて残されていた。

 勝った。安堵したリーファは、中回復で自分とUNKNOWNを回復させると、まだ古獅子が残っているというのにへたり込んでしまう。エンデュミオンとの激戦は精神を疲弊させ、もはや戦う気力を奪い取っていた。

 ソウルを入手したUNKNOWNはリーファに手を差し出す。まだ戦いは終わっていない。だが、今は生き残った喜びを分かち合おうと言っているようだった。

 

「不思議だな。キミとはまるで何年も組んでいたみたいに息が合った」

 

「……きっと相性が良かったんだね」

 

 そりゃそうだもん。あたし達、兄妹なんだから。リーファは明かせない秘密を胸の中で大事に抱えながら、それでも確かな兄妹の繋がりがあったと喜びを隠せずに笑んでしまう。

 そして、リーファは気づく。

 先程まで揺らめくばかりだった祭壇の燭台で燃え上がる灰色の炎。それが急速に凝縮され、燭台に積もった灰より何かが這い出すのを目視する。

 

(警告……駄目……間に合わない……だったら!)

 

 完全に背を向けたUNKNOWNは反応が追い付かない。リーファは彼の腕を引っ張って放る。そして、急速で接近した何かの一撃を片手剣で受け止める。それは強烈な斬り上げであり、軽々と弾き上げられたリーファに続く一閃が迫り、胴を薙ぐはずだったそれを強引に回避しようと翅を使った結果、両膝より先に硬い何かが触れ、肉を抉り、骨を砕き、そのまま切断する。

 

「あぁあああああああああああ!?」

 

 叫びが漏れ、制御が利かなくなった翅がリーファを宙で暴れ回らせ、そのまま祭壇の間の壁に激突する。それは結果的に襲撃者から距離を取らせ、彼女の生存へと繋がる。

 ユージーンに腕を折られた時とは比較にならないダメージフィードバックに、リーファは呼吸の仕方も忘れて喉を痙攣させ、傷口から溢れる真っ赤な血と急速に減っていくHPに死の恐怖に呑まれる。生存本能のままに、シリカから取って置きだと貰った白亜草を頬張ろうとするが、それよりも先に襲撃者が間合いを詰める。

 

「させるかぁああああああああ!」

 

 だが、間に入ったUNKNOWNが剣を交差させて襲撃者の振り下ろしを防ぐが、高いSTRを誇るはずの彼でも拮抗することなく、逆に押しつぶされそうになる。プルプルと足が震え、膝が地面につくよりも先に何とか襲撃者を払い除けたUNKNOWNはリーファを守るように剣を構えた。

 リーファはようやく思い知る。

 人間の最高位とさえもされるトッププレイヤー達でも、どうしてDBOの攻略は遅々としているのか。どうして上位プレイヤーから犠牲者が出るのは止まらないのか。どうしてネームドという存在が恐れられるのか。

 

 どうして……人型ネームドに少数で挑んではならないと大ギルドは死の警告を掲げているのか。

 

 全身に纏う甲冑は灰色に炙られて穢れ、本来の黄金色を損なっていた。

 本来の体格を隠すような重装甲冑であり、頭部には獅子を思わす兜。

 その右手に持つのはもはや特大剣と思わす程の分厚く叩き斬る為の刀身を備えた両刃剣。

 体格は灰騎士とほとんど変わらないが、その全身からみなぎる覇気はエンデュミオンとは比べるまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<穢れの火の封印者、【竜砕き】のスローネ>

 

 

 

 

 

 

 

 

 2本のHPバーを有するネームドは、一切の容赦ないと告げるように、だが騎士としての礼儀を失することはないように構えを取る。

 両足に止血包帯を巻き、欠損ダメージを止めるが、なおも続く流血によるスリップダメージで減り続けるHPを補うべく深緑霊水を飲みながら、汗だらけの顔でリーファは怯えを隠さなかった。

 古獅子もエンデュミオンも、黒火山というダンジョンの真のボスの前座に過ぎなかったのだ。このスローネこそが黒火山で穢れの火の『証』の守護者なのだ。

 

 そして、二刀流と両刃剣、2人の剣士の絶望を焚べる戦いが始まった。




主人公(黒)、難易度オーバーキルに突入しました。


それでは、288話でまた会いましょう!

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