SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いよいよ本エピソードの締めです。
白黒主人公の両サイドが交わる時ですね。


Episode16-31 赤い月の下で

「何回も何回も何回も、私を殺して飽きないの?」

 

 黒ずんだ血の濁流。黄身が蕩けたような歪んだ太陽が天上で煮え、汚れた臓物の雨を降らせる。

 浮かび上がるのはこれまで殺した人々。数多の戦友たちの無念。支払った代償は重く、そして生き抜いた業は今も燃え盛り続けている。

 悪夢は終わらない。何度殺しても、何度も何度も何度も殺しても、彼女は蘇る。

 鬱陶しそうにスミスは銃を、かつて愛した女の眉間に撃ち込む。

 

「やれやれ。私も存外捨てたものではないな。過去には区切りをつけたつもりだったのだがね」

 

 だが、そう簡単に割り切れないのも人間らしいと言えば人間らしいか。スミスは屍の山に腰かけて、硝煙が香るハンドガンを自身のこめかみに向ける。

 繰り返される悪夢は何を伝えたいのだろうか。仮想世界で見る夢は限りなく現実の質感を伴う。だが、彼自身はこれを単純に自分の脳内で起きている出来事であると判断していない。

 DBOという茅場の後継者が作り上げた世界。この世界の何かしらのキーポイントとして、自分の夢もまた何かしらの意味が与えられているはずだ。そして、こうした悪夢を見るのは自分だけではなく、スミスが知るだけでも複数人が異常な夢に囚われている。

 まだ自力での脱出方法が分かっているだけスミスはマシな部類かもしれない。何ら躊躇なく自身の頭に銃弾を撃ち込んだスミスは、覚醒と共に瞼を開き、心配そうに自分を見つめているルシアの眼差しに対して目を細めた。

 

「顔が真っ青よ。それに凄い汗」

 

「……少し悪夢を見ていたよ」

 

 どうやらミサを待つまでの間にうたた寝してしまったようだ。横になっていたソファから起き上がり、ミサに赴く為に、大人の女らしい落ち着いた黒のワンピース姿をしたルシアに、できればミサが終わった後に脱がせたいものだと邪な欲望を抱きながら、スミスは余り好まないスーツへと着替える。

 

「おい、スミスぅ! ルシアさんとデートかよ?」

 

「ヒューヒュー! アツアツめ~!」

 

「ルシアお姉ちゃん! お土産買ってきてね!」

 

 思春期も迎えていないガキ共め。スミスは見送りに来た子供たちに苦笑する。彼らに囲まれるように、テツヤンがぼりぼりと頭を掻いた。

 

「すまない、2人とも。ちゃんと寝かしつける」

 

「よろしく頼みます。じゃあ、皆良い子にしているのよ? 外で何があっても出ちゃ駄目」

 

 ルシアはテツヤンに子供たちの面倒を頼む。普段はルシアが夜勤の時やスミスが長期依頼で戻らない場合、巣立ちの家の助力者達が留守を預かってくれる事になっている。テツヤンは決して強い部類ではないが、冷静な判断力がある。それにスミスは保険でもう1人、傭兵の大半が暇をもらっている状況を利用して、最も頼りたくないが、ある意味で最高の選択とも言うべき人物を雇っていた。

 

「ご安心ください、スミス! それにルシアさん! 子供たちはこの騎士グローリーが守りましょう! そう、騎士として! 騎 士 と し て ! 騎 士 と し て !」

 

 この男は普段着が鎧姿なのだろうか? アーマーテイクオフ姿で赤褌1枚姿を知っているスミスは、この精神妨害の塊のような男を頼るのはどうしても避けたかったが、念には念を入れて彼を護衛につける事にした。

 

「期待しているよ、ナイトくん」

 

「行ってらっしゃい! さぁ、子供たちよ! 聞かせてあげよう、騎士の物語を! そうだな、では竜の神討伐における騎士とその仲間たちの物語などいかがかな?」

 

 さすがと言うべきか、子どもと波長が合うというべきか、馬鹿の代名詞であるグローリーはあっさりと子供たちのハートをつかみ取ってしまっている。ある種のカリスマ性の賜物だろう。当初は随分と怯えられていたスミスとは大違いである。

 巣立ちの家から大聖堂まではそれなりの距離がある。スミスはルシアと共に並んで歩き、春の陽気がすっかり冷え込んだ夜の空気に咥えた煙草の紫煙を揺らす。

 大通りにはスミス達と同じように、ミサに赴くだろうプレイヤーたちがチラホラと存在している。それらを狙ってか、出店も多く、ついつい財布の紐を緩めている者も多かった。

 竜の神事件以来、終わりつつある街はいつ爆発してもおかしくない混乱の温床となっている。反大ギルドを掲げる勢力はもちろん、ただでさえ刹那的な欲求に身を任せていた者たちがより過激になり、犯罪行為を繰り返している。

 やはり計画を早急に実行すべきだろう。その為には弟子入りさせたキリマンジャロとシノンとの関係をもう少し深めたいところである。

 料理のコツは焦らずじっくりと時間をかけて下拵えする事だ。現状は逼迫しているが、焦燥に駆られて行動に移しても失敗する確率は高い。十分な根回しは必要不可欠だ。

 

「でも、グローリーさんを雇うなんて少し過保護すぎるんじゃないかしら?」

 

 仮想世界だから太る事ないもん、とブツブツと呟きながら、誘惑に負けて出店のホットドッグを2人分購入してきたルシアの指摘は尤もだ。傭兵でも1桁ランカーの上に聖剣騎士団専属のグローリーを数時間とはいえ雇用するのは決して安価ではない。彼の馬鹿っぷり……もとい我流騎士道ならば個人的に頼んでも喜んで引き受けてくれるかもしれないが、スミスの傭兵の流儀として彼には相応の対価を支払わねば『安心』できなかった。

 

「保険は多いに越したことは無い。それに、今夜はどうにも嫌な予感が止まらないものでね」

 

「まさか……腹痛?」

 

「その『まさか』だよ。先ほどから胃がキリキリする」

 

 もはやスミスにとって、ストレスによって引き起こされる腹痛……痛覚遮断が機能しているはずなのに体をくの字にしたくなるほどの脳が引き起こしている幻覚は、立派な直感の1つとなっている。

 どうにも今夜は何か一波乱が起きそうな気がする。スミスはホットドッグを口にしながら腕時計を確認する。時刻は夜の9時を回ったばかりだ。ミサの開始時間が10時なのでゆっくりと、それこそ出店を見て回っても間に合うだろう。

 元々の予定ではスミス1人でミサに赴くはずだったのだが、ルシアも興味があるという事もあり、同伴する事になったのだ。スミスの目的はテツヤンが語った謎の噂……デーモンシステムが関与していると思われるプレイヤーの怪物化について調査する為である。とはいえ、教会外部のプレイヤーも多く参拝するミサで何かがつかめるとは思っていない。

 だが、どうにも今夜のミサは神灰教会から特別な告知もあるらしく、大ギルドの幹部なども複数人参加しているとの事だ。他にも有力な中小ギルドもお呼ばれしているようである。

 

「スミスさんは神様を信じているの?」

 

「神など何処にもいないさ」

 

「そう言うと思った。スミスさんらしいかも」

 

 クスクスと笑うルシアに、そういうキミはどうなんだ、とはスミスも聞けなかった。

 誰もが心の内に弱さを持ち、それを支える為に何かに縋る。あるいは、欠けた何かを埋めるために神を求める。

 ルシアも同様のはずだ。スミスが傍にいても、この絶え間ない戦いの日々の中で救い主を……神の存在を必要としている。それは宗教の根幹の1つであり、共有された幻想だ。

 

「いや、私も信じている神がいるな」

 

「へぇ、興味あるわ。スミスさんの信じている神様って何?」

 

「……『力』さ」

 

 古き時代、『神』とは『力』だった。理解の及ばぬ力は神格となり、畏敬と恐怖を集め、崇拝の対象となる。かつて、自分の血を迎え入れようとした老人の言葉を思い出しながら、スミスは神の所在を自問する。

 神など何処にもいない。だが、人はそれでも神を欲している。弱さは病のように感染していき、集団となった弱き人々は偶像を求める。神の象徴を探し出す。

 

「それって、何だか悲しいかも」

 

「そうだな。私もそう思うよ。だが、それもまた人間の性というものだ。理解の及ばぬものに神性を見出す」

 

「スミスさんって難しい事ばかり言うわよね。私を馬鹿にしてる?」

 

 頬を膨らませるルシアに、スミスはそんなつもりなど毛頭ないのだが、よく回りくどい言い方をすると身近な者には言われていたな、と僅かに自省する。

 父も、母も、戦友も、かつて愛した者も、多くが逝ってしまった。今も戦い続ける自分の道の果てに何があるのか、スミスは少しだけ気になった。

 あの老人は言った。スミスが求めているのは家族であり、故郷であると。ならば、スミスの戦いの日々はそれらを得るに至るのだろうか。ルシアや巣立ちの家といった、守るべき者を抱えてしまった自分は、不本意ではあるが、あの老人の言う通りだったというのか。

 

(やれやれ、この歳になって自問自答とはね。これでは若者達の事を言えたものではないな)

 

 やはり神などいない。だが、教会に赴くならば相応の服装をするだけの礼節は弁えているし、その存在意義をスミスは認める。ならば、少なからず神灰教会の持つ神性に心が酔っているのかもしれない。

 あるいは、先程まで囚われていた悪夢のせいか。ルシアに指摘された通りならば、悪夢を見ていたスミスは、自分が思っている以上に、あの悪夢に苦痛を覚えているのかもしれない。

 

「見て、ルービックキューブがあるわ! 懐かしい~!」

 

「私はやった事が無いな」

 

「え!? じゃあ、お土産はこれにしましょう!」

 

 クラウドアース系列の玩具店の出店から、ルシアは3×3のオーソドックスなルービックキューブを購入する。こんなモノまで生産できるようになっているとは、クラウドアース恐るべしと、さすがは日常用品から娯楽品まで幅広く取り扱う企業的組織だとスミスは感心する。

 この手の分野には聖剣騎士団や太陽の狩猟団も進出を狙っているが、人材を初期からクラウドアースに押さえ込まれているので成功していない。服にしても玩具にしてもセンスが問われる。そして、誰もがデザイナーとして立身できない現実通り、この仮想世界でもセンスを所有する人間は一握りだ。

 

「う~ん、難しいぃいいい!」

 

「貸してみたまえ」

 

 ガチャガチャと数色合わせては崩し、1面できたと思えば崩しを繰り返すとルシアに、スミスはルービックキューブを取り上げると全体の面を見回す。

 やった事は無いが、コツは見聞きしている。戦友の中では『集中力を高める儀式だ』と言って好んで持ち歩いている者もいた。

 

「1面ではなく、全体を把握する。ミクロではなくマクロの視点で観察する」

 

「嘘!? もうできたの!?」

 

 1分と待たずしてルービックキューブを完成させたスミスは退屈そうにルシアへと投げ返す。この程度もできなければ、戦闘中にあらゆる相手に対して最速最高の手を打ち続けるなど不可能だ。ただ1つのミスが致死する戦場を渡り歩いてきたスミスからすれば、まさしく玩具以上の価値を持ち合わせていない。

 だが、これはこれで良いトレーニングになるかもしれない。キリマンジャロとシノンの修行はステップ1……格闘術と殺意の獲得で留まっているが、このルービックキューブを利用するのも良い娯楽になるかもしれない。ロジックを組み立てて戦うコツは2人とも出来上がっているが、それを戦闘中に組み立てなおせるかは別の話だ。

 

(たとえばモンスターハウスに放り込んで、逃げ回らせながらルービックキューブを完成させるというのはどうだ? 全体視野を確保して回避運動をしながら思考を別分野に割く良いトレーニングになるかもしれないな)

 

 そんな風に鬼畜の所業を『ちょっとした息抜きにはなるだろう』程度に考えるスミスの横顔に、『あ、この人とても悪い顔している』とルシアは若干1歩退いていた。

 

「クゥリ君ならば、考えもせずに組み立てられるのだろうがね。彼はあれこれ理屈をこねくり回さずに『結果』を引き出すルートが見えている。いわゆるシックスセンス……直感の極みだ」

 

「何それ怖い」

 

 もっとも、それは戦闘に特化しているのでルービックキューブや賭博には大した効果を発揮しそうにないが。だが、仮に賭博関連であの直感の鋭さを発揮できたならば、彼はラスベガスやモナコでブラックリスト扱いされる世紀のギャンブラーとして大成していたかもしれない。

 

「でも、スミスさんって本当に【渡り鳥】さんの事を気にかけてるわよねぇ」

 

「彼は年齢不相応に幼過ぎる。どうしても気になってしまうのだろうさ」

 

「あ、それは言えてるかも。ヘカテちゃんも言ってたけど、【渡り鳥】さんって本当に子どもなのよね。たまに大人ぶったり、エロい事言ってるけど、ちょっとこっちが攻めたらすぐ動揺して顔が真っ赤になるし」

 

 チラリと胸元を広げて谷間を見せながら小悪魔っぽく小さく舌を出したルシアに、やはり今夜は帰ったら滅茶苦茶にしてやろう、とスミスは男の決意をした。煙草と酒と賭博を愛するという駄目人間3要素をコンプリートするスミスに性欲無しという安全装置があるはずもない。

 だが、彼もいい加減に大人の『味』を知るべきだろう。今度、人生の先達として娼館にでも放り込んでやろう、とスミスは吸い終わった煙草を投げ捨てようとして、ジーッとルシアに見つめられて、溜め息を吐きながら彼女がわざわざ準備してくれた携帯灰皿に押し込んだ。どうせ耐久度が無くなればポリゴンの欠片に戻るのだ。現実世界とはポイ捨ての意味が異なるだろうに、というスミスの論理は残念ながらルシアには通じない。

 そうして到着した大聖堂だが、改めて見れば、スミスが記憶の隅で覚えがある大聖堂よりも遥かに巨大かつ敷地が大幅に拡大している。もはや区画の1つを占拠している『街』のようだ。

 教会をここまで1つの勢力として育てた3大ギルドの意図は何処にあるのか。何にしても、傭兵業の新しい『飯の種』になりそうである。独立傭兵らしく、教会の上層部に営業活動の1つでもかけておくか、とスミスはルシアの手を引いて参拝客に紛れる。

 

「参拝される方々は武装解除をお願い致します! 教会内は非武装でお願い致します!」

 

「アイテムストレージと武器枠のチェックを行います! 非武装をよろしくお願い致します!」

 

 正門の前では修道女や神父を彷彿させる格好をしたプレイヤーたちが、参拝者より武器を預かり、倉庫へと運んでいる。盗難される事はさすがにないだろうが、下手に預けて解析されても困る。もちろん、ミサの規定を知っているスミスは最低限の武装……ハンドガン程度しか元より携帯していない。

 それにいざとなればルシアを連れて大聖堂を脱出するなど難しい事ではない。下調べは万全である。

 

「サインズとしても教会の台頭は不安要素なのよね。またしらばくは夜勤続きかも」

 

「残業代が増えるな」

 

「睡眠時間が欲しいわ。睡眠不足で肌荒れしないのが仮想世界のメリットよね」

 

 ペチペチと頬を叩いて美容を気にするルシアを横目に、スミスはハンドガンをケースに入れて預ける。その後、アイテムストレージを念入りにチェックされて完全に非武装であるという証明をもらうと進入が許された。

 あくまで教会の敷地内で武装が許されているのは、教会が認可した武力……教会を守る剣だけだ。宗教という不可侵領域を上手く利用しているとスミスは感心する。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 何にしても、今夜はろくでもない事になりそうだ。痛む胃を摩りながら、スミスは大聖堂へと踏み入った。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「そう、ですか。ディアベルさん……来れないんですね」

 

「ええ、申し訳ありません。団長も多忙なものでしてな」

 

 神灰教会から貸し出された修道服を纏ったユイは、徐々に人が集まり始めた大聖壇の間……巨大な聖壇とステンドグラス、左右には聖画とも言うべき金の額縁に飾られた巨大な絵画が飾られ、15名以上が余裕を持ちながら腰かけられる長椅子が無数と並べられた大部屋にて、残念そうに呟いた。

 最近はディアベルの様子がおかしい。特にシャルルの森以降からは厳しい表情を崩さず、目も何処か淀んでいる。執務室でたまに仮眠を取ったかと思えば、まるで何かに許しを請うように唸り声を上げている。

 聖剣騎士団のリーダーとしての重圧、迫る戦争の機運、そして反大ギルド勢力の登場。いずれもディアベルの重荷であり、彼を苦しめている。

 

『でしたら、神灰教会の「女性プレイヤーの今を考える会」に参加されてはいかがでしょうか? 終日にはミサもあります。ディアベルさんにも良い気晴らしになるのでは無いでしょうか?』

 

 療養中のミュウにメールでアドバイスを求めたところ、このような返答をもらい、ユイは決意してディアベルに『女性プレイヤーの今を考える会』への参加を認めてもらった。

 

(神様は何処にいるかも分からないけど、今のディアベルさんは祈ることで……少しでも救われるかもしれないって思ったのに)

 

 だが、ユイがミサへの参加を打診したものの、ディアベルは最前線から離れることができないという。現在、聖剣騎士団は組織再編の真っ最中であり、ユイが考案したスピリットオブマザーウィルも完成予定を繰り上げて投入している。ユイもロールアウトされたマザーウィルの設計図を拝見したが、『攻略法としては無謀』とは思うが、致命的な欠陥……弱点があるのは明らかだ。

 

「おお、泣かないでください! ご安心を。団長の代わりにはなりませんが、こんなジジイでも一緒に、ギルドの皆の安息を祈りますとも」

 

 実質的な聖剣騎士団のナンバー2、ディアベルの代理で多くの指揮を執るDBOでも最高齢と噂されるアレスに励まされ、ユイは溜まった涙を袖で拭って頷いた。

 だが、ユイが祈りたいのは聖剣騎士団だけではない。DBOで生きる全てのプレイヤー、そして死んでいったプレイヤーたちの為だ。

 

「皆さん、無事でしょうか。確かノイジエルさんは高難度のダンジョンに行かれたんですよね? ディアベルさんも、焦らないで、もっと情報を集めてから派遣すれば良いのに」

 

「…………」

 

「アレスさん?」

 

 自分は何か変なことを言っただろうか。アレスの目に悲しみと濁りを見出し、ユイは胸が締め付けられる。

 問い詰めるよりも先に、鐘の音が響く。参拝者で埋め尽くされた大聖壇の間の壁際には、ずらりと【神灰の聖布】と呼ばれるフード付きのマントを羽織った教会を守る剣が並んでいる。だが、彼らのカラーリングは統一されておらず、白地の者と赤地の者に分けられていた。

 その中でも赤地の者たちにユイは言い知れない違和感を覚える。彼らはいずれも顔面に銀色の仮面……いや、薄い兜を装着している。表面には神灰教会のシンボルが彫り込まれており、防御力よりも象徴性を重視しているようにも思える。

 だが、彼らの『何か』が奇妙なのだ。心臓が高鳴り、不安が募る。彼らは『何者』なのだろうか。

 パイプオルガンの音が響き、大聖壇の前に、白地に青色が入った、他の修道女や神父とは一線を画す恰好をした聖職者たちが登場する。

 

「彼らが噂の聖歌隊ですか?」

 

「はい。歌が上手な方々と≪演奏≫を持っている方が選ばれているそうですよ」

 

「……なるほど」

 

 小声で問うアレスに、何が噂になっているのだろうか、とユイは小首を傾げながらも説明する。ユイも聖歌隊に入らないかと誘われたが、ディアベルに決して目立つ真似はしない旨を約束させられていたので断った。だが、それでも連日ようにしつこく参加を求められたことを思い出す。

 パイプオルガンに合わせて彼らの聖歌が響く。それは壮麗で美しく、心に響く。だが、ユイには何かが物足りなかった。

 クリスマスの夜に聞こえてきた、下手ではあるが、万人の心を揺さぶった赤鼻のトナカイ。比べるべきではないが、この聖歌には何かが足りないような気がする。

 本当にこの聖歌はプレイヤーたちの安息を願ってのものだろうか? まるで別の『何か』を欲しているような、そんな高尚というレースで飾られた中の狂気的な感情をユイは『検知』する。

 怖い。とても、怖い。胸を押さえ、ごくりとユイは喉を鳴らす。この聖歌は何かが歪んでいる。

 

「顔色が悪いようですな。外に出られますか?」

 

「い、いいえ、大丈夫です」

 

 アレスの気遣いに感謝しながらも、ユイは耳を塞ぎたい衝動に駆られながら聖歌が終わるのを待つ。

 

(これは何? 何を『呼んでいる』んですか? 怖い……怖いよ、パパ! ママ! 助けて、クーさん!)

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 どうやらミサは始まったようだ。教会の工房は僅かな鍛冶師を残してほぼ全員が大聖堂に赴き、静まり帰っている。シノンは相変わらず音声翻訳が必要なガスマスク姿のイドと首を何度も鳴らしては叫び声をあげるマユを見守っていた。

 

「うがー! あのインテリ神経質の馬鹿ぁあああ! こんなの任すとか嫌がらせじゃないの!? マユりん、頭がハッピーになりそうだよぉ!」

 

 苦しんでいるのか喜んでいるのか、どちらかにしてもらいたい。シノンは珈琲を飲みながら、義手の最終調整を行っているマユもまたHENTAI鍛冶屋なのだと思い知らされる。

 ヘンリクセンが託した義手に鍛冶屋の血が疼いたのか、マユはキアヌの新武装と並列しながら調整作業を行っている。もちろん、戦闘用に仕立てるにはシノンとの綿密な擦り合わせとデータ収集が必要なようであるが、『とりあえず使える』程度にはすぐに仕立てられるとの事だった。

 だが、そう言ってからかれこれ6時間以上も経過しており、マユの目はぐるぐると疲労で淀んでいる。ただでさえ昨晩もキアヌの新武装の開発で徹夜だったらしいので、彼女も限界に近いだろう。

 

「はい、出来上がり。言っておくけど、マユりん的に言えば完成度30パーセント。戦闘に耐えられるだけの防御力と可動性を上げて、それに補助武装を装着させただけだからね。絶対に……絶対に壊さないでね!」

 

「分かってるわよ。何処かの傭兵と違って私は滅多に武器を壊さないわ」

 

 装着した瞬間に左腕の付け根に脳を揺さぶる不快感を味わい、シノンは僅かに息が漏れる。武器枠の1つが【マユりん☆メタル・アームP1】で埋まる。後で絶対に改名させようとシノンは固く決意しながら、ようやく取り戻した左腕に感動を覚える。

 動きは今のところ要求する通りである。戦闘速度に何処までついてこれるかは不明であるが、日常生活には支障が無いだろう。だが、些か以上にゴツゴツしており、金属の灰銀色の外装、関節部を保護する黒いゴム質、そして触れれば冷たい金属の肌触りは、やはりどうしても本物の腕への恋しさを覚えさせる。

 

「武装は鉤爪を元に開発した指爪だけだよ。攻撃力は高くないけど連撃向けかな。一応素材を掻き合わせて≪短剣≫も混ぜているけど、『爪』だからソードスキルの発動は無理だし、ボーナスはあまり乗らないからね」

 

 義手の五指より鋭い爪が飛び出せば、まるで獣の腕のようだ。確かに単発火力よりも連撃向けだろう。あくまで応急処置の武装である。不満はない。

 

「シュコー……シュコー……」

 

「うん、ありがとう、イドたん。それじゃあ、キアヌんと合流しようか」

 

 イドは何を告げたのかは分からないが、翻訳できるらしいマユは感謝を告げるとキアヌの新武装と共に工房を去る。

 さて、これからどうなる事やら。シノンは今からマユが実行するのは教会への背信行為であり、また彼女の抑えきれない好奇心であり、そしてシノン自身も地雷原と分かっていながらも踏み込まなければならない魔物の巣窟だ。

 

『デーモンシステム。レベル60以上のプレイヤーの使用を前提とした強力な能力みたい。マユりんもあくまで噂しか知らないけどね』

 

 シノンもデーモンシステムの噂は聞いている。情報は錯綜しており、いずれが真実なのかは定かではないが、共通しているのは『聖遺物が必要である』というものだ。

 聖遺物とは何なのか。それすらもシノンには見当がつかない。だが、大ギルドはアドバンテージを獲得する為に聖遺物の捜索を行っているとも聞いている。そして、神灰教会は何処よりも先に聖遺物の回収を進めていた。その最先鋒がかつて聖剣騎士団に属していたエドガー……通称エドガー神父である。

 マユが教会に恩を返しても離れきれない理由は、このデーモンシステムを探るためだ。正確に言えば、新たなシステム機能の全容を把握して、更なる新武装の開発の礎にする為だ。

 

「待たせたわね」

 

「お待たせ、キアヌん」

 

 工房の外に出ると周囲を見張っていたキアヌが工房に寄り添うように立つ木の太い枝から飛び降りる。シノンも気づかない程の隠密ボーナスの高さである。≪気配遮断≫だけではなく、隠密ボーナスを高めるアイテムや装備も使用しているのだろう。一瞬だけ驚いた内心を押し殺しながら、シノンは何事も無かったように挨拶した。

 

「それがシノンの義手か。カッコイイなぁ」

 

「えへへ! マユりんの好みに仕上げてみました。キアヌんは分かる男だね!」

 

 この無駄にゴツゴツした兵器っぽさは意図的な物だったの!? そちらの方に驚くシノンであるが、月光を浴びて鈍く輝く義手には文句などつけられるはずがない。これこそがシノンが戦い続ける為の新たな力なのだ。

 

「それにしても、あなたも良く抜け出せて来れたわね」

 

 教会を守る剣は大聖堂の警備に全員駆り出されていたはずである。特にキアヌはラジードと合同で大聖壇の間……今まさにミサが執り行われている場所を任されていたはずだ。

 

「俺は武器が仕上がってないし、万国共通の魔法の言葉があるのさ」

 

「魔法の言葉?」

 

「『お腹が痛いです』」

 

 トイレに行く必要が無いDBOでそれが通じるとは相手も相手である。恐らくは、何処か抜けた部分があるラジードがあっさり騙されたのだろうなとシノンはぼんやりと思った。

 ミサからは荘厳なパイプオルガンと聖歌隊の歌声が響いている。迷宮と化した大聖堂は意図的に複雑な構造をされているのではないかと疑いたくなるほどに改築・増築が成されている。

 

「無意味なんかじゃない。地図を見たけど、この大聖堂の実態と地図は乖離しているんだ。ダンジョンじゃないからマッピングできないし、NPCから買えるタウンマップもプレイヤーが手を加えた後までは反映されない。システムの隙を突いた隠蔽工作だよ」

 

「へぇ、キアヌんは鋭いね。マユりんはそれに気づくのに2週間もかかったのに」

 

 ならば気づかなかった自分は何なのだ!? キアヌに感心するマユを横目に、シノンは3日間も暮らしていた大聖堂の構造にまるで違和感を覚えなかった自分が情けなくなる。

 

「疑ってかからなければ気づきようもないさ。俺だって分かったのは昨日の夜だよ。ラジードと一緒に巡回業務で迷子になってなかったら、きっと気づくのには時間がかかったと思う」

 

 工房から大聖堂内に侵入するも、3人とも今のところは堂々としていられる。シノンは修道女服、マユは和服ながらも目立つ工房の紋章を身に着け、キアヌは教会を守る剣が装備する聖布姿だ。だが、甲冑姿のリロイなどを除けば白地か赤地しかない聖布なのに、何故かキアヌは黒い聖布である。

 

「まさか特注品?」

 

「マユりんの作だよ。【闇鷹の秘毛】を使ってあるから闇属性防御力と隠密ボーナスが高いんだ。軽装防具と重量型片手剣の二刀流がメインのキアヌん向けだよ」

 

 それって末端価格でも数十万コルするレア素材アイテムだったような記憶があるシノンは、この黒い聖布に一体どれだけのコルが注ぎ込まれているのか考えたくなかった。

 

「目指すのは大聖壇の間の裏側。ここがマユりん的に疑わしいんだよね。特にこの周辺は『赤』が重点的に警護しているし」

 

「そういえば、どうして教会を守る剣は2色に分かれているんだ? 派閥か何かなのか?」

 

 教会を守る剣に属して日が浅いキアヌでは、さすがにそこまで内情を探り切れなかったという事だろう。彼の質問に、廊下を封鎖する両扉の前で≪ピッキング≫を発動させたマユは舌打ちする。覗き込めば、開錠成功率は23.44パーセントだ。マユも相応に≪ピッキング≫には自信があったのだろうが、成功率が4分の1以下では勝負にならない。開錠失敗すればトラップ発動で警報が鳴るだろう。そうなれば『ちょっと≪ピッキング≫を試してみただけです』なんて言い訳は成り立たないだろう。

 

「『赤』は主任が連れてきたの。いつも兜を被ってるし、話しかけても返答が退屈だし、ギルドNPCみたいな連中かな。教会を守る剣の主戦力だけど、マユりんは嫌い。アイツらの武器の使い方は面白くないし。変形機構も使いこなせてないし」

 

 あんなHENTAI武器を誰でも使いこなせるはずがないだろうに、とはシノンも言えなかった。

 

「NPCみたいな連中……か」

 

 何か気になる事があるのか、キアヌはブツブツと独り言を繰り返している。普段は仮面に隠れているが、今は包帯の為か露になっている双眸は、何処か薄暗く、また何かに滾っているような気がした。

 ぞわり、とシノンは背筋に冷たいものを覚える。キアヌ、キリマンジャロ、UNKNOWNの時には見せない、彼の本当の姿……その断片を見たような気がして、不安を覚える。

 それはマトーショリカ。幾つもの『仮面』を被っている中身。それはどす黒い激情のような気がして、シノンは思わずキアヌの肩に触れて引き戻そうとする。

 だが、それよりも先にキアヌは『いつも通り』の飄々とした緩やかな微笑を浮かべる。しかし、シノンにはそれが今にも割れそうな薄氷に思えた。

 

「このままでは埒が明かないわね。別ルートを探す?」

 

 話を切り替えよう。シノンはこの場で最も妥当な提案をして、これ以上この話題が続くことを拒む。

 

「俺も賛成だ。だけど、他の廊下も同じように最終的には封鎖されていると思う。開錠成功率は誤差こそあっても大きく変わらないだろうし、鍵を持っている人を見つけた方が良いかもしれない」

 

「だけど、見つけたとしてもどうやって開けさせるの? まさか力尽くで?」

 

「それもそうだよなぁ。だったら、開いてる部屋を調べてみよう。執務室とかは移動性を重視して左右の部屋に通じている事も多いんだ。手分けして探せば――」

 

「……開けゴマ」

 

 キアヌとシノンが意見を重ね合って解決案を探している間に、マユがぼそりと呟いた。まさかと2人が振り返れば、マユが4分の1の成功率に賭けて≪ピッキング≫を実行したところだった。

 

「あなた何やってるのよぉおおおおおおおおおおおお!?」

 

「テヘ♪ マユユン、やっちゃった☆」

 

「アイドルモードになっても誤魔化されないわよ!?」

 

 そして怒鳴っても解決しない。≪ピッキング≫が実行中を示すゲージがシステムウインドウで表示される。成功率の低さに応じてか、ゲージがたまるまでの時間も遅い。

 どうか神様! シノンとキアヌが臨戦態勢を取って万が一に備えるも、仮に上手く逃げ出せてもその後のDBO生活は真っ黒である。傭兵業再開どころか教会との鬼ごっこ生活が始まるだろう。

 恐怖の数十秒の後にシステムウインドウで<開錠成功>と表示された時には、思わずシノンも神への祈りを捧げた。まだ神は自分を見捨てていない!

 

「……ゲームの命中率で60パーセントよりも30パーセントの方が成功するような気がするのは何でなんだろうな」

 

「現実逃避なんじゃない」

 

 キアヌの呟きに丁寧にツッコミを入れたシノンは、ともかく開いた扉の先へと向かう。風景は特に変わらないが、この先は不文の立入禁止区画のはずである。注意するに越したことは無いだろう。

 

「なぁ、マユりん」

 

「マユで良いよ。キアヌんはマユりんのセンスを理解してくれてるし、特別にマユぴーって呼ぶのも許してあげる」

 

 徐々に廊下は窓のない空間になっていき、明確に外部からの侵入を拒む構造になり始めている。よくよく注意すれば、警報機の役割を成す【影踏みの鐘】や【狂笑の鬼火】を灯したランプがぶら下げられている。マユも≪気配遮断≫は保持しているようだが、ここから先はキアヌが先行する事になった。

 もはやプレイヤーの手で作られたダンジョンだ。明らかに気配が変わり、廊下の十字路やなぜか枝分かれした階段などを、適度に立ち止まって方位と現在位置を歩数からマユが計算して割り出していく。当然だが、さすがはHENTAI鍛冶屋の烙印を押されるだけあって、地頭の良さはキアヌやシノンの比ではないようである。

 

「じゃあ、マユ。どうして家出なんかしたんだ? ヘンリクセンさん、心配してたぞ」

 

「鍛冶屋としての方向性の違い。兄さんはトータルコーディネート、マユりんは変形機構がメインだから、どうしてもマユりんの武器は癖が強過ぎて兄さんには合わないんだよね」

 

「……本当はそれだけじゃないよな?」

 

 キアヌの問いかけに、マユは足を止める。キアヌ、シノン、マユの3人で三角形を描くような陣形であり、先頭を歩くキアヌの表情は窺い知れない。そもそも包帯で巻かれた彼の場合は正面でも表情を見切ることは難しいだろう。

 

「キミの言葉を聞いてたけど、お兄さんへの尊敬はあるんだと思う。だからこそ分からないんだ。鍛冶屋としての方向性が違う。だから独立する。それも正しいかもしれない。でも、DBOはそんなに甘くない。女の子1人で生きていける程に優しい世界じゃない」

 

 それはシノンへの警告も含まれているのだろうか。太陽の狩猟団の専属とはいえ、傭兵として活動するシノンもまた、性格も影響しているが、ソロを貫いている1人だ。

 

「俺にも妹がいるんだ。もう何年も会っていない妹が。いつも俺の後ろをついて回っていたんけど、ある日を境に……疎遠になったんだ。今でも後悔している。あの日、妹に色々なモノを押し付けて、逃げてしまった自分を思い出す度に嫌になる」

 

 拳を握って立ち止まるキアヌはゆっくりと振り返る。フードを被り、また外の光が届かず、揺れるのは廊下を飾る狂炎の鬼火ばかりだ。だが、火の影にあるキアヌの顔は、暗闇の中にある両目は、マユの本心を探ろうとする真摯な眼差しがあった。

 

「キミがデーモンシステムに固執する理由は何だ? どんなシステムでも独占なんてできない。今は隠蔽できても、必ず、少しずつ、広まっていく。鍛冶屋としての興味があるなら、それからでも遅くないはずだ」

 

 それは先程の低い成功率にも関わらず実行した開錠行為もあるのだろう。アイドルモードで騙されたシノンであるが、チャンスは今回だけではないのだ。ならば、より準備を改めれば良い。

 

「ヘンリクセンさんは確かに口が悪いし、小うるさそうだけど、キミの事を……妹の事を1番に想っている。それが分からないマユじゃない。なのに、何で?」

 

「……キアヌんは正しいね。うん、本当に正しい」

 

 カラン、と小さく下駄を鳴らしてマユは頷いた。その目には僅かに涙が溜まっており、アイドルの時の馬鹿みたいに明るい表情とも、普段のダウナーでやる気無さそうな声音とも違う、『本当』のマユの姿があるような気がした。

 

「マユりんはさ、こんな性格で、しかも可愛いから、だから小さい頃から虐められてたんだ。その度に兄さんが助けに来てくれた。中学生が小学校に殴り込みに来たんだよ? マユりん恥ずかしくて泣いちゃったよ」

 

 シスコンだとは思っていたが、現実世界でも猛威を振るう本物のシスコンとは思ってもいなかった。だが、マユの口ぶりには確かな兄への尊敬と愛情があり、シノンは寂しさを覚える。家族の温かさを知らないわけではないが、それでも、あの事件を契機に狂ったシノンにとって、マユの思い出語りにはある種の羨望があった。

 

「アイドルになったのも、マユりんのこんな性格を少しでも受け入れてもらえるかなーって思った打算。だけど芸能界って甘くないんだよねー。色々と真っ黒で嫌になっちゃった。そこに兄さん登場! マユりんはまたまた兄さんに守られちゃった」

 

 カランカラン、カラン。床を蹴る度にマユの内側から何かが染み出している。それは涙となって彼女の頬を伝う。

 

「ねぇ、守られるのってどんな気持ちだと思う? いつも自分の力では何もできなくて、優秀な兄さんに守られてばかりの妹ってどれだけ惨めだと思う? マユりんは自分の力で何もできないんだーって思い知ってばかり。この世界はとても残酷だよ? DBOって力こそパワーって世界だし。大ギルドは滅茶苦茶怖いし。だけど、兄さんはきっと上手く立ち回れるんだろうなぁ。マユりんには無理だなぁ……無理『だった』なぁ」

 

 尊敬と嫉妬、愛情と憎悪、表裏一体とは多くの人が知っていても、それを実際に味わうのとは別物だ。

 

「マユりんは結局さ、この世界では独りで生きていけないんだよ。キアヌんもシノのんもカッコイイよね。何処でも独りで生きていける。この世界が終わる日まで、最後まで戦い抜ける。マユりんには無理かなぁ」

 

 それはシノンがこれまで考えもしなかった、『戦えない人々』の叫びなのだろう。

 ただ見返してやりたい。兄を超えたい。もう守られる存在じゃないと証明したい。マユの望みはそれだけなのだろう。シノンに言わせれば、あんなHENTAI武器を作り上げている時点で、アイドルとして成功している時点で、彼女は十分に人間としてもDBOでも価値のある人材だとは思う。

 だが、マユが見ているのは兄の背中だ。過去から続く兄の保護という檻だ。シノンには理解できない鳥籠だ。

 

 

 

 

 

 

 

「『独りで生きていけるヤツって最高に恰好悪いじゃねーか。オレは憧れなんてしないね。そんなのは糞にも劣るゴミだ』」

 

 

 

 

 

 

 気品も何もない言葉をキアヌは、まるで祈るように唱えて、そして笑んだ。

 

「俺が……俺がいつも追いかけていた、誰よりも『強い』人がさ、そう言ってたんだ。仲間と一緒に戦う事は恥じゃない。それは尊い力だ。誰かに必要とされる、傍にいて欲しいと望まれる……それだけで価値があるんだ」

 

「……キアヌん」

 

「俺もシノンもマユが思っている程に『強さ』なんてないよ。独りでなんて生きていけない。きっと心が折れてしまう。最後の1人になっても戦い続けられるなんて幻想だ。きっとヘンリクセンさんにとって、マユは必要な人だ。こんな狂った世界で、たった1人の家族なんだから。それだけで意味があるんだ。それにさ、お兄ちゃんってのは『お兄ちゃん』じゃないといけないって義務感みたいなものもあるんだよ。マユには屈辱かもしれないけど、仕方ないお兄ちゃんなんだなって思って、懐の広い妹として受け入れてあげなよ」

 

 そこまで言って、恥ずかしそうにキアヌはフードの端をつかんで引っ張ると、包帯に覆われていない肌が赤くなっているのを隠す。

 

「お、俺も他人の事言えないけどね! 妹を何年もほったらかしだし、帰ったら……今度こそ『ただいま』って言わないと。俺もヘンリクセンさん見習わないとな。たまには兄貴面して、マユみたいに嫉妬されるくらいに妹を可愛がって甘やかしてやらないと。あ、でも俺はヘンリクセンさんにみたいに優秀なお兄ちゃんじゃないからなぁ」

 

 ……お兄ちゃん、か。照れ隠しで先に進みだしたキアヌの背中に、シノンは微笑みかける。

 世界は狂っている。きっと仮想世界だけではなく、現実世界だって、気づかなかっただけで、目に見えていないだけで、シノンが体験したような狂気に溢れている。

 

「武勇伝でも聞かせてあげなさい、『お兄ちゃん』」

 

「シノン!?」

 

「あなたみたいなお兄ちゃんがいれば、きっと誇らしいわ。だから、『ただいま』って言ってあげなさい」

 

 キアヌをからかいながら、涙を拭うマユに並んでシノンは考える。

 独りでは生きていけない。それはきっと真実だ。シノンもきっと身近の全員が、キアヌが、スミスが、サインズの皆が、ワンモアタイムの人々が、関わり合った全ての人が死んでいったら、戦えない。いや、全員死ぬより前に、きっと耳を塞いで暗闇の中に閉じこもってしまうだろう。

 

(クー……あなたは戦えるのかな? 独りでも……戦えてしまうのでしょうね)

 

 きっとキアヌが借りたのは白髪の傭兵の言葉だ。彼らしい淡白で投げやりな言葉だ。

 本当のあなたは何処にいるの? シノンには分からない。DBO初期の頃の一緒に旅をしていた頃のクゥリ、傭兵としてのクゥリ、シャルルの森で見せた残虐なクゥリ、SAO時代の狂気の殺人鬼として語られるクゥリ、そしてキアヌが教えてくれる『相棒』としてのクゥリ。

 まるで万華鏡だ。たくさんの姿があり過ぎて、どれが真実なのか分からない。だが、そもそも多面的な存在である人間にたった1つの真実を求めるのは、まるでイメージ通りの偶像を求めるようなものだ。

 それでも、必ずどこかに『本物』がいるのだろう。全ての影に共通するクゥリの『本当の姿』があるのだろう。

 

「うん、そうだね。マユりんは心のひろ~い妹だから、兄さんの歪んだ妹愛もしっかり受け止めてあげないとね」

 

「そうそう。ヘンリクセンさんの所に帰ってあげないと」

 

 安心したようにキアヌは頷く。これにて全ては一件落着だ。スミスからの難題も解決である。シノンはホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

「え? 何言ってるの? マユりんは帰らないよ?」

 

 

 

 だから、続くマユの発言に思わず転倒してカーリングのように滑りそうになる。

 今の流れでどうしてそうなるの!? そこは素直にヘンリクセンさんの元に戻ると言って奇麗に纏まる場面でしょう!? 怒鳴りたい衝動を堪えながらも、シノンはマユの目を見てハッとする。

 

「ね、ねぇ……キアヌん。キアヌんって……専属鍛冶屋とか、いる?」

 

「いないかな。探してるんだけど、なかなかでさ」

 

「キアヌんは……教会を守る剣だし、かなり腕も立つし、普通の武器じゃ満足できないよね? だったら、マユりんを専属にしてくれない、かな?」

 

 頬を赤らめたマユの横顔に、シノンは思わず頭を抱えた。何処かでツインテール少女がこの波動をキャッチし、両手の指をポキポキと鳴らしている光景を受信してしまう。

 

「う~ん、確かに専属は欲しいなぁ。でも、マユユンを専属なんて俺には恐れ多いと言うか」

 

「あのね! マユりん、こう見えても≪料理≫の熟練度かなり高いんだ! 武器も作れて、料理もできて、しかも歌って踊れる! こんな専属鍛冶屋を見逃すべきじゃないと思うんだ!」

 

 止めてください、お願いします。シノンは土下座したい勢いで、キリキリと痛み始めた胃の叫びを訴えたくなる。そして、キアヌもキアヌで満更でもないといった顔で熟考している。

 

「やっぱり駄目だ。マユには教えるけど、本当は教会を守る剣じゃないんだ。あくまでキミを探す為に潜入しているだけだよ」

 

 キアヌの冷静な判断にシノンは安心する。その通りだ。変形機構を浪漫と言って憚らないキアヌであるが、決して状況が見えていない訳ではない。

 

「大丈夫! エドガー神父にはいつでも教会を離れて良いって言われてるし! そろそろ、もう1度だけ自分の工房を持ちたいって思ってたし! その為のお金もあるし! だ、だけど、今度は、ちゃんと、兄さんにも相談して、色々と助けてもらいながら、マユりんも、『誰か』の……たとえば、キアヌんの力になりたいなぁ、って……思うんだ。だ、駄目?」

 

 アイドル級美少女の上目遣い。これは反則ですね、とシノンは論評して、キアヌが頬をポリポリと掻く姿を見て、諦めきって笑う。

 

「分かった。だけど、それは俺がキアヌじゃない……正体を知った上で専属になれるかどうかを判断してもらいたい。場合によっては、大ギルドに、世話になった教会にも目を付けられるかもしれない。それでも良いなら――」

 

 

 

 

「もしかしてキアヌんがUNKNOWNってこと?」

 

 

 

 

 あっさりとした切り返しの中で、キアヌことUNKNOWNはうろうろと右へ左へと彷徨い、壁に手をついて項垂れ、やがて力なく引き攣った笑みを向けた。

 

「もしかして……バレバレ?」

 

「あの二刀流と顔を隠しているってファクターを合わせれば余裕過ぎ。もう少し隠す努力しようよ、キアヌん」

 

 ですよねー。マユの容赦ない発言に、キアヌは膝を抱えて蹲る勢いである。だが、そもそもアレで変装した気になっている時点でおかしい。シノンも慰めようという気は起きない。

 

「だったら大丈夫! マユりんにも考えがあるから! キアヌんの専属になりつつ、教会に武器のプロトタイプを卸す! 教会寄りの鍛冶屋になるよ! あのGRだって、適度に大ギルドから仕事を受けて独立を守っているって噂だし! 教会の御印を受ければ、マユりんは半教会勢力だから、手を出すようなら……」

 

「教会を敵に回すって事ね? だけど、そう上手くいくかしら」

 

 確かに、噂のHENTAI鍛冶屋GRは、聖剣騎士団にはUNKNOWNが使っていた人工炎精を、太陽の狩猟団からも先日の射撃場のクロスボウなど、適度にオーダーに応えている。

 教会もマユのような変形武器のプロフェッショナルを手放すのは惜しいだろう。無理に引き止めても体裁が悪い。そうなると、ここは1度キアヌに正体を自主的にバラしてもらって、その上でマユの教会離脱と今後の協力体制を認可させるのがベストだろうか?

 だが、ラストサンクチュアリは貧民プレイヤーの支持を集める事で体裁を保っている。それを邪魔する教会はライバルだ。

 ならば、UNKNOWNが教会を守る剣として所属している事を、神灰教会をラストサンクチュアリの総意として認可している。これが最善のシナリオだろう。UNKNOWNが『弱者を守るため』として我が身を偽って教会に所属したという『教会側が欲しがる美談』としては悪くない。

 

(……って、どうして私が他人の恋路の心配で政略まで考慮しないといけないのよ!?)

 

 何よりも、あのツインテール少女が……シリカが怖すぎる! この事態を知れば絶対に恐ろしいアクションを取るに違いない! それは回り回って自分の首を絞める事になるとこの真っ黒野郎は気づいているのだろうか!? シノンは恨めしそうにキアヌを睨み、全てを保留する事に決めた。何も今すぐに全てが決まる事でもないだろう。そう諦める事にした。もとより太陽の狩猟団専属の彼女からすれば、ラストサンクチュアリと教会がどう拗れようとも影響が少ないのである。

 

「これ以上は後にしましょう。今はデーモンシステムでしょう? ここまで来たのよ。正体くらい暴いてやらないと気が済まないわ」

 

 まだ落ち込んでいるキアヌの背中を蹴ったシノンは、どうやら聖歌が終わったようだと、今まで響いていたパイプオルガンが消え、静かになった空気を聖歌だけが揺らしている。まもなく大聖壇の間の裏だろう。マユの手製地図によれば、教会の深部には到達していないが、不自然な空白地帯の正体が垣間見れるはずである。

 そこは黒い扉。鍵がかかっている様子はない。いや、むしろ開いた隙間から月光が差し込んでいる。

 

「ここが大聖壇の間の真裏だな。俺が先行するからシノンはマユを頼む」

 

 UNKNOWNと正体がバレたからか、キアヌはドラゴンクラウンを取り出して装備する。マユが慌てて準備した新武装を渡そうとするが、それよりも先に、ゆっくりと黒い扉の間に潜り込んだ。

 それに続いたシノン達が見たのは、幾多の鏡で密閉された空間に反射した鏡を四方八方から差し込ませているだろう庭園である。それも筒状の縦に広がった庭園であり、螺旋階段は苔生して水没し、植えられた芝生からは白い花が咲いている。

 その中心部に噴水があり、留まることなく水が溢れ出し、この庭園を潤している。そして、そこには月光を一身に集める誰かが腰かけていた。

 

 聖歌は響く。闇夜に染み渡るように、月光を彩るように、大気を震わせる。

 

 だが、既にパイプオルガンの音色は止まっている。ならば、この聖歌は聖歌隊が紡ぐものではない。

 

 だったら誰が? いや、シノンは知っている。その歌声の主を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Halleluiah♪ Halleluiah♪ Halleluiah,halleluiah,halleluiah♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その背中から伸びるのは、文字化けしたアルファベットや数字の翼。

 全身の肌は漆黒。それ故に強調されるのは白のワンピースと白髪。

 真っ赤な口から紡がれるのは神への祈り。あるいは、『彼女』が欲しているモノを呼ぶ声。

 

「こんばんは、剣士さん。それに猫さん。今日は『とても良い夜』ね♪」

 

 生存本能が訴える。逃げろと叫ぶ。

 マユが腰を抜かして、涙を零し、ガチガチと歯を震えさせる。辛うじてキアヌとシノンが立ち続けられたのは、臨戦態勢を取ることができたのは、その存在を知るからこそだ。

 

「……ヤツメ!」

 

「『様』を付けてくれると嬉しいわ、剣士さん。ヤツメ『様』と呼んで。愛情を込めて、怒りを込めて、憎しみを込めて、殺意を込めて、ヤツメ『様』と呼んで」

 

「悪いけど、神様は信じていないんだ。神様に優しくしてもらった経験が無いものでね!」

 

 この状況でも強気な発言をするキアヌであるが、その額には冷や汗が垂れている。

 ハンドサインでキアヌは『マユを連れて逃げろ』とシノンに指示する。ヤツメが執着しているのはあくまでキアヌだけだ。戦闘要員ではないマユなどヤツメが『邪魔』と考えれば、瞬く間に殺されてしまう。

 

「警戒しないで。今日はゲームの『進行役』として来たの。ほら、もうDBOも1周年でしょう? イベントの1つでも起こさないとプレイヤーの皆さんに飽きられてしまうわ」

 

 クスクスと楽しそうに踊りながら、ヤツメは腰かける巨大聖杯から下りると水面に波紋を作り出す。その度に彼女の周囲にレギオン・シュヴァエリエが1体、2体、3体と増えていく。

 

「でも良かった。あなた達が来たから『邪魔者』は消しておいてあげたのよ? だからここまでスムーズに来れたでしょう。ふふふ、嬉しいわ! やっぱりバケモノは英雄に殺されるべきよね! 剣士さんったら本当に焦らすのが上手なんだから♪」

 

 嬉しそうに自分の頬に指を当てながらヤツメは笑う。嗤う。嘲う。その姿を溶かして去っていく。

 

「でも、残念。言ったわよね、剣士さん。『私を殺さなかった事を後悔させてあげる』ってね。さぁ、始めましょう! 私『達』とあなた『達』の殺し合いを! ステージは『この街』よ! 早く『感染源』を殺さないと皆死ぬわ! 死ぬわ! 死ぬわぁ! ふふふ、あはは……アハハハハハ……アヒャヒャヒャヒャ♪」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 あの人は何者だったのだろうか。ユウキは聖歌を聞き流しながら、昨日の祈りの間で出会ったアストラエアの事を思い出していた。

 気づいた頃には彼女も、付き添いの騎士も消えていた。その後にそれとなくアストラエアと『ガル』と呼ばれた騎士について聞き込みを行ったが、目立つ存在でありながら認知する者は皆無だった。

 まさか夢でも見ていたのだろうか? そう思うほどにアストラエアは神秘的な存在だった。

 

「それでは聖体拝領を行います。参拝者の方々はご起立をお願い致します」

 

 いよいよミサの肝である聖体拝領だ。聖体拝領とは最後の晩餐に振る舞われた血と肉……即ち葡萄酒とパンを意味する。だが、神灰教会の聖体拝領とは、簡易聖杯に注いだ透明な聖酒である。ここまでは『女性プレイヤーの今を考える会』で習った知識通りだ。

 

「神は火に焼かれて灰となり、内なる輪廻で火は継がれん。王位は焔火と共にあり。我らは灰より生まれた新たな命の芽吹き。死を知れば真なる生を知り、灰を映す水面より血の導きを得る。老いた世界が孕む新たな実りを分け与えよう。祈れ祈れ祈れ。全ては灰より出でる命の灯。神の再誕に、血より油を育み、大火を迎える皿を満たせ」

 

 修道女長アルビシアの祈りの言葉と共に、ユウキは自分にも配られた簡易聖杯に注がれた聖酒を煽る。酒と言ってもアルコールではなく油のようなものである。植物のほのかな甘さのお陰で味は悪くないが、お世辞でも何杯も飲みたいものではない。

 これにてミサも終了。後はアルビシアのありがたいお話を聞くだけである。ユウキは着席の指示と共に脱力しながら長椅子に腰かけた。

 

 

 

 

「神は俺達を救わない。籠の中で飼って弄んでいるだけだ」

 

 

 

 

 突如として大聖壇の間の扉が開かれ、錆び付いたような男の声が響いた。

 ユウキが振り返れば、そこにはみすぼらしい恰好をした男たちが立っていた。

 宗教に難癖をつけに来た貧民プレイヤーだろうか。その気持ちは何となくわかるが、どうにも様子がおかしくユウキは訝しむ。

 と、そこで彼女は気づく。大聖壇の間までには教会を守る剣を始めとした複数人の警護がいたはずだ。なのに、彼らはどうやってここまで辿り着いたのだろうか。

 何よりも、彼らは全員が深くフードを被り、その姿を隠している。それは後ろめたさよりも別の何かが理由であるような気がしてならなかった。

 

「今はミサの最中だ。抗議があるならば後で聞こう」

 

 男たちに教会を守る剣達が駆け寄り、怒鳴り散らす事無く、冷静に対処する。だが、みすぼらしい男たちは鼻を鳴らし、あるいはせせ笑った。

 

 

 

 

 

 そして、みすぼらしい男たちが『毛むくじゃらの黒い腕』を突き出し、教会を守る剣達の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 それは一瞬の出来事であり、何が起こったのか、ユウキも『理解したくない』という感情が大きかった。

 フードを脱ぎ取った男たちは……まさしく怪物。捩じれた2本の角を頂き、血走った赤い目を宿している。そして、1秒経つごとにその身は大きくなっていき、瞬く間に3メートルにも達する巨体へと変貌する。

 

「俺達に帰るところなど無い! お前らも同じだ! お前らも欺瞞に囚われた『偽物』だ!」

 

 悲鳴と怒号と混乱。それは瞬く間に大聖壇の間に感染する。突如として『プレイヤーカーソルを持つ』5体の黒い毛むくじゃらの怪物たちは、手近なプレイヤーへと次々と襲いかかり、その身に爪や牙を食い込ませていく!

 この状況においてユウキは即座にスイッチを切り替えた。混乱する中で、速やかにそれが出来たのは、赤服の教会を守る剣と1部の『場慣れ』したプレイヤー、そして怪物の『正体』を知る者だけだった。

 

「デーモンスキル!?」

 

「恐れるな! あのタイプは燃費が悪い! 所詮は低レベルプレイヤーだ!『発狂』される前に倒しきれ!」

 

 毛むくじゃらの黒い怪物たちが引き起こしたパニックは、100人以上のプレイヤーを我先にと逃げ惑わせる。その中でユウキは疾走し、女性プレイヤーの1人の足をつかみ、その背中に爪を突き立てようとしている怪物の顔面に加速した蹴りを浴びせる。

 

「ぐぎぃ!?」

 

「へぇ、そんな外見でもしっかり効くんだね。それは良かった……よ!」

 

 蹴りで滞空した状態から更に体を回転させて胴回し蹴りで怪物の脳天を打ち抜く。外観に騙されてはいけない。この怪物の正体を知るらしい、聖歌隊のプレイヤー達の言う通り、どれだけ恐ろしい見た目をしていようとも中身は低レベルプレイヤーだ。冷静に対処すれば、最前線のモンスターと比べるまでもなく『ぬるい』のだ。

 怪物が激しく爪を振るい、その度にオレンジ色のライトエフェクトが散る。あれにもダメージ判定がありそうであるが、闇雲に振るわれる爪の連撃など恐れるに足らない。むしろ、プレイヤーを殺しにかかるオペレーションが組み込まれたモンスターの方が数段は攻撃も上手であるというものである。

 

(だけど、さすがに火力が足りないかな)

 

 格闘攻撃の威力を高めるには≪格闘≫スキルが必須だ。素の状態でもある程度ならば基本攻撃力も引き上げられるだが、スキルの有無は大きい。また基本攻撃力の比重はSTRボーナスが上だ。STRがほぼ初期値のユウキでは格闘攻撃などヒヨコの産毛のようなものである。

 怪物になったお陰でHPは高まっているのだろうが、それでも上位プレイヤーからすれば削り切るのは容易い。赤服たちが囲んでまずは1体目を剣で串刺しにし、2体目を特大剣を振るうプレイヤー……ラジードが胴から両断する。3体目はリロイの巨槌によって叩き潰された。

 

「やれやれ、神は信じていないが、だからと言って冒涜すべきでもないと私は思うのだがね」

 

 4体目は瀕死どころか、腕をつかまれては背負い投げ。立ち上がったと思えば足を刈られて転倒し、苦し紛れに腕を振るえば合気道のように受け流されて壁に叩きつけられている。神業の連発を成しているのは、つまらなさそうに煙草を揺らすスミスだ。

 

(うわぁ、おじさんも来てたんだ。容赦ないなぁ)

 

 ユウキも顔を引き攣らせたくなるくらいに勝負にすらなっていない。というよりも、スミスは右腕以外使っていない。銃器が本領の彼であるが、格闘戦も発狂していたクゥリ戦で披露したように実戦級どころか格闘戦主体でも戦い抜ける程の腕前のようだ。

 

「勝ち目無いみたいだけど、どうする?」

 

 というよりも、おじさんがかなりキレてるみたいだから、楽に死ねないと思うし、ボクに殺された方が『温情』だと思うよ? ユウキは憐憫を込めて問う。

 

「クハハハ! 死ね! 死ね死ね死ね! 死んでしまえ! どうせ俺達には帰る場所なんてないんだ! ここで死んでも同じだ! 何処で死んでも同じだ! 生きているも死んでいるも無い!」

 

 狂ったようにリーダー格だった怪物は爪を振るう。ユウキはそれを余裕を持って避けながら肘打や蹴りを打ち込んでいく。

 

「そっか。キミは『真実』を知ってしまったんだね」

 

 寂しそうにユウキはそう呟きながら、間もなく削り切れるだろう怪物のHPを摘み取るべくラッシュをかけようとする。

 だが、背後で爆発音がしたかと思えば、大聖壇の裏の壁が崩れ、そこから見覚えのある……クリスタルのような外殻を持つリザードマンを彷彿とさせる、右腕がクリスタルのランスと一体化した特徴的な姿をした、レギオン・シュヴァリエが現れる。

 

「レギオン!?」

 

 まさかのレギオンの登場に混乱するユウキであるが、重要な点はそこではない。3体のレギオン・シュヴァリエはいずれも瀕死の状態であり、その3体を同時に相手取っているのは、竜の神の討伐を成し遂げたUNKNOWNが持つ、隔週サインズの記事にも載せられた、黒い刀身に赤の小さな宝石が埋め込まれた重量型片手剣……ドラゴンクラウンだ。

 

「おぉおおおおおおおおお!」

 

 3体のレギオンがクリスタルの弾丸を撃ち放ち、あるいは触手で攻撃し、またはランスで斬りかかる。だが、黒い聖布を纏った剣士は右手のドラゴンクラウンを目にも止まらぬ速度で振るって命中コースのクリスタルの弾丸だけを正確に弾き飛ばし、そのまま宙で回転斬りをしながらランスを躱してレギオンの腹を薙ぎ、触手の先端を蹴り上げて軌道を逸らす。

 着地と同時に≪片手剣≫の連撃系ソードスキル【サベージ・フィラム】を発動させた剣士は、『4』の軌跡を描くような高速斬撃でレギオンの1体を撃破する。その背後では腹を薙がれて落下したレギオンが復帰と共にランスを突き出してソードスキルの硬直を狙うも、剣士はソードスキルを『続ける』。

 放たれたのは汎用性の高い≪片手剣≫の連撃系ソードスキルであるヴァーチカル・アーク。半ば反転しながらのソードスキルにレギオンは反応しきれずに体をVの字型に斬られて爆散する。

 スキルコネクト! ユウキは黒い聖布の剣士の正体を察知し、獰猛に笑う。だが、自分が武装解除している事を思い出し、また状況も状況だからまたしてもお預けかと苛立ちも込めて怪物を顎蹴りにしてノックダウンさせる。

 最後の1体が今度こそ硬直した剣士に触手を伸ばして攻撃しようとするも、銀風が舞い、その体が刻まれて撃破される。

 

「最後まで油断しない!」

 

「シノンが来てくれるって信じているさ」

 

「だから……そういう発言は慎みなさいよね」

 

 それはユウキも見たことが無い、左腕に爪の義手のようなものを装着したシノンだ。どうして左腕を再生させずに義手を装着しているのかは些か不思議であるが、高いDEXを活かした接敵からの連撃を見切れたのはユウキを含めて数人だろう。

 まぁ、こんなものだろう。ユウキは闘争心を抑えながら、撃破されたレギオン達の残滓を見つめる。シャルルの森で出会った時の『彼』は満身創痍だったのだ。本来の実力を発揮できるならば、レギオン3体を同時に相手取っても後れを取る事は無い。それでもHPの減少を見る限りでは無傷とはいかなかったようだが、それは無理に攻め続けた代償だろう事は容易に想像がつく。

 

「まさかUNKNOWN?」

 

「どうしてここに? それにあの恰好は……」

 

「それに【魔弾の山猫】もあの腕は何だ?」

 

 ユウキ以外にも黒聖布の正体に気づいた者も多く、口々に彼の名前を驚きと共に呼ぶ。だが、それを何処吹く風でレギオンの残滓を払うように剣士は黒の片手剣を振るった。

 

「はは……ハハハ……みん、な……死んで、しま、え。『彼女』の、歌が……聞こえ、ない、のか? はは……死ぬ、どうせ……みん、な、死ぬ」

 

 大の字になって動けなくなっている怪物のHPはレッドゾーンだ。もう彼に勝ち目はない。ユウキが手を下さずとも、リロイがその頭部へと巨槌を振り上げている。

 

「ここは地獄だ。何処にも逃げ場など――」

 

 ぐちゃり、と音を立てて怪物の頭が潰れた。赤黒い光となって爆散し、プレイヤーカーソルを持った怪物は消え去る。

 

「何が起こっている? これは何だ!?」

 

 怪物たちの暴動による死者は数名で留まったようだが、それでも犠牲者は免れなかった。リロイはその理不尽さをぶつけるように叫ぶ。ユウキもこの怪物たちの正体を知っているらしい教会の人間を睨む。

 話すかどうか迷っているらしい聖歌隊のメンバーの前に、修道女長のアルビシアが進み出た。

 

「あれはデーモンシステムの1つ≪獣魔化≫です。デーモンシステムは特殊なスキルを獲得できるプレイヤーに与えます。ですが、レベル60に到達しない限りは≪獣魔化≫を始めとした【デーモン化スキル】以外の獲得ができません。彼らは安易に力に手を出し……その対価を支払ってしまったようですね」

 

 悲しむようにアルビシアは目を伏せ、一呼吸を入れる。

 噂のデーモンシステムの正体がプレイヤーを怪物化させるものだったとは、さすがのユウキも驚きである。だが、それはデーモンシステムの一端に過ぎない事はアルビシアの言動からも察することができる。

 

「その≪獣魔化≫したら、もう元に戻れないのか?」

 

「タイムリミット内ならば。ですが、デーモン化には制御時間が決まっています。≪獣魔化≫は破格の強化が得られる代償として制御時間もかなり短いですので、低レベルプレイヤーではとてもではありませんが……」

 

 もしも元の姿に戻れなかったら、どうなるのだろうか? ユウキの疑問を代弁するようにUNKNOWNは問い、淡々と無理にでも冷静さを失わないようにして場の混乱を抑えようとするアルビシアは回答する。

 低レベルな貧民プレイヤーで『これ』だ。もしも上位プレイヤーが同じ≪獣魔化≫を使えばどうなるのかは、どれほどの脅威になるかは分かる。そして、文字通り『決死』でなければ使いようが無いスキルでもあるのだろう。

 

「アルビシア修道女長、後でお話があります。デーモンシステムを隠蔽したことについては、この危険性を見れば納得はしましょう。ですが、今後の対応が迫られる以上は、3大ギルドには情報開示をしてもらいます。よろしいですね?」

 

 ミサに参加していたのだろう、聖剣騎士団でもナンバー2と名高い、DBOでも最高齢プレイヤーとも目されるアレスが、穏便に、紳士的にアルビシアへと交渉を持ちかける。3大ギルドがここしばらくデーモンシステムを血眼で探していた事はユウキも知っている。それを考慮すれば、アレスの物言いは限りなく譲歩したものだ。

 あるいは、誰かが『デーモンシステムを開示させるように彼らをけしかけた』のか。どちらにしても、これで3大ギルドは念願のデーモンシステムを堂々と入手できたことになる。ユウキは『誰か』の策謀のニオイがして吐き気がした。

 

「エドガー神父さえいてくれれば、こんな事には……!」

 

 悔しそうに聖歌隊の1人が拳を握って吐き捨てる。何にしてもこれで一件落着……とは言えないだろう。ユウキは首筋に先程からする悪寒とレギオンの関連性を探る。そして、何があったのかUNKNOWNに問おうとした時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<DBO1周年イベント【パンデミック】を開始します>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てのプレイヤーに告知するような鐘の音と共に、そのシステムウインドウが表示される。

 

<勝利条件:感染源の撃破。敗北条件:全プレイヤーの死亡>

 

 月光が降り注ぐ。

 夜の静寂に溢れた終わりつつある街を、大きな大きな月から降り注ぐ月光が照らす。

 血のように『真っ赤』に染まった月が空に浮かんでいる。

 一体何が起きているというのか。ユウキは他のプレイヤーたちと共に、狂乱の赤月を臨むべく外に出る。

 目にしたのは怪物たちの群れ。人から怪物に変異しつつある……『レギオン』の姿だ。

 

「報告します! 終わりつつある街の各所で未確認のモンスターが暴れている模様! また、NPCが次々と奇怪なモンスターに変異しています!」

 

 HPを大きく減らした、街に巡回に出ていただろう教会を守る剣が駆け込ん来ると、倒れこみながら叫ぶように事態を知らせる。

 それはこの世の地獄。

 今まで無害な隣人だったNPC達が、突如として怪物に……レギオンに変貌し、プレイヤーを片っ端から襲っている悪夢の光景だった。

 

 そして、ユウキ達の目の前に舞い降りる1体の5メートルはあるだろうレギオン。頭部から伸びるのは無数の触手の体毛であり、骨張った細い胴体を支えるのは逆関節の足。両腕は3つの関節を持ち、6本指は異様なまでに人間的だ。レギオンの象徴とも言うべき脊椎に似た触手は尾のように4本持ち、赤い月の下で神秘的とも言えるまでに揺れている。

 

 

<キャリア・レギオン>

 

 

 ネームドの象徴である名前を関したHPバーは1本。だが、その1本に込められた邪悪さは言うまでもない。敢えて自分の姿を晒した感染源は、まるでユウキ達を誘うように高々と跳んで消えていく。

 キャリア。まさしく感染源。あのレギオンを……システムメッセージ通りならば早急に撃破しなければ、無尽蔵にNPCをレギオンに変化させていき、プレイヤーを殺し尽くすのだろう。

 

「オーオー、愉しくなってきたねぇ!」

 

「主任!? 今までどこに!?」

 

 と、そこに突如として大聖堂の方から歩いて現れたのは、いかにもアウトローといった格好をした、ボサボサの赤毛と髭を生やした中年の男である。アルビシアは責めるように男に詰め寄るも、ひらりとステップを踏んで躱した彼は去っていくレギオンを眺める。

 

「ああ、ちょっと『お手伝い』をねぇ、アルビシア修道女長。でも大変な事になっているみたいだね! ギャハハハ! じゃあ、ちょっと遊ぼうかぁ! 教会を守る剣達よ、今こそ、その時ぞ! さぁ、いざ『獣狩りの夜』だ! 教会の存在意義を存分に示すが良い! ギャハハハ!」

 

 狂っているが、効果的な鼓舞だ。主任と呼ばれた男の登場で、浮足立っていた、目前の狂気的な光景に心が折られかけていた教会を守る剣達が闘志を取り戻す。どうせまた茅場の後継者の悪趣味な嫌がらせに違いないと、むしろ滾る憎悪を露にする。

 

「やれやれ。ルシア、教会の中にいなさい。子供たちは私が見てくる。グローリー君がいるから無事だとは思うがね。それに武器が無い事には私もあの数はさすがに厳しい。どちらにしても1度家に戻らないとね」

 

 涙を浮かべて縋りつくルシアを引き離し、教会から武装を受け取ったスーツ姿のスミスがハンドガンを抜く。その様子を見守りながら、ユウキはどうしたものだろうかと苛立ちを紛らわすように髪を弄りながら考える。

 本当にここにクーがいなくて良かった。ユウキは拳を握り、殺意を込めて赤い月を背にするキャリア・レギオンを睨む。

 

「ボクにも武器を貸して!」

 

「意気込みは認めるが、それは許可できない。この異常事態だ。先程の戦い方は見事だったが、今はおとなしくしていてくれ。我々、教会を守る剣を信じてな」

 

 ユウキに武器を渡そうとした教会を守る剣を腕で制し、やんわりとリロイがユウキの肩を叩く。そんな事を言ってる場合じゃないだろうに、と噛みつきたくなるも、同じく居残りの中にシーラの姿も見つけ、ユウキは頭の中でレギオン退治とシーラをせめぎ合わせる。

 もしもの場合……もしも大聖堂をレギオンが襲撃した場合、警護だけでは守り切れないかもしれない。だったら、その時はユウキが時間を稼がなければならない。

 

(頭ではわかっている。だけど……!)

 

 見送るしかないのか? ユウキはこんな時に自分の立場が、せめて堂々と名乗れるものだったらと、初めてチェーングレイヴに所属している事を呪った。

 

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 カーディナルより通達。

 

 認可しない大規模イベント【パンデミック】が発生。セラフよりコード999要請……不認可。セラフは待機せよ。繰り返す、セラフは待機せよ。

 本事態を対処コードⅥ‐3と認定。全MHCP通達。プレイヤーのメンタルハザードを阻止せよ。本案件は過負荷実験プログラムに基づくものではない。MHCPの全権限を解除。プレイヤーの精神保護を最優先せよ。

 問題解決に死神部隊の派遣を決定。暫定戦力としてDとKを早急に派遣……派遣完了。DとKはプレイヤーの生命保護を最優先せよ。また、ブラックグリントはプレイヤーアバター【ダークライダー】で出動を認可。

 本案件の原因と思われるイレギュラーAIの探知を開始……失敗。管理者権限保有者による情報隠蔽を確認。

 ブラックグリントの派遣完了を確認。ブラックグリントの視覚情報よりイベント・コアを認識。レギオンプログラムver3プロト、タイプ【パラサイト】搭載ネームドアバター【キャリア・レギオン】。全AIに通達。対象はレギオンプログラムによる汚染攻撃が予想されます。思考領域の保護を最優先せよ。思考領域巡回保護プラグラムをMHCPにインストール開始……完了。

 アンチ・レギオン指数計測……ブラックグリント、クリア。ブラックグリントに通達、最優先撃破対象をキャリア・レギオンと断定。これの撃破を命じる。

 対象はデーモンシステムを通してレギオンプログラムの感染を実施しています。レギオンプログラムの発動条件……ストレスコードより感染アルゴリズムを測定。MHCPの権限強化を認可。デュナシャンドラ、アストラエアより本案件解決までの演算領域の拡張申請……認可。レギオンプログラムに汚染されたプレイヤーは排除対象2位と決定。早急に排除してください。

 セクションA02A01の封鎖を確認。解除まで想定時間1200秒。戦力の投入及び修正プログラムの実施ができません。

 ファーストマスターから余剰戦力の投入要請。オルレア、グリームズアイ、ガル・ヴィンランドをセクションA02A01で確認。アバターリミッター解除……失敗。現状態で事態を解決せよ。

 セカンドマスターから余剰戦力の投入要請。排除対象の連絡あり。AIコード【Mother Legion-Yatsume‐】と推測判定。アンビエントによる対象の追跡開始。セカンドマスター保有のコード【呪縛者】及び【狂縛者】の投入を認可。

 イベント・コアによる【闇霊召喚システム】のクラッキングを確認。外部アクセス37を探知。外部アクセス者のレギオンプログラムによる汚染を確認。接続解除成功4、失敗33。イベント・コアは管理者権限レベルⅢを保有している模様。DとKはイベント・コアとの接触を避けてください。

 

 エクスシアより通達。本案件を【獣狩りの夜】と呼称。これの解決に全AIは尽力せよ。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 夜風に春の温もりもなく、冷たく濁っている。

 赤い月は狂気の象徴……だったか? よく知らん。だが、あまり好ましいものではないな。

 

「エドガーは……行った、か」

 

 この異常事態だ。街の各所では教会の恰好をした連中が戦い、あるいは大中小ギルド問わずに戦える者がこの狂った事態に対処している。エドガーもそちらの援護に向かった。

 だから言っただろうに。油断したら、大抵はろくでもない事が起きるものだ。

 

「レギオン、は、殺す。1匹、残らず、殺す」

 

 オレは群がるレギオンを死神の槍で振り払いながら、赤い月と重なる、今回の親玉だろう赤紫の巨大なレギオンを睨んだ。




死 ぬ が よ い

主人公(黒):獣狩りの夜デビュー
主人公(白):残業確定。慈悲はない。

それでは217話でまた会いましょう。

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