お手数おかけ致しますが、よろしくお願い致します。
タイトルも変更しようかと思ったのですが、なかなか思い付かないので現状維持しました。
「は?」
落下。それがオレが転移の先で味わったものだった。
真っ暗な闇の中で、文字通りオレは重力に従って落下していた。うん。そうだよな。仮想世界とはいえ重力は大事だ。いかにあの狂人とはいえ、その基本を忘れてもらっては大いに困る。
だからオレが落下しているのは、ちゃんと仮想世界で重力が機能している証拠だ。これは喜ばしい事ではないか。
「……じゃねーよ!? 何で!? どうして!? 恰好付けて仲間と無言サヨナラした先で転落死とか笑えねーよ!」
とりあえず下を……落下先の地面を見る。うん。真っ暗闇だ。
燐光草を食べ、気休め程度に回復しておくが、この落下時間を考えるに、衝突のダメージでオレって死ぬのではないだろうか?
そうこう考えている内にオレは地面に……ではなく、水面に叩き付けられる。激しい衝撃にむせかえり、沈んでいくが強制的に浮き上がり、水面の上でうつ伏せになってぷかぷかと浮かぶ。
「HPは……減ってない? これってイベントか?」
何という紛らわしさだ。絶対にアレだ。こんな無駄な落下イベント挟み込んでくるあたりに茅場の後継者の性格が滲み出ている。
茅場の後継者、許すまじ! オレは水面の上に立てる事実は無視して、改めて周囲を見回すが、やはり完全なる闇だ。だが、不思議と水面との境界線は目にすることができるし、波紋は白色をしているので分かる。何よりもオレ自身の手や足を視認できることから、これは演出的な闇なのだろう。
とは言え、これからどうすれば良いのだろうか? 何はともあれHPを全回復させる。今のオレの武器は鉤爪だけだ。ここまでに得たドロップ品の武器は全てアイテムストレージを圧迫するからと売り払い、何1つとして残っていない。
この状況ならば雑魚モンスターにすら手こずるだろう。ボス級を相手にするとなったらその時は……
「さ、さすがにダークライダーとかはいない……よな? よなよな? よなよなよな!?」
幸いと言うべきか寂しくて死にそうと言うべきか、闇の中で存在するのはオレだけだ。
別に暗いのは怖くない。これも狩人の血なのかは知らないが、オレ達一族は昔から暗い場所が得意らしい。遺伝子の進化とは素晴らしい事だな。
しかし、水面を歩くというのは奇妙な感触だ。いっそ素足で体験したいが、それよりも現状打破の方が優先だ。
『闇の血を持つ者よ』
と、ようやくイベントが始まったのか、まるで反響しているかのような女の声が響く。
『どうぞ光の方に。そして、世界をお救いください』
白い光。それが闇を破って漏れ出す。温かい、まるで暖炉の温もりのような光に魅入られるように、オレは光の方へと近づいていく。
それは裂け目だった。闇の中に生み出された脱出路とも言うべきか。光を超えた先には、先程までの温もりなどなく、替わりに存在したのは肌寒さだ。
息を呑む。オレは思わず目の前に広がる荘厳な光景に呑まれた。
幻想的な深い青色の石で造られた神殿。無数の自己主張しない淡い金色の魔法陣や見たことがない言語が刻まれ、そしてそれらは等しくゆっくりと動いている。光源のように淡い光を放つ蝶が閉じ込められたランプが至るところにぶら下げられていた。まるで迷宮のように入り組んでいる構造のようであり、階段や通路が目につくだけでも軽く10は存在している。
圧巻。言葉を失うオレは、同様に口をポカンと開ける多くのプレイヤーを目にする。意外にも既に1000人単位のプレイヤーがこの神殿に到達しているようだった。
そうなると、あの望郷の懐中時計は全プレイヤーに配布された物なのかもしれない。だとするならば、この状況にも納得である。
終わりつつある街での生活は厳しい。仮に新たな世界があるならば、それに縋りたいと望むのは致し方ないだろう。その証拠に、周囲のプレイヤーの大半は初期装備のままだ。恐らく終わりつつある街で当てのない現実世界からの救援を待っていた、貧民同然のプレイヤー達だろう。
「よくぞお越しくださいました。闇の血を持つ者達よ」
どうやらイベントは終わっていないらしい。オレは周囲のプレイヤーを掻き分け、声がした方へと、少しでも情報を得る為に前に出る。
今のオレは絶賛ソロプレイ中だ。仲間もいない悲しい独り身である。ならば少しでも情報を集めなくてはならない。
そこは神殿の中心部なのか、床が半透明で今にも落下トラップが発動しそうな場所で立つ、1人の女……というよりも少女の姿が映る。
黒いローブを着た少女は深くフードを被り、見えるのは口元だけだ。だが、不思議な事にNPCの表示も無ければ、プレイヤーのカーソルもない。どういう存在なのだろうか?
「ここは想起の神殿。ありとあらゆる記憶と記録が集まる最後の聖域です」
少女の周囲で光の玉が無数に飛び、そして半透明のガラスのような床に周囲と同じような金色の魔法陣が浮かび上がる。
「かつて、世界は1つでした。ですが、大いなる穢れが世界を蝕み、それは霧となって世界を喰らい始めたのです」
ようやくか。オレは心の何処かでホッとした。
これまでの1ヶ月間半、とにかく南北のダンジョン攻略だけを念頭に入れてきたが、このデスゲームの終着点がまるで見えていなかったのだ。
言うなれば、南北のボス攻略までは長すぎたチュートリアルのようなものだったのかもしれない。ここから本番だ。いや、アレがチュートリアルだったらボスが強過ぎたような気がしないでもないが。
だが、ついにDBOのゴールが明示される。後はそれに向かって全力で走れば良いだけだ。
「世界は形を失い、そしてついに1つの街とその周辺を残すだけとなりました。もはや世界を救う手段は1つだけ。かつて世界を蝕んだ穢れと同じ力を持つ者、闇の血を持つ者に全ての始まりとなった大いなる穢れを討ってもらう他ありません」
言うなれば、『大いなる穢れ』とやらがラスボスなわけだ。随分と王道だな。まあ、この辺りは無駄に凝った設定にしても困るだけしな。
「大いなる穢れを討つ方法は1つだけです。それは大いなる穢れが生じた時代と瞬間に赴き、その発生源を斃す他ありません。しかし、そこに至る為には神殿の力を高めなければなりません。その為にはこの神殿に集められた数多の記憶と記録、それらの世界の力の根源を手に入れる事です」
つまりは、ステージをとにかくクリアしろ、という事なのだろう。そして、どうやらオレ達がいた終わりつつある街があったステージこそが、設定上は本来の世界という事になり、これ以降のステージは時間軸で言えば過去の世界という事になる。
ようやく話が見えてきたな。あの荒廃的な世界観の由来が分かった。
滅びる直前の世界。それが終わりつつある街とその周辺だ。オレ達はこれから過去の世界……たとえば、剣と魔法が存在した時代や機械文明が隆盛を誇った時代を旅し、それらの世界のボスを斃さねばならない。
「いずれの世界もある出来事の記録、ある人物の記憶の世界です。それらを調べれば、必ず力の根源を得るヒントが得られるでしょう。どうかお願い致します。この世界を……この世界を救ってください」
それを最後に少女は黙り、半透明の床の向こうにある、半壊した女神像の台座に腰かける。これにてイベントは終了という事なのだろう。
ざわめくプレイヤーを押し退け、オレは少女に歩み寄る。幸いにもすぐに行動に出ないところを見ると、コボルド王を倒したようなトッププレイヤーの到着はまだなのかもしれない。
まあ、これだけ一斉にプレイヤーが転送されてきたのだ。この説明イベントをするにしても全員纏めては無理だろうし、恐らく何回かに転送を分けているのだろう。
そう考えると、存外オレは1回目の転送されたプレイヤーではなく、2回目、あるいは3回目なのかもしれない。
「あー、済まない。えと……ちょ、ちょっと質問良いか?」
よくわからないが所詮はゲームのキャラクターだ。怯える必要はない。オレは深呼吸し、少女に話しかける。
やや疲れたような様子を少女が見せるのは気のせいではないだろう。少女は顔を上げ、僅かにだがオレにその容姿を見る機会を与えてくれる。
泣き黒子がある、オレよりも年下だろう少女だった。やや弱気そうな印象を受け、あの堂々とした説明とはどうにも噛み合わない。
「なんでしょうか、闇の血を持つ者よ」
「あー、えーと、そのー、その記憶の世界だっけ? そこに行くにはどうしたら良いんだ?」
「この神殿には多くの記憶と記録の造形物が存在します。それらに触れていただくだけです。ですが、移動する為には強大な力が必要となります。そう……たとえば【記憶の余熱】が必要となるでしょう。ただし、1度記憶の余熱を用いて赴いた世界とは使用者と繋がりを持ちますので以後は必要ありません」
これにはオレも衝撃を受けた。
望郷の懐中時計に最初から蓄えられている記憶の余熱は『1』だけだ。それもこの想起の神殿に移動する為に使用してしまった。そして、コボルド王の玉座から記憶の余熱を得たオレにはまだ『1』残っているが、ここにいる大半のプレイヤーは『0』のはずだ。
つまり、他のエリアに移動する為には最低でもコボルド王の玉座に到着せねばならない。あの北のダンジョンを攻略できるだけの実力がなければ、たとえ別のステージに安全圏の街が存在したとしても移動できない事になる。
「他に何か質問はありますか?」
「そ、そうだなぁ……あ、この想起の神殿にはどんな奴らがいるんだ?」
「私のような神殿の守り人がいます。それから、この神殿には鍛冶や商売を生業とする者もいるでしょう。他にも貴方様のような闇の血を持つ旅人も多く存在します。後は地下の牢獄には重罪人を閉じ込めていると聞いた事があります」
鍛冶屋と商人のNPCは確定か。後は情報を提供してくれそうなNPCもいるかもしれない。
この神殿はかなり広い。それこそ1000人単位の人間が動き回っても問題ない程だ。そこからNPCを探すとなると苦労する事になるだろうが、それはゆっくりと調査していけば良いだろう。
「サンキュー。あ、そういやお前の名前は? ほら、名無しってわけじゃねーんだろ?」
「私? 私ですか? 私の……名前」
まるで考え込むような仕草の果て、自嘲的な笑みを少女は浮かべる。
「私はサチ。【黒猫の乙女】のサチです。闇の血を持つ者よ、貴方様に祝福を。どうか世界を……そして、私をお救いください」
Δ Δ Δ
サチと別れたオレは何とか鍛冶屋NPCの【片腕のマードック】を発見する。隻腕かつ高齢のNPCだが、かなりの安値でオレの鉤爪を修復してくれた。
他にも商人の1人らしい【放浪商人のエンバー】は、なんと100コルで燐光草を販売してくれるだけではなく、上位の回復アイテムである【燐光紅草】を400コルで取り扱っていた。
燐光紅草を大量に買い込むと気を良くしたらしいエンバーは饒舌になって情報を話し始める。
「アンタは良い奴だ。だから特別に教えてやるよ。行く事が出来る記憶と記録の世界は大きく分けて4つある。神々が闊歩する『神の時代』、神は存在しつつも人の王が君臨して魔性が蠢き始める『王の時代』、神も王も廃れて人の際限なき欲望と魔性が跋扈する『人の時代』、そして何があったのかは知らんが人類が破滅に向かう『終焉の時代』……これら4つだ。アンタがどんな力を求めているのか知らないが、魔法の力を手にしたいなら『王の時代』か『人の時代』に行くことだな。『神の時代』はちょいと毛色が違うし、『終焉の時代』はもう魔法なんてものを習得する時代じゃない」
ようやく魔法が使えるようになるのか。オレはエンバーに感謝を述べ、なるべく1人になれるような狭い階段に腰かけると、ウインドウを開いて自分のステータスを確認する。
レベル15。随分と一気に上昇してしまったが、これらはコボルド王だけではなく3人分のプレイヤーの命を啜ったからこそ到達したレベルだ。
新たなに得られるスキル枠が2つも増加した。序盤という事もあり、どんどんスキル枠が増えていくのは茅場の後継者なりの激励なのかもしれない。
「2つか。まぁ、得るスキルは決まってるけどな」
オレは迷わず≪武器枠増加≫を選ぶ。後の1つは魔法が使えるようになる為に必要な≪魔法感性≫の為に残しておく事にした。
これで1度に装備できる武器の数は3つになった。オレはこれからの主兵装としての期待を込めて、ラインバースを殺害して得たクレイモア+6を装備する。この武器の条件を満たす為にSTRを上昇させたが、それに見合うだけの火力と継戦能力がこの両手剣にはある。
ちなみにこのクレイモアの強化はS3D3(鋭利3耐久3)だ。『鋭利』の上昇によって攻撃力とクリティカル率を高め、『耐久』も強化することによって『鋭利』で失った耐久値を取り戻そうと言う腹づもりだったのだろう。
中途半端な強化をしたものだ。オレはラインバースのクレイモアを嗤う。だが、せいぜい役立ってもらうとしよう。
これで武器枠の内の2つは埋まった。後1つの武器はできれば戦斧か戦槌が欲しいところだ。折角取った≪戦斧≫と≪戦槌≫のスキルだ。活用しないわけにはいかない。
「相変わらずの下手糞なバランス思考だな」
オレは自嘲しつつ、自らのステータス画面の危うさを実感する。レベル15にして、ここまでVITにポイントを振っていないのはオレか序盤に余程特化した成長をさせようと目論んでいる者くらいだろう。
普通は1つのスタイル、1つの能力を中心にして成長させようとする。だが、オレは本来ソロなら真っ先に上げねばならない、HP上昇に直結するVITへのポイントを抑制する事で、他のステータスの成長に回しているのだ。
オマケにオレは高速戦闘を実現する為にDEXを補う形で軽装でもある。今の状態を続ければ、下手すれば1発昇天もあり得なくない。
「いずれにしてもそろそろVITにポイント振っておくか」
まぁ、多分口だけで終わるだろうけどな。オレはシステムウインドウを閉じて溜め息を吐く。
「ん? なんか騒がしいな」
ざわめきが耳に入り、オレは≪気配遮断≫を発動させてざわめく方へと近寄る。
それはオレが最初に転移してきた場所、あの半透明の床があるこの神殿の中心部だ。
吹き抜け箇所が多い想起の神殿は、意外とこっそりと周囲を窺えるポイントが多い。オレは壁に身を隠しながら、何やらプレイヤーが密集している様子を覗いて見下ろす。
それは多くのプレイヤーに囲まれ、賛辞を受けるディアベルの姿だった。どうやら彼は今になって転移を完了したらしい。
既に北のダンジョンのボス、コボルド王討伐の立役者はディアベルだと噂が広まっていたのだろう。誰かが意図的に流したのか、それとも自然と事態を打破した英雄の名を求めたのか、何にしても拍手喝采と胴上げを受けるディアベルの姿は、まるで英雄の凱旋だ。
「良かったな、ディアベル。それでこそお前だよ」
多くのプレイヤーにとっての希望の光。これからディアベルを中心にして攻略組が構築されていくだろう。無論、彼に対抗するように他のリーダー格の連中も頭角を現すに違いない。そうして切磋琢磨し、このデスゲームを攻略していくのだ。
もうオレがディアベルと会うのは、せいぜいボス攻略の時くらいだろう。それがソロの宿命であるだろうし、今後のディアベルには親衛隊のようなものが付くだろうからオレみたいな殺人プレイヤーがおいそれと近寄れる存在ではなくなる。
「それはそうと、シノンはいないみたいだな」
もしかしたら、彼女もソロとしてディアベルと袂を分かったのだろうか。そうなると少し心配だが、彼女には彼女の道がある。下手に口出しするのも余計なお節介だ。
オレ達が生き続ける限り、戦い続ける限り、また何処かで出会う事になるはずだ。
願わくば、それが限りなく遠い事を望んでしまうあたりがオレの限界なのかもしれない。
Q.本作に不足しているものは何でしょうか?
解答は次回の前書きにて公開します。
それでは、22話でお会いできることを祈って。
Let's MORE DEBAN!
↑このフレーズの響きを気に入ったので、今後は最後に差し込もうと思います。
特に悪意はありませんのでご了承ください。
むしろ普段スポットが当たらないキャラの活躍を願っております。
むしろむしろ原作でもシリカと直葉とかシノンとかで1本メインストーリーくれば良いなと心待ちにしています。
何よりもクラインとエギルが大活躍して事件を解決する長編番外が欲しくて堪らないです。
キリト「くっ! このままではやられる!」
クライン「ここは俺に任せろ、キリト。お前は休んでろ」
キリト「無茶だ、クライン! ヤツは強過ぎる!」
クライン「ああ、そうだな。だから解放する。お前にも黙ってた、取って置きのユニークウェポンをな!」
エギル「フッ! どうやら本気を出すべき時が来たようだな。50連撃ソードスキル解放!」
キリト「!?」
みたいな展開が欲しいです、神様。