SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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~前回のあらすじ~
コボルト王「これが絶望? いやいや、これでも有情」


スキル
≪剛力≫:両手持ち専用武器が片手でも使用になる。ただし、武器のカテゴリーは変化しない。
≪武器枠増加2≫:装備できる武器の数が増加する。≪武器枠増加≫を得ていなければ獲得することができないスキル。
≪味覚≫:食べた食材系アイテムの名称や情報を知る事ができるスキル。熟練度が高ければ高い程にレア度が高い物でも開示される情報量が増える。

アイテム
【ガルム族の手斧】:獣人の中でも特に気高い狼人であるガルム族の高位の戦士のみに与えられる手斧。雷の力を帯びた功績の質量は大きく、外観に反して重い。
【小人の杖】:魔法大国サンドリアナにある学院の生徒が得る杖。特別な力はなく、最低限の魔法を使用する為に拵えられたものである。安価ではあるが、多くの偉大な魔法使いがこの杖を手にし、この地で勉学に励んだ由緒ある杖である。
【どろりとした蜜】:殺人蜂が集める蜂蜜。その味は濃厚で美味。だが、その味は人から理性を奪って酔わせる。かつて、ある王はこの蜜の味に魅入られ、狂乱し、国を滅ぼした。


Episode4-4 騎士と王

 グリズリーは死んだ。オレが殺した。砕け散り、赤黒い光となった彼の名残を淡々と目にしながら、オレはシノンを背後に残して駆け出す。彼女を救う為にラビットダッシュとグラインドベアの2つのソードスキルを併用した為、スタミナは危険域に近いが、今この瞬間に全力を出さねば待っているのは全滅……オレ自身の死だ。

 コボルド王はオレの策に気づいたのだろう。何処か余裕を持っていた観戦モードから、既に自分を阻む者がいなくなった事によってオレ達を殲滅すべく動き出す。

 

「悪いが、彼の邪魔はさせられないな」

 

 だが、コボルド王の前にスミスが立ち塞がり、既にオートリロード分の装填を終えたライフル銃の銃口を腐敗した腹部の傷口に差し込み、銃撃を炸裂させる。

 苦痛の声を上げるコボルド王に代わり、ザ・スカル・リーパーがスミスを攻撃しようとするが、いつの間にかコボルド王の背を駆け上がった赤色の連撃によって骨の寄生虫と化したかつての75層のエリアボスは絶叫を上げる。

 赤色の正体は鍔付き帽子を被ったZOOの生き残り、イーグルアイだ。右手に曲剣、左手に刺剣を持った彼は、恐るべき速度と連撃でコボルド王とザ・スカル・リーパーを撹乱する。その隙にスミスはシミターでコボルド王を斬りつつ、迫るボール型ロボットのレーザー発射口であるカメラアイをほとんど狙いも付けずに撃ち抜いていく。

 スミスはオレの意図を読み、コボルド王相手に時間稼ぎをする事を選んだ。それはこの場における最大のベストだ。そして、それに付随して果敢に攻めるイーグルアイにも脱帽である。

 そうしている間にもまた1人赤黒い光になって砕けた。無様にボス部屋の隅まで逃げ、ボール型ロボットに囲まれて斉射を受けたプレイヤーだ。彼の断末魔を耳にし、オレはプレイヤーの3人がかりで何とか抑え込もうとしているオレと同じバトルアックス持ちに迫る。

 

「ひっ! 来るな! 来るなぁああああああ!」

 

 先程のグリズリーの末路を見たのだろう。バトルアックス持ちはオレの接近を見て怯えて唾をまき散らす。

 安心しろよ。お前のHPは十分ある。欠損ダメージで死にはしない。オレは闇雲に振るわれるバトルアックスを潜り抜け、まずは左腕の肘から先を奪い取る。

 STR型なのだろう。片手でも十分にバトルアックスを振るえるこのプレイヤーはオレに目がけてその刃を叩き下ろす。だが、それをオレは同じバトルアックスで横殴りで叩いて軌道を変える。ダークライダーが得意とした攻撃回避術だ。

 床にバトルアックスの刃がめり込んだ事を確認し、残された右腕を肩から切断する。

 

「あと3人」

 

 その間にもコボルド王戦をする2人は激戦を繰り広げている。だが、あくまでコボルド王の敵意が向いているのはオレだ。ヘイト管理も何もあったもんじゃねーな。

 燭台を切断し、コボルド王は力任せに投擲する。それはオレを狙った物であり、急ブレーキをかけて直撃を防ぐが、床で砕けて散弾のごとく瓦礫がオレに激突する。だが、HPは1割程度しか削れていない。これなら問題ない。

 次は2人の寄生状態のプレイヤーに襲いかかる。片手剣と盾を持ったプレイヤーと大盾と槍を持ったタンクのプレイヤーだ。どちらも盾持ちだが問題ない。所詮は寄生状態だ。言うなればオート攻撃状態である。読むのは容易い。

 まずはタンクの槍をバトルアックスで弾き、次いで迫る片手剣を体を捻って回避する。だが、コイツらも学習しているのか、はたまたオレに対する恐怖心がプレイヤーの自由行動を許可したのか、片手剣持ちの蹴りがバトルアックスを弾き飛ばす。

 会心の笑みを浮かべる片手剣持ち。おいおい。お前は寄生状態だからって敵みたいな面するんじゃねーよ。

 

「まぁ、無駄だけどな」

 

 宙を舞うバトルアックスを逆手でキャッチし、そのまま姿勢を低くして片手剣持ちの右足首を切断する。

 システム外スキル『ファンブルキャッチ』だ。『アイツ』が編み出したSAOにおけるシステム外スキルの1つである。本来武器は手から離れた状態でファンブル状態となり、武装解除されるが、地面と接触するまでの空中、更に3秒以内という制限の中でキャッチすることができれば、ファンブル状態になる事はない。ぶっつけ本番だったが、やはりSAOを前身とするDBOでも可能だった。

 転倒した片手剣持ちの背中を蹴り、宙を舞って鈍足のタンク野郎の背後を取り、盾を持つ左手首を切り離す。絶叫を上げて槍の連撃を放つタンク野郎の懐に飛び込み、肘打を叩き込み、姿勢を僅かに崩したところで残る右腕も肘から叩き斬って無力化する。

 だが、片手剣持ちのHPは元から大幅に減っていた。誰かが止血包帯を手に駆け寄る最中に欠損ダメージが奴のHPを奪い尽し、赤黒い光となって砕けた。

 

「あと1人」

 

 コボルド王が鉄骨を振り回し、常に背後を取るイーグルアイを捉えようとしているが、まるでかつての【閃光】を彷彿させる機動でイーグルアイは回避し続け、『アイツ』にも匹敵する反応速度でザ・スカル・リーパーの前肢の鎌攻撃を曲剣で弾き続ける。

 スミスはあろうことか、ボール型ロボットを逆に足場にし、燭台も利用する事で、オレがダークライダー戦でしたような三次元戦闘でコボルド王の頭部に銃弾を撃ち込み続けている。

 回復を済ませ、復帰したシノンは弓兵にとって死の領域とも言える近接戦に持ち込み、至近距離で矢を撃っている。それらは1本として外れる事なくコボルド王の右手首に集中し、蓄積したダメージが王よりタルワールを奪い取った。

 最後の1人は、今も項垂れるディアベルに迫っていた。その手に両手剣を掲げ、ピクリとも動かず、ダイヤウルフが死した場所から動けずにいる彼に死の刃を振り下ろそうとしている。

 させるものか。オレはラビットダッシュで駆け寄ると、ディアベルを襲う凶刃を払い除け、両手剣持ちのプレイヤーの喉を掴んでそのまま押し倒す。

 

「ぐへぇ!?」

 

 潰れたカエルみたいな声を上げた両手剣持ちの胸を踏みつけ、右肘と左肘を切断する。これで最後の1人だ。オレはアイテムストレージから止血包帯を取り出し、オレに非難の眼差しを向けながら駆け寄って来るレイフォックスに投げ渡す。

 

「あ、貴方……なんてことをっ! 2人も……2人も殺してっ」

 

「うるせーよ。コレ以外に手は考え付かなかったから仕方ねーだろ。それよりもディアベル」

 

 声をかけると虚ろな眼差しでオレをディアベルは見上げる。そこに普段の彼の強さはない。あの聡明な眼差しも、人々を魅了する微笑も、何もない。

 それがお前の本当の姿なら、オレは何も言う事はない。別になじろうとも思わないし、説教しようとも思わない。

 だから、オレから彼に対して言えるのは1つだけだ。

 

「待っててやるから、追いついて来いよ?」

 

 お前なら必ず立ち上がってくれる。何故なら、お前はオレとは違う。オレみたいな、どうしようもない糞野郎とは違う。

 誰もが憧れ、英雄視し、同じ戦場に立ちたいと思える騎士なのだから。

 

 

Δ    Δ    Δ

 

 

「待っててやるから、追いついて来いよ?」

 

 そう言い残し、クゥリはレイフォックスに死を求める視線を浴びせられながら、この場で最も危うい場所へと向かう。

 残るコボルド王のHPはバー1本と半分。いかに超絶した戦闘能力を持つ3人のトッププレイヤーがいようとも、ボスの体力を削るには余りにも火力が乏し過ぎる。

 一体何人死んだ? ディアベルは深淵の如き暗闇の泥に意識の足を取られながら、必死に頭を働かせる。

 6人だ。いや、7人になった。今まさにディアベルの眼前で、ボール型ロボットに取り囲まれ、まるで子犬を虐めるような体当たりを繰り返し浴び続けたプレイヤーが1人砕け散った。

 だが、それでも奇跡的に少ないと言えるだろう。あの3人のプレイヤーがコボルド王を抑え込んでくれなければ、そしてクゥリが2人ものプレイヤーを殺害するという凶行を犯してまで無差別攻撃する寄生されたプレイヤーを無力化しなければ、更なる犠牲者が出たに違いない。

 自分なら上手くできた。誰かが指揮を執れば、少なくとも寄生されたプレイヤーを組織的に排除し、安全に無力化する事もできた。だが、もはや烏合の衆となったプレイヤー達にはそれが不可能だったからこそ、クゥリはまるで癌細胞を除去するかのように、強硬手段に出た。

 自分のせいだ。内なる深淵がディアベルを苛める。自分の愚かさと弱さが仲間に罪を背負わせ、多くのプレイヤーを危機に追い込んでいる。

 

『待っててやるから』

 

 ディアベルは沈む。現実を分析し、直視したからこそ、先程よりも深く沈む。

 

『待っててやるから』

 

 闇の中でディアベルは瞼を閉ざす。このまま死ぬ事こそが自分には相応しい。コボルド王だろうとボール型ロボットだろうと構わない。早く殺してくれと望む。

 

『待っててやるから』

 

 ふと思い出したのはいつかの光景だ。

 ダークライダー戦でクゥリは、健闘したディアベルの肩を叩いてくれた。まるで英雄でも見るかのように。

 

『待っててやるから』

 

 あの廃村での作業的なレベリング活動。ディアベルが考案した安全第一の戦法を2人は文句1つ言わずに実践した。夕暮れが訪れると3人で焚火を囲み、不味い食事に不平不満を垂らしながらも一緒に食した。

 

『待っててやるから』

 

 終わりつつある街で、クゥリはPKKを行った。彼は何1つ取り繕う事無く、むしろディアベルに罰せられる事を望むかのように真実を告げた。

 そんな彼にディアベルは感謝を告げた。自分たちを守る為に、クゥリは戦う道を選んだ。そんな彼を尊び、また次は自分と一緒にそうならないように解決策を探すようにしようと、仲間なのだからと、彼は誓いを述べた。

 彼は自分の事を自己犠牲するような人間とは思っていない。それは事実なのだろう。クゥリが戦うのは常に自分が生き残る為であり、何にも増して勝つ為だ。その過程で救えるならば救う。仲間ならば尚の事救う。ただそれだけなのだろう。

 

『待っててやるから』

 

 シノンが殺されかけた時、ディアベルは呆けていただけだ。自分が死したビジョンに囚われ、理解できない過去に縛られ、ただ闇雲に現状を恐れ、断頭台の前で死を望む亡者と化していただけだ。

 シノンはディアベルに求めたはずだ。指揮を執れと。戦況を立て直せと。だが、彼は何もしなかった。それがこの結果だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『追いついて来いよ?』

 

 

 一閃。ディアベルはレイフォックスの背後から迫っていたボール型ロボットを両断する。

 過去など問題ではない。ビジョンなど関係ない。必要なのは、現状を打破し、生き残ろうとする意志だ。違うだろうか?

 今ならば、まだ結末を変える事ができる。その可能性がディアベルにはある。

 

「戦う。戦ってやる。生き残るんだ……必ず……必ずだ!」

 

 まだ撃破されていないボール型ロボットにトドメを刺す。同時に小さくだが、まるでディアベルの意志に応えるように鈴の音が鳴る。

 そして、表示されたのは1つのシステムウインドウだった。

 

〈熟練度が規定値に達しました。隠し性能を解放します〉

 

 思わず笑ってしまった。ディアベルは親愛なる仲間から渡されたレッドローズを強く握りしめる。

 これまで熟練度の上昇など戦闘終了後にしか確認していなかった為気づけなかっただけだ。熟練度に関しては常に、リアルタイムで成長し続けていたのだ。そして、ついにレッドローズが先のボール型ロボットの撃破で上昇した熟練度によって、隠し性能解放に至ったのだ。

 勝利の女神は常に傍にいてくれた。ディアベルが幻視したのは、純白の長い髪を靡かせ、自分に手を差し出してくれている天の使者の姿だ。

 その手を取り、ディアベルは再度立ち上がる。

 

「陣形を立て直す。生存者は集結するんだ! コボルドロードをこれより撃破する!」

 

「…………」

 

「何をやっているんだい、レイフォックスさん。陣形を立て直し、今度こそコボルドロードの息の根を止める。王殺しだ。大仕事になる。すぐに皆を集めるんだ!」

 

「は、はい!」

 

 凛としたディアベルの声音で発せられる指示を呆けていたレイフォックスは背筋を伸ばして了承し、混沌の渦にあるプレイヤー達を纏めるべく駆け出す。ディアベルもまた彼らを纏めるべく奔走を始める。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 化物のダンスパーティにようこそ。オレはまさにそんな気分を味わう。

 スミスも、イーグルアイも、シノンも、オレの想像を軽く超えるプレイヤーだった。いずれもVITにポイントを余り振っていないプレイヤーにも関わらず、1発でも命中すれば死も免れない極限の状態で、一切退く事無く攻撃と回避を両立し続けている。

 だが、それはスタミナという制限があるこの世界では無限に続けることができない、死への行進だ。そこにオレという新たな戦力が加わる事で、何とか拮抗していたコボルド王戦に休息の一瞬を差し込めるようになり始める。

 

「遅かったね。随分と時間がかかったじゃないか」

 

「そいつは悪かったな。オレは昔っから駆けっこは1位だったんだけど……な!」

 

 コボルド王の攻撃手段はもはや鉄骨と背中から生やしたザ・スカル・リーパーだけだ。落としたタルワールを拾う暇など決して与えない。タルワールによって燭台を切断し、投擲する攻撃は背後にいるプレイヤー達にとって極めて高い脅威となる。許すわけにはいかない。

 床を抉りながら鉄骨を振るいぬくコボルド王だが、オレはそれを回避し、逆に鉄骨に手をかけて宙を舞う。上空から強襲し、バトルアックスをコボルド王の脳天に叩き込むも、やはり死体か。僅かにたじろぐ程度だ。

 だが、刹那の隙であろうと見逃さないのが猛禽類だ。1人でザ・スカル・リーパーの相手をするイーグルアイは寡黙に、だが苛烈に、その骨の鎌の間をすり抜け、コボルド王の首筋を≪刺剣≫の基本ソードスキル【リニアー】で穿つ。

そのスピードと精密さは、やはり【閃光】に匹敵するものを感じる。しかもそれだけではなく、脱出の間際に≪曲剣≫のソードスキル【リーパー】を発動させ、ザ・スカル・リーパーの脆い、その関節部の1部破壊し、前肢の鎌の1つを奪い取る。

 

「……すまん。スタミナ切れだ。少し下がらせてもらうぞ」

 

 初めて聞いたイーグルアイの声は、想像よりもずっと若い、せいぜい20代の男の声だった。いつも鍔付き帽子を深く被っていた為分かり辛かったが、下手したらオレと同年代なのかもしれない。

 イーグルアイの一時戦線離脱は辛いが、彼によってザ・スカル・リーパーの脅威度は低下した。鞭のように全身をしならせ、全方位に攻撃を可能とするザ・スカル・リーパー……いや、骨の寄生虫だが、その攻撃手段はゲロと噛みつきと前肢の鎌だ。その内の鎌の1本失い、その攻撃力は激減した功績はでかい。

 

「これで撃ち止めだ。悪いね」

 

 そして、猛攻を支え続けたスミスのライフル銃の残弾が尽きる。鉄骨が突き刺さっていた傷口を狙い撃ち続け、確実に傷口を広げたスミスは、そこにシミターを押し込んで更にダメージを稼ぐ。だが、彼の攻撃スタイルは銃との組み合わせにある。その攻撃力低下は手痛い。

 鉄骨の連続叩き付けを回避するも、その衝撃と振動がオレの自由を阻害しようとする。僅かに止まりかけた足を見逃さず、ザ・スカル・リーパーは例のゲロ攻撃の狙いをオレに定め、その大口を開ける。

 だが、オレの真似をして鉄骨を利用して宙に移動していたシノンが恐るべき3連射をザ・スカル・リーパーの口内に撃ち込む。ゲロ攻撃は不発に終わるどころか、口内で燃え上がったザ・スカル・リーパーの絶叫が轟く。

 

「クー! 貴方には山ほど言いたいことがある! でも、今は……っ!」

 

「分かってる。コイツをブッ殺してからだ!」

 

 鉄骨を振り回すコボルド王に、もはや先程までの余裕はない。コイツもギリギリのはずだ。HPバーはついに最後の1本に届いた。

 

「スゲェよ。お前は強い。ここまで強いファーストボスなんて反則級だぜ。だけどな、オレ達を殺すには力不足なんだよ! 出直しやがれ!」

 

 焦りを滲ませるコボルド王の股をスライディングで潜り抜け、その間際にバトルアックスを振るいぬく。あわよくば転倒を狙って足首への攻撃だったが、やはりボスという事か。そう簡単に膝を付くことはない。むしろイーグルアイの離脱で自由になったザ・スカル・リーパーを尾のごとく叩き付けてくる。

 炸裂した床が瓦礫となり、オレの腹を打つ。ダメージを与えるそれの衝撃に耐えず、あえて吹き飛ばされ、宙で1回転して燭台の側面に着地し、全反動を利用してラビットダッシュと共に跳ぶ。

 弾丸のごとく襲来し、ザ・スカル・リーパーの下顎へとバトルアックスを振い抜く。強引な攻撃はついにバトルアックスに悲鳴を上げさせ、その刃を破損する。だが、それと引き換えにザ・スカル・リーパーは下顎を失った。これで噛みつき攻撃の脅威もなくなった。

 コボルド王の後頭部に蹴りをお見舞いし、奴の前面で着地したオレは挑発するように手招きする。コボルド王はその挑戦状を受け取り、鉄骨を連打するが、オレはそれをバック転で回避する。そして、オレが宙にいる間、その下で狙い澄ましていたシノンの矢が寸分の狂いなくコボルド王の喉を貫いた。

 着地したオレはもはや武器として火力を失いつつあるバトルアックスを投擲する。それは苦悶の表情を浮かべていたコボルド王への追い討ちの如く、矢が突き刺さった喉へと命中し、より矢を奥へと押し込んだ。

 

「どうした? まだまだこんなもんじゃねーぞ、人間様の強さは。来いよ、獣人の王。貴様の底はこんなもんじゃねーだろ?」

 

 愛用のウォーピックを装備し、オレは腐った血をまき散らしながら最後の戦いを挑む、誇り高き獣人の王へと再度の攻撃を試みる。

 とはいえ、オレのスタミナは既に危険域の涙アイコンが出ている状態だ。いつスタミナ切れを起こしてもおかしくない。それはシノンもスミスも同様のはずだ。

 

「ふむ。ここが私の限界か。後は任すぞ」

 

 そして、ついにスミスが戦線を離脱する。置き土産にシミターを胸の傷口に押し込み、そのまま半ば崩れるようにして走りながらスミスはコボルド王から離れていく。

 残るはオレとシノンだけだ。コボルド王のHPは最終バーが残り7割といった所か。殺しきれるかどうか微妙なところだ。

 だが、偉大なる獣人の王の戦意は欠片も衰えない。涎と血が混じったものをまき散らしながら、鉄骨を剣のように、これまでとは異なる精密な連続突きへと攻撃を切り替えてきた。しかもザ・スカル・リーパーとの連携のオマケ付きだ。

 瞬時の判断でオレはシノンの腹を蹴って彼女をコボルド王から突き放す。次々と爆砕する床は回避を続けるオレのHPを削り続ける。奴の狙いはコレだ。まともに攻撃を当てられないと判断し、床を攻撃して行える副産物攻撃に切り替えたのだ。

 ついにオレのHPが3割を切る。だが、ウォーピックを胸の傷口に引っかけて抉り、少しでもダメージを稼いで離脱する。

 

「人を蹴るとか、他に無かったの?」

 

「でもお陰で助かっただろ?」

 

「お礼は言わないでおくから」

 

 シノンも破砕瓦礫のダメージでHPを大きく削られている。どうやらオレの蹴り離脱が少し間に合わなかったようだ。

 しかし、やはりと言うべきか。コボルド王には外観から想像できない程の知性と知能があり、オレ達に感情を向ける自我がある。

 1つの命。確かな生命体。それを認めざるを得ない。だからこそ、オレは最大限にこの状況に自らの在り方を感じる事が出来る。

 

「オレは狩る者。奪う者。喰らう者。オレの血にかけて、負ける事はない。負ける事は許されない!」

 

 相手が1つの命ならば、オレは負けない。負けるはずがない。オレは常に捕食する側だ。

 ウォーピックを手に、コボルド王の眼前に立つ。奴は雄叫びを挙げながら、鉄骨を高々と振り上げた。

 一瞬の交差。瓦礫が全身を打つ中で、オレは鉄骨の死の一撃を躱し、逆に鉄骨を足場にして一気に駆け上がり、コボルド王の左目をウォーピックの鋭い先端で貫き、振るい抜く。

 オレを迎撃しようとするザ・スカル・リーパーの残された前肢とコボルド王の肩の上で打ち合い、逆にその脊椎染みた胴体に……骨と骨の間にウォーピックを潜り込ませた。

 

「サヨナラだ。今までありがとう」

 

 オレは今日まで支え続けてくれたウォーピックに別れを告げる。≪戦槌≫の単発ソードスキル【インパクトスマッシュ】は、ウォーピックがザ・スカル・リーパーの脊椎のような胴体に挟まったまま発動する。

 ソードスキルの強行。自動でモーションを発生させるソードスキルを、武器が拘束された状態で発動すればどうなるか?

 答えは崩壊だ。ウォーピックの柄は折れ、そして残さず砕け散る。それと引き換えに、ザ・スカル・リーパーの胴体を半ばまで粉砕する。

 土煙が舞う中、燭台を足場に既に跳んで背後に回っていたシノンがこの好機を逃すはずがない。傷口に向かって弓矢のソードスキル【レンズフロウ】を放つ。回転の光が迸りながら、ソードスキルの緑の色の輝きと共に矢はオレが破砕して内部が露呈したザ・スカル・リーパーの傷口に突き刺さり、一気に燃え上がり、ついに半ばからザ・スカル・リーパーは焼け落ちた。

 だが、ここでオレ達にもついに限界が訪れる。オレの眼前に赤い滲みが現れ、肺が押し潰されたような息苦しさが生じる。シノンも同様らしく、上手く着地することができずに転倒してしまう。

 本来ならばコボルド王にとって絶好のチャンスだが、奴はオレ達に攻撃を仕掛けることができない。

 襲来する矢の雨。そして、鉄骨の攻撃範囲外から取り囲むプレイヤー達が壁になったからだ。

 オレにもシノンにも分かっていた。既に背後で、オレ達など関係なく、勝利の布石が出来上がった事を。だからこそ、オレ達は最後の無茶をした。

 

「待ってた甲斐があったぜ、ディアベル」

 

 

Δ    Δ     Δ

 

 

 3分。かかり過ぎたとディアベルは己を叱咤する。

 生存者を纏め上げ、彼らに落ち着きを取り戻させ、雑魚を掃討し、陣形を立て直すに180秒も要してしまった。そして、その180秒を稼いでくれたのは、たった4人のプレイヤー達だ。

 体を捩じるようにして右手のレッドローズを掲げ、ディアベルは静かに黙祷していた。

 これまで死んでいったプレイヤー達の無念を、ディアベルは感じる。この地に到達することなく、このゲームに魂を囚われ、死んでいった者たちの嘆きを全身で受け止める。たとえ、それが彼が勝手に思い込んだ幻だとしても。

 コボルドロードの残りのHPは5割弱。既に攻撃手段は鉄骨以外に残されていない。だが、もはや一撃必殺の領域にある鉄骨攻撃を潜り抜けて攻撃を与えられるプレイヤーは既に全員戦線離脱した。

 故の包囲からの遠距離攻撃。コボルドロードの動きをとにかく封じ込め、矢によって削り取る。だが、それでは先に矢の残数が尽きる。

 だが、それは万策尽きているわけではない。むしろ、この現状でリスクを冒す必要などない。そう判断しただけだ。

 まるで赤薔薇のような、真紅の光がレッドローズを中心に渦巻き始める。

 

「俺は勝つ。俺自身の為だけじゃない。皆の為に。共に戦ってくれた仲間の為に。そして、全てのプレイヤーの為に!」

 

 まるで嵐のように、レッドローズを中心とした真紅の光は強さを増し、その暴風のような力が剣に集中する。STRにそれなりに振っているディアベルでなければ、暴れる剣を落としてしまっていただろう。

 コボルド王と目が合う。その目は無機質なAIではなく、まるで生物のような、感情と意思を持つかのような、命の光があった。

 

『ワガナハ、イルファング・ザ・コボルドロード! コボルド、ノ、オウ! シスルトキハ、マエヲムイテ、シス! サイゴノ、シュンカンマデ!』

 

 プレイヤーの猛攻に曝されるリスクも恐れず、いや、むしろ生涯の最期を飾る花道を駆けるかのように、強引にプレイヤーの包囲網を突破したコボルドロードが、王として恥じる事のない生き様と死に様を見せるかのごとく、鉄骨を振り上げてディアベルに迫る。

 見事だ。ディアベルは偉大なる獣人の王に敬意を示す。彼は全力で自分たちを殺しに来た。たとえ腐り果てた、過去の遺物に過ぎない身だとしても。それが彼なりの、このデスゲームでの礼儀なのだろう。

 だが、だからと言って、このデスゲームを肯定する気は毛頭ない。ディアベルはついに収束の最大に到達したレッドローズを、その荒れ狂う真紅の光と共に振り下ろした。

 

 レッドローズの隠し性能。それはオーバード・ソードスキル【レッド・テンペスト】。レッドローズの耐久度を大幅に消耗し、なおかつディアベルのスタミナを1度で全て奪い尽す、文字通りの必殺の一撃。

 

 巨大な真紅の光の刃が解放され、床を破壊しながらコボルドロードの鉄骨と正面から激突する。だが、軽々と鉄骨は折れて砕け散り、その腐った血肉を光の刃が切断する。

 縦に両断されたコボルドロードは満足そうに笑った。それはこの場の全ての戦士、そして青の騎士に対する賛美のようだった。

 それを最後に、赤黒い光の濁流となってイルファング・ザ・コボルドロードは消え去った。

 

「偉大なる獣人の王よ、今回は俺の勝ちだ。俺と……仲間達の勝利だ」

 

 ディアベルはスタミナ切れで前のめりに倒れる中で、獣人の王が散らした赤黒い光を手にして微笑んだ。

 




ディアベルがレベルアップした!
・主人公度が上昇した!
・カリスマ性が上昇した!
・精神力が上昇した!

では、20話でお会いしましょう。

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