ようやく序盤も佳境に到達しました。ここから一気にペースを上げたい……と、言いきれないのが辛いところです。
スキル
≪カタナ≫:カタナにボーナスが付く。カタナのソードスキルが使用できる。
≪ダンス≫:踊りのデータを作成し、読み込む事で自動で踊ることができる。
≪言語解読≫:通常では読めない言語を解読する事が出来る。熟練度が上昇する事に解読可能言語を1つ増やす事ができる。
アイテム
【火霊の光球】:人工的に生成された火の霊体を封じた球体。魔法大国サンドリアナで開発された暖房器具であり、年の半分が雪に覆われるサンドリアナならではの1品である。
【霊弓アカツキ】:かつて何処かに存在した極東の島国に伝わる霊弓。炎の中で鍛え上げられた神木を用いており、清浄なる朝陽の祝福が施されたこの霊弓は、その秘めたる力を持ち主に授けると言われている。
【赤黒い紋様の果実】:毒々しい赤黒い紋様とは裏腹に、瑞々しく甘い果実。毒も一切なく、外観では判別できない程の美味。だが無知なる者はその見た目に騙され、口にする事を拒む。
ボス部屋にシノンが触れた時に表示された赤い『6』の文字。それはダイヤウルフ曰く、ボス戦に参加する事が出来るパーティ数を意味する。
SAOでもそうだったが、基本的にボス戦はレイドで挑む。何処かの黒ずくめは単独でボスを撃破したらしいし、ZOOもたった6人+αで南のダンジョンのボスを斃したそうだが、それは製作者側からすれば顎が外れるくらいのイレギュラーな事態のはずだ。
そして、このDBOのボス戦にはある意味で人数制限が設けられている。それがボス参加パーティ数の制限だ。この場合、北のダンジョンのボスのパーティ制限は6組。つまり、最大で36名しか参加できない計算になる。
ボス会議に集まったのは全部で32名。つまり、6×5+2=32……パーティ5組と2名という計算だ。
では、その2名とは? 1人は無論オレだ。残念な事にディアベルとシノンの2人は会議後のパーティ結成で真っ先に4人組のパーティに誘われてしまった。彼らは断ろうとしたようだったが、オレがボディランゲージで受理しとけと伝えたのである。
仕方がない話だ。表向きにはオレとディアベル達は仲間ではないし、またどっかの誰かさんのお陰で影が薄くなったとはいえ、ベータテスターを非難した先鋒だ。ベータテスターと公言したシノンと組むのもおかしい話である。
結果、オレはもう1人のソロ参加者と組む事になった。それが隣にいる醤油顔の30歳手前っぽそうな男だ。
「ふむ。北のダンジョンをこんなに奥まで入ったのは初めてだが、情報通りソロでの攻略は難しそうだな」
「そ、そうだな」
全体的に軽装である醤油顔のプレイヤーの名前は【ジャック・スミス】だ。いかにも英語圏でありそうなファーストネームとファミリーネームを組み合わせたこのプレイヤーは、あろうことか装備しているのは他のプレイヤーの度肝を抜く『銃』である。
外観としては銃身が木製のライフル銃だ。パーティを組む上で事前に見せてもらった性能として、最大で3連射が可能というものである。GGOで名を馳せていたシノンからすれば垂涎の代物だ。
だが、この『銃』というカテゴリーは、スミス曰く『使い勝手がこの上なく悪い』らしい。というのも、このライフル銃を装備する為には貴重な武器枠を2つも消耗せねばならず、なおかつ武器の熟練度が成長してもボーナスが付かず、オマケに使用する為にはわざわざスキル≪銃器≫を獲得せねばならない。しかも、この≪銃器≫は現段階では隠しスキルらしく、ジャック自身も偶然イベントで得たものだという。
『距離減衰は弓矢以上だし、当然射撃攻撃だから≪射撃減衰≫で攻撃力は更に低下する。しかも銃の熟練度や≪銃器≫のスキルを成長させても威力は1も上がらないし、弾代は高い。これを使い勝手が悪いと言わずに何を言うのだい? オマケに所有できる弾数にも制限があって、なおかつリロードにも時間がかかると来たものだ』
そこまで断言するスミスが何故銃を使用しているのか。それは銃の使用にはスタミナを消費しない、ないし使用するとしても回復量で相殺できる程に微々たるものだからである。
スミスの戦い方は曲剣のシミターで近接戦をこなしつつ、弓矢と違ってトリガーを引くだけで即座に射撃を行うことができるライフル銃で近・中距離をカバーするというものだ。そうすれば距離減衰も抑えられ、なおかつ攻撃距離に応じて効果を高める≪射撃減衰≫の影響も最小限にして命中を狙える。
また一定数の銃弾は事前に銃にセットする事でオートリロードされる。たとえばスミスの持つ【無名のライフル銃】の場合、3発毎のリロードが必要とするが、オートリロード分で30発分を事前に仕込む事が出来る。それ以降は自らの手でアイテムストレージから出した弾を詰めないといけないらしいが。
矢は矢筒の限界まで矢を持ち込む事ができ、攻撃回数に制限があるという意味では同じだが、自動的に矢筒に所有する矢が補給されるのと違い、銃はオートリロード分以降は自分で詰めねばならない。また、持ち込める数にもかなり制限があるらしい。ちなみに【無名のライフル銃】の弾丸は【粗鉄の弾丸】らしく、たった60発分しか所有することができないそうだ。
何はともあれ、銃という新たな武器が存在する事が分かったのは大きな収穫である。一方で、ステータスに影響される事がなく、ある程度の威力を保証する銃というカテゴリーは、茅場の後継者が今か今かと顎を閉じる瞬間を待っている罠のような気がしてならない。
いずれ銃オンリーのパーティが登場するだろう。そして、その時こそ茅場の後継者は必ずそいつらを狩り殺す醜悪な罠を起動させるに違いない。
……まあ、そもそも貴重な武器枠を2つも潰して、しかもSTRとTECがないと射撃反動で弾丸の軌道も安定しないようなものを、低レベル勢が我先にと装備するとは思えないのだが。
「しかし、君はなかなかに勇気がある人間と思っていたが、その割には初対面の人間は苦手なのかな?」
短く刈り上げた黒髪をしたスミスは、オレをジッと見て問う。ディアベルとシノンが先導する北のダンジョンの安全なルートを歩む中、オレ達出涸らしコンビは最後尾だ。他の連中も無駄口を叩いているが、特に口が軽くなる。
だからと言って、オレの初対面マジ苦手症候群が緩和されるわけではない。口数が多い訳ではないが、それなりに喋るスミスを相手にすれば、あっさりとオレの地が露呈してしまった。
せめてアレが茶番だったとバレないようにしなければならない。オレは内心で冷や汗を掻きながら、スミスの観察するような視線をやり過ごした。
「しかし、どういうボスだろうね。上限がたった36人とは」
オレの事よりもボスの方へと関心を切り替えたスミスに安堵しつつ、確かにその疑問は尤もだと頷いた。
SAOの時ですら、6人パーティが8組の48人が上限だった。にも関わらず、DBOには参加できるパーティ数に制限をかけている。
普通に考えれば、それだけボスが脆弱であるとも読み取れるだろう。そもそも南のダンジョンのボスも、実質的にパーティ1組に敗れているのだから、さすがの茅場の後継者も最初のエリアくらいは易しめに設定したのかもしれない。
「考えてもしょうがないか。私達の仕事はボスを相手にする事ではなく、遊撃隊となって雑魚が本隊に近づかないようにする露払いだ」
「あ、ああ。とりあえず、が、頑張ろうぜ」
それから1時間か2時間経過した頃、ようやくあの安全圏に……人工的な清涼さに溢れた教会みたいな区画に到着する。
そう言えば、ここに飾られていた絵だが、1枚はコボルド王だと分かったが、もう1つの虫みたいな骸骨の絵は何を意味するのだろうか? 何かのヒントだとは思うのだが、見当もろくについていない以上、オレは言い出せずにいる。
それにあの立体映像が言っていた『楔』という意味も気になる。
「諸君、この先にボスがいる」
だが、そこでオレの思考は中断される。ダイヤウルフがボス戦前の前口上を始めたからだ。
「我々にとって……このデスゲームに捕らえられた全プレイヤーにとって、ここが分水嶺だ。諸君らの活躍に8000人近いプレイヤーの未来がかかっている。だが、案ずる事はない。我々は勝つ! 誰1人として欠ける事無く勝つ!」
意気込むダイヤウルフにプレイヤー達は拳を振り上げ、勇ましく声を張り出す。
この感じは久しぶりだ。SAOでも誰かしらがボス戦まではこうして志気を高めていたものだった。オレは郷愁に近いものを思わず覚えてしまう。
誰1人として死ぬ事なくボスを斃す。それは決してSAOでは幻想ではなかった。ならば、ここでもそれを実現する事は可能だろう。
レベルは十分高い。回復アイテムもZOOから工面してもらい、全員余り溢れている。唯一の不安要素があるとするならば、ボスについて確定情報がない事だ。
入手したレアアイテムは獲得した本人のものだ。それはラストアタックボーナスの奪い合いになるかもしれないが、土壇場で仲間を攻撃してまで欲する奴はいないだろうから完全に天運任せと言えるだろう。まあ、オレとスミスは露払いだから得られる確率は低いが。
そしてボスの自動ドアが開き、総勢32名のプレイヤーが広々としたボス部屋に流れ込む。
燭台に火が灯り、ボス部屋が隅々まで光が届き、叩き潰されたロボットによる玉座で鉄骨に貫かれていたコボルド王の亡骸が蠢く。
最初の腐臭には多くのプレイヤーがむせたが、その隙に雑魚が攻撃してくる事もなく、演出のようにコボルド王は腐った血を傷口から垂れ流しながら、胸を貫く鉄骨を引き抜いて両手で持つ。
《リ・イルファング・ザ・コボルドロード》
差し詰め、名前は『再生のコボルド王』といったところか。腐った血を垂れ流しながら、コボルド王はまるで理性も知性もないゾンビのように、オレ達に突撃してくる。
「A隊とB隊はコボルドロードを迎撃! C隊とD隊はスイッチ要員として待機しつつ雑魚を近づかせるな! E隊とF隊は雑魚を迅速に殲滅! 射撃隊はコボルドロードを扇状に包囲しつつ、援護射撃! ディアベル君、前線指揮は任すぞ!」
「了解した! A隊、近づき過ぎだ! タンクはスタミナ配分に注意するんだ! 1人でも危険域に達したらスイッチ要望する事! 良いな!?」
ダイヤウルフが後方で全体指揮を執り、ディアベルが前線指揮を担う。指揮系統が2つに割れかねないが、その辺りは2人で擦り合わせしてあるだろうから大丈夫だろう。
射撃攻撃が可能な弓矢持ちはあえて射撃隊としてパーティの枠を超えて集結させ、恒常的な射撃援護で確実に安全地帯からダメージを与える狙いかもしれないが、どうやらコボルド王は≪射撃減衰≫に近いものを持っているのだろう。矢はどれだけ命中してもダメージを与えられていると目に見える程のHP減少はない。
まぁ、仕方ないか。それが可能なら射撃無双になるし、下手にヘイトを稼がれて後方に強引に突撃されても困る。
「さてと、オレはオレの仕事するかな」
オレ達たった2人のF隊はとにかく雑魚を蹴散らす事だ。浮遊する1メートル程のボール型のロボット。これを確実に破壊する。
今日のオレの武器はいつも使っているウォーピックとは異なる、バトルアックスだ。あのスキンヘッドのPK野郎を殺した時に入手した奴の得物である。+6まで強化されているが、L3D3(軽量3耐久3)といった感じに強化されている為、軽量耐久型の強化が施されている。結果的に元の火力は引き出せないが、長期戦に向く代物だ。
そして、オレが≪歩法≫と共に得た新スキルこそが≪戦斧≫だ。今回、ロボット系にとって天敵であるウォーピックをあえて外したのは、仮にイレギュラーな事態になってコボルド王と戦う事態になった際に、奴には斬撃属性があるバトルアックスの方が有利だからだ。
それに何より、バトルアックスの破壊力はウォーピックにも負けない。8脚機械蜘蛛ならまだしも、このボール型には十分過ぎる火力を発揮する。
「ふむ。3次元機動による撹乱と突破をされては困るところだったが、これならば問題なさそうだな」
備えられた1つ目からのレーザー攻撃以外に攻撃手段がないボール型ロボットに対し、スミスは堅実な立ち回りをしつつ、確実に銃撃攻撃でダメージを稼ぐ。いかに距離減衰が激しくとも、近距離で撃たれれば、ダークライダー戦でオレが苦しめられたように、十分なダメージを与えられる。
「ハッ! オレも負けてられねーな」
単調なレーザー攻撃など恐れる必要などない。仲間に誤射しないように立ち回ることは要求されるが、それ以外に攻撃手段がないならば側面に回れば攻撃し放題だ。
全部で8体いたボール型ロボットの内の3体をオレ達で仕留め、残りの5体はオレ達同様に雑魚殲滅の任務に当たっているE隊から撃破した。だが、やはりと言うべきか。コボルド王のHPバー4本の内、1本が消えた段階で新たに8体追加投入される。
今度のボール型ロボットは外見こそ同じだが、レーザーを拡散で放ってくる。低威力だが、より広範囲をカバーしたタイプだ。
「クゥリ、奴の目を狙え。命中すればレーザー攻撃できなくなる」
だが、スミスはあっさりと、ろくに狙いも付けていないはずのライフル銃の攻撃を的確にボール型ロボットの大きな1つ目に命中させ続ける。その成果を即座にオレに共有してくれるのはありがたい事だった。
拡散レーザーになっても側面を取り続ける作業に変わりはない。E隊は苦戦しているようだが、目立ったHPの減少もないから大丈夫だろう。
一方のコボルド王と戦うA~D隊は順調にダメージを与える事ができているようだった。
「落ち着くんだ! 鉄骨攻撃は広範囲の薙ぎ払いと叩き付けの2種類しかない! タンクは距離を取れ! 叩き付けはスタミナの削りが規格外だ! DEXが高いものは叩き付け後の硬直を狙って一撃離脱攻撃をするんだ!」
「射撃隊、誤射が多過ぎるぞ! コボルドロードの頭部を狙え! スタンにさせてチャンスを作るのが諸君らの仕事だ!」
「B隊、C隊とスイッチ! 60秒で回復作業を終了させるんだ!」
「E隊、HPが削られ過ぎだ! 3割以上のダメージは即座に回復するように!」
2人の指揮官は一糸の集中力の乱れもなく、的確な指示を出し合ってコボルド王のHPを削り続ける。新たな攻撃である、コボルド王の腐った血の噴出はどうやらプレイヤーを毒状態にさせるようだが、毒状態になって狂乱しかけたタンク2人のカバーに入ったディアベルは、コボルド王の攻撃を引き付けながら指示をしてタンクのスイッチを実行させる離れ業まで披露する。
そして、シノンは矢を安全地帯から撃ち続ける作業を淡々と続けている。彼女の着弾点から発火する矢は恐るべき精度でコボルド王の目を射抜き続け、攻撃精度の低下を常時与え続けている。残念な事に死体である為、スタンしないようなのが残念だ。
「間もなく残りHPはバー1本か。何事もなく終われば良いのだがね」
2回目の追加されたボール型ロボットの排除に終えたオレ達は燐光草を1枚食べてHPを回復させる。さすがのスミスも拡散レーザーを全弾回避し続けるのは至難だったらしく、オレと同様に微細なダメージを受けていた。
しかし、余裕綽々なのか、懐から煙草を取り出して咥えると火を点けて紫煙を漂わせる。つーか、このゲームには煙草まであるのかよ。色々とおかしいだろ。
「しかし、これがボスか。存外呆気ないものだな」
「オレ達のレベルが高過ぎなのと、あの2人の司令官様が優秀なんじゃねーの?」
連携の間にスミスに対しての警戒が解けたのか、オレの口は普通に回る。何気にオレのコミュ力も少しずつだがレベルアップしているのかもしれないな。
だが、スミスは目を細めて、不吉そうに喉を鳴らして笑う。
「さぁ? それはどうだろうね。私は与えられた仕事をこなすだけだ」
「……アンタって軍人か何かか?」
「リアルの話は厳禁……と言いたいが、別に良いだろう。陸自の自衛官だよ」
なるほど。オレはスミスの雰囲気に思わず納得の吐息を漏らした。どうにも普通の社会人っぽくない雰囲気を持っていなと思ったが、よもや自衛官とは思わなかった。
「しかし、そういうキミはまだ学生だろう? それにしては、随分と怖い目をするものだ」
「は?」
「仕事柄ね、たまに君のような奴と会うんだよ。絶対的な捕食者の目というのかな」
無駄口もこれくらいで良いだろう。オレはこれ以上スミスと話していると気分を害すると判断し、口を縫い付けたように黙る。それを悟ったスミスもまた、オレに話しかける事はなくなった。
そして、ついにHPバーが最後の1本に到達する。それと同時に、これで最後になるだろう、ボール型ロボットが新たに8体出現する。
「良し! 射撃隊前進! 距離を詰めてラッシュをかけるぞ!」
ダイヤウルフの号令と共に射撃隊が間合いを詰め始める。些か早計な気もするが、最後の1本ならばここでダメージ量を増やすのも悪くないかもしれない。
やはりと言うべきか、コボルド王は鉄骨を捨て、腰にある得物を抜く。それは予想通りの野太刀……
「……じゃねーぞ!? ヤベェ!」
コボルド王が抜いたのは、野太刀ではなくタルワール! カタナではなく曲剣だ!
カタナのスキルを警戒し、ディアベルは隊を下がらせていた。その判断は正しい。だが、タルワールであるならば、奴が使ってくるソードスキルは見当が付く!
曲剣の突撃連続型ソードスキル【ウインド・ヘル】。1発1発は低威力だが、8連撃にも達する、まさに曲剣のスピードを活かした恐るべき猛攻! それが退避行動が1歩遅れたタンクの1人に絡みつく!
「う、うわぁああああああああああ!」
スタミナを瞬く間に奪われ、大盾を弾かれたタンクに、ソードスキルを終えたコボルド王はその巨体を活かしたプレス攻撃を仕掛ける。だが、間一髪でディアベルは彼を救い出し、それどころかカウンターで一閃を決める。
まるで元から読んでいたかのようなディアベルの滑らかな反撃にオレは違和感を覚える。本当にディアベルはコボルド王戦が初めてなのか?
「う、腕が……腕がぁあああああ!」
「ディアベル君、前線指揮は私に任せろ。彼を!」
「頼みます! もう大丈夫だ、ほら」
タンクに肩を貸し、足早に前線を離脱するディアベル。彼が助けたタンクの左腕はない。恐らく大盾を弾かれた時に一緒に切断されてしまったのだろう。初の欠損状態ならば、泣きわめくのも仕方ないかもしれないな。あの脳をミキサーにかけられるような不快感は最悪だし。
焦ったオレだが、どうやらダイヤウルフはオレの想像以上に冷静のようだ。情報通りでないのは当たり前。対野太刀型の陣形から対曲剣型の陣形を取り直し、タンクをやや下がらせて自分が前に出て志気を保ちつつ、槍持ちがリーチを活かした攻撃で確実に削る。射撃隊も前に出たお陰でよりダメージも通るようになり、最後のHPバーも半分以下になるのにそう時間はかからなかった。
「君が叫んだ時はどうなるかと思ったが、無事に乗り切れそうだな」
吸いきった煙草を放ったスミスは、オートリロード分を使い切ったライフル銃に銃弾を詰めている。既に雑魚の掃討は終わった。後は本隊のお仕事だ。
煙草は床に触れる直前で光のポリゴンとなって消え去る。それと同時に、ついにレッドゾーンに到達していたコボルド王の脇腹にダイヤウルフが回転型ソードスキル【リンク・スピナー】をお見舞いし、そのHPを奪いきった。
「はぁはぁ……な、何とかなったな」
最後の最後に焦って猛攻を仕掛けたせいか、ダイヤウルフはスタミナ切れらしく、息荒く片膝を付いている。
「何を言う! 今の判断はベストだったじゃないか。我々の勝利だぞ!」
そんなダイヤウルフの背中を叩き、グリズリーが勝利の雄叫びをあげる。途端にボス部屋全体の空気が緩み、脱力していく。
勝った。オレ達は勝った。そんな雰囲気が充満していく。あのシノンですら長く息を吐き、弓を下ろした。
『ヤハリ、ワタシ、ダケデハ、ココマデカ。ダガ、ケイカク、ドオリ、ダ』
オレは完全に油断していた。
あの茅場晶彦の後継者が、この程度のボスで済ますはずがない。より悪辣な罠を準備していないはずがない。
思えば、推測し、対策を立てる方法はあった。たとえば、あの教会区画に設けられた絵画だ。1枚がボスを暗示していたならば、もう1枚も同様のはずだ。だが、オレ達はそれを見逃した。
そして、『それ』の要素はオレ達も既知だった。あの狂人は、これでもかと、オレ達にこの展開を予想させるヒントを与えていた。オレ達がそれに気づかず、まんまと罠にはまる瞬間を心待ちにして。
それは一瞬の出来事だった。コボルド王の腐った背中が盛り上がり、そこから骨の昆虫のような、人間の頭蓋骨を模した頭部を持つ、2対の青い火を点す目を持つ骨の虫が姿を現す。
ああ、そうだ。オレは思い出す。あのもう1枚の絵に飾られていたのは、かつてSAOで攻略組を絶望に追いやった、第75層ボスの姿だ。
ザ・スカル・リーパー。オレも伝聞でしか知らない、SAO史上に名を残す凶悪なフロアボス。
シノンは教えてくれた。死体を苗床にする寄生虫の話を。
何故わざわざコボルド王が死体の姿で現れたのか。オレ達はあの狂人の趣味の悪さだと勝手に思い込み、そこに秘められたヒントから目を背けた。
絵画に描かれていた、まさに直球とも言うべきボスの情報を見落としていた。
それは最悪の形で代償を支払われる事となる。
完全なる油断。誰も彼を庇う事などできなかった。傍にいたグリズリーでさえ反応することができなかった。
スタミナ切れの状態により、クリティカルヒットする白骨の寄生虫の、その鎌の如き前肢の攻撃。その連撃を直撃したダイヤウルフは遥か遠くに吹き飛ばされた。そのHPは勢いよく減り、もはやゼロに到達するまで減り続ける事は誰の目から見ても明らかだった。
『ツヅキダ、ショクン。コボルド、ノ、オウ、ハ、ココニイル。ココニイルゾ! サァ、メイヨヲモトメル、センシ、ヨ! カカッテクルガイイ!』
ゲームならばあって当たり前。ならばDBOにもあって当然だろう。
ボスの第2形態。新たに2本のHPバーを表示させ、寄生虫を宿した腐敗のコボルド王はオレ達に再戦の咆哮を上げた。
絶望の第2ラウンド開幕。
それでは、18話でお会いしましょう。