SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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20話以上かけて仕込みをして、ちゃぶ台をひっくり返した本エピソード。もう少し話数もかかりそうですが、お付き合いをお願い致します。

※2015/10/23 21:44追記
ご迷惑をおかしました。正しい本文をアップしてあります。
再チェックは重要。予約したからと慢心は駄目。チェック&チェック&チェックを心掛けるつもりです。


Episode15-22 舞台裏で踊る者たち

「率直に言おう。今回のユニークスキル争奪戦は、最初からクラウドアースが仕組んだものだった。我々はそう考えてこの場にいる」

 

 第一声に、彼らしくない怒気と殺気を含ませて、それでも激情に駆られるのではなく、ギルドリーダーとして、3大ギルドのトップの1人として君臨する者としての立場を忘れずに、ディアベルは眼前の怪物たちを睨む。

 これまで聖剣騎士団は太陽の狩猟団やクラウドアースに比べて諜報戦に劣っていた。それはディアベル自身が今でも3大ギルドが力を結集させ、いずれはわだかまりを超えて一丸となって攻略に乗り出せる日が来ると信じていたからだ。

 だが、この日、この瞬間を以って、ディアベルはそんな物は一生かかっても訪れない。たとえ、互いが滅びる事を厭わぬ戦争に突入しようとも、決して譲り合い、手を組み合う日は無いと理解する。少なくとも組織としての形が残り続ける限り、彼らは同じ場所に立っていようとも背中を預け合う仲間にはなれない。

 

「ほう。それはそれは……」

 

 手を組んだベクターはわざとらしく驚いたように眉を跳ね上げ、彼の背後に控えるセサルは不気味な微笑を崩さない。

 円卓を囲むディアベル、ミュウ、ベクターの3人。この中で自分が1番謀略という戦いに向いていない事をディアベルは自覚している。

 キツネとタヌキの化かし合いなんて生温いものではない。蛇と蛇が喰らい合う、命懸けの芝居と情報戦。それが謀略の神髄だ。

 

「しかし、それはおかしな話ではないかな? そもそも、現状を生み出したのは諸君らではないか。1番にユニークスキルの情報を獲得したのは他でもない、聖剣騎士団であり、それを察知した太陽の狩猟団が妨害工作を繰り返し、情報を奪い合い、そして我らクラウドアースが参戦して三つ巴となって硬直状態となった」

 

 ゆったりとした体勢でベクターは饒舌に言葉を並べる。その1つ1つに毒がたっぷりと塗られ、気を抜けば情報を啜られ、ギルドとしての利益を失う。ディアベルは油断する事無く、『今のところ』は味方であるミュウに視線を移す。

 今回のユニークスキル争奪戦がクラウドアースの仕掛けた茶番劇である事を暴いたのは、他でもないミュウなのだ。

 眼鏡をかけた理知的な女性であるミュウは、ここ数日の激務のせいか、顔色が悪いようにも見えた。仮想世界の肉体であるアバターが観測した彼女の精神状態を反映させてのことか、それとも単なる錯覚か。どちらでもディアベルには構わない。むしろ疲労がたまっているならば好都合だ。

 必要なのは『利用する』という事だ。ミュウとて信用はならない。ディアベルは自身の甘さを捨てるべく、拳を強く握る。ディアベルに交渉を持ちかけた時点で、ミュウは何かしらのカードを切っている。自分は利用されていた立場だというのを把握せねばならない。『ギルドリーダーとして』少しでも挽回を図るにはそれが必要不可欠だ。

 

「まず情報を整理しましょう。聖剣騎士団がシャルルの森でユニークスキルを獲得できるという情報を得て動き出した。そして、太陽の狩猟団がそれを阻止すべく行動に移り、クラウドアースが参加しながら両陣営が突出しないようにバランスを取った。その結果があの硬直状態でした」

 

「その通り。全く以ってその通り」

 

「ですが、その情報の出所は何処でしょうか? 聖剣騎士団がそもそもユニークスキル獲得に向けて動き出す切っ掛けは? まずはそれを疑うべきでしょう」

 

 伊達に3大ギルドの1つを事実上1人で切り盛りしているわけではない。ミュウの手腕と知略は、それこそ政治の場面で活躍すべきという程に突出している。しかし、彼女単身ではクラウドアースという『組織』で動いてくる相手には、どうしても手駒が足りない。

 そんな彼女が仇敵と言うべき聖剣騎士団と手を組み、情報の精査に挑んだ。それは並大抵の頭脳が成せる処理量ではない。

 

「聖剣騎士団は情報を買っていました。それも決して喜ばしいとは言えない裏取引の類です。聖剣騎士団が最近になって販売した肥料。こちらのレシピは元々クラウドアースが生産していた旧式の物と同質らしいですね。いえ、完全に一致すると言えるでしょう。クラウドアースはこれまでラスト・サンクチュアリに対して肥料を高額ないし非買という対処をしていました。ですが、『何処か』から流出したクラウドアースの機密情報により、この処置は事実上の無効化されたと言えるでしょう」

 

「話が逸れているように思えるが?」

 

「いいえ、繋がります。実はこのクラウドアースの情報を売却した人物は、他にも多くの情報を聖剣騎士団へと売り渡していました。武器開発、警備状況、新しく発見された鉱山のレア鉱石ドロップ率、良質な狩場候補などね。そして、ユニークスキルの情報まで……」

 

 そこで話を1度区切ったミュウは、彼女らしくない程に『裏』を語っていた。本来ならば明かす必要が無い、腹の中で収めておくべき事柄を口にするのは、それが必要不可欠だからだ。

 

「俺も情報を洗わせてもらった。『誠に不本意ではあるが』、聖剣騎士団はクラウドアースの機密情報とは気づかずに得ていたようだ。そこは謝罪しよう」

 

 嘘だ。ディアベルは自身のぬるい偽善を唾棄する。ラスト・サンクチュアリ支援は、既に対クラウドアースとして聖剣騎士団の方針の1つとなっている。そんな中で、ラムダが何の前触れも無く、いきなりレシピ開発の目途も立っていなかった肥料アイテムの生産施設の予算申請をし、その内容を確認した時点でディアベルの頭は、自分たちの組織がクラウドアースから情報を抜き取っているという事実を受け入れていた。

 反吐が出る。ディアベルは最初からギルド間抗争を激化させている『毒』の1人だ。この場にいるミュウやベクターと何ら変わらない。彼自身が既にべっとりと黒く汚れている。組織を背負う以上は当然の事だ。

 サンライスはああ見えて違う。大声ばかりの戦闘馬鹿のように見えるが、ミュウの……太陽の狩猟団の因縁と因果は全て引き受ける覚悟がある。彼は全ての責任を取る為ならば、自らの命すらも惜しくないだろう。

 

「では、そのユニークスキルの情報を流していたという人物は何処にいるのかな?」

 

「死者の碑石で確認しましたが、どうやら殺害されたようですね。それも争奪戦が開始する直前に」

 

「それは『残念』だ。一体誰がそんな惨い真似をしたのだろうね。幾らクラウドアースに害する真似をしたとはいえ、『弁解の機会』くらいは与えて良かったものを。そう思わないか、セサル軍事総括顧問」

 

 これは深刻な問題だ。そう述べるように、厳しい表情で、だが目は嗤いながら、ベクターはセサルへと話を振る。それに対し、セサルは軽く肩を竦めるだけだ。

 

「さぁ、私には『小難しい事』は分かりかねます。ですが、ユニークスキルの情報の出所がクラウドアースという確証は無いでしょう。語った本人が何処から仕入れたのか、そこには裏付けが無いのですから」

 

 口封じだ。この茶番劇は念入りに仕組まれたものだと改めて受容する。恐らく、情報提供者……ディアベルの調べではクラウドアースのマックJはまんまと利用されたのだ。彼自身は聖剣騎士団に組織の情報を売って小金を稼いでいたつもりが、それらは全てベクター、そしてセサルによって厳選された『クラウドアースにそこそこダメージを与える』ように計算し尽くされた情報であり、本命のユニークスキル情報を渡す為の媒介として丹念に肥え太らされた生贄だったのだ。

 聖剣騎士団側は疑わない。当然だ。情報提供者を利用した気になっているのだから。銀で豚を釣って金を得る。そんな気分だったはずだ。だが、実際には餌付けされていたのは聖剣騎士団側であり、クラウドアースは猛毒を孕んだ毒餌を食わすまで自身を削る道を選んだ。

 

「ふむ。では、仮に我々クラウドアースが聖剣騎士団をユニークスキル獲得に誘導したとしよう。そのメリットは? 情報を隠蔽すれば、より確実にユニークスキルを獲得できる。わざわざ情報を明かす意味があるとは私にはとてもではないが思えない」

 

 ベクターの言い分は尤もだ。確かに、ユニークスキル争奪戦を誘発するメリットは、クラウドアース側には欠片も無い。

 だからこそ、発想を転換する。ミュウが言ったようにユニークスキル争奪戦を『破綻』させる。それこそがクラウドアースの1人勝ちを防ぐ方法だ。

 その言葉の意味を、当初ディアベルは争奪戦自体を否定する事によって、クラウドアースがユニークスキル獲得を失敗させる方法だと思い込んでいた。だが、ミュウが意図したのは全くの別だ。彼女は、ディアベルに話を持ち掛けた時点で、クラウドアースの意図をある程度まで推測するに至っていたのだ。

 

「ユニークスキルはシャルルの森にあります。それは間違いありません。NPCからの聞き込みも含め、あの場所にユニークスキルを獲得できる方法があるのは確かです。ですが、争奪戦開始時点でおかしい点があります」

 

 ミュウは指を躍らせ、自身のアイテムストレージから取り出して円卓に広げたのは地図だ。とはいえ、それは子どもの落書きのようなものであり、辛うじてシャルルの森の全体図であると判断できる。いや、そのような先入観が無ければ分からないだろう。

 

「これは太陽の狩猟団が獲得したシャルルの森の地図です。せいぜい目印程度ですが、これでも太陽の狩猟団が獲得した最高のものです。聖剣騎士団はこのような物さえ確保できていませんでした」

 

 この地図は、そもそもミュウがNPCの情報を基礎として四苦八苦しながら作り上げたお手製に近しい。膨大な情報を纏め上げる彼女でも、精度はこれが限界だったのだ。

 

「俺達の情報網を甘く見ない方が良い。クラウドアースが雇用した傭兵には、シャルルの森の侵入ルートが与えられていた。そして、マッピング情報が時間経過で消去されて更新されて維持できない事もね。傭兵は口を噤んでも、情報屋からは漏れるものだよ。特に……『金』で簡単に口を割る情報屋には心当たりがある」

 

 そう、具体的にはパッチという情報屋兼傭兵だ。そして、彼がシャルルの森から呑気に鼻歌交じりで出てきたところを、既にディアベル達は確保に成功している。

 パッチは自分の命がまずいと見たか、それとも提示されたコルのゼロの数のお陰か、あっさりと口を割った。クラウドアースにとって『イレギュラー』というべきだったのは、彼はクゥリが贔屓にしている『情報屋』という側面も持っている事だ。

 さすがのクゥリもパッチが雇用される危険性もある事から今回の依頼では利用しなかったようだが、パッチ自身の情報屋ネットワークを使い、クラウドアース陣営の傭兵が利用した情報屋を精査し、なおかつシャルルの森の現状について情報を獲得できた。

 結果、クラウドアースは自陣営の傭兵にルートを提示した事、そしてクゥリがわざわざ眼帯をしていた事を暴いた。

 最近のクゥリは義眼を装着している。眼帯をする理由は何か? ミュウは即座に『義眼を隠す為』という意見を提示した。そして、想起の神殿で何者かから彼が眼帯を受け取っていた事、その際の目撃者が彼の左目を『まるで爬虫類みたいだった』と述べた。

 ここから聖剣騎士団と太陽の狩猟団はアイテム情報を洗い、類似する義眼は竜賢者の義眼だと断定した。そして、シャルルの森中心部にまで至ったパッチは≪言語解読≫持ちであり、神殿にある情報を『古竜語を解読する』事で獲得していた。

 

「どうして、あなた達はシャルルの森を移動するルート情報を持っているんだ? どうして、古竜語が必要になると分かっていたんだ? どうして、傭兵達をサポートする補給部隊が少数精鋭の侵入なんだ? 全ては1つに繋がる。あなた達は最初からシャルルの森を探索し尽くしていたんだ」

 

 だから、この茶番劇は結果が最初から決まっていた。聖剣騎士団と太陽の狩猟団は、争奪戦という『演劇』に登場した操り人形だ。

 

「ユニークスキルは最初から確保されていた。これ以外に結論はあり得ない。我々はクラウドアースにペテンにかけられたんだ」

 

 ディアベルの宣言によって、この争奪戦の『前提』である『勝者はユニークスキルを得られる』という争いの理由が消え去った。これはつまり、ディアベル自身が『自分たちが愚かにも情報戦に負けたばかりに、傭兵達と補給部隊を犬死させた』と認めた事に他ならない。

 これをさせる為に、ミュウはディアベルと組んだのだ。副リーダーであるミュウではなく、聖剣騎士団のリーダーという3大ギルドのトップの1人が、クラウドアースの謀略を指摘する事に意味がある。

 

「戦争を始める気かね? 我々クラウドアースに対して」

 

 これまでとは異なり、ベクターの表情から演技が抜け落ち、冷徹な謀略家としての素顔が露わになる。

 

「公然と批判するのは構わないが、立場を考えたまえ。キミの言葉1つで、我々は深刻な対立に陥るのだ。それは聖剣騎士団としても喜ばしいことではあるまい? よもや、太陽の狩猟団と組んで我々を潰す……そんな夢物語を描いているのかな?」

 

 言葉を選ばなくなったベクターに、ディアベルは強気に微笑む。

 謀略家たちの不文律は『お互い様』だ。推測だけで物事を批判しないし、確信があったとしても胸の内に秘める。そうせねば、自分自身へと放った矢はいずれ跳ね返ってくるからだ。

 だが、ディアベルは恐れない。彼は元より謀略家ではない。それに、ここまではミュウのプラン通りだ。

 

「こちらとしては単独でも構いませんよ。傭兵戦力に依存したクラウドアースと円卓騎士率いる精鋭揃いの聖剣騎士団。どちらが大きな被害を受けるかは火を見るよりも明らかでしょうね。それに、我々には先日完成したアームズフォートもある。ですが俺は何も戦争や抗争の激化を望んでいる訳ではありません。それに何より、この茶番劇をどうして仕組んだのかも分からない」

 

 ユニークスキルを確保しているならば、わざわざ争奪戦という舞台をクラウドアースが四苦八苦して作り上げた理由が、どのような観点から見ても納得できるものが無いのだ。

 イベントを攻略し、ユニークスキルを得て、わざわざイベント攻略前の状態の結界が張られた状態へとシャルルの森を戻す。その手間に見合うものとして何が得られる?

 

「俺が知りたいのは理由だ。クラウドアースには、ユニークスキル確保以上の理由があった。だからこそ、俺達を巻き込んだ。違いますか?」

 

 答えは簡単だ。ユニークスキル以上の物がシャルルの森には存在する。そして、それを獲得する為には争奪戦という形が必要不可欠だったのだ。これがディアベルの出した結論だ。

 響いたのは、乾いた拍手。

 パチパチ。

 パチパチ、と。

 パチパチ、と繰り返される。

 その音の主は他でもない、ベクターの背後に控えていたセサルだ。彼はまるで『狙い通り100点満点を取ってくれた生徒』を褒めるように、相変わらずの不気味な微笑と共に拍手をディアベルに送る。

 

 

 

 

「その通りだ。全てはクラウドアースが……私が仕組んだ事だ。なかなか手間がかかったものだよ」

 

 

 

 

 ラスボスのお出ましだ。セサルが視線を向けると、これまで主のように振る舞っていたベクターが起立して席から離れ、恭しく頭を下げて彼に椅子を譲る。それはまるで王が玉座に舞い戻ったかのようであり、ディアベルは自然と息を呑んだ。

 ようやく本番だ。ミュウが饒舌だったのも、ディアベルが先陣切ってクラウドアースを批判したのも、この男を同じテーブルに座らせる為だ。

 

「だが、1つだけ勘違いしている。私はね、諸君らを利用しようとは微塵も思っていない。私が今回の争奪戦を仕掛けた理由はただ1つ『戦争』だよ」

 

「……それは、クラウドアースからの宣戦布告と受け取って良いのかな?」

 

 もちろん、戦争がお望みであるならばディアベルも受けて立つが、わざわざ総戦力で劣るクラウドアース側から仕掛けてくる理由が無い。彼らは謀略で以って3大ギルドで確固たる地位を獲得しようと動いているのに、わざわざ武力衝突に持ち込む旨みが無いからだ。

 だが、ディアベルをセサルは嘲う。まるで観客のいない舞台で踊るピエロを遠目で眺めるように、目を細める。

 

「ハッキリ言おう、ディアベルくん。『戦争』はすでに始まっている。我々は殺し合っている。傭兵達を我々は何人殺した? 依頼する度に、どれだけの傭兵達が淘汰されていった?」

 

「戦争を回避する為に、傭兵が戦っているんだ」

 

 ギルド同士が本格的にぶつかり合う訳にはいかない。だからこそ、ミュウも、クラウドアースも、そして聖剣騎士団も謀略で以って互いの組織へとダメージを与えようとする。仮初めの友和の為に。

 

「我々は戦争しながらも握手を続ける。そういう関係だと自覚するが良い。そして、いずれ友好を謳う我らの右手は互いを殺すナイフを握り合う」

 

「何が言いたいんだ?」

 

「簡単な話だよ、ディアベルくん。私の目的はね、最初から『傭兵同士の本格的な殺し合い』と『ギルドへの明確な攻撃行為』なのだよ。争奪戦というのは、諸君らの欺瞞の枷を外す為に準備させてもらった。これまでの節度あるコントロールされた闘争は終わりだ。互いの戦力を奪い合うフリをした『本当の茶番劇』に幕を下ろしたのだよ」

 

 怪物が……! ディアベルは、目の前にいる男の理解に苦しみ、それと同時に恐ろしい企みの正体に勘付く。

 この男にとってシャルルの森も、ユニークスキルも、何もかもがどうでも良いのだ。最初から舞台装置に過ぎない。本当の狙いは『殺し合い』が起きる状況……つまり、プレイヤー同士が、ギルド同士が『傭兵同士の殺し合いを奨励する』という状況を作り出す事だったのだ。

 更に言えば、補給部隊が殺戮された事により、『傭兵による三大ギルドへの多大な人的被害』という実例も作り出した。

 もはや止まらない。これまでの『命』を大事にし合った抗争は無くなったのだ。ラスト・サンクチュアリが踏み躙られていったように、三大ギルドもぬるま湯から血で血を洗う闘争へと移ろわねばならない。ディアベルが止めようとしても、もはや流れは変わらない。血に溺れるダンスパーティに参加する他ない。

 

「やはり、そうでしたか」

 

 そして、納得を示したのはミュウだ。彼女はあくまで表情を崩さず、むしろセサルの言葉を歓迎するように笑む。

 

「あなたが【渡り鳥】を起用した理由は、彼ならば補給部隊を真っ先に始末するだろう事を読んでいたからですね。あの時点で、あなたの目的は達成されていた」

 

「そうだ。そして、全てが愚かしい一幕だったと明かされた時、流された血が犬死で終わった喜劇だと知った時、何が起こるだろうな? 諸君らは耐えられても、やり場のない怒りや憎しみが、ギルド内で渦巻くはずだ」

 

 そうだ。傭兵の誰かがユニークスキルが収められているという中心部の神殿に至れば、嫌でも気づく。あの森には何も無かった。宝は持ち去られ、自分達が無様に殺し合っていたのは、誰かが書いたシナリオだったのだと。

 それは現状でも補給部隊の壊滅を理由にした大ギルドへの批判……『攻略を蔑ろにしている』という意見の下で、反大ギルドを掲げる者達の勢いをつけている現状に油を注いで火事を起こさせるようなものだ。

 クラウドアースとしては痛くも痒くもない。彼らは元より最大の反大ギルドを掲げるラスト・サンクチュアリと敵対しているのだ。むしろ、血みどろの闘争を喜ばしく迎えるだろう。

 

「さて、次はキミたちが何を仕掛けたのか、聞かせてもらえるかな? たとえばミュウくん、キミは『ナナコ』に初日には森の外で待機命令を出していたはずだ。私の目論みをいち早く察したキミは何を選んだのかな? そしてディアベルくん、キミは我々を出し抜く為に、どんな一手を打ったのかな?」

 

 そう言って、セサルは若者たちの冒険譚に聞き入る老人のように問う。

 

「だが、気を付けたまえ。諸君らは傭兵を人の心を持たぬ駒のように扱ってきた。使い潰してきた。彼らもまた夢を持ち、悪意を持ち、欲望を持つ人間という事も忘れ、プロフェッショナルに仕事をこなす『訓練』を積んでいる訳でもない事を知ろうともしなかった。そして、壊れたゲーム盤の『ルール』を信用しない事だな」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 目的は『戦争』。その狂人のような目的の宣言に対し、ミュウは安易に呑まれずにセサルの意図を噛み砕いていく。

 

(確かに、クラウドアースにとって『利益』はありません。それを鑑みれば、セサルの宣言も自ずと合理性からかけ離れた思想的なものだと結論付ける事にも納得がいきます。でも、それが本当に『真実』でしょうか?)

 

 確かに、セサルは思想的な目的で今回の一連の仕込みを済ませたのかもしれない。事実として、状況はセサルが望んだとおりに進んでいる。ここからも、彼の目的は3大ギルドによる現行秩序の破壊であるとも捉えられる。

 だが、ベクターにとっての利益は? セサルによって作り上げられた虚像のクラウドアースの主。理事長でもある彼が、クラウドアースに利益誘導もなく、今回のような大規模な裏工作を捻じ込むだろうか?

 必ず、もう1枚か2枚何かが噛まされている。クラウドアースにとっての利益、そしてセサルにとっての隠された目的があるはずだ。

 

(さて、この状況を利用させてもらったのは私も同様です。そして、それすらもセサルは視野に入れていたとみるべきでしょうね。こちらが組んだ手は見切られ、カードは見破られていると判断すべきでしょう)

 

 そうなると、『見切られたカード』と『新たに切ったカード』、そのどちらも上手く利用していく必要がある。

 そして、もう1つの懸念材料は『前提』を崩す為に手を組んだディアベルだ。

 

(必要だったのは、聖剣騎士団の情報と団長が欠けた現状を打破する『発言力』でした。クラウドアースの1人勝ちを防ぐには、彼らを同じテーブルにつかせるだけの情報量、そして揺さぶりをかけられるだけの権力を持った人物が必要でした。これこそが争奪戦を……彼らの謀略を『破綻』させる為の策)

 

 だが、その為にディアベルにもまたカードを与える機会があった。そして、今の彼は以前と違う。まだ甘さと理想を捨てきれてないようには見えるが、『ギルドリーダー』としての非情さを身に着けたようにも思える。

 ジョーカーの役割を果たすのは、誰の持つ、いかなるカードなのか。それはシャルルの森で繰り広げられている、現在進行形で進む茶番劇で踊る傭兵たちが握っている。

 

(『アレ』を交渉とはいえ渡したのは痛手でしたし、今後は大きな厄災となるでしょう。そうなると、イレギュラー要素はやはりUNKNOWNの動きですね。彼はどのように動くのやら。やはり、シノンさんと組ませたのは失敗だったでしょうか?)

 

 このカードを切ったのは、恐らくはセサルの手中の範囲内。そうなると、彼女が仕掛けるべきはシャルルの森の外だ。『新たに切ったカード』が何処まで通じるか期待はできないが、相応の役割を果たすだろう事を望むしかない。

 後はディアベルの手札は何なのか? そこが問題だ。出来れば『新たに切ったカード』を上手く利用してもらいたいが、ディアベルの意図が何処にあるかによるだろう。

 テーブルで魑魅魍魎たちは腹を割って策を明かしたとみせかけ、パイを削るナイフを隠し持つ。

 勝者はクラウドアース。それは揺るがない。ならば、後はいかに勝者が得るはずだったパイを奪い取るかである。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ざっと1分か。それなりに休めたな。オレは木にもたれかかりながら、少しの間だけ目を閉じて脳を休ませていた。

 ザクロとの鬼ごっこが始まってかれこれ5時間以上。ヤツは縦横無尽にジャングルを移動し、オレの方向感覚を奪うように闇に覆われた世界で奇襲とトラップを繰り返している。いずれかの場所に誘導しているとは思うが、片目で有効視界距離にペナルティを負っているオレでは、夜間の光源が少ないジャングルでザクロを視認するのは困難だ。そこで耳だけがヤツを追う手掛かりなのであるが、≪暗視≫を持ち、確実の暗殺特化の糞忍者が≪消音≫を所持していないとは考えづらい。

 明確にオレに追跡させる意図がある。つまり、ヤツにとってこの鬼ごっこは時間稼ぎであり、何処かしらに張った罠が今か今かと待ち構えているだろう事は想像するに難しくない。

 重要なのは、ヤツにとって時間稼ぎではあるが、決して喜ばしい事態ではないという点だ。現に5時間以上も消費しているのは、オレの左腕の再生を促す結果となっている。夜明けまでにはオレの左腕は復活する。仮にオレを殺すならば、このタイミングを逃さないはずがない。

 どういう意図だ? オレを殺すならば、今こそが絶好の機会のはずだ。闇に乗じて殺しに来い。背後を取れ。この首を刈り取れ。その瞬間にこちらはオマエを食い千切る。フリーの右手を開閉し、隠れてトラップや手裏剣ばかりを使用するザクロが襲ってくるのを待つも、またしてもわざとらしく足音を響かせるばかりだ。

 

「もうすぐ夜が明けるぞ? 時間切れだ」

 

 左腕が再生され、オレはようやく両手が自由になったと喉を鳴らして笑う。これでザクロの勝率は更に下がった。それだけではない。間もなくジャングルに光が戻る。そうなれば、いかに隻眼とは言え、夜程には有効視界距離も制限されない。オレを殺すアドバンテージが減る一方だ。

 と、そこでジャングルが割れ、オレは人工的な地面を踏みつける。

 そこは遺跡の跡だろうか? 全体的に植物の侵蝕が弱く、石造りの建物が露見している。とはいえ、いずれも倒壊して土台が残るか半壊して崩落しているかのいずれかである。砂色の遺跡は、まるでジャングルの中にあって緑の侵略を否定しているかのようだった。

 要塞の跡地か? いや、どちらかと言えば宗教施設に近いな。表面が削れた大理石の石像が並び、屋根の無い頭上には朝焼けの空が広がっている。

 石像はいずれも竜の姿をした人……竜の頭部と鱗を持ちながらも二足歩行の人体としての構造を持っている。人と竜が交わったのか、あるいは人が竜へと変じる途中なのか。それはこの石像からは読み取れない。

 

「……と、危ないな」

 

 石像に気を取られていたつもりではないが、足下にある亀裂に踵を突っ込みそうになり、オレは1歩退く。亀裂を覗けば、広大な地下空間が広がっていた。どうやら、地上よりも地下がメインのようだが、地上施設と同様に崩落している。今では薄暗い穴ばかりだ。

 落ちれば即死は免れないか? 飛び降りる気はないが、足を踏み外して落下死など笑い話にしかならない。亀裂を跳び越えたオレは、かつては中庭だったのだろう、五角形の噴水がある場所にたどり着く。噴水にもまた竜の石像が組み込まれ、かつては口から多量の水を溢れさせていたのだろう。だが、今は無秩序に地下から吹き出す水を溢れさせるばかりであり、石像が立ち並んだだろう中庭は陥没し、土台となった石畳は割れ、大小様々な島が出来上がっている。

 この光景に近いものを何処かで……と、オレが記憶を引っ張り出していると、噴水の竜の石像にふわりとザクロが降り立つ。素顔を隠す角付き骸骨の兜の向こうには、果たしてどんな素顔が隠されているのやら。

 

「ここで殺し合いが望みか?」

 

 カタナを抜き、オレはザクロの真似をして手招きする。それに応じて、ザクロは石像の上から跳んで着地する。波紋が生まれた。どうやら水没こそしているようだが、深みはせいぜい膝程度までのようだな。

 ザクロは環境ステータスによるDEX減少がほとんど見られない動きでオレに近寄り、首を狙って逆手に構えたカタナを一閃する。それを身を反らしながら躱したオレは、逆に爪先でカタナを蹴り上げ、そのままバック転して着地と同時に踏み込んで肘打を浴びせる。

 だが、しっかりと両腕をクロスさせてガードさせたザクロは僅かに後ろに押し込まれるのみだ。STRは決して高くないか。それもそうか。呪術も併用するザクロがSTRまで割けるポイントは決して高くないだろう。隠密ボーナスを高めるTEC重視だろうしな。だからこそカタナが活きる訳だ。良いステ振りをしている。

 手裏剣は恐らく撃ち切っているだろう。ジャングルの中で牽制と攻撃に使い過ぎた。そうなると、警戒すべきは呪術か? 推測で相手の手数を読むのは危険だが、ある程度の絞り込みは必要だろう。

 狙い通り、ザクロは左手を突き出して大発火を発動させる。空気を焦がす大きな炎がオレに喰らいつこうとするが、それを反転と旋回を加えたターンでオレは回避し、逆にザクロの背後を取りながら遠心力を加えた裏拳を後頭部に打ち込む。≪歩法≫のスプリットターンそのものであり、ソードスキルとしての推進力は無いが、動き自体は再現でき、なおかつ隙が無いように改良を加えてある。

 

「かっ!?」

 

 兜で反響したザクロの声が漏れる。その声音に、オレは顔を顰めた。

 

「オマエ、女か?」

 

 オレの問いにザクロは答えない。だが、裏拳の1発はザクロのHPを減らしている。意外にもVITにもそれなりに振っているようだ。兜と鎧を差し引いても、ダメージはHPバーを思っていた程に削っていない。

 なるほどな。そういう事だったのか。コイツは時間稼ぎに終始していたのではない。単にスタミナが不足し、長距離移動が出来なかっただけだ。恐らくだが、コイツはVITを確保する為にCONを大幅に抑制している。つまり、ステ振り自体が暗殺仕様なのだ。ソードスキルを数発使えるかどうかのスタミナくらいしか無いのではないのではないだろうか?

 本来ならば、夜明け前にここにオレを誘い込むつもりだったのかもしれない。だが、思いの外にオレが鬼ごっこの度に距離を縮めていた為に、ザクロは必要以上にスタミナを消費して加速する必要があった。それが結果的に時間稼ぎ+αの時間を生む要因になったのだ。

 右手のカタナを上段から斬りつけ、左手に持ったスタンロッドで斬撃を潜り抜けたザクロを迎撃する。彼女のカタナとスタンロッドが激突するも、上手く刃をズラして受け止めたお陰で僅かとして切断されていない。さすがにカタナをまともに受ければ、決して耐久性能がよろしくないスタンロッドは切断されかねないからな。

 そのままカタナをスタンロッドで絡め取って弾き上げて手から奪い取るも、ザクロはオレに向かって呪術の毒の霧を吐いて目暗ましをし、その間にカタナをキャッチして背後に回り込んで斬りつけてくる。それを後ろも見ずにオレは体を前に傾けながら捩じり、横薙ぎを背中の数センチ先で通り過ごさせながら、逆に彼女の腹にミドルキックを打ち込む。

 

「動きは悪くない。だが、息切れを怖がってたら戦えねーぞ? ほら、オレの首はここだ。さっさと斬り落としてみろよ」

 

 首をトントンと数度叩いて、オレはザクロを挑発する。それに応じるように、ザクロは斬りかかる……と見せかけ、まだ隠し持っていたのか、4枚の手裏剣を放る。ソードスキルの光を帯びたそれは、放物線を描きながらオレに殺到する。

 スタンロッドを手放し、オレは迫る4枚の手裏剣を左手で掴み取る。指の間で綺麗に挟み、奪い取った手裏剣を逆にザクロへと投げ返した。

 手裏剣は武器としてカテゴリーされてはいるが、扱いとしては矢と同じだ。つまり、他プレイヤーが接触して利用してもシステムに弾かれる事が無い。つまり、利用ができる。オレも暗器の扱いには熟知している身だ。この程度は知識の内にも入らない。

 投げ返された手裏剣がザクロに命中しようとしまいと関係ない。踏み込みながら落としたスタンロッドを足の甲で蹴り上げて左手でつかみ取る。同時に舞い上がった水飛沫がオレとザクロの間を埋め、光を反射する水の壁の中でわざとらしくカタナを大きく振り上げる。

 手裏剣を弾いて凌いだザクロの意識は必然とカタナの方に集中し、落としたスタンロッドが再びオレの手に戻っているとは思ってもいない。そのままカタナを防御させた隙に、彼女の顔面へとスタンロッドを振り抜く。

 エンチャントしなかったのは失敗だが、別に良いだろう。怯んだ隙に瞬時に逆手にカタナを持ち替える。この近距離では十分に斬りつけられない。ならば柄頭で顔面を更に打つ。

 スタンロッドを腰に戻し、オレは反撃しようとするザクロの頭をつかんで地面に叩き付ける。そのまま数度打ち下ろし、反撃の地面擦れ擦れの斬撃を跳んで避けると、立ち上がり途中のザクロの顔面に膝蹴りを浴びせる。

 

「暗殺特化が裏目に出たな。正面切った戦いは低ランカー程度か」

 

 技術はそれなりだが、本能全開のオレには及ばない。オレはようやく割れた兜に、その面はどんなものだろうか、と期待を込める。

 腕で顔面を隠したザクロは引き下がり、オレは敢えて追わずにカタナの反りで肩を叩く。

 

「やはり強い。バケモノが」

 

「褒め言葉として受け取っておく。それで、オマエはどんな恨みがあってオレを襲う? まさか、律儀に依頼をこなす為……なんて退屈な言い分を押し通す気はねーだろ?」

 

「理解する必要など無い」

 

 そう言って、ザクロはシステムウインドウを操作し、腕で隠すその顔を変化させる。

 それはオレが良く知る顔であり、もう2度と見れないだろうと思っていた『彼女』の顔だった。

 ああ、そういう事か。オレは心底疲れて溜め息を吐く。

 どうして、ザクロはジャングルで襲ってきたのか?

 どうして、彼女はこの場所に誘い込んだのか?

 

 ザクロが≪変装≫で再現したのは、他でもない、救済の意思に殉じたキャッティの顔だった。




本作の主人公力の定義1.因縁は大抵物理的に束ねられて戻って来る。

それでは、166話でまた会いましょう。

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